第三話ーー晴れーー19
「すみませ〜ん」
「は〜い」
カップルで来店しているお客が店員を呼ぶと希が元気良くお客の元に向かった。お客はメニューを開いていた。
「オーダーですか?」
希は笑顔で聞いた。するとカップルの女性客が悩んだ様子で聞いた。
「オススメのケーキとかありますか?」
「オススメですか……?」
希は、少し考え込んでしまった。考えてみたらチーズケーキ以外食べた事がなかったのだ。そこに運良く灯が通りかかった。すかさず希は灯に聞いた。
「灯ちゃん、今日のケーキのオススメって何?」
一応、「今日の」と付けることで、付け焼き刃の店員では無いと言う事をさりげなくアピールした。そうしないとお客様を不安にさせてしまう。強いて言えば、遥子のお店の評判も下がってしまうと考えたからだ。
希に聞かれた灯は明るい声で答えた。
「私はぁ、『アップルパイ』も好きですよぉ。あと、チョコ系だったら『フォンダン・ショコラ』『ガトー・ショコラ』も美味しいかなぁ。なんせぇ、姉御は有名パティシエのお店で修業してたからぁ、なんでも美味しいよぉ」
そう言うと、別のお客の元にオーダーを取りに行った。
全部美味しそう、今度食べてみよ……
希がそう思っていると、お客が希に聞いた。
「おねえさんは、何が好き?」
「私ですか?私はチーズケーキです!今まで食べた事がないくらい美味しかったです」
正直、チーズケーキしか食べた事がないのだが、決して嘘は言っていない。
「チーズケーキかぁ。とりあえず、それにしてみようかな。でも、チョコ系も気になるよねぇ」
女性客がそう言うと、相手の男性客が言った。
「なら、俺がチョコ系頼むから、二人でシェアすれば良いじゃん」
「良いの?」
女性客が嬉しそうに言った。
「うん、良いよ」
なんか、良いなぁ。優しそうな彼で……きっと康二さんもこうなんだろうなぁ……
カップルらしい甘いやり取りを見て希は、そう思った……が……
なんで?なんでここで康二さんが出てくるの?
と、勝手に盛り上がって、顔が真っ赤になっていた。
「あの……おねえさん?」
女性客が不思議な顔をして盛り上がっている希に声をかけた。
「は、はい!」
希は焦って素っ頓狂な声を出して返事をすると、女性客がオーダーを希に伝えた。
「『チーズケーキ』と『フォンダン・ショコラ』と、ブレンドコーヒーとミルクティーで」
「はい、わかりました」
希は、オーダー伝票に書き込むと、遥子の元に持って行き、
「お願いしまーす」
と、オーダー伝票を遥子の前に置くと、また別のお客の元へオーダーを取りに言った。
「はーい」
遥子は、そう言いながら、オーダー伝票を見ると綺麗で几帳面な字でオーダーが書かれていた。
字に性格が出てるわ……
それは決して悪い意味では無い。希が一生懸命働いている姿を見て、遥子は素直に感心していた。希には若い子にありがちな、少々、どこか他人事的ないい加減さが無かった。
だけど、これじゃ生きづらいだろうな……
遥子は、そうも思っていた。
それは、遥子も裕介も康二も今まで自分達が時折感じていた事だからだ。自分達がそうやって感じていたからこそ、希を見ているとその様に見えてしまうのだ。
実際に希も生きづらさを感じていた。
東京に出て来てから、いや、出る前から、どこか友達から浮いていると常々感じていた。それは希にも原因はわからないし、決して希が悪いわけではない。とは言え、希にはどうすることも出来なかった。ただ、自分が浮かないように人に合わせる事しかできなかった。
希は大学に入ってから、社交性があって、周りにいつも人が集まっている先輩に憧れるようになった。それは、希が持っていない物を、先輩がたくさん持っていると感じたからだ。
希にとっては、その先輩はキラキラと輝いて見えたのだ。
希は先輩と仲良くなれば自分が変われると思っていた。そのキラキラの中に入れると思っていた。
バイクの好きな先輩と話を合わせる為にバイクに乗るようになった。先輩の言うがままに、バイク用品を買い揃えた。
ただ、先輩のキラキラの中に入りたいが為に……。
しかし、そのキラキラと見えた物の中には希の思っているような物は何も無かった。その中に入っても、希は、先輩にとっては、数多くいる広く浅い友人の一人でしか無かった。いや、ただの便利な女でしか無かった。都合の良い時だけ呼ばれるだけの女だった。
希が憧れたキラキラした物なんて何も無かった……
希は、この前の雨の日のツーリングで、先輩とお別れしようと思っていた。
このままでは自分を嫌いになってしまう……そう思っていたから……
しかし、そこで康二と出会いみんなと出会った。
ここのみんなは、私のあるがままを受け入れてくれる……
希は、それが嬉しかった……だから、仲間になりたかった。この場所が心地良かった。
「希ちゃん、これ3番さん」
遥子が希に声をかけた。
「はーい」
希は元気良く返事をすると、品物を運んだ。
「お待たせしました」
希はそう言いながら、ケーキとドリンクをテーブルに並べた。
「美味しそう!」
さっきの女性客は、喜んで声を上げ、スマホで写真を撮り始めた。
「ごゆっくりどうぞ」
希はそう言いながら、テーブルを離れると、店の扉が開いて、シングルのライダースを着込んだ男が入ってきた。おしゃれではあるが、この店には似つかわしく無い。
それでも、希は、そんな事を気にせずに、
「いらっしゃいませ」
と声をかけた。
次回の更新は20日となります。




