第三話ーー晴れーー18
希はオヤジさんの話を、黙って聞いていた。
「運転が下手なら下手で良いじゃねぇか。みんな初めは下手なんだ。だけど、自分から前に出ねぇといつまでもおんなじ所をぐるぐる回るだけだぞ。そんなのつまんねぇだろ?」
オヤジさんは、最後は笑顔で言った。
「はい」
希は、オヤジさんの言った事、言いたい事がわかったのか、元気良く答えた。
「良い返事だ。そうじゃなきゃな。缶コーヒー飲みな。俺がUCCの美味さを教えてやるから」
オヤジさんが笑いながら言うと、希は笑いながら缶コーヒーを開けて言った。
「なんですか〜それ〜」
そう言って、缶コーヒーを一口飲んだ。
オイルの匂いと缶コーヒーって、すごく似合うんだ。なんか、みんなが缶コーヒー好きっていうのがわかったかも……
そんな希を見て裕介は思った。
いや〜この子、何だかんだ言っても良い根性してるわ。オヤジに怒鳴られても動じてねぇ。オヤジが気にいるわけだ……
「で、今日はなんで来たの?」
裕介が聞いた。
「え?あ、あの、来週のツーリングに行く時の格好をどうしたら良いか、遥子さんに聞きに来たんです」
遥子が、あんなに誤魔化してたのに……こう言うところ、康二に似てるわ。
裕介はそう思ったらおかしくなった。
「?」
希は不思議そうな顔で裕介を見た。裕介は笑いながら言った。
「それ、秘密じゃなかったの?」
「あっ!」
「結構、天然だね」
裕介は笑いながら言った。
「別に、その格好でも良いじゃねぇか」
オヤジさんが言った。
「そういうわけにも行かないよねぇ。女の子だもん」
裕介が笑いながら言った。
「いや、そんな深い意味は無いんですよ。ただ、康二さんと一緒に走るのに恥ずかしくない格好がしたいってだけで……」
「康二は幸せもんだ」
裕介は揶揄う様に言った。
「ヘックション」
康二は、江ノ島岩屋の中で大きなくしゃみをした。
「誰か、ウワサしてる?」
いくら鈍くても流石に気がついた様だった。
「そんなんじゃ無いですよ」
希は、必死に否定をするが、裕介が信じるわけがなかった。
「良いって、良いって。で、決まったの?」
「はい。色々とアイデアを出して貰って、お金が掛からなくて可愛いスタイルを希ちゃんに教えて貰いました」
「希のマネすんなよ。アイツの真似されると、心配事が増えちまう」
オヤジさんが言った。
おじさんは、ちゃんとみんなの事を見てるんだ。本当、みんなのお父さんなんだな……
ぶつぶつ言っているオヤジさんを見て希は思った。希は、事務所に置いてある裕介のヘルメットを見て言った。
「あのヘルメット、裕介さんのですよね?」
「うん?そうそう。型は康二や遥子と一緒だけど、ペイントは違う」
裕介は、ヘルメットを持ってきて言った。
「私もオリジナルペイント良いなぁって遥子さんに言ったら、ペンキ屋さんを紹介してくれるって、ペンキ屋さんを呼び出してくれたんですよ」
と希が言うと、
「何!?ペンキ屋来るの?よっしゃ、SDR売りつけたろ!」
と裕介が悪い笑みを浮かべて言った。
「ええっ!?」
希が驚いていると、
「大丈夫、大丈夫。アイツ、結構、儲けてるから」
裕介の顔がますます悪人になっている。
「裕介さん、顔が悪人になってますよ」
「こう言う時のコイツは、こう言う顔になんだよ。営業に向かねぇの」
オヤジさんが笑いながら言った。
「ひでぇなぁ。それで、ペイント頼むの?」
裕介は希に聞いた。
「費用次第ですかねぇ。学生だからお金無いし」
「確かにな、学生さんはお金無いもんなぁ」
裕介が言った。
「そうなんですよ〜親にもバイク買う時に、お金借りちゃったし……」
「なるほどねぇ。じゃ、俺がペンキ屋に言い聞かせてやるよ」
裕介がそういうと、希は驚いて言った。
「いや、そんな、良いですよ。そんな事したらペンキ屋さんに悪いし」
「大丈夫、大丈夫。遥子が呼んだんだろ?なら遥子も同じこと考えてるだろうし、遥子と、俺とオヤジが言ったら、アイツ逆らえねぇから」
裕介がドヤ顔で言った。
「そんな、脅すみたいに……」
希は、少しペンキ屋が気の毒になって来た。確かにこの3人に言われたら、誰も逆らえない。
「良いの良いの。うまいこと話しておくからさ。よっしゃ、SDR綺麗にしておこうっと」
そう言うと、裕介は店の方に行った。
「じゃ、私も遥子さんのところに行きます」
希は、そう言って事務所を出ようとすると、オヤジさんが声をかけた。
「嬢ちゃん」
「はい?」
希が返事をして振り返ると、オヤジさんが笑顔で言った。
「来週、楽しんで来な」
「はい!」
希は、軽く頭を下げて事務所を出た。
「ただいま〜」
希が”vent frais”に帰ってくると、店はお客でいっぱいだった。
「おかえり〜オヤジどうだった?」
忙しそうに働いている遥子が希に聞くと、希が笑顔で答えた。
「すごく優しくしてくれましたよ。雄介さんがペンキ屋さんにSDR売るんだって張り切ってました」
「本当にアイツは……」
遥子が呆れたように呟いた。希は、混雑している店内を見渡すと、灯も忙しそうに動き回っている。
「なんか、凄いですね。お客さんいっぱい」
「そうなのよ。午前中の反動かも。忙しいから相手してあげられないけど、適当に座ってて」
遥子がそう言うと、希は笑顔で言った。
「私、手伝います」
「えっ?」
遥子が驚いて聞き返すと、希は真剣な表情で言った。
「喫茶店でアルバイトした事もあるし、お手伝いさせて下さい」
「ほんと?そうして貰うと助かるわ」
遥子が嬉しそうにそう言うと、希が言った。
「さっき使ったエプロンで良いですよね?」
希はそう言うと、店の奥に入って行った。
やっぱり良い子だわ。
遥子はそう思うと、自然と笑みが溢れた。
がんばれ康二クン!!
「ヘックショイ!!!」
江ノ島の参道で、のんびりと店を見ながら歩いていた康二が、またまたまた大きなくしゃみをすると、周りの人達が一斉に康二を見た。
「チクショウ、誰が噂してるんだ」
注目されてしまった康二は、恥ずかしそうに、小さくなって歩いて行った。
次回の更新は16日となります。




