003「出会い」
「よう、離してやれよ」
大通りからほど離れた、日が当たらず薄暗い裏路地の一角で。
二人の仮面の男がまさに少女の自由を奪わんとしたその時にそんな声が響いた。
「むっ」
「ふむ?」
男たちは声のした方へと向く。
そこにいたのは一人の男だった。
背は一般的な成人男性のそれとさほど差は無い。
薄暗闇の中でも太陽の光を乱反射させるような、眩しい銀色の髪の毛を立て、額にはゴーグル。
黒い袖無しの上着には首周りに白いファーが靡いており、丈夫そうなズボンには左右交差するようにベルトが下がっている。
そして背には剣のような、しかし剣とは呼べないような無骨な棒状の何かを下げている。
それは強いて表現するならば、2本の鉄パイプを並べて連ね無理やり柄を付けて振り回しやすいようにした、剣の形をした鈍器であった。
決して、隙のない構えをとっているわけではない。だが、その肩から力が抜けた自然体の立ち姿には、幾度も死線を潜り抜けてきた者特有の、研ぎ澄まされた威圧感と頼もしさが同居していた。
「はっ」
少女は新手が来たのかと思い身を固くしたが、見えたのは先程逃走の最中に正面からぶつかってしまった青年であった。
誰。
何故、一体どうして。
彼女がそんな疑問を言葉にするより先に青年が動く。
「嫌がる女の子を無理矢理連れ去ろうなんて、穏やかじゃねぇなぁ」
青年は両手を頭の後ろで組みながらも三人の下に近寄っていく。
その表情には笑みすら浮かべ、ゆっくりと。
「貴様は……っ!」
大柄な男が青年を見るなり叫ぶ。
言葉を続け青年に襲いかかろうとする彼に細身の男が少女を掴んでいたうちの片方の手を外して伸ばし、大柄な男を制す。
「……失礼ですが、貴方には関係の無いこと。余計な口は出さないで頂きたい」
細身の男は静かに言う。
なおも暴れ続ける少女を片手で器用に引き寄せ、片手を拘束しながらも首に腕を回す形で押さえつけた。
相方の言葉に冷静になったのか、大柄の男もそのまま青年と距離を取ったまま言葉を繋げる。
「その通りだ。格好をつけてしゃしゃり出ても、良いことは無いぞ」
一見すればやんごとなき状況。
ごく普通の一般人であれば、その言葉の通りに踵を返したことだろう。
少女を助けられなかったと心にしこりを残しながらも、面倒事に関わらずに済んで良かったと、繰り返す日常のうちに忘却していけただろう。
だが青年はそんな言葉を意に介さず、更に一歩前へ詰め寄る。
「良いか悪いかは、俺が判断するさ」
その飄々とした物言いに、細身の男は仮面の奥で冷ややかに目を細めた。彼は血気盛んな相棒を片手で制止したまま、感情の読めない酷薄な声で言葉を返す。
「生憎、貴方にそれを任せるわけにはいかないのですよ。こちらにも事情というものがある」
大の男が二人掛かりで無抵抗な少女を路地裏に追い詰めておいて、事情の一言で正当化しようとするその図々しさ。
ラリーは呆れたように鼻で笑うと、彼らの顔を覆う異様な装飾品をこれ見よがしに指差した。
「そんな柄には見えないけどな。それとも何か、悪趣味な仮面の下は事情ではちきれんばかりってか」
関わるなと言う細身の男に対し、青年は面白そうに笑う。
明らかに二人を挑発している。
その様子に細身の男は奥歯を噛み締め閉口する。
恐らく仮面が無ければその眉間に深い皺が刻まれていたことだろう。
こんなあからさまな誘いに乗ってはいけない。
細身の男はそう自分に言い聞かせてこの場を乗り切る手を考えるが、大柄な男のほうはそうではなかった。
「貴様、下手に出ておれば言いたいことを言いおって!」
大柄な男の仮面の下が、怒りで瞬時に沸騰したかのように真っ赤に染まった。握り締められた巨大な拳が、ミシミシと音を立てて震える。
対する青年は、そんな重圧をそよ風ほどにも感じていない様子で、肩をすくめてみせる。
額のゴーグルを軽く指で弾き、腰に下げた二本の鉄パイプを連ねた鈍器の柄に、無造作に、けれど最短距離で動ける位置に手をかけた。
「おう、やるかい? まとめて相手になるぜ!」
「後悔させてやろう!」
まんまと青年の挑発に乗り、今にも飛びかかりそうな大柄の男。
もはや言葉による対話など成立しない。
大柄な男が吠え、今にも猛牛のような勢いで目の前の青年に飛びかからんとした、その瞬間。
細身の男は開いた片手で大柄な男の袖を掴み、どうにか抑えようとする。
「いけません、ことを荒立てては……!」
「止めるな! こやつの軽口にはもう我慢ならん!」
理性を飛ばして実力行使に出ようとする相棒の暴走に、細身の男の意識と視線が完全に青年と巨漢の二人へと釘付けになる。
それに伴い、彼がノアの細い腕を拘束していた力がほんの僅かに緩んだ。
怯えて縮こまっていたはずの少女は、その一瞬の隙を決して見逃さなかった。
「待ちなさ……痛っ!」
細身の男の注意が青年と大柄な男に完全に向いていた瞬間。
少女を抑え込んでいた手に刺すような鋭い痛みを受け、男はたまらず悲鳴を上げてその手を離してしまう。
窮地に追いやられたノアが、恐怖を振り払うように男の手に思い切り噛みついたのだ。
生まれた隙に少女は拘束を抜け出し、大柄な男の脇をすり抜け青年の方へと駆け出す。
「この……っ!」
慌てて彼女を捕まえようと大柄な男が手を伸ばすが、ふいに背後から現れてしまった異常事態だったため僅かに目測を誤ってしまいその腕は空を切る。
捕らえることは叶わずそのまま彼女はするりと青年の後ろへ逃げ込んでしまった。
「はっ、やるねぇお嬢さん!」
青年は鮮やかな逃走術に感心し、少女を守るべく抱き寄せんとする。
しかしその手は他ならぬ彼女によってぺしんと叩き落とされてしまった。
「自分の身は、自分で護ります」
「はっ、頼もしいこった」
少女に噛まれた手をかばうように押さえる細身の男と、身体中から怒気を立ち上らせる大柄な男。
それに向かい合うはそんな二人の男から目を離さず背中の鈍器に手をかけた青年と、相手を睨みつけている少女。
仮面の男たちが袋小路側なので逃げようと思えば逃げ出せる。
しかしこの二人がそう安々と逃がしてくれるとも思えず、場は膠着する。
「ローグ! 君というヤツは、だから言ったのだ!」
「貴方が余計なことをしなければ良かったのですよっ」
苛立ちを募らせた大柄な男は青年と少女から目を離さないまま相方の男に怒鳴りつける。
売り言葉に買い言葉、細身の男も内心業腹なのだろう。先程までとは変わって声を荒げる。
そんな様子に青年は相変わらず余裕の笑みをこぼして男たちを冷やかす。
「おやまあ、相変わらず仲のいいこって。じゃ、俺たちはこれでサヨナラするぜ……走れるな?」
「はい、なんとか……っ」
小さく後ろの少女に声を掛ければ、彼女もまた小さく頷き答えた。
「もう、なりふり構ってはいられませんね、ワルト!」
「言われずともそのつもりだ!」
2人の男が弾かれたように青年との距離を詰める。
その動きに合わせるように、青年と少女もまた動き出す。
「よし、行け!」
「はいっ」
一直線に少女を捕らえるべく動き出す細身の男と、妨害するであろう青年に立ち向かわんとする大柄の男。
それに対し真っ先に振り向き一目散に駆け出す少女と二人の男の動向を気にしながら少女の後を追う青年。
そんな四人が同時に大きく動いた時だった。
「どこだ、メダリアの治安を乱す輩は!」
「こっちです! この路地の奥、二人組の仮面の男です!」
路地の向こう、大通りの方からそんな声が四人の元へと聞こえてきた。
どうやら通りすがりの誰かが官憲を呼んでくれていたらしい。
ガッチャガッチャと鎧や剣の擦れる金属音が複数、だんだんと近づいてくる。
「くっ……タイミングの悪い!」
想定外の事態に狼狽える仮面の男たち。
仮面を付けているということは、正体がばれてしまってはまずいということ。
普段の彼らであれば、官憲たちをむしろ味方とすることも出来ただろう。
が、今この場でそれを行おうとするのは悪手以外の何物でもなかった。
「よし、あいつらの向こうに逃げるぞ」
「はい!」
逆にこれ幸いと音のする方を目指し走る青年と少女。
遠ざかる二人を追いかけるべきか姿を隠すべきか、戸惑う大柄の男。
「待てっ! ……どうする、まずいぞ」
「引くしかないでしょう! こんなところで捕まるわけにはいきませんよ!」
青年たちを追いかけるように走っていた男たちだが、分かれ道で大通り側へと向かっていた彼らに対して異なる別の道、更なる細い路地へと逃げ込まざるを得なかった。
青年たちの背に向かい、憎々しげに大柄の男は叫ぶ。
「くそっ……小僧、今度見つけたらただでは置かんぞぉ!」
文字通り、完全に捨て台詞であった。
「期待してるよ、おっさーん!」
そしてそんな声に青年は明るく応える。
「おっさ……貴様あぁッ!」
「ワルト! 構わず!」
最後まで茶化してくる青年の声にまたしても怒り心頭となる大柄の男。
そして何とか彼を制して闇へ紛れようとする細身の男。
青年たちと二人の男、それぞれが先の曲がり角でお互いの姿を完全に見失うまでそんなやりとりが繰り広げられた。
「どこだ、おとなしくお縄を頂戴しろ!」
官憲たちの声がその分かれ道に響き渡る頃には、四人の姿は跡形も無くなっていたのであった。




