025「令嬢、ぶっ放す」
「ちょ、おい、まさかあいつら!」
グングニル号からその異常な光景を目撃したラリーが、肝を冷やして顔色を変えた。
「この密集陣形のど真ん中でアレをぶっ放すつもりか? 相変わらず無茶をしおるわい」
ウォルフもまた、迫り来る異常なエネルギーを感じ取って忌々しげに舌打ちをした。
「あれは……魔法?」
エイダリアが船首の強大な光の塊を見つめながら静かに問う。
魔力を感知できる彼女の目には、その異常なまでの膨張がはっきりと見えていた。
「魔法ですって!? 馬鹿な……!」
リアが信じられないというように眼鏡の奥の瞳を限界まで見開く。
確かにこの世界に魔法は存在する。
しかし、基本的にその威力は対個人レベルに留まる。
艦砲射撃にも匹敵するような巨大なエネルギーを放てる人間など、それこそ皇帝直属の宮廷魔導師クラスでもない限り不可能なはずなのだ。
「なに、あのキャンディ嬢が一人でやってるわけじゃあなくてな」
緊迫した状況下でありながら、ウォルフが冷静に敵のタネ明かしをする。
「ワルトが魔力を強引に増幅させ、ローグがどうにか威力を調整し、最後にあのキャンディ嬢が発動させる……三人掛かりの厄介な合体技なんだよ」
「要するに、反則ギリギリの力業ってことだ!」
ラリーが操舵の邪魔にならないよう甲板の手すりにしがみつきながら叫ぶ。
「まほう? じゃあ、メルヘン?」
そんな大人たちの焦りをよそに、ソエルだけが帽子を押さえながら、絵本の中の出来事に出会ったかのように目を輝かせて首を傾げた。
「お主らが考えている類のものとは違うとは思うがな」
「あれを見てもまだメルヘンと呼ぶ奴はいないだろ」
ラリーが呆れたようにツッコミを入れた。
ロートファルケ号の船首で輝く光球は、今や小型の太陽のように膨れ上がり、周囲の海面を沸騰させるほどの熱と破壊の予兆を撒き散らしていた。
にも関わらず。
「はっはっはっは」
「はっはっはっは」
絶体絶命の死地にありながら、ラリーとウォルフの二人はそのあまりに規格外な敵の無茶苦茶っぷりに、どういうわけか豪快に笑い声を上げたのである。
「はっはっはっは」
少し遅れて、状況がまったくわかっていないソエルも無邪気に笑い声に加わった。
「なんで笑ってるの、あの二人?」
迫りくる死の恐怖を前にして爆笑する彼らの神経が理解できず、エイダリアが心底不思議そうに首を傾げる。
「さあ……というか、ソエルさんも笑ってるのが不思議なんですけど……」
ノアも困惑顔で二人に同調する他無かった。
常識外れな海賊たちのペースに振り回されっぱなしである。
その間にも、ロートファルケ号の船首では発射のタイミングを巡るドタバタ劇が繰り広げられていた。
「ちっがーう、ワルトもっと左!」
膨張するエネルギーを前にキャンディが悲鳴のような指示を飛ばす。
「こ、これほどの魔力……一度展開してから指向性を捻じ曲げるのは……骨が折れるんですよお嬢っ!」
ワルトが脂汗を流しながら、強引に魔力のベクトルを修正しようと悪戦苦闘する。
見えない激流を力ずくで押さえ込んでいるかのように、彼の全身の筋肉がはち切れんばかりに隆起していた。
ただでさえ莫大な魔力の調整だけで限界ギリギリだというのに、ここは波と風に絶えず揺れ動く船上である。
不安定な足場で踏ん張りを効かせながら、暴れ狂うエネルギーの照準を遠ざかる一点へと合わせ続けるのは、まさに至難の業であった。
「行き過ぎ! 右、右に戻して!」
「お嬢! これ以上はもちません!」
魔力の制御を担当するローグの眼鏡に小さなヒビが入る。
彼の計算速度を超えた膨大なエネルギーが制御を離れて暴走を始めようとしていた。
「もたないって、あ、あ、逃げるよ!」
「もう……だめ……おじょ、もうムリ、ああぁっ」
ワルトが酷く情けない声を漏らす。
このままでは暴発の危険も考えられる。
焦ったキャンディは、破れかぶれに発動キーとなる魔力を放った。
「――っ、う、撃てえええ!」
制御不能に陥ったエネルギーが限界点を超え、キャンディの絶叫とともに、ロートファルケ号の船首から凄まじいエネルギー波が光の奔流となって放出された。
空間を焼き焦がす熱線を伴い、海面を抉りながら真っ直ぐに伸びた極太の光線。
それはグングニル号の左舷をギリギリのところでかすめ飛び、なんとその後方、回頭を終えて追撃に入ろうとしていた味方のガレオン船へと吸い込まれていったのだ。
光線が直撃した帝国艦は一瞬にして消滅したかのような大爆発を起こした。
轟音とともに海が爆ぜ、余波で周囲の海域が大荒れとなる。
着弾点の周囲にいたフリゲート艦が、高波に飲まれ次々とひっくり返っていく。
「うっわ、マジで撃ってきやがった!」
船体を大きく傾かせる凄まじい衝撃波に耐えながら、ラリーが目を剥いて叫ぶ。
「こ、これは……確かに、全然メルヘンじゃありませんね……」
海が一瞬にして地獄絵図と化す様を目撃し、ノアは顔面を蒼白にして引きつった笑いを浮かべた。
魔法という言葉から想像していた幻想的なイメージは完全に砕け散っていた。
「だろう?」
「あ、いえ、きらきら光って綺麗だとは思います、よ?」
恐怖から逃れるための無意識の現実逃避か、ノアが震える声で精一杯のフォローを入れる。
「綺麗かしら、ねぇ……」
リアが完全に疲労困憊といった様子で、引きつった顔で嘆息する。
「ひゅー、危なかったぜ。奴らにしちゃ良い狙いだったな、とっつぁん」
ラリーが額の汗を拭いながら軽口を叩いた、その時だった。
「む、いかん」
ウォルフが鋭い声を上げた。
「え?」
「波が来るぞ」
「くるぞー!」
ソエルの無邪気な声に重なるように、周囲の音が激しい水音に飲み込まれた。
先程帝国艦たちを文字通り海の藻屑とした巨大な高波が、壁となってグングニル号へと迫り来ていた。
――ドッパァァァァァァンッ!!
クルーたちの悲鳴が轟音に掻き消される。
魔法の着弾によって巻き起こった巨大な波が船体を横殴りに打ち据え、甲板を真っ白な海水が容赦なく洗い流していく。
そんな絶体絶命の状況下にあって、ソエルだけはなぜかウォータースライダーを楽しむ子供のように無邪気な笑い声を上げていた。
「ソエルさんはどうして笑ってるんですかー!?」
波に飲まれまいと必死に手すりにしがみつきながら、ノアが半泣きで叫ぶ。ソエルは相変わらずコロコロと笑っている。
やがて波が通り過ぎ、傾いていた船体が激しく揺さぶられながらも元の姿勢へと戻った。
甲板からは大量の海水が滝のように海へと流れ落ちている。
「ふう、何とかもったみたいだな。とっつぁん、エンジンの方はどうなんだ?」
全身ずぶ濡れになりながら、ラリーが甲板に立ち上がって安否を確認する。
「うむ、今のところ正常に動作しとる。暫くであれば航行には問題あるまい」
ウォルフが計器を確認し、舵輪を握り直して力強く答えた。
「ねー」
「あん? どうしたソエル」
「なんか色々無いよ」
ずぶ濡れの服を絞っていたソエルがふと上を見上げ、無垢な瞳で指差した先。
それを見て、ラリーは顔をひきつらせた。
「ほんとだ」
エイダリアが静かに呟く。
「うげぇ、マストが……」
ラリーが絶句する。
見上げれば、先程の魔法砲撃の余波と巨大な波をもろに受け、メインマストが完全に根元からへし折れ、海へと流されていたのだ。
「困った?」
ソエルが小首を傾げる。
「困りました、ね」
「うむ、これは困ったのう」
これでは風を捕まえることができない。
ノアとウォルフが揃って渋い顔を作り、重々しく頷く。
「あの、ウォルフ様? この機械はいつまで動きますの……?」
リアが恐る恐る、この船の最後の命綱である蒸気機関の限界時間という最も重要な事実を確認する。
「あと一刻がいいところだな。燃料がもたんよ」
「あらま。そのあとは?」
エイダリアが、ひどく穏やかな声で恐ろしい確認を入れる。
「まさか……漂流……?」
「ひょ~りゅ~」
リアの絶望的な響きを持った推論を、言葉の意味もわからずソエルが楽しげに復唱する。
機関が停止し、マストも無いとなれば、大海原のど真ん中で丸太のように浮かんでいるだけになる。待っているのは緩やかな死である。
「お前ら、全然困ってるように見えねぇよ?」
漂流という絶望的な未来が確定しつつあるにも関わらず、どこか緊張感のないクルーたちの様子にラリーは呆れたようにツッコミを入れる。
「まあ、今のところは重量減少のお陰で速度は上がっておるよ。奴らを巻くには充分だろうて」
マストを失ったことを重量減少という信じられないほどポジティブな事実へと転換するウォルフの豪胆さに、ラリーはニヤリと笑った。
「そういうこった、このまま逃げるぞ!」
一切の悲観を捨て去り、前だけを見据える船長。圧倒的な帝国の包囲網を前にして漂流の危機に直面しながらも、どこまでも楽天的なこの船のクルーたち。
「あは、あはは……大丈夫、ですよ……ね、ね?」
傷ついたグングニル号は、大混乱に陥っている帝国艦隊を完全に置き去りにして広大な海へと突き進んでいく。
ノアは引きつった笑いを浮かべながら、規格外すぎる海賊たちの豪胆さに、懸命に自分自身を馴染ませようとするのだった。




