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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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96/122

寿綾乃という女 第3部 96

なにか、ある…


 まだ、なにか、ある…


 が、


 それが、なんだかは、わからなかった…


 和子と伸明の話は、続いた…


 が、


 すぐには、話さなかった…


 正直、和子の落胆が、ひどかったからだ…


 その様子を見た、菊池リンが、


 「…おばあさま…」


 と、声をかけた…


 落胆の原因が、自分であることが、わかっているからこそ、声をかけたのだろう…


 彼女が、なにをしでかしたかのかは、わからないが、彼女が、和子の心痛の種であることは、誰の目にも、明らかだった…


 だから、余計に、この場に居づらかった…


 正直、逃げ出せるものなら、逃げ出したかった…


 それが、偽らざる気持ちだった…


 そして、それは、たぶん、他の者も、同じだったに、違いない…


 当たり前だが、私一人ではない…


 居心地が、良いと、思う場所は、誰もが、居心地が良いと思うし、居心地が悪いと思う場所は、誰もが、居心地が悪いと、思う…


 当たり前のことだ…


 が、


 逃げ出すことは、誰一人できない…


 私を除けば、全員が、当事者…


 菊池リンは、裏切り者と呼ばれる当事者だし、伸明は、五井家当主…


 和子は、五井の女帝…


 この三人は、全員、五井の関係者…


 そして、残りの一人のナオキは、今回の騒動の原因を作った人間ともいえる…


 なぜなら伸明に、ナオキの持つFK興産の株を半分、売却したからだ…


 それゆえ、おそらく、五井長井家が、FK興産の株を買おうとしたところに、横取りした…


 その結果、五井長井家に、FK興産の株を取られず、五井の家格を守った…


 本家の家格を守った…


 五井の順列が、崩れずに済んだ…


 そういうことだからだ…


 五井長井家が、ナオキから、FK興産の株の半分を譲り受ければ、伊勢原周辺の土地を大量に、保有することになり、その結果、五井の順列が、崩れかねない…


 それを、恐れた本家が、ナオキから、FK興産の株を横取りしたからだ…


 私は、あらためて、そう、思った…


 そして、私が、そう思っていると、


 「…五井は、連合体…」


 と、またも、和子が、繰り返した…


 「…そして、その内実は徳川幕府と同じ…親藩、譜代、外様という大名たちの序列があり、それぞれ、石高が、違う…それと、同じ…つまりは、初めから、序列が決まっていて、それが、崩れることがない…」


 「…」


 「…だから、当然、中には、その序列に不満を抱く者が、出る…」


 「…不満を抱く者ですか?…」


 「…そう、不満を抱く者…だって、生まれながらに、本家に生まれるか、分家に生まれるかで、五井一族の中でも、優劣が、生じる…これが、相撲のように、強くなれば、誰でも、横綱になれるのとは、まったく違う…いくら、優秀でも、分家に生まれた者は、本家に勝てない…これは、不公平でしょ?…」


 「…」


 「…だから、不満が出る…当たり前ね…」


 和子が、笑った…


 哀しそうに、笑った…


 「…でも、これは、最近、思うのだけれども、日本の戦後の民主主義が、いけないのだと、思う…」


 「…どうして、いけないんですか?…」


 「…人間は、皆、平等と説く…」


 「…平等?…」


 「…そんなわけないのにね…」


 和子が、笑った…


 「…誰もが、生まれつき、差があるのが、普通…お金持ちの家に生まれたり、寿さんのように、美しく生まれたりすれば、いいけれども、大半は、それほどでもない…」


 「…」


 「…でも、人間は、皆、平等と説くから、それを、受け入れらない者も出る…わかりやすい例で言えば、会社ね…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出ても、仮に、同じ会社で、机を並べて、同じ仕事をして、偏差値40の高校を出ている者が、仕事ができれば、自分の方が、仕事ができて、出世ができると、勘違いする…それが、好例ね…」


 「…勘違い?…」


 「…だって、そうでしょ? …仮に、偏差値40の高校を出たひとが、偏差値70の大学を出た者に仕事で勝っても、その仕事の内容による…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…要するに、単純労働ね…だから、偏差値は、関係ない…でも、それが、わからない…だから、偏差値40なのかも、しれない…」


 和子が、苦笑する…


 「…それに、もし、その偏差値40のひとが、本当に、優秀で、会社で、課長、部長と、出世街道を歩んでいって、それが、世間で、噂になりでも、したら、大変…」


 「…なにが、大変なんですか?…」


 「…あの会社は、完全な実力主義…偏差値40の高校を出ても、偏差値70の大学を出た者より、出世できると、噂になる…」


 「…それが、どうして、大変なんですか?…」


 「…それが、例えば、新興企業だったならば、いい…でも、それが、五井のような歴史のある企業だったら、困る…」


 「…なにが、困るんですか?…」


 「…東大や、京大を出た人間が、五井を敬遠する…」


 「…敬遠する?…」


 「…だって、そうでしょ? 偏差値40のひとが、偏差値70のひとより、出世できる会社なんて…偏差値40のひとは、入りたがるかもしれないけれども、偏差値70のひとは、誰も入りたがらなくなる…だって、学歴がまったく生かせないでしょ?…」


 「…それは…」


 「…当然よね…そんな会社は、頭のいい人は、入らない…当たり前ね…」


 和子が、笑う…


 「…でも、そんな会社も最初は、完全な実力主義でも、例えば、成功して、会社が大きくなれば、変わる…」


 「…どう変わるんですか?…」


 「…偏差値重視に変わる…なにより、会社が大きくなり、世間に知られるようになれば、自然と優秀な人材が集まるようになる…だから、自然と、偏差値の高い、人間が、大半を占めるようになる…それは、FK興産も、同じだったでしょ?…」


 「…それは…」


 私は、答えることが、できなかった…


 たしかに、和子の言う通りだったからだ…


 だから、答えられなかった…


 すると、和子が、


 「…少々、話が脱線したかも、しれないけれども、私が、言いたいのは、身の程を知れ! ということ…」


 「…身の程を知れ、ですか?…」


 「…人間は、平等ではないと、知れと、言うこと…」


 「…」


 「…つまりは、五井の本家に生まれたのなら、本家に生まれたのが、運命…分家に生まれたのならば、分家に生まれたのが、運命…その運命に従って、生きなさいということ…」


 「…」


 「…寿さんには、失礼だけれども、普通のひとが、どんなに整形しても、寿さんのように、美人には、なれない…」


 「…」


 「…でも、それが、運命…誰もが、受け入れなければ、ならない現実だけれども、稀に受け入れられない者もいる…」


 「…受け入れられない者ですか?…」


 「…そうよ…」


 和子が、言った…


 怒ったように、言った…


 「…人間は、あくまで、平等だと、考える…その結果、自分の立場が受け入れられない…」


 「…立場?…」


 「…さっきも言ったように、美人に生まれたり、生まれなかったり、お金持ちの家に生まれたり、生まれなかったり、する立場…」


 「…」


 「…五井で言えば、本家に生まれたり、分家に生まれたりする、立場…」


 「…そうね…リン…」


 和子が、いきなり、菊池リンの名前を言った…


 いきなり、彼女の名前を名指しした…


 私は、どうして、この話の流れで、彼女の名前が出るのか、わからなかった…


 彼女は、五井東家の人間…


 五井の一族の中でも、優位に立つ立場…


 本家に次ぐ、家格の家柄…


 それが、どうして、彼女の名前が出るのかわからなかった…


 なぜなら、今の和子の話の流れでは、劣った者が、自分の立場が、認められない…


 そう言っていたからだ…


 が、


 この菊池リンは、劣っていない…


 家柄も、ルックスも劣っていない…


 年齢も、まだ23歳と大学を卒業したばかり…


 32歳の私より9歳も若い…


 だから、この菊池リンを見る限り、なに一つ劣るものは、ないように、見えた…


 それが、なぜ、菊池リンなのか?


 さっぱり、わからなかった…


 だから、首をひねった…


 すると、すぐに、和子が、謎解きをした…


 その謎を解いた…


 「…リンの父親は、五井長井家出身…」


 和子が、言った…


 謎解きをした…


 私は、思わず、


 「…エッ?…」


 と、言った…


 言っては、いけないのだけれども、つい、言ってしまった(苦笑)…


 和子は、それを、聞いて、


 「…五井は、一族の結婚が、多いの…」


 と、笑った…


 笑いながら、告白した…


 「…ほら、五井の歴史は、400年…つまりは、ご先祖様から、400年経っている…だから、本当は、一族とは、名ばかり…一族とは、言っても、血は薄い…もはや、他人に近い…」


 「…」


 「…だから、結婚は、一族内で、することを、奨励する…そうでなければ、余計に血が薄くなる…その結果、五井一族としての団結心が、薄れる…」


 和子が、説明する…


 たしかに、それは、わかっていた…


 たしかに、それは、知っていた…


 以前、何度も、聞いたからだ…


 が、


 まさか、菊池リンの父親が、五井長井家の人間だとは、思わなかった…


 夢にも、思わなかった…


 そして、それが、私の表情に出たのだろう…


 「…寿さん…ビックリしたようね?…」


 と、和子が、笑った…


 私は、


 「…ハイ…」


 と、言いたかったが、あえて、答えないことにした…


 答えないほうが、いいと、思ったからだ…


 別段、理由はない…


 が、


 考えてみれば、わかる…


 すでに、わかりきった展開だった…


 五井は、同じ一族内で、結婚を奨励している…


 400年の歴史で、薄まり過ぎた血を、さらに、薄めないためだ…


 だから、同じ一族内で、結婚を、推奨している…


 これは、もう何度聞いたか、わからないほど、聞いた(苦笑)…


 正直、私の頭の中に、刷り込まれている…


 が、


 にも、かかわらず、菊池リンの父親が、五井長井家出身だとは、思わなかった…


 考えもしなかった…


 相変わらず、とろい…


 自分自身の無能さを思った…


 あらためて、思った…


 そして、それを、思えば、すぐに、身近に、その例があった…


 長谷川センセイだ…


 長谷川センセイの姉が、五井東家に、後妻に入ったと、以前、聞いた…


 これは、考えてみれば、血…


 血に他ならない…


 五井の血に他ならない…


 同じ五井一族ゆえに、五井長井家に後妻に入ったということだろう…


 あの長谷川センセイは、五井西家の血を汲んでいる…


 先祖は、五井西家の血を汲んでいるが、すでに、なんの関係もないと、以前、私に言っていた…


 そして、私は、その言葉を信じた…


 たしかに、皇族を見れば、わかるが、いつまでも、皇族でいられるのは、ごく少数…


 しかも、基本、男系のみ…


 男のみだ…


 これは、あくまで、日本の皇族を例に挙げただけだが、五井にしても、それは、同じ…


 たぶん、似たようなものだろう…


 皇族のように、男系優先ではないかも、しれないが、あまりにも、血が薄れれば、関係なくなる…


 例えば、長谷川センセイではないが、あまりにも、血が薄くなれば、五井西家出身といっても、五井の会社に入社したとしても、なんの恩恵も受けられないだろう…


 例えば、五井西家の主要メンバーならば、五井の関連会社に入社しても、最初からエリート街道…


 国家公務員で言えば、キャリア採用…


 最初から、かなり高い地位まで、昇れることは、了承済み…


 が、


 あまりにも、血が薄ければ、五井の関連会社に入社しても、なんの恩恵も受けられないだろう…


 すでに、一般人と同じ…


 そして、おそらく、入社に際しても、なんの恩恵もない…


 一般人と同じ…


 つまりは、五井の血を引くと、公言しても、誰も相手にしない…


 可哀そうだが、そういうことだろう…


 いくら、五井の血を引いていたとしても、いつまでも、五井家で、面倒は、みれない…


 血があまりにも、薄くなれば、一般人扱い…


 そういうことだろう…


 私は、思った…


 が、


 それだけでは、わからない…


 菊池リンの父親が、五井長井家出身だとしても、なぜ、菊池リンが、五井長井家に味方したのか、わからない…


 まだまだ、謎が残った…


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