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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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95/122

寿綾乃という女 第3部 95

「…さて、どこから、話していいものか?…」


 病室の中に、入って、全員がソファに座ると、和子が、ゆっくりと、切り出した…


 すると、


 「…五井長井家ですよ…叔母様…」


 と、伸明が、言った…


 「…そうそう…五井長井家ね…」


 和子が、応じる…


 「…五井長井家が、力をつける…これは、五井としては、嬉しいことだけれども、その結果、五井の順列が、崩れるのは、困る…」


 和子が、漏らす…


 「…五井の順列?…」

 

 私は、聞いた…


 聞かざるを得なかった…


 「…要するに、身分ね…」


 和子が、笑う…


 「…昔の言葉で、言えば、家格…」


 「…家格?…」


 思わず、聞いた…


 「…家の格式ね…江戸時代で言えば、徳川将軍家とか、徳川御三家とか…」


 和子が、笑う…


 「…五井は、本家が、一番で、東西南北の4家が、それに、次ぐ地位…そして、その下に他の分家がある…」


 「…」


 「…それが、五井の格式…五井の家格…」


 「…」


 「…そして、五井の現実は、連合体…」


 「…連合体?…」


 「…ヤクザでは、ないけれども、本家の下につく、それぞれの分家が、それぞれ五井の会社の株を保有している…」


 「…」


 「…もちろん、本家も、所有しているし、五井全体として、保有している会社もある…そして、それが、五井の強みとも、弱みとも、言える…」


 「…どうして、強みとも、弱みとも、言えるんですか?…」


 「…各分家が、それぞれ、自分たちの会社を、持っている…だから、本家とか、分家とかの区別なく、自分たちの裁量で、会社を経営できる…だからこそ、やりがいがある…だから、それが、強み…」


 「…」


 「…同時に、各分家が、それぞれ、会社を持つことにより、一族の団結が、削がれる…自分たちだけで、会社を経営できるから、同じ五井一族としての団結心がなくなる…それが、弱み…」


 「…」


 「…そして、五井本家は、徳川将軍家と同じ…五井の盟主…だから、どんなことを、しても、五井の一族としての団結心を壊すわけには、いかない…それが、壊れれば、五井として、機能しなくなる…」


 和子が、言った…


 五井の女帝が、言った…


 そして、それは、和子の告白を聞くまでもなく、私も知っていた…


 この私、寿綾乃も、知っていた…


 だから、別段、驚くほどのことでもなかった…


 そして、私が、そんなことを、思っていると、


 「…今回の件は、偶然だったのよ…」


 と、和子が、言った…


 それは、誰にでもない、私に向かって言っていた…


 私は、驚いた…


 まさか、和子が、私に対して言っているとは、夢にも、思わなかったからだ…


 だから、驚いた…


 が、


 考えてみれば、当たり前だった…


 この和子は、この病室で、ナオキと伸明といた…


 だから、ナオキと伸明に、今さら、説明するとは、思えない…


 だから、説明する相手と言えば、この私と、菊池リンのどちらか…


 そして、菊池リンは、和子の孫…


 つまり、和子の身内だ…


 だから、今さらというか…


 菊池リンは、なにより、五井の内情に、精通しているからだ…


 それゆえ、菊池リンに今さら、説明する必要はない…


 だから、冷静に考えれば、和子が、説明する相手は、私以外にいなかった…


 私、寿綾乃以外、いなかった…


 それゆえ、それに、気付いた私は、


 「…偶然?…」


 と、和子の言葉を繰り返した…


 すると、和子もまた、おうむ返しに、


 「…そう、偶然…」


 と、私の言葉を繰り返した…


 すると、今度は、ナオキが、私と和子の会話に割って入った…


 「…すべては、綾乃さんが、オーストラリアに治療に、行ってからだ…」


 と、ナオキが、続けた…


 「…私が、オーストラリアに行ってから? …どういう意味?…」


 「…正直、綾乃さんが、いなくなって、ボクの心に、ポッカリと穴が開いたというか…」


 「…」


 「…それ以前にも、ジュンが、綾乃さんを轢き殺そうとして、逮捕されたのも、衝撃だったし、ジュンが、ボクの子供でないと知ったのも、ショックだった…」


 「…」


 「…とにかく、この一年、色々あり過ぎた…」


 ナオキが、心底、疲れた様子で、言った…


 事実、ナオキの顔には、苦悩の表情が現れていた…


 ハッキリと、現れていた…


 そして、それは、私もまた見たことのない、ナオキの表情だった…


 これまで、15年付き合ってきて、見たことのない表情だった…


 もちろん、仕事に疲れて、疲れ切った表情のナオキの顔を見たことは、数え切れないほど、ある…


 が、


 こんなにも、苦悩したナオキの表情は、見たことがなかった…


 カラダの疲れではなく、精神的な疲労が、その顔には、現れていた…


 誰が、見ても、ハッキリと現れていた…


 そして、今度は、伸明が、


 「…そんな状態の藤原さんと、ボクは、親しく付き合うようになって…」


 と、続けた…


 「…寿さんが、いなくなって、藤原さんは、疲れ切っていた…それで、よく、いっしょに酒を飲むようになって…」


 「…いっしょに、お酒を?…」


 「…ハイ…それ以前にも、ボクと藤原さんは、時々、いっしょに酒を飲みました…それは、寿さんも、ご存じのはず…」


 …たしかに、言われてみれば、そうだった…


 …なにより、この二人は、ウマがあった…


 …傍から見ても、二人は、似ている…


 …共に、長身のイケメン…


 …また、性格も似ていた…


 …いわゆる、オタク気質(苦笑)…


 …性格も、おとなしく、イケイケとは、真逆の性格…


 それゆえ、二人が、気が合うのは、傍から見ていても、わかった…


 「…そんなときでした…」


 伸明が、突然、言った…


 「…藤原さんが、会社の業績が、思わしくないと、ボクに、告白したんです…」


 「…エッ?…」


 私は、言った…


 そして、それから、ナオキを見た…


 近くに、座っている藤原ナオキを見た…


 ナオキは、黙って、頷いた…


 その通りだと、いうように、頷いた…


 「…そして、最初は、藤原さんの話を聞くだけだったんですが、そのうちに、藤原さんには、大変失礼だったのですが、うちの…五井の気心の知れた社員を、藤原さんの会社に、派遣して、具体的な状況を調べさせました…」


 「…具体的な状況?…」


 私は、言った…


 「…ハイ…ですが、それが、いけなかった…」


 「…どうして、いけなかったんですか?…」


 「…藤原さんの会社が、持つ、いわゆる、不動産事業…これに、ボクの派遣した社員が、気付き、その価値に、驚いたんです…」


 「…その価値に驚いた…」


 「…いわゆる、再開発です…小田急線の伊勢原という場所に、小田急線の車両基地を作る…そうなれば、その周辺の不動産価格は、飛躍的に上昇する…そして、その周辺の土地を藤原さんの会社が、大量に、保有していたんです…」


 伸明が、言う…


 私は、それを、聞いて、思い出した…


 たしか、その土地を、五井の本家と、分家の五井長井家と、取り合いになって、本家の方が、素早く、動いて、FK興産の株を、ナオキから、半分、取得したことを、思い出した…


 だから、


 「…五井本家と、五井長井家が、その土地を巡って、対立したんでしたっけ?…」


 と、言った…


 すると、伸明が、目を丸くした…


 「…そこまで、ご存じだったんですか?…」


 と、目を丸くして、驚いた…


 私は、無言だった…


 「…」


 と、無言だった…


 あえて、答えなかった…


 その方が、良いと、思ったからだ…


 部外者の私が、これ以上、口を、挟んでは、いけないと、思ったからだ…


 また、なにより、そんな、五井の内部事情に、私が、精通していることも、また、おかしいと、思ったからだ…


 部外者の私が、精通しているのも、おかしいと、思ったからだ…


 それが、いかにも、知ったかぶりに、言うのも、おかしいと、思ったからだ…


 だから、あえて、頷くだけにした…


 そして、そんな私の態度を伸明が、どう思ったのか、わからないが、話を続けた…


 「…そして、その価値に気付いた、五井の社員が、ボクに、報告したんですが、なぜか、その情報が、五井長井家に、洩れた…」


 「…エッ? …洩れた?…」


 「…正直、誰が、その情報を洩らしたのか、ボクには、わからなかった…ただ、気が付くと、五井長井家もまた、その土地を狙っていることが、わかった…」


 伸明が、苦渋の表情を浮かべる…


 すると、


 「…これが、五井の弱点…」


 と、和子が、言った…


 私は、


 「…弱点? …どうして、弱点なんですか?…」


 と、聞いた…


 当たり前だった…


 「…五井は、さっきも、言ったように、連合体…ちょうど、ヤクザが、それぞれ、傘下の組を持つように、分家たちが、それぞれ会社を持つ…だから、ヤクザで言えば、シマではないけれども、ときに、各分家同士、いえ、本家も含めて、五井内部で、それぞれ、利害が、ぶつかり合う場面が、起きる…つまり、今度のように、伊勢原の再開発を気付いた者が、その周辺の土地を大量に、買い上げようと思う…そうすれば、伊勢原に小田急の車両基地が、できれば、その周辺の土地が上がる…それを、見越して、先に、土地を買い上げようと思う…」


 「…」


 「…もちろん、五井以外も、土地を買い上げようとする業者は、いるけれども、五井のように、連合体だと、五井内部で、バッティングする場面も多いということ…」


 「…」


 「…今回は、もろに、バッティングした…かちあった…」


 和子が、苦笑する…


 「…それで、叔母さまと相談して、藤原さんの会社、FK興産の株の半分を、藤原さんから、譲って、もらうことにしたんです…五井長井家も、狙っていましたから…」


 伸明が、打ち明ける…


 が、


 私は、疑問があった…


 その話では、どうして、五井長井家が、本家の動きを知ったのか、それが、わからない…


 なにより、なぜ、菊池リンが、裏切り者なのか?


 それも、わからない…


 簡単に考えれば、この菊池リンが、本家の動きを、五井長井家に洩らしていた…


 だから、和子が、


 …裏切り者…


 と、呼んだ…


 そう、考えるのが、自然というか…


 そう、考えるのが、正しいと思う…


 が、


 今一つ、わからない…


 なぜなら、本家と五井長井家では、立場が、違う…


 当たり前だが、本家の方が、家格が上…


 まして、菊池リンは、五井東家出身で、祖母の和子は、五井の女帝として、君臨している…


 それなのに、家格が下の長井家に情報を洩らすものだろうか?


 甚だ、疑問だった…


 なにか、ある…


 当たり前だが、そう、気付いた…


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