寿綾乃という女 第3部 8
女の敵は、女…
あらためて、思った…
彼女たちの目が、明らかに、変わった…
社長と社長秘書…
もしかしたら、男女の関係にあるのかも?
と、内心、考えているのかも、しれない…
事実、その通りなのだが、それを、彼女たちに悟られるは、嫌だった…
だから、とっさに、
「…でも、ただの社長と秘書の関係ですよ…」
と、笑って言った…
「…社長の周りには、若くて、美人のお嬢さんが、いっぱい、いるみたいでしたよ…私なんて、全然…」
とっさに、付け加えた…
事実、ナオキの周りには、女が、たくさんいた…
そして、藤原ナオキは、女好きだった(笑)…
長身のイケメンの上に、お金持ち…
さらに、テレビに出ている有名人だ…
女にモテないはずが、なかった…
が、
ナオキは、女に捨てられてばかりいた…
要するに、男としての魅力が、乏しいのだろう…
お金があるから、お金目当てに、女が、次々と寄ってくる…
が、
所詮は、金目当て…
金を、もらえば、別れる…
お役御免…
が、
ナオキは、懲りずに、あっちの女、こっちの女と、次々と、女を変えた…
傍から、見れば、明らかに、病気だ(笑)…
自分が、長身のイケメンで、お金持ちだから、女にモテるのは、わかる…
だから、次々と、あっちの女、こっちの女と、女を変えたくなるのも、わかる…
が、
何事にも、限度がある…
あまりにも、やりすぎれば、それは、おかしい…
おかしい=病気だ(笑)…
私自身、最初の頃は、ナオキと男女の関係にあったが、じきになくなった…
ナオキが、あっちの女、こっちの女と、次々に、関係していうのを、見て、嫌になったのだ…
だから、ビジネスパートナーというか…
会社では、いっしょに、仕事をしていたが、生活は、別になった…
私は、ジュン君と二人で、暮らした…
最初は、ナオキも含めて、3人で暮らしていたが、ナオキの会社が、どんどん大きくなり、それにつれて、最初は、小さなアパートで、3人で、暮らしていたのが、ステップアップしたというか…
少しずつ、大きな家に住むようになった…
そして、最終的には、立派な億ションに住んだが、その頃には、ナオキは、女の間を渡り歩くようになって、あまり家に帰らなくなった…
当たり前だが、女に夢中になれば、家に帰って来ない…
だから、ジュン君と、二人暮らしになった…
ナオキは、私とジュン君の住む、億ションとは、別のマンションを購入して、そこに住んだ…
そして、今、ジュン君が、刑務所に入り、私は、億ションに一人で、暮らしている…
ホントなら、私は、すでに、ナオキの会社、FK興産を退職している…
おまけに、ナオキと男女の関係も終わっている…
だから、ナオキが、購入した億ションを、出なければ、ならないのだが、ナオキの温情で、そこに、住まわせて、もらっている…
それが、今の私が、置かれた状況だった…
私が、癌という病気にかかり、天涯孤独の身であることを、知る、ナオキが、私を憐れに思って、住まわせてくれたのだ…
つくづく、ナオキの温情を感じるし、また、私自身の運の良さを感じる…
普通なら、いかに、かつては、男女の関係にあっても、もはや、なんの関係もなくなれば、出ていけ、というところだ…
私は、ハッキリ言えば、藤原ナオキの内縁の妻だった…
戸籍には、乗っていない、内縁の妻…
事実上の夫婦だった…
が、
たとえ、戸籍上の夫婦であっても、離婚すれば、家を出てゆくものだ…
例えば、夫が、家の購入資金を全額、自分で、出していれば、妻に、
「…出て行け!…」
と、いうところだ…
それが、当たり前だ…
非情でも、なんでもない…
が、
ナオキは、それをしなかった…
それは、やはり、ナオキの愛情だろう…
藤原ナオキの私に対する愛情だろう…
あらためて、思った…
そして、そんなことを、考えたとき、つくづく、自分は。恵まれていると、思った…
母を亡くし、中学を卒業して、田舎から、都会に、ひとりで、出てきた…
頼れるものも、なにもなし…
頼れるのは、自分一人だけ…
自分だけだった…
が、
藤原ナオキに、高校時代、バイト先で、出会い、それが、私の僥倖となった…
僥倖=思いがけない幸せになった…
後ろ盾もなにもない、高校生だった私が、藤原ナオキと出会い、藤原ナオキの設立した会社が、当時、ITブームの波に乗り、急成長…
そのおかげで、一介の女子高生に過ぎなかった私も、まるで、玉の輿に乗ったように、生活が、豊かになった…
まるで、ヤドカリ人生…
ヤドカリのように、ナオキの成功に乗っかって、自分も成功した…
だから、今振り返れば、つくづく恵まれた人生だと思う…
藤原ナオキの成功と共に、自分も成功した…
が、
物事には、報いというものがある…
すでに、何度も言ったように、本物の寿綾乃は、死んでいる…
私は、矢代綾子…
寿綾乃は、母型の従妹の名前…
いわゆる、なりすましだ…
同じように、身寄りのなかった、従妹の寿綾乃に、矢代綾子が、なりすました…
寿綾乃は、五井の血を引く娘だったからだ…
それを、知っている母が、従妹になりすませと、私に命じた…
そして、私は、その通りにした…
そして、今も、私は、寿綾乃になりすまして、生きている…
そんな、なりすましの報いだろう…
私は、癌にかかった…
そして、それを、思えば、神様は、私の行いを、しっかりと見ているということだ…
私の行いに、天罰を、加えたということだ…
私は、思った…
思ったのだ…
が、
そんなことを、いつまでも、考えていると、いつのまにか、強い視線に晒されていることに、気付いた…
その視線の主は、当然のことながら、二人の若い看護師の女性たちだった…
私が、藤原ナオキの秘書をしてきたと、告げたことで、興味満々といった感じだった…
私が、彼女たちを見ると、待ってましたと、言わんばかりに、
「…寿さん…あの藤原ナオキの秘書だったんですか?…」
と、一人の女性看護師が、突拍子もない、大きな声で、言った…
私は、驚いたと、同時に、
…そんなに、大声で、言わなくても…
と、内心、思った…
が、
彼女たちにとっては、あまりにも、意外なことだったのだろう…
まさか、自分たちの目の前にいる、女が、テレビに出ている有名人の藤原ナオキの秘書だったなんて、思いもかけないことだったのだろう…
二人とも、興味津々な感じで、私を見た…
私は、どう言おうか、考えたが、
「…ハイ…そうです…」
と、当たり障りのない返事をした…
それが、一番だからだ…
「…間近に見る、藤原ナオキって、どういうひとですか?…」
「…どういうひとって、言われても…」
私は、返答に、困った…
どう言おうか、悩んだ…
私が、返答に、困っていると、若い二人の女性看護師が、今か今かと、私の返答を待っていることが、嫌というほど、わかった…
だから、悩んだ末に、
「…オタクよ…」
と、一言、言った…
「…オタク?…」
二人とも、目が点になった…
「…そう、オタク…仕事オタク…」
「…仕事オタクって?…」
と、小柄な方の女性看護師…
「…いわゆる会社命の男…昭和時代の猛烈サラリーマンみたいなものね…」
「…昭和の猛烈サラリーマン…」
と、大きい方の女性看護師が、絶句した…
「…ほら、藤原さんは、自分で、会社を創って、大きくしたでしょ? …だから、仕事命っていうか…仕事が、生きがい…」
「…」
「…テレビに出ているのだって、自分の名前が、世間に知られ、会社の知名度が上がるのが、目的…」
私が、説明すると、二人は、
「…」
と、黙った…
「…」
と、真剣な表情で、沈黙した…
…これは、マズい!…
直観的に、思った…
ここは、彼女たちに真剣にさせる場面ではない…
そう、気付いた…
彼女たちは、ただ、藤原ナオキの人柄を聞きたいだけなのだ…
そう、気付いた私は、
「…でも、その反動ね…」
と、言って、笑った…
「…どんな反動ですか?…」
と、今度は、思いがけず、長谷川センセイまで、聞いてきた…
だから、私は、笑いながら、
「…女好き…」
と、言ってやった…
「…女好き?…」
長谷川センセイも、また目が点になった…
「…仕事が終わると、無性にお酒が飲みたくなるひとって、いるでしょ? …アレと同じで、仕事が終わると、飲みに出かける…そこで、女性と知り合って、というパターン…」
私が、笑いながら、説明した…
「…社長は、長谷川センセイといっしょで、長身のイケメン…だから、目立つ…女性にモテる…」
私が、言うと、
「…寿さん…いきなり…ボクと、藤原さんをいっしょにして…」
と、長谷川センセイも戸惑った…
それを、見た、私は、若い女性看護師の二人に、向かって、
「…長谷川センセイも、藤原社長と同じく、長身のイケメンですから、さぞ女性に…」
と、言うと、すかさず、二人の女性看護師が、
「…それは、長谷川センセイは、モテモテですから…」
と、笑った…
「…いつも、女の噂が絶えない…」
と、続けた…
この二人の若い女性看護師の暴露に、長谷川センセイの顔が、赤らんだ…
慌てて、
「…寿さん…そろそろ、診察を始めましょう…」
と、言って、話題を変えた…
途端に、空気が、一変したというか…
長谷川センセイの一声で、若い女性看護師が、それまでとは、一変して、看護師に戻った…
それを、見て、あらためて、この長谷川センセイは、優秀な医師だと、思った…
同時に、この二人の若い女性看護師二人に、信頼されているのだと、思った…
男でも女でも、信頼されていなければ、こうは、いかない…
長谷川センセイが、
「…診察を始めましょう…」
と、言っても、笑ったままだろう…
そう、気付いた…
そして、その後、診察に、移った…
その結果は、予想通り…
ジュン君の運転するクルマにはねられたことによる、ケガは、治った…
が、
癌は、ダメだった…
長谷川センセイは、癌は、自分の担当外…
それでも、私を診療したデータを他のセンセイに、送って、診てもらっていた…
その結果は、予想通り…
進展がなかった…
そして、それが、私の運命…
寿綾乃になりすました、矢代綾子の運命だと、思った…




