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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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68/122

寿綾乃という女 第3部 68

「…会社経営に疲れたって…」


 私は、言った…


 口に出さずには、いわれなかった…


 伸明は、そんな私を見て、


 「…寿さんなら、わかるはずです…」


 と、言った…


 「…なにが、わかるんですか?…」


 「…藤原さんは、根はオタク…別に、会社経営が、好きで、やっているわけではない…」


 「…」


 「…藤原さんの会社は、従業員が、千人います…と、なると、業績が、悪化すれば、従業員の給与の払いだけでも、大変になる…」


 「…」


 「…もちろん、今すぐ、どうのこうの言うわけではない…でも、そんなことに、頭を悩ますのは、嫌というか…そんな感じです…」


 伸明が説明する…


 そして、それを、聞いた私は、伸明の言葉は、たぶん、ホント…


 たぶん、ウソはないと、思った…


 たぶん、ウソはないと、確信した…


 なにより、ナオキが、伸明に金を援助してもらい、そのお礼の電話をしているのを、私は、聞いている…


 だから、以前から、ナオキが、伸明に金を援助してもらったのは、わかる…


 わからないのは、その額だ…


 それが、わからない…


 が、


 見当はつく…


 それほど、大した額ではない…


 例えば、百億や二百億という大金ではない…


 そんな大金は、いかな伸明とて、自分の一存では、動かすことは、できないだろう…


 だから、もっと、少額に違いない…


 が、


 いずれにしても、ナオキとしては、そんな金を用意するのは、嫌だったに違いない…


 なにしろ、ナオキの本質は、オタク…


 技術オタクだ…


 だから、その才能を生かして、IT企業を立ち上げた…


 が、


 実際に会社を立ち上げれば、真っ先に、必要なのは、金…


 それは、創業当時は、ユリコの担当だった…


 当時、ナオキと結婚したユリコの担当だった…


 が、


 それは、最初だけ…


 会社が、軌道に乗り、ITバブルの波に乗って、瞬く間に大きくなるにつれ、金の心配は、なくなった…


 いわば、最初の創業期は、どんな会社も、金のやりくりが、大変だが、それが、軌道に乗り出すと、その心配が、なくなる…


 そういうことだ…


 そして、ユリコが失踪して、私が、ユリコの後釜に座ったときは、すでに、金の心配がなくなっていた…


 だから、高校生の私でも。ユリコの後釜になれた…


 高校生の私が、やることと、いえば、幼いジュン君の面倒を見ることだけだったからだ…


 だから、私でも、できた…


 高校生の私でも、できた…


 そういうことだ…


 そして、今、伸明が言った、お金の問題…


 これを、私が、知らないのも、わかる…


 ナオキは、一切、私に金銭的な相談は、しなかった…


 それは、単純に考えれば、私にそんな相談をしても、なにもできないから…


 たかが、秘書風情の私には、なにも、できないから…


 私が、ナオキに金銭的な相談を受けて、それで、金策に走ることは、できない…


 それが、できるのは、金を借りる当てがあるから…


 要するに、貸してくれる相手の当てがあるからだ…


 そんな、金を貸してくれる相手の当てなど、なにもない私に、相談しても、ダメ…


 話にならない…


 そして、もし、ナオキが、私にそんな話をするとすれば、ただ、愚痴を聞いてもらいたいだけ…


 ただ、それだけだ…


 が、


 それだけで、だいぶ、楽になる…


 どうこうなるわけでは、まったくないが、誰かに愚痴を聞いて、もらうだけで、楽になる…


 そういうことだ…


 これは、誰にでも、経験のあることだろう…


 ナオキが私に対して、それをしないのは、おそらく私が心配するから…


 だから、しなかったのかも、しれない…


 そして、そんなことを、考えていると、ふと、思い出した…


 なにを、思い出したか? 


 と、言えば、ナオキが、私をFK興産の非常勤の取締役にしたことだ…


 あのときは、どうして、そんなことをしたのか?


 わからなかった…


 が、


 今、考えてみれば、わかる…


 おそらく、ナオキは、あの時点で、すでに、会社を手放す決意をしていたのでは、ないか?


 そう、気付いた…


 自分が、会社を去れば、当然のことながら、そんなことは、できない…


 FK興産の人事に口を挟めないからだ…


 だから、自分が、FK興産の株を手放すのを見越して、私を、非常勤の取締役にした…


 そうすれば、私に金を与えることが、できるからだ…


 もちろん、FK興産を五井グループに売却した後でも、できなくは、ないだろう…


 が、


 しかし、当たり前だが、その方が、ハードルが高い…


 仮に、ナオキが、伸明に、


 「…寿さんを、非常勤の取締役にしてあげてくれ…」


 と、頼んでも、それが、実現できるかどうかは、わからない…


 なぜ、一介の社長秘書風情を、非常勤の取締役に任命するのか?


 仮に、伸明や、和子さんが、やろうとしても、反対が、多いに違いない…


 だから、あらかじめ、それを、見越して、私を、事前に取締役にしたのでは、ないか?


 そう、気付いた…


 一度、取締役にしてしまえば、それを、取り消す方が、難しいからだ…


 どんな会社でも、そうだが、昇格よりも、降格の方が、難しい…


 昇格よりも、降格の方が、はるかに少ないから、誰もが、納得する理由が、必要となる…


 なぜ、降格させるのか、周囲を納得させる必要がある…

 

 だから、難しい…


 滅多にないことだから、余計に理由付けが、難しい…


 それを、ナオキは、よくわかっているから、私を事前に非常勤の取締役にしたに違いない…


 常勤では、ない…


 あくまで、非常勤…


 その方が、反発が和らぐからだ…


 あくまで、非常勤の取締役は、私にお金を与える名目に過ぎないからだ…


 だから、目立たない方が、良い…


 そして、その辺の事情を、この伸明や、和子に、事前に説明すれば、FK興産が、五井グループの傘下に入っても、伸明や和子の力で、私を簡単に、非常勤の取締役から、はずすことはないだろうと、踏んだに違いない…


 すでに説明したように、この逆は、難しい…


 会社の株を手放したナオキが、これから、私をFK興産の非常勤の取締役にしてくれと、伸明や和子に頼んだとしても、難しいだろう…


 なぜなら、ナオキは、FK興産の創業者で、オーナー社長だから、できる…


 FK興産の創業時から、いっしょにやっている、寿さんだから、会社の内情に、誰よりも、詳しいから、非常勤の取締役にしたと、説明すれば、周囲も納得する…


 が、


 しかしながら、五井グループに入ってとなると、それも、難しいだろう…


 むろん、できないわけではないが、会社の創業社長が、命じるよりも、周囲が、冷ややかに感じるだろう…


 だから、それを、見越して、ナオキは私を非常勤の取締役にしたに違いない…


 今さらながら、気付いた…


 ナオキの目的に、気付いた…


 ナオキの優しさに、気付いた…


 そして、当たり前だが、今さらだが、この伸明と、長谷川センセイの関係に、思いを寄せた…


 この長谷川センセイのおかげで、私は、今、この病室に入ることが、でき、伸明と会えた…


 が、


 こんなにも、簡単に伸明と会えるとは、思わなかった…


 まさか、こんなにも、呆気なく、伸明と会えるとは、思わなかった…


 一体、二人の関係は?


 今さらながら、思った…


 今さらながら、考えた…


 そして、そんなふうに、伸明と長谷川センセイを見ていると、二人とも、私の視線に気づいたようだ…


 「…どうしました? …寿さん?…」


 と、長谷川センセイが、聞いた…


 「…いえ…」


 と、私は、言い、それから、


 「…お二人の関係は?…」


 と、直球に聞いた…


 すると、二人は、目を見合わせた…


 互いに、互いの顔を見た…


 そして、長谷川センセイが、


 「…五井の女帝に命じられたんです…」


 と、告げた…


 「…和子さんが?…」


 と、私。


 まさか、ここでも、和子の名前が出るとは、思わなかった…


 「…寿さんは、伸明さんのお気に入り…五井家の当主のお気に入り…その寿さんの周りにいる人間が、どんな人物なのか? 知りたいのでしょ? …ボクの素性も調査済みです…」


 「…長谷川センセイの素性?…」


 「…ボクが、五井家の血を引く人間であること…今では、とても薄いが、先祖が、五井の一族であること…」


 「…」


 「…すべて、調査済みです…」


 長谷川センセイが、断言する…


 私は、それを、聞いて、なるほどと、思った…


 たしかに、私は、伸明に好かれている…


 五井の当主に好かれている…


 ならば、当然、伸明が好いている女の素行調査をするだろう…


 素行調査というのは、本人だけではない…


 その周りにいる人間も含む…


 どんな人間と、身近に付き合っているのか?


 それは、友人関係が大半だが、会社関係、そして、私のように、病院に定期的に、通っていれば、それも、含む…


 極端な話、よく通うスーパーや、コンビニの店員の素性も含めても、おかしくはない…


 なぜなら、親しくなれば、それに、影響される可能性があるからだ…


 仲良くなったら、いきなり、宗教の勧誘をさせられたり、保険に入らないか? と誘われたり…


 そんな例は、よく聞く話だからだ…


 だから、油断できない(苦笑)…


 私、本人は、影響されてないと、思っていても、意外と影響を受けていたりすることもあるからだ…


 だから、私が、どんな人間と接しているか?


 あらかじめ、念入りに調べたのだろう…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 そして、あらためて、私は、和子に、そこまで、身辺調査をされているのか?


 と、気付いた…


 たしかに、以前、オーストラリアに、癌の治療をしに、行ったときに、その費用は、五井家から、出してもらった…


 和子が、出してくれたのだ…


 私は、当然、恩にきた…


 いくら、費用がかかるのか、わからなかったからだ…


 それが、自分の貯金で、まかなえるか、どうか、わからなかったからだ…


 そして、そう、考えれば、ナオキに金を工面してもらうのが、一番手っ取り早いやり方だった…


 なにより、ナオキは、FK興産の創業社長…


 FK興産のオーナー社長だ…


 だから、お金持ちだからだ…


 だから、私が、オーストラリアに行き、癌の治療をする費用など、はした金…


 ナオキにとっては、はした金だからだ…


 と、


 ここまで、考えて、気付いた…


 もしや?


 もしや、あのとき、和子が、私に、オーストラリアでの癌の治療をする費用を工面するといったのは、ナオキの会社の実情を知っていたから?


 この伸明が、ナオキに金を貸しているのを、知っていたから?


 だから、私に、癌の治療費を工面すると、申し出た?


 そう、気付いた…


 気付いたのだ…


 遅ればせながら、気付いたのだ…


 つまりは、あのとき、すでに、和子は、今回の件を、すべて、見通していたのかも、しれなかった…


 ナオキが、遠からず、FK興産を売却して、五井グループに入る…


 そんな未来を見越していたのかも、しれなかった…


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