寿綾乃という女 第3部 37
明らかに、変わった…
マミさんの顔色が、明らかに変わった…
私は、それを見て、納得したというか…
あらためて、このマミさんは、信頼できる…
信用できると、思った…
ウソをつけない性格だと、思ったのだ…
自分の考えが顔に出る…
だから、信用できると、思ったのだ…
私の質問に、マミさんが、答えようとすると、店員の女性が、
「…お待たせしました…」
と、コーヒーを二つ、持ってきた…
それで、出鼻をくじかれたというか…
私も、マミさんも、肩の力が抜けたというか…
まずは、二人とも、持ってきたコーヒーに口をつけた…
私は、この後、マミさんが、どう答えるか?
コーヒーを飲みながら、考えているし、マミさんもまた、私に、どう言おうか、悩んでいる感じだった…
そして、マミさんは、コーヒーを少し、飲んでから、
「…それは、言えないわ…寿さん…」
と、至極、落ち着いた表情で言った…
「…言えない? …どうして、言えないんですか?…」
「…だって、寿さんは、部外者…だから、言えない…」
「…部外者?…」
「…そう…部外者…寿さんは、五井の人間じゃないから…」
あっさりと、マミさんが言う…
そして、その部外者という言葉を、どこかで、聞いた気がした…
どこかで、誰かから、聞いた気がした…
そして、それは、すぐに、思い出した…
長谷川センセイだ!
五井西家出身の長谷川センセイだと、気付いた…
あの長谷川センセイもまた、このマミさんと同じく、私を、
「…部外者…」
と、表現した…
つまりは、五井家の人間ではないのだから、口を挟むな!
と、言いたいわけだ…
そして、それは、このマミさんも同じ…
同じだ…
そして、もしかしたら、それこそが、五井家…
五井家の証なのかもしれない…
五井家だけに伝わるルールなのかも、しれない…
私は、思った…
そして、そう思っていると、
「…だから、言えない…寿さん…ゴメン…」
と、マミさんが、私に頭を下げた…
私はとっさに、
「…いいんです…五井家の人間でもない、私が、出過ぎたまねをして、申し訳ありませんでした…」
と、頭を下げた…
私より、立場が上のマミさんが、頭を下げたから、私も下げざるを得なかった…
そして、頭を下げながらも、
…これは、うまい言葉だ…
と、感心した…
私を、
…部外者…
と、一言言えば、なにも言わなくてもすむからだ…
部外者だから、アナタには、関係ない…
部外者だから、アナタには、話せない…
と、言えば、聞く方も、それ以上、なにも、言えなくなる…
私は、そう思った…
だから、実に、都合のいい言葉だ…
が、
部外者だということで、答えないというのは、やはり、本当は、伸明の居場所を知っていると、いうのと、同じことだと、思った…
知らないのなら、堂々と、
「…知らない…」
と、答えれば、いい…
が、
それが、できないから、
「…寿さんは、部外者だから、答えられない…」
と、言ったと、思った…
要するに、ウソは、つきたくない…
が、
本当のことは、言えない…
だから、
「…寿さんは、部外者だから、答えられない…」
と、言ったと、思ったのだ…
このマミさんは、ウソが嫌い…
ウソをつきたくない…
だから、そう、言ったのだ…
私は、そう思った…
そして、そんなマミさんだから、私は、信頼できる…
信用できると、あらためて、思った…
ウソをつく人間は、いつも、ウソをつく…
私も、以前、知り合った人間で、ウソつきだと、周囲から、聞いていた人間と、仲良くなったことがある…
その友人とは、ウマがあった…
だから、自然と仲がよくなった…
が、
仲良くなって、ほどなく、その友人が、ウソつきだと、知ることになった…
なぜなら、以前、聞いた話と違うからだ…
例えば、以前、
「…この前、○○と、ここに、来たときは…」
と、言ったので、なにかを、きっかけに、その話をした…
すると、
「…そんなこと、言ったっけ…」
と、あっけらかんと、言った…
私は、仰天したが、
…なるほど、だから、ウソつき…
と、周囲から、呼ばれているんだと、妙に納得した…
そして、それ以来、その友人とは、距離を置かないまでも、警戒するようになった…
ありていに、言えば、
…コイツの話は、どこまで、ホントかウソか、わからない…
と、思ったからだ…
だが、ウマが合ったから、付き合いは、続いた…
が、
それは、あくまで、表面的な付き合いに過ぎなかった…
相手が、ウソつきだと、わかっている人間に、自分の悩みや、自分の秘密を打ち明けるなど、論外…
できるわけはない…
ウソつきなのだから、すでに、信頼できる人間ではないということが、わかっているからだ…
それでも、付き合ったのは、単に、気が合うから…
ウマが合うからに、他ならない…
性格も、決して、悪くはなかったが、ウソつきだということは、やはり、どこか、性格に難があるのだろう…
当時、そう、思ったものだ…
そして、今、マミさんを見て、それを、思い出した…
マミさんが、諏訪野伸明の居所を、わざと、答えないことで、その友人を思い出した…
そして、あらためて、ウソをつかないことで、このマミさんを、信頼できると、思ったのだ…
そして、そんなことを、考えていると、マミさんが、
「…ねえ、寿さん…」
と、聞いてきた…
「…ハイ、なんですか?…」
「…一つ、聞いていい?…」
「…なんですか?…」
「…寿さんと、藤原さんの仲…」
「…仲ですか?…」
「…具体的に、どうなっているの? …いえ、答えたくないなら、答えなくていい…私のような部外者が、聞く話じゃないから…」
マミさんが、躊躇いがちに、言う…
私は、それを、聞いて、
「…いえ、たいした仲じゃないですよ…」
と、答えた…
「…たいした仲じゃない? …それは、どういう…」
「…ハッキリ言えば、同士とでも、呼べば、いいのかな…」
「…同士?…」
「…ナオキとは、随分、長い付き合いです…ナオキが、会社を創業した当時、アルバイトで、ナオキの会社のお手伝いをしました…それ以来の仲です…」
「で、今は?…」
「…今ですか?…」
「…そう…」
「…なんて、言えば、いいのかな? …ずっと、いっしょに暮した夫婦が、今は、別れたとでも、言えば、いいのかな…別れては、いるものの、どこかで、繋がっているというか…」
「…」
「…だから、まったくの他人というのも、ちょっと、違う…」
「…そう…」
「…強いて言えば、味方…」
「…味方…」
「…なにがあっても、私のために、動いてくれる味方…それが、正しいのかも、しれない…」
「…」
「…だって、マミさん…ナオキと知り合って、十五年以上、経ってますよ…ナオキと知り合ったのは、私が高校生のときです…」
「…高校生?…」
「…まだ、制服を着て、学校に通ってました…そんな、長い付き合いですし、以前は、いっしょに暮していたときも、あったし、会社では、長年、秘書として、身近に、ナオキを見てきました…だから、他人ですが、他人じゃないというか…」
私が、言うと、マミさんは、それ以上は、なにも、言わず、黙った…
ほかに、言うべき言葉が、見つからなかったとでも、いうべきか…
そして、私が、黙ると、マミさんが、口を開いた…
「…寿さんのいうことは、わかる…」
と、口を開いた…
「…たしかに、そんなに長く付き合っていれば、情が沸くわよね…他人だけれども、まったくの他人とも、呼べなくなる…でも、私が、ここで、聞きたいのは?…」
「…なんですか?…」
「…寿さんが、ずばり、伸明さんと藤原さんのどっちが、好きか? …それを、聞きたいの…」
マミさんが、ずばりと、言った…
ずばりと、核心を、聞いた…
「…それは…」
「…それは、わかりません…」
「…どうして、わからないの?…」
「…ナオキは、今、言ったような仲です…でも、伸明さんは…」
「…伸明さんは、なに?…」
「…憧れというか…」
「…憧れ?…」
「…そうです…大金持ちの息子で、おまけにイケメンです…ナオキもイケメンですが、長い付き合いです…ときめきもありません…」
「…ときめき?…」
「…これは、誰でも、同じでしょ? 長く見知った相手より、付き合って、まもない相手の方が、新鮮に映る…お互いを知らないからです…」
私が、笑いながら、言うと、
「…」
と、マミさんは、黙った…
「…」
と、沈黙した…
それから、
「…ホント、寿さんは、ウソのつけない性格ね…」
と、声を出して、笑った…
「…ウソをつけない性格ですか?…」
「…そうよ…普通は、伸明さんが、好きです…藤原さんとは、終わってますから、今は、もう、なんの関係もありませんというところよ…」
「…」
「…それが、あっさりと、藤原さんも、好きだという…まさに、ウソのつけない性格ね…」
「…」
「…でも、だから、伸明さんも、寿さんを、好きなんだと、思う…」
「…どうして、ですか?…」
「…ウソをつかないから…」
「…」
「…だから、寿さんを、信用できる…信頼できると、思うんだと思う…」
「…」
「…だから、私も寿さんが、好き…ウソをつかない寿さんが、好き…」
マミさんが、強調する…
私は、それを、聞いて、どこか、居心地が悪かった…
なぜなら、私は、本当は、寿綾乃ではないからだ…
私の本当の名前は、矢代綾子…
寿綾乃は、従妹の名前…
死んだ従妹の名前だ…
本物の寿綾乃は、五井家の血を引いていた…
だから、
「…従妹の綾乃になりすまして、生きろ!…」
と、いうのが、亡くなった母の遺言だった…
私は、幼い頃から、母親と二人暮らしだった…
それゆえ、生活は、決して、楽ではなかった…
だからだろう…
母は、一人、私だけを残して、死ぬのが、不安だった…
だから、死んだ従妹の綾乃になりすませと、母は、遺言した…
死んだ綾乃になりすまして、生きれば、いずれ、大金が、手に入るかも、しれない…
なにしろ、綾乃は、五井の血を引く娘…
だから、大金が、手に入るかも、しれない…
それゆえ、綾乃になりすまして、生きろ、と、遺言して、母は、亡くなった…
そして、それが、亡くなった母が、私に、してくれることのできる、ただ一つのことだった…
他には、できることも、なにもない…
唯一、母ができることだった…
その後、私は、母の遺言通り、東京に出て、寿綾乃になりすました…
つまり、ウソをついているわけだ…
名前の詐称…
あるいは、
身分の詐称…
と、いう大きなウソをついているわけだ…
そんな私が、ウソをつかないから、信頼できる…
ウソをつかないから、信用できると、言われて、居心地が、良いはずが、ない…
すでに、大きなウソをついているからだ…
が、
それを、今、目の前のマミさんに、言うわけにも、いかない…
ふと、気付くと、五井一族の動静を探る絶好の機会と、考えて、マミさんと、こうして、スタバで、お茶をしていたのが、いつのまにか、自分が、針のむしろに、座らせている気持ちになった…
こんなことに、なるのなら、マミさんと、ここで、いっしょに、お茶をしなければ、良かったと、後悔した…
まさか、自分で、自分を責めるような事態になるとは、思っても、みなかったからだ…
だから、そう、つくづく、思った(苦笑)…
ここで、マミさんとお茶したのは、実に、誤算だったと、つくづく思った(苦笑)…




