寿綾乃という女 第3部 36
「…私が好きだから…それは、どういう意味ですか?…」
私は聞いた…
聞かずには、いられなかった…
「…いえ、寿さんだけじゃない…」
マミが、答える…
「…私だけじゃない?…」
「…藤原さんのことも、伸明さんは、好きなのよ…」
「…」
「…だから、援助した…だから、融資した…それが、伸明さんが、藤原さんを援助した理由…」
「…」
「…でも、ビジネスに私情を持ち込んだら、ダメ…」
「…どうして、ダメなんですか?…」
「…目が曇る…」
「…目が曇る? …どういう意味ですか?…」
「…普通は、会社の決算書や業績を、見て、判断するでしょ?…」
「…ハイ…」
「…でも、それに、私情を挟むと、どうなると、思う?…」
「…どうなるんですか?…」
「…つい、良く考えてしまう…良い未来ばかり、思い描いてしまう…」
「…」
「…今は、業績が低いけれども、少し経てば、劇的に改善するとか…今度、出る新商品は、必ず、当たって、会社の業績も、右肩上がりに、急回復するとか…そんな未来を、つい、見てしまう…つまりは、目が曇ってしまう…」
「…」
「…それは、会社でいえば、リストラもそう…」
「…リストラ?…ですか?…」
「…そうよ…リストラ…つまり、首切り…ほら、誰をリストラするか、考えるとするでしょ?…」
「…ハイ…」
「…そのときに、私情を持ち込むのと同じ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…変な話、純粋に仕事の能力だけで、決めた方が、いい…それと、同じ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…純粋に、仕事の能力だけで、決めれば、悩まない…でも、普通は、そのひとの人柄とか、あるいは、このひと、今、うちの会社を首になれば、大変だろうな? と、考えちゃうでしょ?…」
「…それは…」
「…でしょ?…」
「…ハイ…」
「…だから、私情を持ち込まない…会社ならば、仕事の能力だけ、見る…学校ならば、テストの成績だけ、見る…他は、見ない…そうでないと、ブレる…」
「…ブレる? …ですか?…」
「…そうよ…ブレる…それと、伸明さんが、藤原さんの会社を助けようとしたのは、同じ…」
「…同じ…」
「…たぶん、寿さんや、藤原さんを好きだから、私情を挟んだ…そして、自分でも、それが、わかっているから、会見ができない…正々堂々と、どうして、藤原さんの会社に、融資したか、説明できないから、雲隠れした…そういうことだと、思う…」
マミさんが、一気呵成に言った…
私は、
…そういうことか!…
と、思った…
マミさんの説明で、初めて、なぜ、伸明が、雲隠れしたか、わかった…
要するに、伸明は、後ろめたいのだ…
仕事に私情を挟んで、ナオキに、金を融資したのが、後ろめたいのだ…
だから、堂々と説明できない…
だから、記者会見が、できない…
そして、おそらく、それは、身内に対しても、そう…
身内に対しても、同じ…
おそらく、伸明は、叔母の和子に、堂々と説明できないから、和子からも、逃げた…
五井家当主にも、かかわらず、叔母の和子に、説明できない…
五井の事実上の最高権力者…
五井の女帝の和子に、堂々と、説明できないから、和子からも、逃げ出した…
そういうことだと、思った…
そして、逃げ出して、今は、ひっそりと、この五井記念病院に身を隠している…
そういうことだと、思った…
思ったのだ…
そして、それが、わかると、たしかに、マミが、言うことも、わかると、思った…
ビジネスに私情を挟むなど、言語道断…
それを続ければ、会社が、おかしくなる…
いずれ、会社が立ち行かなくなる…
当然、伸明も、バカではないのだから、それが、わかっているだろう…
が、
それにも、かかわらず、私情を優先した…
だから、伸明自身、後ろめたい気持ちがあるに違いない…
だから、身を隠した…
そう、考えれば、伸明が、身を隠した理由も、頷ける…
私は、思った…
思ったのだ…
が、
目の前のマミさんは、違った…
明らかに、怒っていた…
誰が、見ても、怒っていた…
だから、私が、聞くまでもなく、
「…でも、それじゃ、ダメなのよ!…」
と、すごい剣幕で、怒った…
「…それじゃ、五井家当主として、失格…」
マミさんが、言う…
「…失格…」
と、つい、私も口にしてしまった…
「…そうよ…失格…それでは、五井の当主として、失格…」
マミさんが、声を荒げて言った…
あまりにも、マミさんが、声を荒げるものだから、何事かと、近くの席の客が、マミさんを見た…
その様子に、気付いたマミさんが、慌てて、口に手をやった…
私は、その様子がおかしくて、つい、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
それを見たマミさんが、
「…なにが、おかしいの? …寿さん?…」
と、怒った表情で聞いた…
「…だって、マミさん…まるで、子供のように…」
私は、マミさんを、真似て、手で口を塞いで、見せた…
そして、私も、子供のように、マミさんと同じ仕草を見せてから、実は、このマミさんが、極めて、子供っぽいことに、あらためて、気付いた…
身長は、150㎝半ば…
歳は、たしか、35歳になるが、実に若々しい…
以前、ミニスカで、現れたのを、見たことがあるが、それも、まったく違和感がない…
ルックスも悪くない…
が、
全体的に、子供っぽいのだ…
今までは、そこまでは、気付かなかったが、今の口に手をやる動作を、間近に、見て、あらためて、思った…
だから、35歳で、ミニスカをはいても、おかしくない…
それは、若いというより、子供っぽいから(苦笑)…
昔、AKBにいたリーダーの高橋みなみさんを、思い浮かべれば、いい…
小柄だが、エネルギッシュで、愛らしい…
また、小柄だから、実年齢よりも、若く、見える…
それと、同じだ…
そして、そんなことを、考えながら、ふと、気付いた…
もしかしたら、これは、陽動作戦…
もしかしたら、さっき、このマミさんが、伸明さんと歩いているところを、私に見られたことに、気付いた?…
だから、わざと、伸明さんのことを、悪く言った?
ホントは、仲がいいのを、隠すために、わざと、悪口を、言った?…
私は、ふと、そう、思った…
そう、思ったのだ…
これは、よくあること…
実に、どこにでも、ありがちなことだ…
ホントは、仲がいいのに、いつも、いがみ合っているように、見せかける…
仲がいいのが、バレるのを、恐れるからだ…
とりわけ、この手の話は、小説によくある…
推理小説に、ありがちなネタだ(笑)…
が、
現実でも、よくある…
それは、会社での恋愛…
忌み嫌っているとまでは、いわないが、誰が見ても、付き合っているようには、見えない男女が、突然、結婚を発表するのは、よくあること…
そして、その結婚する男女に、よく、相手の悪口を言っていて、バツの悪い思いをする会社の同僚もいることが、あるのも、よくあること(苦笑)…
具体的には、結婚する女に、その女と結婚する男の悪口をよくいう、女の同僚が、いるとする…
そして、その女の同僚が、その男の悪口を言っていることは、当然、男は、気付いていない…
態度に出していないからだ…
その男の前では、態度に出していないからだ…
だが、陰では、ボロクソに、悪口を言っている…
その男と、結婚する女に、悪口を言っている…
まさか、二人が、結婚するとは、思ってもいないからだ…
だから、男の悪口を言っている…
そして、二人が結婚するのを、知って、驚愕する…
つまりは、その女の同僚を通じて、その男の悪口を言っていたのは、バレバレだと、わかるからだ…
だから、驚く…
だが、今さら、なかったことにも、できない…
後戻りできないから、余計に困るのだ(笑)…
そして、それは、女の同僚でなく、男の場合もある…
結婚する、男に、同僚の男が、結婚する女の悪口を言っている場合もあるし、あるいは、その男に別の同僚の女が、悪口を言っている場合もある…
まさか、その男と女が、結婚するとは、思わないからだ…
だから、そんなことが、起こる…
そういうことだ…
話が、若干、長くなったが、いつものことだ(笑)…
要するに、マミさんは、伸明さんと、仲がいいから、わざと、今、伸明さんの悪口を、言った…
そこまで、仲がいいのを、私に悟られないためだ…
さっき、自分が、伸明さんといっしょにいたところを、私に見られたと思って、わざと、今、悪口を言った…
あるいは、わざと、今、伸明の悪口を私に言って、私の反応を見た?
私が、どういう反応を見せるか、見定めようとした?…
そんな思いが、次々と脳裏に浮かんだ…
浮かんだのだ…
そして、そんなことばかり、考えると、行動が、できなくなった…
あまりにも、さまざまな考えが浮かんで、しまうと、自分が、どう行動していいか、わからなくなった…
だから、こんなときは、強行突破!…
むしろ、なにも考えないで、思ったことを、ずばり、言いたくなる…
後はどうなろうと、構わないから、口にしたくなる…
そして、私は、その通りにした…
後が、どうなろうと、構わないから、自分の聞きたいことを、聞くことにした…
だから、直球で、
「…そういえば、マミさん?…」
と、いきなり、マミさんに問いかけた…
「…なに? …寿さん?…」
「…さっき、伸明さんが、雲隠れしていると、おっしゃいましたね…」
「…ええ…」
「…だったら、マミさんは、今、伸明さんが、どこにいるか、知っていますか?…」
単刀直入に聞いた…
忖度なく、聞いた…
途端に、マミさんの顔色が変わった…




