寿綾乃という女 第3部 14
ユリコの空白の期間…
ずばり、その間、ユリコは、一体なにをしていたのだろうか?
投資ファンドの代表に、いきなり、なって、現れたのも、謎だ…
が、
考えてみれば、それ以上の謎は、高尾組…
いわゆる、ヤクザと、どう知り合ったか?
前回、ユリコは、五井系列の会社の株を買い占めるに当たり、高尾組から、金を借りたと、諏訪野和子は、喝破した…
そして、それを、聞いた、ユリコは、否定しなかった…
つまりは、その通りだったに違いない…
高尾組から、資金を得て、五井系列の企業の株を買い占めたに違いない…
なら、どうして、ユリコは、高尾組と、知り合ったのか?
それが、重要だ…
私が、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…ユリコは、やり手だ…人脈も広い…」
と、意味深なことを、言った…
私は、それまで、ユリコの人脈について、考えたことなど、一度もなかった…
だから、突然、ナオキが、ユリコの人脈について、語るから、驚いた…
驚いたのだ…
だから、
「…ユリコさんの人脈って?…」
と、わざと、聞いた…
すると、ナオキが、間髪入れずに、
「…ユリコが、やり手なのは、綾乃さんも、知っているだろ?…」
と、聞いてきた…
「…ええ…」
と、相槌を打つ…
事実、その通りだったからだ…
「…ユリコは、勉強も出来、有能だが、おそらく、それ以上に、優れているのは、人脈が、広いことだ…」
「…人脈が、広い?…」
「…ボクが、会社を立ち上げたときが、そうだった…ユリコが、あっちのひと、こっちのひとから、聞いてきたと言って、書類を作ったり、会社の回し方を、ボクに、話してくれた…ボクは、驚いたし、一体、どこから、そんなことを、聞いたんだと、聞いたけど、知り合いが、多いのよ、と、笑って、それ以上は、言わなかった…それに、ボクも、当時は、目が回るほど、忙しいし、ユリコのことを、アレコレ、詮索する時間もなかった…」
「…」
「…でも、今考えれば、ユリコは、変わっていたというか…」
「…変わっていた? …どう、変わっていたの?…」
「…常に遠くを見ていたというか…ボクの数歩先を見ていた…」
「…数歩先って?…」
「…会社が、何年ぐらいで、軌道に乗るか? とか、そのとき、社員は、何人ぐらいの規模になっているか? など、数年先の未来とでも、言うのかな? …それを、よく口にしていた…」
と、いうことは、どうだ?
やはり、ユリコは、当時、自分がいなくても、会社が、回ると確信したから、失踪したのか?
私は、考えた…
「…ちょうど、ユリコが、失踪したのは、今、考えれば、ITバブルが、始まった頃だ…あの頃、急激に会社が、忙しくなってきた…だから、正直、猫の手も借りたいぐらいだったのに、ユリコが、突然、いなくなった…正直、こっちは、泣きたいぐらいだった…ジュンも、まだ幼稚園に通っていた頃だ…男のボク一人では、ジュンの面倒は、みれなかった…綾乃さんが、いたから、なんとか、やって、これた…」
ナオキが、しみじみとした口調で、言った…
「…よく世間では、バブルだ…ITバブルだ…とか、言うけれども、その時代に生きていた者から、すれば、その感覚は、わからない…ただ、今、景気がいいな、とか、その程度の感覚に過ぎない…後で、専門家が、統計を取って、いついつから、景気が、爆発的によくなったとか、言われて、その通りだったと、誰もが、思うものだ…」
「…」
「…でも、おおげさに言えば、ユリコは、それが、見えていたというか…それが、ある程度、わかっていたのかな? とも、今になって、思えば、わかる…」
「…」
「…正直、常人じゃない…」
「…常人じゃない?…」
「…綾乃さんだって、ユリコの凄さは、わかるでしょ?…」
「…ええ…」
「…だからこそ、不安だ…」
「…どうして、不安なの?…」
「…ユリコには、もう失うものが、なにもないからだ…」
「…失うもの?…」
「…ジュンのことだ…」
「…ジュン君?…どうして、ジュン君なの?…」
「…ジュンは、ユリコにとって、なにより大切なものだった…同時に、ユリコの弱点だった…」
「…弱点って?…」
「…ジュンは、あの通りだ…歳のわりに、幼く、頼りない…だから、成長をしたジュンを見て、ユリコは、戸惑ったに違いない…」
「…戸惑った? …どうして、戸惑ったの?…」
「…自分と真逆だから、戸惑ったに違いない…」
ナオキが、しんみりと言う…
が、
たしかに、その通りだが、私には、その発想がなかった…
やはり、それは、私がジュン君の母親では、ないからだと、いまさらながら、思い知った…
たしかに、私は、ジュン君の母親代わり…
幼稚園に通う、幼いジュン君の面倒を見てきた…
が、
血が繋がった実の母親ではない…
だから、どこか、一本、線を引いているというか…
そこまで、ジュン君のことを、考えたことが、なかった…
それが、ジュン君にとっての他人の私と、血が繋がった実の母親のユリコとの違いなのかも、しれない…
私が、そんなことを、考えていると、さらに、ナオキが、
「…今、思えば、ジュンを菊池リンさんと、婚約させたのも、ユリコの母親としての思いからかも、しれない…」
「…ユリコさんの母親としての思い?…」
「…ジュンは、あの通り、頼りない…菊池さんは、五井一族の人間…菊池さんと、結婚すれば、五井の後ろ盾を得る…五井の一族になれる…だから、ジュンの一生は、安泰だ…」
ナオキが、言った…
私は、驚いた…
私に、その発想もなかったからだ…
なにより、そんな事実をすっかり忘れていた(苦笑)…
あのとき、菊池リンが、ジュン君と婚約したのは、私に近づくため…
私の息子に近い、ジュン君と婚約することで、私に近づこうとした…
五井の一族の血を引く、本物の寿綾乃と、私を誤解していたからだ…
従妹の綾乃と、誤解していたからだ…
私は考えた…
が、
そんなことは、ともかく、あのとき、ユリコが、そんなことを、考えていたとは、予想も、しなかった…
ジュン君が、菊池リンと婚約した…
その出来事に、仰天したからだ…
また、当時、明らかに、ユリコは、ジュン君の能力を過大評価していた…
私が、思うジュン君の能力と、ユリコが、思う、ジュン君の能力とは、明確な差があった…
それは、やはり親だからだろう…
自分の血が繋がった息子ゆえに、正確に、自分の息子の能力を見抜けない…
あの有能なユリコが、見抜けない(苦笑)…
それを知った私は、愕然としたが、それが、親というものかも、しれない…
つい血が繋がっているから、甘く見る…
甘く=実力以上に、評価する…
そういうものかも、しれない…
なにより、あのとき、ユリコが、ジュン君の将来を考えていたとは、露ほども、思わなかった…
考えてみれば、わかることだが、露ほども、気付かなかった…
これは、やはり、育ての親である、私と、血の繋がった実の親である、ユリコとの違い?…
その違いに他ならない…
私は、思った…
同時に、やはり、私は、ジュン君の母親には、なれない…
と、今さらながら、気付いた…
私とジュンのいた時間は、ユリコが、ジュン君のいた時間より、はるかに、長い…
にもかかわらず、ユリコの方が、はるかにジュン君の身を心配していた…
これは、叶わない…
母親代わりの私では、叶わない…
あらためて、気付いた…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…ジュンは、ユリコにとって、もろ刃の剣だった…」
と、告げた…
「…もろ刃の剣って?…」
「…ジュンは、ユリコにとって、強みでもあり、弱みでも、あったに違いない…」
…ジュン君が、強み?…
ジュン君が、弱みなのは、わかる…
が、
強みって?
意味が、わからない…
だから、
「…ナオキ…ジュン君が、強みって?…」
と、聞いた…
すると、
「…ユリコにとって、ジュンは、生きがいだったんだと、思う…」
意外なことを、言った…
意味が、わからなかった…
どうして、ユリコさんにとって、ジュン君が、生きがいなのだろう?
わけが、わからない…
なにより、ジュン君が、生きがいなら、なぜ、幼いジュン君を残して、突然、家を出て行ったのか?
それが、わからない…
私が、そんなことを、考えていると、
「…綾乃さん…ジュンが、ユリコの生きがいと言ったのは、ジュンが、イケメンだからだよ…」
と、ナオキが、私に諭すように、言った…
「…イケメンだから?…」
「…ユリコは、あの通りのルックスだ…ブスとまでは、言わないが、平凡…平凡すぎるほど、平凡なルックスだ…だからだろう…イケメンの男に弱かった…」
「…」
「…つまり、ユリコ自身気付いているか、どうか、わからないが、ユリコにとって、イケメンは、憧れなんだろう…ユリコは、優秀だが、ルックスは、平凡…だから、それが、コンプレックスなのか、どうか、わからないが、イケメンに病的なまでに、憧れる…」
「…」
「…だから、ユリコにとって、血が繋がった…自分が、産んだ…ジュンがイケメンに生まれたのは、おおげさに言えば、死ぬほど、嬉しかったに違いない…自分が、欲しくても、手に入らないものだからだ…」
「…」
「…それが、手に入った…だから、大切にした…そして、ジュンを守ろうとした…それが、ユリコの強み…」
「…強み?…」
「…誰かのために、生きようとするのは、自分のために、生きようとするよりも、強くなれると、いうか…おおげさに、言えば、生きがいになる…」
「…」
「…だから、強み…ジュンの存在は、ユリコにとって、生きる支えになって、いたと、思う…」
私は、驚いた…
今まで、そんなふうに、考えたことは、なかったからだ…
まさか、ナオキが、ユリコとジュン君の関係をそんなふうに、見ていたなんて…
恐れ入った…
そして、そんな私の感情が、顔に現れていたのだろう…
「…綾乃さん…どうしたの? …そんな驚いた顔をして?…」
「…いえ、そんなふうに、ユリコさんが、ジュン君を思っていたなんて、考えたことも、なかったから…」
「…それに、気付いたのは、最近さ…」
「…最近?…」
「…ボクも、歳を取って、これまで、さまざまな女のひとたちと、付き合ってきた…正直、その中には、ユリコのような女のひともいた…」
「…ユリコさんのような?…」
「…ルックスは、イマイチだけれども、話が、面白くて、機転が利くとか…つまり、ルックス以外の武器を持っている…」
「…」
「…でも、そんな彼女たちと、仲良くなってわかったことは、やはりというか…大抵の女は、美人に対して、コンプレックスを抱いている事実だった…」
「…コンプレックス?…」
「…ボクも綾乃さんも、自慢じゃないが、ルックスが良く生まれた…だから、正直、ルックスが、良くなく、生まれた人間の気持ちがわからない…」
「…」
「…それに、ボクは、男だ…」
「…男? …なにが、言いたいの?…」
「…男は、自分が、子供を産むわけじゃない…産むのは、女だ…」
「…」
「…だから、ユリコは、自分の産んだジュンが、イケメンに生まれたのが、ことのほか、嬉しかったに違いない…ジュンは、自分の産んだ子供だ…だから、自分の分身だ…その分身がイケメンに生まれたのは、ユリコが、欲しくても、手に入らなかったルックスを、自分の分身が、手に入れたことになるからだ…」
「…」
「…つまり、ユリコは、自分の分身を使って、ルックスを手に入れた…だから、ユリコは、ジュンが、愛おしい…そういうことだ…」
ナオキが、言った…
私が、これまで、考えたことのないことを、言った…




