寿綾乃という女 第3部 13
あのしたたかなユリコが、五井に目をつけたのは、五井が、一枚岩でないことを、知ったからだ…
私が、ユリコの息子のジュン君の運転するクルマにはねられ、五井記念病院に運ばれ、治療を受けた…
そして、そのまま、入院…
ジュン君の母親である、ユリコは、私に詫びるため、五井記念病院を訪れた…
これも、すでに何度も説明したように、被害者である、私が、加害者である、ジュン君を許すと言えば、裁判で、ジュン君の罪が軽くなるからだ…
ユリコは、それを狙って、何度も、入院している、私の元にやって来た…
ジュン君の刑を軽くするためだ…
そして、私が、入院したところに、諏訪野伸明の母、和子が、やって来た…
現五井家当主の実母がやって来た…
目ざといユリコは、それを、どこかから、聞いたに違いない…
なにより、私が、入院した病院は、五井記念病院…
そこに、五井家現当主の母親が、やって来たのだから、話題にならないはずが、なかったに違いない…
あのユリコのことだ…
その噂を耳にして、すぐに、アレコレ、考えたに違いない…
その結果、五井の一部の分家から、五井系列の株を買い占め、五井本家に、購入した数倍の株で、買わせようとした…
が、
頓挫した…
五井の女帝、諏訪野和子が、それを、阻止したのだ…
諏訪野和子は、あらかじめ、ユリコが、五井の株を買い占めた資金の出所を探した…
それが、高尾組であることを、掴んだ…
高尾組は、金融ヤクザ…
広域武力団、山田会の有力組織だ…
そこから、資金を得て、五井系列の会社の株を買い占めた…
それを、調べた…
だから、それを逆手に取った…
ユリコは、自分が、購入した額の3倍で、引き取れと、迫ったが、和子は、2倍で、買い取ると、断言した…
おまけに、
「…高尾さんは、金融ヤクザとして、知られているけれど、ヤクザは、ヤクザ…万が一にも、期限までに、お金を返せなければ、どうなるか? わかっているのでしょうね?…」
と、ユリコを脅した…
あらかじめ、ユリコが、借りた資金の返済期限を調べ上げていたのだ…
だから、ユリコには、時間がない…
いついつまでに、高尾組から借りた金を返さなければ、ならない…
そんなユリコの足元を見た…
その結果、ユリコは、和子の提案を飲まざるを得なかった…
和子が、買った株を、2倍で、買い取ると宣言した、その提案を飲まざるを得なかった…
ユリコにとっては、屈辱…
思い出したくない屈辱に、違いなかった…
私は、今、それを、思い出した…
そして、つい、
「…ユリコさん…」
と、呟いた…
いや、
呟かずには、いられなかった…
藤原ユリコ…
実に、したたかな女だった…
が、
同時に、プライドの高い、やり手の女…
そのプライドの高いユリコが、諏訪野和子に、屈したのは、屈辱に違いない…
だから、再び、五井を舞台に、なにやら、やらかそうとしているのは、理解できる…
そして、あの長谷川センセイに、接触しようとしているのは、やはり、五井家に食い込もうとしているのだろうか?
長谷川センセイの出身である、五井西家に食い込もうとしているのだろうか?
考えた…
前回、ユリコが、接触したのは、五井の分家…
五井の本家と東西南北の分家を、除いた分家だった…
五井は、連合体…
五井一族は、五井の持ち株会社の株を持って、五井系の企業を支配している…
その五井の持ち株会社の株の持つ、配分比率は、五井本家が、30%、東西南北の分家が、それぞれ、10%…
つまり、本家と東西南北の分家だけで、五井の持ち株会社の株の70%を、持っていることになる…
残りの30%を、他の8家が、分けて持つ…
だから、その8家は、五井の中で、力は、あまりない…
それゆえ、目立たない…
前回、ユリコは、そこに目をつけて、本家と、東西南北以外の分家から、株を買い取った…
五井の東西南北の分家から、株を買い取ろうとするのは、無理筋だし、残りの8家なら、目立たないから、好都合だと、思ったのだろう…
が、
その見通しは、甘かった…
現当主、諏訪野伸明の叔母である、諏訪野和子が、ユリコの動きを見逃さなかった…
だから、ユリコの動きは、あらかじめ、和子に読まれ、ユリコの企ては、和子の手により、頓挫した…
五井の女帝、諏訪野和子…
五井家現当主、諏訪野伸明の実母、昭子の双子の妹…
実は、誰もが、五井の女帝は、昭子だと、世間に、思われていた…
当たり前だが、五井現当主の実母にして、前当主、建造の妻…
それゆえ、昭子こそ、五井家の女帝と、世間で、思われていた…
が、
違った…
それは、なぜか?
亡くなった昭子の両親が、昭子に、五井での活動の場を与えなかったからだ…
昭子は、やり手…
頭もよく、行動力もある…
が、
男関係に奔放であり、五井のお嬢様に、ふさわしくない人間だった…
それゆえ、五井本家に嫁ぐにあたり、同時に、当主の建造の実弟の義春に、妹の和子を嫁がせた…
いわば、奔放な姉の昭子を、妹の和子に監視させたのだ…
また、すでに、何度も説明したように、現当主、伸明は、先代当主、建造の子供ではない…
が、
建造は、伸明を可愛がり、血が繋がった、伸明の弟の実子の秀樹が、いるにも、かかわらず、当主の座を伸明に譲った…
それを、恩にきり、昭子は、表に出なかった…
いや、
それ以前に、血が繋がってない、伸明を建造が、溺愛したのが、嬉しかったのだろう…
また、余談になるが、昭子は、五井本家に嫁ぐにあたり、両親から、これ以上、勝手なことを、するな、と、釘を刺された…
それもあり、昭子は、当主の妻でありながら、公の場には、あまり出なかった…
公の場に出たのは、妹の和子だった…
和子もまた、姉の昭子同様やり手だったからだ…
そして、二人は、双子の姉妹…
外見は、瓜二つだった…
だから、事情をよく知らない、世間の人は、昭子を、五井の女帝と、勘違いしていた…
当たり前のことだった…
私は、今、そんなことを、思い出していた…
眼前の藤原ナオキが、諏訪野伸明の名前を出したことで、そんな以前の騒動を思い出していた…
正直、思い出したくもない(苦笑)…
関わりたくもない、過去の出来事だった(爆笑)…
日本を代表する名家だが、その内情は、複雑…
思った以上に、複雑怪奇だった(苦笑)…
やはり、名門ゆえに、金があり、歴史がある…
それゆえ、ドロドロしている…
そういうものかも、しれない…
金があるところには、必ず争いが、起こる…
金=欲望だからだ…
金が、ひとの欲望を駆り立てる…
だから、きっと、五井の歴史は、欲望の歴史に他ならないだろう…
きっと、血にまみれた欲望の歴史に他ならないだろう…
五井の歴史は、300年…
その間、血みどろの一族の間の争いがあり、それが、今の五井十三家という形になっているのだろう…
私は、思った…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、
「…困った…」
と、一言、呟いた…
だから、
「…困った? …なにが、困ったの?…」
と、聞いた…
「…ユリコのことだ…」
ナオキが、呟く…
当たり前のことだった…
それゆえ、私は、口を出さなかった…
ナオキが、元の妻である、ユリコに翻弄されているのは、わかったからだ…
ユリコは、やり手…
ナオキの会社の土台を築いたのは、間違いなく、ユリコの手腕だった…
私も、高校時代から、ナオキの会社を手伝っていたが、会社の事実上の社長は、ユリコだった…
ユリコが、ナオキを支えているからこそ、会社を立ち上げることが、できたに違いない…
ナオキは、ただのコンピュータオタクに過ぎなかったからだ…
いわば、ナオキの才能を生かし、社会で成功する道筋をつけたのが、ユリコ…
ユリコなくして、ナオキは、成功することは、なかった…
そして、今になって、思えば、ユリコが、失踪したのは、会社が、軌道に乗ってから…
小さいながらも、会社が軌道に乗り出した…
おそらく、それを、見届けた上で、失踪したに違いない…
自分が、突然いなくなっても、ナオキが十分やっていけると、判断したから、失踪したに違いない…
が、
なぜ、突然、失踪したのか?
それが、わからない…
それが、今もって、謎だ…
当時は、ユリコが、突然、失踪したことで、ナオキが、ジュン君の面倒を見なければ、いけなくなり、ナオキと、すでに、男女の関係にあった、当時、高校生の私が、ジュン君の面倒を見ることになった…
ジュン君が、私になついていたことが、大きい…
まだ幼いジュン君は、頻繁に会社にやってきて、それを、私が、面倒を見た…
アルバイトの私では、大した仕事は、できない…
だから、ジュン君の面倒を見た…
それゆえ、ジュン君は、私になついた…
だから、もしかしたら、それを、見て、ユリコは、私が、いれば、自分が、失踪しても。大丈夫と、考えたのかも、しれない…
勘のいいユリコのことだ…
私とナオキが、すでに男女の関係にあったことなど、とっくに見抜いていたに違いない…
だから、安心して、失踪した…
今、思えば、そういうことかも、しれない…
あらためて、思った…
当時は、そんなことなど、考えも、しなかった…
突然、ユリコが、いなくなったことで、会社は、混乱を極めた…
社長の妻が、失踪したのだ…
なにより、社長の息子のジュン君の面倒を見るのを、どうするか? が、大事だった…
子供の面倒を見るものが、いなければ、ナオキが、仕事に集中できないからだ…
そして、ジュン君の面倒をみるのが、私になった…
よく、会社に顔を見せていた、ジュン君が、高校生の私になついていたからだ…
だから、それを、考えれば、当然の結果だったと、いえるかも、しれない…
が、
今、振り返れば、あのとき、どうして、ユリコが、失踪したのか?
それが、謎だった…
まだ小学校にも、上がっていないジュン君を置いて、なぜ、失踪したのか?
今、考えれば、大きな謎だった…
そして、もしかしたら?
もしかしたら、ユリコが、その間、なにをしていたのか?
どんな生活をしていたのか?
それが、今現在、現れたユリコの謎を解く、鍵になるかも、しれない…
ユリコは、投資ファンドの代表になって、突然、戻ってきた…
つまりは、失踪した後に、なにをやっていたのか?
ユリコの空白の期間が、ずばり、気になった…




