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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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15/122

寿綾乃という女 第3部 15

 「…だからこそ、ジュンは、ユリコにとっての強みであり、弱みでもあった…ユリコにとって、ジュンのルックスは、誇りでもあった…自分が手に入れられなかったものを、自分の分身が手に入れた…が、真逆に、ジュンは、ユリコと違って気が弱い…だから、ユリコの足かせになりがちだ…それゆえ、ユリコの弱みともなる…」


 「…」


 「…でも、そんなユリコにとって、強みと弱みを兼ね備えたジュンが、いなくなった…刑務所に入った…だから、ユリコに、とって、足かせがなくなった…だから、怖い…」


 「…怖い?…」


 「…足かせが、なくなったユリコは、自分の思いのままに、動くことができる…だから、怖い…」


 ナオキが、断言した…


 そして、ナオキの話は、予想外というか…


 想定外…


 これまで、考えたことのないものだった…


 そして、それは、ショックだった…


 なぜなら、自分は、女であるにも、かかわらず、そんなユリコの心の内が、読めなかったからだ…


 そして、それを考えたとき、実に複雑…


 複雑だった…


 自分も女…


 当然、結婚して、子供を産みたい気持ちはある…


 が、


 とても、今、ナオキが、言ったように、考えたことは、一度もなかった…


 それが、ショック…


 実に、ショックだった…


 これまで、漠然と結婚したい…


 子供を産みたいと、思ったことはある…


 が、


 それは、漠然とし過ぎているというか…


 まるで、中学生や高校生が、口にしているような…


 中学生や高校生が、漠然と十年、二十年後の将来を語っているような感覚があった…


 ところが、今、ナオキが言った話は、実に生々しいというか…


 話に説得力がある…


 それが、ショックだった…


 何度も言うように、自分では、考えたことも、ないことだったからだ…


 だから、驚いた…


 そして、同時に、落ち込んだ…


 今のナオキの話に、打ちのめされたと言ってもいい…


 私が、落ち込んだのが、表情に出たのだろう…


 「…どうしたの? …綾乃さん?…」


 と、ナオキが、聞いてきた…


 私は、言おうか、言うまいか、一瞬、迷った…


 が、


 ナオキが、真逆に、


 「…いや、綾乃さん…言いたくなければ、言わなくていいよ…」


 と、言ったから、言うことにした…


 私は、実に、天邪鬼だった(苦笑)…


 「…私は、ジュン君の母親には、なれなかった…」


 と、打ち明けた…


 「…どういう意味? …綾乃さん…だって、綾乃さんは、ずっと、子供の頃から、ジュンの面倒を見てきたでしょ?…」


 「…それは、そうだけれども、それは、あくまで、母親代わりであって、母親ではない…それが、今、ナオキの話で、わかった…」


 「…どういうこと?…」


 「…私は、たしかに、ジュン君を子供の頃から、面倒を見てきた…でも、それだけ…とても、ユリコさんのように、ジュン君の将来だとか、そんな先まで、見ることは、なかった…」


 「…」


 「…あくまで、子供の頃から、ジュン君の面倒を見てきただけ…だから、もしかしたら、ジュン君の家政婦とか、お手伝いさんに、過ぎないかも、しれない…」


 「…家政婦って?…」


 「…つまり、ジュン君の生活の面倒は、見るけれども、ジュン君の将来とか、そんな難しいことは、見ない…そもそも、家政婦では、手に負えないでしょ?…」


 「…」


 「…それが、ナオキの話で、今、わかった…」


 私は、笑った…


 強張った笑いを見せた…


 自分は、ジュン君の面倒を見てきたつもりだが、実は、ジュン君の生活の面倒を見てきただけ…


 それが、今、わかった…


 それが、わかると、実に、忸怩たる気持ちというか…


 やはり、ジュン君は、私の息子でも、弟でもないのだなと、実感した…


 やはり、血が繋がっていれば、違うからだ…


 どうしても、気にかかる…


 親身になって、面倒を見る…


 私自身は、親身になって、ジュン君の面倒を見てきたつもりだったが、やはりというか…


 親身になって面倒を見る度合いが、違う…


 それが、今のナオキの話で、痛いほど、わかった…


 所詮は、他人…


 私とジュン君は、他人だということが、痛いほど、わかった…


 バカな女…


 そして、もしかしたら、ジュン君も、それが、わかっていたのかも?


 と、今さらながら、気付いた…


 自分では、気付かなかったが、ジュン君は、気付いていた可能性がある…


 その可能性に、気付いた…


 が、


 だとすれば、どうだ?


 やはり、ジュン君は、心の中で、ユリコさんを慕っていた?


 その可能性に気づいた…


 そして、もしかしたら?


 もしかしたら?


 だからこそ、ジュン君は、私を求めた?


 成人したジュン君と、私は、何度か、関係を持った…


 男女の関係を持った…


 それは、すなわち、私を実の母親同様に、思っていれば、できないこと…


 どんな男も、血の繋がった実の母親とセックスをする男は、いないからだ…


 つまり、それを、思えば、ジュン君が、心のどこかで、私を母親ではなく、母親代わりと、思っていた可能性がある…


 ジュン君本人は、気付かずとも、その可能性はある…


 私は、今さらながら、そう、思った…


 疑似家族…


 私と、ナオキとジュン君が、いっしょに住んだ経験を、私は、疑似家族と、呼んだ…


 誰も、血が繋がってなかったからだ…


 それまでは、ジュン君は、ナオキの血の繋がった息子だと、ばかり、思っていたから、私だけ、血が繋がってないものだと、考えていた…


 しかも、私は、ナオキと結婚していない…


 だから、疑似家族…


 家族だけれども、家族ではない…


 法律上の手続きを踏んでいないからだ…


 だから、疑似家族だと、思っていた…


 が、


 違った…


 もしかしたら、ジュン君は、私を家政婦だとか、お手伝いさん程度にしか、思っていない可能性もあった…


 いや、


 それどころか、単に、母親代わりのお姉さん程度にしか、見ていなかったのでは、ないか?


 だから、成人して、大人になって、私に迫った…


 そういうことかも、しれない…


 だから、私が、ジュン君を家族と、思っていたのは、一方的…


 あくまで、私の一方通行に、過ぎなかったのかも、しれない…


 そう、思った…


 すると、ジュン君やナオキと、いっしょに暮した日々が、それまでとは、違って見えてきた…


 疑似家族ではなく、単なる同居人に思えてきた…


 いや、


 事実、その通りだったのかも、しれない…


 それは、自分の行動を振り返ってみれば、わかる…


 私は、諏訪野伸明に惹かれた…


 伸明と、結婚したいとも、思った…


 明らかに、身分が、違うにも、かかわらず、そう、思った…


 そして、それが、その証拠…


 私が、ジュン君とナオキの二人を、疑似家族としか、見ていない、証拠だった…


 疑似家族といっても、家族…


 家族ならば、ジュン君とナオキを捨てて、諏訪野伸明と結婚したいなどと、考えるわけがない…


 だから、私自身、本当の心の奥底では、二人を家族と、認めていない証拠だったのかも、しれない…


 それまで、考えたこともなかったが、伸明に惹かれたのが、その証拠だったのかも、しれない…


 私は、今さらながら、そう思った…


 そして、そう、思うと、つくづく、自分でも、自分が、わからないものだと、思った…


 自分でも、自分のことが、わからない…


 そんなバカなと、思うが、そうだった…


 私も例外ではなかった…


 そして、それは、驚きだった…


 なぜ、驚きなのか?


 それは、私が、なりすましだからだ…


 矢代綾子が、寿綾乃を名乗る…


 だから、その事実に、気付かれまいと、常に警戒する…


 常に、自分の動き、他人の動きに、敏感になる…


 そして、相手の能力を測る…


 自分の能力を測る…


 そして、その根本には、冷たさがある…


 他人に対する冷たさ…


 そして、自分に対する冷たさだ…


 なぜなら、冷たくなければ、冷静に、相手の能力も、自分の能力も測れないからだ…


 私がなりすましゆえに、自分の能力のみならず、他人の能力も、冷静に見ていると、ずっと、思っていた…


 が、


 今、ナオキが、ユリコさんや、ジュン君に言及したことで、そうでないことが、わかった…


 自分でも、自分のことが、案外わかってないことが、わかった…


 それまでは、ユリコさんが、ジュン君の能力を買い被っていたことを、笑ったが、笑える話では、なかった…


 自分も、また、同じ…


 同じだったからだ…


 だから、つくづく、自分は、おめでたい…


 おめでたい=バカな女だと、実感した…


 ダメな女だと、実感した…


 そして、ナオキを思った…


 目の前にいる、藤原ナオキを思った…


 一体、このナオキは、私を、どう見ていたのだろう? 


 と、思った…


 だから、まっすぐ、見た…


 眼前のナオキをまっすぐ見た…


 当然、ナオキも、私の視線に、気付いた…


 「…どうしたの? …綾乃さん?…」


 と、ナオキは、訝しげに、聞いてきた…


 「…ナオキ…アナタから見て、私は、どう見える?…」


 「…なに、いきなり?…」


 「…どう見える? …教えて?…」


 「…どうしたの? …一体?…」


 「…いいから、教えて…」


 私が、言うと、ナオキが、黙り込んだ…


 だから、今度は、私が、心配になった…


 「…ナオキ…なぜ、黙っているの?…」


 「…綾乃さん…ダメだよ…」


 「…なにが、ダメなの?…」


 「…綾乃さんは、身近過ぎる…」


 「…身近過ぎるって?…」


 「…もう十年以上、身近に接してきた…ボクにとって、綾乃さんは、家族も同然だ…冷静に、評価できない…」


 「…」


 「…例えば、綾乃さんを、ボクの妹とする…」


 「…妹?…」


 「…妹が、いくら、美人でも、その妹を恋人にしたいとか、結婚したいとか、いう兄貴は、いないだろ?…」


 「…それは…」


 「…つまり、そういうこと…」


 「…そういうことって?…」


 「…自分の妹では、他人が、妹を、どう評価するか? 冷静に、評価できない…妹が、美人なのは、わかる…でも、女としては、見れない…そういうこと…」


 「…女として、見れない?…」


 「…もちろん、綾乃さんは、他人だから、女として、見れないことはない…でも…」


 「…でも、なに?…」


 「…あまりにも、身近過ぎる…あまりにも、長く付き合い過ぎてる…」


 「…」


 「…よく、恋は、盲目というけれど、それは、まだ互いに知らない男女が出会ったばかりだから…言える…」


 「…どういうこと?…」


 「…昔から、知っている男女では、恋に落ちることは、できない…例えば、子供の頃から、互いに知っている幼馴染(おさななじみ)では、恋はできない…あまりにも、昔から知りすぎているからだ…」


 「…知りすぎて…」


 「…互いに、全然知らないから、恋ができる…相手が、どんな家に住んでいるかとか、自分が、相手の家に行けば、相手の家族に、どう思われるか? など、誰もが、妄想するものだ…でも、昔から知っていれば、その妄想は、ない…」


 「…ない…」


 「…そう、ない…若ければ、カラダの関係ぐらいしか、妄想できないだろ?…」


 ナオキが、笑って言った…


 私は、その通りだと、思った…


 事実、その通りだと、思った…


 昔から、知っている男女の間で、恋愛は、生まれない…


 互いに、好きというのは、ある…


 が、


 それは、恋愛ではない…


 それは、むしろ、友情というか…


 昔から、知っていて、子供のときは、いっしょに遊んだ経験もある…


 だから、知らない人間ではない…


 そういうことだ…


 そして、相手が、性格が、良ければ、自分も、それを知っているから、嫌いではない…


 が、


 それだけだ…


 そこから、恋は、生まれない…


 恋は、知らない者同士の間からしか、生まれないからだ…


 例えば、幼馴染(おさななじみ)同士、結婚して、家族になる…


 そういう例は、あるだろう…


 そして、愛情が、生まれ、良い家庭を築くことが、できるかも、しれない…


 が、


 そこに、恋は、ないだろう…


 残念ながら、恋は、ないだろう…


 何度も言うように、恋は、知らない者同士の間からしか、生まれないからだ…


 そして、それを、思えば、私も、大昔、この藤原ナオキと、恋をしたのかも、しれない…


 まだ、高校生の時代に恋をしたのかも、しれない…


 が、


 それは、遠い昔…


 十年以上前の話だ…


 すでに、忘れた…


 いや、


 あのときの感情は、すでにない…


 ときめきはない…


 あのとき、ナオキに感じたときめきはない…


 そういうことだ…


 家族ではないが、他人ではない…


 私とナオキは、そういう関係だった…


 私は、今さらながら、そう、気付いた…


 気付いたのだ…


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