寿綾乃という女 第3部 115
そして、その日が来た…
伸明と会う日が、来た…
プライベートでは、ない…
FK興産の取締役として、会社の臨時取締役会の開催の通知が、自宅に郵送されてきたのだ…
これには、私は、驚いた…
正直、面食らった…
伸明とは、会いたい…
ずっと、そう、思っていた…
が、
その場が、FK興産の取締役会とは、夢にも、思わなかった…
いや、
それ以上に、自分が、FK興産の取締役であることすら、すっかり、忘れていた(笑)…
これは、当たり前…
実に、当たり前だ…
私が、FK興産の非常勤の取締役になったと、聞いたのは、ナオキから…
FK興産の創業社長であり、事実上のオーナーである、ナオキから、自宅で、言われたに過ぎないからだ…
だから、実感など、あるわけがなかった…
いや、
そもそも、FK興産を辞めて、もはや、出社もしていなかった…
最後に、FK興産に出社したのは、社長室で、ユリコと、対峙したとき…
ユリコと対決したときだ…
ユリコが、私を寿綾乃ではなく、矢代綾子だと、喝破したとき…
私が、寿綾乃のなりすましだと、暴露したとき…
私の田舎に、行き、本物の寿綾乃のことを、調べたのだろう…
本物の寿綾乃は、私の従妹…
母の姉妹の娘だ…
そして、本物の寿綾乃は、五井家前当主、諏訪野建造の血を引いた娘でも、あった…
だから、私の母は、従妹の寿綾乃になりすませと、遺言した…
死ぬ前に、私に言った…
従妹の寿綾乃が、五井家当主の血を引いていることを、知っていたからだ…
それを、ユリコは、私の故郷に行き、どこかで、掴んだ…
私は、絶句した…
故郷を離れて以来、すでに、ずっと、寿綾乃として、生きてきた…
だから、もはや、矢代綾子として、生きたときの記憶はない…
正直、記憶がないというと、おおげさだが、すでに、私の記憶の中で、ないことに、なっていたし、それを、指摘するものも、いなかった…
だから、絶句した…
文字通り、絶句して、言葉も出なかった…
そんな私の姿を見た、ユリコは、勝ち誇った…
私に勝ったと、思ったのだ…
が、
それは、ユリコの間違いだった…
私に勝ったと、思ったのは、ユリコの間違い…
ただの思い込みだった…
私は、ユリコに、
「…だったら、ジュン君は、誰の子供ですか?…」
と、聞いた…
途端に、ユリコの顔色が、変わった…
「…誰のって? …ナオキと私の子供に決まっているでしょ?…」
ユリコが、言う…
当たり前のことだ…
が、
私は、
「…ウソですね…」
と、喝破した…
「…どうして、ウソなの?…」
ユリコが、聞く…
「…だって、おかしいんですよ…」
「…なにが、おかしいの?…」
「…だって、ユリコさん、十数年振りに、ナオキやジュン君と会ったわけじゃないですか? だったら、三人いっしょに、話したり、どこかに、食事に行ったり、するはずです…」
私が、言うと、ユリコが、黙った…
「…でも、それが、全然ない…だから、ピンと来たんです…」
「…なにが、ピンと来たの?…」
「…もしかしたら、ジュン君は、ナオキの子供じゃないんじゃないかって…」
すると、
「…」
と、ユリコは、反論しなかった…
いや、
反論できなかった…
「…なんなら、DNA鑑定でも、しましょうか? そうすれば、ナオキの子供か、どうか、わかるはずです…」
私が、言うと、しばしの沈黙の後、ユリコが、白旗を上げた…
「…似てたのよ…」
と、あっさりと、告白した…
「…なにが、似てたんですか?…」
「…ジュンの父親が、ナオキと顔が…」
「…」
「…でも、捨てられて…その後、妊娠が、わかった…そして、そのときは、ナオキと付き合っていて…」
と、告白した…
私は、さもありなんと、思ったが、驚きは、なかった…
いかにも、ユリコのやりそうなことだったからだ…
だから、驚きはなかった…
そして、それから、FK興産を出た後、私は、ジュン君の運転するクルマにはねられた…
実は、私とユリコのやりとりを、菊池リンが、聞いていたのだ…
社長室の陰で、聞いていたのだ…
そして、その話をジュン君にした…
ケータイで、話したのだろう…
その話を聞いて、気が動転したジュン君は、自暴自棄になり、クルマで、FK興産に来て、偶然、歩いていた私を見て、クルマで、轢いた…
そして、その様子を見た、菊池リンは、急いで、電話した…
救急車を呼んで、五井記念病院に私を、運んだ…
菊池リンは、スパイ…
私を本物の寿綾乃と誤解した五井家が、私の動静を見張るためにつけた、スパイだった…
なぜなら、本物の寿綾乃は、五井家前当主、建造の娘だったからだ…
だから、困る…
扱いに困る…
なぜなら、財産分与をするようだから…
なにしろ、五井の総帥だ…
莫大な遺産を相続できるからだ…
それゆえ、それを恐れた五井家が、私の動静を探った…
どんな女だか、探ったというわけだ…
どこの馬の骨とも、わからない女に、いかに、五井の血を引くからといって、突然、現れ、目の玉が、飛び出すほどの財産を与えるとなると、誰もが、躊躇するだろう…
五井も例外ではないということだ…
そして、社長室を出た私を、菊池リンが、追っていた…
きっと、私が、これから、どうするのだろうと、思ったに違いない…
そして、私がジュン君の運転するクルマにはねられるのを、見た…
それを、見た、菊池リンは、慌てて、五井家の経営する五井記念病院に私を運んだということだ…
五井記念病院に運びさえすれば、どうにも、できる…
私は、かごの中の鳥…
身動きできないからだ…
そして、入院した五井記念病院…
そこでも、色々あった…
正直、またも、五井家のゴタゴタにあった(笑)…
いや、
五井家のゴタゴタに付き合わされたと言っても、いい…
その結果、私は、伸明の叔母…
五井の女帝、諏訪野和子の信頼を得て、オーストラリアに行った…
ガンを治すためだ…
実は、私は、ジュン君の運転するクルマに轢かれる前から、ガンに侵されていた…
治療法もなく、諦めていたところ、オーストラリアでは、まだ日本で、承認されていない画期的な治療法がある…
そう、和子に聞いて、オーストラリアに行った…
しかも、費用は、五井持ち…
五井家が、負担してくれた…
私は、感謝して、オーストラリアに行った…
そして、五井家が手配した現地の病院に入院して、治療を受けたが、完治はしなかった…
しかしながら、以前よりは、画期的に良くなった…
だから、わずかながらではあるが、前途に希望が見え出した…
が、
それは、ホントは、私とナオキを別れさすため…
ナオキの唯一の相談相手である、私をナオキから、遠ざけ、その間に、FK興産を乗っ取るつもりだったと、ユリコが、私に伝えた…
しかしながら、
それが、真実か否かは、わからない…
今もって、わからない…
ただ、言えるのは、一年近く前に、FK興産に出社したのが、最後…
それ以降、一度もFK興産に出社していない事実だった…
だから、それを、思い出して、長々と、FK興産に出社した最後の日から、今日までの出来事を振り返った…
そういうことだ…
そんなことを、考えると、短い間だったが、この一年の間に、色々あったと、あらためて、思った…
いや、
色々あり過ぎた(笑)…
率直に言って、寿綾乃…
いや、
矢代綾子として、生まれてから、かつて経験したことのない濃密な日々を過ごした…
まるで、船に乗って、嵐にあったような日々を過ごした…
考えれば、考えるほど、濃密な日々…
まるで、ドラマか、映画のような日々だった…
そして、その日々を振り返ったとき、大変だったが、決して、嫌な日々ではなかった…
むしろ、ドラマや映画のような日々を過ごして、面白かったと、思う…
もちろん、その渦中にいるときは、たまったものではない…
冗談ではないと、思う…
が、
しかしながら、その日々が、過ぎ去ってしまえば、むしろ、面白かった…
楽しかったと、なる…
なぜなら、たとえ、死にそうになった経験でも、生きていれば、笑い話になることも、多いからだ…
まあ、生き残ったから、笑い話にもなる…
これが、死んだり、それが、原因で、下半身麻痺のような重大な事故にあったりすれば、笑えないが…
私の場合は、事故にあったが、奇跡的に、助かった…
運が、よかった…
もっとも、これは、神様のおかげかも、しれない…
ふと、思う…
なぜ、神様のおかげだと、思うのか?
それは、一人の人間に、それほどの苦しみを与えるのは、忍びないと、神様は、思ったかも、しれないからだ…
ガンに侵され、苦しむ…
だから、それだけで、十分、苦しい…
十分、辛い…
そんな状態で、ジュン君の運転するクルマにはねられたのだから、助かったのは、奇跡…
まさに、奇跡に近い…
そして、それを、考えたとき、神様の配慮を思うのだ…
が、
これは、私が、一方的に思うこと…
冗談半分、本気半分で、思うこと…
心の底から、思っているわけでも、なんでもない…
ただ、運が、いいだけかも、しれない…
それだけのことかも、しれない…
そして、もしかしたら…
もしかしたら、私になにか、使命があるのかも、しれない…
ジュン君の運転するクルマにはねられて、五井記念病院に入院したとき、ユリコが、見舞いにやって来た…
息子のジュン君が、私をクルマで、はねたから、そのお詫びにやって来た…
そして、そのときに、ユリコが、占星術の話をした…
占星術では、生まれたときに、ミッションを、持って生まれた者と、そうでない者が、いると、語った…
ミッション=使命を持って、生まれた者と、生まれない者が、いると、言った…
そして、私のことを、
「…寿さんは、ミッションを持って、生まれたと思う…使命を持って生まれたと思う…」
と、真顔で、語った…
そして、それを聞いたとき、思わず、吹き出しそうになった…
私が、ミッションを持って生まれるはずはない…
私が、使命を持って生まれるはずはない…
そんなものを、持って生まれるのは、もっと、偉いひとだ…
お金持ちに生まれたり、頭が良く生まれたりするひとたちだ…
私は、自分で言うのも、おかしいが、美人に生まれた…
しかしながら、それだけ…
ただ、それだけだ…
そして、美人に生まれたと言っても、私以上の美人は、この世の中にごまんといる…
現に知り合いに、
「…寿さんと、似たタイプの美人を知っている…」
と、言われたこともある…
正直、世の中には、似た顔も多い…
私自身、矢代綾子だった田舎のときは、それほど、思わなかったが、寿綾乃として、上京してから、世の中には、美人が、結構いることに、驚いた…
なにしろ、東京だ…
私の田舎とは、違う…
人口の数が、違う…
だから、当然、美人も多い…
当たり前のことだ…
そして、私のただ一つの取柄の美人という長所も、年齢と共に、失われてゆく…
正直、32歳の私は、20歳の美人には、勝てない…
同じようなタイプの美人ならば、誰もが、若いほうが、好きだからだ…
とりわけ、歳を取れば、取るほど、若いコが好き…
これは、おそらく自分が、若さがなくなったから…
だから、自分にない若さを持つ、若いコが、好きなのだろう…
そして、これは、男も女もいっしょ…
大抵は、同じだ…
いつのまにか、ミッションの話から、ルックスの話になった…
おそらく、私のただ一つの長所である、ルックスの話になった(笑)…
そして、もしかしたら、ナオキは、私を顔で選んだ…
ルックスで、非常勤の取締役に抜擢したと、思った…
なぜなら、私に他の取柄はなにもないからだ…
だから、そう思った…
冗談半分で、そう、思った…
そして、そんなバカなことを、半ば、真剣に考える女が、非常勤の取締役として、取締役会議に出席する…
まさに、お笑い…
お笑いに他ならなかった…




