寿綾乃という女 第3部 102
五井の女帝、諏訪野和子の入院を知ったのは、それから、まもなくだった…
伸明が、知らせてくれた…
いや、
伸明が、直接知らせたわけではなく、ナオキ経由…
これには、驚いたが、少し考えて、それほど、仲がいいのか?
とも、思い直した…
とにかく、自宅にいる、私にナオキから、電話があった…
ナオキは、あの後、自宅に戻った…
これは、以前、何度も説明したが、ナオキと私は、別に暮らしている…
それは、なぜか?
それは、ナオキが、自宅に女を連れ込むため(爆笑)…
私といっしょに、暮らしていては、それが、できないからだ…
いや、
もっと、正確に言えば、私とジュン君といっしょに、暮らしていては、できなかったからだ…
ジュン君は、ずっと、ナオキの息子だと、思っていた…
藤原ナオキの血が繋がった息子だと、思っていた…
が、
違った…
ジュン君の父親は、ナオキでは、なかった…
ユリコが、ナオキを騙したのだ…
ジュン君の父親は、ナオキに似ていたらしい…
それを逆手に取って、ユリコは、ジュン君をナオキの子だと、言い張っていた…
が、
それは、ともかく、ユリコが、幼いジュン君を置いて、失踪した…
結果、ユリコの代わりに、私が、ナオキの家庭に入った…
ジュン君の面倒を見るためだ…
だから、当初は、私とジュン君とナオキの3人で、暮らした…
が、
FK興産が、ITバブルの波に乗り、急激に会社の規模が、大きくなるにつけ、私たち3人が暮らす家も、大きくなった…
具体的には、賃貸アパートから、賃貸マンション、それから、億ションへと、飛躍した(笑)…
そして、会社が大きくなって、ナオキも、大金持ちになると、女遊びが盛んになった…
元々、ナオキは、長身のイケメンだが、それでも、決して、女にそれほど、モテることは、なかった…
が、
金を持つことで、女にモテるように、なった(笑)…
要するに、どこかに、飲みに行き、
「…あのひと、IT企業の社長さんですって…」
とか、
「…どうりで、羽振りがいいものね…」
とか、店のホステスの間で、噂話になると、自然と、女が、寄ってくるようになる…
これは、相手が、ホステスのような玄人ではなく、素人でも、同じ…
会社経営に限らず、小説やマンガ、あるいは、スポーツでも、なんでも、それなりに、有名になると、男女を問わず、ひとが、寄ってくるようになる…
それまで、まったく興味のなかったものでも、相手が、それなりに、有名人や金持ちだと知ると、俄然、興味が湧き、寄ってくるようになる…
世の中、そんなものだ(爆笑)…
ナオキもまた、ご多分に漏れず、金持ちになり、それなりに、有名人になると、女にモテだした…
だから、私とジュン君とは、別に暮らしだした…
その方が、都合がいいからだ…
自宅に女を連れ込めるからだ…
つまり、ナオキが、成功したことで、別々に暮らすようになったと、言うのが、正しい…
そして、ナオキは、ジュン君が、逮捕された後、私の住む、マンションを、私名義にしてくれた…
つまり、寿綾乃名義にしてくれた…
これは、ナオキの誠実な人柄を表している…
いかに、事実上の夫婦だったとはいえ、正式に結婚もしていない女に、いくら金があっても、億ションをプレゼントする男は、いない…
要するに、釣った魚にエサはやらないということだ(笑)…
好きな女の気を引くために、男はアレコレ努力をするが、一度自分と男女の関係になり、それが、ずっと続くと、今さらということになる…
だから、もうエサは、やらない…
が、
ナオキは違った…
藤原ナオキは、違った…
だから、余計にナオキを信頼できる…
だから、余計にナオキを好きになる…
そういうことだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…聞いてる? …綾乃さん?…」
と、ナオキが、電話の向こう側から、言ってきた…
「…聞いてるわよ…ナオキ…心配しないで…和子さんが、入院したんでしょ?…」
「…そうだけど…」
私は、それを聞いて、あらためて、先日、会った、和子の様子を思い出した…
あのとき、和子は、落胆していた…
明らかに、落ち込んでいた…
あのとき、ナオキは、和子が、落胆していたのは、私が、伸明ではなく、ナオキを選んだから…
そう説明したが、それだけではなかったのかも、しれない…
体調が、悪かったのかも、しれない…
そして、私の行動が、それに、追い打ちをかけたのかも、しれない…
私が、伸明ではなく、ナオキを選んだことで、追い打ちをかけたのかも、しれない…
が、
冷静に考えると、なぜ、あの場所に、行ったことが、私が、伸明ではなく、ナオキを選んだことになるのか?
それが、わからない…
私は、たまたま、菊池リンに連れられて、あの場所に行った…
それが、真相だったからだ…
だから、まだ、なにか、あるのかも、しれない…
私が、まだ、知らないことがあるかも、しれない…
私は思った…
今さらながら、考えた…
そして、ナオキ…
今、私が電話で話している藤原ナオキは、多忙だった…
経営再建で、忙しかったからだ…
五井から、ひとを派遣され、多忙だった…
だから、あのとき、ナオキといっしょに、五井記念病院から、この自宅のマンションに帰ってきて以来、会ったことはない…
あの日は、一晩だけ、このマンションに泊まったが、翌朝、すぐに出て行った…
つまりは、それほど、忙しいということだった…
それは、考えてみれば、わかる…
この藤原ナオキは、あの諏訪野伸明と、FK興産の経営再建について、記者会見をした…
要するに、ナオキが、自分の持ち株の半分を五井に譲ったのだ…
それで、五井は、FK興産の株主となり、FK興産の再建を請け負うことになった…
当然、ナオキもまた、経営再建に、協力することになる…
だから、忙しいに、決まっている…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、
「…で、どうするの?…」
と、聞く、ナオキの声が電話口から、聞こえてきた…
「…どうするって、なにを、どうするの?…」
「…綾乃さん、鈍いな…和子さんの見舞いだよ…見舞い…」
…そうか?…
…そうよね…
当たり前だった…
きっと、そのために、今、ナオキが、電話をかけてきたに、決まっているからだ…
我ながら、トロい…
やはり、これも、病気のせいか?
癌のせいか?
と、思った…
最近、自分のトロさに、磨きが、かかっている(苦笑)…
つくづく、そう思う…
それとも、歳のせいか?
やはりというか…
歳を取ると、感覚が鈍くなる…
要するに、感だ…
感=直観だ…
若いころに、すぐに、ピンときたことが、わからなくなる…
高齢政治家を例に挙げれば、どっちにつけば、有利か、若い頃には、すぐに、読めたものが、読めなくなる…
いや、
さすがに、私は、それほどの歳ではない…
まだ、32歳だ…
女盛りの32歳だ(笑)…
まだまだ、これから…
私の人生、これからだ…
私が、そんなバカなことを、考えていると、
「…聞いている? …綾乃さん?…」
と、またも、電話の向こう側から、ナオキが、言ってきた…
「…ちゃんと、聞いているわよ…」
私は、わざと、面倒臭そうに、言った…
その方が、効果的だからだ…
すると、すぐに、
「…ゴメン…綾乃さん…」
と、謝ってきた…
すぐに、効果があったわけだ(苦笑)…
「…そんなことより、お見舞いでしょ? …和子さんの…」
と、私は、言った…
「…で、どこに、入院しているの?…」
「…五井記念病院…」
ナオキが、即答した…
そして、それを、聞いた私は、絶句した…
「…」
と、言葉もなかった…
たしかに、言われてみれば、わかる…
五井の女帝が、入院するのは、五井記念病院に、決まっている…
当たり前だった…
が、
そんなことは、おくびにも出さず、
「…でしょうね…」
と、言った…
いかにも、わかったように、言った…
それに、気付かれるのが、嫌だったからだ…
私が、和子が、入院している病院が、すぐに、五井記念病院とわからなかったことを、ナオキに気づかれるのが、嫌だったからだ…
相変わらずの負けず嫌い…
きっと、これは、この前の続き…
この自宅の玄関先で、ナオキと、キスをしながら、交わした会話の続きかもと、思った…
そして、そんなことを、思いながら、
「…で、どうするの?…」
と、ナオキに、聞いた…
「…どうするって、お見舞いよ…お見舞い…いっしょに、行くんでしょ?…」
「…それは、無理…」
ナオキが、即答した…
「…無理って?…」
「…今、忙しすぎて、会社を抜けれない…」
「…」
「…見舞いは、綾乃さん、一人で、行ってほしい…」
「…私一人で…」
「…だって、綾乃さんは、これまで、五井記念病院に入院しているし、先日も、あの病院に行ったばかりでしょ?…」
「…それは、そうだけど…」
「…いずれにしろ、ボクは、すぐには、行けない…だから、綾乃さん、一人で、行ってほしい…」
ナオキが、強い口調で、言った…
こちらが、反論できない、強い口調で、言った…
だから、
「…わかったわ…ナオキ…一人で、行くわ…でも、ナオキ、アナタは、どうするの?…」
「…時間を作って、行くつもりだけど、それでは、遅すぎるから…」
わかったような、わからないような言い訳をした(苦笑)…
要するに、すぐに、時間は作れないから、私は、自分一人で、行ってくれ!…
暇な私は、一人で行ってくれ! と、言うことだ…
私は、思った…
私は、考えた…
同時に、五井記念病院か?
と、思った…
正直、縁がありすぎる(笑)…
この歳で、縁がありすぎる(笑)…
癌であることは、仕方ないとしても、正直、これ以上、あの病院に関わりたくないなと、思った…
入院もしているし、お世話にも、なっている…
が、
それ以上に、やはり、五井家の病院というのが、引っかかる(笑)…
正直、伸明にも、もう会いたくは、なかった…
会えば、やはり、もしかして、玉の輿に乗れるかも、しれない…
そんな自分の欲望が、蘇るのは、火を見るより、明らかだからだ…
だから、会わないのが、一番…
一番だからだ…
ナオキに恩を感じながらも、やはり、心のどこかで、伸明に憧れる…
大金持ちの五井の当主に憧れる…
つくづく、自分勝手な女…
嫌な女だと、思った(爆笑)…




