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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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10/122

寿綾乃という女 第3部 10

…誰か、いる?…


 でも、一体、誰がいるというのか?


 このマンションは、今は、私一人で、住んでいる…


 以前は、ジュン君が、いっしょに、住んでいたが、ジュン君は、今、刑務所の中…


 私をクルマで、ひき殺そうとした、報いを受けたのだ…


 だから、誰もいないはず…


 が、


 たしかに、誰か、いる…


 たしかに、ひとのいる気配がする…


 もしや、泥棒か?


 私は、思った…


 と、同時に、なにか、武器になるものは、ないか?


 探した…


 素手では、身長160㎝足らずの私のカラダでは、相手が、男では、到底勝てないからだ…


 だから、なにか、武器になるものは、ないか?


 部屋の中を探していると、


 「…なにをしているの? …綾乃さん?…」


 と、いう声がした…


 その声は、聞き覚えのある声だった…


 いや、


 聞き覚えがあるというレベルではなく、明らかに私は、その声の主を知っていた…


 私は、慌てて、声のする方を振り返ってみた…


 そこには、ナオキがいた…


 さきほど、五井記念病院で、話題になった藤原ナオキが、立っていた…


 「…やっぱり…」


 私は、言った…


 「…綾乃さん、なにが、やっぱりなんですか?…」


 「…ナオキ…アナタ、連絡もなく、いきなり、他人様の家に入ってきて…」


 私が、文句を言うと、


 「…他人様の家? …このマンションの名義は、ボクだけれど…」


 と、ナオキが、いたずらっぽく、笑った…


 私は、


 「…」


 と、絶句した…


 たしかに、ナオキの言う通りだからだ…


 だから、


 「…」


 と、絶句した…


 返す言葉がなかった…


 そんな私の態度を見て、


 「…どうしたの? …綾乃さん?…」


 と、ナオキが、いたずらっぽく、聞いてきた…


 私は、


 「…」


 と、答えなかった…


 無言で、自分より、長身のナオキを見上げた…


 「…社長、おっしゃる通りです…」


 と、私は、言った…


 「…このマンションは、社長のもの…社長の温情で、住まわせてもらっています…」


 私が、言うと、


 「…温情?…」


 と、ナオキが、言って、絶句した…


 「…老い先短い、憐れな秘書だった私に情けをかけて、頂き、ありがとうございました…」


 私は、ナオキに頭を下げた…


 すると、ナオキは、戸惑った…


 明らかに、戸惑った…


 「…なんで、いきなり、そんなことを、言うの? …綾乃さん?…」


 と、当惑した表情で、言った…


 「…社長、綾乃さんではなく、寿と言ってください…」


 「…寿? …でも、今は、会社じゃないんだから…」


 「…それでも、です…ここは、社長の持つ、物件…私にしてみれば、会社の社宅のようなものです…だから、社長は、この部屋の合鍵を持っていたから、入れた…ですよね?…」


 「…社宅?…」


 「…そうです…」


 私は、短く、断言した…


 すると、見る見る、目の前のナオキが、落ち込んだ…


 明らかに、落ち込んだ…


 「…そんな…綾乃さんが、そんなふうに、ボクを見ていたなんて…」


 「…」


 「…ボクは、綾乃さんが、好きで…」


 「…社長、冗談は、やめて下さい…」


 「…冗談って?…」


 「…私は、もうFK興産の社員では、ありません…今は、失業中…失業保険で、暮らしています…」


 私が、言うと、


 「…綾乃さん…それは、違うよ…」


 と、ナオキが、反論した…


 「…違う? …なにが、違うんですか?…」


 「…綾乃さんは、たしかに、FK興産を退職していることに、なっている…でも…」


 「…でも、なんですか?…」


 「…FK興産の非常勤の取締役に登録してある…」


 「…ウソォ!…」


 思わず、大声を出した…


 「…ウソじゃない…」


 「…ウソじゃない?…でも、会社のホームページを見ても、どこにも、そんなことは…」


 「…載せてないだけだ…」


 「…載せてないだけ?…」


 「…非常勤とはいえ、取締役に、綾乃さんの名前があれば、知らない人間がみれば、寿綾乃というひとは、誰? と、聞いてくる…」


 「…」


 「…でも、ボクの口から、以前、ボクの秘書をしていた女性とは、口が裂けても、言えない…だから、登記には、載せているが、公には、公表しない…綾乃さんが、非常勤の取締役に登録していることを、知る者も、社内のごく一部の人間だけ…口の堅い人間だけ…」


 私は、ナオキの突然の告白にパニくった…


 頭の中が、混乱した…


 だから、とっさに、口から出た言葉が、


 「…どうして、そんなことを?…」


 と、いう言葉だった…


 「…綾乃さんの生活の面倒を見るためさ…」


 「…私の生活の面倒を見るため…」


 「…綾乃さんは、FK興産を退職した…だから、綾乃さんに、お金を渡すことは、できない…もはや、綾乃さんは、社員では、ないからね…それで、会社の顧問弁護士とか、口の堅い人間に、相談したんだ…」


 「…それで、私を会社の非常勤の取締役に?…」


 「…そうだ…取締役となれば、経営者側だ…使われる側じゃない…使う側だ…そして、なにより、会社の社員ではない…だから、綾乃さんが、退職しても、合法的に、綾乃さんに、お金を渡すことが、できる…」


 「…合法的?…」


 「…ぶっちゃけ、ボクの小遣いから、渡すこともできるが、それでは、金額が、限られてくる…それよりも、会社の取締役にすれば、会社から、綾乃さんに金を払うことが、できる…なにより、非常勤だから、毎日、出社する必要がない…つまり、綾乃さんの席はあるが、会社に出社する必要は、ゼロ…」


 「…ゼロ?…」


 「…まあ、ゼロは、大げさだけれども、とにかく、非常勤の取締役にしておけば、会社から、お金を払うことができる…しかも、綾乃さんを、非常勤の取締役にしたことが、社内で、ほとんど知られていない…だから、取締役の会議があっても、綾乃さんが、出席しなくても、誰も、わからない…」


 ナオキが、不敵に笑った…


 私は、それを、聞き、うまい手を思いついたものだと、気付いた…


 たしかに、取締役は、労働者ではない…


 いわゆる、労働者=雇用される側では、ない…


 ハッキリ言えば、雇用する側だ…


 ひとを雇う側だ…


 なにより、取締役とも、なれば、会社に常駐する必要がない…


 その代表例が、社外取締役…


 いわゆる、ユニクロの柳井氏や、ソフトバンクの孫氏が、他社の取締役を兼務している例だ…


 が、


 柳井氏も孫氏も、当たり前だが、その会社の社員でも、なんでもない…


 それと、同じ…


 この私をFK興産の取締役にしたのは、それと、同じ…


 この私と柳井氏や孫氏は、レベルは、まったく違うが、同じ…


 同じ非常勤の取締役だ(爆笑)…


 つまり、柳井氏や孫氏と私は、同格ということだ…


 が、


 本当か、どうかは、わからない…


 まさか、今言ったのが、冗談とは、思えないが、やはり、確認が必要だ…


 「…その証拠は?…」


 私は、聞いた…


 「…証拠?…」


 「…私の口座に、お金は、振り込んでなかったわ…」


 「…それは、当たり前だ…」


 「…当たり前?…」


 「…綾乃さんの口座ではなく、別の口座に振り込んだ…」


 「…別の口座?…」


 「…ほら、ここに?…」


 ナオキは、言って、持っていたカバンから、貯金通帳を取り出して、見せた…


 「…以前の口座に振り込んでも、良かったんだが、万が一でも、経理とか、誰かに知られたら、厄介だ…ボクが、綾乃さん名義の口座を別に作って、ボクが、直接、会社から、この口座に毎月、金を振り込んだ…」


 「…見せて…」


 思わず、言った…


 私が、言うや否や、ナオキが、私に通帳を差し出した…


 通帳を開けると、ゼロが、ズラリと、並んでいた…


 慌てて、数えると、億を超えていることが、わかった…


 たしかに、これでは、経理を通せない(苦笑)…


 私は、思った…


 「…どうして、こんな大金を退職した秘書に払わなければ、ならないんだ?…」


 と、経理部から、詰問されることは、明らかだからだ…


 だから、ナオキは、直接、自分の手で、会社の金から、振り込んだのだろう…


 私は、思った…


 同時に、これまで以上に、ナオキの深い愛情を感じた…


 この藤原ナオキが、私が、思っている以上に、私を大事にしている事実に、気付いた…


 これは、意外…


 実に、意外なことだった…


 男と女が、愛し合い、同棲や、結婚をする…


 あるいは、そこまで、いかなくても、男女が付き合う…


 が、


 実際は、互いに、相手が、どれほど、自分を好きなのか?


 それは、わからない…


 変な話、男は、女に、夢中でも、女は、心のどこかで、


 「…もっと、いい男がいないか?…」


 と、考えていることもある(笑)…


 真逆に、女は、男に、夢中で、男の方が、


 「…どこか、もっと、いい女はいないか?…」


 と、心のどこかで、考えている場合もある…


 つまり、男女ともに、同じレベルで、好きではないと、いうことだ…


 これは、友情にも、同じことが、いえる…


 ぶっちゃけ、一方は、ただの友人の一人と、思っていても、もう一方は、親友レベルに考えている場合もある…


 これもまた、男女の愛情と同じ…


 要するに、同じレベルで、相手を好きでは、ないということだ…


 私は、考えた…


 そして、我ながら、そんな回りくどいことを、考える一方で、もしかして?


 と、ふと、気付いた…


 この藤原ナオキは、経営者…


 従業員千人を、持つ、IT企業の社長だ…


 当然、頭もよいし、無駄に金は使わない…


 元は、一般人だからだ…


 生まれつきの金持ちでも、なんでもない…


 だから、お金のありがたみを知っている…


 なにしろ、十年以上前は、私とジュン君と3人で、小さなアパートに住んでいた…


 いわば、疑似家族…


 正真正銘の疑似家族だった…


 なぜなら、私とナオキは、他人だし、ジュン君も、後でわかったことだが、ナオキの子供ではなかったからだ…


 つまり、誰も血が繋がっていない…


 だから、家族ではなく、疑似家族だった…


 が、


 そんな疑似家族でも、いっしょに暮していたから、ナオキの金の使い方は、わかっている…


 無駄使いは、しない…


 唯一の例外は、女だが、それでも、今、この私に億の金を渡すようなバカな真似はしない…


 たしかに、私は、ナオキと、十年以上前からの付き合い…


 ナオキが、ITバブルで、成功する前からの付き合いだ…


 関係が長い…


 だから、昨日今日、ナオキが付き合った女とは、付き合いの長さが、違うが、それでも、いくらなんでも、億の金をポンと私に渡すのは、おかしい…


 …これは、もしかして?…


 私は、気付いた…


 …もしかして、なにか、別の意味があるのかも、しれない…


 そう、気付いた…


 これは、例えば、女の売春と似ている…


 以前、亡くなった作家の阿部譲二が、言っていたが、外国では、売春は、靴一足の価格ぐらい…


 たしか、5千円程度だと、言っていた…


 それが、例えば、日本では、3万円とする…


 つまり、差額が、2万5千円…


 この差額が、なにかと、言えば、それは、口留め料に他ならない…


 例えば、男の有名人が、どこそこで、女遊びをする…


 が、


 当然のことながら、それを、世間に知られては、困る…


 だから、女には、口外しないことを、約束させる…


 いわゆる、口留め料だ…


 だから、セックスに口止め料が、上乗せされるから、日本は、売春の金額が高いということだ…


 私は、それを、思い出した…


 そして、今、私に、ナオキが、こんな目の玉が飛び出るような大金を渡した意味…


 これもまた、口留め料と同じ意味があるのかも、しれない…


 つまりは、私になにかさせたいのかも、しれない…


 私は、そう、気付いた…


 だから、私は、


 「…社長、私に、なにを、させたいんですか?…」


 と、直球で、聞いた…


 なにしろ、私とナオキの間柄だ…


 いちいち、回りくどい言葉を使うのも、面倒だ…


 すると、


 「…さすが、綾乃さん…察しがいい…」


 ナオキが、ニヤリと、笑った…


 「…一体、なにを私に?…」


 「…ユリコが、動き出した…」


 ナオキが、言った…


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