占いって当てにならなくて
今朝二人が歩いた静かな裏道は、打って変わって活気に溢れていた。路上に簡易的なテーブルや椅子、立ち飲み用の樽などが所狭しと並んでいる。みことが住宅街のように感じた建物たちは、確かに二階以上は住居スペースのようだが、その住居スペースで作った料理を持ち寄って食べたり、点在している料理屋で購入したものを適当に座って食べたりしているようだ。
「朝とは雰囲気が全然違いますね、どこからもおいしそうな匂いが漂ってくる」
「晴れてる日はいつもこんな感じだよ。元は炊き出しから始まったらしいんだけど、飯を作る人も食う人もどんどん増えて、今みたいになったんだって」
スティラが伝聞のように話をするということは、道がこの状態になったのは彼女が生まれるよりもずっと前のようだ。ルルちゃんに聞いてみると詳しい歴史が分かるかもしれないな、などとみことは思いつつ、スティラと共に歩みを進めていった。
がやがやと賑わう道を行き、今朝恰幅のよい男性から声をかけられた店に着いた。スティラがドアを引くと、ドアについたベルがカランカランと耳に心地よい音を立てた。
「おお、スティラ。二人ならテーブルにつくかい? それとも――」
「あ!!! クロがいるじゃん!!」
「くろ?」
みことは猫みたいな名前だなと思いつつも、ベルノの例を思い出す。スティラの目線の先を見やると、やはり体格のよい男性がテーブル席に座っていた。髪は短く切りそろえられており、黒髪のように見えるが、光の当たり方によって紫がかっているようにも見える。
「む? スティラ!! 久しぶりだな! こっち座れよ――あれ?」
クロと呼ばれた男はひらひらと手を振りつつも、顔なじみでない人間がいることに気づき、店のマスターとスティラとみことの顔をそれぞれ一瞥した。分かりやすく表情に出るタイプなのか、顔から疑問符が出ているようにすら見える。
「あー、紹介するからさ。二人で座らせてよ」
「もちろんだ! さ、お嬢さんこちらへ」
紳士的な所作で、男は椅子を引いてみせた。スティラはアタシにはそんなんしてくれたことないじゃん、と笑いながら男のいるテーブルに近づいていった。みこともそれについていき、せっかくなので引いてもらった椅子にそのままかけた。
「ありがとうございます、……クロさん?」
「うむ、クロードだ。以後お見知りおきを」
顔はいわゆるソース顔なはずなのに、暑苦しさを感じさせない笑顔で、不思議な人物だな、とみことは感じた。スティラが親しげにしていることもあり、悪い人物ではないようだ。
「ジン、そしたら二人分飲み物と、テキトーにつまみお願いしていい? すぐ出るやつ、三人分」
「ああ、わかった。お嬢さんは飲めるクチかい?」
「はい、人並みには」
「よし、じゃあ用意してこよう」
この店のマスターはジンというようだ。飲み屋にぴったりな名前かも、とみことは内心思いながら、クロードの方に向き直った。
「お嬢さん――」
「あ、みことと言います。白野みことです」
「ミコト! よろしくな。……スティラ、訊いてもいいか?」
「ああ、キャスタウェイさ。飲んだ帰りに倒れてるところを拾ったんだ」
どうして目が覚めたらスティラの家にいたのか、イマイチはっきりわかっていなかったが、まず、どうやら来たときは道端に倒れていたらしい。そのまま悪い人間に拾われなくて良かったと、みことは少し体を震わせた。
「お前はそういうのほっとかないタイプだもんな。スティラのところにいるってことは、護符職人やるのか?」
「はい、そのつもりです。でも……彩気が、ほとんどないらしいんです」
「ふむ? ちゃんと食べて寝てるか?」
今朝のスティラの質問とまったく同じ質問だ。やはり彩気の量に健康的な生活が影響するのは常識という事のようだ。
「それが、聞いたら全然なんだよ。拾ったのは昨日で、今朝住民登録終わらせてきたところ」
「なるほど。まあスティラのところにいればそのうち心配はなくなるだろうが、しかし、来たばかりのキャスタウェイだからか? 属性がよく見えないが……」
「えっ、得意属性って見えるものなんですか?」
みことは驚いてスティラの方をみたが、スティラは首を横に振った。これまで会った人物から、一度もそのような話はなく、そもそもみんな見えるのだとすれば、住民登録の書類にするような話でもないはずだ。火、水、土、風、光、闇とあるが、二つずつ対になっていて、どちらか一つが得意属性なのであれば、得意属性の組合せは八通りしかなく、見たらわかるようなものを公的な書類に記す意味があまりなさそうだからだ。つまりは、クロードの特殊能力ということになる。
「光と闇だけ、どっちが得意そうかわかるんだって。安心して、そんなのコイツだけだから」
「はっはっは、みんな手品の類だと思ってるがな。宴会でやるとウケるぞ。スティラだって、何となく火属性が得意そうだな、とか雰囲気でわかるだろう?」
「まあ。でも、言われて『あー、やっぱりね』ってなるくらいで、最初から確信を持ってどの属性が得意だ、なんて一属性も言えないよ」
血液型占いとか、性格診断みたいなものが、得意属性でもあるらしい。二人の話からするに「あの人B型っぽいよね」に近い話のようだ。確かに、スティラは燃えるような雰囲気があり、火属性が得意と言われたらやはりそうかという気持ちにはなるだろう。クロードはこれだけ朗らかなのだから、光属性が得意だろうか。しかし、それもやっぱり「なんとなく」の域を出ない。クロードは見ただけで血液型がわかる――となると、結構すごい話なのではないかとみことは思ったが、当の本人は宴会芸に使っているようなので深く突っ込むことをやめた。
三人がしゃべっていると、ジンが飲み物とつまみを持ってきた。飲み物はしゅわしゅわと泡立つ様子や色からして、スティラが今朝飲んでいた飲み物と同じ類の飲み物のようだ。となると、彼女は朝から一杯キメていたということだ。
「うちの自慢のエールだよ。一杯目はまずこれさ」
「ありがとうございます」
ジンはジョッキを二人分置いたあと、続けて三つの皿をことりことりと置いた。一つ目はよくあるナッツとドライフルーツのようで、木の実と色とりどりの乾燥した果実が盛られている。二つ目は野菜をマリネしたもののようで、少しだけ酢の匂いがする。三つ目はジャーキーのような干し肉で、スパイスがゴテゴテとついており、見ているだけで辛味を感じさせる装いだ。
「あ、もしかして『まんまる火豚』の干し肉!?」
「ああ、今日久しぶりに入荷できてね。養豚やってるドルツァ国の近くの国が近隣といざこざやってて、流通が不安定だったんだが、一月前くらいに停戦して、ようやく流れてきたんだよ」
「そう言えばそんな話あったね。クロは駆り出されなかったの?」
「いや、きな臭い話が出始めた瞬間に逃げた!」
そりゃそうだ、あっはっは、とみこと以外の三人は笑っていたが、この世界では普通に紛争が起きることがあると分かって、みことは表情を固くした。自分の住む国が戦争をしないことがどんなに大切だったか、こんなところで思い知ることになるとは。
「もしかして、ミコトが住んでた国はあんまり戦争とかなかったのかな」
緊張した面持ちのみことに気がついたスティラが、気遣って声をかけた。みことはこくりと頷く。
「みんな戦争が嫌なのは一緒だよ。ここの国は基本的に戦争はやんねーぞって宣言してるし、その上で戦力が整ってることもわかってるから、わざわざ周りも攻めようとも思わない。他の国もほとんどがそんな感じなんだけど、ドルツァ国の周りは小国がぎゅっと集まってるからね。土地が欲しくなっていざこざ、みたいなのは避けづらいところもあるよ」
世界地図を見たわけではないので、みこととしては地理感がよくわからなかったが、ドルツァ国の周りはヨーロッパのようなイメージなのかもしれないと思った。それだけ密集していると、世界を取りまとめる機関がなければ、争いが起きても仕方がなさそうだ。
「話し込むのもいいが、ほら、エールの泡がなくなるぞ」
ジンに促されて、そうだそうだとスティラ、クロードの二人はジョッキを持ち上げた。みこともそれにつられてジョッキを持った。
「じゃあ、ミコトがうちに来てくれてよかったー、ってことで。乾杯!」
ガチリとジョッキがぶつかる音がした。みことは飲み物を口に含む。エールと言っていたのでビールの味を想像していたが、苦みが少なく、あまりビール党ではないみことの舌にもなじむ味わいだった。
「おいしいですね! とても飲みやすい」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。干し肉もよく合うからぜひ一緒に食べてみてくれ。スティラ、他に何か頼んでおくかい?」
「じゃあシルクキノコのオーブン焼きと、芋揚げたやつ」
「了解」
注文を聞いたジンは、テーブルから離れていった。芋を揚げるタイプのつまみは異世界にも存在するのか……とみことは感心したが、前に来たキャスタウェイが教えてあげた可能性もあることに気づき、もしそうだったらありがたいなと、まだ見ぬキャスタウェイに感謝した。
勧められたつまみはエールにもみことの口にもよく合って、みことは内心ほくほくだった。
「しかし、よく逃げられたね? どんなにちっちゃい国でもそこの王様とか、えらい人に声かけられたら、やらないっていうのは難しいんじゃないの?」
「まあ、難しいってこともないんだが、断ると関係性は悪くなるな。とはいえ、あのくらいの小ささの国で俺が本気を出したら地図に白いところができると思わないか?」
そりゃ違いない、とスティラは膝を打って笑う。要するにクロードが本気を出して戦うと、文字通り草も生えない地域ができてしまうようだ。それは笑い事ではないのではないか。あまりにも規模が大きいので、どんな術を展開したらそうなるのか、みことには想像もつかなかった。
「それに、あの辺りはマイナーな美味いものが多いから、必要以上に被害を出したくないんだよ」
「確かに、最近桃色牛のチーズって見ないけど、確かそれもその辺だよね」
「今回ドンパチやってたのがちょうど桃色牛の放牧地帯の近くだから、そうだな」
「あー、やだやだ。ミコト、桃色牛はチーズも肉もおいしいからね」
「今出てるおつまみ全部おいしいです、ぜひ食べたいです」
うんうん、とスティラとクロードは頷く。
「あの、正しい聞き方かは分からないんですけど、クロードさんってものすごい護符術者なんですか? 何だか、さっきの話の規模が大きくて……」
「ああーっ!! そうだよな、うーん、ものすごいかどうかはさておき、闇属性なら結構自信あるぞ!」
やっぱり血液型占いは当てにならない。そう思ったみことだった。




