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百符の市 準備編

 ところで、とクロードは言う。


「明後日の百符(ひゃくふ)は出るのか?」

「…………! 出る」


 百符という単語をクロードから聞いたスティラは顔を真っ青にしている。出る、というからには大会のようなものだろうか。大会には大会用の護符の準備が必要という話は筋トレ中に聞いたばかりだ。世界でも指折りの術者が顔を青くするような大きな大会なのか、みことは気になってクロードたちに尋ねた。


「ああ、そうか! 百符ってのは百符の市の略称で、護符職人が集まってそれぞれ店を出す、護符の蚤の市みたいなものだよ。結構規模がデカいから、新作の護符を出す職人も珍しくなくて、それを目当てにやってくる商人も山ほどいる。売れそうな札を見つけたら即契約しておかないと、他にとられちまうからな」


 なるほど、大会は大会でも護符づくりの方のようだ。話しぶりからすると、大会というよりは即売会に近そうなイベントだ。以前みことは友人に連れられて、一度だけ同人誌即売会の売り子をしたことがあるが、それに雰囲気が近そうな感じがした。


「うーん、百符の申し込みしたのすっかり忘れてた。たまには出るかってしたらこれだよ、とりあえず火柱の護符はいくらでも出るから作るとして……」


 スティラの様子を見ると、出店の申し込みはしたものの、申し込みをしたこと自体を忘れており、まったく売り物の準備ができていないということのようだ。護符を売って生計を立てているのだとしたら、書き入れ時ともいえるイベントを忘れるはずがないと思うのだが、とみことは少し不思議に思った。衛兵のトレーニングを請け負っていたという話を午前中に聞いたが、もしかしたらそちらの方が本職なのかもしれない。


「準備があるなら家に戻ったほうがいいのでは……?」

「いんや。もう飲んじゃったから書かない。明日にする。締め切りの話をしたら酒が不味くなるから、いったん今日は考えない」


 断固とした表情だった。確かに、翌日の仕事を考えながら飲む酒はいい味がしなさそうだ。


「はっはっは、相変わらずだな、スティラは。一応俺も百符には顔出すだけの時間があるから、火柱は買いに行くよ。土の拘束術は出さないのか?」

「あれは手書きじゃないと無理だから、今回は諦める。でもクロが欲しいんなら二、三枚は書いとくよ」

「助かるぜ。それじゃあ頼んだ」

「あいよ。…………そうだ! ミコトも売れる護符考えてさ、一緒に売ろうよ! 出店申し込みさえしてあれば、当日に売り物とか売り子が増えるのは全然問題ないし。飛び入りで出店はできないけど、今回はアタシがやってるから、アタシの店で売るといいよ!」

「えっ!? 私の護符を売るんですか!?」

「そだよ。だってもうミコトは火属性の護符を作れるんだから。最初だし、十枚も作れば十分だよ」


 百符の市の開催が明後日ということは、明日しか作業の時間はないということになる。彩気のコントロールという慣れないことをしながら、護符を手書きすることを考えると、十枚というラインは妥当そうであった。

 しかし、とみことは考える。今作れる護符は、火属性とはいえ高温を出せる程度のものだ。おそらくスティラだから火柱が上がるくらいの術を出せたのであって、一般人が使った場合、ろくな火力にならないことは想像に難くない。


「あの、戦闘に使えそうな護符は作れる気がしないんですが……」

「ああ、生活用の護符を作ればいいのさ」


 生活用の護符と聞いて、みことはハッとした。スティラの冷蔵庫に使われていた護符は、氷で攻撃するには全く頼りない代物であることには違いないが、ものを冷やすには十分な役目を果たしていた。さらに、生活用の護符ならば、装飾も大事な要素となるという話も思い出すと、一気に護符作成のモチベーションが高まった。


「そっか……! 何も戦いだけじゃないですもんね!」

「お、やる気出てきた感じ?」

「はい!」

「俺の分も一枚取っておいてくれよ。十枚じゃ商人に目をつけられたらあっという間になくなっちまう」

「ありがとうございます、頑張って作ります!」

「よし、ミコトの護符職人デビュー成功を祈って!」


 スティラがジョッキを再度掲げた。クロードとみこともそれにならう。


「「「乾杯!!!」」」


 ――翌朝。

 みことはベッドから起き上がった。あのあとそれなりに量は飲んだ気がするのだが、思ったよりも頭や体が重くないことに驚く。寝る前に、スティラからこれを飲んでおくといいと丸薬を渡され、それを飲んだのだが、効果はてきめんだったようだ。何の成分が入っているのかはよく分からなかったが。

 みことは着替えて寝室を出て、階段を降りていく。スティラは先に起きており、朝食の用意をしていた。みことの数倍は飲んでいた気がするのだが。


「おはよう、よく眠れた?」

「はい、多分薬がよく効いたんだと思います」

「うんうん。あれを飲んで二日酔いになる方が難しいからね」


 日本の飲兵衛たちが羨ましがるような薬であることは確かだった。もし元の世界に帰れるとして、いくつか持って帰らせてもらえないだろうかと、みことはぼんやり思った。


「あ、準備手伝います」

「ありがと、そしたらそこの棚から皿をいくつか取ってくれる? 大きめのやつ」


 みことは数枚皿を見繕い、スティラに渡した。バゲットと、胃に優しそうなスープが盛られていく。


「今日は百符用の護符を作んないとね。火柱はまあ昼前くらいには作り終わるかな。その後はクロードに頼まれてた土の護符と……あと光玉の護符も頼まれてたから念のため用意しとくか」


 住民登録に行く道中で、衛兵から頼まれていたものだな、とみことは思う。衛兵が非番だったら取りに来るかもしれないと思ってのことだろう。


「全部手書きなんですか?」

「いやいや、さすがに全部手書きだったら手が爆発するよ。火柱は人気がある護符だから、いっぺんにいっぱい作れる装置で作るよ。いっぺんにいっぱい作るのも彩気の量とコントロールが必要だから簡単ってわけじゃないけどね。装置見てみる?」

「見たいです!」

「じゃあご飯食べ終わったらね」


 みこととスティラは朝食を済ませた後、スティラの研究室へと入った。さまざまな棚がそびえたつ横に、圧着機のような機械があることにみことは気がついた。


「これだよ。まずはこのくぼみにインクをセットするんだ」


 圧着機にはインクを投入するためのくぼみ、ハンドルが一つ、レバーが一つ。圧着面には何かが差し込めそうな狭い隙間がある。スティラはくぼみにざばざばとインクを流していく。


「で、ここに火柱の札を作るための型をいれる」


 型とスティラが言うものは、さまざまな文字や文様の形が彫られた薄い板だった。狭い隙間の部分に、それは差し込まれた。圧着部分が降りてくるであろう場所には大きい紙が置かれた。模造紙数枚分といったところだろうか。


「ハンドルに彩気を込めながら、レバーを下ろす」


 ガシャン! と大きな音がして、圧着部分が紙を押しつぶした。スティラがレバーを上げると、紙は護符の大きさにきれいにカットされ、それぞれ文字紋様が一様に描かれていた。

 つまり、この圧着機のようなものは、裁断機と印刷機を兼ねた機械のようだ。どうやって裁断面と印刷面を交換しているのかはよく分からなかったが、とにかくインクと彩気を込めてレバーを下ろすと、手軽に護符を量産できるということだ。


「すごい! これって、私も使えますか?」

「そのうち使えるようになると思うけど、今は難しいよ。これだけの量のインクに彩気を均一に込めないといけないからね。彩気の量にムラが出るってことは品質にムラが出るってことだから」


 護符が数十枚同時に作られていることを思うと、数十枚分の彩気を一気に出さなくてはならないという点で、スティラの言うとおり、今のみことがこの機械を使うのは難しそうだった。それに、スティラも複雑そうな術の護符は手書きをするということは、ペンで手書きをするというのが護符づくりの基本ということだ。


「アタシは昼前くらいまでこれで火柱の護符を量産するつもりだけど、みことはどんな護符作るか決めた?」

「それが、あんまりいいアイデアがなくて……」

「まあそうだよね。とはいえ、一個思いついたらとりあえずは用意できるはずだから、昼前までアイデア出しでその後書くで間に合うと思うよ。お茶いる?」

「ありがとうございます、いただきます」


 二人は研究室を出て、お茶の支度を始めた。スティラが淹れたお茶からはハーブのような良い香りが漂ってくる。


「アタシがまあまあな力で彩気を出してもあの程度の火だから、フツーの人が生活用のつもりで彩気を出したら、多分火が出るかも怪しいんだよね。試し撃ちしたときみたいに、護符が熱くなるくらいかも」


 戦闘用の護符ならば、強力な術を出すのに彩気を惜しむことはないが、生活用、つまり普段遣いで彩気を大量に使う想定はできない。みことはお茶をすすりながら、うーんと頭を悩ませる。


「みことが試し撃ちしたときくらいの彩気の量が、みんなが生活用の護符を使うときに使うくらいの量かな」

「それは逆に……簡単に試せていいですね」

「確かにそうかも。……じゃ、アタシはしばらく研究室で護符を作るね。何か聞きたいこととかあったら呼んで。あの機械動かしてる間は動けなくてヒマだからさ」


 スティラは自分の分の茶器を片付け、研究室へと戻っていった。護符づくりのテクニックに関してはスティラにたずねられても、商品のアイデアを出してもらうわけにはいかない。まことは企画部に配属された同期の顔を思い出しながら、何とか助けてもらえないだろうかと思うのだった。


「彩気を流すと温かくなる……」


 うんうんと考えて、最初にみことが思いついたのはカイロだった。ただ、この世界に四季や寒帯の気候があるか、あったとしてこの国で需要があるかはわからなかった。ただ、一個アイデアとしては持っておき、あとでスティラに訊いてみることにした。

 カイロの需要がなかったときのために、もう一つくらいはアイデアを持っておきたいとみことは考えた。しかしなかなか思いつかないものである。世の中のヒット商品が生み出されるまでにどれだけの苦労があるのか、それが垣間見えた気がした。みことは茶器に手を伸ばし、淹れてもらったお茶の残りをすすったが、結構長く考えていたのか、すっかり冷めてしまっていた。冷めてもおいしいお茶だが――。


「……あ! これだ!」


 みことはばたばたと研究室にかけていき、ドアを勢いよく開けた。さすがのスティラも、これには驚いた顔を見せた。


「スティラさん! 術を長持ちさせる方法ってありますか!?」

「もちろん、あるよ。何か思いついたね?」

「はい!」


 みことは力強く頷く。スティラはにやりと笑い、研究室の机につくよう、みことに促した。


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