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7/10

はじめての護符作り

 みこととスティラが家に着いたのは昼過ぎだった。

 途中で串焼きを買い食いしたからか、すぐにでもしっかりとした昼ごはんを食べたいような腹具合には、二人ともなっていなかった。

 朝市で買った生鮮食品がもう少しで届くだろうとのスティラの話だったため、荷物が届くまでみことはスティラから護符作りについて話を聞くこととなった。いわゆる座学というやつである。


「まず紙ね。いい紙じゃないと規模の大きい術とか、質の高い術は使えないんだ。今朝、紙に彩気を閉じ込めるって話をしたと思うけど、どれだけたくさんの彩気を流しても大丈夫かってところが、まず紙の質の一番大事なところね」


 スティラはみことがベルからもらった「練習用の紙」を袋から一枚取り出した。


「これはホントに練習用だから、アタシが例えば、うーん、結構強く……半分くらい? の力で彩気を込めたら多分ダメになると思う。ちょっと待ってて」


 “結構強い”が半分なのかとみことは思わずにいられなかった。しかも、半分でもかなり多めに言っていそうな雰囲気だったので、実際は三割程度でもスティラの想定している通りになるのかもしれなかった。

 スティラは研究室の札がかかった部屋に入り、そしてすぐに戻ってきた。手にはボディが真紅のペンと、燃えるように赤いインクがあった。


「これはアタシが持ってる中で相当いいペンとインクなんだけど」


 ペンをインクに浸し、スティラは何かの紋様を「練習用の紙」に書き付け始めた。


「あっ……!?」


 書きつけられた紋様が、書いたそばからどんどんと焦げていくではないか。赤いインクであることを考えると、こげ茶色になった紋様は明らかにインクの地の色ではない。みことはその光景に目を丸くした。


「これが紙が彩気に耐えられてない状態ね。アタシは今、火属性の彩気を流したから焦げたけど、例えば水属性だと紙がびっちゃびちゃになったりするかな。この紙が練習用にいいのはね、彩気が少ない人は紋様を描く練習とか、字を書く練習に使えるし、彩気が多い人は彩気を出す量をコントロールする練習に使えるからなんだ。使いたい術によって必要な彩気の量も違うから。肉焼くのに火花しか出なかったり、逆に家が燃えるくらいの火力があったりしたら困るでしょ? 適材適所でやらないといけないんだよね」


 護符の作成者は水源、紙はタンクの役割のようだ、とみことは思った。彩気という水をタンクに注入しすぎれば溢れてしまう。そして、ろうそくの火を消すのに、バケツいっぱいの水はいらない、ということなのだと解釈した。


「彩気をどれくらい出すかは、自分でコントロールできたほうがいいよ。使うペンとかインクでも多少は絞ったり、水増ししたりできるけど、ペン自体も多すぎる彩気を通すと割れて壊れることもあるから。コントロールに関しては練習がいるけど、ルルちゃんに言えばコントロール練習用のペンも出してくれると思う」

「かきかた鉛筆みたいな……?」

「かきかた?」


 みことがおにぎり型の鉛筆の話をしようとしたところで、スティラの家の呼び鈴がカランコロンと鳴った。表に小さいベルがぶら下がっており、訪問者はそれを鳴らす仕組みだ。

 スティラがドアを開けると、青果店の制服を着た若い配達員と、今朝頼んだ大荷物があった。配達員は息を切らしながら、大汗をかいている。


「あれ、荷物だけ飛ばしてくれりゃよかったのに!」

「いや、あの、今日は、あれだけの、荷物を、飛ばせる術者が、いなくて」

「それは大変だったね、これで一杯飲んで帰りなよ」


 スティラは配達員にチップのようなものを渡した。具体的にいくらになるのかは当然みことにはわからなかったが、配達員のこんなにもらえないと焦る様子を見るに、相場よりも多くの金を渡したのはわかった。


「いいのいいの、どーせたちの悪い先輩とかに押しつけられちゃったんでしょ? 飲まなきゃやってらんないよ、そんな日は。荷物、あとはアタシが運ぶからもう帰っていいよ。ご苦労さん」


 配達員はお礼を言って、少し足取りを軽くして去っていった。スティラはそれを見送ると、大荷物をこともなげに持ち上げ、どんどん家の中に運び込んでいく。どうも宅配を頼んだのはかさばるからというだけで、重いからというわけではなかったようだ。


「手伝います!」

「そしたらその緑の袋の中のものを、扉のついた棚の中に入れてくれる?」

「はい」


 スティラに指さされた棚の扉を開けると、ひんやりとした空気が漂ってきた。棚のなかには一枚、青い光を放つ護符が貼られている。


「冷蔵庫!」

「れいぞうこ、前に一緒に飲んだキャスタウェイもおんなじこと言ってたなあ。ミコトの世界ではそう言うの?」

「ええ、ただ、私の世界では電気……雷の弱いバージョンみたいなものを使うんですけど」

「うわー、想像つかないや。雷は確かに膨大なエネルギーだけど、膨大すぎてそのエネルギーを家具に使う発想にはならないなあ。ミコトも見たと思うけど、ものを冷やしたかったら水属性の護符があればいいからね。戦闘用で繰り出す人はたまにいるけど」


 みことは何となく感づいてはいたが、この世界では電気がエネルギーの主流ではないようだ。しかしながら、護符術によって家電に準ずるものは存在していて、それはそれで面白いなと思うのだった。

 届けられた荷物をあらかたしまい終わり、二人は昼ご飯の支度をすることにした。みことはスティラに言われたとおりに野菜類を包丁できざみ、スティラはそれを受け取りながら鍋の番をしている。


「護符って、模様とか文字が書いてあるみたいですけど、何を書いたらどうなるみたいなルールってあるんですか?」

「うーん、文字はやりたいことをそのまま書いて、紋様はそのやりたいことのイメージに近い形や線を描くのがルールっていうか定石みたいな感じだね。複数属性の複合術を使うときは、紋様側の方が結構大変かも。バランスとか、形が悪いと、思ったような術にならなかったり、そもそも不発だったり、とにかく失敗すんだよね」

「さっきのルルちゃんの話だと、大転移術って六属性複合ってことになりませんか……?」

「確かに……その線が濃いね。ルルちゃんも言ってたけど、フツーは得意属性が三つまでだから、三属性複合までしかみんなやらないし練習しない。というか、そもそも二属性複合ですら難しいからやりたがらない護符職人がほとんどだよ。それになまじ作れたとて、術者側も二属性とか三属性の彩気を同時にコントロール、出力ってなるとうまくやれるのは、うーん、アタシの知り合い……両手の指で足りるくらいしか人数がいないかも」


 聞けば聞くほど、大転移術の実行があまりに困難であることがわかってくる。二属性ですら難しいとされているのに、すべてを統合する紋様などありえるのだろうか。さらに、自身の彩気を扱う技術についても、相当苦しいものがありそうだ。しかしながら、机上の空論ではなく、実際に術が発動した過去があるのだから、まったくの不可能ではない。ほんのちょっとでも可能性があるのなら、それに向かって努力しようと、みことは気持ちを新たにした。


「でも、燃えてくるね。アタシは水がからっきしなんだけど、論理だけならちゃんと勉強してるし、研究もしてる。だから実際に水属性の術を使えなくても、知ってることは教えられるはずだよ。六属性の術の研究なんて、使える人がいない術はどうしても後回しになっちゃうけど……今、こうやってチャンスがきたからね。一緒にやろうよ、大転移術をさ」

「……はい!」


 話が切りの良いところまで来て、ちょうど料理が出来上がった。昼食をとった後、みことの初めての護符作りをやろうということになった。

 食事を済ませた二人は研究室に移動した。スティラはインクと、練習用の紙を作業台に置き、みことを作業台そばの椅子に座らせた。


「……さて! ルルちゃんにもらったペンはある?」

「はい、ここに」

「よし。この赤いインクは火属性用のインクね。火属性の彩気だけを通してくれるんだ。特定の属性だけ彩気を出すやり方は術を使うときに教えるね。とりあえず、これで、今はミコトの世界の文字でいいから、火を表す文字と、火っぽい模様、絵でもいいから書いてみてくれる? あと、アタシも使ってみたいから二枚書いて」

「やってみます」


 みことは「火」と書き、まわりに火の絵文字のようなマークを書き付けた。絵は得意でも不得意でもないという自認だったが、これが正しいのかは正直わからなかった。ただ、先ほどのスティラの話では堅いルールは無さそうだったので、一旦これで良しとすることにした。


「ミコトの世界の火の表現はこんな感じなんだね! この絵めっちゃいい、かわいい! 商業用の護符だと、見た目も大事だから。じゃ、さっそく使いに行ってみよ」

「え、これだけでいいんですか?」

「うん。これで火の彩気を乗せれば術が出るよ。どのくらいの威力か分からないから、外でやろう。万が一があるからね」


 二人は外の水場近くに、作った護符を持って出た。スティラが水属性の術が得意でないため、何かあったときに念のためすぐに水が使えるようにとのことだった。


「火属性の彩気は、自分の体温を指先に集めて、それがだんだん熱くなっていくのをイメージするの。そして、その熱が護符自身を燃やしていくようなイメージで護符に渡すといいよ。感覚の微妙な違いはあるけど、だいたいこれでうまくいくと思う。護符を持った手は前に伸ばしてね」


 みことは言われたとおりに護符を持った手を前に出し、自分の熱が集まっていくさまをイメージした。ほんのり指先が温かくなってきたような気がする。しかしながら、見た目には何も起きない。やはり彩気が少ないことと関係あるのだろうか――みことが護符を持っていない方の手で護符を触ろうとした瞬間、スティラが飛んできてその手を払い除けた。


「あぶな! 見た目に見えなくても術は出てるときがあるから。先に言っておかないとダメだった。ビックリさせてごめんね。多分術は出てるよ。護符に手を近づけてみて」


 みことがそっと護符に手を近づけると、火は出ないまでも護符がかなりの高温になっていることがわかった。発火までの温度が低いものに投入すれば火がつきそうだし、ベーコンスライスくらいなら焼けるかもしれなかった。


「熱くなってる!」

「護符から熱を発せられるのは、立派な術だよ。護符を持ってる手が無事なのは、彩気自身が防護してくれてるからで、きれいに彩気が出せてる証拠でもあるんだ。ミコト、彩気のコントロールめちゃくちゃ筋がいいよ。やっぱご飯食べて寝て、筋トレだね」


 やっぱりそれなのか、とみことは思わなくもなかったが、まずは初めての護符作りと、術の発動がうまくいったことを素直に喜んだ。


「ちなみにアタシがおんなじ護符使うとこうね」


 スティラが護符に彩気を込めると、護符から火柱が立ち上り、あっという間に護符が燃え尽きてしまった。


「ありゃ。だいぶ絞ったのにな」

「ホントに、ご飯食べて寝て、筋トレしたらこうなります?」

「もちろん! 術の規模が大きければ大きいほど体力も彩気も必要なんだから! ちなみにアタシのルーティンだと、ご飯のあとは軽く筋トレなんだけど、疲れてるだろうしストレッチして昼寝しよ。んで、起きたら軽く運動して、飲みに行こうよ! アタシの仲間たちにミコトを紹介しなくっちゃ」


 スティラとの術の威力の差をみことは思い知ったが、まずは努力の余地があることが分かってよかったとも思えた。

 しかしながら、今日だけでベルノとルルちゃんというかなり濃いキャラの人物に二人も出会っているというのに、さらに人が増えるようだ。そしてスティラの仲間となれば、当然濃いキャラクターであることは想像に難くなかった。

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