三本のペンから好きなペンを選ぶがよい
一本目は透き通った軸が目を引く、ガラスのような素材で作られたペンだった。スティラの家で使用したものと質感が似ている。
「これはね、彩気を素直に通すから、自分の彩気がペンとインクを伝わって、紙に染みていくのがよくわかっていいペンなんだ。彩気の流れをつかむのって基礎みたいな感じだから、護符作りするならけっこー大事」
ふむふむ、と頷きながらみことは話を聞く。みこと自身には今は彩気があまりないようだが、彩気が多量にあったとしても、紙にうまく乗らなければ大した術にはならないということなのだろうと得心した。
二本目は軸に温かみのある木目があり、銀色のペン先に少し細かな溝が掘られているペンだ。Gペンに似た雰囲気が感じられる。
「護符作り初心者さんがやりがちなのが、ペン先をインクでびたびたにしちゃうことなんだよねー。でもこのペンは、この溝の部分でインクの量をいい感じに調節してくれんの。紙にちょうどいいインクの量がどのくらい、っていう基礎が分かりやすくなるから、こっちもオススメ。彩気の通りは一本目のがいいかな」
スティラが使用していた護符には、細かな紋様も描かれていたことをみことは思い出す。そうすると、ペンに付着するインクが多くても少なくてもいけないのだろう。みことはすでに一本目と二本目のペンが両方欲しくなっていた。
三本目は、暗めのワインレッドの軸が目を引くペンだった。他のペンの軸は真っ直ぐだが、このペンは少し凹凸があり、握るのにちょうどよさそうだ。ペン先は真鍮のような光沢があり、鈍く光っている。
「これはね、ずーっと握ってても疲れにくいペンなんだー。売り物の護符ってまあまあ量作るし、疲れちゃうと精度も悪くなるから、疲れにくいのって実は大事なんだよね。スティラはさあ、体力オバケだからこんなこと気にしなくてもいーけど、みこちは体力フツーっぽいし。たくさん作って練習したいならこれかな。じゃ、どれにする?」
ルルちゃんはワクワクした表情でみことを見ている。みこととしては三本とも欲しい気持ちでいっぱいだったが、有名なゲームでも最初は三匹から一匹を選んでスタートするのだから、ここは一本に絞って購入し、自力でお金を稼いでから他のペンを買おうと思い直した。
「あの、この三つのペンって試し書きできますか?」
「もち! 書き心地も大事だもんねー。ぬるぬるが好きな人も、ゴリゴリが好きな人もいるからね」
カウンターから紙とインクが取り出された。みことは一本目のガラスのような軸のペンを握った。ひんやりとした感覚は、やはりガラスのそれに近い。ペン先をインクに浸し、余分なインクをインク壺に少し落としてから、自分の名前を紙に書いてみた。ペンは滑らかに紙の上を滑っていく。
「いい感じです! このするするーっと滑ってく感じ、ガラスペンみたいでいいですね! ちょっと軸が細い……かな?」
「そっか、みこちはもうちょいしっかりさんがお好みね。りょーかい。他の二本もどーぞ」
「そうしたら次はこっちを」
みことは二本目のペンを手に取った。木目のある軸は、一本目のガラスのようなペンとは異なる手触りと、木ならではの温かみが感じられる。インクにペン先を浸すと、インクが溝に入り込んでいき、おしゃれな模様のようになった。こういったギミックのあるペンは、みことも相当好きであり、二本目のペンを買おうかと、すでにみことの気持ちは傾いていた。
「インクに浸すと溝の模様で印象変わりますね! 色んなインク試したくなっちゃう」
「うんうん、このタイプのペンは他にもあるから、護符作りに慣れたら本数増やすのもアリだよー」
さて書き心地はどうかと、みことは試し書きをする。金属のペン先ならではのカリカリとした手応えがあり、「書いている」という感覚を味わうにはうってつけだった。
「うーん、これにしちゃおうかなあ……でも三本目も試させてください!」
「うん、せっかくだもんね。こっちも握り心地はサイコーだから!」
三本目のペンをみことは手に取った。そのペンは初めて握ったとは思えないくらい、みことの手に馴染み、みことの手持ちのペン――初めて買った万年筆を握っているような感覚さえあった。自分のペンケースに入れておいた万年筆が、姿を変えてここに来てしまったんじゃないかとまで思う。ある意味恐ろしさを感じたが、勇気を持ってみことはペン先をインクに浸し、試し書きを進めた。……書き心地まで酷似している。
初めて買った万年筆は、そんなに値が張ったものではなかったが、社会人一年目で給料もそんなに多くない中で購入し、ずっと仕事でも使い続けている一本だ。
みことはこちらの世界に来てから、珍しいペンやインク、護符術に気を取られていたが、途端に元の世界に置いてきた筆記具たちの様子が気になってきてしまった。数百円程度のボールペンなどはインクが固まって使えなくなってしまっても、五千歩譲って諦めがつくが、先日支給されたボーナスをはたいて買った、蒔絵入りの万年筆が使えなくなってしまっていたらかなり辛い。辛いで済んだらまだ良いかもしれない。
さらに、翌日足を運ぼうとしていた文具フェスでは、仕事で使えそうな新作の蛍光ペンやボールペンが発表されるとの情報や、好きなガラスペン作家が直接参加するとの情報もあり、みことはそれらを絶対に見て回るぞと意気込んでいたのだった。
この世界と元の世界の時間のバランスがどうなっているのか、みことには知る由もなかったが、やはり元の世界に戻る方法は探さなくてはならないと、みことは強く決心した。
「ルルちゃん、私、この三本目にします」
「あら、みこち雰囲気変わったね。どーかした?」
「実は……」
みことはスティラとルルちゃんに、手に取ったペンが自前のものに使い心地が酷似していたこと、置いてきた筆記具たちが気がかりなこと、できれば元の世界に戻れる方法があれば戻りたいことを話した。
「んー、まあそりゃそうか。元の世界がどうなのかよくわかんないけど、親御さんとかも心配してるかもしんないもんね」
「あーしさ、おばあから世界をわたる大転移術の話聞いたことあんだけど、ちょっとおとぎ話すぎてあんまよく覚えてないんだよね。さっきの素材の話もあるし、一緒に訊いとくよ。でもおばあもおばあのおばあの受け売りのはずだかんねー……」
寿命が数百年の種族の、おばあさんのおばあさん。平均寿命八十年の種族であるみことからすると、とんでもない話だった。
「それでも、ちょっとでも可能性あるなら、それにかけたいです」
「おっけ。じゃあきいとくね。…………あ! いっこ思い出した! 確かね、全属性書けないといけないんだよ。大転移術に使う護符作りたかったら。フツー得意属性は三つじゃん? だからそんな人いるわけないわって思っちゃったんだよね。努力して全属性それなりな人はいるけど、それでもちゃんと凹凸はあるからさ」
「……とすると、ミコトはチャンスありだよ。ベルが見て、全属性平たいって言ってたんだから」
「ベルがそう言ってたん? そしたらホントにチャンスアリなやつ。多分書き切るのにすんごい彩気も必要だし、彩気のコントロールとか、護符の紋様を正確に描くとか、その他もろもろ必要だと思う。今、みこちにできるのは、色んな属性の色んな護符を作れるように、がんばって練習することかな」
「よーし! そうと決まったらアタシんちに帰って、早速護符作りの練習をしようよ。火属性ならアタシに任せて!」
知らない世界の中で、みことは改めて人に恵まれたと感じた。見ず知らずの人にここまで親切にしてくれるなんて――。そう思うと、みことの目からはぽろりと涙がこぼれた。
「ミコト!? 大丈夫!?」
「こんな、親切にしてもらえて、ありがたくて……」
「あはは。急にこんなとこ来てさ、スティラがついてるとはいえ不安だよね。うんうん。悪い人は……うーん、いるっちゃいるんだけど、基本的にはみんないい人だから。もちろん、あーしもね」
ルルちゃんはそう言ってみことにウインクを投げた。みこともつられて笑みがこぼれ、袖で涙をぬぐう。
「んじゃ、みこちにはこのペン、あげるね。二本目以降のペンがほしくなったら、あーしのとこ来てね!」
「いいんですか!?」
「うん。あーしね、最初の一本はあげることにしてんの。とーしってやつ? それじゃ、ほかのことはもう少し経ったらまた来てね」
みことはルルちゃんからペンを受け取った。ばいばーい、とルルちゃんに手を振られながら、みこととスティラは店を後にする。
これまでの会話で、二つの疑問がみことの頭に思い浮かんだ。まず、ここに来た手段についてだ。どうやら大転移術とやらはかなり大がかりで、発動できる人がそもそもいるのかが怪しそうである。もう一つは、ここに来た理由だ。スティラもルルちゃんも知らない、大転移術が使える人がいたとして、わざわざみことを呼び寄せた理由は?
帰路につきながらも、みことはそのことを考えていたが、当然答えは出そうになかった。




