ウサギ、のち、ルルちゃん
衛兵たちとひととおり話を終えたスティラが、みことたちのもとに戻ってきた。
「いやー、もうやんなっちゃうよ。ただ買い物に来ただけで調書やらなんやら、めんどくさいったらありゃしない。ごめん、ベル、また今度ゆっくり見させて」
「おう、おう。せっかく朝市に来たのに、見られたものがスティラの大捕物だけじゃあつまらねえもんな」
「えっ、そんなことは」
元の世界であれば、泥棒をふん縛って捕まえるなんてしょっちゅうあるものではなく、みこととしてはつまらなくはなかったのだが、確かに練習用のペンを買うような話もしていたし、あちらこちらから食欲をそそる良い匂いも漂ってきている。ここまで来るのによく歩き、慣れない事務手続きで頭を使ったからか、みことは小腹が空いてきていた。
「少しお腹が空いてきたかも……?」
「確かに。ごはん系のお店も本格稼働し始めたみたいだし、食べ歩きながら色んなもの見よ!」
じゃあ、と二人はベルノに手を振って別れた。ベルノの気をつけてな! という声を背にしながら、再び朝市へと足を進めていく。
朝市に並ぶ食材は、みことには目新しいものばかりであった。キテレツな色の食材が並んでいる……ということはなく、形こそ見慣れないが、味さえわかれば口にできそうだ。外国を旅するテレビ番組で見た、異国のマーケットがこんな感じだったなあ、とみことは思った。
「お、ウィングラビットの串焼きだ! 一本もらってこ、ちょっと食べるのにちょうどいいからさ」
おっちゃん、串焼き二本ね、とスティラは串焼き屋台の店主に注文をした。ラビット、というからにはウサギに違いない。食文化は南米よりなのだろうか、などとみことが考えていると、串焼きを手にしたスティラが戻ってきた。
「はい、熱いから気をつけて」
「ありがとうございます、お代……」
「ああ、そんなのこれから返してくれりゃいいし、ってか今日はアタシのおごりでいいよ。昨日今日ここに来たばっかの人から金取れないって」
この姉御肌なところが、スティラが街の人たちに慕われている理由なのかもしれない、とぼんやり思いながら、みことは串を受け取った。見た目は焼き鳥のようで、香ばしい匂いがみことの鼻をくすぐった。
スティラがおいしそうに肉をほおばっているのを見て、みこともぱくりと肉にかじりついた。味はほとんど鶏肉で、胸肉のような淡白さがありながらも、しっかり噛むと旨味が舌に染みわたる。肉にかかっていた調味料は塩気と少々の辛味があり、肉の味とうまくマッチしていた。
「おいしい! 噛めば噛むほど味が出てくる」
「そうなんだよ、しかも値段もそんなにしなくて、いい酒のつまみになるんだよね」
今朝スティラが作ってくれた料理もそうであったが、この世界の食事が自分の舌と合っていてくれたことに、みことは安堵していた。もし人が親切であっても、食が苦になると住むのは難しくなってしまう。以前、みことが海外旅行に行った時に、どうしても受け付けない料理があったりしたが、少なくともこの地域ではそんなことはなさそうだった。
「ふいー、ごちそうさん。お腹も少し満たされたことだし、食材を買って、ペンを見て帰ろうか。お腹空いてる状態で買い物するとさ、買いすぎちゃうでしょ?」
みことは確かに、と頷いた。空腹で買い物に行って、つい買いすぎて、冷蔵庫の中でしなびた野菜を作ってしまったことが思い出された。
屋台に備え付けられたゴミ箱に串を捨て、スティラが歩き出した。みこともそれにならい、串を捨ててついていく。
スティラが次に立ち止まったのは青果の露店の前だった。あれとこれと、といったように、どんどん品物を注文していく。さっき買いすぎないようにしたいという話があったはずでは、とみことの頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。そして、持ちきれるのだろうか、このあとペンも見るという話だったけれども、冷蔵庫(あるのか?)に早く入れなくていいのかという心配もあったが、店員とスティラの会話を聞いていると、どうやら宅配サービスのようなものがあり、それでまとめて届けてもらうようだ。風の術があまり得意でないとこぼしていたスティラですら、料理が載った皿数枚を浮かすことができるのだから、得意な人がやれば風に乗せて荷物を届けることもできるのかもしれないと、みことは考えていた。
「では、後ほどお届けさせていただきますー、ありがとうございましたー!」
「はーい、頼んだよー。……よし、行こっか。いやー、やっぱり少し買いすぎた気もするよね。二人分の食料をどんだけ買えばいいかよくわかんなくてさ」
「スティラさんって結構食べる方ですか?」
「うーん、普通の女の人よりは食べると思うけど、みことは?」
「わたしは普通だと思うんですけど……でも、普通がわかんないっていうか」
「それもそっか。朝ぐらいはいつも食べる?」
「そうですね、あれぐらいなら」
「そうしたらもう少し作るようにするわ! ちょっと朝足りないなと思ってたからさ」
スティラは今朝の食事を作りすぎたと言っていたが、そのくせ料理の三分の二を食べたのはスティラだった。それでみことにはちょうど良い量だったのだが。
「さて、いいペンがあるといいね」
スティラが立ち止まったのは、「ルルちゃんのおみせ♡」と書かれた看板のかかった建物の前だ。字はピンクで書かれている上に、リボンや光る石などの装飾でゴテゴテと飾り付けられている。その派手さは、一昔前に流行っていた、ラインストーンで飾り付けられた携帯電話を思い出させるものだった。
「このお店であってます!?」
「あってるよ。初めて護符用のペン買うならルルちゃんとこ以外ないから」
スティラはためらいなく建物のドアを開けて入っていく。みことも少し遅れてスティラに続いた。
「スティラじゃーん。あれ? 後ろの女のコは?」
店のカウンターに出てきたのは、ピンク色の髪にキラキラとしたヘアピンが輝く女性だった。長い耳が特徴的だが、そこにピアスがいくつも連なっている。みことと同じくらいの歳だろうか。髪色よりも少しピンク色のオーバーサイズなサロペットを着こなしている。端的に言ってしまえば、ギャルファッションだった。
「白野みことです。スティラさんのところにお世話になることになりました」
「みこち、ね。オッケー。あれ? ミコトが名前だよね?」
「あ、そうです。あってます」
現実世界でも呼ばれたことのないあだ名を早速つけられてしまったが、みことは悪い気がしなかった。その単語を発する人物が、あまりにもそれらしかったからだろうか。
「あーしのことはルルちゃんって呼んでね。ところでスティラー、やっと弟子を取る気になったんだー?」
「弟子? そんなつもりは……あ、いや、そういうことになるか。じゃあ、そう。弟子」
「いいじゃーん。みこち、筋トレがんばってー。そったら、ペン買いに来たって感じ?」
「そう。あと、ペン軸に使えるかもしれない素材をベルにもらったから、ちょっと見てほしいな」
「おっけーい。ペンは時間がかかるかもしんないから、先に素材の方見せて」
みことは抱えていた紙袋から、例の石を取り出してルルちゃんに渡した。ルルちゃんは胸元のポケットからルーペを取り出すと、ルーペを使いながら石を眺め始めた。
「んー? これどこで手に入れたって?」
「城裏の採掘場だって。でもこんなの出てきたのは初めてだって言ってた。あと、加工方法もよく分かんないらしい。だからルルちゃんとこ持ってきたんだけど……」
「持ってきてもらって悪いんだけど、これすぐにはわかんないわ! ごめん!」
「えっ、ルルちゃんでもわかんないってことあんだ」
「あるよー。だってまだ三百年? くらいしか生きてないもん」
「ええっ!」
みことはルルちゃんが自分と同い年くらいに見えていたが、みことの十倍以上歳をとっていると知り、驚愕する。ファンタジーの世界では長命の種族がいるというのは定番だが、まさか本物を自分がお目にかかろうとは思っていなかった。
「同い年くらいかと思ってました」
「あー。あーしの種族は長命だからねー。ちなみにみこちはいくつなん?」
「二十四です」
「赤ちゃんじゃん!! ひえー。じゃあ一番いいペン選んであげなきゃ。……素材だけど、これは里行きだね。あーしの故郷の里に送ってみる。あーしよりも長生きの人まあまあいるから、知ってる人がいたらラッキーって感じ。ちょっと時間もらって良い? あ、百年とか言わないから安心して。来週くらいにはそれが何か、わかるかわかんないかわかるかなー。わかんないってなっちゃうと、解析作業が必要になるから、もすこしかかっちゃうね。まあ、気長に待ってて」
謎の石は一旦ルルちゃんの預かりとなった。少し重量があったので、みこととしては持ち歩く時間が減って少し助かったところがあった。
「次はペンだねー。得意属性とかある?」
ルルちゃんは棚をがさごそと漁りながら、みことに尋ねた。
「実は、まだわかんなくて」
「お。じゃあ不得意もなさそーってことじゃん。いいねー。ぜーんぶ得意です! って言っちゃったらいいよー」
数百年も生きていると、みことのように得意属性が平たい人も何人か見てきたことがあるのか、ルルちゃんは特に動じた様子も見せず、みことに前向きな言葉をかけた。それが何となく、みことにとっては嬉しかった。
「その、せっかくなので、全属性できるようになりたいんです」
「お? さらにいいねー。あれ? でもそしたらスティラは風はさておき、水と闇はどうすんの? あんま得意じゃないっしょ」
「そうなんだよね。ミコトがやる気になってくれてるから、アタシなんかよりいい師匠をつけたいんだけど、ちょっと考え中」
「あーしも水はいいけど闇がねー。ま、水が見つかんなかったら言って」
「いやいや。ルルちゃん忙しいでしょ。最終手段ってことにさせて」
「ん、覚えとく。さってと、ペン用意できたよん」
店のカウンターに並べられたのは三つのペンだった。




