スティラの正体
二人が役所を出ると、朝市は活気を増していた。行きがけに横を通った時よりも人が多くなっており、準備中の札がかかっていた店が開店している。食材、日用品などさまざまなものが売られているが、やはりみことの目を引くのは護符を作るための素材の数々だ。
「さてと、護符を作るには最低限ペンと紙とインクがいるわけだけど、ペンは相性があるから他の専門店で見るとして、インクと紙をみよっか。今の時間ならベルのとこもやってると思う」
ベルという名前を聞くと、思い出されるのは美女と野獣の美女の方だ。スティラも整った顔立ちであるからして、類は友を呼ぶとの言葉どおりなのかもしれない、そんなことをみことは思いつつ、いやいや、名前の響きだけで美女かもしれないと外見のことを考えるのは失礼かと思い直した。
たどり着いたのは朝市の端のほうに佇む店であった。露店の屋根部分には「素材屋」と大きくかいてあったが、他の店に比べると華やかさはなく、商売っ気ももちろんなさそうであった。
そして、店に立っていた人物を一目見て、みことは名前だけで外見を想像するのは良くない、と思い直したことについて、結果的に正解であったことがわかった。
「スティラ! 朝市に来んのは久しぶりじゃねえか!?」
ガッハッハ、と笑う、ヒゲをしっかりとたくわえた大柄で筋骨隆々の男が、先ほどの話の「ベル」であった。本名をベルノ・カグラというが、仲間内からはスティラが呼ぶように「ベル」と呼ばれているとのことだった。スティラも高身長ではあるものの、ベルノも相当に背が高く、露店の天井にアフロ状の髪の毛が触れてしまっている。
「アタシもたまには市場を見とかないとね。……とかいって、ホントは別の用事があって早起きしないといけなかったんだけど」
「用事って、そこの嬢ちゃん絡みか? ……まさかキャスタウェイなのか?」
みことは小さく頷いた。ベルノはにやりと笑い、なるほどなるほど、と言いながら、カウンターの後ろの箱の中身をドカドカとひっくり返し始めた。紙、石、ビン、何かの塊、とにかくガラクタかそうでないか見分けのつかないものがどんどん積み上がっていく。
「嬢ちゃん! 名前は!」
「みことです!」
「ミコトか! 得意属性は!?」
「そ、それが、わかんなくて」
「何だとぉ!!!???」
ベルノは箱を漁る手を止め、みことに一瞥くれてから、スティラの方を見た。
「住民登録は」
「もちろんやった。だからこんな端っこまで来てゆっくりしてるんじゃん」
「それもそうか。だが得意属性がわかんねえってのは……」
「全部同じくらいの薄さで紙が染まってたから、多分彩気がまだ十分に出てないと思うんだけど」
「それでも濃淡くらいは出るもんだがな、お前んところのペンと紙はどうだったんだ?」
「それがさ、これだよ」
スティラはズボンのポケットから紙を取り出した。みことがスティラの家で得意属性判別をしたときの紙だった。ベルノはその紙を受け取ると、まじまじと見つめたり、光に透かしたりと、家でのスティラの行動とほとんど同じ行動をとって、最後にすん、と鼻を鳴らした。
「確かに……筆のニオイがしねえな。赤ん坊よりもニオイがねえ」
「うわ、ベルにそう言われるならホントにそうかあ。素材が合わないとか、そっち系の望みにかけてたんだけどな」
「だが、この素材でこの発色は見たことがねえぞ。わずかでも強い色と弱い色の偏りがあれば、俺は見逃さねえ。だが、ここまで均一となると――」
ベルノはまたガッハッハ、と一笑いしてから、みことを真剣な目で見ながら、言った。
「ミコト、まだ可能性の域を出ねえ話だが、お前は全属性得意になれるかもしれねえ」
みことはこれまでの話や出来事を思い出す。基本的に得意属性の判定をする場合、基本的に色の濃淡で判定されていた。だが、それが均一ということは、全属性同等に扱えるということなのではないか。そして、色が薄い理由が、彩気が足りない――RPGでいうところのMPがない状態だということ。スティラの口ぶりでは、このMPは規則正しい生活とトレーニングで増やせるらしい。となると、ベルノのいう可能性にかけるのは、案外、分が悪くないベットなのかもしれない。そう思えば、この世界での生活に、かなり希望が見えた気がした。
「スティラさん、トレーニングをすれば、彩気が出るようになるって言ってましたよね!」
「もちろん! まあまずはミコトはご飯と寝るのをしっかりしたほうがいいけど」
「彩気が出るようになって、もし全属性得意になったら、すごい護符もたくさん作れたりしますか!?」
「何をもってすごいっていうかって感じだけど、彩気が出てるだけじゃいい護符は作れなくて、コントロールとか、文字紋様の緻密さとかも要求されるから、それは練習かな」
やはり、「異世界転生即チート級能力取得! 無双!」とはならないか、とみことは少し肩を落とすが、RPGのレベル上げのようなものだと気を取り直した。
そして、「護符職人」という職業は、みことの思った通り、多くの筆記用具を扱うのだとわかり、文房具オタクのみこととしては、早くいろんな筆記用具を使って護符を作ってみたいという気持ちが湧き上がっていた。
「全属性やりてえなんて、威勢が良くていいじゃねえか! よし、役に立つもんと立たないもんどっちもやるよ」
ベルノはみことに紙袋を二つ、手渡した。みことは片方の袋を開け、中を見ると、お札大の紙の束が入っていた。スティラも紙袋をのぞき込む。
「練習用にいい紙じゃん。ありがと、お代は?」
「今日はいい。お近づきのしるしに……ってやつだ」
「ありがとうございます、ベルノさん」
みことはお礼を言いつつ、もう一つの紙袋の中を見た。白い石のようなものが入っており、その石は層があって、ところどころ透明感がある。陽の光が紙袋に差し込むと、その透明感のある部分が、少しだけ虹色に光ったような気がした。
「何これ? どの素材? 見たことない石だけど」
「正直、わからん。おそらくペン軸には使えると思うんだが。毒とか呪いとかないってのは念のため鑑定してもらって分かってる、しっかし加工のしかたがわかんねえんだ。割れちまったら勿体ねえし。でも、さっきの紙を見たら、この色味に似た素材があったって思い出してよ――俺が持ってても使わねえし、買うやつはいねえだろうし、それもやる」
「ちなみに、どこで見つけたの? この石」
「城裏の山の採掘場だ。こんなん出たのは初めてだけどな」
ふーん、とスティラは考えたようだったが、ありがたくもらっておこう、という結論に至った。みことは再びベルノにお礼を言った。
「良いってことよ。護符づくり頑張れよ。ま、その点は心配ねえぜ、なんてったって「ドロボーーーー!!!!!」
ベルノの話を途中で遮ったのは、賑わう朝市から聞こえた物騒な叫び声だった。明らかに追いかけられている男が、こちらにすごい速さで近づいてくる。おおよそ人間の出せるスピードではなく、オートバイくらいの速さはありそうだった。
「ありゃ風をやってんな。急に出されたら面食らっちまうのは分かるが、衛兵は何やってんだ?」
「何やってるも何も、追いかけてるんでしょ、ただの足でさ」
スティラは自身の腰のホルスターから、また一枚護符を抜き取った。今度は橙色のインクで紋様が描かれている。護符は逃げる泥棒の進路上に、ひょいと投げられた。
泥棒はみことたちの前を通り過ぎたが、その数十センチ先――ちょうど、スティラが投げた護符のある辺りで、何かにつまづいたかのようにつんのめり、派手に転んでしまった。
護符のある場所をよく見ると、先ほどまで平らだった地面がわずかに隆起している。どうもこれにつまずいたということのようだ。
さらに畳み掛けるように、転んだ男の周りの土が盛り上がったかと思えば、男の上につぎつぎと覆いかぶさっていく。いくらもしないうちに、男はリゾートビーチで砂浜に埋まっている人のごとく、頭と首だけが外に出ている形となってしまった。男はもがいているが、土はすっかり固くなってしまっているようで、びくともしない。
「人さらい対策に持ってったやつが役に立ったね」
スティラは男のそばにつかつかと近づいていく。
「あのさー、アタシのこと見えなかった? アタシの姿見ても悪さしようっての、そういないはずなんだけど」
「お前、まさか――スティラ・バルサスか!?」
男の言葉を聞いた瞬間、スティラは明らかに殺気を放ち始めた。これまでは、闘魂! 燃える女! といった雰囲気がぴったりだったが、今は空気が氷のように冷たく、突き刺さってくるような感覚さえ覚える。
まずいな、とベルノがこぼしたのを、みことは聞き逃さなかった。
「おい――アタシはな」
爆発するような音と共に、地面が揺れた。音の発生源はスティラの右足だ。状況からするに、男の顔の真横に足を振り下ろしたようだ。足が振り下ろされた箇所は、スティラの足の形にべっこりとへこんでいる。
「その名字、いかついから嫌いなんだ――死にたくなかったら覚えとけ」
スティラの右足が再度炸裂するか、というところで、スティラは動きを止めた。男は気絶して、すっかりのびてしまっている。そうこうしているうちに、男を追いかけていた衛兵たちもわらわらとやってきた。
「あっ! スティラさん! なぜここへ!」
「なぜって。買い物に来ただけだよ。ミコトー!? 怖がらせてごめんねー!?」
スティラはにこやかな表情でみことに手を振りながらも、衛兵たちと話をし始めた。ことの顛末を話しているようで、話が終わるまでは少し時間がかかりそうだった。
「あの、スティラさんって一体」
「おお、話の途中だったな。スティラは、国すら一目置く天才護符術者だ。彩気の扱いにかけちゃあ、右に出るものはいない――とまでは言わんが、張り合える奴を探すのは世界中でも相当難しいはずだ。あんなちっこい札で、あれだけの術を使える奴は他にはいねえ。本職はもちろん護符職人だが、職人としちゃあ変な護符しか作りたがらないのが玉に瑕だ――本人がそれでいいっつーんだから、俺は気にしてねえけどな。そんでもって、護符職人きっての肉体派。護符職人はヒョロい奴が多いが、スティラはそうじゃねえ。泥棒を拘束したのは土の術だが、あの『足踏み』の威力はスティラの自前だぞ」
先ほどのとんでもない音がした足踏みは、術の類を一切使っておらず、スティラ自身のフィジカルによるものらしい。多少履物に細工はしてあるとのことだが、その細工も術を使ったものではないと、ベルノは話していた。
あの足で蹴ったり踏まれたりしたら命はない。スティラを怒らせるのは止めよう、少なくとも面白半分で名字を呼んではいけない、みことはそう心に決めた。
しかし、国が一目置くような天才護符術者。みことは何のめぐり合わせか、とんでもない人物のところに転がり込んだようだった。




