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異世界でもめんどくさい、役所の手続き

「まあ、そのくらいでも生活向けの護符は作れると思うし、食い扶持はそれで稼いでもらうとして、とりあえず何やるにしても住民登録が必要だから街に行こう」

 住民登録。ということは役所、もしくはそれに準ずるものががあるようだ。ファンタジーながら、そういったシステムはあるのかと、みことは感心してしまった。


「今から行けばちょうど役所が開く時間に間に合うな。服と靴はアタシのを貸してあげる。ついでに買い物もしてこ、キャスタウェイの服そのままだとこの世界じゃ目立つから」


 スティラはバタバタと支度をし始めた。ミコトはこれ着て、履いて、とスティラの服と靴を投げてよこされたが、ズボンは30センチほど丈が余っていて、何回も折らないとはけたものではなかったし、靴はどうにもみことの足には大きく、靴についていたサイズ調整用のひもをぎゅうぎゅうと締めるはめになった。

「準備できたぁ!? 開いてからちょっとでも時間立つと混み始めるから早く行こー!!」

「はい! 大丈夫です!」

 スティラの大きな声がした方にみことはかけていく。そういえば、スティラは皿を宙に浮かせていた。ということは、人間も宙に浮いて役所までひとっ飛び、な術がつかえるのでは。人が空を飛ぶのはファンタジーの定番なわけであって、みことはちょっとワクワクしてはいたのだが。

「歩いて30分くらいだから、今日は歩きで行くよ」

 そのスティラのひと言に、みことはがっくりと肩を落とした。


「さっきお皿を浮かせてた術は……? あれでひとっ飛びとかではないんですね……」

「うーん、物を浮かせるのは風属性の術だから。アタシ一人なら何とかなるけど、二人は無理。アタシあんまり風は得意じゃないんだよね、得意なのは火と土と光」


 それに、とスティラはつけ足す。

「飯と睡眠不足と運動不足がたたって彩気が思うように出せない人は歩いたほうがいいって!」

 いい笑顔でそう言われると、ぐうの音も出なかった。みことはこれもトレーニングのうちか……と自分をなだめ、スティラの横についていった。

「まあ、飛んだら飛んだで目立つから。それも理由のひとつ」

 スティラはどうも先ほどから、みことが目立つことを気にしている様子で、先ほどのセリフも、少しばかり苦さがうかがえた。

 20分くらい歩くと、建物が増えてきたようにみことは感じた。どうやら街の中に入ったようだ。中心部ではないのか、人通りは少ない。住宅街の一角だろうか。

「おや、スティラじゃないか。こんな時間に珍しいね?」

 酒場の看板が出ている建物の前で、スティラは恰幅のいい男性に声をかけられた。男性が建物の前を掃除していたところを見ると、酒場のオーナーらしかった。


「ん、これから役所に行くんだよね」

「んん? 役所? もしかしてそちらのお嬢さんは……」

 男性からちらりと視線がみことに送られる。みことがぺこりと会釈すると、男性はほほ笑み返してくれた。

「そう、そう。でもさ、まだあんまり目立ちたくないから。こうして明るい裏道通ってるわけ。このコの存在を知られたら良くも悪くも欲しがるやつが出てくるから、公的にうちの子にしときたいの」

「なるほどね。まあスティラのとこなら防犯に関しては問題ないからね。気をつけて行っておいで」

「ありがと。アタシが紹介するまで他の誰にもしゃべんないどいて。常連連中になんか下手に預けらんないよ」

「わかってるよ。あいつらに話してスティラに殴られる方が危ない」

 男性は朗らかに笑った。

「それはそうかもな――役所の開く時間に間に合わないといけないから、そろそろ行くよ。また店行くから」


 じゃあ、と言って、スティラは歩き出した。みこともそれについていく。

「欲しがるやつ……?」

 人手不足はファンタジーの世界でも変わらないのだろうか。などとのんきなことを考えていたみことであったが、続く話を聞くと、みことの血の気はすっと引いていった。


「ああ。キャスタウェイはさ、よーするに身元不明なわけ。そんで、この世界の常識とか、治安の良し悪しとか知らないわけでしょ。当然知り合いもいないから、いなくなろうが何しようが心配する人もいないわけで、そうすると、詐欺を働いて身ぐるみはいだり、誘拐して奴隷にしたり、そういうのに都合がいいんだよ」


 そうだ。ここは日本ではないのだ。ファンタジーの世界なら、きっと盗賊や奴隷商や、そういう闇の世界の住人も当然いる。ものすごく強い魔物などもいるかも知れない。その中でもし死んでしまったら? 現実でも死んでしまうのか。いや、ここが現実なのか――スティラに拾われたのは、もしかしたら相当運が良かったのか。みことの頭をいろいろな考えが巡っていった。


「例えば今わたしが悪い人に誘拐されて、その人と一緒に住民登録したらどうなるんですか?」

「身元を証明する人がその悪い人になって、アタシが取り返すのは相当苦労すると思う。結構無理に近いかも」


 住民登録システムは、この世界では法的にかなり強固なもののようだった。やはり善良そうなスティラに拾われたのは運が良かったと見える。

「もうすぐ着くよ、そこのデカい門を通ってちょっと歩いたら役所だから」

 スティラが指差した先には10メートルはあろうかという門があり、その門の左右には長い壁がずっと先まで伸びている。門の向こうにはお城があり、今歩いているあたりはその城の周りの住宅街で、門をくぐると城下町だというスティラの説明だった。


「スティラ! 早いな? どうした?」

 スティラはまたも男性に声をかけられた。門の守衛だろうか。腰には剣が携えられ、軽装備なのではあろうが、鎧をまとっていた。

「あー。このコの住民登録。ちょっと静かにしといて。登録終わるまでは目立ちたくないから」

「……わかった。この辺の治安は悪くはないけど、慎重であることに越したことはないもんな。気をつけて」

「ありがとう。また非番の日に飲みに行こうや」

「もちろん。あ、光玉の護符がそろそろ切れそうだからぼちぼち頼むよ」

「ん、やっとくわ。一杯おごりでね」


 ひらひらとスティラが手を振ると、門がゆっくりと空いていく。人が二、三人通れるだけのすき間が空いて、二人は門の中へと足を踏み入れた。

 門の先には先ほどまで歩いていた住宅街とは打って変わって、人通りも多く、活気にあふれた景色が広がっていた。

 店ののぼりがいくつも立っており、のぼりに書いてある内容からすると、朝市をやっているようだ。


「はぐれるといけないから、念には念を入れとくか」


 スティラはそう言って、腰のホルスターのようなものに手を突っ込み、ごそごそといじり回したかと思えば、黄色のインクが刻み込まれた札を取り出した。スティラがその札越しにみことにふっと息を吹きかけると、みことは周りの空気がぼんやり温かく感じた。


「迷子札みたいなもんさ。役所まではあとちょっとだよ。住民登録が終わったらゆっくり朝市を見ようよ。道中怖い話ばっかで申し訳なかったけど、やっぱ住んでる者としてはいいところだと思って住んでるからさ」


 住めば都的なところもあるのかもしれないが、確かに住心地が悪くなるほどに治安が悪いのであれば、そもそも人は寄り付かないだろう。言葉の通り、スティラは念には念を入れてくれたのだと思うと、みことはありがたく思った。

 しかしながら、スティラはかなり顔が広いようだった。役所に着くまで五分そこら歩いただけなのに、老若男女から声をかけられていた。大人からはまた飲もうという声が多く、子どもからはパチパチのおふだ作って、などというように、おそらく遊具として機能する護符づくりをしてほしいとねだられていた様子が見受けられた。街の人の様子からしても、本当に面倒見がいい人なんだ、とみことはさらに安心した。


「着いたよ、ちょうどいい時間だね」


 役所は周りの建物より一回り大きい建物で、テウキラ地区役所と看板がかけてあった。スティラはドアを開けて中に入り、みこともそれに続いた。

 入口には紙が積まれた複数の箱があり、その箱には住民登録や水路相談などと書かれていた。スティラは住民登録の箱から一枚紙を取ると、取った紙にじわじわと紋様が浮き上がってきた。数字が書いてあるところを見ると、番号札のようだ。異世界でも似たような仕組みなんだ、とみことは面白く思う。紙を取ってから数分待ったところで、札の紋様がうねうねと動き出し、紙自体がぷるぷると振動し始めた。


「あ、アタシたちの番だ。行こ」

「……あれ」


 みことは気づく。そもそも住民登録なんてそんなにしょっちゅうあることなのだろうか? 産まれたての赤子ならまだしも、大人は大概が登録済みで、この行為自体が目立つことになるのでは。その疑問を小声でスティラに問うたところ、そうでもないとのことだった。


「引っ越したときはもちろん登録が必要だし、旅で来た人がしばらく拠点にするからって登録したりとかするから、珍しくはないよ。ただ、身元引受の登録も今ないから、それがさっきのマズい話につながるわけ。住民登録したときに身元引受の記載がなかったら、一緒に来た人が自動で身元引受人に登録されるから。大体親だけど、結婚したときとかに登録変更する人が多いかな。もし誰もいなかったら、役所がある国のえらい人になるんだ。ここだとゼカーム国王かな。親が亡くなったりして、身寄りのなくなった人とかは、大体国王で登録されてると思うよ」


 国王がパンクしないのだろうかとみことは思ったが、国が生活を保障する、言わば社会保障的な制度としても機能しているのかも知れないと考えると、ファンタジーの世界にしてはかなりシステマチックに感じた。


「この制度を作った人はキャスタウェイだったって、アタシの曾祖父ちゃんが言ってたよ。でもそれも曾祖父ちゃんの曾祖父ちゃんの受け売りだから、ホントかは知らないけど」


 その話を聞いて、みことはきっとキャスタウェイ、もしかしたら日本人が作ったのだろうなと思った。話しているうちに、住民登録の窓口の前に着いた。


「あらっ、スティラさん。そちらの女性の付き添いですか?」


 役所の窓口の人間にすら認知されているなんて、スティラは顔が広いどころかもしかしたら有名人なのでは。よくよく考えたら、赤い長髪に高い身長、家にいるときは気づかなかったが、女性とは思えない筋肉質な体躯。みことにはこの人と一緒に行動すること自体が目立つ行為のように思えた。


「そう。アタシで登録しといてくれる?」

「そういうことでしたか……」

 窓口の女性に視線を送られ、みことは思わず会釈した。

「ようこそ、ゼカーム国へ。歓迎します。ではこちらにおかけいただいて、書類の記入をお願いします」


 よくある異世界転生の物語では、転生してきたキャラの能力を測るのに水晶に手をかざしたりしたらウインドウが出てきて、ステータスがわかって……というような流れがあるが、どうも、本当に日本の役所のように地味な手続きだと思った。みことは渡されたペンで、渡された紙に名前と年齢、性別を記載した。


「職業んとこは護符職人にしといて。合わなかったらあとで変えられるけど、アタシが教えてあげられるのなんてそんぐらいしかないから」


 みことはスティラに言われたとおり、職業欄に護符職人と記載した。不思議なことに、書いていてしっくりくる感じがあり、何だかんだでちゃんとやっていけるのかもしれないな、と思った。

 書類の最後の項目は得意属性だった。得意属性も登録が必要なところを見ると、結構な個人情報なのかもしれないな、とみことは思う。それぞれの属性名が書かれた記入欄があり、火のところには火、水のところには水、と対応する属性名を書くと自動的に得意属性を判別してくれるらしい。新生児は精度が落ちるものの拇印で登録可能で、六歳頃に登録し直すのが慣例と、窓口の女性は教えてくれた。

 思い出されるのはスティラの家の出来事だ。スティラの家で判別をかけたときに使用したのは透明なインクで、結果としてもうっすらとしか発色しなかった。だが、今回は普通に黒のインクを使用しており、とくにペンやインクのことは何も言われず、そのまま書くように促されている。

 みことは一番左にあった火の枠から記載してみることにした。「火」と書くと、書かれた文字はどんどんにじんでいき、原形をとどめなくなってきた。にじみはじわりと枠を満たし、最終的に薄い桜色に染まった。他の属性も記載を進めたところ、どの属性の枠もパステルカラーを薄めたような色に染まっていった。


「うーん、億が一、アタシのとこにあった道具が調子悪いのかと思ったけど、やっぱり……」

「もしかして、得意属性不明って、本当な感じですか……?」


 みことは冷や汗をかきながら、スティラに改めて問う。


「いや、はっきりわかった。やっぱ彩気がうまく出てないんだ。さっきさ、赤ちゃんは拇印で登録できるって言ったでしょ。でも、赤ちゃんの彩気って、大人に比べたらほんのちょびっとなの。だから、ここの紙はそのわずかな彩気も拾って増幅させるんだけど、増幅してもこれってことは赤ちゃんレベルの彩気も出せてないってことになる」


 確かに、術を使うための魔力にあたるであろう彩気は、当然元の世界には存在しないもので、どんなものなのかとか、出し方はどうすればいいのかとか、みことにはそういった知識ももちろんない。この世界に来てからまだ三日と経っていないことを考えると、不摂生がたたっているのを抜きにしても、赤子相当でおかしくはないのかもしれなかった。

 書類としてはこれで全部埋まったようだったので、みことは紙を窓口の女性に手渡した。女性が担当者欄にサインをすると、紙の中央に紋章が浮き上がった。役所の看板にも同じ紋章があったことを思い出す。印鑑のようなものかな、と思いながら眺めていると、記載内容に誤りや偽りがあると紋章が出ないんですよ、と女性に言われて、そんなこともできるのかとみことは少なからず驚いた。


「どれが得意属性なのかマジでわかんないけど、このままじゃ全属性へたっぴなままなのは変わりないね。でも安心して! アタシと一緒にトレーニングすれば少なくとも人並みくらいには出ると思うから!」


 スティラのその言葉に、窓口の女性からは「えっ」という声が漏れ出ていた。


「先日スティラさんと一緒にトレーニングした城の兵士たち、次の日筋肉痛でまともに動けなかったって言ってましたよ!?」

「ええ!? あの程度で!? 飯食ってないんじゃないの!!??」

「確かにほとんどの兵士の彩気の量や流れが大きく改善されたとの話も流れてきてますけど……」

「大丈夫、みことは女の子なんだから手加減するよ!」


 かなり物騒な話だった。自分の身は大丈夫だろうか。ならず者たちにどうこうされる前に、同居人のトレーニングに付き合ったほうが危ない可能性が出てきた。面倒見は確かにいいのかもしれないが。


「ミコトさん、登録作業は終了です。お疲れ様でした。もし何かあったら遠慮なくテウキラ地区役所にご相談くださいね」


 窓口の女性の様子があまりに真剣だったので、みことは本当にまずい可能性があるな……と思わざるを得なかった。


「よーし! 面倒な手続きは終わったし、朝市行こ! 人気の店は閉まるのも早いんだ」

「いいですね、この辺りの雰囲気を知ってもらうのにもちょうど良さそう。いってらっしゃい!」


 窓口の女性に見送られ、みこととスティラは役所を後にした。

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