第六章⑦ 元マクシミリアン隊 Part3
しばらくの沈黙のあと、シャルルが低く息を吐いて口を開いた。
「……なるほどな」
全員の視線が自然と彼に向く。
「自分と同じ悲しみを、これ以上増やしたくなかったんだろう。だからスザンヌを助けた。……マクシムの復讐を止めに行った時も、きっと同じだ」
誰も言葉を挟まない。その考えがあまりにも腑に落ちていたからだ。
シャルルは少しだけ視線を宙に泳がせ、静かに続ける。
「……悲しみの連鎖を、あの男なりに断ち切ろうとしていたんだな」
ソフィーは小さく頷いた。胸の奥で何かがすっとほどけていくのを感じる。
ルキフェルの行動はただの衝動や力任せではなかった。
失ったものを、これ以上増やさないための選択だったのだ。
スザンヌも静かに目を伏せる。
「……確かに。あれは、悲しみを次に繋げないための行動だったんですね」
食堂に重くも穏やかな静けさが戻る。昼食の時間は、いつの間にか「語り合う場」に変わっていた。その中でスザンヌがふっと顔を覆った。
「……私、何を考えていたんでしょう」
声がかすかに震える。
「あんなことをして……」
顔を上げると涙が頬を伝い、濡れた髪が貼りついている。必死に呼吸を整えながら言葉を絞り出す。
「……でも、ルキフェルは……私に、生きろって……はっきり、強く言ってくれたんです……!」
胸の奥に溜め込んでいた後悔と感謝が一気に溢れた。
「自分の命を捨てようとして……あの人が、どれだけ心を乱したか……考えもしなかった……! ……ごめんなさい……!」
誰も責める言葉を口にしない。ソフィーは静かに立ち上がり、そっとスザンヌの肩に手を置いた。
「大丈夫」
優しい声だった。
「もう分かってるよ。あなたが、ちゃんと生きようとしてるって」
スザンヌは、はっとしたように顔を上げる。
「……でも、私は……」
ソフィーは微笑み、手を離さない。
「だからこそ、今ここにいるんだよ。間違えたっていい。泣いたっていい」
視線をまっすぐ合わせる。
「でもね、生きていい。それを、ルキフェルもちゃんと伝えてくれたんでしょう?」
スザンヌの肩が少しずつ落ち着いていく。涙を拭い、深く息を吸う。
「……はい……ありがとうございます……」
ソフィーはそっと背中を撫でた。
「前に進もう。あなたはもう、一人じゃない」
スザンヌは小さく、でも確かに頷く。
「……生きます。今度こそ……ちゃんと」
その声には迷いはなかった。仲間たちはそれぞれに息をつき、静かにその決意を受け止めていた。
アニータが静かに声をかける。
「スザンヌ……その後、ルキフェルと他に何か話した?」
「いえ、会話はありません。ただ、その後……なんだか大事な用があるのか、私を置いて去ってしまいました。顔が少し緊張しているようで、すごく真剣でした」
スザンヌの言葉に食堂の空気は静かにざわつく。仲間たちは思わず目を見合わせ、胸の奥で何かを予感する。
シャルルがぽつりと口を開いた。
「……今日、裁判か」
その一言に、食堂内は一瞬で静まり返った。重く張り詰めた緊張が全員の胸を押しつぶすように広がる。誰もがその意味を噛みしめ、視線を下げたり、互いにわずかに体を強ばらせたりした。
スザンヌの瞳がわずかに潤む。声も少し震えている。
「そんな……だって、私に生きろって言ってくれたのに……」
ペネロペが面倒くさそうに腕を組みながら、少し皮肉っぽく口を挟む。
「だからじゃないの? 自分に後がないから」
その場の空気が一瞬凍る中、アニータが静かに言葉を続ける。落ち着いた声で。
「スザンヌ、誰かが君の命を望んでくれたという事実は恐れや不安よりも大切なこと。恐怖や疑念で立ち止まるのではなく、その意志に応えるために自分を強く持つことが必要。生きる意味は、命を望む者に応えることでもあるの」
スザンヌは小さく息を吐き、ペネロペも少し黙る。そこでジョルジュが肩をすくめ、少し明るく振る舞いながら場を取り繕う。
「いや、まあ待てよ! まだ判決も出てないのに、結論を急ぎすぎだろ!」
彼は視線を巡らせ、さらに声に力を込める。
「それに、あいつらなら平気だ! 襲撃事件を首謀したのはボクたちだから悪いだけで、むしろあいつらはボクたちを止める側だったじゃないか!」
食堂の空気は少しだけ和らぎ、緊張の中にも小さな安堵が混ざる。
仲間たちはジョルジュの明るい取り繕いに微笑むが、心のどこかにはまだ裁判の重みが残っていた。スザンヌも小さくうなずき、心の奥で少しだけ落ち着きを取り戻す。
ジョルジュが満面の笑みを浮かべ、手を軽く振りながら声を張った。
「それに、ボク、やっとマテオさんに弟子入りできたし!」
食堂の空気が一瞬止まる。仲間たちは互いに顔を見合わせ、口元に疑問符を浮かべる。
ソフィーが眉をひそめ、少し困惑気味に口を開く。
「……彼、あからさまに嫌がったんじゃなかった?」
ジョルジュは肩をすくめ、照れくさそうに笑いながら答える。
「いや、たしかに最初は渋い顔してたけどさ、ボクの熱意に負けたのか、結局は折れたんだよ。……まあ、半分脅しみたいな感じもあったけどね!」
アニータとリゼーヌは口元を押さえて笑いをこらえ、ペネロペはちらりと呆れた目をジョルジュに向けて「相変わらずの図々しさね……」と小さく呟く。
ソフィーは軽くため息をつきつつも微笑を浮かべた。
「……でも、ジョルジュなら、きっとマテオに認めてもらえる」
ジョルジュは胸を張ってにっこり笑い、食堂の空気にほんのりと明るさを取り戻した。
サミュエルが眉をひそめ、静かに声を投げかける。
「それにしても……海賊たちの極秘裁判、僕たちの処刑を延期してまでやることか?」
リゼーヌは顔をしかめ、手元の食器を軽く叩きながら答える。
「総司令部の皆さんも殺気立ってますし……なんだか裏で何かあるとしか思えません」
ペネロペは肘をついて腕を組み、呆れたように口を尖らせる。
「海賊たちを贔屓してるのか、それともそうじゃないのか……よくわからないね、ほんと」
その声に、シャルルは肩をすくめ、静かに立ち上がる。
「考えたって仕方がない……」
そして食堂を見渡し、少し笑みを浮かべながら言った。
「……ぼくは更なる配膳をしてくる」
そう言うとシャルルは皿を抱え、軽やかな足取りで駆け出した。その瞬間、食堂内に小さなざわめきが走る。
ジョルジュが目を輝かせ、片手を突き上げて叫ぶ。
「ちょ、待て! ボクも行くぞ! おかわりは正義だ!」
サミュエルも慌てて立ち上がり、両手で皿を抱えながら追いかける。
「僕もだ! シャルルの背中は逃がさない!」
ペネロペは渋々立ち上がるも、手には小さなパンしか持っておらず、ぶつぶつ言いながらも追従。
「ちょっと……なんであたしだけこんな少ないのよ!」
三人は互いに笑いながら、皿を持ったまま食堂のテーブルを飛び越え、床をドタドタと走り抜ける。皿がカチャカチャとぶつかり、残りの食事も揺れる。
ソフィーは唖然としつつも、口元に手をあてて笑いをこらえる。
「……本当に、この部隊は大人なのかしら……」
リゼーヌも目を丸くして苦笑する。
「誰が食事戦争を始めるんですか……」
アニータはため息混じりに頭を抱え、呆れた声で言う。
「はあ……なんでうちの部隊って、大喰らいばっかり集まるの……」
ドタバタがひと段落すると食堂には再び静けさが戻った。窓から差し込む午後の光が食器や石畳の床を柔らかく照らす。
残った昼食の匂いと、まだ温かいスープの湯気がほのかに漂っていた。




