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第三章④ 証人パート

 裁判官は手元の書類に目を落とし、低く告げた。

「では、次の証人を呼ぶ。——ソフィー・ド・ルノアール」

 扉が開き、ソフィーは一歩、また一歩と法廷へ進み出た。背筋を伸ばしたその姿に場内の視線が一斉に集まる。裁判官が淡々と問いかけた。

「証人。名を名乗り、職業を述べなさい」

 ソフィーは一度、深く息を吸った。そして、はっきりとした声で答える。

「ソフィー・ド・ルノアール。軍医です。……ただし、現在は階級を剥奪されています」

 法廷がざわめいた。

「剥奪……?」

「軍医なのに……?」

 裁判官は木槌を軽く打ち、場を制した。

「静粛に。——ソフィー・ド・ルノアールは、本件において一時的に計画の存在を知り得る立場にあったが、襲撃当日、現場には不在であり直接の加害性は認められていない。よって本裁判では、参考証人として証言を求める」

 ソフィーは視線を伏せたまま、一歩も退かずに立っていた。傍聴席では「裏切り者か」「被害者か」と小さな声が交錯し、彼女の立場の曖昧さが浮き彫りになる。

 検察官が立ち上がり、ゆっくりと彼女に向き直った。

「ルノアール証人。あなたには、マクシミリアン・ブーケおよびその隊の実態について、事実のみを正直に証言していただきたい」

 法廷の視線が一斉にソフィーへ突き刺さる。彼女はほんの一瞬だけ、マクシムの方を見た。そこにはためらいと逃げないという覚悟が同時に宿っていた。

「では証人。襲撃当日、あなたがどのように行動していたのか、時系列で説明してください」

 ソフィーの肩がわずかに震えた。それでも声は崩さなかった。

「……私は以前から、マクシミリアン・ブーケの計画と意図を知っていました。計画の一端を知らされていたのも事実です。ですが、襲撃当日までの数日間、私は宿舎の医務室に事実上、閉じ込められていました。理由は……彼との衝突です」

 傍聴席がざわつく。

「事件の直前、彼から『君は宿舎に残れ』と告げられました。当日も、その指示どおり医務室に留まっていました」

「つまり、現場には向かわなかったと?」

 ソフィーは一度だけ唇を噛んだ。

「はい。……この計画が辿る結末を、見るのが怖かったのです。ですが、どうしても不安が拭えず……しばらくしてから、城へ向かいました」

「そこで、何を目撃しましたか」

「私がブレスト城に到着した時点で、すでに多くの隊員は拘束されていました。ですが、戦闘は完全には終わっていないと告げられました。——マクシミリアン・ブーケと隊の一名が、まだ城内に残っていると」

 裁判官が木槌を軽く打つ。

「静粛に」

 ソフィーは一度、息を整え、続けた。

「私は、四人の海賊と共に屋上を目指しました。その途中……瀕死の状態にあった、グウェナエル・ブランシェ中尉と対話しました」

 言葉がわずかに詰まる。

「……満身創痍で戦った彼を残し、そのまま屋上へ向かいました。屋上にいたのは、負傷した大元帥でした。そして、マクシミリアン・ブーケと一人の海賊が重傷を負って倒れていました。戦闘は……すでに終わっていました」

 傍聴席から押し殺した息遣いが漏れる。裁判官が確認するように問う。

「つまり証人。あなたは戦闘そのものには関与していないが、終結直後の状況を目撃したということですね」

 ソフィーは一瞬、視線を逸らした。だが、すぐに正面を見据える。

「……はい。そして、私は止めることができませんでした。それが……私の過ちです」

 検察官はソフィーをじっと見据え、感情を排した声で問いを投げる。

「では、証人は被告人マクシミリアン・ブーケをどう見ているのですか」

 ソフィーはすぐには答えなかった。一呼吸置き、まっすぐに被告席を見つめる。

「……普段の彼は、穏やかな人です。冷静で、理知的で、部下思いでした。ですが……復讐に囚われた彼は、まるで別人でした。恐ろしかった。正直に言えば」

 声は震えていない。けれど、胸の奥で何かが軋む。

 ——彼が自分の正義を語るたび、どうしても苛立ってしまう。

 正義。忠義。報復。どれも彼の中では、揺るがぬ真実なのだろう。

 けれどその言葉の裏で、切り捨てられた命がある。

 ……それを、どうして当然みたいに言えるの?

 ソフィーは唇を強く噛んだ。

「それでも……彼の中に、良心がまったくなかったとは思っていません。彼もまた時代と立場に翻弄された人間です」

 法廷は静まり返っていた。だがその沈黙の中で、ソフィーの内側だけがざわついている。

 グウェナエルの名が喉元まで迫る。だが、裁きの場で私情を語ることへの恐れがまだそれを押し留めている。しかし、彼女の逡巡を裁判官は見逃さなかった。

「……ルノアール証人。どうかしましたか」

 静かな声だった。だが、その一言が張り詰めていた糸を切った。

 ソフィーは顔を上げる。

「……忘れてはいけません」

 声がわずかに低くなる。

「彼の選択によって、多くの命が失われました。私は——その中で、愛する人を失いました」

 一瞬、法廷がざわつく。

「愛する……人?」

「そんな話、聞いていない……」

 ジョルジュが思わず声を漏らした。

「……そ、そんな……」

 アニータは口元を押さえ、息を呑む。シャルルは何も言えず、ただ俯いた。

 リラの声がかすかに震えた。

「……私たち、自分たちの正義と忠義を掲げて……最初から、間違っていたのね」

 その言葉を背に受けながら、ソフィーの中で最後の迷いが崩れ落ちる。

「私は——」

 声がわずかに掠れる。

「グウェナエル・ブランシェという男を、愛していました」

 法廷が凍りついた。

「彼も……私を愛してくれていました」

 その名が響いた瞬間、マクシムははっきりと目を見開いた。

 ——知らなかった。

 ソフィーは視線を逸らさない。

「個人的な感情として言うなら……私は、マクシミリアン・ブーケの犯した罪を赦せません」

 声に怒りが滲む。

「彼の選択のために、命を落とした者がいる。グウェナエル・ブランシェも、その一人です」

 一度、息を吸う。

「彼は首謀者側にいました。それでも……誰かを想い、守ろうとし、愛していた人間でした」

 声がはっきりと震えた。

「私は、今でも——グウェナエル・ブランシェを愛しています。誰にだって、大切な人がいます」

 ソフィーはゆっくりと言葉を重ねる。

「マクシミリアン・ブーケにとっては、ゼフィランサス。私にとっては、グウェナエル・ブランシェでした」

 声が途切れた瞬間、廷内を包んでいた緊張が波のように広がった。

 裁判官が木槌を一打ちし、静寂を取り戻す。

「……ルノアール殿」

 その声は先ほどよりも柔らかかった。

「その証言は、あなた自身の心を大きく削るものであったでしょう。勇気に、敬意を表します」

 わずかに間を置き、廷内全体を見渡す。

「忘れてはならぬ。正義も、忠義も、愛情も……ときに人を奮い立たせ、ときに狂わせる。その狭間で命が失われたことこそ、本件の悲劇の核心です。……しかし、ここは裁きの場。感情に流されず、事実と責任を見極めねばなりません」

 裁判官は、はっきりと告げた。

「証言、ご苦労でした。——下がってよろしい」

 ソフィーは深く息をつき、静かに頭を下げる。胸に残る痛みは消えない。だが、言葉にしたことで、ようやく一歩進めた気がした。

 マクシムは拘束されたまま彼女を見つめていた。拳は震え、唇は固く結ばれている。

 失われたものの、取り返しのつかなさ。それだけが、今の彼の中で鳴り続けていた。

 ソフィーは背筋を伸ばし、ゆっくりと退廷する。

 裁判官は重々しい声で告げた。

「現時点で被告人に対する最終的な判決を下すには、なお情報が不足している。続いてマクシミリアン・ブーケ隊を支持し、行動を共にした隊員たちを代表して、当部隊の副官および副隊長を召喚する」

 法廷の扉が開く。まずリラが進み出た。制服は整えられているが、その歩みには緊張と覚悟が滲んでいる。続いてダヴィットが歩を進める。副隊長としての責任を背負う、重みのある足取りだ。

 裁判官は二人を見据え、淡々と告げる。

「まず、氏名と職務を申告しなさい」

 リラは姿勢を正し、落ち着いた声で答えた。

「リラ・ド・シャルル。マクシミリアン・ブーケ隊において、副官を務めておりました」

 ダヴィットも続く。

「ダヴィット・オードラン。副隊長として、隊長の指示のもと作戦行動に従事していました」

「では問う。事件当日、被告人マクシミリアン・ブーケ隊がどのような行動を取ったのか。あなた方の立場から経緯を述べなさい」

 裁判官の言葉にリラは一瞬、言葉を探すように視線を落とした。深く息を吸い、静かに語り始める。

「……正直に申し上げます。あの日、何が正しかったのか、今でも分かりません」

 法廷内にわずかなざわめきが走る。

「隊長が強い感情を抱えていたことは事実です。ですが、最初から戦闘を目的としていたとは、少なくとも私には思えませんでした」

 ダヴィットが補足するように口を開いた。

「当初の指示は撤退と移動でした。明確な攻撃命令はなく、『介入するな』という言葉だけが、はっきりしていた」

「つまり、戦闘は想定外だったと?」

 リラは首を振るでも頷くでもなく、慎重に言葉を選ぶ。

「引き返せない状況になっていた、という感覚です。誰かが最初に剣を抜いた明確な瞬間はなく、包囲、怒号、混乱の中でどこからが戦闘だったのか、境界は曖昧でした」

 ダヴィットも続けた。

「守るべき仲間がいて、背後に退路はなかった。その中で"戦わない"という選択肢は、現実的ではありませんでした」

「では、あなた方は隊長の言動に煽られ、戦闘に加担したのではないか?」

 リラはすぐには答えなかった。短い沈黙の後、正直に口を開く。

「……煽られた、と言われれば否定はできません。ですが、状況そのものが判断を奪っていました」

 海軍関係者席から声が上がる。

「降伏の呼びかけは行われていたはずだ!」

 裁判官は手を上げて制し、イザベルに視線を向けた。

「副司令官。事実関係を」

 イザベルは一瞬、唇を引き結ぶ。

「降伏勧告は行いました。ただし、現場は極度の混乱状態でした。命令は錯綜し、それがどこまで届いていたかは疑問です」

 検察官が一歩前に出る。

「では、なぜ戦闘はここまで激化したのですか?」

 リラは視線を上げ、はっきりと答えた。

「恐怖です」

 短い一言が法廷に落ちる。

「恐怖と、疑念と、誤解が連鎖しました。誰かが動けば、誰かが反応する。止まろうとすれば、背後から押される」

 ダヴィットも静かに続ける。

「私たちは、何かを壊すために戦ったのではありません。壊れていく状況の中で必死に立っていただけです」

 沈黙が流れる。その中でルソー准将がゆっくりと立ち上がった。

「……あの戦闘は、異常だった。正義か、反逆か。そのどちらかに単純化できるものではありません」

 法廷には、もはやざわめきすら起きなかった。裁判官は深く椅子に腰を下ろし、静かに告げる。

「……本日提出された証言と議論を総合しても、マクシミリアン・ブーケ隊の各隊員個々人の責任と刑罰を、即座に判断することは困難である。各隊員の行動には事情があり、動機もまた複雑だ。よって隊員個別の判決は一度持ち帰り、後日改めて審議する。

 ……本日は、被告人マクシミリアン・ブーケ本人の責任と行動に焦点を当てる。他の隊員については、あくまで参考証言として扱うものとする」

 法廷内には、張りつめた静かな緊張が漂っていた。

 民衆も、海軍関係者も、被告席の者たちも。

 誰ひとりとして、次に発せられる言葉から目を逸らすことができずにいた。

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