03
なぜなら、全てを焼き付くす蒼い炎が襲ってきた日、あたしたちはルーチェの姿を目にしていたから……。
絶望的な恐怖に震えるあたしたちを、楽しそうに微笑みを眺めるルーチェ。
お人形のように愛らしくも、恐ろしい彼女の微笑みにあたしは恐怖していた。そして、その恐怖はあたしの中にある最も思い出したくなかった記憶と繋がり、それを思い出させてしまった。
コータはルーチェと歪んだ笑みの男に対し、恐怖と共に憎しみを抱いたのかもしれない。それが瞳の変化になり、攻撃性のある獣の本能と肉体を思い出させた。
それほどまでに、あたしたちの中でルーチェの存在は大きかった……。
「あなた方が、私にどのような感情を抱こうと関係ありません。私どもにとってエルデは皆、同じ獣ですから。顔なんて一々覚えてたなどいません」
相変わらずルーチェはあたしの思考を読み、一方的に話しを進めていく。
「……でも、それが盲点でしたわ。あなたが、あの時シオンの傍に居た女だと気づくことができていたら、あなたに感じた不自然な魔力の流れを気に止め、その意味を考えることもできたでしょうに……」
自分の小さな失態を悔やみ、ルーチェは苦々しく爪を噛む。
「不自然な魔力って……どういうこと?」
あたしはエルデの民。ルフトであるシオンやルーチェのように様々な魔法を使う魔力はない。
「もちろん、あなたに魔力なんてありませんわ。あなたに流れ込んでいたのはシオンの魔力。ただ、シオンも自分自身のことを覚えているようではなかった。自身の魔力も同様に。それでもシオンはあなたに強い関心を抱き、無意識に自身の魔力を与えていた。……そして、あなたの心は一途にシオンに向けられていた」
ルーチェはあたしを見ながら笑う。他人をバカにし嘲るような笑い方で。
「滑稽でしたわ。エルデの女がルフトに恋心を抱いているなんて。あげく、私をライバル視しているなんて。不愉快でしたが、それ以上に可笑しくてたまりませんでしたわ」
今までは疑問が解けていくということもあり、ルーチェの言葉にある刺や嘲笑はそんなにも気になることではなかった。
でも、自分の気持ちを嘲笑う姿には無性に腹がたった。ここにきて、あたしは初めて自分の獣の感情を露にし牙を剥いた。
「ミヤ、落ち着け」
ここで制止させるのは、やはりシオンだった。耳許で囁くように言い、あたしの感情を抑える。シオンの声にどうにか感情を静めることができが、鋭い目でルーチェを睨むことは止められなかった。
落ち着きながらも睨み続けるあたしに、ルーチェはフンッと鼻で笑っていた。
「私にはシオンの意図が読めなかった。記憶がないゆえの戯れか、それともちゃんとした意図があってのことか……。しかし、どういう理由であれ、私たちの目的が達成されなければ意味はありません。変化を与えるためにシオンの記憶を呼び戻しましたが、精神世界には変化が訪れませんでした。ただ一つ、あなたに与えられていた魔力が守護の魔力に変わったことを除いて」
「守護の魔力って……。シオン、あたしを護ってくれていたの?」
見上げた先にいるシオンが優しく微笑みを頷く。胸がドキンと脈打ち、嬉しさが込み上げる。
「ですが、そのお陰で確信することができました。精神世界の“鍵”が、あなただということが。しかし、シオンの守護があっては、なかなか此方から手を出すことができませんでした。……でも、意外なことが切っ掛けで、あなたは精神を不安定にさせた」
ルーチェがコータに視線を向ける。皆は言わないが、その視線が夢の世界が壊れる切っ掛けを作ったのがコータだと知らしめていた。コータは舌打ちをし、この場に居る皆から顔を逸らした。
「あなたは些細なことに不安を感じ、私の小さな言動にも大きな不安を感じていた。そして、そこから面白いように崩れていきましたね。小さな綻びから夢と現実の境界が崩れ始め、ついには“鍵”としても壊れた。……そして、その結果が今の現状ですわ」
「…………あたしが、あの世界を創って、壊したの……?」
ルーチェの語る話しは衝撃的だった。信じられなかった。……あたしが世界を創り壊したなんて……。
たしかにあの時、あたしは願っていた。
受け入れがたい現実を拒絶するがごとく、全く違う世界を――
だけど、あたしはエルデ。魔力なんてない。それはシオンにも言われていた。だから、あんな世界を創るような力なんてないはずだ。話しを聞き、納得しかけた頭がどんどん混乱していく。
「あなたがどんなに混乱しようとも、これが現実です。――それに、今さら悩んだところで無意味なことです。あたなたちを護っていた世界は壊れてしまったのですから」
ルーチェが今まで見せたなかで、最も輝いた笑顔を見せる。
「あなたたちは、これから排除されてしまうのですから」
手をかざし、《断罪の炎》の蒼い炎を生み出す。
「――てめぇっ!!」
蒼い炎に恐怖し身動ぐあたしとは逆に、コータは再度ルーチェに飛び掛かろうとする。だが、それを再びシオンが制止する。
「やめろ。お前の力では無理だ」
その声に向けていた爪を一度は引っ込めるが、今度は自身の敵意をシオンに向けた。
「なんだよっ! なに、何度もジャマするんだよっ!! そんなにジャマするんだったら、てめぇから殺ってやろうかっ!」
燃えるような赤い瞳でシオンを睨み、牙を剥いた口がグルグルと唸り声をあげる。
しかし、シオンはそんな狂暴な獣を前にしても、怯むことなく落ち着いた様子だった。
「……だから、落ち着け。お前の力ではルフトで最も強い魔力を誇る一族であるエタンセルマンには勝てん。お前は、あちらの世界で魔力の弱まったルフトにさえ、それほどの傷を負ったのだろう。現実世界で戦えば、確実に負けるぞ」
「――チッ」
コータはシオンの首を絞めていた手を静かに離した。おそらく、コータ自身も分かっているのだ。自分ではルフトに勝てないことを。
しかし、他者から与えられる理不尽な死を黙ったまま迎えることだけは、耐えきれなかったのだろう。その拒絶が敵に牙を向けさせ、僅かにあった恐怖心がシオンの制止を聞き入れ、足を止めさせていた。
「……だったらよ、このまま俺たちに死ねって言うのか……」
コータは吐き出すように呟き俯いた。
シオンは長く深い息を吐き出し、静かに目を閉じる。
「……ああ。私たちは、もうすぐ死を迎えることになるだろう。……しかし、それはエタンセルマンの能力によってではないがな」
「はぁ? どう言うことだよ」
「シオン。いったい、どういう意……味……」
あたしは異変を感じた。
《断罪の炎》がの蒼い炎が届いてこない。ルーチェは目の前に居るはずなのに……。いつまで経っても、あの内から焼かれる苦しみが襲ってこない。




