02
「率直に言います。私たちルフトは、あなたたちエルデの存在が不快でした。獣と代わりないあなたたちが、私たちと同じよう人間として存在するなんて、不愉快極まりないです。……それで、私たちは決めたのです。この世界からエルデを排除することを」
「――なっ、排除って」
何かで覆い隠すこともせず告げられた言葉に、あたしは心底驚いた。同じエルデの民であるコータも驚き、すぐにそれを敵意に変えルーチェに向ける。今にも爪を突き立ててしまいそうなコータを、シオンが制止する。シオンにはあたしたちみたいな驚きはない。冷静にその場に佇んでいる。
ルーチェは微笑み、あたしたち手をかざし、その手に蒼い炎を纏わせる。
それは、あの日の恐ろしい蒼い炎だった。
「計画はすぐに実行に移されました。我がエタンセルマンの一族にのみ与えられた、罪有る者を焼失させる、この《断罪の炎》の能力でこの地を焼き払うことになりました。幾つか妨害はありましたが、それは微々たる問題でした」
ルーチェは一度シオンに視線を向け、続いてコータの方に移した。
コータはシオンの制止を振り切ってでも、飛び掛かりそうな雰囲気だった。しかし、何かが思い止まるせるのか、鋭い牙や爪がルーチェに及ぶことはなかった。
ルーチェは手に纏わせていた蒼い炎を消し、牙を剥きながらも前に出てこれないコータを嘲るように笑い眺める。
「まあ、妨害の件に関しては、ある程度予想できていました。なにせ、血の気が多く、野蛮なエルデですからね。しかし、《断罪の炎》は絶対です。浸透してしまえば、抵抗など関係なく全てを排除できるのですから。たいして、気にも留めていませんでしたわ。……しかし、予想外のことが問題になってしまいましたわ……」
ルーチェは地面のあちこちに散らばる水晶の欠片を、忌々しそうに踏みつける。パリんと小さな音がし、彼女の足の下で水晶は簡単に砕けた。
「しばらくして、様子を確認に来た時には驚きましたわ。運悪く逃がしてしまったエルデたちが、硬い水晶に包まれ生き残っていたのですから。しかも、ここだけでなく、何ヵ所も」
水晶……。あたしたちは水晶に包まれていたの?
そういえば、目が覚めて見た光景に、まだ水晶に包まれたままの人の姿もあった。そして、自分たちが水晶の中にいたと、証拠付ける欠片があたしやシオンの身体にも残っていた。
「我が一族な《断罪の炎》は対象を燃やし尽くすまでは、決して消えることはありません。しかし、炎は消えていたにも関わらず、あなたたちは水晶に包まれ生き残った。厄介なのことに、この水晶は外部からの衝撃どころか、《断罪の炎》さえも通さなかった。私たちは、この水晶に打つ手をなくしていました」
聞けば聞くほどに、この水晶の存在が分からなくなる。あたしたちを護ってくれていたみたいだけど、いったい何なのだろう。
「この水晶って、なんなの?」
「そんなことは、此方が聞きたいくらいですわ」
あたしの些細な問いかけに、ルーチェはきつい口調で答える。エルデであるあたしと話すのが、そんなに嫌なのだろうか。それとも、自分にも理解できない物に対する苛立ちがあるのだろうか。彼女の苛立ちは目に見えて分かる。しかし、ルーチェはすぐにその苛立ちを取り繕い、平静さを取り戻しあたしたちを見据える。
「しかし、色々と調べた結果、あなたたちが中で眠っているだけだと分かりました。それが分かれば、導きだされる手段は一つでした」
ルーチェが恐ろしいほど可愛らしく微笑む。
「――外部から破壊できなければ、内側から破壊すればいい……」
可愛い笑みを浮かべながら、ルーチェは恐ろしいことを平然と言う。
排除に破壊……。彼女たちルフトにとってエルデとは、本当にゴミ同然なのだな。
もしかしたら、シオンも彼女たちと同じように、あたしたちを見ていたのだろうか。ふと、そんな疑問が頭をよぎってしまう。なぜなら、初めてこの地に来たシオンは、とても冷たい目をしていたから……。
あたしは小さな不安を感じ、傍らに立つシオンの姿を見つめた。
「…………」
あたしはシオンの姿を見て、彼女たちとは違うと確信した。シオンはとても哀しい瞳でルーチェを見ていた。その瞳は、同族の醜態を憐れむ哀しいものだった。
ソッとシオンの手を握る。すると、それに反応するようにシオンは静かに握り返してきた。
「けれども、いざ入ってみれば驚くことばかりでしたわ。まさか、夢を通じて一つの世界を創りあげているなんて……。エルデに、このように高等なことができるなんて思いもしませんでした。しかも、この世界とは異なった文化や生活を持つ世界」
言われるまで気づかなかったが、たしかに不思議だ。
夢の世界には、この世界に無いものがたくさんあった。携帯、テレビ、娯楽施設……。そもそも、この世界には電気がない。夢の世界にあった電化製品なんて、それこそ魔法の域だ。だけど、あたしたちは何の疑問も感じることなく、電化製品のある生活を送っていた。……まあ、夢なのだから、何でもありと言ってしまえばそれで終わりなのだが。
「私たちは、その世界の情報を得るために、しばらく観察しました。そして、気づいたのです。精神世界内の住人が以上に多いことに」
……そうだ。これも疑問だった。
夢の世界が生き残ったエルデの創った世界なら、なぜユウイや母が居たのだろう。
ユウイは……もう……。
気づかぬうちに、あたしの不安は指先に現れ震えていた。その震えを抑え落ち着かせようと、シオンの大きな手がより力強く手を握ってくる。
その力強さは、そこに命ある者がいることを実感させ、あたしに安心を与えてくれる。
「さらに観察を続け、住人の中に自我の強い者と弱い者が居ることに気づきました。自我の弱い者は、此方からの干渉も強く受け、些細なことで不安定になり性格などに変調をみせました。しかし、自我の強い者は、私たちの干渉を拒絶する傾向がありました。そこで導き出されたのが、自我の弱い者はあの世界と同様に創られた存在なのでは、ということです」
「創られたって……結衣は創られた存在だったの……」
やっぱりユウイは死んでいるんだ……。目の前で見ていたのに、心のどこかでそれを信じていなかった。夢の中でもあたしの傍にいて笑ってくれていたのに、それは幻想だったんだ……。
「私の目から見て、結衣さんは完全に創られた存在です。あなたがそれをどんなに否定しても、事実は事実です。それに、あなたにも覚えがあるのではないですか? 普段とは違う様子を見せる彼女の姿を」
フフッと、薄い笑みを浮かべるルーチェ。彼女はあたしの頭のなかを読んだのだろう。
そう……哀しみに暮れながら、あたしは思い出していた。普段穏やかな結衣が、あたしの気持ちを反映するように激しく感情を揺らした時のことを。
「あの世界は自我の強い者によって創られた世界。それが判明すると、私たちはようやく次の本来の目的に移ることができました。精神世界に入る際に多くの魔力を消費してしまいましたが、幸いにも《断罪の炎》の能力は使用できました。多少、弱体化し効率は悪くなりましたが、眠るエルデの排除は問題なくできました」
――排除する。ルーチェは当たり前のように言っているが、すごく恐ろしいことを言っている。ルーチェたちがしてきたことは、生きた人間を殺すってことだからだ。
戦いに明け暮れていたあたしでさえ、他者の死を本気で望むことはなかった。
それなのに、ルーチェたちルフトは虫でも殺すみたいに平然とやってのけたのだ。
「しかし、いくら排除しようとも、一向に精神世界は壊れていかなかった。そんな時、誰かが言ったのです。この世界を創った“鍵”になる者が居るのでは……と」
「…………“鍵”……」
それは夢から覚める前に聞いた言葉だった。
「そんな時、私は偶然にもシオン・ハイレシス……貴方の姿を見かけました」
同族であるはずなのに、シオンに向けるルーチェの視線は冷たかった。まるで敵視しているみたいに憎しみがこめられている。シオンはルーチェの視線に全く意に介さず、冷めた様子のままだった。
「エルデによって創られた世界に、たった一人居たルフトの民。しかも、自我の強い者としての存在。シオンが居たことで、私たちの考えは変わりました。シオンは黒翼種ハイレシス族の人間。我がエタンセルマンの一族と対をなす《贖罪の水》の能力を持つ一族。彼が精神世界の“鍵”だと考えると同時に、その対処に混迷しました。下手に刺激し、崩壊ではなく全てを閉じ込める結果になっては、元も子もありませんから。私はあなたたちと同じ学生になり、シオンの様子を伺うことにしました。……そこからは、あなたたちもご存じでしょう」
そう、知っている。ルーチェはあたしと同じ高校生だった。
そして、夢の世界で不可解な出来事だったり、色々な疑問が解けた。
夢の世界で起こっていた人体が内側から燃えるというオカルトめいた事件。あれは、あたしたちの夢の世界に入ってきたルフトが《断罪の炎》で起こした殺戮。ルーチェが言うように、彼女がシオンに接触してからは事件がぱったりと起こらなくなった。
そして、あたしたちに変化が現れたのもルーチェが現れてからだ……。
あたしの見る夢が変化し、コータの様子が変化し燃えるような赤い瞳を見せたのもそうだ。
ルーチェが全ての切っ掛けだった。




