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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
《世界》の選択
31/35

01

 そして今、あたしたちは長いようで短かった夢の世界から、目を醒ました。



 静かに目を開けると、懐かしさを感じる赤土色が入り込んでくる。あたしは誰かに身体を抱きかかえられる形で、赤土色の大地に立っていた。


「おはよう、ミヤ」


 低く優しい声が囁きかけてくる。その声に導かれるように顔を上げ、彼を見つめる。


「……シオン? 本物? 本当に生きているの?」


 信じられなかった。あの時シオンの鼓動は確実に消えようとしていた。そして、その現実にあたしは大きな絶望を感じていた。だけど、目の前にいるシオンは生きている。生きて、あたしに微笑みかけている。


「ああ、私は生きているよ。確かめてみるか?」


 そう言い、シオンはあたしの身体を抱き寄せる。聞こえてくる生命力に満ちた力強い鼓動に、熱いほどに伝わる体温。それは身体に触れ感じる命の証し。


 ――生きている。シオンはたしかに、ここに生きている。


「――シオンッ! 良かったぁ……」


 あたしは力一杯シオンの身体を抱き締めた。もっと、もっと、彼の温もりを感じたくて。

 獣の耳が鼓動を感じ、嬉しく跳ねる。獣の尻尾が全身の喜びを一身に受け、大きく揺れる。



 ――パリンッ。喜びに満ちた心に響く不快な音。



 夢の世界であたしを不安にさせていたガラスの割れる音。その音は、あたしの足下から聞こえてきた。そっと視線を落とすと、足下には無色透明のガラス片のような物が無数に散らばっている。よく見れば、シオンの身体にも同じような物が付いていた。そして、あたしにもだ。

 それは摘まんだだけで簡単に壊れ、小さな欠片になり地面に落ちていく。


 ――パリン。耳をすませば、この音は至るところから聞こえてくる。


 あたしはシオンからし、周囲の光景へと視線を移す。そして、この音がどこから発せられるもので、原因が何なのか知ることができた。

 この赤土色の大地には多くのエルデの民がいた。皆、あたしたちと同様に今目が覚めたような眼差しで、現実の世界を見つめている。

 そして、今まさに身を包む巨大な透明の水晶の塊から解放されようとする人たちもいる。

 そんな人たちの中に、見知った姿を見つける。


「コータッ!!」


 あたしの声に、色素の薄い茶色の耳がピクリと跳ねる。コータはゆっくりと振り返り、こちらに顔を向ける。


「――ミヤッ! 無事だったんだなっ」


 駆け寄ってきたコータは安堵の表情を浮かべる。

 久し振りに見る姿の懐かしさ、無事な姿を見れたことの安心感。あたしは思いっきりコータに抱きついた。


「――――!?」


 しかし、あたしはすぐにコータから身体を離した。触れていた場所にべったりと付く赤い液体。それは温かく鉄臭い臭いを放っている。静かにコータの身体へと視線を向ける。コータの身体には、まだ新しい傷が無数にあった。


 全身の力が抜けるような感覚と共に、嫌な記憶が甦る。咄嗟にシオンの身体を確認するが、そこに恐れていた傷はなかった。しかし、服はざっくりと裂けたままで、斬りつけられた現実の名残は残っている。

 よく見れば、裂かれた服の下にある白い肌に刀傷の痕がある。つまり、命を奪いかけた傷は眠っている間に治ってしまったのだろうか。


 コータはあたしたちをルフトから逃がそうと、襲いかかっていた。その過程で傷を負ったとしてもおかしくはない。でも……ならばなぜ、シオンの傷は治って、コータの傷は治っていないのだろう。


「コータ、その怪我どうしたの? それに、なんで急に学校を休んだりしたの?」


 急激に襲いかかってきた疑問で混乱し、夢と現実の記憶さえも混乱し混じってしまう。抱える疑問を次々にぶつけてしまう。


「わりぃな。心配かけたみたいだな。この傷は……たぶん、あっちの世界で受けた傷だと思う」


 久し振りの再開だというのに、質問攻めで迎えられたコータは苦笑いを浮かべ単直に答える。


「あっちの世界……」


 あっちの世界とは、ついさっきまで見ていた夢の世界。こことは景色も文化も、そして自分たちの姿も、何もかもが異なった夢の世界。


「ミヤも覚えてるだろ。帰り道で見た白いスーツの男を」


「……うん。覚えてる」


 はっきりと覚えている。あの日見た、歪んだ笑みの白いスーツの男。そして、その男がシオンを斬りつけたルフトの男だということも……。


「俺、あいつを見た時、すげー嫌な感じがしてミヤを隠さないとって思ったんだ。だけど、それ以上に自分の中に沸き起こる感情が怖かったよ」


「怖かったって……」


「『殺さないと』って……。まあ、今になって思えば、その理由も分かるけどな。あの時は普通の高校生だし、訳が分かんなかったよ」


「やっぱり、あの公園の死体はコータが?」


「ああ。あの後、俺は突き動かされるみたいにあいつを探してた。で、夜になって見つけ、戦った……。あいつを殺すことはできたけど、俺も結構な傷で動けなくなってたんだ」


「でも、連絡くらいはできたでしょ」


 コータの不在は、あちらの世界でのあたしに大きな不安を与えていた。その分、つい声が大きくなってしまう。


「悪かったよ。携帯もあいつと戦っている時に壊れたし、姿も元に戻ってたから人前に出ることもできなかったんだよ」


 コータは牙を見せ笑いながら言う。


「……まて、お前はあちらの世界で自分の姿を取り戻したのか?」


 あたしたちの話しに入り込むことなく、ただ聞いていただけのシオンがおもむろに尋ねる。コータはチラリと視線だけを動かし、不愉快そうな表情をみせる。


「……そうだ。あいつと対峙していると、いつの間にか元に戻っていた。記憶は戻ってなかったけどな」


 ふいに鋭い獣の瞳でシオンを睨み付ける。


「訳は分からなかった。だけど……おれは以前から違和感のようなものは感じていた。それは、お前らも同じだろ」


「…………」


 あたしもシオンも何も言わない。だけど、その沈黙は肯定だった。あたしたちはコータの言うように違和感を覚えていた。そして、その切っ掛けとなる一人の人物を思い浮かべていた。


 フワリと花の香りが薫る。その匂いに導かれるように、離れた場所に立つ少女に視線を向ける。


「――ルーチェ・エタンセルマン……」


 白い翼の少女ルーチェは金色の髪を風に揺らし、冷たい笑みであたしたちを見つめていた。


「フフッ。感動の再会は終わりまして?」


 ルーチェは嘲るように言い、クスクスとおかしそうに笑う。


「ルーチェ、何がおかしいの?」


 あたしは声を荒らげることなどせず、友人に問いかけるように声をかけた。しかし、その言葉にルーチェの笑みが消える。そして、冷たく見下す支配者の顔で睨む。


「気安く名を呼ばないでいただけるかしら。あなたのような下賤の者に名を呼ばれるなんて、不愉快極まりないですわ」


 ルーチェはルフトの持つ、支配者意識を強く受け継ぐ少女のようだ。仕草や言動から嫌と言うほど分かる。

 彼女はあたしたちエルデを心の底から見下し、人間ではなくただの野蛮な獣として見ている。

 あちらの世界では、そんな素振りは見せなかった。あたしたちと同じ、普通の女子高生だった。



 そもそも、あちらの世界でとは何だったのだろう。



 今の状況から分かることは、逃げ延びたエルデの民がここに集まっていたと言うだけ。あたしたちに何が起こり、こういうことになったのかなんて、全く理解できない。


「フフッ。気になりますか? 自分たちの置かれている状況が」


「――――えっ? なんで……」


 まるで心でも読んだみたいにルーチェが問いかけてくる。


「ミヤ。あれは白翼種はくよくしゅの能力だ。人の心に入り、心を読み、心を操る」


「心を読むの? シオンにもそんな能力があるの?」


「いや、私は見ての通り黒翼種こくよくしゅだ。そのような能力はない。あれは白翼種独自の能力だからな」


「……心を読み、操る――」


 シオンの説明を受けても、魔力を持たないあたしにはいまいちピンとこなかった。けど、ふと思い出した。ルーチェを突き飛ばしてしまった時に、人が変わったみたいにあたしを責め立ててきた人たちのことを。そこの中心にいたのは、誰でもないルーチェだ。


「……まあ、あなたとお話しできるのも、これで最後ですから、全てをお話しして差し上げましょう。偽りだとはいえ、一時的に学友でした訳ですし」


「最後って、どういうこと……?」


「そのままの意味ですわ」


 ルーチェはお人形のような微笑みを浮かべ語り出す。これまでのこと、あちらの世界のこと。そして、これからあたしたちが迎える結末を……。




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