04
「……《世界》は、この地に生きる全てを消すことにしたようだ……」
静かだが力強く、シオンが呟く。
「――――いやあぁぁぁぁっ!!」
突如、耳を劈くような悲鳴が響く。甲高く空気を切り裂くような悲鳴。
その声は、ルーチェの口から発せられていた。
先程まで支配者の顔であたしたちを見ていたルーチェが、今は恐怖に顔を歪めていた。自分に襲いかかるものが信じられず、必死にそれを振り払っている。
ルーチェの身体は炎に覆われていた。彼女の生み出した蒼い炎に……。
「何故、何故なのっ! どうして、私を襲うのっ!!」
どんなに暴れようとも、蒼い炎はルーチェの身体から消えることはない。
でも、その炎はどこか変だった。
あたしの知る《断罪の炎》は、人を内側から燃やし、耐えがたい苦痛を与えていた。しかし、今ルーチェを取り巻いている蒼い炎は、皮膚の上を揺らめき外側から燃やしている。
しかし、その炎の揺らめきは肉を燃やすのではなく、肉を飲み込んでいっているようだった。苦しみを与えることなく、じわじわと身体を消失させている。
「ルーチェ・エタンセルマン。お前たち一族は《断罪の炎》を自分たちが創り出し、受け継いできた能力だと思っていたようだが、それは違う……。お前たち一族の能力も、私の一族の能力も、人の手によって創られたのではない。《世界》によって与えられた能力だ。……いや、そもそも魔力だけではない。人の命もそうだ。……全て《世界》が創り与えた物だ」
「な、なにを……言っているのですか……」
ルーチェの声は震えていた。先程まで、あんなに毅然とした態度だったのに、今は自身に振りかかる現状に困惑し、激しく取り乱していた。そうしている間にも、ルーチェの身体は指先や足先から少しずつ消失していっている。
「私たちは《世界》の創造物だ。その創造物である我々が《世界》を思い通りにしようなど、考えてはいけないことだったのだ。……だから、《世界》は我々から能力を奪い、創造物全てを消そうと考えたのだろう」
「……そ、そんな。何故、貴方にそんなことが分かるのですか……」
「私はエルデの者たちと共に《世界》に飲まれた……」
シオンは蒼い炎が取り巻くルーチェの腕に、自分の手をかざす。
かざされた彼の手からは、透き通った水が一滴、二滴と流れ落ち、ルーチェの腕を濡らしていく。しかし、それだけだ。ルーチェの腕には何の変化も現れない。ただ、無意味に濡れていくだけ。
シオンの能力は《贖罪の水》。全てを癒す力を持つ水。あたしは修行で負った傷を、その能力で治してもらっていた。そして、あの日も内から燃やされる苦しみから救ってもらった。だから、シオンの生み出す水は、ルーチェを覆う蒼い炎も消し去るはずだった。
「……ま、まさか……」
濡れただけの腕を見て、ルーチェの顔が強張る。
「そうだ。眠りから覚めた時、私の中から《贖罪の水》の能力は失われていた。そして今、お前からも《断罪の炎》の能力は失われている」
自分の意に反し襲いかかる炎と、シオンの語る言葉が重なり合点がいったのか、ルーチェは落ち着きを取り戻し自嘲ぎみに呟いた。
「フフッ。私たちはエルデを滅ぼすつもりで、自らも滅ぼしていたのですね」
足と翼を失ったルーチェの身体が赤土色の大地に崩れる。そして、彼女は全てを受け入れ、お人形のような笑みを浮かべたまま静かに蒼い炎に包まれ消えていった。
あっという間の出来事だった。あたしはルーチェが何も残さず消えていった場所を見つめたまま、動けなくなっていた。
「……あっ」
赤土色の大地に、拳大ほどの大きさの蒼い炎が一つ浮かび上がる。それは、少しずつ数を増やしていき、大地を覆っていく。
「……あたしたちも消えちゃうんだね」
あたしの小さな呟きに、シオンが頷く。
何気なく周囲に視線を送ってみる。ここには、あたしたち以外にも多くのエルデの民が居る。みんな、蒼い炎に対する恐怖は同じはずだ。だけど、不思議とみんなから恐れは感じなかった。シオンの声が届いていた訳ではないと思う。けど、みんな消滅を受け入れているようだった。
きっと、《世界》に飲まれ一緒に夢を見たことで、《世界》の導きだした結論を無意識に受け取っていたのかもしれない。
「消えるのか……」
今度はコータがポツリと言う。そして、あたしたちに背を向け、どこかへと歩き出した。
「コータ、どこに行くの」
立ち止まって振り返ったコータは、ニカッと牙を見せ笑う。
「ユウイんとこ。俺たち、ガキの頃から一緒だったのに、このまま一人で消えていくって、ユウイ寂しがるだろ」
「――――っ! あたしも行くっ!!」
一人で死んでいってしまったユウイ。大好きなユウイ。姉妹であり、親友だったユウイ。
彼女は、今も一人であの場所に居るんだ!
あの時は流れてこなかった涙が溢れてくる。大好きな人を失った寂しさに満ち、頬を濡らしていく。あたしはシオンの手を振り払い、コータの後を追おうと駆け出す。
しかし、コータはあたしの行動を止める。
「ミヤは、こいつと一緒にいろ」
「でも、ユウイがっ!!」
コータが少し寂しそうにあたしの顔を見据える。
「……俺はミヤを色々と傷つけた。後悔することも、たくさんある。お前の気持ちが俺に向くことはなくても、俺はお前が好きなことに変わりない。……だからさ、好きな女の幸せを願うのは、当たり前のことだろ。それが、いっときしかない幸せでも……」
「……コータ」
「お前がユウイを大好きだったことは知ってる。ユウイもミヤが大好きだった。だけどさ、ミヤがあいつよりも自分を選んで来たなんて知ったら、ユウイはどう思うだろうな。ユウイのことだから、きっと激怒するだろうな」
知っている。ユウイはきっとあたしを怒るだろう。ユウイは誰よりも、あたしの幸せを願ってくれていた。だからこそ、傍にいたい……。
それなのに、シオンの傍にいたいという思いも強くある。
ゴツン。あたしの頭に拳が落ちる。
「だーかーらー。心配するな。ユウイには俺がついててやるんだから。ミヤは自分の気持ちに素直になれ」
コータの拳が離れていく。そして、その手はあたしの身体を押し、シオンの元へと送る。
「てめぇっ! 最後までミヤの手を離すんじゃねーぞ」
そう、シオンに向かって吼える。
「ああ。分かっているとも」
シオンがあたしの手を強く握り締める。それを見届けたコータは満足そうに笑みをこぼし、ユウイの元へと駆け出した。
「ミヤッ! もし、違う世界で出会えたら、また三人で遊ぼうなっ!」
最後に振り返ったコータが手を振り、別れの言葉を叫ぶ。
「うんっ! また、いっぱい遊ぼう。絶対にっ!!」
あたしは精一杯手を振り返し、別れと再会を誓う言葉を送る。
コータの後ろ姿がしだいに小さくなっていく。それでも、あたしは手を振り続けていた。コータの姿が完全に見えなくなってしまうまで……。
「コータは、お前と同じで直情的で優しい男だな」
「……うん。ちっちゃい頃から、ずっとコータの優しさに甘えてきた。あたしもコータをいっぱい傷つけたのに……結局、最後までコータの優しさに甘えることになっちゃった……」
あたしは溢れていた涙を拭う。シオンは優しくあたしの髪を撫でてくれる。くすぐったくて、照れくさい。……だけど、その大きな手がすごく愛おしい。
「ねえ、シオン。一緒に星空見ない?」
「ああ、そうだな。今宵は月も星も美しいからな」
あたしを抱きかかえ、シオンは翼を羽ばたかせる。そして、夜の空へと舞い上がる。




