07
数日後、あたしはシオンとの一緒に夜空を眺めていた。
いつの頃からか、今夜のように月や星が綺麗に見える夜は、修業をせずに空を眺めるようになっていた。数多ある石柱群の一つに登り、並んで腰を下ろし眺めているだけなのだが、それはそれで有意義な時間に感じられた。
こんな風に夜空を眺める日は、戦闘や修行の話しは抜きにして、他愛ない会話だけを楽しんでいた。
その日あったこと、家族のこと、親友のこと。色々なことを話していた。と、言っても、話しを持ち出すのは圧倒的にあたしの方が多かった。
シオンはあまり自分のことを語ろうとしなかった。
ルフトのことをほとんど知らないあたしは、色々と聞いてみたいことはあった。しかし、シオンはあまり良い顔はせず、返答も濁すようなものが多かった。以前に一度だけ、しつこく問いただしたことがあったが、その時のシオンはとても哀しそうな顔で夜空を眺め、こぼすように呟いた。
「…………私は、自分がルフトとして生まれたのが哀しい……」
見ているあたしでさえ哀しく感じてしまうほどに、辛く哀しそうな表情だった。
その姿を見て以来、あたしはシオンにルフトのことを尋ねることはしなくなった。あんな表情は、二度も見たいとは思わなかったから……。
だけど、シオンはあたしの話しを聞く時は、笑顔を見せ楽しそうに聞いてくれる。
シオンはとても優しく穏やかな笑顔を見せる。最初の頃は無愛想で冷たい印象が強かったけど、何度か会い会話を重ねていくうちに、目に見えて笑顔が増えていった。
年齢が幾つか上ということもあり、あたしと同年代のコータが見せる無邪気な笑顔とは違い、落ち着きのある静かな笑顔だった。あたしはその笑顔が嫌いではなかった。どちらかと言えば、何度も見たいと思っていた。
だから、たくさん話しかけた。色々なことをたくさん。
「随分、直情的な告白だな」
シオンは他人事ゆえにか愉快そうに言う。
「こっちは笑い事じゃないんだよ。……あれから、コータとも話せてないし」
ふて腐れてそっぽを向くあたしの頭を、シオンは子どもをあやすみたいに撫でる。
「笑って悪かった。……で、ミヤはコータとどうしたいと思っている? 彼の言うように、一緒になって家族になりたいのか?」
あたしは顔を背けたまま、考えることなく首を横に振る。
「あたし、今の家族に会えたことは、すごく嬉しかったし、幸せだと思ってる。だけど、自分が新しい家族を作るっていうのは、実感が湧かない。家族や友人としての『好き』は分かるんだけど、異性としての『好き』や『愛してる』ってのは、よく分からない。ユウイが色々と聞かせてくるけど、全然分かんない。結婚って、そういう感情の先にあるんでしょ」
シオンはあたしの問いに対し、静かに答える。
「その気持ちは、他人である私が教えることはできないな。人を愛する気持ちは自分で気づき、それを自身が受け入れることができなければ、永遠に知ることも感じることもできないかもしれないな。……ただ、時にその気持ちは、大きな苦しみを呼ぶこともある。そして、その大きさゆえに、自分や他人を傷付けてしまうこともある」
「なんだよ、良いことないじゃん」
曖昧だったことに加え、マイナス要素もある答えに、あたしは唇を尖らせ石柱から投げ出していた足をぶらぶらとさせ不満を訴える。
「だがな、互いを愛し合う気持ちが重なれば、それは最も大きな幸せとして感じることができるだろうな」
「苦しかったり、傷付けたり、幸せだったり。やっぱり、『愛する』ってわけが分かんない」
「ミヤもいずれ知るようになるさ。家族や友人を好きだという気持ちを持てているのだからな」
そう言いながら、シオンはあたしの頭を撫でる。
シオンは他人の頭を撫でる癖があるみたいだった。事あるごとに、あたしの頭を撫でてくる。修行が上手くいき誉める時、失敗して慰める時など、本当に度々だ。最初は鬱陶しく感じることもあったが、最近は慣れてきたのか、そう感じることもなく心地よささえ覚えていた。
「くすぐったいっ!」
で、時々こうやって反抗してみたりする。しかし、シオンは笑いながら「そうか」と言うだけで、撫でる手を止めることはなかった。
「シオンは頭を撫でる癖があるの? 嫌じゃないの? こんなゴワゴワな髪の毛触るのって」
あたしは、ついきつめに尋ねてしまう。すると、あんなにもしつこく撫でていた手の動きが止まり、ゆっくりと頭から離れていった。シオンの手の温もりが離れ、夜の冷たい風が髪の隙間に入り込む。きつく言い過ぎたのかなと、少しばかりの後悔と寂しさを感じてしまう。
しかし、離れていったシオンの手は、無造作に伸ばしているあたしの髪の毛先に触れる。そして、その髪を一束掴むと自分の鼻先まで持っていった。
「嫌じゃないさ。ミヤの髪の毛は、自然と同じ香りがして落ち着くからな」
その言葉は以前ユウイに言われた言葉と似ていた。だけどユウイの時とは違い、あたしの胸は運動をした後のような動悸が襲っていた。
言葉の意味は以前と同じように分からないけど、今はなぜか妙に照れくさかった。
「……それって、ユウイにも言われた。大地の匂いがするって」
シオンは目を細め、静かに微笑みかけてくる。
「ならば、私とユウイはミヤに対して似たような感情を抱いているのかもしれないな」
「…………?」
あたしはその言葉の意味を全く理解できていなかった。ただ、自分の照れくささを隠したくて、尻尾を大きく揺らしシオンを払い除けてしまう。
なぜだか、シオンといる時は言葉が素直に出てこないことが多かった。
この日の夜も、この満天の星空を見上げながら思っていた。
『また、この星空をシオンと見れたらいいな――』
だけど、この気持ちは口に出すことができなかった。コータと夕日を見た時は、あんなにもすんなりと口を衝いて出たのに、シオンと一緒だとそれができないのだ。自分のことなのに、それが不思議でたまらなかった。
でも、あたしは口に出せなくても願う。
いつまでも、こんな時間が続けば良いな、と――
しかし、その小さな願いは何の前触れもなく壊されてしまうのだった……。




