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月夜に獣は夢をみる  作者: 忍田そら
エルデの民とルフトの民
28/35

08

 その日、あたしはユウイの買い物に付き合い雑貨店に寄っていた。

 ユウイは店内を隈無く歩き回り、あれもこれも手に取り、お財布と相談しながら色々と吟味している。あたし自身は買いたい物があるわけではなかったので、ユウイの後について店内をあてもなくフラフラとしていただけだった。



「さて、これからどうする?」


 買った物がたくさん詰まった紙袋を抱え、ご満悦なユウイが尋ねてくる。


「んー。どうしよっか。特に行きたい場所もないし……」


 遠出をするには遅く、家に帰るにはまだまだ早い微妙な時間。あたしは適当に時間を過ごせる場所がないか、思考を巡らせる。


「だったらさ、酒場に行く? お酒を飲むには、まだちょっとだけ早い時間だけど」


「…………酒場って、コータのとこだよね……」


 ユウイは笑顔で頷く。


 あの日以来、コータとは話しどころか、顔すら会わせていなかった。何となく声をかけるタイミングとかもないまま今に至り、改めて出向くにしろ少々躊躇いがあった。


「ミヤ。最近、コーくんのこと避けてるでしょ。何があったかは知らないけど、いつまでも逃げてたらダメだよ」


 ユウイはあたしがコータを避けている理由を聞いてこない。だけど、二人の間にいて、二人の雰囲気を直接感じることのできる立場。おそらく、ある程度のことには気づいているのかもしれない。


「……ユウイ。……分かったよ。コータのところに行こう」


 あたしはユウイの言葉に背を押され、けじめをつけるために酒場へと向かうことにした。



 さすがに時間も早く、酒場はまだ開店準備中だった。しかし、今日は飲むために来たのではない。「おしっ」と意気込み、ドアに手をかける。


 しかし、そんな時だ。酒場周辺が普段とは違う賑やかさなのが気になった。内心まだ避けたい気持ちがあったのか、あたしは簡単に周囲の異変に気をとられ、ドアから手を離し振り返った。

 外を歩く人たちは、騒がしくしながら一様に空を見つめている。なかには、ある一点を指差している人もいた。あたしは彼らの視線の先にある物を見ようと、目を細め遠くを見つめる。横でユウイも同じように空を見る。



 まだ青さの広がる空に、人影が一つ。

 しだいに近づき大きくなっていくその人影は、鳥のような黒い翼を羽ばたかせている。


「――――えっ!? シオン?」


 遠目なのに、あたしにはそれがシオンだと分かった。


 だけと、不思議だった。まだ明るい時間。それどころか、エルデの民が多くいる集落に、シオンは降り立とうとしている。あたしは何度か会っているが、時間はいつも夜。そして、場所は石柱群の生えるあの場所だけだ。


 異様な感じがした。そして、なぜか嫌な予感もしていた。



 シオンはエルデの地に降り立つ。


 彼の様子は、いつもとは異なっていた。普段は感情の起伏があるのかと思うほどに冷静なのに、今の姿は誰の目から見ても分かるほどに焦りの色が出ている。


 ――そして、叫ぶ。


「逃げろっ!! どこでも良いから、早くこの場から逃げるんだっ!!」


 声を荒らげ、必死に訴える。


 しかし、ここは《大地ける》の地。《》があたしたちを見下しているように、エルデの民も彼らのことを嫌悪している。だから、突然現れたルフトの民の声を、エルデの民がまともに聞くはずもなかった。

 人々は怪訝そうな表情を浮かべ、遠巻きにシオンの姿を見ているだけだった。


「シオンッ。どうしたの?」


 この地で唯一、彼と交流を持つあたしだけが躊躇いもなく近寄っていく。


「ミヤ。よかった……。早く、逃げるんだ」


 明確なことも言わず、ただ逃げろと訴えるシオン。


「シオン? なに? どういう――」



「うあああぁぁぁぁーーっ」


「いやあぁぁーー」



 あたしの疑問を遮り、突如あがり始める悲鳴。それは至るところから響き渡ってくる。


「――な、なにっ!?」


「しまった。遅かったか……」


 シオンが眉をひそませ唇を噛み締める。


「遅かったって、なに? なにが起こってるの?」

 悲鳴と共に姿を現す蒼い炎。そして、人々の身体に黒いシミが浮かび上がり、苦しみ悶え口から煙を吐き出す。


「な……に……これ……」


 突然、襲いかかる異常な出来事。思考がついていかず、動けなくなってしまったあたしの視界に、幼い子どもが苦しみ踞る姿が映る。子どもの身体は黒いシミに覆われ、シミからも黒い煙が出ている。


 ――子どもが燃えている! そう、咄嗟に判断したあたしは、深く考えることなく水路から水を組み上げ、その子の身体にかけた。しかし、水は子どもの身体の表面を濡らすだけで、何の変化も見せない。まるで内側から焼かれているみたいに、濡れた表面を乾かしてじわじわと黒いシミを広げていっている。

「なにこれ……どうなってんの……」


 茫然と見ている目の前で、子どもは人の形をした黒い炭の塊になっていく。

 目の前で何が起こってるのかを理解できないまま立ち尽くすあたしの耳に、叫びに似たシオンの声が届く。


「――ミヤッ! 早く、そこから離れろっ!!」


 「えっ?」と、思う間もなく、あたしの胸が熱い痛みが襲う。


「……あっ…………ああっ……」


 身体の奥が焼けるように熱くなり、息ができない。膝がガクンと折れ、目の前の子どもだった物みたいに踞り、苦しみ悶える。


「――ミヤッ」


 冷たくて大きな手が背中に触れる。そこから、よく知る優しい冷たさが広がっていく。身体中に冷たさが浸透していくと、熱い苦しみが嘘のように消えていった。


「――――っはあぁ」


 空気が肺に送り込まれる。苦しみが消え、呼吸を繰り返し、自分の生を実感していく。

 あたしの横にはシオンが居た。背中に手を置いたまま、荒いながらまともに呼吸をしているあたしを見て安堵の表情を浮かべている。


「あ……ありがと……シオン」


 シオンは何も言わず頷くと、あたしを抱えるように起こした。


「おいっ。何だよ、これはっ!」


 いつの間にか、あたしたちの側には牙を剥きシオンを睨むコータと、その後ろに怯えた様子のユウイが立っていた。そして、多くの人々も皆一様に、険しい表情でシオンを見ている。

 誰もがこの異常な出来事の発端が、この地に居るはずのないルフトの男だと認識している。嫌悪、不安、困惑、恐怖。様々な負の色が混じった目をシオンに向けている。


「――てめぇ。なんか知ってんだろっ。説明しろっ!!」


 掴みかからんばかりの勢いでコータは叫び迫る。その叫びにシオンは、皆を見据え訴える。


「詳しく話せば長くなってしまう。……だが、これだけは言っておく、蒼い炎には近づくなっ! 一度、身体に浸透してしまえば内側から身体を焼き尽くす。これは、人の力では決して消すことはできない。――炎に近づかず、とにかく逃げろっ!!」


 シオンの言葉が終わるや否や、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げまどった。自分たちの目にした出来事とシオンの切迫した言葉が重なりあい、現実の恐怖として強く降りかかってきたのだ。

 あたしたちも逃げなければと、肩を借りていたシオンから離れ、怯えたままのユウイの手をとる。


 その時だ――


「うわぁーー! ルフトだぁーーっ!!」


「いやぁぁあ、助けてぇーっ」


 至るところから上がる悲鳴。悲鳴の先には、恐れ逃げ惑うエルデの民。そして、彼らを追う白い翼のルフトの民。

 白い翼のルフトは、空を舞い、狩りでもするようにエルデを追い込み、手にした剣で切り裂いていく。赤い血が舞い散り、人々が地に崩れていく。そして、彼らは内から肉を焼かれ、黒い人の形をした炭の塊に変わっていく。


「な、なんだよ、あいつら……」


 コータの声が震えている。


「……なんで、ルフトが……」


「…………」


 シオンは怒りや苦悩、哀しさなどの入り交じった複雑な表情を浮かべ、目の前で繰り広げられている惨劇を見つめ、あたしたちの疑問には答えない。


「…………あ、……いや……」


 辛うじて立っていたユウイが、恐怖で地べたにへたりこんでしまう。


「……奴らに見つかる前に、早く逃げるんだ」


 そう、シオンは促す。シオンは同族であるはずの彼らを嫌悪している。聞きたいことがたくさんあった。でも、今はそんなことを聞いている余裕なんて無い。

 あたしは震えるユウイの手を、強く握りしめる。


「ユウイ。怖いけど、今は逃げないとダメ。早く立って、逃げよう」


 ユウイは奥歯をカチカチと鳴らしながら、小さく頷く。


 あたしたちは走り出す。恐ろしい蒼い炎から逃げ出すために。



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