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恐怖

「にゃあ~」


...サイアクだ。



この日、相川さくらはついていなかった。


先程まで。ただでさえ彼女は、トラウマもどきのマゾヒストにいじめろと懇願されていたのだ。あまりにも恐ろしすぎたそれであったが、そのためにさくらはこれ以上のものはないとおもっていたのだ。



油断した!



さくらはそう思った。


そうだよ、終わるはずなんてないんだよ。チャラ黄のバカヤロー!


既にさくらは暴走ぎみだった。少なくとも、心の中で雷に暴言たれるぐらいには焦っていた。鳴き声ひとつで涙をこぼすほどには動揺していた。



さくらの視線の先には、お嬢様お坊っちゃま方に囲まれた一匹のねこがあった。




相川さくらには苦手なものがある。


先ほどの通り、マゾヒスト然り。


そして、生きている動物もまた然り。


そう。生きている動物。おかしなことに死んでしまったものは全く問題ないのだ、コレが。だからこそ飯島らに、部屋の前にイベリコ豚を置かれていても平気でいられたのだが。むしろ嬉しかったぐらいだ。まあとにもかくにも、だ。これが以外にも、厄介なのである。そりゃあそうだろう。なんせ、一般社会において、ペットという存在はそう遠いところにあるものではない。考えてさえ見れば、そこら辺にごろごろと生き物は転がっているのだ。


それにさくら。お分かりだと思うが、可愛いものが大好きなのである。


こねこ、こいぬ、りす、うさぎ...。見てしまえば近づいて抱きしめたくなる程度には、さくらはどうぶつが好きだ。


しかし。少しでも近づいてみろ。体はブルブル震えだし、いつしか足は地面に縫い付けられるであろう。


そんなさくらは、生まれてこのかた生きた動物(人はぬいて)に触れたことがない。襲いかかる恐怖はくぐり抜けてきた!しかしでもやはり、触れたい。だが、言い知れない恐怖によって、それは拒まれてしまうのだ。



つまり、だ。


端的にいってさくらは動物がかわこわい。


可愛くて怖いのだ。おお、新ジャンル!なんて、呑気にいってる場合でない!ガチだ。ガチンコだ。本気と書いてマジと読む。それほどにも怖いのだ。



変わっているということは、さくらだって承知している。これでは好きだけど嫌いっ!と言っているようなものだろう。意味わからん。だがしかし、ムリなのだ。ムリなものはムリなのだ。



そんなさくらには最悪の体質がある。


"悪運をひろげる"。


いや、これでは正しくはないか?しかしそのようなものか。


だがまぁ、いい例はあるだろう。たとえば。マゾが怖いと思ったところに、マゾ(雷)が現れたり..そこから逃げたと思えば、こんどはまたねこに遭遇したりと。


...怖いものに最悪のタイミングで会いやすい体質、だろうか?それでもサイアクなものだろう。


そして、もうひとつ。


サイアクにして最大のさくらの体質があった。


...動物に、好かれやすい。


さくらが思いきり怖いですオーラを放とうと、近寄るな貞子オーラを放とうとなんのその。


少しずつ少しずつ近付いて、飛び付こうとしてくるのだ。



今までにも危ないことは何度もあった。しかし、そのすべては過保護なパパが追い払ってくれたのだ。しかし、今現在ここにパパはいない。


さくらのカンは、恐怖で高まる心音と共にけたたましいほどなりわめいている。


そして。さくらは見てしまった。



ねこが、さくらと視線をあわせたのを。



ぶるり、と悪寒がはしった。


しかしよくよく見ればそのねこ、首輪をつけているのだ。遠くから見てもキレイなけなみに首輪。結論はようやすくでる。



あのねこ...飼いねこなのです~...。


面倒なことになっちゃったのですねぇ...。



もはや心の声まで頼りなげに聞こえる。


しかしそれでもさくらはさくら。こんな精神状態でも、その思考を止めはしない。


清蘭はペット禁止だ。


部屋は二人一組の相部屋であるし、アレルギーのある人もいる。大切なお嬢様お坊っちゃま方にもしもがあることは許されない。



誘拐・盗難・傷害などあってはその名、ブランドにも傷がついてしまう。その為、セキュリティは結構整っている。まあ、陸兔に言わせればセキュリティをのっとることなど容易らしいが...あれは別次元に生きているのだ。闇の不死鳥(金以外もある)と凡人(ただし金だけはある)を比べてはダメだろう。そういうことだ。



はい、です?なんで飯島先輩は人を忍び込ませられたのか、です?そんなのしらないですよ~、ハハハ。



お前がなにを言う。


誰か事情を知るまともな人がここにいれば、確実に疑惑の目を向けられていたことだろう。そりゃそうだ。こんなのさくらがやらずしてだれがやる。


モニターをちょちょっといじくって、管理人さんが席を離れた隙にトラやジュンに指示をだし、中に入らせて。


そんな暗躍者など、さくら以外にいるであろうか?いや、いない。



というか、あれだけの為にここまでしたのかとあきれる方が先だろう。もはや相川さくらという人物、細かいところまで仕掛けすぎていてどこまでが罠なのか皆目検討もつかない。


用意周到どころかこれはもう次元をこえてぶっ飛びすぎだろう。


石橋を叩いて渡るというが、相川さくらが叩いて確めるにはステッキでなく鉛でも必要なのだろうか。それにここまでした理由を聞いてみろ。念には念をです!というわりにフフフ笑いだぞ。その実、単純に面白そうだから、と場を整えるために手のひらで踊らせていただけだ。


...考えてみればどちらが悪役なのか。良いことをしている...筈だよな?な?なぁんて外野が思おうが、きっと彼女にはどうでもいいことなのであろう。だからこそ、タチが悪いのだ。



まあ、とにかくだ。清蘭のセキュリティは甘くはない。それは確かだ。いくら陸兔やさくらが簡単にどうにかできるとしても、水樹などはそれを何度も利用しているとしても、武津や雷、無垢が暇潰しに除いているとしても。それは彼らが規格外なだけなのであって、清蘭が終わった訳ではない。



つまりだが、親族さえも入るのに手順が必要なそのセキュリティを抜けたというならば、このねこは確実に寮の飼いねこだろう。誰かがこっそりと飼っていたねこ。今まで知られることがなかったのが不思議ではあるものの、飼い主がいることは確実。ならば、あのねこは回収しなければならないのである。



さあ、ではここで状況を見てみるです。


震えつつもさくらは前を見る。


木の上で威嚇するねこ。それを囲むお嬢様お坊っちゃま。


さあ、耳を済ますのです~、いちにのさん、はいっ。



「汚ならしいですわ。どうにかして下さいな」


「まぁ、何てみすぼらしいこと。イヤァ、こっち見て爪たててるわよ。ちょっとやだぁ。あなたたちコレ、外にやってよ」


口々にねこを罵り、男を動かそうとする女ら。目をつり上げて罵る姿は般若のひとことに限る。出来ればマゾはすべてこっちの女にくっついてくれればいいのに...とさくらは疲れたようにため息をついた。



これを無視すればどうなるのかわからない。出来れば放っておきたいものだが...。



「にゃあぉ」


語尾にハートマークでもついていそうな甘ったるい声で泣かれれば。


それも、一方的に逃がさないよぉとでも言いたげな声色をだし、あろうことかすでに私にそれを向けられていれば。


私は覚悟を決めることしか出来ない。



とんっと、軽やかにねこが木から降りた。


そして男らの手を器用にくぐり抜けたかと思えば、済ました顔でこちらへ歩いてくる。


さくらはそれに、肌があわ立つのをかんじた。



「ハハハ...さすが、みすぼらしいねこだな。貞子に近付くとは。ハハハ...」


「本当だね。汚ならしいもの同士お似合いだよ」


お坊っちゃまたちのバカにする声。



「あら、あのねこがどうか...っキャアッ!あ、あ、あ...バカ、黙りなさい!口を開かないで!」


「ア、アぁ...こんな、ことって...いやっ。いやですわっ。謝ってくださいな!早くっ!つべこべ言ってるひまないですわっ!相川様、も、申し訳ありませんっ!ど、どうかおとがめだけはお許しくださいな!」



そして、男らとは正反対に可哀想にもブルブル震え、顔色を真っ青にする女二人。


どうした、だのなぜ、だの周りは問うも、二人は余裕がなく、(彼らにとって)訳のわからないことを並べ立てるばかり。


困惑している人らをおいて、その群れのリーダーであったはずの人物、阿部(あべ) 麗子(れいこ)東堂(とうどう) 小百合(さゆり)はさくらに向かい、必死に頭を下げる。



なぜ、ここまで焦るのか。心当たりのあるさくらは少し前の自分を反芻し、やり過ぎたかな、とちょっとだけ後悔した。


果たしてこれはちょっとで済む反応なのだろうか?恥など無視して土下座でもしそうなその様子は、少しどころで出来る光景ではない。しかし、今ここにさくらにツッコむ者は誰もいないのだ。



涙がバレないようさっと片手だけを降れば、意味が通じたのかペコペコ頭を下げ去っていく集団。



はいです...これはアレなのです。


説明のめんどくさくなったさくらは簡単に理由を表した。


阿部先輩は琳李ちゃんにつっかかった赤会長のファンクラブ会長さんで、東堂先輩は桃ちゃんのことでお世話になったですからねぇ。



あまりの怯えように驚くも、少しばかり楽しむような素振りをみせるさくらは本当にタチが悪い。まるで悪魔かなにかのようだ。ラスボスのようにそびえ立つ、おどろおどろしい様子の貞子。はたして、これを倒せる者など居ないのではないか?



しかし。勇者はここにあった。


さくらからたつ黒いモノを軽く受け流し、シャナリシャナリと歩いて、隙をうかがい。


去っていく集団にさくらが視線をとらせた隙に、さくらの足元へ飛び付いたのだ。



「いやっ!ですっ!」



涙がさくらの頬を伝う。


落とそうとするにも、怖くてあまり強くは振り払えず、かといって触ることも出来ない。


恐怖の初・タッチ体験である。


さくらはなすすべなくへたりこんだ。



「ひぐっ、ひくぅ、はなしてくださいですぅ~。グスッグスッ、はなしてくださいですよぉ~、う"ぅ"っ」


涙が止まらない。ふわふわとした心地のよい毛がさくらの肌をなでるたびに、言い様のない悪寒と恐怖が身体中を駆けめぐり、さくらは震えだす。



しかし、ずっとこうしているわけにもいかない。そんなこと、さくらにだって分かっている。だが、声をかけようが両手をパンパン叩いて脅そうがねこは気にせずさくらに引っ付く。今すぐにでもひっぺがしたいところだが、触れるのは怖い。


どうにか頑張って、目をつむりながら触れようとしては毛の先が指をかすめるたびにキャアと叫んで泣く。人間、無理なものは無理なのだ。いくら努力しようと、いくら無心であろうとしても、どうにもできないこともある。


今回はまさしくそれだった。



...そうやって大人になっていくのですね。


恐怖で思考がブッ飛んださくらは、まるで他人のようにそう考えた。その目はすでに、生気を失っていた。遥か遠くのお空を眺めつつ、さくらの心は津波が躍り狂っていた。



さくらにしては珍しくウジウジとなやみつづけること数十秒。葛藤の狭間でついに意気消沈したさくらは、長い足首丈スカートの中から、布を取り出した。


ハンカチよりも大きめなそれを二つ折りにして、それを自分の前に置いた。



「お願いですぅ。乗ってくださいですよぉ。ちゃんと飼い主さんを探すですから、お願いですよぉ~、ひっく、ひっく」


ジーッとねこがさくらを見る。さくらは思わず視線を反らした。


フンッとねこが鼻で笑ったかのような音をだし、ふてくされたようにさくらから離れた。



やった!やったです!離れたのです!



さくらの心はお花畑。まるで余命宣告を取り消されたかのように晴れ晴れとしていた。


だが。この世の中そこまで上手くはいかないものである。


ボテボテと歩いたねこは、そのまま去ることはせずにぼてんと布へとのっかった。...ですよねー。ねこが立ち去るかと胸を高鳴らせていたさくらは、それがただのぬか喜びだったことにガクリと項垂れた。しかし。さくらの心は常に計り知れないもの。怖いと思う反面、さくらを求めるねこを可愛いとも思うのだ。底知れない恐怖と、小さな可愛らしさ。


結果、さくらは布の四隅を持ってねこと共に歩くこととなった。


だが、さくらはそれがどんな結果をうむのか考えていなかった。



その日、清蘭にひとつの階段話が出来た。



放課後、声をあげる生首を布にくるみ、校舎をさ迷い歩く幽霊。その者を見たものは、恐怖により意識を失うらしい...と。



ひぐひぐと泣きながら、さくらはこのねこを預けることが出来、なおかつ陸兔のいるところへ向かった。今の今では向かいたくないところであるが、そんなのこの恐怖に比べたら可愛いものだ。



ブルブル震え、足に力の入らない中転びそうになるのを何度もたえて、やっとさくらはそこへたどり着いた。



そこにはちょうど、書類を持った雷がいた。


その姿を認めて、びくりと体を跳ねさせるが、すでにこれ以上の余裕はない。


こわいこわいこわいこわい。

さくらは既に考える思考を放棄していた。


対する雷は、さくらを見て目を輝かせるもいつもと異なるおどろおどろしい様子に震え、そして歓喜した。



「開けてくださいですぅ~」


そのか細い声が、どこから発せられたものなのか。雷がそれを理解するのに、長い間がもうけられた。


理解してみると、なんと女王様が泣いているようにも見えてくるのだから不思議だ。困惑したまま、可笑しな体制をとるさくらのためにドアを開けてやる。



「リグぅ~!」


さくらはドアから飛び込んだ。



そして、話は36話に戻る。



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