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第7話:花の名前が知りたくて

 花の名前を知りたい。


 カトレアの、そんな小さな願いから話は始まった。


 ……いや。


 こうして口にしてみると、何だかずいぶん大げさだな。


 私たちは今、シルク王国邸の庭にいる。


 さっき、ルルさんとララさんを見送ったばかりだ。


 カトレアは花壇の前にしゃがみ込み、淡い色の小さな花をじっと眺めていた。


「お父さん、これ!」


「うん。綺麗だね」


「昨日より、いっぱい咲いたの!」


 ……おお。


 よく見てるなぁ。


 昨日は確か、つぼみの方が多かった気がする。


 でも今日は、いくつもの小さな花が開いている。


 カトレアが嬉しそうなのも分かるね。


「ねえ、お父さん。これ、何ていう名前?」


 …………。


 ……あっ。


 その質問、さっきもされたね。


「ごめん。やっぱり、私も知らないなぁ」


「そっかぁ」


 カトレアは少しだけ考え、それからすぐに顔を上げた。


「じゃあ、調べよう!」


「うん。そうしようか」


 ……ああ。


 いいね。


 分からないことがあったら、自分で調べてみる。


 そういう好奇心は、大事にしてあげたい。


 ただし。


 私は、目の前の花を見つめた。


 ……この世界で、植物の名前って、どうやって調べるんだろう?


 もちろん、植物に詳しい人へ聞く方法はある。


 学校の先生に尋ねてもいいし、図鑑を探してみるのも楽しそうだ。


 カトレアの部屋には、これまでに調べた花を書き留めた記録帳もある。


 ……うん。


 そういう調べ方を覚えてもらうのも、きっといい勉強になる。


 でも。


 今この場で、名前だけ分かる方法があったら?


 ……あれ。


 ちょっと、いいことを思いついたかもしれない。


「桜花」


「はい、リアリス様」


 私の隣で花壇を眺めていた桜花が、静かに振り向いた。


「ちょっと、新しい魔法を考えてもいいかな?」


「……新しい魔法、でございますか?」


「うん。目の前のものが、何なのか分かる魔法」


 ……そう。


 異世界といえば。


 魔法。


 冒険者。


 勇者。


 魔王。


 そして――。


 ……ステータス画面!


 …………。


 ……おおっ。


 そうだよ!


 異世界転生もののお約束、まだ残ってたじゃないか!


「お父さん?」


 カトレアが、不思議そうに私を見上げた。


「……あっ。ごめんごめん」


 ……いけない。


 また一人で盛り上がってしまった。


 この子からしたら、ただお花の名前を知りたいだけだもんね。


「カトレア。お父さん、ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いい?」


「うん! 何するの?」


「花の名前が分かる魔法を作ってみようかなって」


「……まほう?」


 カトレアが、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「うん。でも、上手くできるか試してみないとね」


 ……いや。


 《想像魔法》だから、ちゃんと結果を思い浮かべれば作れるんだろうけど。


 何を表示させたいのか、先に考えておこう。


 私は、しゃがんだまま花に視線を合わせた。


 ……まずは、名前。


 それから種類。


 どんな場所で育つのか。


 今の状態はどうなのか。


 知りたいのは、そのくらいかな。


 でも、植物だけじゃなく、道具や生き物にも使えたら便利だよね。


 例えば、壊れた道具を見て、どこが悪いか調べるとか。


 ……ああ。


 それは便利そう。


 人にも使えるとしたら、体調や得意なことまで分かるのかな。


 ……おお。


 どこまで見えるんだろう。


 ちょっと、試したくなってきた!


 ただ、その魔法の存在が広まったら「他人の情報が見放題じゃないか!」って警戒されそうだね。


 ……うん。それは面倒だ。


 そういえば、私の魔法は無詠唱で使えるんだった。普段は周りに分かりやすいよう魔法名を口にしてるだけだし、外では黙って《鑑定》を使おう。


 画面も基本は私にしか見えない。家族に見せたいときだけ、相手を選んで共有できる。


 知りたい項目も、その都度選べるようにする。


 ……よし!


 これなら、色々と試せそうだ!


 私は、花の名前を知るという最初の目的を、改めて思い浮かべた。


 そのとき。


『《想像魔法》にて《鑑定》が完成しました。』


 …………。


 ……おお!


 きた!


 いつもの女性の声が、頭の中に響いた。


 ……ということは。


 新しい魔法、完成!


 私は思わず顔を上げた。


「できた!」


「お父さん、できたの!?」


「うん。ちょっと使ってみるね」


「うん!」


 カトレアが、わくわくした顔で花を見つめる。


 ……よし。


 さっそく、初鑑定といきましょう!


「《鑑定》」


 私は、小さな花へ意識を向けた。


 すると。


 目の前に、半透明の四角い表示が浮かんだ。


 …………。


 ……おおおっ!


 これは。


 これは、まさしく!


 ……ゲームの情報画面だぁ!


 私は、思わず身を乗り出した。


 画面には、見やすい文字が並んでいる。


 ――――――――――

 名称:アサツユソウ

 分類:草花

 状態:良好

 特徴:淡い青紫色の花を咲かせる。日当たりのよい場所で育ち、適度な水を好む。

 ――――――――――


 …………。


 ……おおっ。


 分かる!


 ちゃんと名前が分かる!


 しかも、状態まで!


「……アサツユソウ」


 私が呟くと、カトレアが顔を上げた。


「アサツユソウ?」


「うん。これが、この花の名前だって」


「わぁ! 可愛い名前!」


 ……ああ。


 そう言ってもらえると、何だか嬉しい。


 ……いや。


 私が名前を付けたわけじゃないんだけどね!


「お父さん、ほかには?」


「日当たりのいい場所が好きで、お水もちゃんと必要みたいだね。今は元気に育ってるって」


「よかったぁ!」


 カトレアが、胸の前で両手を合わせた。


 ……うん。


 そこが気になるんだね。


 名前だけじゃなく、元気に育っているかも知りたい。


 ……ああ。


 やっぱり、カトレアはお花が大好きなんだなぁ。


「お父さん、その文字、どこにあるの?」


 カトレアが、私の目の前をきょろきょろと見回した。


 ……あっ。


 そうだ。


 今の表示は、私にしか見えないんだった。


「ちょっと待ってね。カトレアにも見えるようにしてみる」


「うん!」


 私は、画面の表示先をカトレアにも広げるように意識した。


 すると、花壇の上に、小さな光の板がふわりと浮かんだ。


「わぁっ!」


 カトレアの目が、大きくなる。


「文字が出た!」


「うん。この花のことが書いてあるんだよ」


 ……おお。


 ちゃんと共有できたね。


 桜花も、隣から表示を覗き込んでいる。


「なるほど。植物の名称や状態を確認できるのでございますね」


「うん。思ったとおりに使えそう」


「それは、たいへん便利かと存じます」


 ……ふふ。


 そう言ってもらえると嬉しいな。


 カトレアは、しばらく画面の文字を眺めていた。


 そして。


「お父さん! お花のノートに書きたい!」


「うん。いいよ」


「名前と、好きな場所も!」


「そうだね。一緒に書こうか」


 ……ああ。


 魔法で答えが出たからって、それで終わりにはしないんだ。


 自分の記録帳に書いて覚えようとしている。


 ……うん。


 そういうところ、大好きだなぁ。


「でも、カトレア」


「なあに?」


「魔法を使わずに本を読んだり、人に聞いたりするのも大事だからね」


「うん! 学校でも調べる!」


 ……ああ。


 よかった。


 ……よし。


 次は、ほかのものにも試してみようかな。


 まずは、近くの植木鉢。


「《鑑定》」


 名称や材質、状態が表示される。


 ……おお。


 ちゃんと道具にも使える!


 次は、庭に置いてある小さなじょうろ。


 ……うん。


 こちらも問題なし。


 どうやら、見た目だけで名前が分からないものでも、情報を確かめられるらしい。


「……すごいね、お父さん!」


 カトレアが、目を輝かせている。


「そうだね。……ああ、これ、何でも調べたくなっちゃうな!」


「お父さん、楽しそう!」


「うん! だって、見たことのないものも分かるんだよ?」


 ……おお。


 あの植木鉢も。じょうろも。


 庭にあるもの、片っ端から調べたくなるぞ!


 ……と思ったところで。


「お父さん!」


「ん?」


「私のことも、分かる?」


 …………。


 ……おっ。


 カトレア自身が興味を持ったみたい。


「うん。多分できると思うよ。でも、見てもいいの?」


「うん! 見て!」


 カトレアが、ちょこんと背筋を伸ばした。


 ……ふふ。


 何だか、検査を受けるみたいだね。


 私は笑って、カトレアへ意識を向けた。


「《鑑定》」


 ふわり。


 今度は、私の前に小さな画面が現れた。


 ――――――――――

 名前:カトレア

 種族:人種

 年齢:10歳

 状態:健康

 ――――――――――


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと分かる。


 しかも、今は健康なんだね。


 ……うん。


 それが一番嬉しいな。


「どう? お父さん!」


「カトレアは十歳で、元気いっぱいだって」


「えへへ! 元気だよ!」


 ……ああ。


 知ってる!


 毎日あんなに走り回ってるもんね。


 でも、健康だと確認できるのは、やっぱり安心する。


「ほかには?」


「もっと詳しく見ようと思えば、色々分かりそうだよ。面白いね!」


 ……おお。


 どんな項目が出るんだろう。


 でも、カトレアが知りたいのは、まず元気かどうかだよね。


「今日はこれだけにしておこうかな」


「そっか!」


 カトレアは、特に気にした様子もなく頷いた。


 ……ふふ。


 素直だなぁ。


「でも、お父さん」


「ん?」


「お父さんの魔法って、すごいね!」


 …………。


 ……あっ。


 そう言われると、ちょっと照れる。


「ありがとう。でも、カトレアが調べたいって言ってくれたから思いついたんだよ」


「……私が?」


「うん。だから、半分はカトレアのおかげかな」


「やったぁ!」


 カトレアが、嬉しそうに跳びはねた。


 ……ああ。


 こんな魔法が生まれるきっかけが、小さな花だったなんて。


 ……うん。


 平和でいいね。


「リアリス様」


 桜花が、そっと声をかけてきた。


「その魔法は、私にもお使いになれるのでございますか?」


「うん。もちろん。試してもいい?」


「はい。どうぞ」


 ……おっ。


 桜花も興味があるんだね。


 私は、桜花の方を向いた。


 銀色のおかっぱ頭。


 切り揃えられた前髪。


 いつもの落ち着いた微笑み。


 ……ああ。


 今日も可愛いなぁ。


 …………。


 ……って!


 今は《鑑定》を試すんだった!


「《鑑定》」


 画面が切り替わる。


 ――――――――――

 名前:桜花

 種族:ホムンクルス

 外見年齢:20歳相当

 魔力:0

 状態:良好

 永続効果:《不老不死》《状態異常無効》

 ――――――――――


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと桜花の情報が出た。


 魔力がゼロなのも、私が作ったとおり。


 永続効果も、きちんと表示されている。


「どうでございますか?」


「うん。ちゃんと見えたよ。桜花が元気なのも分かった」


「それは何よりでございます」


 桜花が微笑んだ。


 ……うん。


 やっぱり、いつ見ても安心するね。


 でも。


 魔力がゼロなのに、これだけ強い桜花。


 …………。


 《鑑定》の結果だけ見た人には、絶対分からないだろうなぁ。


 ……いや。


 そもそも桜花の強さを知らない人が、うっかり手を出したら……。


 ……うん。


 考えるのは、やめておこう。


「あっ、桜花!」


「はい」


「《鑑定》って、見たい情報だけを選んで出せるんだ。便利だよね!」


「はい。ただ、リアリス様」


「ん?」


「それほどの魔法の存在を知れば、驚かれる方も多いかと存じます」


 ……ああ。


 他人の情報まで見えると知ったら、警戒されるだろうね。


「もともと無詠唱で使えるから、外では魔法名を口にしないつもりだよ。画面も私にしか見えないからね」


「それでしたら、よろしいかと存じます」


 ……うん。


 これで大丈夫!


 それより、人も道具も調べられるのか。


 ……おお。


 王都へ出たら、色々試したくなってきた!


「桜花、あとで王都へ行ってみようかな!」


「……そう仰ると思っておりました」


 …………。


 ……あれ?


 桜花、もう私の考えを読んでない?


 そのとき、庭の奥から小さな足音が聞こえてきた。


 振り返ると、楓がこちらへ歩いてくるところだった。


 橙色の短い髪。


 小柄な体。


 そして、いつもどおりの落ち着いた表情。


 今日は王国邸の仕事を担当しているらしい。


「楓、お疲れさま」


「……はい」


 楓は、ちょこんと頭を下げた。


「ちょうどよかった。今、新しい魔法を作ってたんだ」


 楓が、ほんの少しだけ首を傾げる。


 ……うん。


 そういう反応、楓らしいね。


「よかったら、試してみてもいい?」


 楓は、すぐに頷いた。


「……どうぞ」


「ありがとう」


 私は、楓に向かって《鑑定》を使った。


 ――――――――――

 名前:楓

 種族:ホムンクルス

 外見年齢:13歳相当

 魔力:0

 状態:良好

 永続効果:《不老不死》《状態異常無効》

 ――――――――――


 ……おお。


 こちらも、問題なさそう。


 ……ん?


 もう少し、戦闘に関わる情報を見てみようかな。


 私は、表示の項目を切り替えてみた。


 すると。


 ――――――――――

 得意技:素手による拘束

 ――――――――――


 …………。


 ……おおっ!


 ちゃんと、楓の得意技も出るんだ!


 ……すごい。


 素手による拘束か。


 ……うん。


 相手の動きを封じるのは、楓の得意分野だね。


「楓、得意技は『素手による拘束』って表示されたよ」


「……はい」


 …………。


 ……うん。


 いつもどおりの返事だね。


 でも、ほんの少しだけ、楓の口元が緩んだように見えた。


 ……ふふ。


 きっと、喜んでくれたんだろう。


 私は、そっと画面を閉じた。


「お父さん!」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「……ん?」


「楓も元気?」


「うん。元気だよ」


「よかった!」


 ……ああ。


 そんなところまで気にしてくれるんだね。


 楓が、小さく頷いた。


 ……うん。


 この子も、ちゃんとカトレアのことを大切にしてる。


「ねえ、お父さん。この魔法って、お花のことも、人のことも分かるんだよね?」


「そうだね」


「……すごい!」


 カトレアが、また目を輝かせた。


 ……ああ。


 本当に、嬉しそうだなぁ。


 それにしても、楓の《鑑定》も面白かったなぁ。


 得意技は「素手による拘束」。


 ……うん。


 武器を持たなくても相手の動きを封じられるなんて、楓は頼もしいなぁ。


 次は、どんな情報が出るのか試してみたいな!


「カトレア、今度はお花以外にも使ってみようか」


「うん!」


 カトレアが、楽しそうに頷いた。


 ……ああ。


 私まで、わくわくしてきた!


 楓は、静かに頭を下げると仕事へ戻っていった。


 ……うん。


 さて。


 そろそろ、花の記録帳も取りに行こうか。


     ◇


 カトレアの部屋へ戻り、花の記録帳を持ってきた。


 表紙には、小さな花の絵が描いてある。


 ……ふふ。


 見慣れたノートだね。


 最初は、王都で見かけた花の名前を書くだけだった。


 それが、今ではずいぶん分厚くなっている。


「ここに書くの!」


 カトレアは、庭の机にノートを広げた。


「アサツユソウ……っと」


 小さな手で、ゆっくり文字を書いていく。


 ……うん。


 丁寧だね。


「日当たりのいい場所……」


「そうそう」


「お水も必要!」


「うん。でも、あげすぎないようにね」


「はーい!」


 ……ああ。


 こういう時間、好きだなぁ。


 私は、カトレアが描く花の絵を眺めた。


 淡い青紫色の花びら。


 小さな茎。


 周りには、昨日のつぼみも描かれている。


 ……おお。


 よく特徴を捉えてるね。


「お父さん、どう?」


「すごく上手だよ!」


「えへへ!」


 ……ああ。


 これだけ嬉しそうにしてくれるなら、魔法を作った甲斐があったね。


 でも。


 私も、ひとつ確認したくなった。


「カトレア、今日はもう少し出かけてみる?」


「お出かけ?」


「うん。王都を散歩しながら、この魔法を試してみようかなって」


「行く!」


 ……おお。


 即答!


 ……まあ。


 私も、少し興味が湧いてきたところなんだよね。


「桜花も一緒にどう?」


「もちろんでございます」


 ……よし。


 午後は、ちょっとした街歩きだね。


 屋敷を出る前に、巴さんへ声をかけた。


「巴さん、ちょっと王都まで行ってくるね」


「あら。今日はカトレアちゃんとお散歩?」


「うん。新しい魔法を試したくて」


 …………。


 巴さんが、にこりと微笑んだ。


「……リアリスちゃん」


「……ん?」


「さっき、双子のお客様をお見送りしたばかりよね?」


「うん」


「今日は、ゆっくり過ごすんじゃなかったの?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった。


 でも、魔法を試すだけだし……。


「散歩のついでだから、大丈夫だよ!」


「ふふ。そうなのね」


 ……うん。


 笑ってる。


 笑ってるけど。


 絶対、何か言いたいことがある顔だ!


「リアリス様」


 桜花が、そっと口を挟んだ。


「本日は、危険なことをなさるご予定はございませんので」


「それなら、よかったわ」


 巴さんが、ほっとしたように頷いた。


 ……ああ。


 桜花、助けてくれた!


 ……ただし。


「でも、リアリスちゃんが新しい魔法を試すと聞くと、少しだけ心配になるのよね」


 …………。


 ……うっ。


 否定しづらい。


「大丈夫だって! 今度は名前が分かるだけの魔法だから!」


「……名前?」


「うん。お花とか、人とか、道具とかね」


 巴さんは、少し考えてから笑った。


「それなら、カトレアちゃんの勉強にもなりそうね」


「そうそう!」


 ……よし。


 ようやく納得してもらえた!


「ただし」


 …………。


 ……ん?


「夕食までには帰ってきてね」


「はーい!」


 カトレアが元気よく返事をする。


 ……あっ。


 私じゃなくてカトレアが返事しちゃった。


 ……まあ、いいか。


     ◇


 王都クーラルへ向かう道を、四人で歩く。


 カトレアの付き添いとして、お世話係のメイドも一人同行してくれている。


 カトレアは私の手を握り、時々道端の草花を指さしていた。


「お父さん、あれも調べられる?」


「うん! あっちの木も気になるね」


「えへへ!」


 ……ああ。


 カトレアも楽しそうだ。


 道端の草も、並んだ木も、知らないものだらけ。


 ……うん。


 全部調べたら、何回使うことになるんだろう。


 ……まあ、いっか!


 せっかく作った魔法だしね。


 私は目の前の木へ意識を向け、心の中だけで《鑑定》を使った。


 ……おおっ。


 名前が出た!


 ……ふふ。


 何だか秘密の遊びみたいで楽しいなぁ。


「ねえ、お父さん」


「ん?」


「お父さん、さっきから楽しそう!」


「……分かる?」


「うん!」


 …………。


 ……あっ。


 魔法は見えなくても、顔には出ちゃってるのかな。


 桜花も、小さく笑っている。


「リアリス様。ずいぶんお気に召したようでございますね」


「うん! だって、色々分かるんだもん!」


 ……おお。


 これ、前世でゲームの情報画面を開きまくってたときみたいだ。


 知らないものを見つけると、つい調べたくなる。


 ……ああ。


 もっと早く作っておけばよかった!


 私は、カトレアの手を軽く握り直した。


 ……さて。


 そろそろ王都の城門が見えてきたね。


 城門の近くまで来ると、見覚えのある門兵さんが私たちに気づいた。


「おや、リアリス様! こんにちは!」


「こんにちは!」


「今日はカトレア様とお散歩ですか?」


「はい。ちょっと街を見て回ろうと思って」


「それはよろしいですね!」


 ……ああ。


 今日も、元気な挨拶だね。


 ……おっ。


 そういえば、普通の人にはどんな情報が表示されるんだろう。


 ちょうど目の前に門兵さんがいる。


 ……ふふ。試してみよう!


 私は世間話をしながら、心の中で《鑑定》を発動した。


 ――――――――――

 種族:人種

 職業:門兵

 状態:健康

 疲労:ややあり

 ――――――――――


 ……おお!


 ちゃんと見える!


 しかも、少し疲れてるのか。


 ……ふむふむ。


 次は、職業に関わる情報も見てみたいな。


 頭の中で項目を切り替える。


 ……おおっ。


 色々出てくる!


「リアリス様?」


「……あっ、はい!」


 門兵さんが、不思議そうにこちらを見ていた。


「どうかなさいましたか?」


「いえ! 今日はいいお天気ですね!」


「ははっ。本当にそうですね!」


 ……ふう。


 つい夢中になっちゃった。


 でも、何をしていたかは分からなかったみたいだ。


 ……うん。


 これなら外でも気軽に使えそうだ。


「それじゃ、失礼しますね!」


「はい! お気をつけて!」


 城門を通り抜け、私たちは王都の大通りへ向かった。


 お昼を少し過ぎたくらいだろうか。


 通りには買い物客が行き交い、屋台からはいい匂いが漂ってくる。


「お父さん、あれ!」


 カトレアが、道の向こうを指さした。


「おっ。お菓子屋さんだね」


 焼きたてのお菓子を並べた、小さな屋台がある。


 ……ああ。


 いい匂い!


 私もちょっと食べたくなってきたなぁ。


「こんにちは!」


 屋台の店主さんが、元気よく声をかけてくれた。


「いらっしゃいませ! ……あっ、リアリス様!」


「こんにちは。今日は焼き菓子が美味しそうですね」


「ありがとうございます! ちょうど焼き上がったところですよ」


 ……おお。


 それは、最高だね。


 カトレアは、屋台に並んだお菓子をじっと見ている。


「お父さん、これ何?」


「うーん。何だろう?」


 ……あっ。


 そうだ。


 せっかくなら、試してみよう。


 私は焼き菓子を眺めるふりをして、頭の中で《鑑定》を発動した。


 ――――――――――

 名称:蜂蜜の焼き菓子

 材料:小麦粉、蜂蜜、卵、乳製品など

 状態:焼きたて

 ――――――――――


 ……おお!


 材料まで見える!


 ……ふふ。便利だなぁ。


 隣のお菓子にも、もう一回。


 ……おっ。こっちは果物入りか!


 さらに、もう一つ。


 ……おお。香草を使ってるんだね。


 ……何これ。楽しすぎる!


「お父さん、どれにする?」


 カトレアに呼ばれ、私は顔を上げた。


「そうだね。蜂蜜の焼き菓子にしようかな」


「はちみつ!」


 カトレアの目が輝く。


「それ、食べたい!」


「うん。私も!」


 店主さんは、嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます! 焼きたてですから、美味しいですよ!」


 ……ああ。実際に食べるのも楽しみだね。


 ……おっと。


 店主さんの情報も見られるのかな。


 私は、また心の中で《鑑定》を使った。


 ――――――――――

 種族:人種

 職業:屋台店主

 状態:健康

 疲労:少しあり

 ――――――――――


 ……おお。やっぱり見える!


 朝から仕込みをしていたのかな。


 でも、元気そうで何より。


 私はそのまま、何も言わずに注文した。


「それじゃ、四人分ください!」


「はい! ありがとうございます!」


 店主さんが、嬉しそうに焼き菓子を包んでくれた。


 包みを受け取り、私たちは近くの腰掛けで休むことにした。


「はい、カトレア」


「ありがとう、お父さん!」


「桜花も、どうぞ」


「ありがとうございます」


 付き添いのメイドにも、焼き菓子を手渡した。


 ……うん。


 それじゃあ、いただきます!


 ひと口かじると、蜂蜜の甘さがふわりと広がった。


 外側は少し香ばしく、中は柔らかい。


 ……ああ。


 美味しい!


「お父さん、これ美味しい!」


「うん。本当だね!」


 カトレアは、にこにこと笑っている。


 桜花も、上品にひと口食べた。


「たいへん美味しゅうございます」


「だよね!」


 ……ああ。


 お菓子って、やっぱりいいなぁ。


 私は、手の中の焼き菓子を眺めた。


 《鑑定》では、材料や状態が分かった。


 でも。


 実際に食べてみて、美味しいって感じること。


 カトレアと笑いながら食べること。


 そういう楽しさは、魔法で文字を読むだけじゃ味わえない。


 ……うん。


 何でも分かればいいってわけじゃないんだね。


「お父さん?」


「……ん?」


「何か考えてる?」


「うん。魔法で分かることもあるけど、食べてみないと分からないこともあるなぁって」


 カトレアが、もう一度お菓子を見た。


 それから、ぱくっとかじる。


「美味しい!」


「……ふふ。そうだね」


 ……ああ。


 結局、それが一番分かりやすいね。


 桜花も、静かに微笑んでいた。


 その後も、王都を少し散歩した。


 道具屋の前では、見慣れない金具を見かけた。


 ……おっ。


 これも《鑑定》してみよう!


 私は何食わぬ顔で金具を見つめ、心の中で発動した。


 ……おお。


 荷車の車輪を固定するための金具なのか!


 さらに隣の部品にも、こっそり《鑑定》。


 ……あっ。こっちは馬具の部品か。


 ……なるほど!


 知らないものが次々に分かるって、面白いなぁ。


「お父さん、何見てるの?」


「ちょっと珍しい金具だよ。これ、荷車に使うんだって」


「へえ!」


 すると、店主さんが近づいてきた。


「それは車輪を固定する部品でしてね。こうやって使うんですよ」


 実物を手に、取り付け方を教えてくれる。


 ……おお。


 魔法で名前が分かっても、使い方を見せてもらうとまた違うね。


「ありがとうございます。勉強になりました!」


「いえいえ!」


 ……うん。


 《鑑定》も楽しいし、お店の人の話も面白い。


 そのあと、カトレアが花屋を見つけたので、少しだけ寄り道した。


 見慣れない花も、たくさん並んでいる。


 ……ああ。


 これは、全部《鑑定》したくなるなぁ。


 ……よし。やっちゃおう!


 私は花を眺めながら、次々と心の中で《鑑定》を使った。


 ……おお。こっちは日当たりが好きなのか。


 ……あっ。この花は寒さに強いんだね。


 ……へえ!


 名前も育て方も色々あって、見ていて飽きない。


「カトレア、気になる花はある?」


「うん! これ!」


 カトレアが指さした花を、私も眺めた。


 ……おっ。これも綺麗だね!


 花屋の人に名前を尋ねると、育て方まで丁寧に教えてくれた。


 カトレアは何度も頷きながら、話を聞いている。


 ……ああ。


 カトレアはカトレアで楽しそう。


 私は私で、《鑑定》が楽しすぎて仕方ない。


 ……うん。最高のお散歩だね!


 そろそろ帰ろうかと思った頃、通りの向こうで声がした。


「リアリス様! 今日もお疲れさまです!」


 ……あっ。


 また声をかけてもらった。


「こんにちは!」


 私は、いつもどおり手を振る。


 すると、別の人までこちらを見て笑った。


「カトレアちゃんも一緒かい?」


「はい!」


 カトレアが、元気よく答えた。


 ……ああ。


 すっかり顔を覚えてもらったね。


 嬉しいことだけど、ちょっとだけ照れくさい。


 桜花が、私の隣で小さく笑った。


「リアリス様。今日は、ずいぶんお楽しみのようでございますね」


「えっ。分かる?」


「はい。先ほどから、お顔に出ておられます」


 …………。


 ……おお。そんなに分かりやすい?


 でも、何をしているかまでは周りの人には分からない。


 ……ふふ。これは、なかなか便利だぞ!


「さあ、そろそろ帰ろうか」


「うん!」


 私は、カトレアの手を取った。


 ……よし。


 今日は、何も騒ぎを起こしてない!


 …………。


 多分。


     ◇


 屋敷へ戻った頃には、夕食の支度が始まっていた。


 庭からは、さっき調べたアサツユソウの花が見える。


「お父さん、今日、楽しかったね!」


「うん。楽しかった!」


 カトレアが、花の記録帳を大事そうに抱えている。


 ページには、今日覚えた名前が増えていた。


 ……ああ。


 いいお土産だね。


 巴さんが、廊下の向こうから声をかけてくれた。


「お帰りなさい。お散歩はどうだった?」


「ただいま、巴さん! すごく楽しかったよ!」


「まあ。それはよかったわ」


 カトレアも、すぐに記録帳を開いた。


「巴さん! 今日ね、アサツユソウってお花を覚えたの!」


「アサツユソウ?」


「うん! お父さんの新しい魔法で分かったの!」


 …………。


 ……あっ。


 巴さんの目が、ちらりと私へ向いた。


「……リアリスちゃん。魔法、ちゃんと使えたのね?」


「うん。思ったより便利だったよ」


「そうなのね。ふふ」


 ……ああ。


 また、その笑顔。


「……大丈夫だよ。今日は何も壊してないから!」


「まあ。そんな心配はしてないわよ」


 …………。


 ……そうなの?


 なら、よかった。


「ただ、リアリスちゃんが新しいことを始めると、次に何が起きるのか楽しみになっちゃうの」


 …………。


 ……あっ。


 それって、ちょっとだけ信用されてないってことじゃ……。


 桜花が、横で小さく笑っている。


 ……うん。


 今日も、家族には敵わないなぁ。


 夕食の前に、私はもう一度花壇へ立ち寄った。


 カトレアは、さっき描いた花の絵を見比べている。


「お父さん、今日の魔法、すごかったね」


「うん。便利だね」


「でも、お花の名前、覚えたよ!」


「おっ。じゃあ、聞いてみようかな」


 私は、小さな花を指さした。


「これは?」


「アサツユソウ!」


「大正解!」


「えへへ!」


 ……ああ。


 この笑顔を見るために作った魔法みたいだね。


 私は、そっと花びらを見つめた。


 《鑑定》を使えば、すぐに名前が分かる。


 育て方も、状態も。


 道具の用途も、人の情報も。


 ……おお。こうして並べると、本当に便利だね!


 しかも、無詠唱なら周りにも気づかれない。


 ……ふふ。


 これは、今後も色々試してみたくなるなぁ。


「お父さん?」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「……ん?」


「明日は、何のお花を調べよう?」


 …………。


 ……おお。もう次の予定が決まってる!


「そうだね。カトレアが気になったお花にしようか」


「うん!」


 ……ああ。


 いいなぁ。新しい魔法で楽しみが増えた。


 それにしても、《鑑定》か。


 ……これ、花だけじゃなく何にでも使えるんだよね。


 ……よし!


 明日は、もっと色々試してみよう!


 ……おお。今から楽しみだ!


 ……こういうのも、異世界転生のお約束だよね!


 私は、カトレアと顔を見合わせて笑った。


 ――それにしても。


 まさか、小さな花の名前を知りたいだけで、こんな魔法が完成するとは。


 ……異世界生活って、本当に面白いなぁ。

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