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第6話:お姉ちゃん大丈夫?

 ……あれ?


 ルルさん、さっきから動かない。


 目の前には、淡い色の生地にレースを幾重にも重ねた、一着の洋服。


 その服を見つめるルルさんの目は、きらきらと輝いている。


「……ルルさん?」


 私が声をかけても、返事がない。


 ……おお。


 よっぽど気に入ったんだね。


「ルルお姉ちゃん! こっちのリボンも可愛いよ!」


 カトレアが横から顔を覗き込んだ。


「……かわ、いい……」


 ……ん?


 今の声、ちょっと弱くなかった?


 ルルさんは胸の前で両手を組み、幸せそうに服を見上げている。


「……こんな……可愛い……お洋服……」


「……ルル?」


 ララさんが、少し怪訝そうに兄の顔を見た。


 そして次の瞬間。


「……もう、だめ……」


 ルルさんの体が、ふらりと傾いた。


「……えっ?」


「ルルっ!?」


 ララさんが駆け寄る。


 でも、それより早く。


 すっ。


 桜花が、倒れかけたルルさんを両腕で受け止めていた。


「お預かりいたしました」


 ……おおっ!


 さすが桜花!


 ……じゃなくて!


「ルルさん!?」


 私は慌てて近づいた。


 ルルさんは、桜花の腕の中で目を閉じている。


 さっきまであんなに嬉しそうだったのに!


「ルルお姉ちゃん、大丈夫!?」


 カトレアの不安そうな声が響いた。


 …………。


 ……うん。


 まずは落ち着いて確認しよう。


「桜花、怪我は?」


「ございません。倒れる前にお支えいたしました」


「ありがとう」


 私はルルさんの顔色と呼吸を確かめた。


 息は落ち着いているし、顔色も悪くない。


 ……ああ。


 ひとまず、ほっとした。


「ララさん、こういうこと、前にもあります?」


 ララさんは口を開けたまま、ルルさんを見つめている。


「……いや。昔、可愛い服を見つけて動かなくなったことはあるけど……」


「動かなくなったことはあるんですね」


「でも、気絶まではしてねえよ!」


 ……うん。


 そりゃそうだよね!


「ルル……おい、ルル!」


 ララさんが、兄の肩にそっと触れる。


 ルルさんは、すうすうと静かな寝息を立てていた。


「……そんなに嬉しかったのかよ……」


 ララさんが、困ったように呟く。


 ……ああ。


 笑っていいのか、心配した方がいいのか。


 いや、もちろん心配が先だね。


「とりあえず、屋敷で休んでもらいましょう」


「……いいのか?」


「もちろんですよ。すぐ隣ですし」


 私はカトレアの頭を撫でた。


「カトレア、ルルさんは少し休めば大丈夫そうだよ」


「……ほんと?」


「うん。でも、しばらく静かにしてあげようね」


「分かった!」


 ……ああ。


 カトレアも安心したかな。


 桜花がルルさんを抱え、私たちは雑貨屋の外へ向かった。


 お店の人には、あとで戻ってくることを伝えてある。


 あの洋服も、取り置きをお願いしておいた。


 ……だって。


 気絶するほど気に入った服を、そのまま置いて帰るのもね。


 ……うん。


 まさか、服を見て倒れる人を初めて見ることになるとは思わなかったけど!


     ◇


 屋敷へ戻ると、玄関で巴さんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい。……あら?」


 巴さんの視線が、桜花の抱えるルルさんへ向いた。


「どうしたの?」


「えっと……ルルさんが、ちょっと気を失っちゃって」


「まあ!」


 巴さんが、すぐに顔を曇らせる。


「お怪我は?」


「それは大丈夫。桜花が受け止めてくれたから」


「そう。よかったわ」


 私たちは、客間にルルさんを寝かせた。


 寝具は、すぐに用意してもらえた。


 ……おお。


 こういうとき、屋敷に部屋があるのは便利だね。


 ララさんは寝台のそばに腰かけ、兄の顔を覗き込んでいる。


「……ルル。何やってんだよ」


 声は呆れているけど、表情は真剣だ。


 ……ああ。


 本当に、大切なお兄さんなんだね。


「少し様子を見ましょう。もし具合が悪そうなら、私が対応しますから」


 そう言うと、ララさんがこちらを見た。


「……ありがとな、リアリス」


「いえ。私が誘ったお店ですし」


「それは関係ねえだろ」


 ララさんは、ふっと息をついた。


「ルルはさ、昔から可愛いものに目がねえんだ。けど、今日みたいなのは初めてだよ」


「相当、嬉しかったんですね」


「……だろうな」


 ……うん。


 あの幸せそうな顔、すごかったもんね。


 カトレアは寝台の反対側で、じっとルルさんを見守っている。


「ルルお姉ちゃん……」


 小さな手が、そっと掛け布団の端をつまんだ。


 ……ああ。


 カトレアも心配だよね。


 私は、隣へしゃがみ込んだ。


「ルルさん、きっとすぐ起きるよ」


「うん……」


 そのとき。


「……あ……」


 小さな声が聞こえた。


 ルルさんのまぶたが、ゆっくり開いた。


「……ん……?」


「ルル!」


 ララさんが、思わず身を乗り出す。


「気がついたか!?」


「……ララ……?」


 ルルさんは、ぼんやりした顔で周囲を見回した。


「……ここ……どこ……?」


「リアリスの家だよ。お前、店で倒れたんだぞ!」


「……えっ?」


 …………。


 ルルさんが、ぴたりと動きを止めた。


 ……おや。


 今度は別の意味で固まった?


「……ぼ、僕……倒れた……?」


「うん。桜花が受け止めてくれたから、怪我はないよ」


「……あ……」


 ルルさんの頬が、少しずつ赤くなっていく。


 そして。


「……ご、ごめんなさい……!」


 掛け布団をぎゅっと握りしめた。


「……僕、また……迷惑を……」


「そんなことないですよ」


 私は、笑って首を振った。


「ただ、びっくりはしましたけどね」


 …………。


 ルルさんの顔が、ますます赤くなった。


 ……あっ。


 今の言い方、よくなかったかな?


「おい、ルル!」


 ララさんが、今度は安心したように笑う。


「可愛い服を見つけたくらいで気絶するなんて、どんだけ嬉しかったんだよ!」


「……だ、だって……」


 ルルさんは、口元まで布団を引き上げた。


「……あんなに……可愛いの……初めて、見たから……」


 …………。


 ……おお。


 そこまでだったんだ。


「ルルお姉ちゃん!」


 カトレアが、ぱっと顔を明るくした。


「元気になった?」


「……うん。大丈夫……」


「よかったぁ!」


 ……ああ。


 カトレアが、心底ほっとした顔をしている。


 ルルさんも、その笑顔を見て少しだけ表情を和らげた。


 ……うん。


 もう大丈夫そうだね。


「……あの、お洋服……」


 ルルさんが、遠慮がちに口を開いた。


「……まだ、お店に……?」


 …………。


 ……えっ。


 目が覚めて、最初に気になるのがそれ!?


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花は、静かに微笑んでいる。


「取り置きしてもらってありますよ」


「……ほんと、ですか……?」


「はい。気に入ったんでしょう?」


 ルルさんの目が、また輝いた。


 ……あっ。


 待って待って。


 また興奮しすぎないでね!?


「ルルさん、まずは少し休んでからにしましょう」


「……は、はい……」


 ルルさんは、恥ずかしそうに頷いた。


 ララさんが、どっと息をつく。


「……もう、頼むから気絶すんなよ?」


「……ごめんね、ララ……」


「怒ってねえよ。心配しただけだ」


 ……ああ。


 この双子、本当にいい関係だなぁ。


「ララさん、ルルさん」


 私は、二人に向き直った。


「今日は、もうここに泊まっていきませんか?」


「……は?」


 ララさんが、目を丸くした。


「一泊、ですか……?」


 ルルさんまで、ぽかんとしている。


「はい。遠くから来てくれたんですし、急いで帰る必要もないでしょう?」


 せっかく聖国から遊びに来てくれたんだ。


 買い物して、そのまま長い帰路につくなんて、少しもったいない。


 それに。


 ……今日のルルさん、こんな調子だしね。


「でもよ、あたしたち、宿を探せば……」


「遠慮しなくて大丈夫ですよ。客間もありますから」


「……いや、でも……」


 ララさんが、珍しく言葉に詰まった。


 ……あれ。


 そんなに意外だった?


「ねえ、泊まってって!」


 カトレアが、ぱっと手を挙げた。


「ルルお姉ちゃんと、もっとお話したい!」


「……カトレアちゃん……」


「ララお姉ちゃんとも!」


「……お、おう」


 ……おお。


 カトレア、すごい勢いだね。


「お父さん、いいよね?」


「うん。もちろん」


 私は、双子を見た。


「どうでしょう?」


 ララさんは、ルルさんと顔を見合わせた。


「……ルル、お前はどうしたい?」


「……僕……」


 ルルさんが、しばらく考える。


 それから、カトレアを見て小さく笑った。


「……もう少し、一緒に……いたい……」


「……そっか」


 ララさんは、少し照れたように頭をかいた。


「じゃあ、一晩だけ世話になるか」


「はい。ぜひ!」


「やったぁ!」


 カトレアが、嬉しそうに跳びはねる。


 ……うん。


 これで決まりだね。


 廊下から、巴さんの穏やかな声が聞こえた。


「それなら、夕食は少し賑やかになりそうね」


「巴さん! 聞いてた?」


「ふふ。ちょうどお茶をお持ちしたところよ」


 巴さんが盆を持って入ってきた。


「お二人とも、ごゆっくりお過ごしくださいね」


「……ありがとうございます……」


「わ、悪いな。急に押しかけちまって」


「いいえ。リアリスちゃんのお友達でしょう? 大歓迎よ」


 ……ああ。


 巴さん、本当に頼もしいなぁ。


「……おい、リアリス」


 ララさんが、小声で囁いた。


「……お前んちの人、みんな優しすぎねえか?」


「そうですか?」


「……そうだよ」


 ……ふふ。


 私も、そう思ってるよ。


     ◇


 しばらく休んでから、私たちは雑貨屋へ戻った。


 もちろん、ルルさんの体調を確認してからだ。


「本当に大丈夫ですか?」


「……はい。もう、平気……です」


「また倒れたら、今度こそ抱えて帰るからな!」


「……うん。気をつける……」


 ララさんの言葉に、ルルさんが小さく頷く。


 ……おお。


 もう、何だかお決まりの会話になりつつあるね。


 店へ入ると、先ほどのメイドが迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。お取り置きのお品物はこちらにございます」


「ありがとう」


 ……うん。


 ちゃんと残してくれてるね。


 ルルさんは例の服を見るなり、また目を輝かせた。


 ……あっ。


 今度は、倒れないでね?


「……これ……」


 ルルさんが、そっと袖のレースに触れる。


「……本当に、綺麗……」


 カトレアが、隣でうんうんと頷いている。


「ルルお姉ちゃん、これ着てみたら?」


「……いいの……?」


「もちろん。試着できますよ」


 私が答えると、ルルさんは何度も頭を下げた。


「……あ、ありがとうございます……!」


 ……ああ。


 そんなに喜んでもらえるなら、こちらも嬉しい。


 店番のメイドが、試着室へ案内してくれる。


 ルルさんは大事そうに服を抱え、そちらへ向かった。


 ……うん。


 今度は、ちゃんと試してもらおう。


 ……そして、できれば意識を保っていてください!


 少しして、試着室の仕切りが開いた。


「……あの……」


 ルルさんが、顔を半分隠すようにして姿を現した。


 淡い色の服は、ちょうどいい長さで、動くたびに裾のレースが揺れる。


 胸元のリボンも、ルルさんの雰囲気によく似合っていた。


 …………。


 ……おおお。


 すごい。


 想像以上に、似合ってる!


「ルルさん、とても素敵ですよ!」


「……っ!」


 ルルさんの顔が、一瞬で真っ赤になった。


「ルルお姉ちゃん! すっごく可愛い!」


「……あ……」


 ルルさんが、ふらっとする。


「……おっと!」


 ララさんが、すかさず肩を支えた。


「おい! またか!?」


「……だ、大丈夫……!」


 …………。


 ……あっ。


 今度は、持ちこたえた!


 よかったぁ。


 私は、ほっと息を吐いた。


 桜花が、静かに声をかける。


「ルルさん。深呼吸なさってはいかがでしょう」


「……は、はい……」


 すう。


 はあ。


 ルルさんは言われたとおりに息を整えた。


 ……うん。


 ちゃんと落ち着いてきたね。


「……どう……かな……」


 ルルさんが、そっと妹を見る。


 ララさんは、腕を組んでじっくり服を眺めた。


「……いいじゃねえか。似合ってるぞ、ルル」


 …………。


 ルルさんが、嬉しそうに微笑んだ。


「……ありがとう、ララ……」


 ……ああ。


 こういうの、いいなぁ。


 ……ただし。


 今のところ、ララさんが一番落ち着いているね。


 お兄さんの保護者みたいになってるよ!


 結局、ルルさんはその服と、別の淡い桃色の服を一着。


 それから、カトレアと一緒に選んだブローチや、小さなリボンの飾りも購入した。


 ララさんは、動きやすそうな上着と、丈夫な生地の普段着を選んだ。


 ……うん。


 二人とも、いい買い物ができたみたい。


「……これ、全部持って帰ると、荷物になるな」


 ララさんが、包まれた服を見て苦笑した。


「そうですね。結構ありますね」


「いや、ルルの分が多いんだよ!」


「……ご、ごめん……」


「だから、怒ってねえって!」


 ……ふふ。


 今日、何度目だろう、このやり取り。


「荷物は、屋敷で預かっておきますよ。帰るときに考えましょう」


「……いいのか?」


「もちろん」


「……そっか。助かるぜ」


 ルルさんは、自分の包みを両手で大事そうに抱えた。


「……嬉しい……」


 ……ああ。


 気絶騒動はあったけど、連れてきてよかった。


「ルルお姉ちゃん!」


 カトレアが、少し背伸びをした。


「これ、私とおそろい!」


 小さな花柄の飾りを二つ見せている。


「……おそろい……?」


「うん! 一緒につけよう?」


 ルルさんが、今にもまた倒れそうな顔になった。


 …………。


 ……あっ。


 これは危ない!


「カトレア、ルルさんに少しずつ見せてあげようね」


「……え?」


「……嬉しすぎちゃうみたいだから」


「……あっ!」


 カトレアが、ぱっとルルさんを見る。


「ルルお姉ちゃん、倒れちゃだめだよ!」


「……が、頑張る……」


 …………。


 ……うん。


 何を頑張ってるんだろう、この人。


 ララさんが声を上げて笑った。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


     ◇


 買い物を終えて屋敷へ戻る頃には、日が傾き始めていた。


 巴さんが、廊下で私たちを迎えてくれる。


「お帰りなさい。お買い物は楽しめた?」


「うん! ルルお姉ちゃん、すっごく可愛かった!」


 カトレアが元気いっぱいに答えた。


「まあ、それはよかったわ」


 巴さんも嬉しそうだ。


 私は、ルルさんたちを客間へ案内することにした。


「二人とも、今夜はこの部屋を使ってくださいね」


 廊下に並んだ予備の客間を、二つ用意してもらっている。


 ……うん。


 離れた場所じゃなくて、よかった。


「……あの、僕たち……別々でも、いいんですか……?」


「もちろん。何か必要なものがあったら、遠慮なく言ってください」


「……ありがとうございます……」


 ルルさんが、丁寧に頭を下げる。


 ララさんは、部屋の中を見回して目を丸くした。


「……何だよ。この部屋、宿よりずっと綺麗じゃねえか」


「気に入ってもらえたなら、よかったです」


「いや、そういう次元じゃねえよ……」


 ……おお。


 また驚かれた。


 でも、普段使っていない部屋も、きちんと掃除してくれてるんだよね。


 巴さんや、みんなのおかげだ。


「そうだ。旅の疲れもあるでしょうし、お風呂に入ります?」


「……風呂?」


 ララさんが、不思議そうに聞き返した。


「はい。うちには大浴場があるので」


 …………。


「……大浴場?」


 ルルさんまで、首を傾げた。


 ……あっ。


 まだ、見せてなかったね。


「リアリス様」


 桜花が、私の隣へ来た。


「お二人とも、お疲れかと存じます。お食事の前にお風呂をご案内いたしましょうか」


「うん。お願いしていい?」


「承知いたしました」


 ……ああ。


 これで、のんびりしてもらえるね。


 大浴場へ案内すると、ララさんが入口で足を止めた。


「……おい。これ、何の部屋だ?」


「お風呂ですよ」


「……風呂?」


「はい。お湯に浸かって、ゆっくりできるんです」


 ……うん。


 説明するより、見た方が早いかな。


 中には広い浴槽があって、温かい湯気がゆらゆらと立ち上っている。


 もちろん、掃除も行き届いている。


「……うわっ!」


 ララさんが、思わず声を上げた。


「これ、何人入れるんだよ!?」


「結構、広いですよ」


「広いっていうか……でかすぎだろ!」


 ……おお。


 また、その反応。


 ……まあ、分かる。


 普通の家にあるお風呂としては、ちょっと大きいもんね。


「……綺麗……」


 ルルさんは、浴場の入口で目を輝かせている。


「……こんな、お風呂……初めて……」


「よかったら、ゆっくり入ってくださいね」


「……はい……!」


 ……うん。


 気に入ってもらえたみたい。


「では、入浴の順番をご案内いたしますね」


 桜花が、二人へ穏やかに説明を始めた。


 この家には大きな浴場が一つあるので、男女で時間を分けて使っている。


 今日は、ララさんとカトレアたちが先に。


 そのあと、私とルルさんが入ることになった。


 ……うん。


 これなら、落ち着いて楽しめるね。


「……あの……」


 ルルさんが、少しだけ手を挙げた。


「……僕、リアリスさんと、一緒……?」


「はい。もちろん、別々に入りたかったら、時間をずらすこともできますよ」


 ルルさんは、ちらりと自分の服を見下ろした。


 ……ん?


 何か気になることでもあるのかな。


「……いえ。大丈夫です……」


「そうですか。よかった」


 私は、笑って頷いた。


「うちのお風呂、結構気持ちいいんですよ」


「……楽しみ、です……」


 ルルさんが、小さく微笑む。


 隣でララさんが、兄の肩をぽんと叩いた。


「ルル、のぼせんなよ?」


「……うん……」


「あと、何か珍しいもん見つけても気絶すんな!」


「……もう、ララ……!」


 ……あはは。


 さすがに、お風呂で気絶されたら困るね!


「大丈夫ですよ。ちゃんと休憩もできますから」


「リアリス、頼むぜ。うちの兄貴、今日はちょっと危なっかしいんだ」


「はい。任せてください」


 ……うん。


 今日は、服の話題さえ避ければ大丈夫かな。


 ……いや。


 さっきの気絶が強烈すぎて、ちょっと自信がないぞ!


 カトレアが、ララさんの手を引いた。


「ララお姉ちゃん、お風呂入ろ!」


「おう! 行くか!」


 桜花も、二人の後についていく。


 ……ああ。


 楽しんでもらえるといいなぁ。


 私はルルさんと一緒に、しばらく客間で休むことにした。


 ララさんたちがお風呂から戻ってきたときのこと。


「リアリス!」


 ララさんが、廊下から私を呼んだ。


「はい?」


「何だよ、あの風呂!」


 …………。


 ……あっ。


 怒ってる?


「すっげえ気持ちよかったぞ!」


 …………。


 ……おお。


 よかった!


「カトレアちゃんに、変な泡まで見せてもらった!」


「泡?」


「……体を洗うやつ! すっげえ細かい泡が立つんだよ!」


 ……ああ。


 泡立てる道具のことかな。


「ララお姉ちゃん、ずっと驚いてた!」


 カトレアが得意そうに笑う。


「だってよ! あんな風呂、普通ねえだろ!」


「……うん。うちでは、いつも使ってるね」


「やっぱり、あんたんち変だよ!」


 …………。


 ……ああ。


 また言われた!


 でも、今度は褒め言葉として受け取っておこう。


 桜花が、静かに頷いた。


「ララさんには、お寛ぎいただけたようで何よりでございます」


「おう! 最高だった!」


 ……うん。


 いい笑顔だね。


「じゃあ、次はルルさんと私の番かな」


「……はい……」


 ルルさんが、少しだけ緊張した顔で立ち上がる。


 ……あれ?


 もしかして、緊張してる?


「無理に長く入らなくても大丈夫ですよ。気持ちいいところで上がりましょう」


「……ありがとうございます……」


 ……うん。


 じゃあ、行こうか。


     ◇


 浴場に入ると、ルルさんが小さく息を呑んだ。


「……わあ……」


 広い浴槽には、温かいお湯がたっぷり張られている。


 照明も明るすぎず、湯気が静かに揺れていた。


 ……うん。


 私にとっては、もう当たり前の景色だ。


 でも、初めて見たら驚くよね。


「まずは体を洗ってから、ゆっくり浸かってくださいね」


「……はい……」


 私たちは支度を済ませ、それぞれ浴槽へ入った。


 ……ああ。


 いいお湯!


「……はぁ……」


 ルルさんも、思わず声を漏らした。


「気持ちいいですか?」


「……はい。とても……」


 ……うん。


 それは、よかった。


 しばらく、二人で静かにお湯に浸かっていた。


 ルルさんは、湯船の縁にそっと手を添え、目を閉じている。


 さっきまでの慌ただしさが嘘みたいだ。


「……ルルさん」


「……はい?」


「今日は、楽しんでもらえました?」


 ルルさんが、ゆっくりこちらを見た。


「……はい。すごく……」


 少しだけ考えてから、続ける。


「……可愛いお洋服、たくさんあって……カトレアちゃんも、優しくて……」


 ……ああ。


 気に入ってもらえたんだね。


「……でも……」


 ルルさんの声が、少しだけ小さくなった。


「……僕、あんなふうに倒れちゃって……」


 ……あっ。


 まだ気にしてたんだ。


「怪我もなかったですし、今は元気なんですから、大丈夫ですよ」


「……迷惑、かけちゃった……」


「驚きはしました。でも、迷惑だとは思ってません」


 私は、笑って答えた。


「それに、好きなものを見つけて嬉しくなるのは、よく分かりますから」


 ルルさんが、ちょっとだけ目を丸くした。


「……リアリスさんも……?」


「はい。私も、夢中になると周りが見えなくなることがありますよ」


 …………。


 ……あっ。


 今、それを言ったら桜花に何て言われるだろう。


 ……多分、『よく存じております』かな。


 うん。


 間違いない!


「……ふふ……」


 ルルさんが、小さく笑った。


「……リアリスさんって、不思議な人ですね……」


「……そうですか?」


「……はい……」


 ……うん。


 また言われたなぁ。


 でも、今日の私は、そんなに変なことしたっけ?


 ……あっ。


 お風呂へ招待したり、好きな服を薦めたりしたくらいだよね。


 ……いや。


 前に三百体の魔獣を倒したのが、まだ残ってるのかもしれないけど!


「……僕、小さい頃から……可愛いものが、好きだったんです……」


 ルルさんが、ぽつりと話し始めた。


「……ララは、いつも……好きなものは好きでいいって……」


「そうなんですね」


「……でも、初めて会う人には……なかなか、言えなくて……」


 ……ああ。


 なるほど。


 ルルさんが普段、人見知りなのも。


 自分から話しかけるのをためらうのも。


 好きなものを大切にしているからこそ、相手の反応が気になるのかもしれない。


「私、ルルさんの服装がすごく似合ってると思いましたよ」


「……ありがとうございます……」


「それに、ララさんの格好も」


「……うん。ララ、格好いいです……」


 ……ふふ。


 お兄さんから見ても、そうなんだ。


「……ララは、僕が困ってると、いつも助けてくれて……」


「今日も、そうでしたね」


「……はい……」


 ルルさんが、嬉しそうに笑った。


 ……うん。


 大切にしているのが、よく伝わってくる。


「これからも、二人で冒険を続けるんですか?」


「……はい。二人で……いろんな場所に行きたいです……」


「いいですね」


 私は頷いた。


「また王国にも遊びに来てくださいね」


「……いいんですか……?」


「もちろん。カトレアも喜びますから」


 ルルさんは、少しだけ俯いてから、小さく笑った。


「……はい。ぜひ……」


 ……ああ。


 いい笑顔だね。


 ただし。


 そろそろ長湯になりそうだ。


「それじゃ、今日はこのくらいにしましょうか」


「……はい……」


 ……うん。


 今回は、無事にお風呂を終えられた!


 ……いや。


 それが普通なんだけどね。


     ◇


 夕食の時間になった。


 食堂へ入ると、すでにいい香りが漂っている。


 ……おっ。


 今日は何だろう?


「リアリスちゃん、お待たせ」


 巴さんが、いつもの優しい笑顔で迎えてくれた。


「巴さん、いい匂いだね!」


「ふふ。今日はお客様がいるから、少し頑張っちゃったわ」


 ……おお。


 それは、楽しみ!


 席へ案内されたルルさんとララさんは、食卓に並んだ料理を見て目を丸くした。


「……えっ?」


「……な、何だよこれ!?」


 ……あっ。


 やっぱり、驚いてる。


 食卓には、湯気の立つご飯と、香ばしく焼かれた肉料理。


 色鮮やかな野菜の小鉢に、温かい汁物。


 それから、揚げたての料理も並んでいた。


 ……ああ。


 今日は和食寄りだね。


 前世の日本では見慣れた献立だけど、こっちでは珍しいものも多い。


「巴さん。すごく美味しそう!」


「ありがとう、リアリスちゃん」


 巴さんが、嬉しそうに微笑む。


「お二人も、よろしかったら遠慮なく召し上がってね」


「……こ、これ、全部食べていいのか?」


「もちろんよ」


 ララさんが、もう一度料理を見つめた。


「……すげえな……」


「……きれい……」


 ルルさんまで、目を輝かせている。


 ……ああ。


 今度は、料理で気絶しないよね?


 私は、一瞬だけ心配になった。


 ……いや。


 さすがに大丈夫か!


「それじゃあ、いただきます!」


 私が手を合わせると、カトレアも真似して声を上げた。


「いただきまーす!」


 ルルさんとララさんは、少し不思議そうに私たちを見る。


「……それ、何だ?」


「食事を始めるときの挨拶なんです」


「へえ」


「……いただきます……」


 ルルさんも、そっと手を合わせた。


「……お、おう。いただきます!」


 ララさんまで、真似してくれた。


 ……ふふ。


 何だか、嬉しいね。


 ララさんは、まず肉料理を一口食べた。


 …………。


 ぴたりと動きを止める。


 ……あっ。


 まさか。


 今度は、ララさん!?


「……うっま!?」


 …………。


 ……おお!


 よかった。


 驚いてただけだった!


「何だこれ!? 肉、柔らけえ!」


「ふふ。下ごしらえをちょっと工夫してみたの」


 巴さんが、嬉しそうに答える。


「これも食べてみて。きっと気に入るわ」


「おう!」


 ララさんが、次の料理へ箸を伸ばす。


 ……ああ。


 すごい食べっぷりだなぁ。


 ルルさんは、汁物を両手で大事そうに持っていた。


「……あったかい……」


「お口に合うかしら?」


「……はい。とても、美味しいです……」


 ルルさんが、小さく微笑む。


 ……うん。


 二人とも、気に入ってくれたみたい。


 隣ではカトレアが、嬉しそうにご飯を食べている。


「巴さんのご飯、世界一だよ!」


「まあ。ありがとう、カトレアちゃん」


 ……ああ。


 それは、私も同意だなぁ。


 食事が進むにつれて、ララさんの口数も増えていった。


「……なあ、これ、どうやって作るんだ?」


「どのお料理かしら?」


「この、表面がさくさくしてるやつ!」


「ふふ。衣をつけて油で揚げるのよ」


「……あの、これも美味しいです……」


 ルルさんが、別の小鉢を指さす。


「まあ、嬉しいわ。じゃあ、少しおかわりする?」


「……い、いいんですか……?」


「もちろん」


 ……うん。


 巴さん、完全にお母さんモードだね。


 ……いや。


 もともと、優しい人なんだけど。


 人が美味しそうに食べているのを見ると、もっと食べさせたくなるみたい。


「ララお姉ちゃん!」


 カトレアが、ララさんを見た。


「ルルお姉ちゃんって、いつもお洋服が好きなの?」


「おう。昔からずっとだぜ」


「へえ!」


「店があると、すぐ足が止まるんだ。今日もそうだったろ?」


「うん!」


 ……あっ。


 そこは、ちょっと違う意味でも足が止まったね。


 私は、思わず笑ってしまった。


 ルルさんが、顔を赤くして俯く。


「……もう、ララ……」


「事実だろ?」


「……そうだけど……」


 ララさんが、いたずらっぽく笑った。


「でもまあ、今日のあれはすげえよ。服を見て気絶するやつ、初めて見た!」


「……ご、ごめん……」


「謝るなって!」


 …………。


 ……ああ。


 このやり取り、今日は何回聞いたんだろう。


 カトレアも、くすくす笑っている。


 ……うん。


 賑やかで、いい夕食だね。


「……それにしても」


 ララさんが、少しだけ真面目な顔になった。


「リアリス。あたしたち、こんなに世話になっちまって、いいのか?」


「……え?」


「店にも連れてってもらって、風呂まで借りて、ご飯もごちそうになってさ」


 ……ああ。


 そういうことか。


「いいんですよ。今日は遊びに来てもらったんですから」


「……でも、普通は……」


「普通、ですか?」


 …………。


 ララさんが、何かを思い出したように口をつぐんだ。


「……あっ」


 ……ん?


 何か、言おうとした?


「……いや。あんたに普通の話しても無駄だったな」


 …………。


 ……ひどい!


「ララさん! 私だって、普通のことは分かりますよ!」


「三百体の魔獣を一瞬で倒すのは普通か?」


「……それは、普通じゃないですけど!」


「各国に店を持ってるFランク冒険者は?」


「……それも、あんまりいないですね」


「だろ!?」


 …………。


 ……ああ。


 反論できない!


 桜花が、隣で静かに微笑んでいる。


 ……あっ。


 助け舟は、出してくれないんですね!?


「ふふ。リアリスちゃんは、昔からそういうところがあるのよね」


 巴さんまで、楽しそうに笑った。


 ……おお。


 今日は、何だかみんなにからかわれてるなぁ。


 でも。


 こうして笑っていられるなら、それも悪くないか。


「……リアリスさん」


 ルルさんが、小さく声をかけた。


「……今日は、本当に……ありがとうございます……」


「こちらこそ。来てくれて嬉しかったです」


 ルルさんは、少しだけ考えてから続けた。


「……僕、こんなに楽しく買い物したの……久しぶりです……」


 ……ああ。


 そうなんだね。


「それなら、よかった」


 私は、素直に笑った。


 カトレアも、嬉しそうに頷く。


「また一緒にお洋服見ようね!」


「……うん……!」


 ……うん。


 また来てもらえるといいね。


     ◇


 夕食のあと、私たちは居間でしばらく過ごした。


 カトレアは、ルルさんと並んで小さな飾りを見せ合っている。


 ……あっ。


 今日、おそろいで買ったやつだね。


「ルルお姉ちゃん、これ、ここにつけるの!」


「……うん。可愛いね……」


「明日もつける!」


「……僕も、つける……」


 ……ああ。


 本当に仲良しだなぁ。


 ララさんは、少し離れたところでその様子を眺めていた。


「……ルル、ずっと笑ってるな」


「そうですね」


「……あいつさ、こういう場所だと、普段はもうちょっと緊張してるんだよ」


 ララさんが、小さく言う。


「今日は、どうやら違うみたいだな」


「うちでは、好きなように過ごしてもらえたら嬉しいですよ」


「……ありがとな」


 …………。


 ……おっ。


 また、お礼を言われた。


 今日は私も、何度もお礼を言ってる気がするけどね。


「……リアリス」


「はい?」


「ルルのこと、変に思わなかったんだよな?」


「……え?」


 ララさんは、一瞬だけ言葉を探した。


「服のこと。ほら、あいつ、男なのに可愛い服ばっか好きだからさ」


 ……ああ。


 その話か。


「全然。むしろ似合ってると思います」


「……そっか」


「好きなものを楽しめるって、いいことじゃないですか」


 ララさんは、ふっと笑った。


「……だよな」


 その顔は、いつもの威勢のいい表情より少しだけ穏やかだった。


 ……うん。


 妹として、気になることもあるんだろうね。


「でも、倒れるほどはしゃぐのは、ちょっと心配ですね」


「それな!」


 ララさんが、声を上げて笑った。


 …………。


 ……あっ。


 また、そこに戻ってきた!


 夜も更けてきたので、そろそろ休むことにした。


 巴さんが、二人の客間をもう一度確認してくれる。


「お布団は整えてあるわ。お水も置いてあるから、困ったことがあったら声をかけてね」


「……ありがとうございます……」


「何から何まで、助かるぜ」


「ふふ。どういたしまして」


 ……うん。


 準備は万全だね。


 カトレアは、まだ少し眠たそうな目で、ルルさんの袖を引いた。


「ルルお姉ちゃん、明日もいる?」


「……うん。朝までは……」


「じゃあ、朝も会えるね!」


「……うん……!」


 ルルさんが、嬉しそうに微笑む。


「ララお姉ちゃんも!」


「おう! 朝ご飯も一緒だな」


「やったぁ!」


 ……ああ。


 カトレア、今日はずっと楽しそうだね。


 私は、そっと頭を撫でた。


「でも、そろそろ寝ようね」


「はーい!」


 巴さんが、カトレアを部屋へ案内してくれる。


 廊下には、静かな足音だけが残った。


「……なあ、リアリス」


 ララさんが、もう一度こちらを見た。


「……ん?」


「本当に、ありがとな」


 ……おっ。


 今日は、ララさんもずいぶん素直だ。


「こちらこそ。おやすみなさい」


「おう。おやすみ!」


「……おやすみなさい……」


 二人が客間へ入っていくのを見届け、私は桜花を見た。


「……いい一日だったね」


「はい。皆様、とても楽しそうでございました」


「うん。私も楽しかった」


 ……ああ。


 たまには、こういうお泊まりもいいね。


 ……ただし。


 ルルさんがもう一度、服を見て気絶しないことだけは祈っておこう!


     ◇


 翌朝。


 食堂へ行くと、カトレアがすでに席についていた。


「お父さん、おはよう!」


「おはよう、カトレア。今日は早いね」


「だって、ルルお姉ちゃんとララお姉ちゃんがいるもん!」


 ……ああ。


 そういうことか。


 私は、思わず笑ってしまった。


「そっか。楽しみだったんだね」


「うん!」


 やがて、廊下から二人が現れた。


「……おはようございます……」


「おう! おはよ!」


「おはようございます、二人とも!」


 ルルさんは、昨日買ったブローチを服につけていた。


 ……おっ。


 さっそく使ってくれてるんだ。


「ルルお姉ちゃん! おそろい!」


 カトレアが、自分の胸元を指さした。


「……うん。おそろい……」


 二人が、嬉しそうに笑う。


 ……ああ。


 朝から、いい光景だね。


 ララさんは、昨日買った上着を羽織っている。


「ララさんも、新しい服ですね」


「おう! 気に入ったから、さっそく着てみた」


「よく似合ってますよ」


「……へへっ。ありがとな」


 ……うん。


 よかった。


 そうこうしているうちに、巴さんが朝食を運んできてくれた。


 焼きたてのパンと、ふんわりした卵料理。


 温かい飲み物も、ちゃんと用意されている。


「おはよう。みんな、よく眠れた?」


「……はい。とても……」


「おう! ぐっすりだったぜ!」


 ……ああ。


 いい朝だね。


 朝食を食べながら、今日の予定を話すことにした。


「二人とも、今日はどうします?」


 私が尋ねると、ララさんが頷いた。


「昼になる前には王都へ戻ろうと思ってる。あんまり長居しても悪いしな」


「そうですか。じゃあ、帰る支度をしましょうか」


「……本当に、ありがとうございました……」


 ルルさんが、少し名残惜しそうに言う。


 ……ああ。


 ちょっと寂しいね。


 でも、また会えるもんね。


「聖都へ戻るときも、気をつけてくださいね」


「おう。まあ、あたしたちもBランクだからな!」


「……僕たち、慣れてるので……」


 ……うん。


 そうだった。


 二人とも、立派な冒険者なんだよね。


 昨日はあまりにも可愛い服に夢中だったから、つい忘れそうになってたけど!


 ララさんが、少し困ったような顔をした。


「……ただよ。買った服の荷物が、思ってたより多くてさ」


「……あっ」


 ……そうだった。


 昨日、お店で買った服。


 きれいに包んでもらってあるけど、全部持って長旅をするのはちょっと大変そうだ。


「それなら、荷物だけ先に聖都へ送っておきましょうか?」


「……えっ?」


「……送る……?」


 二人が、そろって首を傾げた。


「はい。《転移》で」


 …………。


 しばらく、静かになった。


 ……あれ?


「……転移?」


 ララさんが、ゆっくり聞き返した。


「はい」


「……荷物を?」


「そうですよ」


 …………。


「……あんた、本当に何でもありだな!?」


 ……ああ。


 また驚かれた!


 いや。


 でも、荷物だけなら、そんなに大きな話じゃないと思うんだけどなぁ。


 ……私にとっては、だけど。


「聖都には私の屋敷もあるので、そこへ荷物を送っておけますよ」


 私は、二人に説明した。


「向こうの担当者に預けて、二人が帰った頃に受け取れるようにしておきます」


「……屋敷……?」


 ルルさんが目を丸くする。


「……聖都にも、あるの……?」


「はい」


「……おい、リアリス」


 ララさんが、額を押さえた。


「……王国だけじゃ、ねえんだな」


「……あっ」


 そういえば。


 各国に家があること、詳しくは話してなかったね。


「ちょっと事情があって、いくつかあるんです」


「……いくつかって……」


 …………。


 ……うん。


 それ以上は、聞かないでくれると助かるなぁ。


「でも、二人自身は普通に旅を楽しみたいでしょう?」


 私は、笑って続けた。


「無理に《転移》で送ったりはしませんよ」


「……ああ。それなら助かる」


 ララさんが、ほっとした顔になる。


「やっぱり、帰りもルルといろいろ見ながら歩きたいしな」


「……うん。行きに見つけたお店も……」


 ルルさんが、小さく頷く。


 ……ああ。


 二人で歩く旅も、楽しみの一つなんだね。


「じゃあ、荷物だけ任せてください」


「おう。頼むぜ!」


「……お願いします……」


 ……うん。


 これで決まりだね。


 私は、食事を終えてから荷物をまとめることにした。


 荷物を運ぶ前に、私は一度、聖国邸へ《転移》した。


 向こうの屋敷へ着くと、蘭がすぐに迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、リアリス様」


「ただいま、蘭。ちょっとお願いがあるんだけど」


「はい。何なりとお申し付けください」


 ……ああ。


 相変わらず、頼もしいね。


 私は、聖国で知り合ったルルさんとララさんが王国へ遊びに来てくれたことを説明した。


「二人が買った服を、あとで《転移》でこっちへ送るから、しばらく預かってもらえる?」


「かしこまりました。お客様のお名前と、お渡しする方法を伺ってもよろしいでしょうか」


 ……おお。


 さすが、抜かりないね。


「二人が聖都へ戻ったら、ギルドから連絡をもらうことになってるんだ。都合のいい受け取り場所を確認して、届けてもらえるかな?」


「承知いたしました。お預かりしたお品物は、大切に保管いたします」


「ありがとう、蘭。助かるよ」


「とんでもございません」


 私は蘭にお礼を言い、王国邸へ戻った。


 ……うん。


 これで受け取りの準備は万全だね。


「ただいま!」


 戻ってくると、ララさんが目を丸くしていた。


「……おい。今、消えてなかったか?」


「はい。ちょっと聖国の屋敷まで行ってきました」


「……ちょっと!?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 普通なら、そんな距離を一瞬で往復しないよね。


 でも、今日は二人を無理に《転移》させるつもりはない。


 自分たちの足で旅を楽しんでもらいたいからね。


「それじゃ、荷物を送りますね」


 私は、二人が買った服の包みを丁寧にまとめた。


 そこへ、持ち主の名前を書いた札を添える。


「……お願いします……」


 ルルさんが、大切そうに包みを見つめている。


「すぐに、向こうの屋敷へ送りますよ」


 ……うん。


 あとは、いつもの《転移》で。


 私は、よく知っている聖国邸の荷物を置ける場所を思い浮かべた。


「《転移》」


 すっ。


 包みが、その場から消えた。


 ……よし。転送完了。


 蘭が預かってくれるから、長い旅の途中で服を傷める心配もない。


 ララさんは、荷物がなくなった場所をじっと見つめていた。


「……ほんとに、消えた……」


「はい。ちゃんと送れましたよ」


「……リアリスって、本当に……」


「……何でしょう?」


「……もう、何も言わねえ!」


 ララさんが、笑って両手を挙げた。


 ……うん。


 何も言われないのも、ちょっと複雑だね。


     ◇


 見送りの時間になった。


 私と桜花、カトレアは、門のところまで二人を送っていく。


 巴さんも玄関から顔を出してくれた。


「またいつでも遊びにいらっしゃいね」


「おう! ご飯、すっげえ美味かった!」


「……とても、美味しかったです……」


「ふふ。ありがとう」


 ……ああ。


 巴さんも嬉しそうだね。


 カトレアが、ルルさんの手をぎゅっと握った。


「ルルお姉ちゃん、また来る?」


「……うん。来ても、いい……?」


「もちろん!」


 カトレアが、満面の笑みになる。


「次は、私のお花も全部見せるね!」


「……楽しみ……」


「ララお姉ちゃんも!」


「おう! 今度はもっと遊ぼうな!」


 ……うん。


 次の約束もできたね。


 私は、二人へ向き直った。


「それじゃあ、王都までは気をつけてくださいね」


「おう。道は覚えたから大丈夫だ」


「……リアリスさん、桜花さん……本当に、ありがとうございました……」


「こちらこそ。楽しかったです」


 桜花も、静かに頭を下げた。


「どうぞ、道中お気をつけて」


 双子は、並んで歩き始めた。


 ルルさんの胸元には、カトレアとおそろいの小さな花飾り。


 ララさんは、新しい上着の襟を嬉しそうに直している。


 ……ああ。


 二人とも、よく似合ってるなぁ。


 途中でララさんが振り返った。


「なあ、リアリス!」


「はい?」


「今度来たときは、また服を見せてくれよ!」


「もちろんです!」


「……僕も、また……見たい……」


 ルルさんが、控えめに手を振る。


「でも、次は倒れないでくださいね!」


 …………。


「……っ!?」


 ルルさんが、また真っ赤になった。


「おい、ルル! 走るなよ!」


「……は、走らない……!」


 ……あはは!


 最後まで、いいコンビだね。


 私たちは、二人が王都へ向かう道の先に見えなくなるまで手を振った。


 双子を見送って屋敷へ戻る途中。


「お父さん」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「……ん?」


「ルルお姉ちゃん、喜んでたね!」


「うん。すごく楽しそうだった」


「お洋服、いっぱい買えたもんね!」


「そうだね」


 ……ああ。


 気絶したときはびっくりしたけど。


 最後には、ちゃんと笑って帰ってくれた。


 それが、何より嬉しいな。


「桜花も、お疲れさま」


「ありがとうございます。皆様のお役に立てて、何よりでございました」


「倒れたルルさんを受け止めてくれて、助かったよ」


「当然のことでございます」


 ……うん。


 相変わらず、頼もしい。


「それにしても、あの服って……」


 私は、ふと考えた。


 前世の日本では、お店に並んでいる服の種類が本当に多かった。


 可愛いもの。


 格好いいもの。


 落ち着いたもの。


 変わったもの。


 それぞれ、着る人が選べる。


 ……うん。


 そういう自由が、この世界でも広がっていくといいなぁ。


「お父さん!」


 カトレアが、今度は花壇の方を指さした。


「見て! あのお花、昨日より咲いてる!」


「……おっ。本当だ!」


 庭の片隅に、見慣れない小さな花が咲いていた。


 淡い色の花びらが、風に揺れている。


「ねえ、お父さん。これ、何ていうお花?」


 …………。


 ……あっ。


 そういえば。


 この花、名前を知らないな。


 前にシギラ国で買ってきたものとも、ちょっと違う気がする。


「……うーん。何だろうね?」


 カトレアが、興味津々の顔で私を見上げた。


「お父さんも知らないの?」


「うん。ごめんね」


「じゃあ、一緒に調べよう!」


 ……ああ。


 そうだね。


 名前が分かれば、もっと楽しいかもしれない。


 でも、花の名前を調べるって、この世界だとどうするのがいいんだろう。


 詳しい人に聞く?


 本を探す?


 ……うん。


 それもいい。


 だけど。


 私は、小さな花へ視線を落とした。


 ……そういえば。


 ものの名前が、ぱっと分かるような方法って――。


 …………。


 ……いや。


 まずは、カトレアと花を眺めようか。


 今日は、せっかくのんびりできる日なんだから。


「じゃあ、もう少し近くで見てみよう」


「うん!」


 私は、カトレアと一緒に花壇へ歩き出した。


 桜花も、少し後ろからついてくる。


 ……ああ。


 双子が帰って、屋敷はいつもの静けさに戻った。


 でも、昨日より少しだけ、楽しみが増えた気がする。


 また、ルルさんとララさんに会える。


 次は、どんな服を見つけるんだろう。


 ……うん。


 そのときは。


 ルルさんが倒れても大丈夫なように、最初から椅子を用意しておこうかな。


 …………。


 ……いや。


 倒れないのが一番だよね!

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