第5話:双子が王都にやって来た
一週間というのは、案外あっという間に過ぎるものだ。
聖国で知り合った双子の冒険者、ルルさんとララさん。
今日は、その二人がシルク王国へ遊びに来る日である。
……うん。
とても楽しみだ!
「お父さん、今日、お友達が来るんだよね!」
朝食の席で、カトレアが嬉しそうに尋ねてきた。
「そうだよ。聖国で会った二人だね」
「可愛いお洋服が好きな人と、かっこいいお洋服が好きな人!」
「よく覚えてるねぇ」
「うん!」
カトレアが得意そうに胸を張る。
先日、冒険者の仕事から帰ってきたとき、森での出来事を話した。
三百体もの魔獣がいたことには驚いていたけれど、双子の話になった途端、カトレアの興味はそちらへ移ってしまった。
……まあ。
私が二人の服装について楽しそうに話しすぎたのかもしれない。
「その人たち、カトレアも会っていい?」
「もちろん。今日はお家にも案内しようと思ってるからね」
「やったぁ!」
……ああ。
朝からいい笑顔だね。
向かいに座る巴さんも、にこにこと微笑んでいる。
「リアリスちゃん。お客様がいらっしゃるなら、お茶の用意もしておきましょうね」
「ありがとう、巴さん。でも、あんまり大げさにしなくて大丈夫だよ」
「ふふ。分かっているわ」
……あっ。
この『分かっているわ』、本当に分かってくれてるかな?
いや。
巴さんなら、心配いらないか。
「リアリス様」
桜花が紅茶の杯を置いた。
「本日は、落ち着いてお迎えになられますよう」
「……えっ? それ、また言う?」
「念のためでございます」
…………。
……うん。
自覚はあるので、何も言えません。
私はパンを一口かじった。
今日は、絶対に普通に案内しよう。
普通に。
……多分。
◇
朝食を終えて、桜花と二人で王都へ向かった。
待ち合わせ場所は、冒険者ギルド。
前回、聖国で約束したとおりだ。
「桜花、二人はもう着いてるかな?」
「まだ少し早い時間ですが、先に到着していらっしゃるかもしれませんね」
「そうだね」
王都クーラルの通りは、今日も賑わっていた。
店先には食べ物が並び、荷車が石畳の上をゆっくり進んでいく。
……ああ。
平和だなぁ。
以前の大襲撃を思い出すと、こういう普通の景色が本当にありがたい。
「リアリス様、おはようございます!」
パン屋の前を通りかかると、店の人が手を振ってくれた。
「おはようございます!」
「今日はお出かけですか?」
「はい。友達を迎えに!」
「それはいいですね!」
……うん。
最近は、街で声をかけられることにも少し慣れた。
ただし。
「今日も王国の英雄様はお元気だねぇ!」
後ろからそんな声が聞こえた。
…………。
……ああ。
その呼び方は、まだ慣れない!
私は、何も聞こえなかったことにして歩く速度を少しだけ上げた。
桜花が隣で小さく笑っている。
「リアリス様。お急ぎにならなくても、お約束には間に合いますよ」
「……うん。分かってるんだけどね」
英雄。
……いまだに、何だか照れくさいんだよなぁ。
私はただ、家族と静かに暮らしたいだけなのに。
……まあ。
そう言いながら、冒険者ギルドへ向かってるんだけどね。
ギルドの扉を開けると、いつもの賑やかな声が聞こえてきた。
掲示板の前で依頼を選んでいる冒険者。
受付へ並ぶ人たち。
奥の食堂からは、香ばしい匂いも漂ってくる。
……おお。
相変わらずだね。
「おはようございます、リオンさん、桜花さん!」
受付のリリーナさんが、こちらに気づいた。
「おはようございます!」
「今日は依頼をお探しですか?」
「いえ、今日は待ち合わせなんです。聖国から二人、冒険者さんが来る予定で」
「それでしたら……」
リリーナさんが、ちらりと奥の廊下を見た。
「もしかして、ルルさんとララさんでしょうか?」
「……あっ! もう来てるんですか?」
「ええ。先ほどいらっしゃいましたよ」
……おお!
やっぱり、早めに着いてたんだ!
「お二人は今、ギルドマスターとお話しされています」
「……シルベスターさんと?」
私は首を傾げた。
何だろう。
王都へ来た冒険者がギルドマスターに挨拶するのは、おかしくない。
でも、わざわざシルベスターさんと話す理由って……。
「お二人から、少し確認したいことがあると伺いまして」
リリーナさんは、そこまで言って困ったように笑った。
「そのお話に、リオンさんと桜花さんのお名前が出ておりまして……」
…………。
……あっ。
何となく分かった。
あれだ。
三百体の魔獣だ。
……ああ。
まさか、一週間経ってもあの話が追いかけてくるとは!
「リアリス様」
桜花が、私にだけ聞こえる声で言った。
「おそらく、先日の討伐についてでございましょう」
「……うん。私もそう思う」
そのとき。
奥の扉が開いた。
「おい、リオン!」
聞き慣れた、太い声が響いた。
……おお。
シルベスターさんだ。
いつものがっしりした体つきで、左右の腕もしっかり揃っている。
あの大襲撃のあとも、ギルドマスターとして忙しそうに働いているらしい。
「おはようございます、シルベスターさん!」
「おはようじゃねえ。ちょうどいいところに来た!」
…………。
……あれ?
何だか、最初から機嫌がよくない?
シルベスターさんの後ろから、二人の人影が顔を出した。
短い金髪に、桃色の可愛い服。
そして銀髪に、カウボーイ風の格好。
「……あっ!」
「おう! リオン!」
「……リオンさん。桜花さん……!」
ララさんとルルさんだ!
……おお。
一週間ぶり!
「二人とも、いらっしゃい! 無事に着いたんですね!」
「おう。ちょっと早く着いちまってさ」
「……約束の時間まで、少しあったので……」
「そっか。来てくれてありがとうございます!」
ルルさんが、ふわっと微笑んだ。
ララさんも楽しそうに笑っている。
……ああ。
ちゃんと会えてよかった!
「おい」
…………。
シルベスターさんが、私の肩をぽんと叩いた。
……あっ。
いたんだった。
「お前も来い。話がある」
「えっ? 私もですか?」
「お前の話なんだから、当たり前だろうが!」
…………。
……はい。
あんまり嬉しくない予感がしてきた。
◇
ギルドマスターの執務室に入ると、机の上には書類が山積みになっていた。
……ああ。
今日も忙しそうだ。
シルベスターさんは椅子に座り、私たち四人を順番に見た。
「で、だ。ルルとララから話を聞いていたところなんだが……」
「はい?」
「聖国で、えらい数の魔獣を倒したらしいな」
…………。
……あっ。
やっぱり!
「はい。ちょっと数が多かったですね」
「ちょっと、じゃねえ!」
……おお。
即座に怒られた!
「三百体だぞ! 三百体!」
「……そのくらい、いましたね」
「そういう話を、どうしてそんな顔でできるんだ!」
……うーん。
倒せたから、かなぁ。
いや。
今それを言ったら、もっと怒られそうだ。
私は黙っておくことにした。
「さっきも言っただろ、おっさん!」
ララさんが、横から口を挟む。
「あたしたちが助けに入ったときには、もう全部動かなくなってたんだって!」
「それで、どうなった?」
「気づいたら、ばたばたって一斉に倒れたんだよ! あたしだって訳が分かんねえ!」
「……僕も、見ました……」
ルルさんも小さく頷く。
……うん。
申し訳ないけど、説明はそのとおりだ。
「二人が嘘を言ってるとは思ってねえ」
シルベスターさんは額を押さえた。
「問題は、お前らが見た相手だ」
「……ん?」
ララさんが首を傾げる。
「お前らがどうしてここに来たかも分かってる。Fランクの冒険者がそんな真似できるのか、不思議で仕方なかったんだろう?」
「……そうだよ。こいつら、カードもFランクだったし」
「……なのに、とても強くて……」
二人の視線が私に向いた。
…………。
……ああ。
居心地が悪い。
普通の冒険者でいたいだけなんだけどなぁ。
「まず、一つはっきりさせておく」
シルベスターさんが、真面目な声になった。
「リオンと桜花のFランク登録は、間違いでも偽物でもねえ。ちゃんとしたギルドの登録だ」
「……そうなのか?」
「ああ。ただし、二人のカードには、依頼の受注制限がない」
「……受注制限?」
ララさんが目を丸くした。
「Fランクでも、どのランクの依頼だって受けられるってことだ」
「はあ!?」
…………。
……あっ。
そこも、珍しいんだった。
普段は当たり前のように使ってるから、つい忘れる。
「……そんなカード、初めて見たぞ」
「そりゃそうだろうな」
シルベスターさんが、何とも言えない顔で私を見る。
「こいつらは、少々……いや、かなり特殊なんだ」
「そんなにですか?」
「お前が言うな!」
…………。
……はい。
そうですよね。
ララさんは、私と桜花を交互に見た。
「なあ、リオン。だったら、どうしてFランクのままなんだよ?」
「うーん。上がる必要を感じないから、ですかね」
「……は?」
「私、のんびり冒険者を続けたいんです」
……うん。
それが一番の理由だ。
冒険者として偉くなりたいわけじゃない。
好きなときに依頼を受けて、好きな場所へ行く。
それくらいが、ちょうどいいんだよね。
「……のんびり?」
ララさんが、何かを思い出したような顔になった。
「三百体、一気に倒して?」
「……あっ」
…………。
……そうだね。
全然、のんびりに聞こえないね。
シルベスターさんが、大きなため息をついた。
「リオンと桜花の実力について、ここで全部話すつもりはねえ」
シルベスターさんは、そう言って二人を見た。
「ただ、お願いがある」
「……何だよ?」
「今回のことを、面白半分に言いふらさないでやってくれ」
ララさんが、少しだけ表情を変えた。
「言いふらすって……」
「聖国のギルドへ正式な報告をしたのは正しい。討伐の記録を隠せと言ってるわけでもねえ」
……うん。
そうだよね。
依頼の記録がある以上、三百体を倒した事実まで消すわけにはいかない。
「ただ、こいつらの強さを街で面白おかしく話して回ったら、今以上に人が押し寄せる。それだけは勘弁してやってほしい」
…………。
……ああ。
シルベスターさん。
私のことを、ちゃんと分かってくれているんだね。
私は、思わず顔を上げた。
「何だ、その顔は」
「いえ。ありがとうございます」
「礼を言うなら、これ以上俺の仕事を増やすな!」
……あっ。
また怒られた!
「それなら心配すんなよ」
ララさんが腕を組んだ。
「あたしたちだって、会ったばかりの奴の秘密をべらべら喋る趣味はねえよ」
「……うん。リオンさんたちには、助けてもらいましたし……」
ルルさんも頷く。
「……そっか」
何だか、嬉しいな。
強さだけを見て、勝手に騒ぎ立てるんじゃなくて。
こうして、こちらの気持ちを考えてくれる。
「ありがとうございます、二人とも」
「だから、礼はもういいって!」
ララさんが、照れ隠しみたいにそっぽを向いた。
……ふふ。
相変わらずだね。
「それじゃあ、もう行っていいですか?」
私が尋ねると、シルベスターさんは机に肘をついた。
「……何だ。今日は依頼じゃねえのか?」
「はい。二人を家のお店へ案内する約束なんです」
「……店?」
「洋服を見たいそうなので」
…………。
シルベスターさんの視線が、ララさんとルルさんへ移った。
桃色のレースが揺れるルルさんの服。
帽子と上着がよく似合うララさんの格好。
……うん。
どちらも素敵でしょ?
「……そういうことか」
シルベスターさんは、妙に納得した顔をした。
「何か、変ですか?」
「いや。お前が楽しそうな理由が分かっただけだ」
…………。
……あっ。
私って、そんなに分かりやすい?
「ちゃんと相手の好きなものを選ばせてやれよ」
「もちろんです!」
「桜花、頼んだぞ」
「はい。心得ております」
…………。
……ん?
どうして私じゃなく、桜花に頼むんだろう。
……いや。
何となく、理由は分かるけどさ。
「それと」
シルベスターさんが、声を低くした。
「ルル、ララ。こいつらが変なことを言い出したら、桜花に相談しろ。大抵は止めてくれる」
「……おい。そんなにか?」
「……ふふ」
桜花が、静かに笑っている。
……ちょっと待って!
私、そんな危険人物じゃないよ!?
「シルベスターさん! 今日はただの買い物ですって!」
「『今日は』な!」
…………。
……ひどい!
いや。
過去を振り返ると、あんまり言い返せないけど!
私たちは、笑うララさんと微笑むルルさんを連れて執務室を出た。
背後から、シルベスターさんの声が聞こえた。
「頼むから、今日は本当に何も起こすなよ!」
……もう。
ただお友達を家に案内するだけなのに。
そんなに心配しなくても大丈夫だって!
◇
「なあ、リオン」
ギルドを出て王都の通りを歩いていると、ララさんが声をかけてきた。
「……はい?」
「さっきのおっさんと、ずいぶん仲がいいんだな」
「シルベスターさんですか? お世話になってますからね」
「普通、ギルドマスターにあんな口のきき方しねえだろ」
「……そうですか?」
…………。
……あれ。
確かに、ギルドマスターだもんね。
でも、シルベスターさんとは長い付き合いだし。
私にとっては、頼れる親しい人なんだよね。
「……リオンさん。王国の方たちは、優しいですね……」
ルルさんが小さく言った。
「そうですね。私もそう思います」
「……さっきの人、ちょっと怖かったけど……」
「シルベスターさんですか?」
「……はい。でも、僕たちの話を、ちゃんと聞いてくれました」
「……うん」
……ああ。
外見は怖いかもしれないけど、根は真面目なんだよ。
「それにしても、聖国から遠かっただろ?」
ララさんが歩きながら肩を回す。
「まあな。でも、こうして来られたし、悪くなかったぜ」
「……途中のお店で、可愛い布を見かけたんです……」
ルルさんが嬉しそうに笑った。
「……おお。旅の途中もお店を見てたんですね」
「……はい」
「ルルは、服の店があるとすぐ立ち止まるんだよ。全然進まなくてさ」
「……ごめん、ララ……」
「別に怒ってねえって!」
……ふふ。
二人で旅をするのも、楽しそうだね。
そう思ったところで、向こうから歩いてきたパン屋の男性が手を振った。
「リアリス様! こんにちは!」
「……あっ。こんにちは!」
…………。
……しまった。
ちょうど、二人と一緒にいるときに……。
ララさんが立ち止まった。
「……リアリス?」
……ああ。
やっぱり、聞こえたよね。
「なあ。今の人、あんたに向かって言ってたよな?」
「……はい」
「リオンじゃなくて、リアリスって言ったぞ?」
「……うん」
私は、頭をかいた。
ここまで来たら、隠したままにしておくのも変だ。
「実は、私の本当の名前はリアリスなんです。冒険者としては、リオンの名前で登録してまして」
「……本名と違うのか!?」
「はい。紛らわしくて、ごめんなさい」
ルルさんが、はっとしたように私を見る。
「……リアリス……さん……?」
「はい」
「……王国の……?」
…………。
……あっ。
その反応は、もしかして。
ララさんまで、何か思い当たったように顔を上げた。
「……おい。ちょっと待てよ」
「はい?」
「王国の大襲撃で、すごい数の魔獣を倒したっていう……あのリアリスか!?」
…………。
……ああ。
そっちの話まで、知られてるんだ。
「ええと……はい。多分、そのリアリスです」
「多分じゃねえだろ!?」
ララさんが、立ち止まって頭を抱えた。
……あっ。
また、この反応。
「……だから……Fランクなのに……」
ルルさんも、何かがつながったような顔になった。
「いや。Fランクなのと、それはあんまり関係ないと思うんですけど……」
「大ありだよ!」
…………。
……うん。
そうだね。
ここで普通の冒険者だって言い張るのは、ちょっと無理があるかなぁ。
ララさんは、私をじっと見つめた。
「……なあ。そのことも、誰にも言わない方がいいんだよな?」
「そうですね。ギルドの名前と本名のことは、できれば静かにしてもらえると助かります」
「分かった。あたしら、約束は守るからな」
「……はい。僕も……」
……ああ。
ありがたいな。
二人とも、すぐに受け入れてくれた。
「それじゃあ、改めて。リアリスです。これからもよろしくお願いします!」
「……今さら自己紹介かよ!」
ララさんが笑った。
……うん。
言われてみれば、確かにそうだね!
王都の門を抜け、郊外の道を歩く。
屋敷までは、もう少しだ。
道の両側には草原が広がり、遠くに見慣れた建物が見えてきた。
「あっ。あれが私の家ですよ」
「……あれ?」
ララさんが目を細めた。
「……でかくねえか?」
「そうですか?」
「いや、どう見てもでけえだろ!」
…………。
……あっ。
初めて見る人には、やっぱり大きく見えるか。
私にとっては、もう見慣れた我が家なんだけどなぁ。
「……綺麗な、お庭……」
ルルさんが、ぽつりと呟く。
花壇には季節の花が咲いていて、風に揺れている。
……おお。
そこを見てくれたんだ!
「娘が、お花が大好きなんですよ」
「……娘?」
ララさんが、ぴたりと足を止めた。
「……今、娘って言ったか?」
「はい。カトレアっていうんです」
「……あんた、子供がいるのか!?」
…………。
……あっ。
そういえば、前は家族がいるとしか話してなかったね。
「はい。十歳の娘がいますよ」
「……はあ!?」
ララさんが、私の顔をまじまじと見る。
「リオン……いや、リアリスって、いくつなんだよ?」
「二十五歳ですよ」
「……本当に?」
「本当ですって!」
……ああ。
また、年齢の話かぁ。
外見が若く見えるのは、自覚がある。
でも、そんなに不思議かな。
「……若く見えます……」
ルルさんが、申し訳なさそうに言った。
「うん。よく言われます」
「……そっか」
ララさんは、まだ納得できないような顔をしていた。
……まあ、いっか。
もう少ししたら、カトレアにも会えるんだしね。
屋敷の門をくぐると、庭の向こうから小さな声が聞こえてきた。
「お父さーん!」
……おっ!
カトレアだ!
花壇のそばにいたカトレアが、こちらへ駆けてくる。
「ただいま、カトレア!」
「おかえり! お友達、来たの?」
「うん。こちらがルルさんとララさんだよ」
カトレアが、二人の前でぴたりと立ち止まった。
そして、にこっと笑う。
「はじめまして! カトレアです!」
「……あ、はじめまして。ルル、です……」
「おう! あたしはララだ。よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
……ああ。
いい挨拶だね。
カトレアは、まず桃色の服を見た。
それから、ルルさんの顔を見上げる。
「わぁ……可愛いお洋服!」
ルルさんが、ぱっと顔を明るくした。
「……ありがとう……」
「お姉ちゃん、すっごく似合ってる!」
…………。
……あっ。
ルルさんの動きが、止まった。
ララさんも、こちらをちらりと見る。
……うん。
そうだよね。
カトレアからしたら、ルルさんは可愛いお姉さんに見えるよね。
「カトレア。ルルさんは男の人で、ララさんは女の人なんだよ」
「……えっ?」
カトレアが、目を丸くした。
そして、改めて二人を見比べる。
…………。
「……そうなの?」
「……はい。僕が、お兄ちゃんです……」
ルルさんが、照れながら答えた。
カトレアは、少し考え込んだ。
……うん。
やっぱり、びっくりするよね。
「でも……」
カトレアが、ルルさんの服をもう一度見た。
「可愛いの、好きなんだよね?」
「……うん。大好きだよ……」
「じゃあ、一緒だ!」
…………。
……おお?
「私も、可愛いお洋服が好きなの!」
「……そ、そうなんだ……」
「うん! お花がついてるのとか、ふわふわしてるのとか!」
ルルさんの顔が、ふわっとほころんだ。
「……僕も、そういうの、好き……」
「ほんと!?」
……ああ。
何だか、すぐに仲良くなれそうだね。
そのとき、カトレアが小さく首を傾げた。
「ねえ。ルルさんのこと、お姉ちゃんって呼んだらだめ?」
…………。
……あっ。
そこは本人に聞くんだね。
いいことだと思う。
ルルさんは、一瞬驚いた顔になった。
「……僕で、いいの?」
「うん! とっても可愛いから!」
ルルさんは、少しだけ考えてから微笑んだ。
「……うん。いいよ……」
「やったぁ! ルルお姉ちゃん!」
……おお。
すっかり仲良しだ!
ララさんが、口元を手で押さえている。
「……ふっ」
「ララさん?」
「いや。ルルが、すっげえ嬉しそうだからさ」
その言葉どおり、ルルさんは真っ赤になりながらも、にこにこと笑っていた。
……ふふ。
気に入ってもらえてよかったね。
「ララさんは、ララお姉ちゃん!」
「おう! いいぞ!」
ララさんは、元気よく答えた。
……ああ。
こちらは、何の問題もなさそう。
「お父さん! 二人とも、お家に入る?」
「うん。まずはお茶にしようか」
「はーい!」
カトレアが、二人を案内しようと歩き出した。
……おお。
今日は、カトレアが案内役なんだね。
玄関を入ると、巴さんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、リアリスちゃん。お客様も、ようこそいらっしゃいました」
「ただいま、巴さん。こちらがルルさんとララさんです」
私は、二人を紹介する。
「聖国でお世話になった冒険者さんたちなんだ」
「……お世話になったって、あたしたちが助けられた方だろ」
ララさんが、ちょっと困ったように言う。
「ふふ。そうなのね」
巴さんは、いつもの穏やかな笑顔で頷いた。
「お二人とも、お疲れでしょう。よろしかったら少し休んでいってくださいね」
「……ありがとうございます……」
「お、おう。助かるぜ」
……うん。
旅のあとだし、ちょうどいいね。
私は二人を居間へ案内した。
大きな窓からは庭が見え、花壇の向こうには青い空が広がっている。
「……ここ、本当に家なのか……?」
ララさんが、室内を見回した。
「はい。私たちの家ですよ」
「……家具も、すげえな」
「……綺麗……」
ルルさんが、壁の飾りや椅子を見つめている。
……あっ。
もしかして、家具まで興味あるのかな。
服だけじゃなくて、可愛いもの全般が好きなんだろうね。
「お父さん!」
カトレアが、私の袖を引いた。
「ルルお姉ちゃん、私のお花も見てくれる?」
「もちろん。あとでお庭へ行こうね」
「うん!」
……ああ。
今日は、カトレアも楽しそうでよかった。
巴さんがお茶を運んできてくれた。
温かい紅茶と、小さなお菓子。
「よろしければ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
私は、さっそく一ついただいた。
……ああ。
おいしい!
「……お菓子、美味しいです……」
ルルさんが、小さく目を輝かせた。
「だろ? ルル、甘いもの好きだからな」
「……うん……」
ララさんも、お茶を一口飲む。
「……ああ。こういうのもいいな」
……うん。
のんびりした時間だね。
お茶を飲みながら、四人で話をした。
……いや。
カトレアもいるので、五人かな。
ララさんは、森での出来事を楽しそうに話している。
「そんでさ! リアリスたちが三百体を一気に倒しちまって!」
「ええっ! そんなにいたの!?」
カトレアが、目を丸くした。
……あっ。
前にも話したけど、やっぱり数を聞くと驚くよね。
「……でも、二人とも無事だったから、よかった……」
ルルさんが、そっと言う。
……うん。
本当に、そのとおり。
「ララさんたちが助けに来てくれたのも嬉しかったです」
「もうその話はいいって!」
ララさんが照れくさそうに手を振る。
「でも、ルルさんもララさんも、勇気がありますよね。私だったら、あの数を見たらまず逃げる方法を考えちゃうかも」
「そうかぁ?」
「はい。二人は迷わず駆けつけてくれたでしょう?」
「……あたしたちは、ただ放っておけなかっただけだよ」
ララさんが、少しだけ目をそらした。
……ああ。
そういうところ、好きだなぁ。
「ララさん、優しいね!」
カトレアが、にっこり笑う。
「……っ!?」
ララさんが、思わず咳き込んだ。
「お、おう……そうか?」
「うん!」
……おお。
カトレアの真っ直ぐな褒め言葉、結構効くね。
ルルさんまで、嬉しそうに笑っている。
「……ララ、良かったね……」
「ルルまで言うな!」
……ふふ。
本当に仲のいい双子だね。
それから、話題は服のことに移った。
「……カトレアちゃん、その髪飾り……」
ルルさんが、遠慮がちに尋ねる。
「これ? お花なの!」
カトレアは、嬉しそうに飾りを見せた。
「可愛いね……」
「えへへ。ありがとう!」
……ああ。
花好きのカトレアと、可愛いもの好きのルルさん。
……意外と、相性がいいかもしれない。
「ルルお姉ちゃんは、どんな色が好き?」
「……桃色とか、淡い色……かな……」
「私も桃色、好き!」
「……ほんと……?」
「うん! お花にも、いっぱいあるよ!」
二人は、すっかり話し込んでいる。
……おお。
私が入る隙がない!
ララさんが、カップを置いた。
「なあ、リアリス」
「はい?」
「あいつ、あんなふうにすぐ話すの、珍しいんだ」
……ん?
私はルルさんを見た。
今は、カトレアの話を楽しそうに聞いている。
「人見知りするんですか?」
「ああ。知らねえ奴の前だと、いつもあんなに喋らねえんだよ」
「そうなんですね」
「……カトレアのおかげ、かもな」
……ああ。
そうかもしれないね。
カトレアは、思ったことを素直に口にする。
相手が何を好きか、まず聞いてみる。
……うん。
その自然さが、ルルさんには嬉しいのかもしれない。
「カトレアも、二人に会えて喜んでますよ」
「……そうか」
ララさんが、少しだけ表情を和らげた。
桜花も、静かに微笑んでいる。
「よいご縁でございますね」
「うん。本当にそうだね」
……ああ。
今日は、冒険者の話をするつもりだったんだけど。
気づけば、家族で友達を迎える日になっている。
……うん。
こういうのも、悪くない。
「ねえ、お父さん!」
カトレアが、こちらへ振り向いた。
「お洋服のお店、いつ行くの?」
「……あっ!」
そうだった。
今日の目的は、そっちだったね!
「そうだね。そろそろ行こうか」
「やったぁ!」
カトレアが立ち上がる。
ルルさんも、ぱっと顔を上げた。
「……お店……!」
「そうそう。すぐ近くだからね」
私は桜花とララさんにも声をかけた。
「二人とも、行きましょうか」
「おう! 楽しみにしてたんだ!」
「はい。では、参りましょう」
桜花は、いつもどおり落ち着いている。
……うん。
こういうとき、本当に頼りになるなぁ。
巴さんは、片づけをしながら私たちを見送ってくれた。
「いってらっしゃい。どうぞ、ごゆっくりね」
「ありがとう、巴さん!」
「……ごちそうさまでした……」
「ありがとな!」
ルルさんとララさんも、丁寧に礼を言った。
……ああ。
いい子たちだなぁ。
……いや。
二人とも十八歳なんだから、私が『いい子』って言うのは少し変かな。
まあ、気にしないでおこう。
私たちは玄関を出て、庭の端へ向かった。
屋敷とは別に建っている雑貨屋は、今日も営業中だ。
外には小さな案内板があり、店の窓には季節の飾りが並んでいる。
「……あれ?」
ララさんが、建物を見上げた。
「これ、全部リアリスの店なのか?」
「そうですよ。各国にもあるんですけど、ここが私たちの家の近くのお店です」
「……各国にも!?」
…………。
……あっ。
また言いすぎたかも。
「大きな話じゃないですよ。みんなに助けてもらってるので」
「……大きいだろ、それは」
……うん。
ララさん、正しい。
今日は素直に認めておこう。
店内に入ると、棚には様々な商品が並んでいた。
お菓子、紅茶、ぬいぐるみ、小物。
それから、奥には衣類の棚がある。
「いらっしゃいませ」
店番のメイドが、にこやかに迎えてくれた。
「お疲れさま。今日は友達を案内したいんだ」
「かしこまりました。どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
……うん。
いつもありがとう。
私たちは、服の並ぶ場所へ向かった。
「……あ……」
ルルさんが、小さく声を漏らした。
……おっ。
気づいたかな?
棚には、こちらの世界でよく見かけるような服のほかに、前世の日本から《取り寄せ》したデザインのものも並んでいる。
もちろん、飾りの多い可愛い服だけじゃない。
動きやすい上着や、落ち着いた色の服もある。
……うん。
二人とも、気に入るものがあるといいな。
「……ララ……」
ルルさんが、妹の袖をそっと引いた。
「……ん?」
「……あれ、見て……」
棚に掛かっているのは、淡い桃色のワンピース。
裾には小さなレースが付いていて、襟元には控えめなリボン。
……おお。
確かに、ルルさんに似合いそうだね。
「……これ、可愛い……」
ルルさんの目が、きらきらと輝いている。
……ああ。
連れてきてよかった!
「気になるなら、近くで見てみます?」
「……い、いいんですか……?」
「もちろん! お店ですからね」
……うん。
むしろ、見てもらうために置いてあるんだし。
ルルさんは、そっと服のそばへ歩いた。
指先でレースの縁を眺め、胸元のリボンを見つめている。
……おお。
すごく大事そうに見てるね。
「こっちも、可愛いよ!」
カトレアが、近くに置かれた花柄の小物を指さした。
「……わあ……」
ルルさんが、また目を輝かせた。
「……お花の飾り……」
「そう! ここにもあるよ!」
カトレアが、嬉しそうに次の棚を案内する。
……おお。
完全に案内役を奪われてしまった。
……いや。
別に、私が案内しなくてもいいんだけどね。
「お父さん、これ、ルルお姉ちゃんに似合うかな?」
カトレアが、小さな花飾りのついた髪留めを手に取った。
「うん。似合いそうだね」
「……あの、僕……」
ルルさんが、少しだけ戸惑った顔になる。
「……髪、短いので……」
「あっ。そっか!」
カトレアは、すぐに別のものを探し始めた。
……ああ。
無理に勧めないところ、いいね。
しばらくして、カトレアが選んだのは、淡い花柄の小さなブローチだった。
「これなら、お洋服につけられるよ!」
「……ほんとだ……」
ルルさんが、胸の前で両手を合わせる。
「……可愛い……!」
……おお。
いい反応!
「ルルさん、よかったら鏡も使ってくださいね」
「……はい……!」
店の一角には姿見が置いてある。
ルルさんは、鏡の前でブローチを服に当ててみた。
「……似合う……かな……?」
「うん! すっごく可愛い!」
カトレアが、即答した。
「……えへへ……」
ルルさんが、鏡を見つめながら微笑む。
……ああ。
何だか、こちらまで嬉しくなるなぁ。
「おい、リアリス」
横から、ララさんが声をかけてきた。
「……はい?」
「こっちは、どうだ?」
ララさんが手にしていたのは、少し厚手の上着だった。
動きやすそうな形で、飾りは控えめ。
濃い色の生地に、細い縫い目が入っている。
……おお。
ララさんの服装にも合いそうだね。
「格好いいですね。ララさん、こういうの好きなんですか?」
「おう。冒険のときにも使えそうだしな」
「そうですね。でも、戦闘用の防具とは違いますから、そこだけ気をつけてくださいね」
「分かってるよ。普段着にしようと思ってさ」
……うん。
それなら、良さそう。
「試着してみます?」
「いいのか?」
「もちろんです」
ララさんは、嬉しそうに頷いた。
その姿を見ていた桜花が、静かに口を開く。
「よくお似合いになると思いますよ」
「……おっ。桜花もそう思うか?」
「はい。ララさんの雰囲気にも合っております」
「へへっ。ありがとな」
……ああ。
ララさんも楽しそう。
この二人、本当に服が好きなんだね。
でも、こうして見ると、好きな服の方向性が全然違う。
……うん。
やっぱり面白いなぁ。
私は、ルルさんの方をちらりと見た。
……おや?
カトレアと一緒に、別の棚へ移動している。
……おお。
もう、次の服を見つけたんだね。
ララさんが上着を試している間、私は桜花と一緒に店の片隅で待つことにした。
「なあ、リアリス」
「はい?」
「ルル、すごく楽しそうだな」
ララさんは、鏡の前から兄を見た。
棚の前では、ルルさんがカトレアに何かを説明している。
「……このリボン、結び方が綺麗で……」
「へえ! すごいね!」
……おお。
あんなふうに服の話をしているの、初めて見た。
「いつもは、あそこまで喋らねえんだ」
ララさんが、少しだけ声を落とす。
「聖国だと、もうみんな顔なじみだからいいんだけどさ。知らねえ場所だと、どうしても気を遣うみたいで」
「そうなんですね」
「……でも、今日は楽しそうだ」
私は、もう一度ルルさんを見た。
ルルさんは、カトレアが選んだ小物を両手に持って、嬉しそうに微笑んでいる。
「それなら、よかったです」
「……ああ。ありがとな」
「え?」
ララさんが、少しだけ照れくさそうに鼻をかいた。
「誘ってくれて、ってことだよ。ルルがあんなに嬉しそうにしてるの、あたしも嬉しいんだ」
……ああ。
そういうことか。
「こちらこそ、来てくれてありがとうございます」
「……ほんと、あんたは変な奴だな」
「……またですか!?」
ララさんが笑う。
桜花も、静かに微笑んでいた。
「ふふ。リアリス様は、こういうひとときを何より喜ばれるのでございます」
「……おいおい。分かりやすいなぁ」
…………。
……えっ?
桜花まで!?
「そんなに顔に出てます?」
「……かなりな」
…………。
……ああ。
もう、隠しようがないね。
私は、苦笑するしかなかった。
ルルさんたちが服を選んでいる間に、私は少しだけ店内を見回した。
小さな子供を連れたお客さんが、ぬいぐるみを見ている。
奥の棚では、別のお客さんが紅茶を選んでいた。
……うん。
いつもどおりの雑貨屋だ。
最初にこのお店を作ったときは、こんなふうに誰かの楽しみになるとは、あまり考えていなかった。
……いや。
もちろん、喜んでもらえたらいいなとは思っていたけど。
それでも。
今日みたいに、遠くの国で出会った人が遊びに来てくれて。
自分の好きなものを見つけて、嬉しそうに笑っている。
……ああ。
作ってよかったなぁ。
「リアリス様」
桜花が、そっと声をかけた。
「……ん?」
「ルルさんが、何か見つけられたようでございます」
……おっ。
私は、奥の棚へ目を向けた。
ルルさんが、一着の服の前で立ち止まっていた。
淡い色の生地に、丁寧に重ねられたレース。
袖口にも小さな飾りが付いていて、腰のあたりにはリボンがある。
……おお。
これは、ずいぶん可愛いね。
それにしても。
ルルさん、さっきから動かないなぁ。
「ルルお姉ちゃん?」
カトレアが、隣から顔を覗き込んだ。
「……ねえ、これ、すごく可愛いね!」
…………。
返事がない。
ルルさんは、服をじっと見つめたまま、両手を胸の前で合わせている。
……あれ?
聞こえてないのかな。
私は、ララさんを見た。
「……ルルさん、ずいぶん気に入ったみたいですね」
「……ああ。こうなったら、もう周りが見えねえんだよ」
ララさんが、少しだけ呆れたように笑う。
……ふふ。
好きなものを見つけると夢中になっちゃう。
その気持ちは、よく分かるよ。
「……綺麗……」
ようやく、ルルさんが小さく呟いた。
「……こんな服が、あるなんて……」
その目は、まるで宝物を見つけた子供のように輝いている。
……ああ。
これだけ喜んでもらえたなら、案内して本当によかった。
私は微笑みながら、ルルさんの返事を待つことにした。
……うん。
せっかくだから、気が済むまでゆっくり見てもらおう。
――そう思っていたのだけれど。
ルルさんは、服の前に立ったまま、いつまでも動こうとしなかった。
…………。
……あれ?
ちょっと、夢中になりすぎじゃない?




