第4話:双子冒険者
「……あんた、本当に……Fランクなのか?」
ララさんが、大鎌を握りしめたまま私を見つめている。
その隣では、ルルさんが何度も瞬きをしていた。
背後には、およそ三百体の魔獣の亡骸。
……うん。
改めて見ると、なかなかすごい光景だね。
「ええと、はい。私も桜花もFランクですよ」
「いや、それはさっき聞いた! そうじゃなくて!」
「……どうして、あんなにたくさんの魔獣が……」
ルルさんが、倒れた魔獣たちへ視線を向ける。
さっきまで立っていた魔獣が、突然、一斉に崩れ落ちたのだ。
そりゃ驚くよね。私だって初めて見る光景だったし。
「最初に動けなくして、それから討伐したんです」
「動けなくって……三百体全部か!?」
「はい」
「……はあ!?」
ララさんの声が森に響いた。
……あっ。また驚かせちゃった。
「それって、何の魔法……?」
ルルさんが遠慮がちに尋ねてくる。
「私が使える、少し特殊な魔法です。詳しい仕組みは、ちょっと説明しづらいんですけど……」
嘘はついていない。
ただ、《想像魔法》のことを、初対面の冒険者さんに全部話すわけにもいかないからね。
ルルさんは一度だけ私を見て、それ以上は尋ねてこなかった。
……ああ。気を遣ってくれたんだ。
「特殊って、そんな一言で済むもんなのかよ……」
ララさんは頭を抱えている。
……うん。私もちょっと、そう思う。
「それより、二人とも怪我はありませんか?」
私は話を変えた。
「はあ? あたしたちか?」
「はい。急いで駆けつけてくれたみたいですし」
「別に怪我なんかしてねえよ。あんたたちが襲われてると思って走ってきただけだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「だから、もう礼はいいって!」
そう言いながら、ララさんは少し目をそらした。
……ふふ。やっぱり、悪い人じゃない。
「ルルさんも大丈夫ですか?」
「……うん。平気、です」
金髪のルルさんは、ふわりと微笑んだ。
桃色の服についた小さな葉を払ってから、ほっとしたように息をつく。
……ああ。二人とも無事でよかった。
でも、問題が一つ残っている。
あの魔獣たちを、どうするかだ。
「桜花、これって討伐報告だけで大丈夫かな?」
「ギルドに回収と確認をお願いするのがよろしいかと存じます」
「そうだね」
森の奥とはいえ、三百体近い亡骸をそのままにしておくのはよくない。
私が片づけることもできるけれど、依頼を出したギルドにも確認してもらわないと困るだろう。
何より、討伐数がすごいことになっている。
……うん。勝手に全部持って帰ったら、余計にややこしそうだ。
「なあ、リオン」
「はい?」
「本当に、あいつら全部倒したんだよな?」
「はい。もう動きませんよ」
「……そうか」
ララさんは、しばらく黙っていた。
そして、大鎌を背負い直した。
「だったら、あたしたちもギルドまで一緒に行く」
「えっ? いいんですか?」
「こんなの、あんたたちだけで報告したら信じてもらえねえだろ」
…………。
……あっ! たしかに!
私は思わず桜花を見た。桜花も静かに頷いている。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「おう! 任せとけ!」
「……ララ、声が大きいよ……」
「だってよ、ルル! こんなの見ちまったら普通でいられるか!」
……うん。気持ちは分かる。
私も、もっと普通の依頼になると思ってたんだけどなぁ。
◇
森を出るまでの道中、ララさんは何度も振り返っていた。
「……あの数が一瞬、か」
「気になりますか?」
「当たり前だろ。Bランクだって、三百体なんて相手にできねえよ」
「そうですよね」
実際、そのとおりだ。
私たちが着く前に誰かが群れと遭遇していたら、被害が出ていたかもしれない。
早めに見つけられてよかった。
ルルさんは、私の隣を少し離れて歩いていた。
こちらから視線を向けると、目が合った途端に小さく会釈してくれる。
……おお。礼儀正しい人だなぁ。
「ルルさんたちは、いつも二人で冒険しているんですか?」
「……はい。ほとんど、いつも……」
「そうなんだ。息が合ってましたね」
「……えへへ」
ルルさんが、嬉しそうに笑う。
その瞬間。
「おい、ルル! 足元、木の根があるぞ!」
「……うん、見えてるよ」
「転ぶなよ!」
「……大丈夫」
……ああ。ララさん、ずいぶん世話焼きだね。
「ララさんは、ルルさんが心配なんですね」
「そりゃそうだろ。家族なんだから」
「……家族?」
あれ。そういう関係だったの?
「双子だよ、あたしたち」
「えっ! 双子なんですか!」
「……うん」
ルルさんが頷く。
……おお!
言われてみれば、目元が少し似ている気がする。
でも、髪の色も服装も雰囲気も全然違う。
「へえ。素敵ですね!」
「お、おう。ありがとな」
ララさんが少しだけ照れくさそうに笑った。
……うん。今日はいろいろ発見があるなぁ。
森の入口まで戻ったところで、ララさんが立ち止まる。
「なあ。ギルドまで一緒に歩いて行くんだよな?」
「はい。もちろんです」
私は普段、《転移》で移動することが多い。
でも、今ここでいきなり使ったら、さすがに驚かせちゃうよね。
それに、歩いている間に二人と話してみたい。
「今日は、少し歩きたい気分なんです」
「何だよ、それ」
「……ふふ」
ルルさんが小さく笑った。
……おっ。笑ってくれた!
四人で街道へ出ると、聖都へ向かう人々の姿が見えてきた。
「これで、近くの村の人たちも安心できるかな」
「そうだな。あんなのが出てきたら大変だった」
「……うん。誰も怪我しなくて、よかった……」
ルルさんも静かに笑う。
……ああ。やっぱり、いい冒険者さんたちだね。
◇
聖都オリミシアの冒険者ギルドへ戻ると、受付には朝と同じ女性がいた。
「ただいま戻りました!」
「あっ、リオン様、桜花様。お帰りなさいませ。お怪我は……」
受付の女性は、後ろに立つ二人に気づいた。
「ルル様、ララ様もご一緒でしたか」
「おう。森で会ったんだ」
……おっ。やっぱり、知り合いなんだね。
「それで、依頼の報告なんですが」
「はい。森林地帯の件ですね。状況はいかがでしたか?」
「魔獣は、全部討伐できました」
「……はい?」
受付の女性が、持っていた羽根ペンを止めた。
……ああ。やっぱり、そうなるよね。
「ええと、森の奥の広場に、三百体くらいいまして」
「……三百?」
「はい。桜花と一緒に確認したんですが、全部倒せました」
…………。
女性が、何も言わず私を見つめた。
……あれ。説明の仕方がよくなかった?
「い、いま……三百体とおっしゃいましたか?」
「はい。大体そのくらいです」
「……リオン様。申し訳ありませんが、もう一度、最初からお願いできますか?」
……うん。だよね。
私は、森で見つけた群れのこと、魔獣の種類、広場の場所、それから討伐したことを順番に説明した。
もちろん、魔法の詳しい仕組みは伏せておいた。
でも、討伐したことは本当だ。
問題は、どうやって信じてもらうかだね。
「全部、本当だぜ」
ララさんが、受付台へ身を乗り出した。
「ララ様?」
「あたしらも見た。あいつら、本当に三百体くらいいたんだ」
「ルル様も、ですか?」
「……はい。僕たちが着いたときは……まだ立っていたんですけど……」
ルルさんが、少し困ったように言葉を探した。
……ん?
いま、『僕』って言った?
……まあ、いいか。
「そのあと、リオンたちが何かしたら、いっぺんに全部倒れたんだよ!」
ララさんが身振り手振りを交えて説明する。
受付の女性の目が、どんどん大きくなっていった。
「……一度に、ですか?」
「そうだよ! あたしだって何が起きたのか分かんねえ!」
「……ええと」
女性は一度深呼吸してから、机の上へ報告用紙を広げた。
「では、まず討伐場所を正確に記録させてください。確認班と回収班を手配いたします」
「ありがとうございます。あのまま放っておくわけにもいかないので」
「はい。周辺の安全確認も必要ですから」
……うん。ちゃんと引き継げてよかった。
「それと、依頼の報酬は……」
「現地確認が終わってからで大丈夫ですよ」
「助かります。討伐数によって査定も変わりますので」
……ああ。そうだよね。
三百体もいたら、集計だって大変だ。
報告用紙に森の場所を示し、女性の質問に答えていく。
ララさんも何度か補足してくれた。
ルルさんは思い出した魔獣の姿を静かに説明している。
……うん。二人が一緒に来てくれて、本当によかった。
ひと区切りつく頃には、受付の周りに少し人が集まっていた。
「……三百体だって?」
「そんなにいたのか?」
「Bランクの二人も一緒だったらしいぞ」
……あっ。ちょっと目立ってる。
受付の女性が、落ち着いた声で呼びかけた。
「詳しい確認はギルドの職員で行いますので、皆様は通常の依頼をお続けください」
人だかりは少しずつ散っていった。
……おお。慣れてるなぁ。
「リオン様、桜花様。ご報告ありがとうございました。現地確認が済みましたら、改めてご案内いたします」
「はい。お願いします」
「ルル様、ララ様も、ご協力ありがとうございました」
「おう!」
「……いえ。僕たちは、見てただけなので……」
ルルさんが控えめに首を振った。
……うん。やっぱり、謙虚な人だね。
そのときだった。
受付の女性が、何気なく口にした。
「それにしても、お二人ともご無事で何よりでした。妹さんが無茶をなさらないか、お兄様も心配されたのでは?」
…………。
……ん?
いま、何て言った?
「……お兄様?」
私の口から、思わず声が出た。
ルルさんが、こちらを向いた。
「……はい?」
受付の女性も首を傾げる。
「ルル様は、ララ様のお兄様ですよ」
…………。
……えっ?
私は、金髪のルルさんを見た。
桃色の可愛い服。
柔らかな声。
控えめな仕草。
…………。
……えええっ!?
「えっ!? ルルさんって、お兄さんなんですか!?」
思ったより大きな声が出た。
周りの冒険者が、ちらりとこちらを見る。
……あっ。すみません!
ルルさんは少しだけ肩をすくめた。
「……はい。僕が、兄です……」
……おお。本当に?
じゃあ。
「ということは、ララさんは……」
「あたしが妹だよ。何だよ、さっきから」
銀髪のララさんが腕を組む。
……おおお。
……ちょっと待って。
頭の中で、何かがひっくり返った。
金髪で桃色のゴシックロリータ服を着た、可愛らしいルルさんが、男の子。
カウボーイ風の服で大鎌を背負い、勇ましい言葉遣いをするララさんが、女の子。
……なるほど。
……なるほどぉ!
……女装男子、男装女子のお約束きたぁぁぁー!
私は、思わず二人を見比べた。
「ええと、すみません。てっきり逆なのかと……」
「……よく言われます」
ルルさんが困ったように微笑む。
……あっ。そうだよね。
初対面で勝手に決めつけられたら、あまりいい気分じゃないかもしれない。
「ごめんなさい。驚いて、つい……」
「……いえ。慣れているので、大丈夫です」
「でも、可愛い服がとても似合ってますね!」
私がそう言うと、ルルさんは一瞬目を丸くした。
「……え?」
「本当に。桃色も似合うし、その飾りも綺麗です」
…………。
ルルさんの頬が、みるみる赤くなっていく。
……あれ? 何か変なこと、言ったかな。
「おい、リオン」
ララさんが、私とルルさんの間へ入ってきた。
「変な目でルルを見るなよ?」
「えっ!? そんなつもりじゃないですよ!」
「だったら、何でそんなに嬉しそうなんだ?」
「だって、素敵だなって思って!」
…………。
ララさんが、目を細めた。
「……ますます怪しいぞ」
……ああっ! 違うんだって!
「そうじゃなくて、好きな服を着てるって、いいなと思ったんです!」
私は慌てて手を振った。
男の子はこうあるべき、女の子はこうあるべき。
前世の日本でも、そういう決めつけはあった。
でも、可愛い服が好きな男の子がいてもいい。
格好いい服が好きな女の子がいてもいい。
誰が何を着たいと思うかなんて、人それぞれだよね。
「ルルさん、その服、好きで着てるんですよね?」
「……はい。可愛い洋服が、大好きなんです」
ルルさんは、恥ずかしそうに服の裾へ指を添えた。
「こういう色も、レースも……見るのも、着るのも……」
「……おお!」
……やっぱり!
しかも、本人がすごく嬉しそうだ!
「いいですね! すごくいい!」
「……えへへ」
ルルさんが、照れながら笑った。
……ああ。可愛いなぁ、この人。
「で、ララさんは?」
「あたし? あたしは動きやすいのが好きなんだよ。あとは、こういう格好いい服な!」
そう言ってララさんは帽子のつばを指で持ち上げた。
……おお。似合ってる!
「ララさんも、すごく格好いいですよ!」
「……お、おう」
今度はララさんが、照れくさそうに目をそらした。
……ふふ。
二人とも、褒められるのには弱いのかな。
「ちなみに、何か事情があって、そういう服を着ているわけじゃないんですか?」
「……事情?」
「例えば、誰かをだますためとか、変装するとか……」
「違うよ!」
答えたのはララさんだった。
「ルルはこういう服が好きだから着てるんだ。あたしだって、好きでこの格好してるんだよ」
「……うん。変装じゃ、ないです」
ルルさんもこくりと頷く。
「そうなんですね。よかった!」
私は素直に笑った。
……うん。好きなものを好きと言えるって、いいね。
しかも二人とも、自分に似合う服を選んでいる。
……ああ。
何だろう。急に、とんでもなく楽しくなってきた!
「桜花!」
「はい、リオン様」
「二人とも、すごく素敵だと思わない?」
「はい。お二人それぞれによくお似合いでございます」
「だよね!」
……うん! 桜花も同じ意見だ!
「ただし」
…………。
……ん?
「ご本人方が戸惑われるほど、興奮なさらない方がよろしいかと存じます」
…………。
……あっ。
また、その注意!?
私は、そっとルルさんたちを見た。
ルルさんは頬を赤くしたまま。
ララさんは何とも言えない顔でこちらを見ている。
…………。
……はい。ちょっと、はしゃぎすぎました。
「ごめんなさい。つい嬉しくなっちゃって」
「……あはは。面白い人だな、リオンって」
ララさんが、ついに笑った。
……おお。笑ってもらえた!
……いや、たぶん今のは、私が笑われたんだよね。
「でも、不思議だな」
ララさんが帽子をかぶり直しながら言う。
「さっきまで、あんな魔獣を全部倒してたのに。今は、服の話でこんなに喜んでる」
「……あっ」
……言われてみれば。
私、魔獣の討伐より、目の前の双子の服装に興奮している。
…………。
……おかしいな。
今日の目的って、普通の冒険者の仕事をすることだったよね。
気づけば三百体の魔獣を討伐して、知らない双子の服について熱く語っている。
……ああ。予定と違ってきた気がする!
「リオンさん……」
ルルさんが、おずおずと声をかけてきた。
「……はい?」
「本当に……変だと、思わないんですか?」
私は、ルルさんを見た。
さっきまで嬉しそうに服の話をしていたのに、今は少し不安そうな顔をしている。
……ああ。そういうことか。
「変だとは思いませんよ」
私は笑って答えた。
「似合っているし、何よりルルさん自身が好きで着ているんでしょう?」
「……はい」
「それなら、いいじゃないですか」
ルルさんはしばらく私の顔を見つめた。
それから、ふわりと笑った。
「……ありがとうございます」
……うん。
その笑顔を見られただけで、私まで嬉しい。
受付の女性が双子の冒険者カードを返してくれた。
ララさんがカードをひらひらと振って見せる。
「ほら、ちゃんとBランクだろ?」
「はい。すごいですね」
「……あんたに言われても、何か複雑なんだけど」
……あれ? 素直に褒めたつもりだったんだけどな。
「二人でBランクまで上がるなんて、相当頑張ったんですよね?」
「まあな。危ない目にも何度も遭ったし」
「……でも、ララがいてくれたから……」
ルルさんが、小さく言った。
するとララさんは、軽く肩をすくめる。
「何言ってんだ。あたしだって、ルルがいなかったら無理だったよ」
……おお。いい関係だなぁ。
しかも、話を聞くと、二人はいつも一緒に活動しているけど、ギルドへ正式なパーティー登録はしていないらしい。
「そうなんですか?」
「ああ。ずっと一緒だから、今さら名前を付ける必要もねえかなって」
「……二人で、十分なので……」
ルルさんも頷く。
……なるほど。それも一つの形だよね。
私と桜花だって、いつも一緒に冒険しているし。
ただ、私たちの場合は、家族としての時間の方が長いけどね。
「いいですね。双子で冒険者って、ちょっと憧れます」
「……へへっ。そうか?」
ララさんが照れくさそうに笑った。
……うん。やっぱり、会えてよかったなぁ。
私たちは受付を離れ、ギルドの隅にある空いた席へ移動した。
現地確認が終わるまでは、時間がかかるらしい。
せっかくだから、お茶でも飲みながら話すことにした。
ギルドの食堂で温かい飲み物を頼み、四人で向かい合って座る。
「リオンたち、普段はどこのギルドで活動してるんだ?」
「シルク王国のギルドが多いですよ。ほかの国へも行きますけど」
「へえ。王国か」
「ララさんたちは、ずっと聖国ですか?」
「基本はここだな。たまにほかの国にも行くけど、こっちの方が依頼にも慣れてるし」
「……うん。知ってる人も、多いので……」
ルルさんが、湯気の立つ杯を両手で包んだ。
言われてみれば、ギルドに入ったときも受付の人と顔なじみだった。
服装を見ても誰も不思議そうにしていなかったし、ここでは二人のことがちゃんと知られているんだろうね。
「王国にも、遊びに来たりするんですか?」
「たまにはな。依頼があれば行くし」
ララさんが飲み物を一口飲んだ。
「でも、観光はあんまりしてねえな」
「……僕は、お店を見てみたい……」
「おっ、ルルさん。買い物が好きなんですか?」
「……はい。洋服を見て回るのが、好きで……」
……おお。洋服!
そういえば。
私の家の敷地にも、雑貨屋がある。
もちろん、服だって扱っている。
……あっ!
ちょっと、いいことを思いついたかもしれない。
「ルルさん、ララさん。シルク王国に、面白いお店があるんです」
ルルさんが、ぴくりと顔を上げた。
「……お店?」
「はい。服も雑貨も、いろいろ置いてあるんですよ」
「……服!」
……おお。目が輝いた!
「どんな服があるんですか……?」
「可愛い服も、普段着も、ちょっと変わったものもあります。種類は時々変わりますけどね」
前世の日本から《取り寄せ》した品も扱っているので、こちらの世界では見慣れないデザインも多い。
もちろん、特定の服が絶対にあるとは限らない。
実物を見てもらうのが一番だね。
「ルルさんなら、気に入る服が見つかるかもしれません」
「……ほんとに?」
「はい!」
ルルさんがぱっと笑った。
……ああ。これは案内したくなるなぁ。
「なあ、リオン」
ララさんが私を見た。
「もしかして、あたしが着られるようなのもあるのか?」
「もちろん。格好いいものもありますよ」
「へえ!」
……おっ。ララさんまで興味を持ってくれた!
「二人で来てみませんか? シルク王都クーラルの近くなんですけど」
…………。
ルルさんがララさんを見る。ララさんも、ルルさんを見る。
……あれ? ちょっと急だったかな。
「おい、ちょっと待て」
ララさんが真面目な顔になった。
「さっき会ったばっかりだぞ? いきなり店に来いって……何かの勧誘じゃねえよな?」
…………。
……あっ。そう思うよね!
初対面の人に『面白いお店がある』なんて言われたら、私だって少し警戒する。
「違いますよ! 変な勧誘じゃないです!」
「じゃあ、何でそんなに熱心なんだよ」
「二人に似合う服がありそうだなって思っただけです!」
「……また服かよ!」
ララさんが、吹き出した。
……ああ。
今日は何回、これで笑われるんだろう。
「ちなみに、そこは私の家の敷地にあるお店なんです」
「……家?」
「はい。私もお店に関わっているので、案内できるんですよ」
ララさんは、しばらく私を見つめた。
「……冒険者だよな、あんた」
「はい。Fランクです」
「そういう意味じゃねえ!」
……おお。また怒られた。
でも、今度は少し笑っている。
ルルさんが、そっとララさんの袖を引いた。
「……ララ。行って、みたい……」
…………。
……おっ! ルルさん、乗り気だ!
「……ったく。分かったよ」
ララさんが、ため息をつく。
「でも、ルルが変なもん買わされそうになったら、あたしが止めるからな」
「もちろんです!」
……うん。お兄さんのこと、大切なんだね。
妹さんが兄を守るって、何かいいなぁ。
そのとき、隣の桜花が私だけに聞こえる声で呼びかけた。
「リアリス様」
「……ん?」
「お店をご紹介なさるのはよろしいのですが、くれぐれもお二人のご希望を優先なさってくださいませ」
…………。
……あっ。はい。そのとおりです。
つい、あれも似合いそう、これも似合いそうと考えてしまっていた。
でも、着るのはルルさんとララさんだ。
私が勝手に選んじゃいけないよね。
「うん。分かってるよ」
「……少し、興奮しておられるようでしたので」
…………。
……うっ。否定できない!
桜花は何事もなかったように飲み物を口へ運んだ。
……ああ。こういうところは、本当に敵わないなぁ。
「ねえ、ルルさん」
「……はい?」
「もしお店に来てくれたら、好きなものをゆっくり見てくださいね。何も買わなくても大丈夫ですから」
ルルさんは、ほっとしたように笑った。
「……ありがとうございます」
「ララさんも、気になるものがあったら教えてください」
「おう! ま、あたしはルルほど服に詳しくねえけどな」
「……ララも、似合うものを選ぶの、上手だよ……」
「そうかぁ?」
ララさんが、ちょっと嬉しそうにしている。
……ふふ。何だか、買い物に行く前から楽しそうだね。
「それで、いつ行けばいいんだ?」
ララさんが尋ねた。
「そうですね……来週あたりはどうでしょう?」
「来週?」
「はい。お互い、依頼の都合もあるでしょうし」
冒険者は仕事が入ると急に出かけることもある。無理のない約束がいいよね。
「一週間後、シルク王都の冒険者ギルドで待ち合わせというのは?」
「それなら分かりやすいな」
「……うん。僕も、大丈夫……」
……よし! 予定が決まった。
「じゃあ、その日に二人をお店まで案内しますね」
「おう。頼んだぞ!」
「……楽しみ、です……」
ルルさんは、さっきよりずっと嬉しそうだ。
……ああ。それを見ている私まで、楽しくなってくる。
「あと、私の家には家族もいますから、もし会っても驚かないでくださいね」
「家族?」
「はい。賑やかなんですよ」
「……へえ。意外だな」
ララさんが、まじまじと私を見た。
「意外、ですか?」
「だってよ。三百体の魔獣を一瞬で倒した奴が、家族の話になるとそんな顔するんだぜ」
…………。
……あっ。また、その話?
「普通ですよ、普通!」
「……そうか?」
ララさんが笑う。
……うーん。どうしてみんな、私の『普通』を疑うんだろう。
……まあ、さすがに今日の討伐は、普通じゃなかったかもしれないけど。
しばらくして、受付の女性がこちらへ来た。
「リオン様、皆様。お待たせいたしました」
「はい?」
「現地確認のための職員と冒険者を手配できました。これから森へ向かいますので、結果は後ほどお知らせいたします」
「ありがとうございます」
「討伐報酬は確認後の精算となります。後日、こちらへお越しください」
「分かりました。また寄りますね」
……うん。やるべきことは、ひと通り終わったみたい。
「じゃあ、桜花。そろそろ帰ろうか」
「はい」
ララさんも立ち上がった。
「おう。あたしたちも、今日はこれで上がるかな」
「……うん」
……ああ。帰る前に、改めてお礼を言っておこう。
「ララさん、ルルさん。今日はありがとうございました」
「何度も礼を言うなって!」
「……ふふ」
「本当に助かりました。二人がいなかったら、報告するのも大変だったと思います」
ララさんは少しだけ口を開け、それから照れたように顔をそらした。
「……まあ、それなら、いいけどよ」
……うん。こういうところ、可愛いよね。
私は思わず微笑んだ。
「……リオン」
「はい?」
「何でまたニヤニヤしてるんだよ!」
「えっ!? してました!?」
「してた!」
…………。
……ああ。バレた!
隣で桜花が、小さく笑っている。
◇
ギルドの外へ出ると、昼過ぎの日差しが街路に降り注いでいた。
ルルさんが眩しそうに目を細める。
ララさんは帽子のつばを下げて、私たちを見た。
「それじゃ、来週な!」
「はい! シルク王都のギルドで」
「忘れんなよ?」
「もちろんです」
「……リオンさん、桜花さん。また、来週……」
「うん。楽しみにしています!」
ルルさんが嬉しそうに頭を下げる。
そして二人は、肩を並べて人混みの中へ歩いていった。
ララさんが何か話しかけると、ルルさんが笑う。
しばらくして、今度はルルさんがララさんの帽子をちょっと直してあげていた。
……ああ。仲のいい双子だなぁ。
私は、二人が見えなくなるまで手を振った。
「リアリス様」
桜花が、静かに私へ声をかける。
「今日は、よい出会いがございましたね」
「うん! 面白くて、優しい二人だったね」
森で私たちを助けようとしてくれたこと。
ギルドでの証言に協力してくれたこと。
そして、自分たちの好きな服を楽しそうに話してくれたこと。
……うん。どれも嬉しかったな。
「それにしても、ルルさんとララさん……」
私は、つい笑ってしまった。
「最初は本当に、逆だと思ってたよ」
「外見だけで判断するものではございませんね」
「……はい。勉強になりました」
桜花が、ふふっと笑う。
……ああ。また一本取られた気分だ。
「来週が楽しみだなぁ」
「はい。ただし、リアリス様」
「……ん?」
「お二人がどのような服をお選びになっても、どうか落ち着いてお見守りくださいませ」
…………。
……えっ?
桜花!? まさか、もう来週の私を心配してるの!?
「分かったよ。ちゃんと我慢する」
「『我慢』するほどのことなのでございますか?」
…………。
……あっ。しまった!
言い方、間違えた!
桜花の微笑みが、少しだけ深くなった。
……うん。この話は、もうやめておこう。
私は桜花と一緒に聖都の通りを歩き始めた。
早く帰って、カトレアに今日の話をしよう。
魔獣の話を聞いたら驚くだろうけど、最後はきっと双子の服の話で盛り上がるんじゃないかな。
……いや、その前に巴さんにも今日の報告をしないと。
『普通の依頼』だったって言い張っても、きっと信じてもらえないんだろうなぁ。
……ああ。やっぱり今日は、いろいろありすぎた。
だけど。
私は空を見上げて笑った。
こんな出会いがあるなら、たまには冒険者の仕事をするのも悪くないね。
――そして一週間後。
あの双子が、シルク王国へやって来ることになるのだった。




