第3話:ヒーロー参上!?
シギラ国の研究所で、ケリィさんたちと魔工製品の話をしてから、およそ一か月。
私は今、シルク王国邸の食堂で、のんびり朝食をいただいている。
焼きたてのパンに、ふわふわの卵料理。巴さんが淹れてくれた紅茶からは、いい香りが立ち上っていた。
……ああ。
平和だなぁ。
「お父さん、おかわり!」
「おっ。カトレア、今日はよく食べるね」
「うん! おいしい!」
向かいの席で、カトレアが嬉しそうに笑う。
……うん。
こういう時間が、やっぱり一番好きだ。
「リアリス様。本日は、何かご予定がございますか?」
隣の桜花が、静かに尋ねてきた。
「うーん。そうだなぁ……」
昨日は、カトレアと庭の花を眺めた。
一昨日は屋敷でお茶を飲んで、のんびり過ごした。
……あれ。
結構、休んでるね。
もちろん、それはとてもいいことだ。
でも、たまには冒険者の仕事をしてみたくなる。
「桜花、今日はギルドへ行ってみない?」
「承知いたしました。何か依頼をお探しになるのでございますね」
「うん。久しぶりに、討伐の仕事でもしてみようかなって」
カトレアが、パンを手にしたまま顔を上げた。
「お父さん、お仕事?」
「そうだよ。今日は桜花と二人でね」
「うん! 気をつけてね!」
「ありがとう!」
……ああ。
いい子だなぁ。
カトレアが一緒に出かける安全な観光なら、メイドたちにも同行してもらえる。
でも、魔獣討伐は別だ。
今日は私と桜花の二人だけ。
「帰ったら、今日のことをお話しするよ」
「楽しみにしてる!」
……よし。
それじゃ、出かけようか。
◇
朝食を終えて準備を済ませると、私は桜花と玄関へ向かった。
「巴さん、行ってきます!」
「いってらっしゃい、リアリスちゃん。無理はしないでね」
「大丈夫! 今日は普通の依頼を探すだけだから」
巴さんが、にこりと笑った。
「ふふ。普通の依頼だといいわね」
…………。
……あれ?
どうして、そんな言い方をするの?
私だって、いつも騒ぎを起こしているわけじゃ……。
…………。
……いや。
最近のことを思い返すと、ちょっと自信がないな。
王国の大災厄。
国王様からの叙勲。
そして、観光先で作った『複製君1号』。
……うん。
思った以上に、いろいろしてるね!
「それで、リアリス様。どちらのギルドへ参りましょうか?」
「そうだなぁ。王国は、まだ復興関連の仕事で忙しそうだし……」
シルベスターさんも、相変わらず忙しいらしい。
たまに会うと、熱い緑茶を淹れてあげるだけで、ずいぶん喜んでくれる。
……いや。
私が訪ねるたびに、少し困った顔もするんだけどね。
どうしてだろう。
……まあ、いっか!
「久しぶりに、オリミス聖国へ行こうか」
「かしこまりました」
私は聖都オリミシアの通りを思い浮かべた。
「《転移》!」
屋敷の景色が消え、白い石造りの建物が並ぶ通りへと変わった。
……おお。
久しぶりだね、聖都!
オリミス聖国の首都、オリミシア。
この国は、創造神オリミスを信仰している。
……うん。
何度来ても、独特の雰囲気があるよね。
白い石造りの建物に、綺麗に整えられた街路。
それから、あちこちに見える神様の像。
……ああ。
神様、今日もみんなに拝まれてるんだなぁ。
本人を知っていると、何だか不思議な気分になる。
……あの人、今頃何してるんだろう。
また何か落としてないといいけど。
……いや。
せっかく平和なんだから、余計なことは考えないでおこう!
「リアリス様。あちらに冒険者ギルドがございます」
「おっ。ありがとう、桜花」
私たちは通りを歩き、ギルドへ向かった。
朝から人通りは多い。
商人、旅人、修道服を着た人たち。それから、大きな武器を背負った冒険者も何人も見かけた。
……うん。
今日も賑やかだね。
ギルドの中へ入ると、依頼掲示板にはたくさんの紙が並んでいた。
護衛、配送、採取、討伐。
……へえ。
聖国でも、いろいろな依頼が出ているんだなぁ。
「桜花、何か気になるものある?」
「そうでございますね……」
桜花と一緒に、依頼書を一枚ずつ見ていく。
薬草の採取。
旅人の護衛。
近隣の村への荷物の運搬。
……うん。
どれも、必要な仕事だね。
でも、今日は少し体を動かしたい気分だ。
私は、掲示板の上の方に貼られた一枚へ目を向けた。
……あっ。
これ、どうだろう。
『森林地帯における魔獣大量発生の調査・討伐』
……おお。
大量発生?
依頼書によると、聖都近郊の森で魔獣の数が急に増え、商人や採取に向かった冒険者が危険な目に遭っているらしい。
住民への被害が出る前に、ギルドとして対応したいようだ。
「桜花、これを受けてみようか」
「はい。周辺の安全にも関わる依頼でございますね」
「そうだよね。早く対応した方がよさそう」
私は依頼書を手に取り、受付へ向かった。
「すみません。この依頼をお願いしたいんですが」
受付の女性が、私と桜花を見た。
「森林地帯の魔獣大量発生討伐ですね。冒険者カードをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
私はカードを差し出した。
桜花も、その隣へカードを置く。
「……リオン様と、桜花様ですね」
「はい」
そう。
ギルドでの私の登録名は、リオンだ。
王国では本名を知っている人がずいぶん増えたけど、冒険者としては今もこの名前を使っている。
そして。
「……お二人とも、Fランクでございますね」
…………。
……はい。
そのとおりです。
受付の女性は、続けてカードの備考欄を確認した。
「依頼受注制限なし……。では、受付自体は可能でございます」
「ありがとうございます!」
「ただ、危険な依頼ですので、詳しい状況をご説明いたしますね」
……うん。
ちゃんと聞いておこう。
「森の奥で、非常に大きな魔獣の群れが目撃されています」
受付の女性が、地図を広げてくれた。
「確認されているのは、主にCランク相当の魔獣です。ただし、Bランク級の魔獣も混じっているという報告がございます」
「なるほど。数はどのくらいですか?」
「正確な数は不明です。偵察に向かった冒険者も、森の奥まで進めずに戻ってきましたので」
……ああ。
相当多いんだね。
「近くの街道は、すでに立ち入りを制限しています。ただ、これ以上増えると、周辺の村や町にも被害が及ぶ可能性がございます」
「それは、早く何とかしたいですね」
「はい。どうか、ご無理だけはなさらないでください」
「分かりました。危なそうなら、ちゃんと引き返します」
……うん。
そう言っておくと、少し安心してもらえるかな。
もちろん、私と桜花なら大丈夫だと思う。
でも、状況を確認する前から油断するつもりはない。
「桜花、準備はいい?」
「はい。いつでも出発できます」
「じゃあ、行ってみようか」
私たちは受付に礼を言い、ギルドを出た。
外へ出ると、聖都の明るい日差しが眩しい。
……ああ。
今日もいい天気だね。
こんな日に、森の奥では大量の魔獣が集まってるのか。
……不思議なものだなぁ。
私は地図に記された森の入口を思い浮かべた。
「《転移》!」
景色が切り替わり、目の前には深い森の入口が現れた。
◇
森の入口は、思った以上に静かだった。
風が木々の葉を揺らし、柔らかい光が地面に落ちている。
……ああ。
普通に散歩したくなるくらい、綺麗な場所だね。
でも、地面には大きな足跡が残っていた。
踏み荒らされた土。
折れた小枝。
そして、道の先へ続く、何かを引きずったような跡。
「桜花。やっぱり魔獣が通ったのかな?」
「そのようでございます。複数の魔獣が移動した痕跡と思われます」
「なるほど」
……うん。
それなら、あの依頼書は間違っていなかったんだね。
私たちは森の奥へ歩き始めた。
最初は、ほとんど音がしなかった。
でも、少し進むと、遠くから低いうなり声が聞こえてきた。
……おっ?
いるね。
それも、一体や二体じゃない。
木を揺らす音。
重い足音。
ときどき聞こえる、何かがぶつかるような音。
……うーん。
結構な数がいそうだなぁ。
「リアリス様。前方に、多数の魔獣がいるようでございます」
「桜花も気づいた?」
「はい」
……よし。
もう少しだけ進もうか。
木々の間から、広い空間が見えてきた。
森の奥にある、開けた場所だ。
……へえ。
こんな広場があるんだね。
私は、木陰からそっと中を覗いた。
…………。
……おお。
…………。
……おおお!?
広場には、魔獣がいた。
それも。
ものすごい数。
狼に似た姿の魔獣。
大型の獣型魔獣。
さらに、広場の奥には、ひときわ体の大きな魔獣までいる。
……うーん。
これは何体くらいだろう。
百。
二百。
……いや。
もっといるね。
「桜花、これ……何体くらい?」
「およそ三百体かと存じます」
…………。
……三百!?
思った以上に多かった。
これは、普通の冒険者さんたちでは大変だろうなぁ。
しかも、近くで見るとCランク級やBランク級の魔獣も混じっている。
一体ずつなら対応できても、三百体が一斉に襲ってきたら、たまったものじゃない。
「見つけられてよかったね」
「はい。放置するわけにはまいりません」
「そうだよね」
私は広場を見渡した。
魔獣たちは、まだ私たちに気づいていないものが多い。
でも、このまま戦い始めたら、あちこちへ逃げ出すかもしれない。
そうなると、追いかけるのも面倒だ。
……うん。
まずは、全部止めちゃおう。
「桜花。先に拘束するね」
「かしこまりました」
対象は、この広場にいる魔獣すべて。
傷を負わせず、その場から動けないようにする。
「《完全拘束》」
…………。
次の瞬間。
広場の動きが、ぴたりと止まった。
走りかけていた魔獣も。
首を振ろうとしていた魔獣も。
大きな口を開けていた魔獣も。
全部、その姿勢のまま動かない。
……おお。
やっぱり、便利だね。
しかも、逃げ出す魔獣は一体もいない。
「これで安全だね」
「はい。完全に拘束されております」
……よし。
あとは、討伐して報告するだけだ。
私たちは、広場の手前へ出た。
魔獣たちは、相変わらず一歩も動かない。
……うん。
こうして見ると、何だか変な光景だ。
三百体もの魔獣が、広場いっぱいに立っている。
なのに、声もしないし、身じろぎひとつしない。
……ああ。
生きた彫像を並べたみたい。
いや。
さすがに、こんな彫像は見たくないけどね。
「リアリス様。討伐いたしましょうか?」
「うん。そうしよう」
ここは《即死》で、一度に終わらせようかな。
苦しませる必要もないし、一体ずつ戦っていたら日が暮れちゃう。
私は、周囲にほかの人がいないことを確かめた。
……よし。
それじゃあ。
そう思ったとき。
かさっ。
少し離れた茂みが揺れた。
…………。
……ん?
誰かいる?
私はそちらへ目を向けた。
足音が聞こえてきた。
一人じゃない。
二人分だ。
「桜花」
「はい。こちらへ向かって来られる方が、お二人いらっしゃいます」
「……冒険者さんかな?」
こんな森の奥まで来たんだ。
もしかしたら、同じ依頼を受けた人かもしれない。
……うーん。
広場へ飛び込んでこないといいんだけど。
もう魔獣は動けなくしてるけど、事情を知らなかったら驚いちゃうだろうし。
そのとき。
茂みの向こうから、大きな声が響いた。
「おい、兄ちゃんたち! 大丈夫か!?」
…………。
……えっ?
声の主が、勢いよく広場へ飛び込んできた。
……おお!?
まず目に入ったのは、短い銀髪。
つばの広い帽子と、少し変わった上着。
それから、動きやすそうなズボン。
……何だろう。
西部劇に出てきそうな服装だ。
カウボーイ風っていうのかな。
しかも、背中には大きな鎌。
……えっ。
鎌!?
農作業用じゃない。
どう見ても、戦うための大鎌だ。
その後ろから、もう一人が駆け込んでくる。
こちらは、短い金髪。
それから、桃色の服。
ふりふりの飾りが付いた、可愛らしい衣装だった。
……おおお!?
ちょっと待って。
何、この組み合わせ!
銀髪のカウボーイ風の人と、桃色のゴシックロリータ風の人。
しかも、二人とも大鎌を背負ってる。
……すごいな。
ものすごく目立つね!
でも、二人とも真剣な顔だった。
「早く、そっちへ下がれ!」
銀髪の方が、私と桜花へ叫んだ。
高めの声だけど、話し方はずいぶん勇ましい。
……おお。
ちょっと格好いい。
金髪の方が、控えめな声で続けた。
「……あの、怪我は……ない、ですか?」
「はい。大丈夫ですよ!」
私は、笑って答えた。
「桜花も大丈夫だよね?」
「はい。何も問題ございません」
……うん。
見ず知らずの私たちを心配してくれてるんだね。
その気持ちは、素直に嬉しいなぁ。
「よし! 怪我がないなら、今すぐ逃げろ!」
銀髪の人が、大鎌を構えた。
「ここは、あたしたちが引き受ける!」
……おお。
頼もしいね!
でも。
……えーっと。
もう魔獣は全部動けなくしてるんだけどな。
「あの、実は……」
「説明は後だ!」
…………。
……あっ。
話を聞いてもらえない。
「ララ、落ち着いて……」
金髪の方が、そっと声をかけた。
「落ち着いてられるか! あの数を見ろよ!」
「……うん。分かってるけど……」
……なるほど。
銀髪の方がララさん、かな。
金髪の方は、ずいぶん柔らかい話し方だね。
二人は私たちの前に立ち、魔獣の方を睨んでいた。
ただ、魔獣は動かない。
《完全拘束》してるからね。
……うん。
どう見ても、この二人の方がずっと緊張している。
「なあ、あんたたち! どこのギルドの冒険者だ!?」
「私はリオンです。こちらは桜花」
「リオンと桜花か。あたしはララ!」
……おっ。
やっぱり、ララさんだった。
「で、こっちがルル!」
金髪の方が、ぺこりと頭を下げた。
「……ルルです。よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
……うん。
ルルさん、何だか可愛い声だなぁ。
ララさんとは正反対だ。
「二人とも冒険者さんですか?」
「そうだ! 聖国ギルドのBランクだ!」
…………。
……おお。
Bランク!
見た目が個性的なだけじゃなくて、実力もあるんだね。
「二人で活動してるの?」
「ああ! 一緒に依頼を受けることが多いんだ」
……なるほど。
息もぴったりだもんね。
きっと、いい相棒なんだろうな。
「で、リオンたちは何ランクだ?」
ララさんが、ちらりと振り向いた。
「私たちはFランクです」
…………。
ぴたっ。
ララさんが固まった。
「……は?」
ルルさんも、驚いた顔でこちらを見る。
「……F、ランク?」
「はい。そのFランクです」
「ちょっと待て! Fランクが、何でこんなところにいるんだよ!」
「魔獣大量発生の討伐依頼を受けて……」
「討伐!?」
……おお。
いい声だ。
あんなに離れたところの魔獣にも届きそう。
……いや、今は動けないから問題ないんだけど。
「三百匹近くいるんだぞ!? しかもCランクやBランクの魔獣だ! Fランク二人でどうにかできる数じゃない!」
「ご心配ありがとうございます。でも、私たちのカードには依頼受注制限なしって書いてあって……」
「そういう話じゃねえ!」
…………。
……あっ。
怒られちゃった。
いや、怒ってるというより、心配してくれてるんだよね。
ルルさんが、ララさんの腕へそっと触れた。
「ララ……。そんなに怒ると、怖いよ……」
「怒ってねえ! 心配してんだ!」
「……うん。分かってるけど」
……ああ。
なんだか、仲がいいなぁ。
それに。
危険だと思っているのに、私たちを助けるためにここまで来た。
それは、簡単にできることじゃないと思う。
……うん。
いい人たちだね。
「二人とも、助けに来てくれてありがとうございます」
私がそう言うと、ララさんは少しだけ困った顔になった。
「礼は後! まずはここから逃げること!」
……あはは。
そうだよね。
心配してくれてるんだもんね。
ララさんとルルさんは、何度も魔獣たちを見ていた。
銀髪のララさんの周囲には、細い風が流れている。
……おっ。
風魔法かな。
ルルさんが大鎌を持ち上げると、足元の土がわずかに盛り上がった。
……へえ。
こちらは土魔法?
しかも、どちらも自然に魔法を使っている。
……うん。
Bランクっていうのも、納得だ。
でも。
魔獣は、一体も動かない。
遠くから見れば、こちらの様子を窺っているようにも見えるのかもしれない。
だけど、実際は《完全拘束》の真っ最中だ。
「ルル。あいつらが動いたら、風で道を開ける。合わせてくれ!」
「……うん。分かった」
……ああ。
本当に戦うつもりだ。
私たちを逃がすために、準備してくれているんだね。
私は桜花をちらりと見た。
桜花も、こちらを見ている。
……うん。
何となく、考えていることが分かった。
このままだと、二人がずっと心配しちゃう。
だったら、先に依頼を終わらせてしまおう。
「リアリス様」
桜花が、私にだけ聞こえる声で言った。
「よろしいかと存じます」
「うん。そうしよう」
私は、広場にいる魔獣すべてへ意識を向けた。
すでに拘束してある。
だから、逃げる心配もない。
そして、苦しませる必要もない。
私は、二人に聞こえないほど小さな声で、魔法の名を口にした。
「《即死》」
…………。
……うん。
終わった。
広場の魔獣たちすべての命が、静かに終わる。
ただし。
魔獣は、一体も倒れなかった。
《完全拘束》が、まだ残っているからね。
……ああ。
倒れもしないんだ。
ちょっと不思議な光景だなぁ。
「……で、リオン!」
ララさんが、こちらを見た。
「はい?」
「これからどうするつもりだ!?」
「えっと、討伐が終わったので、ギルドへ報告に戻ろうかなって」
…………。
ララさんが、首を傾げた。
「……は?」
ルルさんも、困った顔になった。
「……と、討伐……?」
「はい。全部終わりました」
…………。
……あれ?
やっぱり、信じてもらえない?
「おいおい、リオン! 目の前を見ろよ! まだ三百匹いるだろ!」
……あっ。
そうだった。
全部、立ったままだもんね。
私は、少し考えてから答えた。
「でも、本当に終わってるんです」
「……冗談だろ!?」
「いえ、本当です」
……うーん。
どう説明すればいいんだろう。
私の《想像魔法》を、詳しく話すわけにもいかないし。
ただ、黙っていると余計に怪しまれそうだ。
「桜花」
「はい」
「依頼の対象は、もう全部討伐できてるよね?」
「はい。全て討伐済みでございます」
……うん。
よかった。
そのやり取りを聞いたララさんが、ますます困った顔になった。
「桜花まで何言ってるんだ!? あいつら、まだ立ってるじゃねえか!」
……あはは。
そうだよね。
いや。
これは、実際に見てもらうのが早いかもしれない。
「ララさん、ルルさん。少しだけ、待っててもらえます?」
「……何をするんだよ?」
「終わったところを、見てもらおうかなって」
……うん。
それなら、納得してもらえるはず。
たぶん。
「よし、これで見てもらおう」
私は、広場へ向き直った。
私は、広場へ視線を戻した。
魔獣たちは、まったく動いていない。
大きな口を開けたままのもの。
片足を持ち上げたままのもの。
走り出す直前の姿勢で止まったもの。
……うん。
見れば見るほど、変な光景だ。
「ルル……何か、おかしくないか?」
ララさんが、少しだけ声を落とした。
「……うん。さっきから、全然……動かない……」
……あっ。
さすがに気づき始めたかな。
でも、ここまで来たら、もう大丈夫。
「二人とも、助けに来てくれてありがとうございました」
私は、改めて頭を下げた。
「本当に嬉しかったです」
ララさんが、きょとんとする。
「……何だよ、急に」
「だって、こんな危ない数の魔獣を見て、それでも私たちを助けに来てくれたんでしょう?」
……うん。
その気持ちは、ちゃんと受け取りたい。
「素敵なことだと思いますよ」
ルルさんの頬が、少しだけ赤くなった。
「……そ、そんな……」
「なっ、何言ってんだよ!」
ララさんまで、照れくさそうだ。
……ふふ。
褒められるのに慣れてないのかな。
「それじゃ、桜花。そろそろ戻ろうか」
「かしこまりました」
私は、森の出口の方を見た。
……ああ。
そろそろお昼になるかな。
帰ったら、カトレアにお話しする約束もあるしね。
……よし。
早く報告して帰ろう。
「待て待て待てっ!」
ララさんが、また大きな声を上げた。
「本当に帰るつもりか!? あの魔獣はどうするんだよ!」
「もう大丈夫ですよ」
「だから、何が……!」
……ああ。
やっぱり、ちゃんと見せないと分からないよね。
私は、広場を振り返った。
魔獣たちは、まだ全員その場に立っている。
死んだあとも倒れないのは、《完全拘束》が続いているからだ。
この拘束は、私が解除しない限り消えない。
……つまり。
今は、立たせたままにしているようなものなんだよね。
私は、ちょっと考えた。
……まあ。
そのままにしておく必要もないか。
「じゃあ、ちょっとだけ見ててください」
私は、ララさんたちへ声をかけた。
「……何だ?」
「もう安全だって、分かると思います」
そして、もう一度広場へ意識を向けた。
対象は、この広場にいる、拘束した魔獣のすべて。
……うん。
大丈夫。
あとは、解除するだけだ。
「《完全拘束》、解除」
…………。
ほんの一瞬。
広場には、何も起きなかったように見えた。
その直後。
どさっ。
……おっ。
一体、倒れた。
続いて。
どさどさっ。
どさっ。
どさどさどさっ!
…………。
……えっ。
次の瞬間。
広場いっぱいに立っていた魔獣たちが、一斉に崩れ落ちた。
どどどどどっ――!!
大きな音が森に響き、地面が少し揺れた。
狼に似た魔獣も。
大きな獣型魔獣も。
広場の奥にいた、ひときわ体の大きな魔獣も。
全部。
同時に。
……おおお。
すごい音!
……って!
思ったより派手になっちゃった!
土埃が舞い上がり、広場の向こうが少し霞んでいる。
……ああ。
そうだよね。
三百体近くが一度に倒れたら、そりゃ大きな音も出るよね。
でも、もう魔獣が動き出す気配はない。
……うん。
討伐完了だ。
「桜花、これで依頼は終わりだね」
「はい。お疲れさまでございました、リオン様」
「うん。ありがとう!」
……よし。
あとはギルドへ報告するだけ!
私は、ララさんとルルさんを振り返った。
「お待たせしました。もう安全ですよ!」
…………。
……あれ?
二人とも、まったく動かない。
ララさんは大鎌を下げたまま、口を開けている。
ルルさんは、両手を胸の前で合わせ、倒れた魔獣たちを見つめていた。
…………。
「……え?」
ララさんの声が、ようやく聞こえた。
「……えええっ!?」
今度は、さっきまでよりずっと大きい声だ。
……あはは。
そりゃ驚くよね。
ルルさんが、震える声で尋ねた。
「……さ、さっきまで……あんなに、いたのに……?」
「うん。いましたね、三百体くらい」
私は、にっこり笑った。
「でも、これで討伐完了です!」
…………。
ララさんとルルさんが、そろって私を見た。
それから、桜花を見る。
そして、もう一度倒れた魔獣たちへ目を向ける。
……あれ。
もしかして、説明が必要?
……うん。
だよね。
それにしても、何から説明すればいいんだろう。
ララさんが、ようやく口を開いた。
「……おい。リオン……」
「はい?」
「……あんた、本当に……Fランクなのか?」
…………。
……あっ。
そこから!?
私は、思わず桜花を見た。
桜花は、何事もなかったように微笑んでいる。
……ああ。
今日は久しぶりに、普通の討伐依頼を受けるつもりだったんだけどなぁ。
どうして、こうなったんだろう。
――こうして私たちは、聖国のBランク冒険者、ルルさんとララさんに出会ったのだった。
……ただし。
二人に驚かれた理由は、どうやら魔獣だけでは終わらなさそうだった。




