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第3話:ヒーロー参上!?

 シギラ国の研究所で、ケリィさんたちと魔工製品の話をしてから、およそ一か月。


 私は今、シルク王国邸の食堂で、のんびり朝食をいただいている。


 焼きたてのパンに、ふわふわの卵料理。巴さんが淹れてくれた紅茶からは、いい香りが立ち上っていた。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


「お父さん、おかわり!」


「おっ。カトレア、今日はよく食べるね」


「うん! おいしい!」


 向かいの席で、カトレアが嬉しそうに笑う。


 ……うん。


 こういう時間が、やっぱり一番好きだ。


「リアリス様。本日は、何かご予定がございますか?」


 隣の桜花が、静かに尋ねてきた。


「うーん。そうだなぁ……」


 昨日は、カトレアと庭の花を眺めた。


 一昨日は屋敷でお茶を飲んで、のんびり過ごした。


 ……あれ。


 結構、休んでるね。


 もちろん、それはとてもいいことだ。


 でも、たまには冒険者の仕事をしてみたくなる。


「桜花、今日はギルドへ行ってみない?」


「承知いたしました。何か依頼をお探しになるのでございますね」


「うん。久しぶりに、討伐の仕事でもしてみようかなって」


 カトレアが、パンを手にしたまま顔を上げた。


「お父さん、お仕事?」


「そうだよ。今日は桜花と二人でね」


「うん! 気をつけてね!」


「ありがとう!」


 ……ああ。


 いい子だなぁ。


 カトレアが一緒に出かける安全な観光なら、メイドたちにも同行してもらえる。


 でも、魔獣討伐は別だ。


 今日は私と桜花の二人だけ。


「帰ったら、今日のことをお話しするよ」


「楽しみにしてる!」


 ……よし。


 それじゃ、出かけようか。


     ◇


 朝食を終えて準備を済ませると、私は桜花と玄関へ向かった。


「巴さん、行ってきます!」


「いってらっしゃい、リアリスちゃん。無理はしないでね」


「大丈夫! 今日は普通の依頼を探すだけだから」


 巴さんが、にこりと笑った。


「ふふ。普通の依頼だといいわね」


 …………。


 ……あれ?


 どうして、そんな言い方をするの?


 私だって、いつも騒ぎを起こしているわけじゃ……。


 …………。


 ……いや。


 最近のことを思い返すと、ちょっと自信がないな。


 王国の大災厄。


 国王様からの叙勲。


 そして、観光先で作った『複製君1号』。


 ……うん。


 思った以上に、いろいろしてるね!


「それで、リアリス様。どちらのギルドへ参りましょうか?」


「そうだなぁ。王国は、まだ復興関連の仕事で忙しそうだし……」


 シルベスターさんも、相変わらず忙しいらしい。


 たまに会うと、熱い緑茶を淹れてあげるだけで、ずいぶん喜んでくれる。


 ……いや。


 私が訪ねるたびに、少し困った顔もするんだけどね。


 どうしてだろう。


 ……まあ、いっか!


「久しぶりに、オリミス聖国へ行こうか」


「かしこまりました」


 私は聖都オリミシアの通りを思い浮かべた。


「《転移》!」


 屋敷の景色が消え、白い石造りの建物が並ぶ通りへと変わった。


 ……おお。


 久しぶりだね、聖都!


 オリミス聖国の首都、オリミシア。


 この国は、創造神オリミスを信仰している。


 ……うん。


 何度来ても、独特の雰囲気があるよね。


 白い石造りの建物に、綺麗に整えられた街路。


 それから、あちこちに見える神様の像。


 ……ああ。


 神様、今日もみんなに拝まれてるんだなぁ。


 本人を知っていると、何だか不思議な気分になる。


 ……あの人、今頃何してるんだろう。


 また何か落としてないといいけど。


 ……いや。


 せっかく平和なんだから、余計なことは考えないでおこう!


「リアリス様。あちらに冒険者ギルドがございます」


「おっ。ありがとう、桜花」


 私たちは通りを歩き、ギルドへ向かった。


 朝から人通りは多い。


 商人、旅人、修道服を着た人たち。それから、大きな武器を背負った冒険者も何人も見かけた。


 ……うん。


 今日も賑やかだね。


 ギルドの中へ入ると、依頼掲示板にはたくさんの紙が並んでいた。


 護衛、配送、採取、討伐。


 ……へえ。


 聖国でも、いろいろな依頼が出ているんだなぁ。


「桜花、何か気になるものある?」


「そうでございますね……」


 桜花と一緒に、依頼書を一枚ずつ見ていく。


 薬草の採取。


 旅人の護衛。


 近隣の村への荷物の運搬。


 ……うん。


 どれも、必要な仕事だね。


 でも、今日は少し体を動かしたい気分だ。


 私は、掲示板の上の方に貼られた一枚へ目を向けた。


 ……あっ。


 これ、どうだろう。


 『森林地帯における魔獣大量発生の調査・討伐』


 ……おお。


 大量発生?


 依頼書によると、聖都近郊の森で魔獣の数が急に増え、商人や採取に向かった冒険者が危険な目に遭っているらしい。


 住民への被害が出る前に、ギルドとして対応したいようだ。


「桜花、これを受けてみようか」


「はい。周辺の安全にも関わる依頼でございますね」


「そうだよね。早く対応した方がよさそう」


 私は依頼書を手に取り、受付へ向かった。


「すみません。この依頼をお願いしたいんですが」


 受付の女性が、私と桜花を見た。


「森林地帯の魔獣大量発生討伐ですね。冒険者カードをお預かりしてもよろしいでしょうか?」


「はい」


 私はカードを差し出した。


 桜花も、その隣へカードを置く。


「……リオン様と、桜花様ですね」


「はい」


 そう。


 ギルドでの私の登録名は、リオンだ。


 王国では本名を知っている人がずいぶん増えたけど、冒険者としては今もこの名前を使っている。


 そして。


「……お二人とも、Fランクでございますね」


 …………。


 ……はい。


 そのとおりです。


 受付の女性は、続けてカードの備考欄を確認した。


「依頼受注制限なし……。では、受付自体は可能でございます」


「ありがとうございます!」


「ただ、危険な依頼ですので、詳しい状況をご説明いたしますね」


 ……うん。


 ちゃんと聞いておこう。


「森の奥で、非常に大きな魔獣の群れが目撃されています」


 受付の女性が、地図を広げてくれた。


「確認されているのは、主にCランク相当の魔獣です。ただし、Bランク級の魔獣も混じっているという報告がございます」


「なるほど。数はどのくらいですか?」


「正確な数は不明です。偵察に向かった冒険者も、森の奥まで進めずに戻ってきましたので」


 ……ああ。


 相当多いんだね。


「近くの街道は、すでに立ち入りを制限しています。ただ、これ以上増えると、周辺の村や町にも被害が及ぶ可能性がございます」


「それは、早く何とかしたいですね」


「はい。どうか、ご無理だけはなさらないでください」


「分かりました。危なそうなら、ちゃんと引き返します」


 ……うん。


 そう言っておくと、少し安心してもらえるかな。


 もちろん、私と桜花なら大丈夫だと思う。


 でも、状況を確認する前から油断するつもりはない。


「桜花、準備はいい?」


「はい。いつでも出発できます」


「じゃあ、行ってみようか」


 私たちは受付に礼を言い、ギルドを出た。


 外へ出ると、聖都の明るい日差しが眩しい。


 ……ああ。


 今日もいい天気だね。


 こんな日に、森の奥では大量の魔獣が集まってるのか。


 ……不思議なものだなぁ。


 私は地図に記された森の入口を思い浮かべた。


「《転移》!」


 景色が切り替わり、目の前には深い森の入口が現れた。


     ◇


 森の入口は、思った以上に静かだった。


 風が木々の葉を揺らし、柔らかい光が地面に落ちている。


 ……ああ。


 普通に散歩したくなるくらい、綺麗な場所だね。


 でも、地面には大きな足跡が残っていた。


 踏み荒らされた土。


 折れた小枝。


 そして、道の先へ続く、何かを引きずったような跡。


「桜花。やっぱり魔獣が通ったのかな?」


「そのようでございます。複数の魔獣が移動した痕跡と思われます」


「なるほど」


 ……うん。


 それなら、あの依頼書は間違っていなかったんだね。


 私たちは森の奥へ歩き始めた。


 最初は、ほとんど音がしなかった。


 でも、少し進むと、遠くから低いうなり声が聞こえてきた。


 ……おっ?


 いるね。


 それも、一体や二体じゃない。


 木を揺らす音。


 重い足音。


 ときどき聞こえる、何かがぶつかるような音。


 ……うーん。


 結構な数がいそうだなぁ。


「リアリス様。前方に、多数の魔獣がいるようでございます」


「桜花も気づいた?」


「はい」


 ……よし。


 もう少しだけ進もうか。


 木々の間から、広い空間が見えてきた。


 森の奥にある、開けた場所だ。


 ……へえ。


 こんな広場があるんだね。


 私は、木陰からそっと中を覗いた。


 …………。


 ……おお。


 …………。


 ……おおお!?


 広場には、魔獣がいた。


 それも。


 ものすごい数。


 狼に似た姿の魔獣。


 大型の獣型魔獣。


 さらに、広場の奥には、ひときわ体の大きな魔獣までいる。


 ……うーん。


 これは何体くらいだろう。


 百。


 二百。


 ……いや。


 もっといるね。


「桜花、これ……何体くらい?」


「およそ三百体かと存じます」


 …………。


 ……三百!?


 思った以上に多かった。


 これは、普通の冒険者さんたちでは大変だろうなぁ。


 しかも、近くで見るとCランク級やBランク級の魔獣も混じっている。


 一体ずつなら対応できても、三百体が一斉に襲ってきたら、たまったものじゃない。


「見つけられてよかったね」


「はい。放置するわけにはまいりません」


「そうだよね」


 私は広場を見渡した。


 魔獣たちは、まだ私たちに気づいていないものが多い。


 でも、このまま戦い始めたら、あちこちへ逃げ出すかもしれない。


 そうなると、追いかけるのも面倒だ。


 ……うん。


 まずは、全部止めちゃおう。


「桜花。先に拘束するね」


「かしこまりました」


 対象は、この広場にいる魔獣すべて。


 傷を負わせず、その場から動けないようにする。


「《完全拘束》」


 …………。


 次の瞬間。


 広場の動きが、ぴたりと止まった。


 走りかけていた魔獣も。


 首を振ろうとしていた魔獣も。


 大きな口を開けていた魔獣も。


 全部、その姿勢のまま動かない。


 ……おお。


 やっぱり、便利だね。


 しかも、逃げ出す魔獣は一体もいない。


「これで安全だね」


「はい。完全に拘束されております」


 ……よし。


 あとは、討伐して報告するだけだ。


 私たちは、広場の手前へ出た。


 魔獣たちは、相変わらず一歩も動かない。


 ……うん。


 こうして見ると、何だか変な光景だ。


 三百体もの魔獣が、広場いっぱいに立っている。


 なのに、声もしないし、身じろぎひとつしない。


 ……ああ。


 生きた彫像を並べたみたい。


 いや。


 さすがに、こんな彫像は見たくないけどね。


「リアリス様。討伐いたしましょうか?」


「うん。そうしよう」


 ここは《即死》で、一度に終わらせようかな。


 苦しませる必要もないし、一体ずつ戦っていたら日が暮れちゃう。


 私は、周囲にほかの人がいないことを確かめた。


 ……よし。


 それじゃあ。


 そう思ったとき。


 かさっ。


 少し離れた茂みが揺れた。


 …………。


 ……ん?


 誰かいる?


 私はそちらへ目を向けた。


 足音が聞こえてきた。


 一人じゃない。


 二人分だ。


「桜花」


「はい。こちらへ向かって来られる方が、お二人いらっしゃいます」


「……冒険者さんかな?」


 こんな森の奥まで来たんだ。


 もしかしたら、同じ依頼を受けた人かもしれない。


 ……うーん。


 広場へ飛び込んでこないといいんだけど。


 もう魔獣は動けなくしてるけど、事情を知らなかったら驚いちゃうだろうし。


 そのとき。


 茂みの向こうから、大きな声が響いた。


「おい、兄ちゃんたち! 大丈夫か!?」


 …………。


 ……えっ?


 声の主が、勢いよく広場へ飛び込んできた。


 ……おお!?


 まず目に入ったのは、短い銀髪。


 つばの広い帽子と、少し変わった上着。


 それから、動きやすそうなズボン。


 ……何だろう。


 西部劇に出てきそうな服装だ。


 カウボーイ風っていうのかな。


 しかも、背中には大きな鎌。


 ……えっ。


 鎌!?


 農作業用じゃない。


 どう見ても、戦うための大鎌だ。


 その後ろから、もう一人が駆け込んでくる。


 こちらは、短い金髪。


 それから、桃色の服。


 ふりふりの飾りが付いた、可愛らしい衣装だった。


 ……おおお!?


 ちょっと待って。


 何、この組み合わせ!


 銀髪のカウボーイ風の人と、桃色のゴシックロリータ風の人。


 しかも、二人とも大鎌を背負ってる。


 ……すごいな。


 ものすごく目立つね!


 でも、二人とも真剣な顔だった。


「早く、そっちへ下がれ!」


 銀髪の方が、私と桜花へ叫んだ。


 高めの声だけど、話し方はずいぶん勇ましい。


 ……おお。


 ちょっと格好いい。


 金髪の方が、控えめな声で続けた。


「……あの、怪我は……ない、ですか?」


「はい。大丈夫ですよ!」


 私は、笑って答えた。


「桜花も大丈夫だよね?」


「はい。何も問題ございません」


 ……うん。


 見ず知らずの私たちを心配してくれてるんだね。


 その気持ちは、素直に嬉しいなぁ。


「よし! 怪我がないなら、今すぐ逃げろ!」


 銀髪の人が、大鎌を構えた。


「ここは、あたしたちが引き受ける!」


 ……おお。


 頼もしいね!


 でも。


 ……えーっと。


 もう魔獣は全部動けなくしてるんだけどな。


「あの、実は……」


「説明は後だ!」


 …………。


 ……あっ。


 話を聞いてもらえない。


「ララ、落ち着いて……」


 金髪の方が、そっと声をかけた。


「落ち着いてられるか! あの数を見ろよ!」


「……うん。分かってるけど……」


 ……なるほど。


 銀髪の方がララさん、かな。


 金髪の方は、ずいぶん柔らかい話し方だね。


 二人は私たちの前に立ち、魔獣の方を睨んでいた。


 ただ、魔獣は動かない。


 《完全拘束》してるからね。


 ……うん。


 どう見ても、この二人の方がずっと緊張している。


「なあ、あんたたち! どこのギルドの冒険者だ!?」


「私はリオンです。こちらは桜花」


「リオンと桜花か。あたしはララ!」


 ……おっ。


 やっぱり、ララさんだった。


「で、こっちがルル!」


 金髪の方が、ぺこりと頭を下げた。


「……ルルです。よろしくお願いします」


「こちらこそ!」


 ……うん。


 ルルさん、何だか可愛い声だなぁ。


 ララさんとは正反対だ。


「二人とも冒険者さんですか?」


「そうだ! 聖国ギルドのBランクだ!」


 …………。


 ……おお。


 Bランク!


 見た目が個性的なだけじゃなくて、実力もあるんだね。


「二人で活動してるの?」


「ああ! 一緒に依頼を受けることが多いんだ」


 ……なるほど。


 息もぴったりだもんね。


 きっと、いい相棒なんだろうな。


「で、リオンたちは何ランクだ?」


 ララさんが、ちらりと振り向いた。


「私たちはFランクです」


 …………。


 ぴたっ。


 ララさんが固まった。


「……は?」


 ルルさんも、驚いた顔でこちらを見る。


「……F、ランク?」


「はい。そのFランクです」


「ちょっと待て! Fランクが、何でこんなところにいるんだよ!」


「魔獣大量発生の討伐依頼を受けて……」


「討伐!?」


 ……おお。


 いい声だ。


 あんなに離れたところの魔獣にも届きそう。


 ……いや、今は動けないから問題ないんだけど。


「三百匹近くいるんだぞ!? しかもCランクやBランクの魔獣だ! Fランク二人でどうにかできる数じゃない!」


「ご心配ありがとうございます。でも、私たちのカードには依頼受注制限なしって書いてあって……」


「そういう話じゃねえ!」


 …………。


 ……あっ。


 怒られちゃった。


 いや、怒ってるというより、心配してくれてるんだよね。


 ルルさんが、ララさんの腕へそっと触れた。


「ララ……。そんなに怒ると、怖いよ……」


「怒ってねえ! 心配してんだ!」


「……うん。分かってるけど」


 ……ああ。


 なんだか、仲がいいなぁ。


 それに。


 危険だと思っているのに、私たちを助けるためにここまで来た。


 それは、簡単にできることじゃないと思う。


 ……うん。


 いい人たちだね。


「二人とも、助けに来てくれてありがとうございます」


 私がそう言うと、ララさんは少しだけ困った顔になった。


「礼は後! まずはここから逃げること!」


 ……あはは。


 そうだよね。


 心配してくれてるんだもんね。


 ララさんとルルさんは、何度も魔獣たちを見ていた。


 銀髪のララさんの周囲には、細い風が流れている。


 ……おっ。


 風魔法かな。


 ルルさんが大鎌を持ち上げると、足元の土がわずかに盛り上がった。


 ……へえ。


 こちらは土魔法?


 しかも、どちらも自然に魔法を使っている。


 ……うん。


 Bランクっていうのも、納得だ。


 でも。


 魔獣は、一体も動かない。


 遠くから見れば、こちらの様子を窺っているようにも見えるのかもしれない。


 だけど、実際は《完全拘束》の真っ最中だ。


「ルル。あいつらが動いたら、風で道を開ける。合わせてくれ!」


「……うん。分かった」


 ……ああ。


 本当に戦うつもりだ。


 私たちを逃がすために、準備してくれているんだね。


 私は桜花をちらりと見た。


 桜花も、こちらを見ている。


 ……うん。


 何となく、考えていることが分かった。


 このままだと、二人がずっと心配しちゃう。


 だったら、先に依頼を終わらせてしまおう。


「リアリス様」


 桜花が、私にだけ聞こえる声で言った。


「よろしいかと存じます」


「うん。そうしよう」


 私は、広場にいる魔獣すべてへ意識を向けた。


 すでに拘束してある。


 だから、逃げる心配もない。


 そして、苦しませる必要もない。


 私は、二人に聞こえないほど小さな声で、魔法の名を口にした。


「《即死》」


 …………。


 ……うん。


 終わった。


 広場の魔獣たちすべての命が、静かに終わる。


 ただし。


 魔獣は、一体も倒れなかった。


 《完全拘束》が、まだ残っているからね。


 ……ああ。


 倒れもしないんだ。


 ちょっと不思議な光景だなぁ。


「……で、リオン!」


 ララさんが、こちらを見た。


「はい?」


「これからどうするつもりだ!?」


「えっと、討伐が終わったので、ギルドへ報告に戻ろうかなって」


 …………。


 ララさんが、首を傾げた。


「……は?」


 ルルさんも、困った顔になった。


「……と、討伐……?」


「はい。全部終わりました」


 …………。


 ……あれ?


 やっぱり、信じてもらえない?


「おいおい、リオン! 目の前を見ろよ! まだ三百匹いるだろ!」


 ……あっ。


 そうだった。


 全部、立ったままだもんね。


 私は、少し考えてから答えた。


「でも、本当に終わってるんです」


「……冗談だろ!?」


「いえ、本当です」


 ……うーん。


 どう説明すればいいんだろう。


 私の《想像魔法》を、詳しく話すわけにもいかないし。


 ただ、黙っていると余計に怪しまれそうだ。


「桜花」


「はい」


「依頼の対象は、もう全部討伐できてるよね?」


「はい。全て討伐済みでございます」


 ……うん。


 よかった。


 そのやり取りを聞いたララさんが、ますます困った顔になった。


「桜花まで何言ってるんだ!? あいつら、まだ立ってるじゃねえか!」


 ……あはは。


 そうだよね。


 いや。


 これは、実際に見てもらうのが早いかもしれない。


「ララさん、ルルさん。少しだけ、待っててもらえます?」


「……何をするんだよ?」


「終わったところを、見てもらおうかなって」


 ……うん。


 それなら、納得してもらえるはず。


 たぶん。


「よし、これで見てもらおう」


 私は、広場へ向き直った。


 私は、広場へ視線を戻した。


 魔獣たちは、まったく動いていない。


 大きな口を開けたままのもの。


 片足を持ち上げたままのもの。


 走り出す直前の姿勢で止まったもの。


 ……うん。


 見れば見るほど、変な光景だ。


「ルル……何か、おかしくないか?」


 ララさんが、少しだけ声を落とした。


「……うん。さっきから、全然……動かない……」


 ……あっ。


 さすがに気づき始めたかな。


 でも、ここまで来たら、もう大丈夫。


「二人とも、助けに来てくれてありがとうございました」


 私は、改めて頭を下げた。


「本当に嬉しかったです」


 ララさんが、きょとんとする。


「……何だよ、急に」


「だって、こんな危ない数の魔獣を見て、それでも私たちを助けに来てくれたんでしょう?」


 ……うん。


 その気持ちは、ちゃんと受け取りたい。


「素敵なことだと思いますよ」


 ルルさんの頬が、少しだけ赤くなった。


「……そ、そんな……」


「なっ、何言ってんだよ!」


 ララさんまで、照れくさそうだ。


 ……ふふ。


 褒められるのに慣れてないのかな。


「それじゃ、桜花。そろそろ戻ろうか」


「かしこまりました」


 私は、森の出口の方を見た。


 ……ああ。


 そろそろお昼になるかな。


 帰ったら、カトレアにお話しする約束もあるしね。


 ……よし。


 早く報告して帰ろう。


「待て待て待てっ!」


 ララさんが、また大きな声を上げた。


「本当に帰るつもりか!? あの魔獣はどうするんだよ!」


「もう大丈夫ですよ」


「だから、何が……!」


 ……ああ。


 やっぱり、ちゃんと見せないと分からないよね。


 私は、広場を振り返った。


 魔獣たちは、まだ全員その場に立っている。


 死んだあとも倒れないのは、《完全拘束》が続いているからだ。


 この拘束は、私が解除しない限り消えない。


 ……つまり。


 今は、立たせたままにしているようなものなんだよね。


 私は、ちょっと考えた。


 ……まあ。


 そのままにしておく必要もないか。


「じゃあ、ちょっとだけ見ててください」


 私は、ララさんたちへ声をかけた。


「……何だ?」


「もう安全だって、分かると思います」


 そして、もう一度広場へ意識を向けた。


 対象は、この広場にいる、拘束した魔獣のすべて。


 ……うん。


 大丈夫。


 あとは、解除するだけだ。


「《完全拘束》、解除」


 …………。


 ほんの一瞬。


 広場には、何も起きなかったように見えた。


 その直後。


 どさっ。


 ……おっ。


 一体、倒れた。


 続いて。


 どさどさっ。


 どさっ。


 どさどさどさっ!


 …………。


 ……えっ。


 次の瞬間。


 広場いっぱいに立っていた魔獣たちが、一斉に崩れ落ちた。


 どどどどどっ――!!


 大きな音が森に響き、地面が少し揺れた。


 狼に似た魔獣も。


 大きな獣型魔獣も。


 広場の奥にいた、ひときわ体の大きな魔獣も。


 全部。


 同時に。


 ……おおお。


 すごい音!


 ……って!


 思ったより派手になっちゃった!


 土埃が舞い上がり、広場の向こうが少し霞んでいる。


 ……ああ。


 そうだよね。


 三百体近くが一度に倒れたら、そりゃ大きな音も出るよね。


 でも、もう魔獣が動き出す気配はない。


 ……うん。


 討伐完了だ。


「桜花、これで依頼は終わりだね」


「はい。お疲れさまでございました、リオン様」


「うん。ありがとう!」


 ……よし。


 あとはギルドへ報告するだけ!


 私は、ララさんとルルさんを振り返った。


「お待たせしました。もう安全ですよ!」


 …………。


 ……あれ?


 二人とも、まったく動かない。


 ララさんは大鎌を下げたまま、口を開けている。


 ルルさんは、両手を胸の前で合わせ、倒れた魔獣たちを見つめていた。


 …………。


「……え?」


 ララさんの声が、ようやく聞こえた。


「……えええっ!?」


 今度は、さっきまでよりずっと大きい声だ。


 ……あはは。


 そりゃ驚くよね。


 ルルさんが、震える声で尋ねた。


「……さ、さっきまで……あんなに、いたのに……?」


「うん。いましたね、三百体くらい」


 私は、にっこり笑った。


「でも、これで討伐完了です!」


 …………。


 ララさんとルルさんが、そろって私を見た。


 それから、桜花を見る。


 そして、もう一度倒れた魔獣たちへ目を向ける。


 ……あれ。


 もしかして、説明が必要?


 ……うん。


 だよね。


 それにしても、何から説明すればいいんだろう。


 ララさんが、ようやく口を開いた。


「……おい。リオン……」


「はい?」


「……あんた、本当に……Fランクなのか?」


 …………。


 ……あっ。


 そこから!?


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花は、何事もなかったように微笑んでいる。


 ……ああ。


 今日は久しぶりに、普通の討伐依頼を受けるつもりだったんだけどなぁ。


 どうして、こうなったんだろう。


 ――こうして私たちは、聖国のBランク冒険者、ルルさんとララさんに出会ったのだった。


 ……ただし。


 二人に驚かれた理由は、どうやら魔獣だけでは終わらなさそうだった。

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