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第2話:産業革命?

 ばたばたばたっ!


 研究所の奥から聞こえてきた足音は、どう考えても一人分ではなかった。


 ……ん?


 何だか、大勢でこちらへ走ってきてない?


「リアリス殿!」


 最初に姿を現したのは、青みがかった茶色のドレッドヘアをしたドワーフの男性だった。


 ……おお!


「ケリィさん! お久しぶりです!」


「ああ、久しぶりだ。……いや、それよりも!」


 ケリィさんが、私の両肩をがしっと掴んだ。


「どうして来るなら先に知らせてくれなかったのだ!」


 …………。


 ……あっ。


 そこ?


「えっと、昨日、ガルドバの宿で魔導レンジを見かけまして。ケリィさんたちが作ったと聞いて、どうしても見たくなっちゃって」


「……魔導レンジを、見たのか?」


「はい! 実際にお菓子を温めてもらいました。あれ、すごいですね!」


 ケリィさんが、私を見つめたまま動きを止める。


 そして、ふっと笑った。


「……そうか。わしらの作ったものが、もう使われていたか」


 ……ああ。


 その顔、何だかすごく嬉しそうだ。


「はい。前に私が見せた家電に似ていましたけど、中身はこの世界の技術なんでしょう? すごいと思います!」


「……その言葉を聞けただけでも、今日はよい日になりそうだ」


 ケリィさんの後ろでは、白い作業着の職人さんたちがこちらを覗き込んでいた。


 ……おお。


 ずいぶん人が集まってる。


 もしかして、私のことがもう広まった?


 ……いや、ただの見学客だからね。


 そんなに大げさにしなくてもいいんだけど!


「ところで、リアリス殿。そちらは?」


「あっ。こちらは今日のお世話を手伝ってくれているメイドたちです」


 桜花が静かに頭を下げ、カトレアは元気よく挨拶した。エクレア、アメリア、ノエルも、それぞれ名前を伝える。


「こんにちは、ケリィさん!」


「おお、カトレア殿も元気そうだな」


 ……うん。


 カトレア、久しぶりの再会が嬉しそうだ。


「見学させていただいてもいいですか? ただ、カトレアもいますので、危ない場所には入らないようにしたくて」


「もちろんだ。実験中の区画は避けよう。完成品を見せる部屋もある」


「ありがとうございます!」


 ……よし。


 何だか、ますます楽しみになってきた!


     ◇


 まずは応接室で挨拶を済ませ、それから研究所の中を案内してもらうことになった。


 研究所へ来る途中で見たバルドバの町は、どこも鍛冶の音でにぎやかだった。まるで町全体が一つの大きな工房みたいだったね。


 研究所の中へ入って、私は思わず天井を見上げた。


 ……広い!


 以前はシーラ国の行政府だった建物。


 今は、ケリィさんが所長を務める魔工製品研究所になっている。


 廊下には部品を載せた台車が行き交い、あちこちの部屋から職人さんたちの声が聞こえた。


「政務はガルドバへ移ったからな。バルドバでは、わしらが技術を磨くことになった」


「そうだったんですね」


「ああ。もともと、この辺りには金属加工の職人が多い。研究の場には向いている」


 ……おお。


 国が一つになったあと、空いた建物を活用する。


 いいねぇ。


「製鉄所は、ここではないんですよね?」


「別の場所だ。ここは設計と回路の研究、試作品の組み立てが中心だな」


「なるほど!」


 建物の一角には、見覚えのある紋章の跡が残っていた。


 昔の行政府の名残だろう。


 その下には、新しく取り付けられた『魔工製品研究所』の看板。


 ……ああ。


 国が変わっても、建物にはまた新しい役目ができるんだね。


「お父さん、あれ!」


 カトレアが廊下の壁を指さした。


 そこには、小さな明かりが灯っている。


「魔導ライトだね」


「昨日のお店にもあった!」


「よく覚えてるね!」


 ケリィさんも、口元を緩めた。


「では、まずは完成したものから見てもらおう」


 桜花がカトレアのそばに寄り、ノエルが手を取った。


 アメリアとエクレアも、落ち着いた様子でついてくる。


 ……うん。


 せっかくみんなで来たんだ。


 お仕事の邪魔にならない範囲で、楽しもうね。


 展示室に入ると、私は思わず足を止めた。


 ……おおお!


 冷蔵庫に似た大きな箱。


 平らなコンロ。


 魔導レンジ。


 明かり。


 そして、羽根の付いた送風機。


 昨日のお店で見た魔工製品が、ここにもずらりと並んでいた。


「全部、ここで開発したんですか?」


「ああ。ただし、わし一人で作ったものではない。研究所の職人たちが考えたものだ」


「……それが、すごいんですよ!」


 私は、思わず声を弾ませた。


「私が前に見せたのは、私が出した道具でしたからね。でも、これを動かしているのはドワーフの人たちの技術でしょう?」


 ケリィさんが、ゆっくりと頷く。


「最初は、仕組みをそのまま再現しようとした。しかし、無理だった。わしらには、わしらの材料と魔道回路がある」


「……へえ」


「そこで、同じ働きをするなら、別の仕組みでもよいと考えたのだ」


 ……ああ。


 いいな。


 その考え方。


「冷やしたいなら、冷やせる魔道回路を組む。温めたいなら、そのための回路を使う。形を真似るだけでは、道具として役に立たんからな」


 ……うん。


 本当に、そうだよね。


 前世では当たり前だったものが、この世界では当たり前じゃない。


 だから、この世界の技術で新しく作る。


 その苦労を想像すると、ますます感動してしまう。


「見せてもらってもいいですか?」


「もちろんだ」


 ケリィさんが、魔工冷蔵庫の扉を開けた。


 ひんやりした空気が流れ出す。


「わあ!」


 カトレアが目を丸くした。


「冷たいね!」


「うん! 中の温度も調節できるんだって」


「すごい!」


 ……ああ。


 カトレアも楽しそう。


 それだけで、連れてきてよかったと思えるね。


 魔導コンロでは、実際に鍋の水を温めてもらった。


 火は出ていない。


 なのに、しばらくすると湯気が立ち始める。


「お父さん、お水があったかくなる!」


「うん。不思議だね!」


 ……いや、前世では似たものを使ってたんだけど。


 それでも、魔道回路で動いていると思うと、何だか新鮮だ。


 魔導レンジは加熱温度を変えられ、魔導ライトは明るさを調節できる。


 最後は送風機。


「熱玉を使えば温かい風、冷玉を使えば冷たい風を送れる」


 ケリィさんが説明する。


 職人さんが送風機のつまみを動かすと、柔らかい風が流れてきた。


「おおっ! 涼しい!」


 私は、思わず風の前へ手を伸ばした。


「風量も手動で調節できる。自動で室温に合わせるような仕組みは、まだないがな」


「いやいや。十分すごいですよ!」


 ……うん。


 これは、夏にはありがたいだろうなぁ。


 そして、壁の一角には失敗した試作品の記録が残されていた。


 冷えすぎた冷蔵庫。


 熱くなりすぎたコンロ。


 なかなか光らなかったライト。


 ……おお。


 これ、全部失敗の記録なの?


「捨てずに残しているんですね」


「同じ失敗を繰り返さないためだ。次に作る者が、どこでつまずいたか分かるようにな」


 …………。


 ……ああ。


 職人さんの仕事って、本当に地道なんだね。


「お父さん、失敗しても、また作ったの?」


「そうだよ。何度も作り直して、今のものになったんだって」


「……すごいね!」


 カトレアの言葉に、ケリィさんは少し照れくさそうに笑った。


 ……ふふ。


 何だか、いい時間だなぁ。


     ◇


 展示室を回ったあと、私たちは応接室でお茶をいただくことになった。


 カトレアは、用意された焼き菓子を前に、嬉しそうに椅子へ座る。


「お父さん、食べてもいい?」


「もちろん。ケリィさんにもお礼を言おうね」


「ありがとうございます!」


 ケリィさんが、少し照れくさそうに笑った。


 桜花は私の隣へ、エクレアたち三人も同じテーブルにつく。


 ……うん。


 せっかくの家族旅行なんだから、みんなにも休んでほしいよね。


「エクレア、アメリア、ノエル。見学はどうだった?」


「はい! とても勉強になりました!」


 ノエルが、嬉しそうに答える。


「私は冷蔵庫が気になります。お店でも役に立ちそうですから」


 エクレアがそう言うと、アメリアも頷いた。


「魔導コンロも便利ですね。厨房の仕事が、ずいぶん変わりそうです」


 ……おお。


 みんな、見るところが違うんだなぁ。


 そういえば。


「ケリィさん。これだけ便利な魔工製品なら、国外にも売ってるんですか?」


 私が尋ねると、ケリィさんの表情が少し曇った。


「いや、今は国内が中心だ。国外への販売は、まだほとんど進んでおらん」


「……あれ? そうなんですか?」


「ああ。欲しいと言ってくれる者は多い。だが、需要に対して供給が追いつかんのだ」


 ……ああ。


 昨日、ガルドバのお店でも同じことを聞いたなぁ。


「魔道回路を組むにも、部品を仕上げるにも、職人の手が必要だ。一つ作ることと、同じものを百作ることは、まったく違う」


「なるほど……」


「それに、新しい製品の研究も進めたい。だが、今ある品を作る仕事に人を回しすぎると、研究そのものが止まってしまう」


 ……うーん。


 それは困る。


 せっかく、この世界の職人さんたちが新しい技術を生み出したのに。


 欲しい人へ届ける数が足りないのか。


 カトレアが、私の顔を覗き込んだ。


「お父さん、どうしたの?」


「ちょっと考えごと。便利な魔工製品を、もっとたくさんの人に使ってもらえないかなって」


「いっぱい作ったらいいのに!」


 …………。


 ……そうだね!


 まさに、それが難しいんだけどね!


 でも。


 いっぱい作る。


 同じものを、何個も。


 ……あっ。


 待てよ。


 完成した製品の情報を覚えておいて、同じ種類と同じ量の材料から再現できれば……。


 ……おお。


 何だか、できそうな気がしてきた!


「……おや、リアリス様」


 桜花が、私を見て微笑んだ。


「何か、お考えでございますね」


「えっ、分かる?」


「はい。とても楽しそうなお顔をなさっております」


 …………。


 ……あっ。


 顔に出ちゃってた?


 私は、思わず笑った。


「ふふ。ちょっと思いついちゃった!」


「……リアリス殿?」


 ケリィさんが、首を傾げる。


「完成品を一つ見本にして、同じ材料から同じものを作れるようにしたら、便利ですよね?」


「……何?」


「私、ちょっと試してみたいことがあるんです」


 私は、頭の中で魔法の働きを思い浮かべた。


 完成品の構造を記録し、同種・同量の原材料から、同じ完成品を一つだけ作る。


 材料を必要とするのは、あえてだ。


 何もないところから無限に製品が出てきたら、資源を採る人も運ぶ人も、仕事がなくなっちゃうからね。


 ……うん。


 これならいい。


「《想像魔法》で、新しい魔法……《複製》を作成!」


『《想像魔法》にて《複製》が完成しました。』


 …………。


 ……おっ。


 できた!


 魔法の仕組みが、頭の中でぴたりと形になった。


 ……うん。


 分かりやすい名前だね。


「リアリス殿、いま何を……?」


「ふっふっふ。ケリィさん、少し広い工房を貸してもらえませんか?」


「……工房?」


「はい。ちょっと便利なものを作ってみようと思って!」


 ケリィさんは、私の顔をまじまじと見た。


 ……あれ。


 何だか不安そうだな。


「……分かった。わしの専用工房へ案内しよう」


「ありがとうございます!」


 ……よし。


 さあ、久しぶりに本格的なものづくりだ!


 桜花は、なぜか小さく笑っていた。


 ……あっ。


 もしかして、もう察してる?


     ◇


 ケリィさんの工房は、旧行政府の奥にある広い部屋だった。


 金属の工具が壁に並び、何枚もの図面が作業台に広げられている。


 ……おお。


 いいなぁ。


 こういう仕事場、好きだね。


「リアリス殿。何が必要だ?」


「場所を貸していただければ十分です!」


「……そうか」


 ……うん。


 まだちょっと不安そうだけど。


 大丈夫。


 そんなに危険なものは作らないからね!


「桜花。カトレアたちは、安全な場所で見ててもらっていい?」


「かしこまりました」


 桜花は、カトレアと三人のメイドを見学用の場所へ案内してくれた。


 ……うん。


 今日はカトレアも一緒だし、熱い炉や工具の近くには寄せないようにしよう。


 さて。


「《取り寄せ》!」


 私の目の前へ、操作用のタブレットが一台現れた。


 さらに、同じ大きさのコンテナを二つ取り寄せる。


 幅二メートル、奥行き二メートル、高さ一メートル。


 ……うん。


 これなら、家庭用の魔工製品ならかなり大きなものも入るね。


「……リアリス殿。その箱は?」


「今から使うんです!」


 ケリィさんが、コンテナをじっと見た。


 ……あれ?


 さっきより、さらに不安そう。


 いやいや。


 まだ、何もしてないよ?


 私は二つのコンテナを左右に並べた。


 右が、完成品の見本を登録し、原材料を入れる箱。


 左が、複製された完成品を受け取る箱。


 そして、二つを操作するタブレット。


 ……よし。


 基本の形はできた。


 今度は《複製》の魔法を装置へ組み込んでいく。


 右側のコンテナに完成品を一つ入れて、製品として登録する。


 このとき、見本は一つ消費する。


 製品の情報だけがタブレットに残る。


 登録できる種類は無制限。


 ……ただし、一回の操作で複製できるのは一つだけ。


 ……うん。


 便利だけど、万能すぎないくらいがいいよね。


 材料も、登録した完成品と同じ種類、同じ量を必要とする。


 足りない場合は作れない。


 余分なものや違う種類が入っていたら、動作しない。


 ……おお。


 だんだん形になってきたぞ!


「お父さん、何作ってるの?」


 カトレアが楽しそうに覗き込んでいた。


「ん? ちょっと便利なものかな。もう少しでできるよ!」


「楽しみ!」


 ……ふふ。


 カトレアも、何ができるのか気になってるみたい。


 私は、タブレットの画面を確かめた。


 『製品登録』


 『登録済み製品』


 『複製開始』


 ……うん。


 この三つがあれば、分かりやすそう。


 ただ、登録済み製品は文字だけより、画像もあった方がいいよね。


 製品の画像を押すと、必要な原材料の種類と量が表示されるようにしよう。


 ……よし。


 これで、あとは《複製》を付与して……。


 …………。


 ……あれ?


 このままだと、箱の扉が開いていても動いちゃうぞ。


「……あれ? これじゃダメか」


 私は、少し考えて手を動かした。


 複製中は扉を開けられない。


 扉が開いているときは動かない。


 材料が合っていないときも動かない。


 そして、操作する人自身に魔法を使う力がなくても動くように。


 ……うん。


 これで、問題ないかな。


「桜花殿、リアリス殿はいったい何を……」


 ケリィさんが桜花へ尋ねる声がした。


「リアリス様のことでございます。おそらく、とんでもないものかと」


 桜花は、微笑んでいた。


 ……いやいや。


 そんな言い方すると、ケリィさんが怖がっちゃうって!


 ……あっ。


 もう、怖がってる顔だ。


 大丈夫だよ、ケリィさん!


 私は、最後の仕上げに取りかかった。


 登録した情報を、複製の魔法へ渡す。


 同じ材料から完成品を再現する。


 左側のコンテナへ、安全に出す。


 ……よし!


「できたー!」


 私は思わず両手を広げた。


 ケリィさんが、少しおそるおそる近づいてくる。


「……リアリス殿。これは?」


 ……ふっふっふ。


 よくぞ、聞いてくれました!


「これはですね……」


 私は胸を張った。


「複製しちゃうよ君ヒャッハー1号です!」


 …………。


 …………。


 ……あれ?


 静かだな。


「……『複製しちゃうよ君ヒャッハー1号』……か?」


「はい!」


「……なぜ、ヒャッハーなのだ?」


 …………。


 ……そこ、聞いちゃう!?


「えっと、たくさん作れて嬉しい感じをですね……」


「……なるほど」


 ……いや。


 絶対に納得してない顔だよね!


 私は、もう一度装置を指さした。


「略して、複製君1号です!」


「……そちらは覚えやすいな」


「でしょう!」


 ……うん。


 良い名前だと思うんだけどなぁ。


 その隣で、桜花がそっと目を伏せた。


 ……えっ。


 どうして?


 名前がそんなに変かな?


 ……まあ、いいか!


「ケリィさん。魔工製品の完成品と、それに使う原材料を用意してもらえますか?」


「……完成品と、材料?」


「はい。ちょっと試してみたいので」


 ケリィさんは首を傾げながら、部下の職人さんへ声をかけた。


「……分かった。しばらく待っていてくれ」


「ありがとうございます!」


 ……よし。


 いよいよ実験だ!


     ◇


 しばらくして。


 ケリィさんが、部下とともに台車を押して戻ってきた。


 台車の上にあるのは、見覚えのある四角い箱。


 ……おっ!


 魔導レンジ!


「お待たせした。こちらが魔導レンジと、その製作に必要な原材料だ」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 昨日、宿で見たものが、こんなところで役立つとはね。


 私は、わくわくしながら右側のコンテナを開けた。


「それじゃあ、まずこの魔導レンジを右の箱へ入れてもらえますか?」


 部下の職人さんが、丁寧に箱を運び入れた。


「はい、ありがとうございます!」


 私は、タブレットを手に取った。


 画面には『製品登録』の文字がある。


「まずは、ここを押します」


 ぽん。


 『登録すると、完成品を一つ消費します』


 確認の文字が表示される。


「登録用の完成品は一つなくなりますけど、大丈夫ですか?」


 ケリィさんが、一瞬眉を寄せる。


「……なくなる?」


「はい。でも、ちょっとだけ見ててください!」


 私は、もう一度画面を押した。


 右側のコンテナが、かすかに光る。


 次の瞬間。


 中に入れた魔導レンジが、ふっと消えた。


「……なっ!?」


 ケリィさんと部下の声が重なった。


 ……あはは。


 驚くよね。


「ほら、ここを見てください!」


 私はタブレットを二人に向けた。


 そこには、魔導レンジの画像が表示されている。


「登録できました!」


「……あの箱が、この板の中に?」


「画像として記録されているんです」


 ……うん。


 ちゃんと表示されてるね。


「お父さん!」


 カトレアが、目を輝かせて覗き込んだ。


「ちっちゃい箱になっちゃった!」


「ふふ。そう見えるよね。でも、これは画像だよ」


「がぞう?」


「うん。どんな道具だったか、覚えておくための絵だね」


「おお!」


 ……ああ。


 分かってくれたみたい。


 桜花も、画面を興味深そうに見ていた。


「リアリス様。なるほど、完成品の記録でございますね」


「そうそう!」


 ……うん。


 ここまでは予定どおり。


「次は、持ってきてもらった原材料を、また右の箱へ入れてもらえますか?」


 部下が、返事をして材料を運び入れてくれた。


 金属や魔道回路の材料。


 魔導結晶に必要な素材。


 どれも、タブレットに表示された種類と量に一致している。


 ……おお。


 さすが、実際に作っている職人さんたちだね。


「よし! 今度は、カトレアにお願いしてもいいかな?」


「……私?」


「うん。簡単だから、やってみようか」


「やりたい!」


 ……おお。


 いい返事!


 私はタブレットをカトレアが触りやすい高さに持った。


 桜花とノエルもそばで見守る。


 箱の扉は閉まっているし、安全も確認済み。


「じゃあ、まずここにある魔導レンジの画像を押してみて」


「これ?」


「そう!」


 カトレアの小さな指が、画面へ触れた。


 ぽん。


 魔導レンジの画像が選ばれ、必要な材料の一覧が現れる。


「おっ。上手!」


「えへへ!」


「次は、ここ。『複製開始』って書いてあるでしょう?」


「うん!」


「じゃあ、押してみて!」


 カトレアが、少し緊張した顔になった。


 そして。


「……えいっ!」


 ぽん。


 ……おお。


 押した!


 タブレットの文字が切り替わる。


 『材料を確認中』


 続いて。


 『必要な材料が揃いました』


 右側のコンテナが、淡く光り始めた。


 中の原材料が、光の中で消えていく。


 左側のコンテナにも、同じように光が走った。


 ……うん。


 ちゃんと動いてる。


 さあ、どうなる?


 しばらくして、光がすっと消えた。


 画面に『複製完了』。


 私は左側の箱へ近づき、扉を開けた。


 そこには。


 先ほど消えてなくなった魔導レンジと、まったく同じ形のものが一台。


 ……おおお!


「成功だ!」


 私は思わず、両手を上げた。


「お父さん、できたの!?」


「うん! カトレアがボタンを押して、魔導レンジができたんだよ!」


「……私が!?」


「そう!」


 カトレアは、目をまん丸にしたあと、ぱっと笑顔になった。


「やったぁ!」


 ……ああ。


 いい笑顔だね!


 私は、思わず頭を撫でた。


 そして、ちらりとケリィさんの方を見る。


 …………。


 ……あれ?


 ケリィさんと部下が、固まってる。


 ……もしもーし?


 大丈夫ですかー?


     ◇



「……リアリス殿」


 少しして、ケリィさんがようやく口を開いた。


「これは、いったい……?」


 ……ふっふっふ。


 聞いてくれましたか!


 私は、思い切り胸を張った。


「これは、登録した製品を、同じ材料から複製しちゃう装置なのです!」


 ……どやぁ!


 …………。


 ……あれ?


 あまり反応がない?


 ケリィさんは、ゆっくりと新しい魔導レンジへ手を伸ばした。


 表面の模様を確かめ、扉を開け、内部を覗き込む。


 ……おお。


 完全に職人さんの顔になった。


 部下の人も、細かな部品を調べている。


「……形が、同じだ」


「回路も……」


 ……うん。


 そうなんです!


 ケリィさんが操作すると、小さな音が鳴った。


 ……ぴっ。


 ……うぃぃん。


 昨日、宿で聞いたのと同じ音。


「……動く」


 ケリィさんが、ぽつりと呟いた。


「まったく同じように、動くぞ……!」


 ……ああ。


 よかった!


 私は、嬉しくなって笑った。


「これなら、職人さんたちが製造にかける時間を減らせるでしょう? その分、新しい魔工製品を考えることもできますよね!」


 そのとき。


「リアリス様」


 桜花が、静かに私の隣へ来た。


「……やりすぎでございます」


 …………。


 ……えっ!?


 桜花!?


「完成品を登録し、同じ材料を入れるだけで再現できるのでございます。皆様がどれほど驚かれるか、お考えでしたか?」


 ……あっ。


 そこ?


「い、いや。便利だと思って……」


「便利すぎるのでございます」


 …………。


 ……はい。


 すみません。


 ……あれ?


 私、また怒られてる?


 カトレアは、私と桜花を交互に見ながら小さく笑っている。


 ……うん。


 何だか、いつもの光景になってきた気がするね。


 そこへ。


「……素晴らしい!」


 ケリィさんが、突然声を上げた。


 …………。


 ……おっ?


「これは……素晴らしい!! 素晴らしいぞ、リアリス殿!!」


 ……おおお!


 今度はものすごい勢いだ!


 ケリィさんは、左の箱を覗き、右の箱を覗き、タブレットを何度も確かめている。


「まさか、魔道回路の組み立てまで、同じように再現できるとは! これは……!」


 目が、きらきらしてる。


 ……ああ。


 作ってよかった!


「これを研究すれば、さらに新しい技術が……!」


 ケリィさんが、はっと顔を上げた。


「リアリス殿! この装置の中身を調べてもよいか!?」


 ……あっ。


 やっぱり、そこへ行くよね。


「先に言っておきますけど、これは私の《複製》という魔法ありきなので、ケリィさんたちだけで同じ装置を作るのは無理だと思いますよ」


 …………。


 ケリィさんの顔から、さっと笑みが消えた。


「……えっ?」


 ……ああ。


 寂しそうな顔。


 そうだよね。


 職人さんだもんね。


 作れるなら作ってみたいよね。


「でも、魔工製品自体はこれからも研究してくださいね。私は、それをたくさん作るお手伝いをしたいだけなので」


「……そうか」


 ケリィさんが、少しだけ肩を落とした。


 ……うーん。


 何だか、かわいそうになってきた。


 私は、少し考えたあとで笑った。


「まあまあ。それなら、これをあと十台作ってあげますよ!」


 …………。


 ケリィさんが、ものすごい勢いで顔を上げた。


「……何!?」


「十台です。最初の一台と合わせて、全部で十一台!」


 ……うん。


 これだけあれば、いろいろ作れるよね。


 ケリィさんの目が、また輝き始めた。


 ……おお。


 分かりやすいなぁ!


「……本当に、よいのか!?」


「もちろん!」


 私は笑って頷いた。


「ただ、その前に、一つだけ大切なお話があります。応接室へ戻りましょうか」


 ケリィさんが、少しだけ真顔になった。


「……分かった」


 ……うん。


 ここからは、ちゃんと決めておかないとね。


     ◇


 私たちは、ケリィさんの部下も一緒に応接室へ戻った。


 カトレアはエクレアたちとお茶を飲んでいる。


 桜花は、いつものように私の隣へ座った。


 ……うん。


 さっきの工房より、落ち着いて話せそうだね。


「ケリィさん。複製君1号について、一つお願いがあります」


「……何だ?」


「この装置の存在は、完全に秘密にしてください」


 ケリィさんの顔が、ぴんと引き締まった。


「……装置を、秘密に?」


「はい。魔工製品を売るのはいいんです。でも、こんな装置があるって広まったら、きっと欲しがる人が大勢出てきます」


 ……うん。


 そこは、想像できちゃう。


 便利な道具があると聞けば、欲しくなる。


 しかも、何種類でも登録できる。


 これは、ちょっと特別すぎる。


「秘密が漏れて、誰かが勝手に持ち出そうとしたり、危ないことに使おうとしたりしたら困るんです」


 ケリィさんは、ゆっくり頷いた。


「……確かにな」


「だから、扱う人は研究所で決めてください。関係する部署にも、秘密を守るように伝えてほしいです」


「承知した」


 私は、そこで少し声を落とした。


「それと、もし秘密が外へ漏れて危険なことになりそうなら、装置は全部回収します。そこだけは、約束してください」


 …………。


 ケリィさんの背筋が、すっと伸びた。


「……全部、か?」


「はい。もちろん、何かあればまず相談します。でも、こんな特別な道具ですから、安全を守れなくなったときは私が責任を持って引き上げます」


 ケリィさんが、短く息を呑んだ。


 ……あっ。


 少し怖がらせちゃったかな。


 でも。


 これは、ちゃんと話しておきたい。


 職人さんたちの努力で作った魔工製品が、危ない争いの原因になるのは嫌だからね。


 ケリィさんは、しばらく考えてから深く頷いた。


「……分かった。わしが責任を持つ。職人たちにも徹底させよう」


 部下も、真剣な顔で頭を下げた。


「全員に通達いたします。情報が外へ漏れないよう、取り扱う者も限定します」


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 これで安心だ。


 秘密にするのは装置。


 世の中へ広めるのは、ドワーフの職人さんたちが作った魔工製品。


 そこは、ちゃんと区別したいよね。


「これで、いずれ国外にも輸出できますね!」


 私がそう言うと、ケリィさんは少し汗を拭った。


「……善処しよう。まずは、国内の需要に応えるところからだな」


「もちろん! 無理のない範囲でお願いします!」


 ……ああ。


 楽しみだなぁ。


 いつか、いろいろな国で魔工製品が普通に使われるようになったら、素敵だよね。


 でも、今日はここまで。


 まずは、約束した十台を作らないと!


     ◇


 装置を追加する前に、私は簡単な説明書を作った。


 ……よし。


 こういうところは、前世の仕事の経験が役立つね。


 まず、完成品を右の箱へ入れて『製品登録』。


 見本を一つ消費して、製品情報を保存する。


 次に、タブレットで登録済みの製品画像を選ぶ。


 必要な原材料の種類と量が表示される。


 同種同量の材料を右の箱へ入れ、『複製開始』を押す。


 そうすると、左の箱へ製品が一つできる。


 ……うん。


 分かりやすいかな。


 大切なところは、注意書きも付けておこう。


 『見本として登録した完成品は消費されます』


 『材料が足りない場合や、種類・量が一致しない場合は動作しません』


 『一回の複製で作れるのは、一製品だけです』


 ……よし。


 これなら大丈夫そう。


「ケリィさん。登録できる製品の種類には上限がありません。ただし、登録するたびに完成品を一つ使うので、誰が何を登録するかは、研究所で管理してくださいね」


「承知した。大切な試作品を勝手に登録する者が出ては困るからな」


「そうなんです!」


 ……おお。


 話が早い。


 私は、部下の職人さんへも操作を説明した。


 見本の登録。


 材料の確認。


 複製の開始。


 そして、出来上がった製品の動作確認。


 ……うん。


 そんなに難しくないよね。


 それでも、さっきカトレアが一人で画面を操作した場面は、いい実演になったと思う。


 ……ああ。


 あのときの笑顔、思い出すなぁ。


「さて、残りの十台を作りましょうか!」


 ケリィさんの顔が、ぱっと明るくなった。


「頼む、リアリス殿!」


 ……うん。


 ものすごく元気になったね!


 旧行政府だった研究所には、今は使われていない広い部屋も残っていた。


 ケリィさんと職人さんたちが、材料を運ぶ通路や作業のしやすさを考えて配置を決めていく。


「ここには二台置けるな」


「こちらの部屋にも三台入りそうです」


 ……おお。


 手際がいい。


 私はそれぞれの場所へ、先ほどと同じコンテナとタブレットを《取り寄せ》し、一台ずつ《複製》を組み込んでいった。


 ……うん。


 一台目で仕組みを決めたから、今度は迷わないね。


 もっとも、大きな箱を何組も並べるから、場所の確認は欠かせない。


 作り始めたのに邪魔になる、なんてことにはしたくないもんね。


 桜花とカトレア、メイド三人は、途中で見学したり休憩室でお茶を飲んだりして過ごしてもらった。


 ……ああ。


 旅行なのに、ずいぶん待たせちゃったな。


 あとで、ちゃんとおいしいものを食べに行こう。


「……よし! 最後の一台、完成!」


 私は、タブレットの画面を確かめた。


 ……うん。


 ちゃんと動く。


 安全機能も問題なし。


「ケリィさん。数を確認しましょう」


「……一、二、三……」


 最初の一台。


 追加の十台。


 合計、十一台!


 ……おお。


 結構な数だなぁ。


 研究所の部屋に大きなコンテナがいくつも並んでいる光景は、ちょっと壮観だ。


 ケリィさんも、じっと装置を見つめていた。


「……まさか、こんなものを十一台も……」


「ふふ。大切に使ってくださいね」


「もちろんだ。約束しよう」


 私は、説明書も十一部用意して、各装置のそばに置いた。


「それと、この装置自体は私の魔法でしか作れません。分解しても同じものは再現できませんから、その点だけは気をつけてください」


「……承知した。新しい製品は、わしら自身の技術で作っていこう」


「それが一番です!」


 ……うん。


 装置は、あくまで量産のお手伝い。


 新しい魔工製品を発明するのは、ケリィさんたちだ。


 私は、これからもその新製品を見せてもらいたい。


「リアリス殿」


 ケリィさんが、少しだけ胸を張った。


「次は、リアリス殿が驚くようなものを作ってみせよう」


「……おお! それは楽しみ!」


 ……いいね!


 そういう話、大好きだ!


 こうして、研究所へのお手伝いは無事に終わった。


 …………。


 ……あっ。


 そういえば。


 私は、今日は観光に来たんだった。


 ……あはは。


 完全に忘れてた!


     ◇


 研究所の外へ出た頃には、もう昼を過ぎていた。


 ……あれ?


 いつの間に、こんな時間に?


「お父さーん!」


 カトレアが嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お腹、空いた!」


「……あっ!」


 ……そうだった!


 今日は、みんなで観光に来たんだよ!


「ごめんごめん! すぐ食べに行こう!」


「うん!」


 桜花が、穏やかに微笑む。


「リアリス様。近くに食堂があるようでございます」


「おっ。いいね!」


 エクレアたち三人も、嬉しそうに頷いた。


「カトレア様のお着替えやお荷物は、こちらで確認できております」


 アメリアの言葉に、私は頭を下げた。


「ありがとう。助かるよ」


「いえ。私たちも楽しく見学させていただきましたので」


 ……ああ。


 よかった。


 せっかく同行してもらっているのに、私の道具作りばかりで一日が終わったら申し訳ないからね。


 ケリィさんも、入口まで見送りに来てくれた。


「リアリス殿。本当に感謝している」


「いえいえ。こちらこそ、すごいものを見せてもらえて楽しかったです!」


「これからも、わしらの技術を磨いていく。また新しいものができたら見せよう」


「ぜひ! 楽しみにしています!」


 ……うん。


 次に来たときには、もっと驚く道具があるかもしれない。


 そう考えたら、わくわくしてきちゃった。


 ただし。


 今日は、もう新しい装置は作らないぞ!


 ……たぶん!


 食堂では、バルドバらしい料理をいただくことになった。


 焼いた肉。


 野菜の煮込み。


 それから、少し硬めのパン。


 ……おお。


 昨日のガルドバとは、また違う味だね。


「お父さん、これおいしい!」


「うん! こっちの煮込みもおいしいよ」


 カトレアが、嬉しそうに一口食べる。


 桜花も、いつものように私の隣で食事をしている。


 エクレア、アメリア、ノエルも、同じテーブルだ。


 ……うん。


 こうして、みんなで食べるのが一番いいね。


「リアリス様。先ほどの装置は、これから各国でも使われるのでしょうか?」


 エクレアが尋ねた。


「どうだろう。装置自体は研究所に置いておくつもりだよ。作られた魔工製品が、各国へ届くようになるんじゃないかな」


「それは、楽しみですね」


「うん。私も楽しみ!」


 アメリアも頷いた。


「こうした道具が増えれば、仕事のやり方も変わりそうです」


「そうだね。でも、みんなが無理なく使えるようにするのが先かな」


 ノエルは、少し考えてから言った。


「魔導ライトがあれば、夜に本を読みたい子にも便利かもしれませんね」


 ……おお。


 学校の子たちのことまで考えてる。


「そうだね! 勉強する場所が明るくなるのは、いいことだと思うよ」


 ……うん。


 こうやって、使い道がどんどん広がるんだね。


 何だか、楽しいなぁ。


 食事のあと、私たちはバルドバの町を少し歩いた。


 ガルドバとは違う通り。


 金属加工の小さな工房。


 職人さんが作った飾りを並べる店。


 ……ああ。


 同じシギラ国でも、町ごとに雰囲気が違うんだね。


「お父さん、あれ!」


 カトレアが、窓辺に飾られた小さな花を見つけた。


「おっ。かわいいね」


「昨日のお花と、ちがう!」


「よく見てるねぇ」


 ノエルが、さっそく花の名前を店の人に尋ねてくれた。


 アメリアは、カトレアの記録帳を開くお手伝い。


 エクレアは、隣のお店で焼き菓子を見つけている。


 ……ふふ。


 みんな、それぞれ楽しんでる。


 こういう時間も、大事だね。


「お父さん、また来ようね!」


「うん。また来よう!」


 カトレアが、元気よく頷いた。


 ……ああ。


 今度は、もっとゆっくり観光してもいいかもしれない。


 でも。


 今日みたいに、予定していない発見があるのも、旅行の面白さだよね。


 私は、桜花を見た。


「桜花、楽しかった?」


「はい。たいへん有意義な一日でございました」


「そうだね!」


 ……いや。


 『有意義』の内容が、想像していたものと違いすぎた気もするけど。


 まあ、いっか。


     ◇


 夕方、私たちは《転移》でシルク王国邸へ帰ってきた。


「ただいまー!」


「おかえりなさい、リアリスちゃん」


 巴さんが、いつもの笑顔で迎えてくれる。


「お土産、買ってきたよ!」


「まあ、ありがとう」


 私は、袋の中から焼き菓子を取り出した。


 それから、カトレアが大切そうに抱えていた小さな花の鉢植え。


「これ、お庭に植えるの!」


「ふふ。可愛いお花ね。あとで一緒に場所を考えましょうね」


「うん!」


 ……ああ。


 平和だ。


 エクレアたちも、巴さんへ旅行の報告をしていた。


「魔工製品の研究所を見学させていただきました!」


「とても勉強になりました」


「お店もたくさん見られて、楽しかったです!」


 巴さんは、一人ずつ嬉しそうに頷いた。


「よかったわ。みんな、お疲れさま」


 ……うん。


 同行してもらってよかったね。


 ただし。


「リアリスちゃん」


 巴さんが、にこりと笑った。


「観光へ行ったのに、ずいぶん大きな仕事もしてきたみたいね?」


 …………。


 ……あれ?


 もう知ってるの?


「えっと……ケリィさんたちが大変そうだったので、少しお手伝いを……」


「ふふ。そうなのね」


 ……ああ。


 絶対、その『少し』を疑ってる顔だ。


 私は、何となく目をそらした。


 ……いや。


 悪いことはしてないよ?


 たぶん!


 その夜、私はセバスと巴さんへ研究所でのことを話した。


「……全部で十一台、でございますか」


 セバスが、静かに頷いた。


「はい。最初に一台作って、追加で十台。ケリィさんたちの研究所に置いてきました」


「それは、大きなお手伝いでしたね」


 巴さんが、楽しそうに笑う。


「うん。ケリィさん、すごく喜んでくれたよ!」


「旦那様。装置の管理についても、お話しされましたか?」


「うん。研究所で責任を持って管理してもらうことになった。装置自体は秘密にして、万一危険なことになったら回収する約束もしたよ」


「それなら、よろしいかと存じます」


 ……ああ。


 よかった。


 セバスも、そこは納得してくれたみたい。


「ただ、便利になれば、注文が増える可能性もございます」


「……あっ」


 ……そうだよね。


 作れるようになったら、欲しい人も増える。


 その分、材料の手配や運搬も忙しくなるだろう。


 でも、そこはケリィさんたちが考えてくれるはずだ。


「私が全部管理するわけにはいかないし、今回は研究所に任せるよ」


「かしこまりました、旦那様」


 ……うん。


 そうだよね。


 何でもかんでも私がやっていたら、のんびり生活どころじゃなくなっちゃう。


 巴さんがお茶を差し出してくれた。


「それにしても、リアリスちゃん。観光に出るたびに、何か新しいことを始めていない?」


 …………。


 ……あっ。


 言われてみれば。


 ……いや!


 今回は、たまたまだよ!


 ……たぶん。


 私は、熱いお茶を一口飲んで、そっと話題を変えることにした。


 それから少しずつ、シギラ国の魔工製品の評判が広がっていった。


 まずは宿や商店。


 それから、商人たちの間。


 ほかの国でも、便利な道具として名前を聞く機会が増えたらしい。


 ……おお。


 ケリィさんたち、頑張ってるんだね。


 最初は国内の宿や商店が中心だったそうだが、研究所の製造が軌道に乗ると、やがて国外からの注文にも少しずつ応えられるようになったらしい。


 もっと先には、あちこちの大陸で魔工製品を見かけるようになるのかもしれない。


 もちろん、材料がなくても無限に作れるわけじゃない。


 採掘や加工、運搬の仕事は、これまでどおり必要だ。


 それでも、完成したものを何度も手作業で組み立てる時間は減った。


 その分、新しい製品の研究へ時間を使えるようになったそうだ。


 ……ああ。


 よかった。


 ある日、桜花がシギラ国から届いた連絡を伝えてくれた。


「リアリス様。ケリィ様より、複製君1号の稼働が順調とのご報告でございます」


「おっ! それはよかった!」


「また、ミゲイル様からも、お礼の言葉が届いております」


 ……あっ。


 ミゲイルさんにも伝わったんだね。


 そりゃそうか。


 国にとっても大きな話だもんね。


「なんて言ってた?」


「『リアリス殿のお力添えに感謝いたします。職人たちも、より一層研究に励んでおります』とのことでございます」


 ……ああ。


 ミゲイルさんらしい、丁寧な言葉だ。


「こちらこそ、楽しいものを見せてもらってありがとうございました、って返しておいて」


「かしこまりました」


 ……うん。


 職人さんたちが、これからも新しいものを作ってくれる。


 それが、一番嬉しいよ。


 私は、窓の向こうへ目を向けた。


 庭ではカトレアが、シギラ国で買った花を眺めている。


 そばには桜花と、今日のお世話係のメイドがいた。


 ……ああ。


 いつもの日常だ。


 ふと、前世のことを思い出した。


 冷たいものを冷たく保存できる。


 火を使わずに料理を温められる。


 夜でも明かりがつく。


 暑いときには風を送れる。


 昔の私には、どれも当たり前だった。


 でも、この世界では、新しい発明なんだね。


 しかも、それを考えたのは私じゃない。


 ケリィさんたちだ。


 私は、少しお手伝いしただけ。


 ……いや。


 巨大な装置を十一台作ったのを『少し』って言っていいのかは、微妙だけど!


「リアリス様」


 桜花が、静かに私の隣へ立った。


「よい結果となったようでございますね」


「うん! 本当によかった!」


 こういう変化なら、歓迎したい。


 誰かが考えて、苦労して作って、便利になっていく。


 ……ああ。


 いいことだね。


 でも。


 私自身の望みは、昔から変わらない。


 家族と一緒に、おいしいものを食べて。


 好きなときに出かけて。


 のんびり暮らす。


 ……それだけなんだよね。


 …………。


 なのに。


 どうして私、観光に行くたびに何か作ってるんだろう?


 ……不思議だなぁ。


「お父さーん!」


 庭から、カトレアが駆け寄ってきた。


「ん?」


「今日は何して遊ぶ?」


 …………。


 ……おお。


 いい質問!


「そうだなぁ。お花を見に行くのもいいし、お菓子を食べるのもいいね」


「じゃあ、どっちも!」


「ふふ。欲張りだね!」


 カトレアが、にっこり笑った。


 ……ああ。


 結局、こういう時間が一番好きだなぁ。


 私は、カトレアの手を取った。


「じゃあ、まずはお庭へ行こうか」


「うん!」


 桜花も、その後ろについてくる。


 廊下の向こうでは、巴さんが夕食の支度を始めていた。


 メイドたちの楽しそうな声も聞こえる。


 ……うん。


 今日も、平和だね。


 ……ただし。


 シギラ国の方では、私が作った『複製君1号』が、今もせっせと働いているらしい。


 便利な魔工製品が増えれば、この世界の暮らしも少しずつ変わっていくのだろう。


 ……あれ。


 これって、もしかして。


 産業革命、だったりする?


 …………。


 ……まさかね!


 私は笑って、カトレアの手を握り直した。


 ――革命よりも、今日のおやつ。


 ……うん。


 我ながら、いい判断だと思う。

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