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第1話:ドワーフ国の新製品

 温泉旅行から、しばらく経った。


 王国を襲った魔獣の大群も、今となってはずいぶん前のことのように思える。


 もちろん、なくなったものが元に戻るわけじゃないし、まだ生活を立て直している人もいる。


 それでも、王都には少しずつ普段の賑わいが戻ってきた。


 そして。


「リアリス様、おはようございます!」


「おはようございます。今日もいいお天気ですね!」


「……あっ。おはようございます!」


 ……うん。


 私の方も、相変わらずだ。


 街を歩くたびに声をかけてもらう。


 初めの頃は、そのたびに肩が跳ねていたけれど、最近は何とか普通に返事ができるようになってきた。


 ……なってきた、と思いたい。


「リアリス様! 今日はどちらへ?」


「えーっと、ちょっとパンを買いに……」


「それでしたら、焼きたてを包んで差し上げます!」


「あっ、ありがとうございます!」


 ……ああ。


 ただパンを買いに来ただけなのに。


 でも、焼きたてのパンはおいしそうだ。


 そこは素直に嬉しい。


 私は紙袋を受け取り、店を出た。


 ……よし。


 今日の用事、完了!


 ……いや。


 買い物一つ終わっただけで、こんなに達成感を覚える日が来るなんてね。


 王国の英雄。


 その呼び方には、まだ少し慣れない。


 私は今でも、できるだけ静かに暮らしたいだけなんだけどなぁ。


 ……まあ。


 あの大騒ぎのあとで、名前を覚えられない方がおかしいか。


 自分でやったことだしね。


 ……うん。


 自業自得だなぁ。


 屋敷へ戻ると、庭からカトレアの声が聞こえてきた。


「お父さーん!」


「ただいま!」


 振り向くと、カトレアが小走りでやってくる。


 その後ろには、楓が静かについてきていた。


「パン、買ってきたの?」


「うん。焼きたてだよ!」


「わあ!」


 カトレアが嬉しそうに袋を覗き込む。


 ……ふふ。


 いい匂いだもんね。


「お昼にみんなで食べようね」


「うん!」


 カトレアは頷いたあと、ふと思い出したように私の袖を引いた。


「ねえ、お父さん」


「ん?」


「また、どこか行きたいな」


 ……おっ。


 旅行の話?


「この間の湖、楽しかった?」


「うん! でもね、温泉も楽しかったし、海も楽しかった!」


 ……ああ。


 いっぱい思い出ができたもんね。


 私も、どれも楽しかった。


「今度は、どんなところに行きたい?」


 そう尋ねると、カトレアは真剣な顔で考え始めた。


「……お花があるところ!」


 …………。


 ……なるほど!


 ぶれないね、うちの娘!


「それと、お菓子があるところ!」


「ふふ。おいしいものも大事だね」


 カトレアが元気に頷く。


 その横で、楓も小さく頷いた。


「楓も、行きたい?」


「……うん」


「そっか。また、みんなでも行こうね」


 楓の口元が、ほんの少し緩んだ。


 ……ああ。


 こういう時間、好きだなぁ。


 そういえば、最近は王国の中ばかり歩いていた。


 ほかの国の様子も、久しぶりに見に行ってみたい。


 ……おっ。


 そう考えたら、行きたい場所が浮かんできたぞ。


「カトレア。シギラ国はどうかな?」


「シギラ?」


「うん。前にドワーフの人たちの結婚式を見に行った国だよ」


「あっ! ミゲイルさんとイリーナさんの!」


「そうそう!」


 カトレアの目が、ぱっと輝いた。


 ……覚えてたんだね。


「温泉に行ったときも、シギラ国だったでしょ? 今度は町をゆっくり見て回ろうかなって」


「お店、いっぱいある?」


「あると思うよ。ドワーフの職人さんたちが作るものも、いろいろ見られるかもしれないね」


「行きたい!」


 ……うん。


 決まり!


 私は、さっそく桜花と巴さんに相談することにした。


     ◇


「シギラ国へのご旅行でございますか」


 桜花が、いつものように私の隣で頷いた。


「うん。今度は観光だけ。冒険者の依頼もないし、のんびりお店を見ようかなって」


「よろしいかと存じます」


「カトレアも、一緒でいい?」


「はい。町の治安と滞在先を確認いたしましょう」


 ……うん。


 さすが桜花。


 楽しいことだけじゃなくて、ちゃんと考えてくれる。


 私は巴さんにも予定を伝えた。


「まあ、シギラ国へ?」


「はい。今回はカトレアも一緒に、一泊くらいで行こうかなと」


「ふふ。いいわねぇ」


 巴さんが、にこりと笑った。


「それなら、メイドを三人ほど連れていってあげてくれる?」


「あっ、もちろん!」


 ……そうだった。


 温泉旅行のあとで決めた、あの約束。


 カトレアが安心して出かけられる場所なら、メイドたちにもお世話係として同行してもらう。


 日帰りのお散歩や買い物なら一人。


 お泊まりなら、三人くらい。


 もちろん、お仕事の都合を調整してからだ。


「今回は、みんなにも観光してもらいたいな」


「ええ。そう伝えておくわ」


 巴さんの笑顔が、ほんの少しだけ楽しそうに見えた。


 ……ん?


 何だろう。


 何か、思い当たることでもあるのかな?


 ……まあ、いっか。


 その日の夕方。


 屋敷の廊下を歩いていると、奥の方から何やら声が聞こえてきた。


「……せーのっ!」


「……あっ!」


「やりました!」


 …………。


 ……おお?


 ずいぶん盛り上がってるね。


 私は、思わず足を止めた。


 声がするのは、メイドたちが集まる部屋の方だ。


 ……ああ。


 そういうことかな。


 この前の温泉旅行以来、何となく気づいていたんだよね。


 私が外出の予定を立てると、ときどき屋敷のどこかが妙ににぎやかになる。


 おそらく、同行する子を何かの勝負で決めているんだろう。


 ……何で決めてるかまでは知らないけど。


 でも。


 楽しそうだし、別にいいよね。


 そこで私が顔を出したら、かえって気を遣わせちゃうかもしれない。


 ……うん。


 そっとしておこう。


「リアリス様?」


 後ろから桜花に声をかけられた。


「あっ、桜花。ちょっと、みんな楽しそうだなって」


 桜花は、一瞬だけ部屋の方へ目を向けた。


「……左様でございますね」


「うん。いいことだよね」


「はい」


 …………。


 ……あれ?


 今、桜花が少しだけ笑ったような。


 まあ、いいか。


 誰だって、楽しみは必要だ。


 私だって新しいお出かけの予定があるだけで、ちょっと嬉しいんだからね。


 翌朝。


 出発の準備を終えると、玄関には三人のメイドが並んでいた。


「リアリス様、本日はよろしくお願いいたします!」


「こちらこそ、よろしくね!」


 今日同行してくれるのは、エクレア、アメリア、ノエルの三人だ。


 エクレアは王国邸で働いている子。


 アメリアとノエルは、最近の勤務先ローテーションで王国邸へ来ている。


 ……うん。


 みんな、お出かけ用の服が似合ってるね。


「エクレア、アメリア、ノエル。今回は危ないところに行かないし、のんびりしてね」


「はい!」


 三人が揃って答えた。


 ……おお。


 見事に息ぴったり。


「荷物のお手伝いはさせていただきますが、観光も楽しませていただきます」


 アメリアが、落ち着いた声で言った。


「それがいいよ!」


 ノエルは、少し緊張しているようだった。


 でも、頬は嬉しそうに緩んでいる。


 ……ふふ。


 楽しみにしてくれてたんだね。


「お父さん!」


 カトレアが、玄関から顔を出した。


「準備できたよ!」


「よーし! じゃあ、行こうか!」


 桜花も、荷物を確認して頷く。


「リアリス様。こちらも問題ございません」


 ……うん。


 あとは。


「モフ太、行ってくるね!」


 カトレアが庭の方へ手を振った。


 小さな熊が、丁寧に頭を下げる。


「お気をつけて、カトレア。ご主人様、桜花様も、どうぞ良いご旅行を」


「ありがとう。お土産、買ってくるよ!」


 ……ああ。


 モフ太、ちょっと寂しそう。


 でも、知らない国の町に魔獣を連れていくのは、今はやめておこう。


 帰ったら、いっぱい遊んであげようね。


 私は、みんなの顔を見回した。


「それじゃあ、《転移》!」


 次の瞬間。


 見慣れた王国邸の景色が、ふっと消えた。


     ◇


「わあ……!」


 カトレアの声が、明るく響いた。


 目の前に広がっているのは、シギラ国の都、ガルドバ。


 低くて頑丈そうな石造りの建物が並び、通りには大きな荷車が行き交っている。


 遠くから、金属を打つ音が聞こえてきた。


 ……おお。


 やっぱり、ドワーフの国って感じがするなぁ。


 前に来たときは、王宮で話をすることが多かった。


 こうして普通の通りを歩くのは、案外久しぶりかもしれない。


「お父さん、あれ!」


 カトレアが、通りの向こうを指さした。


 小さな店先で、職人らしい男性が金属の板を叩いている。


 金槌が振り下ろされるたびに、澄んだ音が響いた。


「あれは、何を作ってるんだろうね?」


「見に行ってもいい?」


「もちろん。お仕事の邪魔にならないようにね」


「うん!」


 ……うん。


 最初の観光先、決定!


 桜花は私の隣へ並び、メイドたちはカトレアの歩く速さに合わせてついてくる。


 ……ああ。


 いつものお出かけと、ちょっと違うね。


 家族が多いと、こんなふうに一緒に町を歩くだけでも楽しい。


 それに、シギラ国の人たちは少し小柄だから、カトレアの目線に近いものも多い。


 お店の飾りや、窓辺に置かれた小さな鉢植え。


 見ていると、カトレアがあちこちに興味を持つ理由が分かる。


 ……うん。


 今日は、急がずに行こう。


「いらっしゃい! 何をお探しだい?」


 職人の男性が、作業の手を止めて声をかけてくれた。


「あ、見学させてもらってもいいですか?」


「もちろん。まだ出来上がっちゃいないけどな」


 作業台には、細かな模様のついた金属の箱が置かれていた。


 ……へえ。


 何だか、宝石箱みたいだ。


「これは?」


「小物入れさ。蓋の留め具を作ってるところでね」


「わあ、きれい!」


 カトレアが、身を乗り出した。


 職人さんは嬉しそうに笑い、作りかけの蓋を少し持ち上げて見せてくれた。


「ほら、ここを押すと開くようにするんだ」


「おお!」


 小さな留め具が、かちりと動く。


 ……ああ。


 こういう仕組み、好きだなぁ。


 複雑な魔法なんて使わなくても、工夫一つで便利になる。


 前世でも、こういうものを見るのは楽しかった。


「すごいですね。これ、全部手作業ですか?」


「そうとも。少しずつ合わせていくんだよ」


 ……おお。


 職人さん、誇らしそうだ。


 桜花が、じっと作業台を見ていた。


「細部まで、たいへん精巧でございますね」


「おっ、分かるかい!」


 職人さんが、さらに嬉しそうに笑う。


 ……うん。


 褒められると嬉しいよね。


「完成したものも、見せていただけますか?」


「もちろん!」


 棚から出てきたのは、小さな花の模様が刻まれた小物入れだった。


 カトレアの目が、ぴかっと輝く。


 ……あっ。


 これ、絶対欲しいやつだ。


「カトレア。気に入った?」


「うん! お花がついてる!」


「じゃあ、お土産に一つ買おうか」


「やったぁ!」


 ……ああ。


 まだ着いたばかりなのに、もうお土産が増えた。


 まあ、今日の目的は観光だし。


 これも楽しみの一つだよね。


 お店を出ると、アメリアが小物入れを丁寧に包んでくれた。


「カトレア様。お部屋へ戻られるまで、こちらでお預かりいたしますね」


「ありがとう!」


 ノエルは、その隣で買ったものの数を確認している。


 エクレアは、次に歩く通りを宿の案内図で調べていた。


 ……おお。


 頼もしい。


 でも、今日はお仕事ばかりさせないようにしないとね。


「みんなも、気になるお店があったら言ってね」


「ありがとうございます!」


「遠慮しなくていいからね」


 そう言うと、エクレアが小さく手を上げた。


「でしたら、向こうにある焼き菓子のお店を少し見てもよろしいでしょうか?」


「もちろん!」


 ……ふふ。


 やっぱり、お菓子って魅力的だよね。


 店先には、丸くて香ばしそうな焼き菓子が並んでいた。


 甘い香りが、通りへふわりと流れてくる。


「いい匂い!」


 カトレアが、さっそく反応した。


 ……あはは。


 予想どおりだ。


 私はみんなに好きなものを選んでもらった。


 ノエルは、少し迷ってから果物入りのものを一つ。


 アメリアは、木の実を使ったもの。


 エクレアは、表面に砂糖がかかったものを選んだ。


 ……へえ。


 三人とも好みが違うんだなぁ。


「リアリス様、よろしいのでしょうか。私たちまで……」


 ノエルが、少し遠慮がちに言う。


「いいんだよ。今日はみんなで楽しむ日なんだから!」


 ノエルの顔が、ぱっと明るくなった。


 ……ああ。


 そんなに喜んでもらえるなら、こっちまで嬉しくなるね。


 通りを歩きながら、私は焼き菓子をひと口食べた。


 ……おお。


 外はさくさく、中はしっとり。


 想像していたより、ずっとおいしい。


「桜花、これおいしいよ」


「はい。私もいただいております」


 桜花は、小さく微笑んだ。


 ……あれ?


 そういえば、桜花がこういうお菓子を食べているところって、何だか久しぶりかも。


「桜花は、どれを選んだの?」


「こちらでございます」


 差し出されたのは、薄い色の小さな焼き菓子。


 ……へえ。


 見た目は地味だけど、いい香りだ。


「一口、どうぞ」


「いいの?」


「はい」


 私は、ありがたくひと口もらった。


 ……あっ。


 これ、甘さが控えめでおいしい!


「桜花、いいの選んだね!」


「ありがとうございます」


 ……うん。


 あとで巴さんへのお土産にも、買って帰ろうかな。


 そう思ったところで、カトレアが私の手を引いた。


「お父さん、あっちにお花!」


「おっ。本当だ!」


 石造りの建物の前に、色とりどりの花が並んでいる。


 花屋さんだね。


 ……ああ。


 カトレアにとっては、焼き菓子以上に気になる場所かもしれない。


 私はみんなと一緒に、そちらへ向かった。


 花屋さんには、王国ではあまり見かけない小さな花が並んでいた。


 厚みのある葉っぱ。


 低い背丈。


 それから、石の隙間に根を張るような、たくましい花。


「お父さん、これ何ていうお花?」


「うーん。私も初めて見るなぁ」


 ……ああ。


 こういうとき、何でも分かる魔法があったら便利なんだけど。


 ……いや。


 今日は、お店の人に聞けばいいか。


「すみません。この花、名前を教えてもらえますか?」


 店の女性は、にこにこ笑いながら特徴を教えてくれた。


 山の斜面でも育つこと。


 水をやりすぎない方がいいこと。


 寒い時期には、少しだけ花の色が濃くなること。


 ……へえ。


 面白いね。


 カトレアは、真剣な顔で話を聞いていた。


 ノエルも、その横で小さな手帳を開いている。


「カトレア様、後で忘れないように、書いておきますね」


「うん! ありがとう!」


 ……おお。


 ノエル、気が利くなぁ。


 花を一鉢買って、丁寧に包んでもらった。


「お父さん、お庭で育てていい?」


「もちろん! 帰ったら一緒に場所を考えようね」


「やったぁ!」


 ……ふふ。


 カトレアの花壇が、また少しにぎやかになるね。


 こういう思い出が残るのも、旅行のいいところだ。


     ◇


 お昼。


 私たちは、通り沿いの食堂へ入った。


 観光客も多いらしく、店内はにぎやかだ。


 テーブルには、焼いた肉に野菜の煮込み、それから焼きたてのパンが運ばれてきた。


「お父さん、おいしそう!」


「うん! どれから食べようか迷うね」


 カトレアは、少し考えてから野菜の煮込みを選んだ。


 ……おっ。


 今日は、ちゃんと野菜からだ。


 巴さんが見たら、喜びそうだね。


「リアリス様、お飲み物をお持ちします」


 エクレアが立ち上がろうとしたので、私は手を振った。


「大丈夫。今日はお店の人が持ってきてくれるから、みんなも座ってて」


「ですが……」


「お世話係のお仕事は、必要なときだけでいいよ。せっかく来たんだから、一緒に食べよう」


 エクレアは少し驚いたあと、嬉しそうに頷いた。


「……はい!」


 アメリアも、ノエルも、席についてくれる。


 ……うん。


 いいねぇ。


 みんなで同じものを食べて、感想を言い合う。


 これだけでも、旅行に来た甲斐がある。


「アメリアは、どれが好き?」


「私は、この煮込みでしょうか。香草の使い方が珍しくて」


「へえ。巴さんも興味を持ちそうだね」


「はい。帰ったらお話ししてみます」


 ……ああ。


 きっと、そこからまた新しい料理ができるんだろうなぁ。


 それも楽しみだ。


 食事のあと、私は宿へ向かうことにした。


 今回選んだのは、ガルドバの中心から少し離れたところにある、小さな宿だ。


 前にミゲイルさんからお借りした別荘とは、また違った雰囲気を楽しみたかったんだよね。


 宿の入口には、磨かれた金属の飾り。


 中へ入ると、木の香りがした。


「いらっしゃいませ!」


 受付の女性が、笑顔で迎えてくれた。


 もちろん、ドワーフの人だ。


「本日、一泊で予約していたリアリスです」


「お待ちしておりました。お部屋のご用意は整っております」


 ……うん。


 よかった。


 何だか、久しぶりに普通の旅行客になった気分だなぁ。


「お父さん、お部屋どこ?」


「すぐ案内してもらえるって」


「楽しみ!」


 カトレアが、わくわくした顔で階段を見上げた。


 桜花は、荷物を持つメイドたちへ声をかけている。


「皆様、無理にまとめてお持ちにならずとも結構でございます」


「はい、桜花様!」


 ……うん。


 こういうところでも、桜花は頼りになるね。


 部屋は、家族とメイドたちがそれぞれ休めるように分けてある。


 近くの部屋だから、何かあればすぐに声をかけられる。


 でも、休む時間はちゃんと休んでほしい。


 ……よし。


 今回も、みんなでのんびり楽しもう。


 荷物を置いてから、私たちは宿の一階へ戻った。


 受付の横に、ちょっとした談話室があるらしい。


「リアリス様、こちらでお茶を召し上がれます」


 ノエルが、案内板を見て教えてくれた。


「おっ。いいね!」


 ……ああ。


 歩き回ったあとに、のんびりお茶。


 最高じゃない?


 私たちは席に座り、温かいお茶を注文した。


 カトレアは果実の飲み物。


 アメリアとエクレアは同じ種類のお茶を選び、ノエルは少し迷ってから甘い香りのものを選んでいた。


 ……うん。


 こういうのも、楽しいよね。


 しばらくすると、宿の女性が飲み物と小さなお菓子を運んできてくれた。


「どうぞ。ちょうど焼きたてでございます」


「ありがとうございます!」


 ……おお。


 これもおいしそうだ。


 カトレアが、ぱっと顔を輝かせる。


「お父さん、あったかい!」


「焼きたてだからね」


 私は、小さな菓子をひとつ手に取った。


 ……ん?


 待って。


 焼きたて……?


 さっきまで、談話室にお客さんが何組もいたはず。


 厨房で作っていたのかな。


 まあ、それ自体は普通のことだけど。


 そのとき。


 奥の方から、少し変わった音がした。


 ……ぴっ。


 ……うぃぃん。


 …………。


 ……えっ?


 今の音。


 なんだか、ものすごく聞き覚えがあるような……。


「……リアリス様?」


 私が音のした方を向くと、桜花も視線を動かした。


「今、聞こえた?」


「はい。奥の厨房からでございますね」


 …………。


 ……厨房?


 私は、思わず首を傾げた。


 金属を打つ音なら、今日は何度も聞いた。


 でも、さっきの音は、そういうものじゃない。


 ……というか。


 何だろう。


 前世の記憶の、ずいぶん身近なところにある気がする。


 そのとき、宿の女性が空いたお皿を下げに来てくれた。


「すみません。変なことを聞くんですが……」


「はい。何でしょう?」


「さっき奥で、機械みたいな音がしませんでした?」


 女性は、きょとんとしたあと、笑顔になった。


「ああ。新しい魔工製品でございますね」


 …………。


 ……魔工製品?


「そちらの音をお聞きになったのですね」


「ええ。ちょっと気になって」


「最近、厨房で使い始めたんです。とても便利なんですよ」


 ……おお。


 新しい道具か。


 ドワーフの国だし、そういうものがあっても不思議じゃない。


「よかったら、少し見せていただけますか?」


「もちろんでございます。厨房の方へ確認してまいりますね」


 ……あっ。


 しまった。


 ちょっと興味を持っただけなのに、見学をお願いしちゃった。


 まあ、いいか。


 旅先で見つけたものを見てみるのも、観光のうちだよね。


 ……うん。


 そういうことにしておこう。


 少しして、厨房の責任者らしい男性が顔を出した。


「お客様。新しい器具をご覧になりたいそうですね」


「はい。お仕事の邪魔じゃなければ」


「大丈夫ですよ。ちょうど手が空きましたので」


 ……おお。


 ありがたい!


 カトレアも興味津々だったので、一緒に見せてもらうことになった。


 もちろん、熱いものや刃物に近づかないようにして、厨房の入口からだ。


 すると。


 男性が指さした先に、見慣れた形の箱があった。


 …………。


 ……えっ。


 四角い箱。


 前面には、取っ手のついた扉。


 横には、小さなつまみのようなもの。


 ……ええっ!?


 ちょっと待って。


 これって、どう見ても。


「……電子レンジ?」


 私は、思わず呟いた。


「はい?」


 男性が首を傾げる。


 ……あっ。


 しまった。


 こっちでは、そういう呼び方じゃないよね。


「いえ。何でもないです。この道具、何ていうんですか?」


「『魔導レンジ』と申します」


 …………。


 ……魔導レンジ!?


 名前まで、かなり近い!


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花も、少し驚いた様子で器具を眺めている。


「リアリス様。確か、以前……」


「うん。私が取り寄せたものに、ちょっと似てるね」


 ……いや。


 ちょっとどころじゃないな。


 思った以上に、似ている。


 でも。


 これは私が作ったものでも、《取り寄せ》で持ってきたものでもなさそうだ。


 表面には、見慣れない細かな金属の線が刻まれている。


 ……へえ。


 これは、面白そうだぞ。


「使い方を見せてもらってもいいですか?」


「もちろんです」


 男性は、小さな皿を手に取った。


 その上には、少し冷めた焼き菓子が一つ。


「これを温めてみましょう」


 ……おお。


 実演だ!


 扉を開けて、皿を中に置く。


 つまみを動かすと、正面の小さな目盛りが切り替わった。


 それから、横にある金属の板へ指を触れる。


 ……ぴっ。


 さっきと同じ音。


 中の焼き菓子が、ほんの少しずつ温められていく。


 しばらくして、また小さな音が鳴った。


「これで、できあがりです」


 扉が開き、温かいお菓子の香りが漂ってきた。


 …………。


 ……おおお!


 本当に温まってる!


「お父さん、すごい!」


 カトレアも、ぱっと顔を輝かせた。


「ね! すごいね!」


 ……いや。


 私にとっては、電子レンジ自体は珍しくない。


 前世では、普通に使ってたからね。


 でも。


 この世界の人たちが、自分たちの技術だけで、こんなものを作った。


 その事実が、ものすごく嬉しかった。


「面白いですね! どうやって温めてるんですか?」


 私が尋ねると、男性が器具の側面を指さした。


「内部の魔道回路を使うそうです。私も詳しい仕組みまでは分かりませんが、温度を調節できるんですよ」


 ……魔道回路。


 初めて聞く言葉だ。


「回路っていうことは、何かが中を通ってるんですか?」


「ええ。魔力を使う仕組みだそうです」


 ……ほう。


 思っていた以上に、本格的だぞ。


「でも、魔法を使えない人はどうするんですか?」


 私は、気になったことを尋ねた。


 この世界では、誰もが自由に魔法を使えるわけじゃない。


 便利な道具でも、使える人が限られていたら、なかなか広がらないだろう。


 すると男性は、棚の上から小さな結晶を取り出した。


「こちらを使います」


「……結晶?」


「魔導結晶、と呼ぶそうです。先に魔力を蓄えておけば、魔法の得意でない者でも道具を使えるんですよ」


 …………。


 ……へえ!


 つまり、魔力の電池みたいなものか!


 ……すごいな。


 しかも、見た目はちゃんとこの世界らしい。


 小さな結晶に細かい模様が入っていて、金属の枠にはめ込むようになっている。


「結晶は、なくなったら交換するんですか?」


「そうですね。魔力が足りなくなったら、補充して使うそうです」


 ……おお。


 合理的だ。


 桜花が、穏やかに口を開いた。


「使用される方の魔力量に左右されないのであれば、便利でございますね」


「うん。本当に!」


 私は、もう一度レンジを見た。


 ……ああ。


 何だろう。


 すっごくわくわくする。


 私は《想像魔法》で、思いついたものを形にできる。


 でも、目の前のこれは違う。


 職人さんたちが、試行錯誤して作り上げたものだ。


 そこに、何だか大きな価値を感じる。


「ちなみに、これ、どこで作ったものなんですか?」


 私が尋ねると、男性は少し得意そうに笑った。


「旧シーラ国の首都、バルドバにある研究所ですよ。以前は行政府だった建物を利用しているそうです」


 …………。


 ……ん?


 旧シーラ国の、研究所?


 まさか。


「もしかして、ケリィさんのところですか?」


 私が尋ねると、男性が目を丸くした。


「ええ! ご存じなんですか?」


 ……おお!


 やっぱり!


「はい。以前、少しお世話になったことがありまして」


「そうでしたか。こちらの魔導レンジも、ケリィ様の研究所で作られたそうですよ」


 ……ああ。


 あのケリィさんが。


 以前、私が渡した家電を、ものすごく熱心に見ていたんだよね。


 あのときも、仕組みがどうなっているのか、何度も尋ねられた。


 私は細かい構造まで理解しているわけじゃなかったから、説明に苦労したけど。


 ……まさか。


 あれを参考にして、ここまで作っていたなんて!


 ……いや。


 すごい。


 私は、少しだけ嬉しくなって笑った。


「ケリィさん、頑張ったんだなぁ」


「研究所では、ほかにもいろいろ作っているそうですよ」


「……ほかにも?」


「ええ。冷やす箱や、火を使わずに温める台、それから明かりや風を送るものまで」


 …………。


 ……待って待って。


 いま、何て?


 冷やす箱。


 温める台。


 明かり。


 風を送るもの。


 ……いや。


 それって、どう考えても。


 前世でいう生活家電じゃないか!


「それ、全部こちらで作ったんですか?」


「はい。ドワーフの職人たちが、少しずつ形にしたそうです」


 ……おおお。


 もう、何と言っていいか分からない。


 ……楽しそう!


 いや、違う。


 もちろん楽しそうなんだけど。


 もっとこう。


 すごいものを見つけちゃった気がする!


 見学を終えて談話室に戻ると、私はしばらく興奮が収まらなかった。


「桜花、聞いた?」


「はい。魔工製品でございますね」


「すごいよね。私が持ってきたものを参考にして、あそこまで作っちゃうなんて!」


「職人の皆様が、長い時間をかけて研究されたのでございましょう」


「うん。そうだよね!」


 ……ああ。


 こういうの、いいなぁ。


 私が作ったものをそのまま配るんじゃなくて、この世界の人たちが、自分たちの技術で新しいものを作る。


 そんなことが、できるんだ。


「お父さん!」


 カトレアが、私の顔を覗き込んだ。


「なあに?」


「さっきの箱、そんなにすごいの?」


「うん。すごいよ!」


「どうして?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだね。


 カトレアにとっては、温かいお菓子が出てくる不思議な箱だ。


 どれくらいすごいのか、まだ分からないよね。


「例えばね、冷めたご飯をまた温かくできるでしょ?」


「うん!」


「それを、料理が得意な人じゃなくても、簡単にできるようになるんだ」


「……おお!」


 カトレアが、目を丸くした。


「巴さんがいなくても?」


「うん。もちろん、食べ物を用意する必要はあるけどね」


 カトレアが、真剣な顔で考え込んだ。


「じゃあ、巴さんが休める?」


 …………。


 ……ああ。


 そういうことか。


 この子は、便利さより先に巴さんのことを考えたんだね。


「そうだね。こういうものが増えたら、料理をする人も少し楽になるかもしれない」


「いいね!」


 ……うん。


 本当にね。


 隣でノエルが、嬉しそうに微笑んだ。


「カトレア様は、巴様のことが大好きなんですね」


「うん! 大好き!」


 ……ああ。


 即答だ。


 ノエルも、何だかすごく嬉しそう。


 アメリアは、先ほどの説明を思い出しているようだった。


「魔法が得意でなくても使える、というのは素敵ですね。お店でも役に立ちそうです」


「そうだよね!」


 私は、大きく頷いた。


 ……そう。


 そこが重要なんだ。


 魔法が得意な人だけが使える道具なら、できることには限界がある。


 でも、魔導結晶で動くなら、使える人はずっと増える。


 それは、きっと生活を変えていく。


 ……あれ。


 何だか、すごい話になってきたぞ。


 エクレアも、少し考えるように言った。


「王国邸に置いてある道具と、似た働きをするものもありますね」


「うん。似てるけど、作り方が違うんだよ」


 私が答えると、桜花も頷いた。


「こちらは、シギラ国の職人たちが独自に作り上げたものでございます」


 ……うん。


 そういうことだ。


 前世の形に似ているからといって、単なる真似じゃない。


 この世界にある材料と技術で、ちゃんと動くものを作る。


 ……ああ。


 想像するだけでも大変そうだ。


 ケリィさんたち、どれだけ試したんだろうね。


 その日の夕食も、宿でいただくことにした。


 テーブルには、温かい料理が並んでいる。


 カトレアは、すっかり宿のお料理が気に入ったらしい。


「お父さん、これおいしい!」


「本当だね!」


 ……うん。


 温泉のときも思ったけど、ドワーフの国って料理もおいしい。


 もちろん、国によって味付けは違うけれど。


 ここでは、香ばしく焼いたものが多い気がする。


 私は、食事の合間に、三人のメイドたちへ声をかけた。


「エクレア、アメリア、ノエル。今日は楽しめた?」


「はい!」


 ノエルが、誰よりも早く返事をした。


 ……ふふ。


 いい笑顔。


「私、あんなにたくさんのお店を見て歩いたの、久しぶりです」


「そっか。それならよかった!」


 アメリアも、穏やかに頷いた。


「職人の方が作られていた小物入れも、とても素敵でした」


「ね。カトレアも気に入ってたし」


「うん!」


 カトレアが、元気よく頷く。


「お花の箱、宝物にする!」


 ……ああ。


 もう宝物になったんだね。


 エクレアは、少し照れくさそうだった。


「私は、あの焼き菓子のお店が印象に残っています」


「へえ。おいしかったもんね」


「はい。巴様へのお土産も、忘れないようにいたします」


 ……うん。


 それも大切。


 あっ。


 でも、巴さん。


 あの焼き菓子の作り方を知りたがるかもしれないな。


 ……となると。


 もしかして、またシギラ国へ行く理由が増えた?


 ……あはは。


 まだ帰ってもいないのにね。


 食事を終えたあと、私は宿の窓から夜の通りを眺めていた。


 昼間は金属を打つ音が響いていた町も、少し静かになっている。


 ところどころに明かりが灯り、人が歩いているのが見えた。


 ……ああ。


 きれいだなぁ。


「リアリス様」


 桜花が、隣に来た。


「桜花。さっきの話、どう思った?」


「魔工製品のことでございますか」


「うん」


 私は、昼間見た四角い箱を思い出した。


 魔導レンジ。


 魔力を使う回路。


 魔法が得意じゃない人でも使えるようにした、魔導結晶。


 ……うん。


 考えれば考えるほど、面白い。


「私が前に渡したものが、あんなふうに役立ってたなんてね」


「リアリス様がお渡しになった品が、研究のきっかけになったのでしょう」


「そうかもね。でも、実際に作ったのはケリィさんたちだよ」


「はい」


 桜花は、穏やかに頷いた。


「たいへんなご努力でございます」


 ……うん。


 本当にそう思う。


 私は《想像魔法》があるから、結果を想像すれば形にできる。


 でも、それは私の力だ。


 ほかの人が同じことをできるわけじゃない。


 だからこそ、誰でも使える道具を自分たちで作るって、すごく大切なんだと思う。


 ……あれ。


 私、いつの間にかずいぶん真面目なことを考えてるなぁ。


 ……まあ。


 たまには、いいか。


 こういう話、前世の会社でも好きだったしね。


 翌朝。


 私たちは、宿で朝食を済ませてから、再び町を歩くことにした。


 帰る前に、もう少しだけ観光したかったんだ。


「お父さん、今日は何を見るの?」


「うーん。昨日とは違う通りを歩いてみようか」


「やった!」


 カトレアが、私の手を握った。


 桜花とメイド三人も、楽しそうについてくる。


 ……うん。


 今日もいい天気だね。


 町の奥へ進むと、昨日の職人街とは少し違う雰囲気になった。


 大きな荷車が出入りしている建物。


 何人もの職人が、部品らしいものを運んでいる。


 それから。


「……おっ?」


 店先に、小さな看板が出ていた。


 描かれているのは、四角い箱。


 その横には、丸い台のようなもの。


 ……あれ。


 何だか、昨日見たものに似ているぞ。


 私が足を止めると、カトレアも看板を覗き込んだ。


「お父さん、これなあに?」


「たぶん、新しい魔工製品の案内じゃないかな」


「まこう?」


「昨日のお菓子を温めた箱、覚えてる?」


「うん!」


「あれみたいな道具を作ってるんだって」


「見たい!」


 ……あはは。


 やっぱり、そうなるよね。


 私も、ちょっと見たい。


 いや。


 かなり見たい。


 ……よし。


 少しだけ、覗いてみようか。


 店内には、見慣れない形の道具が並んでいた。


 もちろん、どれも今までの王国の市場では見たことがないものばかりだ。


 最初に目についたのは、背の高い箱だった。


「こちらは何ですか?」


 私が尋ねると、店の男性が得意そうに説明してくれた。


「魔工冷蔵庫です。中を冷やすことができるんですよ」


 …………。


 ……冷蔵庫!


 やっぱり!


 中には棚がいくつかあって、冷やす温度も調整できるらしい。


 ……おお。


 もう、本当にすごいな。


 その隣には、平らな台のような器具。


「こちらは魔導コンロで、火を出さずに鍋を温められます」


 ……ああ。


 IHみたいなものだね。


 もちろん、仕組みは違うんだろうけど。


 さらに、照明器具と風を送る機械もあった。


「魔導ライトと、魔導送風機です」


 ……おおお。


 次から次へと出てくる!


 私は、思わず目を丸くした。


「全部、魔道回路で動くんですか?」


「ええ。魔力を使う仕組みです。魔導結晶があれば、魔法を使えない方でも動かせます」


 ……なるほど。


 話がつながった。


 昨日の宿で見たレンジだけじゃないんだ。


 冷やす。


 温める。


 照らす。


 風を送る。


 生活のあちこちで使える道具が、もうこんなにある。


 ……いや。


 これ、本当に生活が変わるんじゃない?


「お父さん、これ!」


 カトレアが、照明器具を指さした。


 店の男性が、少し明かりを落としてくれる。


 すると、小さな器具がぱっと光った。


「わあっ!」


「明るいね!」


 カトレアは、目を輝かせて見つめていた。


「お花の近くに置いたら、夜でも見える?」


「うん。明かりがあれば、見えるね」


「いいなぁ」


 ……ああ。


 カトレアが欲しがるもの、何となく分かるなぁ。


 でも、花壇は夜に無理して見るものでもないか。


 それより。


 こういう灯りがあれば、夜の仕事や勉強も少し楽になるかもしれない。


 シギラ国の人たちは、どんなふうに使っているんだろう。


「こちら、もう普通に売ってるんですか?」


 私が尋ねると、男性は少し困ったように笑った。


「見本として置いてはおりますが、数はまだ多くありません」


「……そうなんですか?」


「ええ。手作業で仕上げる部分が多いので、なかなか品物が揃わないんですよ」


 …………。


 ……ああ。


 そっか。


 便利な道具を考えついても、それをたくさん作れるとは限らない。


 当たり前だけど、大事なことだよね。


「研究所では、ずいぶん頑張っているようですが」


「……研究所」


「はい。ケリィ様のところです」


 ……おお。


 また、ケリィさんの名前が出てきた。


 これは、一度ちゃんと話を聞いてみたいなぁ。


 私は、店の男性にもう少しだけ話を聞いた。


「魔工製品の研究って、どんなことをしてるんですか?」


「さあ、詳しくは……。私は店に品物が届いたら売る方ですからね」


「そうですよね。すみません」


「いえいえ。ただ、研究所の職人たちは、ずいぶん熱心だと聞いておりますよ」


 ……ああ。


 想像できるなぁ。


 あのケリィさんのところだもんね。


「新しい道具ができても、同じものを何個も作るのは手間がかかるそうです」


 ……うん。


 たしかに、そうだろうな。


 前世でも、発明しただけですぐに何万個も作れるわけじゃなかった。


 材料が必要で、作る人が必要で、失敗することだってある。


 ……って。


 私は何を考えてるんだ。


 今日は観光に来たんだよね?


 ……いや。


 これも立派な観光か。


 新しいものを見つけて、その土地の人に話を聞く。


 うん。


 間違ってない。


 隣では、桜花が静かに頷いていた。


「リアリス様。ご興味がおありでしたら、ケリィ様にお会いになってみてはいかがでしょうか」


「……あっ!」


 ……そうだ!


 直接、本人に聞けばいいんだ!


 前に会ったこともあるし。


 気になることがあるなら、尋ねてみたらいい。


「桜花、いいこと言うね!」


「ありがとうございます」


 ……ああ。


 やっぱり、頼りになる相棒だなぁ。


「お父さん、ケリィさんのところ行くの?」


 カトレアが、私を見上げた。


「うん。行ってみようかなって」


「私も?」


「もちろん。カトレアも一緒に来る?」


「うん!」


 ……ああ。


 嬉しそうだね。


 でも、研究所だし。


 危ないものがないか、先に確認しておかないとね。


「ただし、まずはご挨拶してからだよ。お仕事の邪魔になったらいけないから」


「はーい!」


 ……うん。


 いい返事!


 メイド三人にも、私は声をかけた。


「みんなは、どうする? 研究所って、見学できるか分からないけど」


 エクレアが、少し考えてから答えた。


「私たちは、カトレア様のお世話をさせていただきます。もし見学が難しいようでしたら、近くでお待ちいたしますね」


「ありがとう。じゃあ、無理のない範囲で一緒に行こう」


 アメリアも頷いた。


「はい。私も、どのような製品が作られているのか少し興味があります」


 ノエルは、にっこり笑った。


「私もです!」


 ……おっ。


 みんな、楽しそうだね。


 それならよかった。


 私は、店の男性に研究所の場所を教えてもらった。


「研究所は、バルドバにあるんですよね?」


「ええ。こちらのガルドバではなく、旧シーラ国の首都バルドバです。あちらへは、普通なら馬車を使いますよ」


 ……あっ。


 そうだった!


 ガルドバとバルドバは、名前が似ているけれど別の都だ。


 危うく、歩いて行けるような気分になってたよ。


 ……まあ、《転移》を使えばすぐなんだけどね。


 私は桜花とカトレアたちに声をかけ、店の邪魔にならない場所へ移動した。


「それじゃあ、バルドバまで《転移》しようか!」


「はーい!」


 ……うん。


 カトレアも一緒だし、移動はさっと済ませよう。


     ◇


 《転移》先は、バルドバの大通りから少し離れた場所。


 以前訪ねたときの景色が、目の前に広がっていた。


 ……おお。


 こちらも、さすがドワーフの都。


 通りには荷車が行き交い、遠くから金属を打つ音が聞こえる。


 ……でも、目指すのは工房じゃないんだよね。


 私は、見覚えのある旧行政府の方へ歩き出した。


 しばらくすると、荷車が何台も並び、その先に大きな建物が見えてきた。


「お父さん、あれが研究所?」


「うん。前はシーラ国の行政府だったところだよ」


 建物の前には、新しい研究所の案内板がある。


 職人たちが出入りしていて、荷車には金属の部品らしいものが積まれていた。


 ……おお。


 想像していたより、ずいぶん大きい。


 研究所って聞いて、もっと小さな工房を想像してたんだけど。


 ……いや。


 ここまでたくさんの道具を作ってるんだ。


 これくらいの場所があっても、不思議じゃないよね。


 私は受付らしい場所を見つけ、近づいた。


「すみません。ケリィさんに、お会いできるでしょうか?」


 受付の男性が、こちらを見た。


「お約束はございますか?」


「いえ。突然で申し訳ありません。以前お世話になった、リアリスと申します」


 男性が、ぴたりと動きを止めた。


 ……ん?


 ……あれ?


「……リアリス様、ですか?」


「はい」


 男性は、私の顔を見てから、急いで奥へ向かった。


「少々お待ちください!」


 ……おお?


 何だろう。


 そんなに急がなくてもいいんだけど。


 ……まあ。


 ケリィさんが忙しいなら、今日は挨拶だけでもいいか。


 私は、カトレアたちと入口のそばで待った。


 すると。


 建物の奥から、少し慌ただしい足音が聞こえてきた。


 ……あっ。


 もしかして、もう話が伝わった?


 ……おお。


 何だか、すごい勢いだなぁ。


 私は、思わず桜花を見た。


 桜花は、静かに頷いている。


「リアリス様。どうやら、歓迎していただけそうでございますね」


「……そうだね」


 ……うん。


 でも。


 何だろう、この感じ。


 ちょっとだけ、嫌な予感もするんだよね。


 ……いや。


 新しい魔工製品が見られるんだから、楽しみにしておこう!


 ――こうして私は、シギラ国の職人たちが作り出した、新しい道具の世界へ足を踏み入れることになった。


 ……それが、思っていた以上に大きな話へつながるとは。


 このときの私は、まだ知らなかった。

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