第8話:鑑定を使ってみた!
……おお。
何度見ても、面白いなぁ。
朝食の前。
私は王国邸の食堂で、目の前に置かれたカップをじっと見つめていた。
もちろん、ただ眺めているわけじゃない。
《鑑定》だ。
昨日、カトレアが花の名前を知りたがったことから作った、新しい魔法。
あれからすっかり気に入ってしまった。
今も、カップの横に情報が表示されている。
――――――――――
名称:陶製のティーカップ
材質:陶器
状態:良好
用途:飲み物を入れる器
――――――――――
……うん。
分かりやすい!
でも、カップだってことは最初から分かってるんだけどね。
それなのに、何だか見てしまう。
次は、皿。
……おっ。材質まで出る。
次は、スプーン。
……おお。これは金属の種類まで分かるのか!
じゃあ、テーブルは?
……ふむふむ。
木材の種類と、表面に傷がないことまで表示された。
…………。
……楽しい。
これ、完全に新しい玩具を手に入れた子供だな。
転生前は四十三歳だったんだけどなぁ。
「……リアリス様」
横から声がした。
「はい?」
振り向くと、桜花が私を見ていた。
「先ほどから、お食事の用意をご覧になっておられますが……」
「うん。《鑑定》してた!」
「やはり、そうでございましたか」
……あれ。
何も言わなくても分かるんだ?
「そんなに顔に出てる?」
「とてもお楽しみのご様子でしたので」
……おお。
なるほど。
魔法の発動は無詠唱でも、私の表情までは消せないらしい。
それにしても、桜花。
ずいぶん私のことを見てるんだね。
……うん。
ちょっと嬉しい。
「お父さん、おはよう!」
食堂の入口から、カトレアが駆けてきた。
「おはよう、カトレア!」
「昨日のお花、今日も元気かな?」
「うん。朝、窓から見えたけど、元気そうだったよ」
「よかった!」
カトレアが私の隣の席に座る。
昨日は、あの花がきっかけで《鑑定》を作った。
今では、目に入ったものを片っ端から調べている。
……いやぁ。
人生、何がきっかけになるか分からないね。
「リアリスちゃん、おはよう」
今度は巴さんが、朝食を載せた盆を運んできた。
「おはよう、巴さん!」
「ふふ。今日は早起きなのね」
「うん。ちょっと試したいことがあって」
巴さんは私の前へ皿を置いた。
「また《鑑定》?」
「……あっ。分かる?」
「昨日からずっと楽しそうだったもの」
……おお。
どうやら家族には筒抜けらしい。
私は皿に盛られた卵料理を見る。
……あっ。
これも《鑑定》できるよね。
――――――――――
名称:ふんわり卵焼き
状態:出来たて
特徴:卵をやわらかく焼き上げた料理
――――――――――
…………。
……うん。
料理の説明まで美味しそう。
「リアリスちゃん?」
「……はい?」
「冷める前に食べてね」
…………。
……あっ。
そうだった!
「いただきます!」
ひと口食べると、優しい味が口いっぱいに広がった。
……ああ。
やっぱり、巴さんの料理は《鑑定》しなくても美味しいなぁ。
「おいしい!」
「ふふ。ありがとう」
……うん。
今日もいい朝だ。
朝食が終わる頃。
カトレアが、何かを思い出したように手を叩いた。
「あっ、桜花お姉ちゃん!」
「はい、カトレア様」
「この前お話ししてたクレープ、食べてみたい!」
……クレープ?
私は二人を見た。
桜花は、すぐに頷いた。
「かしこまりました。王都で販売されているものですね」
「うん! お花みたいに、くるって巻いてあるの!」
……おお。
そういえば、街で見かけたね。
甘いクリームや果物が入ってるやつ。
……うん。
私も食べたい!
「今日は王都に行く予定だから、帰りに買ってこようか」
「本当!?」
「もちろん」
カトレアが、ぱっと笑顔になった。
「やったぁ!」
桜花も、小さく頭を下げた。
「私が忘れずに購入してまいります」
「ありがとう、桜花お姉ちゃん!」
……ああ。
楽しみができたね。
ただし、今日はカトレアも一緒というわけじゃない。
午前中は、巴さんと花の記録帳を整理する約束があるらしい。
……ふふ。
昨日描いたアサツユソウの絵、ずいぶん気に入ってたもんね。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい! クレープ忘れないでね!」
「うん。分かってるよ!」
私は笑って手を振った。
……よし。
買い物の予定もできたし。
今日は桜花と、王都で少し遊んでこようかな。
……いや。
用事もあるんだった。
ギルドへ顔を出しておきたい。
最近はいろいろあったから、シルベスターさんも忙しそうだったしね。
◇
王都へ向かう道は、朝から人の往来が多かった。
荷車を引く商人。
買い物へ向かう親子。
武器を背負った冒険者。
……ああ。
いつもの王都だ。
大襲撃のあとの復旧も進んで、こういう光景が戻ってきた。
それが何より嬉しい。
……っと。
せっかくだから、ちょっと《鑑定》。
すれ違った荷車へ目を向ける。
――――――――――
名称:荷運び用の荷車
状態:良好
積載物:穀物袋
――――――――――
……おお。
荷物まで分かるのか。
隣を通り過ぎた露店の看板にも、こっそり《鑑定》。
……へえ。
使われている木材まで表示されるんだね。
……ふふ。
これ、本当に飽きないなぁ。
「リアリス様」
「ん?」
「また《鑑定》をなさっておられますね」
「うん!」
桜花が少し笑った。
「どこをご覧になればよいか、目の動きで分かってしまいます」
「……えっ、そこまで?」
「はい」
…………。
……おお。
これは、もう少し自然に使えるようにならないと!
別に悪いことをしているわけじゃないけどね。
ただ、他人の情報まで見える魔法があると広まったら面倒そうだ。
だから、外では無詠唱。
魔法名を口にしないだけで、もともとの魔法は普通に使える。
……うん。
便利な体でよかった!
私は、また道端の花へ目を向けた。
……おっ。
昨日のアサツユソウとは違う種類だ!
……ふふ。
カトレアに教えたら喜びそうだな。
城門を抜け、大通りへ入る。
「リアリス様! おはようございます!」
「おはようございます!」
店先から声をかけられて、私は手を振った。
……ああ。
もう本当に、普通に名前を呼ばれるようになったね。
まあ、あれだけ派手に王都を助けたんだから、仕方ないか。
でも、皆が元気そうならいいや。
ふと、道路脇の石畳が目に入った。
ところどころ、色の違う新しい石が混じっている。
……おっ。
あれは、復旧した場所だね。
《鑑定》してみると、状態は良好。
……うん。
ちゃんと安全に使われているみたい。
私は満足して頷いた。
「今日は、何から調べられますか?」
桜花が尋ねる。
「そうだなぁ。……まずはギルドへ行って、シルベスターさんの顔を見てこようかな」
「かしこまりました」
……うん。
何か用事があるわけじゃないけど。
ギルドに寄ったら、面白い依頼が出てるかもしれないしね。
……あっ。
もちろん、今日は討伐に行く予定はないよ。
たまには平和な依頼でも探したい。
薬草採取とか。
……そうだ。
薬草の名前も《鑑定》で分かるなら、採取依頼がもっと楽になるかもしれない!
……おおっ。
それ、いいなぁ。
次に森へ行くとき、やってみよう!
「リアリス様。何かお思いつきになりましたか?」
「うん! 薬草採取に《鑑定》が便利そうだなって」
「なるほど。それは確かに有用でございますね」
……ふふ。
やっぱり、そうだよね!
気に入った魔法をどんどん使う。
うん。
これこそ異世界生活の楽しみだ。
冒険者ギルドの扉を開けると、いつもの賑やかさが迎えてくれた。
掲示板の前では、冒険者たちが依頼を選んでいる。
奥からは食器の触れ合う音。
受付には、顔なじみのリリーナさん。
……ああ。
落ち着くなぁ。
「おはようございます、リオンさん、桜花さん!」
「おはようございます!」
私も桜花も、軽く頭を下げた。
ギルドでの登録名はリオン。
外ではすっかり本名を知られてしまったけど、ここでの手続きは今もリオンで通している。
……うん。
何だかもう、あまり隠れてる気がしないけどね。
「今日は依頼ですか?」
「ううん。ちょっと掲示板を見に来たんです」
「そうでしたか。今日は採取依頼もいくつか出ていますよ」
……おお。
ちょうどいい!
「薬草の依頼とかあります?」
「ございますよ。こちらです」
リリーナさんが、受付近くの掲示板を指さした。
私は桜花と一緒に、依頼書を眺める。
……ふむふむ。
薬草を十束。
期限は数日以内。
……うん。
こういうのでいいんだよ。
……こういうので!
いつの間にか魔獣を何百体も相手にしたり、国の大騒ぎに巻き込まれたりするより、ずっとのんびりしてる。
私は依頼書を一枚、そっと持ち上げた。
……あっ。
そういえば、これも《鑑定》できる?
私は試しに意識を向けてみた。
――――――――――
名称:薬草採取依頼書
内容:指定された薬草の採取
状態:有効
――――――――――
……おお。
ちゃんと分かる!
……まあ。
書いてあることを読み直せば済むんだけど!
でも、魔法で分かるのが面白いんだよね。
……よし。
今度、薬草そのものを調べてみよう。
私は依頼書を元の場所に戻した。
今日は、見るだけだ。
「リオンさん?」
リリーナさんが、ふと奥を見た。
「あの、ちょうどよかったかもしれません」
「……ん?」
「ギルドマスターに、少しお時間をいただけますか?」
…………。
……おっ。
何だろう。
「シルベスターさんに?」
「はい。実は、ここ数日あまりお顔色がよくなくて……」
……えっ。
あのシルベスターさんが?
私は思わず奥の廊下へ目を向けた。
「何かあったんですか?」
「大襲撃の事後処理や、各支部からの報告が続いておりまして。お休みを取るようお伝えしているのですが……」
リリーナさんが、困ったように笑う。
……ああ。
なるほど。
そりゃあ、大変だよね。
あの襲撃で王都は大きな被害を受けた。
冒険者ギルドだって、仕事が増えて当然だ。
……うーん。
シルベスターさん、大丈夫かな。
私は桜花を見る。
「ちょっと様子を見に行こうか」
「はい」
リリーナさんに案内され、私たちは奥の執務室へ向かった。
扉の前に着くと、中から低い声が聞こえた。
「……だから、それは先週送っただろうが!」
…………。
……おお。
元気そう。
……いや。
あの声、元気というより、怒ってない?
リリーナさんが扉を叩いた。
「ギルドマスター。リオンさんと桜花さんがお見えです」
しばらく沈黙。
そして。
「……入れ」
……うん。
何だか嫌な予感もするけど、入ってみよう。
執務室へ入ると、机の上には見事な書類の山ができていた。
…………。
……おお。
前に来たときより高くなってない?
シルベスターさんは椅子に座り、こめかみを押さえていた。
その姿は、いつもの大柄で筋肉質なギルドマスター。
以前失っていた左腕も、今では当たり前のように机に置かれている。
……うん。
ちゃんと馴染んでるみたいで、よかった。
「おはようございます、シルベスターさん!」
「……おう」
……あれ。
返事に力がない。
いつもなら「お前、また何かやったのか!」って言われそうなのに。
「どうしたんです? 何だか疲れてません?」
「誰のせいだと思ってんだ」
…………。
……あっ。
元気は残ってた!
「えっ、私ですか?」
「半分くらいはな!」
…………。
……半分。
すごい割合だね。
「残りの半分は?」
「書類と苦情と報告だ!」
「……なるほど」
……うん。
それは大変そう。
机の上を見れば、報告書や封書が積み重なっている。
復旧支援の調整。
各ギルドからの連絡。
冒険者の配置。
王都の復旧状況。
……ああ。
ここにも、あの事件の余波があるんだね。
私は軽く肩をすくめた。
「いつもありがとうございます」
「……ああ?」
「シルベスターさんが頑張ってくれてるから、街も元に戻ってきたんだと思って」
……本当に、そう思う。
私が魔法で壊れたものを直せても、その後の日常を回していくのは、街の人たちだ。
シルベスターさんだって、その一人。
すると、シルベスターさんは少しだけ目を丸くした。
「……何だ、急に」
「えっ。お礼ですよ?」
「お前が素直だと調子が狂う」
…………。
……ひどくない?
でも、少し笑ってくれた。
……うん。
それなら、よかった。
……ところが。
シルベスターさんは笑った直後、顔をしかめた。
「……くっ」
「……ん?」
片手を、みぞおちのあたりに当てている。
……おや。
何だろう。
「シルベスターさん。お腹、痛いんですか?」
「……大したことじゃねえ」
……あっ。
それ、絶対大したことある人の言い方だよね。
私は、ふと思い出した。
……そうだ。
《鑑定》!
せっかく人の状態が分かるんだから、こういうときこそ使ってみたい。
私は声を出さずに、シルベスターさんへ意識を向けた。
――――――――――
名前:シルベスター
種族:人種
職業:冒険者ギルドマスター
状態:胃痛
補足:精神的負担による不調
――――――――――
…………。
……おお。
胃痛!
しかも、精神的な負担が原因らしい。
……ああ。
確かに、あの書類の山を見れば分かる気がする。
「シルベスターさん、胃が痛いんですね?」
「……何で分かる」
「さっき、ここ押さえてたので」
私は自分のみぞおちを指さす。
……うん。
別に嘘ではない。
《鑑定》のことは、わざわざ話さなくていいよね。
「……ちっ。リリーナか?」
「いえ。シルベスターさんが痛そうだったので」
「……あのな」
シルベスターさんは、ため息をついた。
「少しくらい胃が痛くても、仕事は待ってくれねえんだよ」
……ああ。
気持ちは分かる。
前世の私も、仕事に追われる日があった。
……でも。
だからといって、痛いまま働いていいわけじゃないよね。
「じゃあ、治しましょうか」
「……は?」
「胃痛です」
「……お前、今なんつった?」
「治しましょうか、って」
…………。
シルベスターさんが、私をじっと見た。
……おお。
何だか、すごく嫌な予感がする顔だ。
「待て、リオン」
「はい?」
「お前が今から何をするのか、先に言え」
……あっ。
さすが。
何度も付き合いがあるから、警戒が早い。
「《完全回復》です」
「……完全、回復?」
「前に左腕を戻した魔法ですよ」
…………。
シルベスターさんの視線が、自分の左腕へ落ちた。
しばらく、その手を見つめる。
……ああ。
あれから、ずいぶん動くようになったもんね。
「……あれを、胃痛に使う気か?」
「はい。痛いんでしょう?」
「……お前なぁ」
シルベスターさんが、何とも言えない顔になった。
「腕を生やすような魔法を、腹が痛いくらいで使うな!」
…………。
……ええっ!?
「でも、治るんですよ?」
「そういう問題じゃねえ!」
……おお。
怒られた。
でも、魔力も減らないし、特に危険もないんだけどなぁ。
「じゃあ、我慢します?」
「……ぐっ」
シルベスターさんが、また腹を押さえた。
…………。
……うん。
答えは、顔に出てるね。
「分かった! 分かったから、さっさとやれ!」
「はい!」
……おっ。
許可が出た!
私は、シルベスターさんの体が健康な状態に戻ることを思い浮かべる。
もともと、魔法名を言う必要はない。
ただ、本人に何をするか伝えた後だし、今回は声に出しておこう。
「《完全回復》」
ふわり。
柔らかな光が、シルベスターさんを包む。
そして、すぐに消えた。
……うん。
これで完了!
「どうです?」
「…………」
シルベスターさんは、少しだけ目を見開いていた。
手を腹に当てる。
それから、ゆっくり立ち上がった。
「……痛くねえ」
……おお!
「よかった!」
「いや、待て」
「……ん?」
「本当に、全然痛くねえ」
……うん。
だから、治したんですけど?
シルベスターさんは、もう一度腹を押さえ、今度は首を傾げた。
「……ずっと重かったのに、何ともねえ」
……ああ。
思ったより長く痛かったんだね。
「じゃあ、ちょうどよかったですね!」
「……お前は、本当に……」
シルベスターさんは、そこまで言って言葉を止めた。
そして大きく息を吐く。
「……助かった。ありがとうな」
……おっ。
素直にお礼を言われた。
「どういたしまして!」
……うん。
今日も《完全回復》が役に立ったね。
「ところで、シルベスターさん」
「何だ」
「普通の回復魔法って、こういう胃痛にも使えるんですか?」
……そういえば。
現地の回復魔法って、私は詳しく知らないんだよね。
私自身は《想像魔法》で結果を再現できるから、あまり意識してこなかった。
でも、せっかくギルドマスターが目の前にいる。
聞いておこう。
「普通の回復魔法か……」
シルベスターさんが椅子に座り直した。
少し考えてから口を開く。
「回復魔法は、怪我の治療や体力の回復に使われることが多い。術者の腕と魔力にも左右されるがな」
「へえ」
「だが、腹が痛いからって何でも治せるわけじゃねえ。原因によっては、治療師でもどうにもならんことがある」
……なるほど。
症状が同じでも、理由が違えば難しいんだね。
「じゃあ、病気も?」
「ああ。何でも治せるほど便利なら、苦労しねえよ。治せるものと治せねえものがある」
……ふむふむ。
私は、今の話を頭の中で整理した。
怪我なら、普通の回復魔法で治ることがある。
でも、病気や内臓の不調は、必ずしも治せない。
それに対して、私の《完全回復》は……。
生きている人の傷や病気を、まとめて治してしまう。
失った腕だって、元に戻せる。
……あっ。
そう考えると、かなり違うんだな。
「《完全回復》って、普通の回復魔法とずいぶん違うんですね」
「今頃気づいたのか!?」
…………。
……おお。
また怒られた!
「いや、使ってはいたんですけど、比べたことがなくて」
「……はぁ」
シルベスターさんが、深々とため息をつく。
……あっ。
せっかく胃痛を治したのに。
また痛くなったりしないよね?
私は、こっそり《鑑定》してみた。
――――――――――
状態:健康
――――――――――
……うん。
まだ大丈夫!
よかったよかった。
…………。
……それにしても。
私、今『まだ』って思った?
……まあ、シルベスターさんだしね。
「一応、言っておくぞ」
シルベスターさんが、指を一本立てた。
「回復魔法に頼りきりになるな。体調を崩すような働き方を続けてりゃ、また同じことになる」
……おお。
ごもっとも!
「それ、シルベスターさん自身にも言えるんじゃ?」
「…………」
…………。
……あれ。
黙っちゃった。
「ちゃんと休まないと、また胃が痛くなりますよ?」
「……分かってる」
「分かってるなら、今日は少し早く帰りましょうよ」
「……できりゃ苦労しねえんだよ」
……ああ。
大変だなぁ。
私は机の上の書類を眺めた。
……うーん。
こういう仕事ばかりだと、確かに大変だ。
「手伝えること、あります?」
そう聞くと、シルベスターさんが目を細めた。
「……お前が?」
「はい」
「……そうか」
…………。
……おっ。
これは、意外と喜んでもらえた?
「だったら、まず問題を増やすな」
…………。
……えっ。
「お前が面倒を起こさなきゃ、その分の書類が減る」
「……ああ」
……なるほど!
「じゃあ、しばらく普通の依頼だけ受けます!」
「……『普通』の意味を、誰かお前に教えてやってくれ」
…………。
……うん。
その言い方、昨日のララさんにそっくりだ。
あの二人がまた会ったら、絶対に気が合うだろうなぁ。
……いや。
そうなったら、私だけが二人に突っ込まれるのか。
……ちょっと嫌だな、それ!
桜花が、口元を押さえて小さく笑った。
……もう。
桜花まで!
ちょうどそのとき、扉を叩く音がした。
「失礼いたします」
リリーナさんが顔を出した。
「ギルドマスター。追加の報告書をお持ちしました」
…………。
……おお。
追加。
机の上、まだ増えるんだ?
「……そこに置いてくれ」
シルベスターさんが、椅子にもたれかかった。
私は、何となくその表情を観察する。
……うん。
胃痛は治った。
でも、この顔は……。
……また、すぐに疲れそうだね。
「……あれ?」
リリーナさんが、シルベスターさんを見た。
「ギルドマスター、顔色がよくなっていませんか?」
「……そうか?」
「はい! 先ほどまで、もっとお辛そうだったのに」
……あっ。
気づくよね。
シルベスターさんは、一瞬だけ私を見た。
それから、少しだけ苦笑いを浮かべる。
「……こいつに、治してもらった」
「えっ!? リオンさんに?」
「はい。少しだけ」
私は笑って答えた。
リリーナさんは、ほっとしたように胸に手を当てた。
「ありがとうございます、リオンさん!」
「いえいえ。シルベスターさんにはいつもお世話になってますから」
……ああ。
こういうお礼を言われると、やっぱり嬉しいな。
でも。
「ギルドマスター! せっかく治ったんですから、今日こそ休憩なさってくださいね!」
…………。
……おお。
リリーナさん、強い!
「……分かった。昼に少し休む」
「お約束ですよ?」
「分かったって!」
……ふふ。
なんだか、怒られてる子供みたい。
シルベスターさんが、私を睨んだ。
「何笑ってんだ」
「いえ! 何でも!」
……うん。
これは笑わずにはいられないね。
私は桜花と顔を見合わせた。
……よし。
邪魔しないうちに、そろそろ帰ろうか。
「それじゃ、シルベスターさん。お大事に!」
「おう。……リオン」
「はい?」
「ありがとな。助かった」
……あっ。
またお礼だ。
「どういたしまして!」
私は笑って手を振る。
すると、シルベスターさんがひと言。
「次に来るときは、胃痛の原因を連れてくるなよ」
…………。
……えっ。
それって、私のこと?
「今日はちゃんと治しに来たじゃないですか!」
「たまたまだろうが!」
…………。
……はい。
否定できません!
私は桜花と一緒に執務室を出た。
背後から、シルベスターさんの笑い声が聞こえた。
……ああ。
今日は、だいぶ元気になったみたい。
リリーナさんにも軽く挨拶して、ギルドを後にする。
「リアリス様」
「ん?」
「シルベスター様も、お喜びだったようでございますね」
「うん。元気になってくれてよかったよ」
……ふふ。
胃痛ひとつ治しただけで、あんなに喜んでくれるとは。
そう考えると、《完全回復》って本当に便利だな。
……あっ。
そうだ。
今度、普通の回復魔法について、もう少し調べてみようかな。
《鑑定》で魔法そのものを調べたら……。
……いや。
それって、何が表示されるんだろう。
……おお!
また試したいことが増えちゃった!
「リアリス様?」
「うん。何でもない!」
……ふふ。
今日も発見が多いなぁ。
◇
ギルドを出たあと、私たちは商店街を歩いた。
昼前の通りには、買い物客が増えている。
焼きたてのパン。
果物を積んだ屋台。
見慣れない道具を並べた店。
……ああ。
見ているだけで楽しいね。
もちろん、《鑑定》も絶好調だ。
店先の果物へ、こっそり使ってみる。
――――――――――
名称:赤い果実
状態:熟している
特徴:甘味が強い
――――――――――
……おお。
甘いのか!
……じゃあ、買って帰ろうかな。
私はその果物をいくつか買った。
店主さんは、にこにこ笑って包んでくれる。
「リアリス様、おまけしておきますね!」
「えっ、いいんですか?」
「王都を助けてくださったお礼ですよ!」
……ああ。
嬉しいけど、ちょっと照れくさいな。
「ありがとうございます!」
私はお礼を言って、果物を受け取った。
……うん。
今度、カトレアにも食べてもらおう。
桜花が、隣で私を見ている。
「今日も色々お買いになられるのですね」
「うん。面白いものがいっぱいあるからね!」
「承知いたしました」
……ふふ。
付き合ってくれて、ありがとうね。
次は、食器屋さん。
……あっ。
この皿、材質が少し違う。
さらに隣の皿。
……おお。
見た目が似てるのに、作り方が違うんだ!
……楽しい!
私は、ひとりで感心していた。
……まあ。
店主さんからしたら、ただ皿をじっと見つめている変な客かもしれないけど!
……うん。
そろそろ、普通に買い物もしよう。
私は気に入った小皿を二枚、購入した。
「リアリス様。少しお休みになりますか?」
桜花が、隣から尋ねた。
「ん? まだ大丈夫だよ」
「先ほどから、ずいぶん熱心にお店をご覧になっておられましたので」
……あっ。
そうか。
気がつけば、いくつもの店を見て回ってたね。
……うん。
じゃあ、少し休もうかな。
私たちは、大通りから少し離れたところにある腰掛けに座った。
桜花が、さっき買った果物の包みを膝に置く。
……ふふ。
この子、こういうときも姿勢が綺麗だなぁ。
「桜花」
「はい」
「今日の《鑑定》、なかなか楽しいよね」
「はい。リアリス様が楽しんでおられますので、私も嬉しゅうございます」
……ああ。
優しいなぁ。
「桜花も、調べてほしいものがあったら言ってね」
「ありがとうございます」
桜花は、少し考えるように首を傾げた。
……おっ。
何かある?
「……では、リアリス様」
「うん?」
「私が、今何を考えているかも分かるのでしょうか?」
…………。
……おお。
難問だ!
「うーん。さすがに、考えてることまでは……」
私は桜花を見つめた。
……でも、そういえば。
感情みたいなものも、表示されるのかな?
《鑑定》を使ってみる。
――――――――――
名前:桜花
状態:良好
――――――――――
……うん。
いつもどおりだ。
もっと詳しく調べれば分かるのかもしれないけど……。
……あれ。
そういえば、桜花が何を考えているか、今は全然想像できないな。
「……ごめん。分からないみたい」
「左様でございますか」
桜花が、ふわりと微笑んだ。
「それでしたら、直接お伝えいたします」
「うん?」
「リアリス様と、このようにお出かけできて嬉しいと思っておりました」
…………。
……あっ。
それは。
……ずるい!
「私も嬉しいよ、桜花!」
「ありがとうございます」
……うん。
こういうのは、魔法じゃなくて、本人に聞くのが一番だね。
……そして、私はもう一つ気づいた。
《鑑定》で桜花の気持ちまで分かってしまったら、今の言葉の嬉しさも少し変わるかもしれない。
……いや。
今のは、ちゃんと桜花が言ってくれたから嬉しいんだ。
……うん。
そういうのは、大切にしたいね。
昼を過ぎた頃、私たちは屋敷へ戻ることにした。
お土産は果物と小皿。
それから、街で買った小さな菓子の包みがひとつ。
……うん。
いい買い物だった。
「帰ったら、カトレアに今日の話をしようかな」
「きっとお喜びになられます」
「だよね!」
……ふふ。
花の名前だけじゃなく、色々調べられるようになったからね。
今度、カトレアと一緒に薬草も調べてみようかな。
……あっ。
でも、危ない森はだめだね。
庭に植えてあるものから始めよう。
私は、ひとりで次の予定を考えていた。
桜花は、私の隣を静かに歩いている。
……ああ。
こういう何でもない帰り道、好きだなぁ。
そうして、王都の門を抜け。
屋敷へ続く道を歩き。
私たちは、いつもの家へ戻った。
「ただいま!」
玄関で声をかけると、奥から小さな足音がした。
「お父さん! 桜花お姉ちゃん!」
……ああ。
カトレアだ!
「ただいま、カトレア!」
「おかえりなさい!」
カトレアは、私の手元の包みを見た。
「何買ってきたの?」
「果物と、お皿と、お菓子だよ」
「わぁ!」
……おお。
喜んでる喜んでる。
私は、お土産の包みを持ち上げた。
すると。
「……あれ?」
カトレアが、少し首を傾げた。
「どうしたの?」
「……クレープは?」
…………。
……あっ。
クレープ。
…………。
……クレープ!?
私は、桜花を見た。
桜花も、私を見た。
…………。
……あれ?
桜花の表情が、ちょっと固まってる?
「……リアリス様」
「……うん?」
「……大変、申し訳ございません」
…………。
……あっ。
「買い忘れた?」
「……はい」
…………。
……おお。
桜花が。
桜花が、買い物を忘れた!?
……いや。
買い物そのものは、ちゃんとした。
ただ、肝心のクレープを忘れたらしい。
「……ごめんなさい、カトレア様」
桜花が、少し肩を落として謝る。
カトレアは、きょとんとした顔になった。
……ああ。
これは、ちょっとショックだったかな。
でも、カトレアはすぐに首を振った。
「大丈夫だよ!」
「……カトレア様」
「だって、また買いに行けばいいもん!」
…………。
……おお。
偉い!
私は思わずカトレアの頭を撫でた。
「そうだね。今度、みんなで買いに行こうか」
「うん!」
カトレアは、にこにこ笑った。
……ああ。
よかった。
桜花も、少しだけ安心したように笑う。
「次こそは、必ずお買い求めいたします」
「えへへ。楽しみにしてる!」
……うん。
これで一件落着だね。
……でも。
桜花って、こんな忘れ物もするんだ。
ちょっと珍しい。
いや、可愛い。
…………。
……あっ。
そうだ。
これ、絶対にからかったらだめなやつだ!
私は、何でもない顔で靴を脱いだ。
すると、桜花が小さな声で言った。
「リアリス様」
「……はい?」
「今、何かお考えになりましたか?」
…………。
……おお。
危ない危ない!
「い、いや! 何でもないよ!」
「……左様でございますか」
桜花が、じっとこちらを見ている。
……うん。
この子、《鑑定》がなくても私の考えが分かるんじゃないかな。
…………。
……やっぱり、敵わないね。
◇
夕食を終え、お風呂にも入ったあと。
私は、王国邸の自室でくつろいでいた。
窓の外は、もうすっかり暗い。
机の上には、今日買った小皿と、カトレアが描いた花の絵。
……ああ。
今日も一日、よく遊んだなぁ。
……いや。
シルベスターさんの胃痛も治したんだった。
あれは、ちゃんと人の役に立ったよね。
……うん。
満足満足。
私は椅子にもたれて、ふと考えた。
《鑑定》。
花。
道具。
食べ物。
門兵さん。
屋台の店主さん。
シルベスターさん。
そして桜花や楓。
……おお。
本当に、いろいろ見たなぁ。
でも。
ひとつだけ、まだやってないことがある。
…………。
……あれ?
そういえば。
自分自身を《鑑定》してない!
…………。
……おおおっ!
何で今まで忘れてたんだ!
異世界転生ものといえば、自分のステータス確認だよね!
それなのに、私は花やティーカップばかり調べてた!
……うん。
これは、今すぐやるしかない!
私は椅子に座り直した。
鏡を用意する必要は……ないか。
自分自身を対象にすればいいんだもんね。
……よし。
それでは。
いよいよ、自己鑑定!
私は、自分自身へ意識を向けた。
もちろん、無詠唱。
もう、魔法名を声に出す必要もない。
すると、目の前に半透明の画面が浮かんだ。
……おお!
出た!
出たよ!
――――――――――
名前:リアリス
種族:人種
肉体年齢:25歳
状態:健康
登録名:リオン
冒険者ランク:F
魔力:無限
固有魔法:《想像魔法》
――――――――――
…………。
……おおお!
すごい!
ちゃんと自分の情報が出てる!
……って。
冒険者ランク、F!
……うん。
間違ってない。
間違ってないんだけど。
魔力が無限なのに、Fランクって並んでるの、何だか面白いな。
……ふふ。
もしこれをシルベスターさんが見たら、また怒りそう。
「リアリス様?」
背後から、桜花の声がした。
「……あっ、桜花!」
振り向くと、桜花が飲み物を持って立っていた。
「温かいお茶をお持ちいたしました」
「ありがとう!」
私はカップを受け取った。
……うん。
いい香りだね。
「何をご覧になっておられたのでございますか?」
「自分の《鑑定》だよ! そういえば、まだ試してなかったなって」
「左様でございましたか」
桜花が、私の隣へ立つ。
「いかがでございますか?」
「ちゃんと出てきたよ。魔力が無限とか、Fランクとか」
「ふふ」
……あっ。
笑った。
絶対、Fランクのところで笑ったよね?
「……桜花?」
「失礼いたしました」
…………。
……うん。
いいんだよ。
私も面白いと思ったからね!
「そういえば、ほかの情報はどうなってるんだろう」
私は、画面へ目を戻した。
どうやら《鑑定》では、表示する項目を切り替えられるらしい。
……ふむふむ。
魔法の一覧。
体の状態。
補足情報。
……おお。
便利便利。
私は、軽い気持ちで次の項目を開いた。
――――――――――
主な永続効果:
《不老不死》
《絶対防御》
《状態異常無効》
――――――――――
……うん。
ちゃんと有効みたい。
ありがたいなぁ。
私は、画面を指で軽くなぞった。
もちろん、実際には頭の中で操作しているだけだ。
……おっ。
下の方にも、まだ項目がある。
何だろう。
――――――――――
補足情報
未確認のページ:1
――――――――――
…………。
……ん?
未確認のページ?
……おお。
こんなところまで、ゲームっぽい!
私は、ちょっとわくわくしながら、そのページを開いた。
……よし。
どんな情報が出るかな。
隠された能力?
秘密の称号?
転生者だけが見られる特別な何か?
……ああ。
そういうの、お約束だよね!
私は期待しながら、画面を覗き込んだ。
そして。
――――――――――
隠しページ
オリミスの下僕。
PS.もっと優しくしてください
――――――――――
…………。
……………………。
……は?
私は、もう一度読んだ。
オリミスの下僕。
…………。
……いや。
何で!?
PS.もっと優しくしてください。
…………。
……誰が!?
私は、しばらく画面を見つめていた。
……あのさぁ。
神様。
…………。
……これ、絶対に神様でしょ!?
「……リアリス様?」
桜花が、不思議そうに私を見る。
「……桜花」
「はい」
「ちょっと、見てほしいものがあるんだけど」
「かしこまりました」
私は、桜花にだけ《鑑定》の画面を共有した。
……そう。
昨日作ったとき、必要な相手にだけ見せられるようにしておいたんだよね。
隠しページを、桜花の前へ表示する。
…………。
桜花が、静かに文字を読んだ。
そして。
「…………」
……あっ。
黙った。
「……どう思う?」
私は尋ねた。
桜花は、少しだけ首を傾げる。
「……こちらの『下僕』という表現でございますが」
「うん」
「リアリス様には、まったく相応しくございません」
…………。
……おお。
そりゃそうだよね!
「だよね!?」
「はい」
桜花は、いつになく真剣な顔をしている。
……あれ。
ちょっと怒ってる?
「それに、『もっと優しくしてください』とございますが……」
「……うん?」
「お願いする立場で、そのような失礼な表現を用いられるのは、いかがなものかと」
…………。
……おお。
そこ!?
……いや、確かにそうなんだけど!
私は、思わず笑ってしまった。
「桜花、大丈夫だよ。多分、神様の冗談だから」
「……冗談、でございますか」
「うん。たぶんね」
……ただし。
笑って許す前に、ひとつ確認したい。
…………。
……神様。
私の魔法に、何かした?
私は、表示画面をもう一度確かめた。
《想像魔法》は、私が自分で想像した結果を実現する力だ。
その効果を、他人が勝手にいじることはできない。
神様だって、例外じゃない。
……うん。
そこは変わってないはず。
となると、この変な文章は何なんだろう。
……まあ。
本人に聞くのが早いよね!
「桜花、ちょっと神様に連絡してみるね」
「はい。ぜひ、お願いいたします」
…………。
……あっ。
桜花の返事が、妙に力強いぞ。
私は《映像通話》で、神様へ連絡を入れた。
ほどなくして、目の前に画面が現れる。
そして、見慣れた顔が映った。
『おお、リアリス! どうした?』
「こんばんは、神様!」
『うむ。何か困ったことでもあったか?』
……うん。
ありますとも。
私は、にっこり笑った。
「神様。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
『……ん?』
「《鑑定》って魔法を作ったんですよ」
『おお! それは便利そうだな!』
「はい。すっごく便利なんです」
『それはよかった!』
……うん。
本当に便利。
だからこそ。
「自分を《鑑定》してみたら、変なページが出てきたんですよね」
…………。
神様の笑顔が、ぴたりと止まった。
……あっ。
これは。
……当たりだ!
『……へ、へえ。変なページ?』
「はい」
『そ、そうか……』
「内容、読んでいいですか?」
『……いや、待て』
……おっ。
「『オリミスの下僕』」
『…………』
「『PS.もっと優しくしてください』」
『…………』
…………。
……ふふ。
何も言わなくなった。
「神様?」
『……はい』
「これ、何ですか?」
『……ちょっとした、冗談というか……』
……やっぱり!
「神様ぁぁぁ!?」
『ま、待て! 怒るな! ちゃんと説明する!』
私は、画面に顔を近づけた。
「私の魔法、勝手にいじったんですか!?」
『違う違う! そこは本当に違う!』
……おっ。
そこは即答なんだ。
『《想像魔法》そのものは、私にも変更できん。お前が作った《鑑定》の性能も、そのままだ!』
「……じゃあ、この文字は?」
『神界には、ステラの情報を管理する仕組みがあってな。例えるなら……そう、記録を保存する大きな書庫のようなものだ』
……ほう。
書庫。
『《鑑定》が表示する情報の一部には、その管理情報が使われる。私は、そこの係の者に頼んで、お前自身の画面用にメッセージを一つ追加してもらったのだ』
…………。
……なるほど。
魔法そのものを変更したわけじゃない。
《鑑定》が参照する先の、表示用の文章だけを追加した。
……そういうこと?
「つまり、私の《鑑定》は正常なんですね?」
『もちろんだ! 魔法の効果には、一切触れておらん!』
……うん。
それなら、ひと安心。
……なんだけど。
「じゃあ、何で『下僕』なんですか!」
『……そこは、まあ……』
「まあ?」
『……少し、面白いかと思って』
…………。
……おお。
正直だなぁ!
「神様。それ、面白いのは神様だけですよ!」
『そ、そうか……?』
……いや。
私もちょっと笑っちゃったけど!
でも、そこは認めたくない!
「それに、何ですか。『もっと優しくしてください』って」
『……最近、リアリスは私に厳しいだろう?』
…………。
……ん?
『落とし物をしたときも、いろいろと……』
…………。
……ああ。
あったね。
神様の落とし物騒動。
あれは、色々あったなぁ。
「そりゃあ、神様が落とし物をするからでしょう!?」
『そうなのだが!』
……おお。
反論できないんだ。
私は思わず笑った。
桜花は、画面の横で静かに頭を下げている。
「神様、もう少ししっかりしてくださいよ」
『……うむ』
「それに、私は神様の下僕じゃありませんからね!」
『……うむ』
「PSまで付けてお願いしなくても、普通に言ってくれればいいじゃないですか!」
『……それもそうだな』
…………。
……あれ。
何だか、思ったより素直だね。
……いや。
悪ふざけがバレたんだから、当たり前か。
「じゃあ、あの文章、消してもらえます?」
『もちろん。係の者に伝えておこう』
「お願いしますよ」
『……すまなかった』
…………。
……おお。
ちゃんと謝った。
……なら、もういいかな。
私は、ふっと笑った。
「まあ、面白かったですけどね」
『……そうか!?』
神様の顔が、ぱっと明るくなる。
……あっ。
しまった。
「でも、二度とやらないでくださいね!」
『……はい』
…………。
……うん。
やっぱり、この人……いや、神様。
放っておけないなぁ。
『ところで、リアリス』
「はい?」
『その《鑑定》とやら、ほかにどんなことが分かるのだ?』
……あっ。
興味があるんだ?
「花の名前とか、道具の用途とか、人の状態とかですね」
『おお。便利だな!』
「はい。昨日から、もう使いまくってます!」
『……お前らしいな』
……ふふ。
そう言われると、ちょっと嬉しい。
「今日はシルベスターさんの胃痛も見つけましたよ」
『……胃痛?』
「はい。それで、《完全回復》で治しました」
…………。
神様が、何とも言えない顔になった。
……あれ?
どうしたんだろう。
『……まさか、胃痛を治すために、あの魔法を?』
「そうですけど?」
『……いや、よいのだ。よいのだが……』
……おお。
神様まで、シルベスターさんみたいな反応!
「治ったんだから、いいじゃないですか!」
『……確かに、それはそうだな』
……うん。
神様も納得したみたい。
すると、桜花が静かに口を開いた。
「オリミス様」
『……ん?』
「リアリス様は、本日も皆様のお役に立っておられました」
『う、うむ。そうだな』
「ですので、『下僕』という表現は、今後お控えいただけますと幸いでございます」
…………。
……おお。
桜花!
まだそこ気にしてたの!?
神様が、画面の向こうで背筋を伸ばした。
『……承知した』
…………。
……あっ。
神様、桜花にも弱いんだね。
私は、思わず笑いをこらえた。
「それじゃあ、神様。おやすみなさい!」
『うむ。よい夜を。……リアリス』
「はい?」
『……また、たまには連絡してくれると嬉しい』
…………。
……ああ。
そういうことか。
もしかして、寂しかったのかな。
「分かりました。今度は、落とし物じゃない話をしましょう!」
『……うむ!』
神様が嬉しそうに笑った。
……ふふ。
じゃあ、またね。
私は、通話を終えた。
◇
画面が消え、部屋に静けさが戻った。
私は椅子にもたれかかる。
……はぁ。
まさか、自分を《鑑定》しただけで神様に電話することになるとは。
……いやぁ。
異世界って、本当に予想がつかないね。
桜花が、温かいお茶を注ぎ直してくれた。
「お疲れさまでございました」
「ありがとう、桜花」
私はカップを受け取り、ひと口飲んだ。
……ああ。
落ち着く。
「それにしても、神様って……」
「はい」
「本当に、いたずら好きだよね」
「左様でございますね」
桜花が、小さく頷いた。
……うん。
悪気はないんだろうけど。
……いや、あるか。
あの隠しページ、わざわざ作ったんだもんね。
私は、もう一度自分へ《鑑定》を使ってみた。
――――――――――
名前:リアリス
状態:健康
魔力:無限
――――――――――
……うん。
こちらは問題なし。
補足情報を開くと、まだ隠しページが残っている。
――――――――――
オリミスの下僕。
PS.もっと優しくしてください
――――――――――
…………。
……あれ?
まだ消えてない。
……まあ、係の人へ頼むって言ってたしね。
……うん。
そのうち消えるでしょう。
私は画面を閉じた。
「リアリス様」
「ん?」
「もう夜も遅うございます。そろそろお休みになられてはいかがでしょうか」
「そうだね」
……ああ。
今日は本当に色々あった。
《鑑定》の便利さを確かめて。
シルベスターさんの胃痛を治して。
クレープを買い忘れて。
……あっ。
そうだ、クレープ!
「桜花、明日は忘れずに買おうね!」
「……はい」
桜花の頬が、ほんの少し赤くなった。
……ふふ。
可愛いなぁ。
……いや。
今、声に出して言ったら、また困らせちゃうね。
私は立ち上がり、机の上のカップを片づけた。
寝る支度を済ませる頃には、すっかり静かな夜になっていた。
窓の外には、星が瞬いている。
……ああ。
こういう夜、いいなぁ。
最近は、王都の大襲撃や、ドワーフ国の新しい発明や、聖国での魔獣騒ぎ。
そして、ルルさんとララさんとの出会い。
本当に、いろいろあった。
……うん。
でも。
今日は、ただ街を歩いて、ちょっと買い物をして、知り合いの胃痛を治しただけ。
…………。
……いや。
胃痛を治すのが普通の散歩に入ってる時点で、おかしいのかな。
……まあ、いっか!
これからも、気になることがあれば試してみたい。
面白いものがあれば見に行きたい。
家族と美味しいものを食べて、笑って暮らしたい。
……うん。
それでいい。
私は、ふと《鑑定》の画面を思い出した。
魔力、無限。
冒険者ランク、F。
そして、あの変な隠しページ。
…………。
……ぷっ。
だめだ。
思い出すと笑っちゃう!
「……リアリス様?」
桜花が、不思議そうにこちらを見た。
「ごめん。さっきの神様を思い出しちゃって」
「……左様でございますか」
桜花も、少しだけ微笑んだ。
……ああ。
こういう日が、ずっと続くといいなぁ。
私は寝台に腰を下ろした。
そのとき。
ふと、ひとつの考えが浮かんだ。
……待てよ。
隠しページって、私だけにあるんだよね。
ということは。
神様は、わざわざ私が自分を《鑑定》するのを待って、あの文章を仕込んでたわけで。
…………。
……神様。
どれだけ暇なの!?
私は、思わず声を出して笑ってしまった。
「……ふふっ」
桜花も、隣で笑っている。
……まあ、いいや。
明日はカトレアとクレープを食べて。
また、何か面白いことを見つけよう。
……そう。
のんびり暮らしたいんだからね!
…………。
ただし。
神様のいたずらだけは、もう勘弁してください!




