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第5話:十歳、おめでとう

 朝。


 目が覚めた私は、天井を見つめた。


 ……うん。今日だ。


 とうとう、今日が来た。


「カトレア、十歳の誕生日おめでとー!」


 勢いよく起き上がって、誰もいない寝室に叫んでしまった。


 …………。


 ……あっ。


 まだ本人に会ってないのに。


 ちょっと恥ずかしくなって、私は咳払いをした。


 まあ、いいか。


 今日くらいは、浮かれても許されるよね。


     ◇


 廊下へ出ると、いつもどおり桜花が待っていた。


「おはようございます、リアリス様」


「おはよう、桜花!」


「本日は、ずいぶんとお早いお目覚めでございますね」


「カトレアの誕生日だからね!」


 桜花は、ほんの少しだけ目を細めた。


「カトレア様も、楽しみにしていらっしゃいました」


「うん。いい一日にしてあげたいな」


 窓の外には、昨日までなかった長いテーブルと椅子。


 白い布。


 色とりどりの花飾り。


 庭の木々の間にも、小さな飾りが揺れていた。


「……おお。いつの間に?」


「昨夜、巴とセバスを中心に皆で準備いたしました」


 ……ありがたい。


 すでに、いい誕生日になりそうだね。


     ◇


 食堂へ入ると、カトレアが私を見つけて手を振った。


「お父さん、おはよう!」


「おはよう、カトレア!」


 私は、真っすぐ娘のところへ行って、目の高さまでしゃがんだ。


 水色のおかっぱ頭をそっと撫でる。


「十歳のお誕生日、おめでとう!」


「えへへ! ありがとう!」


 カトレアが抱きついてきた。


 ……ああ。


 可愛い。


 朝から、これである。


「今日は何をしたい?」


「みんなと遊びたい! それから、ケーキ!」


「いいねぇ!」


 私は、笑って抱きしめ返した。


 昨日、お墓の前で少し潤んでいた瞳が、今日は楽しそうに輝いている。


 ……うん。


 今日は思いっきり楽しもう。


     ◇


「リアリスちゃん」


 背後から、巴さんの声がした。


 その手には、何やら紙が一枚。


「……はい?」


「これ、昨日の夜、セバスが見つけたんだけど」


 私は、紙へ目を落とした。


 …………。


 あっ。


 私が書いた、カトレアへの贈り物一覧!


 大きなぬいぐるみ。


 花の図鑑。


 服。


 靴。


 花壇用の道具。


 玩具。


 それから、いろいろ。


 ……あれ。


 紙の下の方まで、字がぎっしり。


「全部買うつもりだったの?」


「……ええと」


「リアリスちゃん?」


 巴さんが、優しく笑った。


 ……うん。


 これは、怒られてるね。


     ◇


「せっかくの十歳ですし……」


「だからって、お部屋を物で埋めてどうするの」


「……入らなかったら、予備室を――」


「リアリスちゃん?」


「……すみません」


 ……ああ。


 また、言ってしまった。


 カトレアが、面白そうに笑っている。


「お父さん、何のお話?」


「ちょっと、買い物をしすぎたかもしれなくて」


「そうなの?」


「……うん」


 カトレアは少し考え、それから私の手を握った。


「わたし、お父さんと一緒にいられるだけで嬉しいよ」


 …………。


 ……ああ。


 言われちゃったね。


 私は、贈り物の一覧を静かに畳んだ。


「……じゃあ、まずは一つ選ぼうかな」


「そうしましょうね」


 巴さんが満足そうに頷く。


 ……うん。


 ……うん。朝は、ここで素直に引いておこう。


 ……朝は、ね。


     ◇


 朝食の席で、今日の予定も聞いた。


 午前中は庭で遊ぶ。


 昼からはみんなで食事。


 おやつの時間にケーキ。


 夕方まで、自由に過ごしてもらう。


「……完璧ですね!」


 私は素直に感心した。


「大げさなことは、しなくていいのよ」


 巴さんが言った。


「カトレアちゃんが、一番楽しめればいいんだから」


「うん!」


 カトレアは、元気よく頷いた。


 ……本当に、そのとおり。


 今日は、カトレアが主役。


 私がどれだけ豪華にできるかを競う日じゃない。


 ……まあ。


 少しくらい、驚かせたいけどね。


     ◇


「旦那様」


 朝食が終わる頃、セバスがやってきた。


「本日の準備は、予定どおり進んでおります」


「ありがとう、セバス」


「各国の学校と店舗には、以前から特別休業を周知しております。本日は全スタッフがこちらへ集まれるよう、日程を調整いたしました」


 ……おお。


 そこまで考えてくれたんだ。


 八つの国の学校。


 雑貨屋と美容サロン。


 普段なら、誰かが必ず働いている場所ばかり。


「みんな、お休みで大丈夫かな?」


「ご安心ください。明日以降の運営に支障はございません」


「……そっか」


 なら、よかった。


 今日くらいは、みんなにも楽しんでもらいたいからね。


     ◇


「それと、旦那様」


 セバスが続けた。


「シルク王家から、お祝いに伺いたいと連絡がございました」


「……王様たちが?」


「はい。午後に公務が一段落してから、王妃、王子、王女の皆様とお越しになる予定です」


「それは、嬉しいね」


 カトレアは、王族の皆さんを普通に遊びに来る親戚みたいに思っている。


 ……まあ。


 確かに、よく遊びに来てくれるけど。


「第一王子は?」


「クオシン殿下は、ご欠席と承っております」


「……ああ、そうなんだ」


 ……うん。


 あの人は、こういう集まりがあまり好きじゃなさそうだしね。


「来てくれる皆さんは、歓迎するよ」


「かしこまりました」


     ◇


 庭へ出ると、すでに花飾りが整えられていた。


 長いテーブルの周りには、小さな鉢植え。


 芝生の一角には遊び用の広い場所。


 椅子は十分な数があり、日よけも用意されている。


「すごい!」


 カトレアが、目を輝かせた。


 私は、巴さんへ尋ねる。


「これ、全部手作り?」


「ええ。みんなで相談したのよ」


 カトレアが好きな花を中心に飾ったらしい。


 ……うん。


 豪華なだけじゃなく、ちゃんと本人の好きなものが揃ってる。


 私の計画とは、ずいぶん違うね。


 ……いや。


 私のは、ただプレゼントの数が多かっただけか。


     ◇


 そこへ、楓がやってきた。


 橙色の短い髪。


 いつもどおりの落ち着いた表情。


 手には、小さな木箱。


「……おめでとう」


「楓! ありがとう!」


 カトレアが、箱を受け取った。


 中には、花の形をした木のしおり。


 縁には、細かな葉の模様が彫られている。


「……綺麗!」


「……作った」


「楓が?」


「……うん」


 カトレアが嬉しそうに箱を抱えた。


「お花の本にはさむね!」


 楓の口元が、ほんの少し緩む。


 ……ああ。


 こういう贈り物もいいね。


 高価なものより、ずっと気持ちが伝わってくる。


     ◇


 やがて、屋敷の転移扉から次々と仲間が集まり始めた。


 藤。


 杏子。


 蘭。


 牡丹。


 撫子。


 菖蒲。


 朝顔。


 ……おお。


 フラワーズが全員揃ったね。


 いつものように表情は控えめ。


 でも、カトレアを見つけた瞬間、歩く速度が少しだけ速くなった。


「……おめでとう」


 藤が、小さな袋を差し出した。


 杏子と蘭も、持ってきた包みを渡す。


「みんな、ありがとう!」


 カトレアが、一人ずつにお礼を言った。


 牡丹は、こくりと頷く。


「……おめでと」


 エルフ国の国宝を管理している牡丹も、今日はここへ来ている。


 保管室の《結界》は、あの国宝をしっかり守ってくれているからね。


     ◇


 各邸のメイドたちも、転移扉を通って到着した。


 学校の先生になったアンナたちもいる。


 アンナは、いつもの真面目な表情で挨拶。


 オリアナは、明るく手を振る。


 カレンは花束を落としそうになって、補助教師に受け止めてもらっていた。


 ……うん。


 カレンは、相変わらずだね。


 サーシャは、勢いよく声を上げた。


「皆さん! 今日は思いっきりお祝いしましょう!」


 ……声、大きい!


 ホリーは、隣のメイドの襟をそっと整える。


 ナターシャは、のんびりした調子でお祝いの言葉を伝えた。


 シェリルは、実に普通の挨拶。


 ラナは、カトレアの前へしゃがんだ。


「十歳になったのねぇ。偉いわねぇ」


「えへへ!」


 ……うん。


 普段は大人まで子ども扱いするラナだけど、今日はちょうどいいね。


     ◇


 庭が、あっという間に賑やかになった。


 各邸の一般メイドに、教師と補助教師。


 巴さんやセバス、フラワーズ。


 キャッツにエーデルもいる。


 こうして百人を超える仲間が集まると、壮観だね。


 でも、全員に順番に挨拶させたりはしないことにした。


 それじゃ、カトレアが疲れちゃう。


「みんな、今日は来てくれてありがとう!」


 カトレアが、庭の中央で声を上げる。


 大きな拍手が返ってきた。


 ……ああ。


 この子、本当にみんなから愛されてるんだなぁ。


     ◇


 庭の端では、キャッツが料理の準備を覗いていた。


「お昼は、お魚もあるんでしょうか?」


「もちろん。でも、まだ食べちゃ駄目だよ?」


 私が答えると、キャッツが少し残念そうに尻尾を揺らした。


 その背後から、巴さん。


「キャッツちゃん?」


「……はい!」


「つまみ食いはしないのよ?」


「し、しません!」


 ……おお。


 まだ何もしてないのに、すごい緊張感。


 ……いや。


 前に何度もつまみ食いしたからか。


 エーデルは、その様子を見て小さく笑った。


 カトレアが駆け寄ると、エーデルは優しく手を握る。


「十歳のお誕生日、おめでとうございます」


「ありがとう、エーデル!」


 ……うん。


 二人とも、今日は仕事を忘れて楽しんでほしいな。


     ◇


 庭の外れには、モフ太もいた。


「モフ太ー!」


 カトレアが、短い足でとことこ歩く小さな熊へ駆け寄った。


「今日は、みんなが来てくれたよ!」


「ええ。とても賑やかでございますね、カトレア」


 モフ太が、落ち着いた声で答える。


 カトレアが、その頭を撫でた。


「モフ太も一緒にお祝いしようね!」


「……光栄です」


 ……うん。


 今日はアレックスの話はしないでおこう。


 せっかくの誕生日が、モフモフ対決になったら大変だからね。


     ◇


 午前中は、庭で遊んだ。


 リバーシ。


 花の名前を当てる遊び。


 小さな輪投げ。


 どれも、カトレアが気軽に参加できるものばかり。


「お父さん、リバーシしよう!」


「いいよ!」


 私は、盤の向かいに座った。


 ……うん。


 親として、少しは手加減してあげようかな。


 なんて思っていたんだけど。


 数分後。


 ……あれ?


「お父さん、ここもひっくり返せるよ!」


「……ほんとだ」


 カトレアの石が、どんどん増えていく。


「楓に教わったの!」


 …………。


 ……あっ。


 先生が楓だったのか。


 それなら、この強さも納得だね。


     ◇


 結果。


「……お父さん、負けちゃった?」


「……うん。完敗です」


 カトレアが、嬉しそうに両手を上げた。


 近くにいたメイドたちから、拍手が起こる。


 楓が、小さく頷く。


「……上手」


「ありがとう!」


 ……おお。


 楓からの褒め言葉だ。


 これは、なかなか貴重だね。


 私は、カトレアの頭を撫でた。


「次は、お父さんも練習しないとね」


「じゃあ、楓に教えてもらおうよ!」


「……うん。そうしようか」


 ……いや。


 楓に勝てる未来が、まったく見えないんだけどね。



     ◇


 リバーシの次は、庭の花を使った名前当てだった。


 花壇を傷めないよう、巴さんがあらかじめ摘んでおいた花をテーブルに並べてある。


「じゃあ、これ!」


 私が一輪指さすと、カトレアは間髪入れずに名前を答えた。


「正解!」


「えへへ!」


 次はシェリルが、一枚の葉をそっと見せた。


 これも、カトレアは迷わなかった。


 続いてアンナ、ホリー、ラナ。


 ……おお。


 いつの間にか、先生が三人も増えてる。


 ただし、誰も難しすぎる問題は出さない。


 カトレアが知らない花が出ると、少しずつ特徴を教えてくれる。


 ……うん。


 こういう遊びなら、みんなで楽しめるね。


     ◇


「お父さん、次はわたしが問題を出すね!」


「受けて立とう!」


 カトレアが、花を一輪持ち上げた。


 淡い黄色の小さな花。


 花びらの先が、少しだけ丸い。


「これ、何でしょう!」


 …………。


 私は、じっと見つめた。


 ……うーん。


 似たような花なら、いくつか知ってる。


 でも、この世界の名前は、何だったっけ。


「……黄色いお花?」


 …………。


 庭が、静かになった。


「お父さん。それは名前じゃないよ?」


「……そうだよね」


 カトレアは、声を上げて笑った。


 周りにいたメイドたちも、楽しそうに笑っている。


 ……ああ。


 今日は、私が負けっぱなしだなぁ。


 でも、この笑顔が見られるなら、何回負けてもいいか。


     ◇


 その頃、ニーナちゃんがやってきた。


 淡い赤色の髪を編み込んで、いつもの花の髪飾りをつけている。


 今日はご両親に送ってもらったらしい。


 入口で挨拶をしたあと、カトレアを見つけて小さく手を振った。


「カトレアちゃん!」


「ニーナちゃん!」


 二人は、すぐに駆け寄って手を取り合った。


 ……うん。


 今日、ニーナちゃんにも来てもらえてよかった。


 学校で出会ってから、ずいぶん仲良くなったもんね。


「お誕生日、おめでとう!」


「ありがとう!」


 ニーナちゃんが差し出したのは、小さな紙袋。


 中には、花の種がいくつか入っていた。


「うちのお庭で咲いたお花の種なの。よかったら一緒に植えよう?」


「うん! 植えたい!」


 ……ああ。


 これまた、カトレアらしい贈り物だ。


     ◇


 ニーナちゃんのお父さんとお母さんにも、お礼を伝えた。


「今日は、来ていただいてありがとうございます」


「こちらこそ。ニーナがずっと楽しみにしていたんです」


 お母さんが、微笑んだ。


 お父さんも、にこやかに頭を下げる。


 ……うん。


 いいご家族だね。


「アレックスはお留守番ですか?」


 何気なく尋ねると、ニーナちゃんのお父さんが頷いた。


「はい。家で休ませています」


 ……ああ。


 それがいいね。


 飼育の許可を得ているFランクの魔獣でも、うちの屋敷の結界には入れないからね。


 しかも、今日はモフ太もいる。


 ……うん。


 あの二匹を誕生日会で鉢合わせさせるのはね……。


 当のニーナちゃんは、その事情を知らず、カトレアと庭の花壇へ向かっていた。


     ◇


 お昼が近づくと、庭にいい匂いが漂い始めた。


 温かい料理が、次々とテーブルへ運ばれてくる。


 肉料理。


 焼きたてのパン。


 野菜を使った色鮮やかな料理。


 それから、魚料理。


 ……あっ。


 キャッツの耳が動いた。


「……お魚!」


 …………。


 分かりやすい!


 巴さんが、笑顔で声をかける。


「キャッツちゃん。まだお皿へ手を伸ばさないのよ」


「分かっております!」


 ……うん。


 今日一日、そのやり取りが続きそうだね。


     ◇


 料理の中には、カトレアの好きないちごのクレープもあった。


 ただし、これは食後のお楽しみらしい。


 カトレアが見つけた瞬間、目を輝かせた。


「お父さん! クレープ!」


「うん。食後に食べようね」


「うん!」


 巴さんが、こちらへ近づいてきた。


「今日は、みんながお料理を手伝ってくれたのよ」


「そうなんだ」


 よく見ると、各邸のメイドたちが持ち寄った料理もあるらしい。


 味付けや盛りつけに、それぞれの国らしい違いがあった。


 ……おお。


 世界各国のお料理が、こんなに集まってる!


 これは、食べる方も楽しみだね。


     ◇


 私は庭の中央に立った。


 カトレアが、隣へ並ぶ。


 小さな手を握って、一度だけ深く息を吸う。


 たくさんの顔が、こちらを向いた。


 みんな、私が作ったホムンクルスだったり、あとから仲間になってくれた人たちだったり。


 出会い方も、暮らす国も違う。


 でも、今は同じ場所にいる。


「皆さん、今日は集まってくれてありがとう!」


 私は、少し声を張った。


「カトレアが、十歳になりました!」


 拍手が起こる。


 カトレアは、少し照れくさそうに笑った。


 私は、続けた。


「普段はそれぞれの国で忙しくしてもらっているけど、今日はお仕事を忘れて楽しんでほしい。カトレアも、みんなと一緒に過ごしたいって言ってくれたので!」


 ……うん。


 それが、今日の一番大事な約束だ。


     ◇


「じゃあ、カトレア」


 私は、娘の顔を覗き込んだ。


「みんなに一言、お願いしてもいい?」


「……うん!」


 カトレアが、一歩前へ出る。


 百人を超える視線が集まった。


 ……あっ。


 ちょっと緊張してるかな。


 私は、そっと隣に立ったまま待った。


「えっと……」


 カトレアは、一度だけ息を吸った。


「みんな、今日は来てくれてありがとう!」


 小さな声だったけれど、はっきり聞こえた。


「わたし、十歳になりました。これからも、いっぱいお花のお勉強をして、みんなと仲良くしたいです!」


 庭が、温かな拍手に包まれた。


 ……ああ。


 立派な挨拶だったね。


     ◇


「では、皆さん。いただきましょう!」


 巴さんの声を合図に、食事が始まった。


 私は、カトレアの隣へ座る。


 その反対側には、ニーナちゃん。


 桜花や巴さん、楓も近くにいる。


 モフ太は、少し離れた庭の端で、用意された食事を食べていた。


 セバスは、最初の配膳を確認してから、ようやく自分の席についた。


「セバスも、今日は座って食べてよ」


「承知いたしました、旦那様」


 ……うん。


 まだ仕事をしたがってるみたいだね。


 私は、彼の前にも料理を取り分けた。


「ありがとう。いつも助かってるよ」


「恐れ入ります」


 ……ああ。


 今日は、そういうお礼を言う日でもあるね。


     ◇


 食事の途中、カトレアが小さな包みを持ってきた。


「お父さん、これ、見て!」


 中には、カトレアが昨日、巴さんと一緒に作った小さなクッキー。


 花の形だ。


 ……おお。


 可愛いな。


「これ、カトレアが作ったの?」


「うん! 巴さんに教えてもらったの!」


 私は、ひとつ受け取って口へ運んだ。


 さくっ。


 ほんのり甘くて、素朴な味。


 ……おいしい!


「上手にできたね!」


「えへへ!」


 巴さんも、嬉しそうに笑っている。


 ……なんだか、誕生日なのに私の方が贈り物をもらってるみたいだね。


     ◇


 そこへ、フラワーズの子たちがやってきた。


 藤は、薄紫色の小さな布袋を差し出す。


 中には、乾燥させた花を詰めた香り袋。


 杏子は、花の模様を縫い込んだハンカチ。


 蘭は、柔らかな色合いの髪飾り。


 撫子は、小さな木製の花瓶。


 菖蒲は、土でも汚れにくい園芸用の手袋。


 朝顔は、魔国で咲く花を描いた小さな絵。


 牡丹は、エルフ国の森で拾った綺麗な葉を挟んだしおり。


 ……おお。


 みんな、カトレアが好きなものを考えてくれたんだね。


「すごい……!」


 カトレアが、ひとつずつ見つめる。


「大事にするね!」


 フラワーズたちは、大きく表情を変えないまま、小さく頷いた。


 ……うん。


 嬉しそうなのが、ちゃんと分かるよ。


     ◇


 なかでも、菖蒲の手袋が気に入ったらしい。


 カトレアは、その場ではめてみた。


 指先が、少し余る。


「……あれ。まだ大きい?」


 私は、笑った。


「大きくなったら、ちょうどよくなるよ」


「うん! 大切に使う!」


 菖蒲が、ほんの少し目を細めた。


「……よかった」


 ……ああ。


 フラワーズの贈り物も、それぞれ個性があるね。


 全部高価なものにする必要なんて、なかったんだな。


 今朝、巴さんに止めてもらってよかった。


 ……いや。


 私の贈り物も、まだあるんだけど。


     ◇


 日が少し傾き始めた頃。


 庭の入り口から、セバスが近づいてきた。


「旦那様。お客様がいらっしゃいました」


「……おっ!」


 私は、顔を上げる。


「王様たち?」


「はい。皆様、ご到着でございます」


 ……おお。


 ちょうどいい時間だね。


 私は、カトレアへ声をかけた。


「カトレア。知ってる人たちが来てくれたよ」


「誰?」


「見てのお楽しみ」


 カトレアが、不思議そうに首を傾げる。


 そこへ、庭へ続く道から、見覚えのある人たちが現れた。


 ……うん。


 今日は、ずいぶん立派なお客様だね。


     ◇


 先頭にいたのは、カバディ王。


 その隣には、銀色の長い髪を揺らしたシルエット王妃。


 そして、コモド君とアリーナさん。


 少し後ろには、宰相のミキサーさんもいた。


 ……おお。


 本当に、揃って来てくれたんだね。


「リアリス殿、遅くなったな」


 国王が、いつもの威厳を取り戻した声で言った。


「いえいえ。今日はありがとうございます!」


 私は、軽く頭を下げた。


 王妃も、穏やかに微笑む。


「カトレアちゃんのお祝いに、お邪魔いたしますね」


「どうぞどうぞ。今日は、のんびりしていってください」


 ……うん。


 昨日の王城の雰囲気とは、ずいぶん違うね。


     ◇


「カバディのおじさん!」


 カトレアが、嬉しそうに駆け寄った。


 …………。


 ……おじさん。


 いや、本人がそう呼ばれても気にしてないなら、いいんだけどね。


「おお、カトレアちゃん!」


 国王が、顔をほころばせる。


「十歳になったのだな。おめでとう!」


「ありがとう!」


「今日は、特別なお菓子を持ってきたぞ」


「ほんと!?」


「うむ!」


 ……ああ。


 カトレアにとっては、お菓子をくれる優しいおじさんなんだね。


 王の威厳は、どこかへ行ってしまったらしい。


 ……まあ。


 こっちの方が、私は好きだけど。


     ◇


 次に、アリーナさんがカトレアへ近づいた。


 薄桃色の長い髪。


 今日は、柔らかな色の服を着ている。


「カトレアちゃん、お誕生日おめでとう!」


「アリーナお姉ちゃん!」


 二人が、嬉しそうに手を取り合った。


 ……うん。


 アリーナさんは、カトレアと親しいからね。


「大きくなったわね」


「うん! 十歳になったよ!」


「これ、私からのお祝いなの」


 アリーナさんが差し出したのは、淡い色のリボンが付いた小箱。


 中には、小さな花の模様をあしらった髪留め。


「……かわいい!」


「気に入ってくれた?」


「うん!」


 ……ああ。


 さすがだなぁ。


 贈り物の選び方まで、ちゃんとしてる。


     ◇


「リアリス殿」


 コモド君が、私へ声をかけた。


「今日は、大勢の方がお集まりですね」


「うん。各邸のみんなに来てもらったんだ」


「これほどの人数が揃うと、壮観ですね」


 ……おお。


 驚いてる?


 まあ、そうだよね。


 普段は八つの国に分かれているんだから。


「コモド君も、ゆっくりしていってね」


「ありがとうございます」


 コモド君が、優しく微笑んだ。


 ……うん。


 今日は王子様らしい服装だけど、相変わらず話しやすいなぁ。


 その隣をカトレアが通りかかった。


「コモド! 来てくれたんだ!」


「もちろん。お誕生日、おめでとう」


「ありがとう!」


 ……うん。


 カトレアは、相変わらず王子様だと思ってないみたいだね。


     ◇


 シルエット王妃も、カトレアの前でしゃがんだ。


「こちら、私からのお祝いです」


 渡されたのは、花模様の刺繍が入った小さな布袋。


 中には、庭で使える細い紐や、髪を結ぶための飾りが揃っていた。


「きれい……!」


「カトレアちゃん、お花が好きだと伺ったものですから」


「うん! 大好き!」


 王妃が、優しく頷いた。


 ……ああ。


 カトレアの好きなものを、ちゃんと聞いてくれたんだね。


 こういう気遣い、嬉しいな。


     ◇


 最後に、ミキサーさんが一歩前へ出た。


「カトレア様。お誕生日、おめでとうございます」


「ありがとう、ミキサーさん!」


 ミキサーさんは、小さな包みを差し出した。


 中には、丈夫な紙を使った新しい記録帳。


 表紙に、花の模様が描かれている。


「お勉強や、花の観察にお使いいただければ」


「わあ! ありがとう!」


 ……おお。


 これは、実用的!


 さすが、宰相。


 ……いや、宰相だからというより、ミキサーさんの性格かな。


 私は、改めて頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」


「いえ。私どもも、お招きいただき光栄です」


 ……うん。


 昨日のことは、今は忘れよう。


     ◇


 王家の皆さんが席についたところで、私は少し気になった。


「そういえば、クオシンさんは?」


 国王の表情が、わずかに曇る。


「……あれは、来ぬそうだ」


「そうですか」


「わざわざ祝い事に顔を出す必要はない、と言っておった」


「……だが、これを預かっておる」


 国王が懐から小さな箱を取り出した。


「……えっ?」


「クオシンから、カトレアちゃんへの贈り物だ。『俺は行かねえ。渡すなら勝手にしろ』とな」


 …………。


 ……おお。


 来ないのに、プレゼントは用意してたんだ。


「カトレアちゃん、ちょっとおいで!」


「なあに、お父さん?」


 アリーナさんの隣から駆け寄ってきたカトレアへ、国王が箱を差し出した。


「クオシンからだそうだ。開けてごらん」


 カトレアが蓋を開く。


 中には、淡い青色のリボンで作られた小さな腕輪が入っていた。


 中央には、銀細工の可愛らしい花。


 花びらの先には、小さな白い石がきらりと光っている。


「……わあ! かわいい!」


 カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。


「お父さん、見て!」


「うん。すごく似合いそうだね!」


 カトレアは嬉しそうに、手首へ巻いてみた。


 ……おお。


 大きさも、ちょうどいい。


     ◇


「……それにしても、意外ですね」


 私が呟くと、国王は小さく笑った。


「実はな。あれは、カトレアちゃんの好きな花や色をわざわざ調べ、細工師に注文しておったらしい」


「……そこまで?」


「しかも、子どもの手首に合うよう、留め方まで気にしていたそうだ」


 …………。


 ……クオシンさん。


 思っていたより、ずっと真剣に選んでるじゃないですか。


「そのくせ、渡すときは『別に祝いたいわけじゃねえ』と言っておった」


 ……ああ。


 なんて、分かりやすい。


 素直におめでとうって言えばいいのにねぇ。


「カトレア。クオシンさんに、お礼を伝えておこうか」


「うん! とっても嬉しかったって言ってね!」


「もちろん!」


 私は、国王へ頷いた。


「……というわけで、お礼をお願いします」


「うむ。しかと伝えよう」


 ……さて。


 あの人、カトレアが喜んだと聞いたら、どんな顔をするんだろう。


 ……ちょっと見てみたいね。


     ◇


 少し離れたところで、カトレアはアリーナさんとニーナちゃんに囲まれていた。


 新しい髪留めをつけてもらって、嬉しそうに笑っている。


「似合う?」


「すごく似合うよ!」


「わあ、かわいい!」


 ……おお。


 三人とも楽しそうだね。


 私は、その様子を眺めながらお茶を飲んだ。


 目の前には、国王とミキサーさん。


 ……あれ。


 そういえば、昨日はこの二人の前で、結構とんでもない独り言を言っちゃったんだよね。


 ……うん。


 今日は、平和に話そう。


「王様、北方の依頼は大丈夫そうですか?」


 私が尋ねると、二人の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。


 ……おや。


     ◇


「……ああ。シルベスターが、手配を進めておる」


 国王が、慎重に答えた。


 ミキサーさんも頷く。


「砦への連絡も済ませました。経験ある冒険者が、現地へ向かっております」


「それなら、よかったです」


 私は、素直に笑った。


「シルベスターさん、やっぱり頼りになりますね」


「……うむ。まことにな」


 ……ん?


 国王の返事が、妙に力強いような。


 その隣で、ミキサーさんがゆっくりお茶を飲んでいる。


 ……ああ。


 昨日の話、まだ気にしてるのかな。


「今日は、お仕事の話はここまでにしましょうか」


「そ、そうだな!」


 国王が、すぐに頷いた。


 ……うん。


 反応、早いね。


     ◇


「ところで、リアリス殿」


 シルエット王妃が、にこやかに声をかけた。


「カトレアちゃんは、随分と皆様に慕われているのですね」


「はい。本当にありがたいです」


「お庭も、とても素敵ですわ」


「巴さんたちが、準備してくれたんです」


 王妃は、辺りへ目を向けた。


 各国のメイドたちが、楽しそうに話している。


 見慣れた顔。


 初めて会った顔。


 それぞれが、同じテーブルを囲んでいる。


「ご家族が、たくさんいらっしゃるのね」


 …………。


 ……ああ。


 そうだね。


「はい。自慢の家族です」


 私は、そう答えた。


     ◇


 そのとき、庭の向こうから声がした。


「……おい、リアリス!」


 ……ん?


 聞き覚えのある声。


 振り返ると、大きな身体の男性が歩いてきた。


 シルベスターさんだ。


 ……おお!


「シルベスターさん!」


「仕事の合間だ。あまり長居はできんぞ」


 そう言いながら、片手に包みを持っている。


「来てくれたんですね!」


「……昨日、誘ったのはお前だろう」


 ……そうだった。


 でも、緊急の依頼の手配で忙しいと思っていたから、来てくれて嬉しいな。


「ありがとうございます!」


 私は、思わず笑った。


     ◇


「カトレアは、どこだ?」


「あそこです」


 私が指さすと、カトレアもこちらに気づいた。


「シルベスターさん!」


「おう。十歳になったんだってな」


「うん!」


「……おめでとう」


 シルベスターさんは、少し照れくさそうに包みを差し出した。


 中には、丈夫な革の小さな手提げ袋。


 花の観察に出かけるとき、道具を入れられるくらいの大きさだ。


「わあ! ありがとう!」


「……いや。そんな大したものじゃない」


 ……ああ。


 照れてる。


 いつもは怖そうなギルドマスターなのに、こういうときは優しいんだよね。


     ◇


「シルベスターさん」


 私は、小声で話しかけた。


「昨日の件、ありがとうございました」


「……またその話か」


「だって、おかげで今日はカトレアと一緒にいられるので」


 シルベスターさんは、少しだけ視線を逸らした。


「俺は俺の仕事をしただけだ」


「そう言うと思いました」


「……ったく」


 ……うん。


 やっぱり、いい人だ。


「お腹空いてません? 料理、たくさんありますよ」


「……なら、少しだけいただくか」


「ぜひ!」


 私は、近くの席を勧めた。


 ……よし。


 今日は、胃を痛めるような話はしないようにしよう。


 ……と、思ったんだけど。


     ◇


 その席には、国王とミキサーさんがいた。


「おお、シルベスター!」


 国王が、顔を上げる。


「ご苦労であった。昨日は世話になったな」


「いえ、陛下。ギルドマスターとして当然のことをしたまでです」


「……うむ」


 ミキサーさんも、深く頷く。


 ……ああ。


 また、真面目な話が始まりそうだね。


 私は、慌てて割って入った。


「今日は、お仕事の話は禁止にしません?」


 …………。


 三人が、同時にこちらを見た。


 シルベスターさんが、大きく息を吐く。


「お前が話題を振ったんだろうが」


「……あっ」


 …………。


 ……確かに。


 私は、素直に頭を下げた。


「……すみません」


 国王が、少しだけ笑った。


 ……よかった。


 今日は、胃痛の原因にはならなさそうだね。


     ◇


 しばらくして、巴さんが大きな声で呼びかけた。


「皆さん、そろそろおやつの時間ですよ!」


 ……おっ!


 来た!


 今日、一番のお楽しみ。


 カトレアと巴さんが、私に内緒で準備していたケーキだ。


 庭の中央に、白い布を掛けたテーブルが運ばれてくる。


 その上には、まだ大きな覆いがある。


 ……おお。


 何だろう。


 ものすごく気になる。


「お父さん、ちゃんと見ててね!」


 カトレアが、私の隣で笑った。


「もちろん!」


 私は、背筋を伸ばした。


 ……うん。


 ここは、絶対に見逃せない。


     ◇


 巴さんが、そっと覆いを外した。


 …………。


「……おお!」


 私は、思わず声を上げた。


 そこには、白いクリームに包まれた大きなケーキ。


 上には、赤い苺。


 周囲には、色の違う小さな花の飾りが並んでいる。


 そして、真ん中には、クリームで描かれた一輪のカトレアの花。


 ……ああ。


 なるほど。


 花が好きなカトレアのための、特別なケーキなんだね。


 とても綺麗だ。


 見ているだけで、嬉しくなる。


「どう? お父さん!」


「すごいよ、カトレア!」


 私は、素直に拍手した。


     ◇


「このお花ね、わたしが作ったの!」


 カトレアが、ケーキの周りの小さな飾りを指さした。


「巴さんに、やり方を教えてもらったの!」


「本当に? 上手だね!」


 よく見ると、花びらの大きさが少しずつ違う。


 でも、それがかえって可愛らしい。


 ひとつひとつ、カトレアが頑張って作ったのだと思うと、もう、それだけで十分だった。


「……お父さん、食べてみたい?」


「ものすごく!」


「えへへ!」


 巴さんが、楽しそうに笑った。


「主役が作って、みんなで食べるケーキなの。素敵でしょう?」


「はい!」


 私は、力いっぱい頷いた。


 ……ああ。


 これ、絶対おいしいやつだ。


     ◇


 もちろん、百人を超える人数で食べるのだから、あの一台だけでは足りない。


 庭の奥から、メイドたちが同じ味の小さなケーキを次々に運んできた。


 ……おお。


 そういう仕組みか!


 中央の特別なケーキは、カトレアと近くの人たちで切り分ける。


 ほかのみんなには、同じ材料で作ったものを配る。


 これなら、全員で一緒に食べられるね。


「巴さん、何から何までありがとう」


「ふふ。お祝いなんだから、いいのよ」


 ……うん。


 やっぱり、巴さんがいてくれてよかった。


 私は、心からそう思った。


     ◇


 カトレアは、そっとケーキの前に立った。


 庭が、少しだけ静かになる。


 みんなが、今日の主役を見つめていた。


 巴さんが、優しく言う。


「さあ、カトレアちゃん。十歳のお祝いよ」


 私は、娘の隣へ行った。


「カトレア。改めて、お誕生日おめでとう」


「ありがとう、お父さん!」


「これからも、たくさん笑って過ごしてね」


「うん!」


 その返事と同時に、庭から拍手が起こった。


 みんなが声を合わせて、お祝いの言葉を届けてくれる。


 カトレアは、少し照れながらも、嬉しそうに笑っていた。


     ◇


 ケーキを切り分けると、真っ先にカトレアが私へ一皿差し出した。


「お父さん、これ!」


「ありがとう!」


 白いクリーム。


 真っ赤な苺。


 その端には、カトレアが作った小さな花。


 ……ああ。


 もったいなくて、食べられないなぁ。


 なんて思いながら、私はひと口食べた。


 ……おいしい!


 甘すぎないクリームと、苺の酸味。


 ふんわりした生地。


 何より、カトレアが一生懸命作ってくれた飾り。


「……すごくおいしいよ」


「ほんと!?」


「うん。お父さん、幸せだなぁ」


 カトレアが、照れくさそうに笑った。


 ……うん。


 今日のこの味、忘れないだろうな。


     ◇


 少し離れた席では、国王が緑茶と一緒にケーキを味わっていた。


「……うむ。うまい!」


 ミキサーさんも、珍しく仕事の話をせずにコーヒーを飲んでいる。


 シルエット王妃とアリーナさんは、ケーキの飾りを褒め合っていた。


 コモド君は、カトレアへ感想を伝えている。


「カトレア。花の飾りがとても綺麗だね」


「えへへ! ありがとう!」


 ……ああ。


 王様も王子様も、こうして一緒にお菓子を食べていると、普通のお客様みたいだ。


 カトレアは、きっと最初からそう思ってるんだけどね。


     ◇


 キャッツは、いつの間にか二皿目を食べていた。


 ……おや。


 さっき、魚料理もたくさん食べてなかったっけ。


「キャッツ、お腹は大丈夫?」


「はい! まだ食べられます!」


 ……おお。


 元気だね。


 そこへ巴さん。


「キャッツちゃん。ほかの人の分まで食べちゃ駄目よ?」


「……はい」


 キャッツは、素直に皿を置いた。


 ……うん。


 今日も、巴さんには勝てないらしい。


 エーデルが、隣で小さく笑う。


 その手には、一切れのケーキ。


 カトレアを見ながら、静かに味わっていた。


 ……ああ。


 エーデルにも、楽しい一日になってるといいな。


     ◇


 全員へケーキが行き渡った頃、私は席を立った。


「……カトレア」


「なあに、お父さん?」


「お父さんからも、贈り物があるんだ」


 カトレアが、ぱっと顔を上げた。


「ほんと?」


「うん」


 私は、《収納》から、まず一つ目の包みを取り出した。


 ……うん。


 最初に渡すものは、ちゃんと決めてある。


 ほかにも用意してあるけど、それは後でいい。


 まずは、この一冊を見てほしかった。


 私は、包みをカトレアの前へ置いた。


「開けてみて」


「うん!」


     ◇


 中から出てきたのは、厚手の表紙をつけた一冊の本だった。


 表紙には、小さな花の絵。


 その下に、カトレアの名前。


 私は、そっと説明した。


「これは、カトレアだけの花の記録帳だよ」


「……きろくちょう?」


「うん。これから育てる花や、見つけた花の名前を書いていけるようにしたんだ」


 カトレアが、ページをめくる。


 最初の方には、もういくつかの花の絵がある。


 以前、カトレアと一緒に庭で見つけた花。


 散歩の途中で調べた花。


 ニーナちゃんと初めて話した日に、カトレアが教えてくれた花。


 私は、覚えている範囲で、それらを描いておいた。


 ……うん。


 絵は、そんなに上手くないけどね。


     ◇


「ここから先は、まだ真っ白だよ」


 私は、ページをめくった。


「これからカトレアが育てたり、見つけたりした花を、一緒に書いていこう」


 カトレアが、静かに本を見つめた。


 ……あれ。


 気に入ってくれたかな。


 ちょっと、地味だった?


 私は、少し不安になった。


 すると。


「……お父さん」


「うん?」


「これ、ずっと一緒に作れるの?」


「もちろん」


「……いっぱい?」


「何冊になってもいいよ」


 カトレアは、本をぎゅっと抱えた。


「……嬉しい!」


 ……ああ。


 よかった。


     ◇


「ニーナちゃんと見つけたお花も、書いていい?」


「いいよ」


「みんなが教えてくれたお花も?」


「もちろん!」


「……じゃあ、今日のお花も!」


 カトレアが、嬉しそうに庭を見回す。


 ……おお。


 最初の一日から、書くことがいっぱいだね。


「じゃあ、あとで一緒に書こうか」


「うん!」


 私は、笑って頷いた。


 ……ああ。


 あれこれ買い込んだプレゼントの中でも、この一冊を最初に渡せてよかった。


 この本なら、今日だけで終わらない。


 カトレアと過ごす、これからの時間を少しずつ残していける。


 ……うん。


 それが、いいな。


     ◇


「……ところで、カトレア」


「なあに?」


「実は、まだ贈り物があるんだけど……」


 私は、《収納》から、もう一つ包みを取り出した。


 それから、もう一つ。


 さらに、花柄の服が入った箱。


 花壇の道具。


 かわいい靴。


 ……あっ。


 大きなぬいぐるみも、忘れてた。


 気づけば、テーブルの端まで贈り物が並んでいた。


「……わあ!」


 カトレアが、目を丸くする。


 その背後から、聞き覚えのある声。


「……リアリスちゃん?」


 …………。


 ……あっ。


 巴さんだ。


     ◇


「朝、何て言ったか覚えてる?」


「……贈り物は、ほどほどに」


「そのとおりよね?」


「……はい」


 私は、目の前の箱を見た。


 ……うん。


 ほどほど、ではないね。


「でも、もう用意しちゃってたので……」


「それなら、少しずつ渡してあげればいいでしょう?」


「……あっ」


 ……その発想はなかった。


 巴さんが、呆れたようにため息をつく。


 私は、照れ隠しに笑った。


「まあ、今日は誕生日ですし!」


「まったく、もう……」


 ……うん。


 怒られちゃった。


 でも、カトレアのために選んだものだから、後悔はしてない。


 ……次からは、買う前に相談しようかな。


 ……たぶん。


     ◇


 カトレアは、箱をひとつずつ眺めていた。


「お父さん、ありがとう!」


「うん。全部、カトレアに使ってほしくて選んだんだ」


「えへへ。でも、わたし……」


 カトレアは、さっき渡した花の記録帳を、もう一度抱きしめた。


「この本が、一番嬉しい!」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


「じゃあ、一緒にたくさん書いていこうね」


「うん!」


 巴さんが、隣で小さく笑った。


 ……うん。


 やっぱり、贈り物は数じゃないんだな。


 分かってるつもりでも、娘のことになると忘れちゃうんだよね。


     ◇


 カトレアは、本を抱えたままニーナちゃんのところへ走っていった。


「見て見て! お父さんにもらったの!」


「わあ、素敵!」


「ニーナちゃんのお花も、書くね!」


「うん! 一緒に調べよう!」


 二人が楽しそうにページを覗き込んでいる。


 ……ああ。


 これから先も、あの本にたくさんの花が増えていくんだろうね。


 そのとき、巴さんが隣へ来た。


「よかったじゃない、リアリスちゃん」


「……うん」


「カトレアちゃん、とても嬉しそうよ」


「私も、嬉しいです」


 私は、素直に答えた。


 巴さんが、肩へそっと手を置く。


「ちゃんと、あの子が喜ぶものを選べたわね」


 ……うん。


 ありがとう、巴さん。


     ◇


 夕方が近づくと、庭の空気は少し涼しくなった。


 みんな、思い思いに過ごしている。


 花壇を眺める人。


 リバーシを続ける人。


 お茶を飲みながら話す人。


 フラワーズは、久しぶりに八人が揃ったのが嬉しいらしく、近くの席に固まっていた。


 ……まあ。


 表情だけじゃ、あんまり分からないんだけどね。


 楓が、藤へ何かを見せる。


 藤が、ほんの少し目を細める。


 杏子が、小さく頷く。


 ……おお。


 あれは、フラワーズだけの会話が成立してるんだろうな。


 私は、少し離れたところから微笑ましく見守った。


     ◇


「リアリス様」


 桜花が、隣へ来た。


「はい?」


「本日は、良い一日でございましたね」


「……うん。本当に」


 私は、庭の中央を見た。


 カトレアは、ニーナちゃんと一緒に花壇を眺めていた。


 時折、楓や蘭が近づいて、小さな会話が生まれる。


 少し離れたところでは、巴さんとエーデルが話している。


 セバスは、ようやく落ち着いてお茶を飲んでいた。


 ……ああ。


 こんな風景が見られる日が来るなんて。


 転生してすぐの私には、想像もできなかっただろうな。


「桜花も、ありがとうね」


「……何のことでございましょうか」


「いつも、そばにいてくれること」


 桜花は、一瞬だけ目を伏せた。


「当然のことでございます」


 ……うん。


 そう言うと思った。


     ◇


 やがて、王家の皆さんが帰る時間になった。


「今日は、よい祝いの席であった」


 国王が、満足そうに言った。


「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」


「カトレアちゃん。今度は我が家へ遊びに来てちょうだいね」


 シルエット王妃が、手を振る。


「うん!」


 アリーナさんは、もう一度カトレアを抱きしめた。


「髪留め、たくさん使ってね」


「ありがとう、アリーナお姉ちゃん!」


 コモド君も、笑って頷く。


「また花のお話を聞かせてね」


「うん!」


 ……うん。


 最後まで、みんな楽しそうだった。


 ミキサーさんも、今日は一度も仕事の書類を開かなかった。


 ……たぶん、珍しいことなんだろうね。


     ◇


 シルベスターさんも、席を立った。


「俺も、そろそろギルドへ戻る」


「今日は本当にありがとうございました」


「……何度も言うな」


 シルベスターさんが、少しだけ眉を寄せる。


 私は、笑って見送った。


「カトレア」


「はーい!」


 カトレアが駆け寄る。


 シルベスターさんは、少し腰をかがめて言った。


「また一年、元気に過ごせよ」


「うん! シルベスターさんもね!」


「……おう」


 ……おお。


 何だか、いいやり取りだね。


 私は、さりげなく隣を見た。


 王様が、こちらを見ている。


 ……ん?


 何か言いたそうだ。


「王様?」


「……いや、何でもない」


 ……うん。


 今日は、本当に何でもない一日で終わってほしいね。


     ◇


 みんなが帰り始める前に、ひとつだけお願いした。


「せっかく全員揃ったんだから、記念に残したいな」


 私は、《収納》からカメラを取り出した。


 取り寄せた現代の道具だ。


 ……うん。


 便利なものは、使わないとね。


 セバスが、すぐに三脚を用意してくれた。


「旦那様。皆様が収まるよう、配置を調整いたします」


「ありがとう!」


 庭の奥へ、全員が少しずつ移動する。


 フラワーズも、先生たちも、一般メイドたちも。


 キャッツとエーデル。


 巴さんとセバス。


 王家の皆さんに、シルベスターさん。


 ニーナちゃんとご両親。


 ……おお。


 すごい人数だ。


 こんなに大勢で写真を撮るのは、初めてかもしれない。


     ◇


 私は、カトレアを中央へ呼んだ。


「カトレア。今日は主役だから、ここに立ってね」


「うん!」


 桜花が、その隣へ。


 巴さんと楓も、近くへ並ぶ。


 モフ太は、庭の端から歩いてきて、カトレアの足元に座った。


 ……うん。


 よし。


 全員、ちゃんと入るかな。


 私は、カメラの画面を確認した。


 ……おお。


 ぎりぎり、入った。


「じゃあ、撮るよー!」


 私がタイマーを設定して、みんなのところへ走る。


 カトレアが、手を振った。


「お父さん、早く!」


「今行く!」


 私は、娘の隣へ滑り込んだ。


 ……間に合った!


     ◇


 カメラが、小さな音を立てた。


 ぱしゃり。


 ……よし。


 撮れた!


 私は、画面を確かめた。


 そこには、庭いっぱいに並んだ仲間たちの姿。


 いつもどおりの無表情に近いフラワーズ。


 楽しそうなメイドたち。


 少し照れくさそうなシルベスターさん。


 にこやかな王家の皆さん。


 そして、真ん中ではカトレアが大きく笑っていた。


 ……ああ。


 いい写真だね。


「お父さん、見せて!」


「もちろん!」


 カトレアが覗き込む。


「みんな、いる!」


「うん。みんな一緒だよ」


 私は、その言葉を静かに噛みしめた。


     ◇


 お客様を見送ったあと、庭には少しだけ静けさが戻った。


 とはいえ、メイドたちはまだあちこちでおしゃべりをしている。


 今日は特別なお休み。


 慌てて各邸へ戻る必要もない。


 私は、椅子に腰かけて空を見上げた。


 暖かな色の夕日。


 花壇を揺らす風。


 ……いい日だったなぁ。


 カトレアが、私の隣へやってきた。


「お父さん」


「ん?」


「今日、すっごく楽しかった!」


 私は、笑って頷いた。


「それなら、よかった」


「みんな来てくれて、嬉しかった!」


「うん。みんな、カトレアのことが大好きだからね」


 カトレアは、少し照れたように笑った。


     ◇


 カトレアが、私の膝へちょこんと座った。


 私は、そっと背中を支える。


「ねえ、お父さん」


「なあに?」


「来年も、みんなとお祝いできる?」


 ……ああ。


 そんなこと。


「もちろんだよ」


 私は、即答した。


「十一歳も、その次も。カトレアが望むなら、何度だって」


「……えへへ!」


 カトレアが、私へ身体を預けた。


 今日は、誰も慌てていない。


 遠くで巴さんの笑い声が聞こえる。


 桜花は、少し離れたところから私たちを見守っていた。


 ……うん。


 これが、私の欲しかった暮らしなんだろうな。


     ◇


 昨日。


 カトレアは、王都の墓地で実の両親へ花を供えた。


 『今はとても幸せです』


 そう伝えた、小さな背中。


 そして今日。


 あの子は、百人を超える仲間に囲まれて笑っている。


 ……ああ。


 私がカトレアを幸せにしている、なんて大げさなことは言えない。


 むしろ、私の方が、たくさん幸せをもらっている。


 カトレアが来てくれて。


 桜花がいて。


 巴さんや、みんながいて。


 この家が、少しずつ賑やかになった。


 ……うん。


 のんびり暮らしたかった私の毎日は、予定よりずっと忙しい。


 でも、悪くない。


 いや。


 とても、いい。


     ◇


「お父さん!」


「うん?」


「大好き!」


 カトレアが、嬉しそうに笑った。


 私は、小さな身体をそっと抱きしめた。


「お父さんも、大好きだよ」


 庭には、今日みんなで飾った花が揺れている。


 テーブルには、食べ終わったケーキのお皿。


 カトレアの手元には、みんなからもらった贈り物。


 そして、これから二人で書き足していく花の記録帳。


 ……うん。


 十歳の誕生日は、きっと忘れられない一日になった。


 私は、もう一度だけカトレアの頭を撫でた。


「十歳、おめでとう。カトレア」


「ありがとう、お父さん!」


 夕暮れの庭に、娘の笑い声が響いた。

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