第5話:十歳、おめでとう
朝。
目が覚めた私は、天井を見つめた。
……うん。今日だ。
とうとう、今日が来た。
「カトレア、十歳の誕生日おめでとー!」
勢いよく起き上がって、誰もいない寝室に叫んでしまった。
…………。
……あっ。
まだ本人に会ってないのに。
ちょっと恥ずかしくなって、私は咳払いをした。
まあ、いいか。
今日くらいは、浮かれても許されるよね。
◇
廊下へ出ると、いつもどおり桜花が待っていた。
「おはようございます、リアリス様」
「おはよう、桜花!」
「本日は、ずいぶんとお早いお目覚めでございますね」
「カトレアの誕生日だからね!」
桜花は、ほんの少しだけ目を細めた。
「カトレア様も、楽しみにしていらっしゃいました」
「うん。いい一日にしてあげたいな」
窓の外には、昨日までなかった長いテーブルと椅子。
白い布。
色とりどりの花飾り。
庭の木々の間にも、小さな飾りが揺れていた。
「……おお。いつの間に?」
「昨夜、巴とセバスを中心に皆で準備いたしました」
……ありがたい。
すでに、いい誕生日になりそうだね。
◇
食堂へ入ると、カトレアが私を見つけて手を振った。
「お父さん、おはよう!」
「おはよう、カトレア!」
私は、真っすぐ娘のところへ行って、目の高さまでしゃがんだ。
水色のおかっぱ頭をそっと撫でる。
「十歳のお誕生日、おめでとう!」
「えへへ! ありがとう!」
カトレアが抱きついてきた。
……ああ。
可愛い。
朝から、これである。
「今日は何をしたい?」
「みんなと遊びたい! それから、ケーキ!」
「いいねぇ!」
私は、笑って抱きしめ返した。
昨日、お墓の前で少し潤んでいた瞳が、今日は楽しそうに輝いている。
……うん。
今日は思いっきり楽しもう。
◇
「リアリスちゃん」
背後から、巴さんの声がした。
その手には、何やら紙が一枚。
「……はい?」
「これ、昨日の夜、セバスが見つけたんだけど」
私は、紙へ目を落とした。
…………。
あっ。
私が書いた、カトレアへの贈り物一覧!
大きなぬいぐるみ。
花の図鑑。
服。
靴。
花壇用の道具。
玩具。
それから、いろいろ。
……あれ。
紙の下の方まで、字がぎっしり。
「全部買うつもりだったの?」
「……ええと」
「リアリスちゃん?」
巴さんが、優しく笑った。
……うん。
これは、怒られてるね。
◇
「せっかくの十歳ですし……」
「だからって、お部屋を物で埋めてどうするの」
「……入らなかったら、予備室を――」
「リアリスちゃん?」
「……すみません」
……ああ。
また、言ってしまった。
カトレアが、面白そうに笑っている。
「お父さん、何のお話?」
「ちょっと、買い物をしすぎたかもしれなくて」
「そうなの?」
「……うん」
カトレアは少し考え、それから私の手を握った。
「わたし、お父さんと一緒にいられるだけで嬉しいよ」
…………。
……ああ。
言われちゃったね。
私は、贈り物の一覧を静かに畳んだ。
「……じゃあ、まずは一つ選ぼうかな」
「そうしましょうね」
巴さんが満足そうに頷く。
……うん。
……うん。朝は、ここで素直に引いておこう。
……朝は、ね。
◇
朝食の席で、今日の予定も聞いた。
午前中は庭で遊ぶ。
昼からはみんなで食事。
おやつの時間にケーキ。
夕方まで、自由に過ごしてもらう。
「……完璧ですね!」
私は素直に感心した。
「大げさなことは、しなくていいのよ」
巴さんが言った。
「カトレアちゃんが、一番楽しめればいいんだから」
「うん!」
カトレアは、元気よく頷いた。
……本当に、そのとおり。
今日は、カトレアが主役。
私がどれだけ豪華にできるかを競う日じゃない。
……まあ。
少しくらい、驚かせたいけどね。
◇
「旦那様」
朝食が終わる頃、セバスがやってきた。
「本日の準備は、予定どおり進んでおります」
「ありがとう、セバス」
「各国の学校と店舗には、以前から特別休業を周知しております。本日は全スタッフがこちらへ集まれるよう、日程を調整いたしました」
……おお。
そこまで考えてくれたんだ。
八つの国の学校。
雑貨屋と美容サロン。
普段なら、誰かが必ず働いている場所ばかり。
「みんな、お休みで大丈夫かな?」
「ご安心ください。明日以降の運営に支障はございません」
「……そっか」
なら、よかった。
今日くらいは、みんなにも楽しんでもらいたいからね。
◇
「それと、旦那様」
セバスが続けた。
「シルク王家から、お祝いに伺いたいと連絡がございました」
「……王様たちが?」
「はい。午後に公務が一段落してから、王妃、王子、王女の皆様とお越しになる予定です」
「それは、嬉しいね」
カトレアは、王族の皆さんを普通に遊びに来る親戚みたいに思っている。
……まあ。
確かに、よく遊びに来てくれるけど。
「第一王子は?」
「クオシン殿下は、ご欠席と承っております」
「……ああ、そうなんだ」
……うん。
あの人は、こういう集まりがあまり好きじゃなさそうだしね。
「来てくれる皆さんは、歓迎するよ」
「かしこまりました」
◇
庭へ出ると、すでに花飾りが整えられていた。
長いテーブルの周りには、小さな鉢植え。
芝生の一角には遊び用の広い場所。
椅子は十分な数があり、日よけも用意されている。
「すごい!」
カトレアが、目を輝かせた。
私は、巴さんへ尋ねる。
「これ、全部手作り?」
「ええ。みんなで相談したのよ」
カトレアが好きな花を中心に飾ったらしい。
……うん。
豪華なだけじゃなく、ちゃんと本人の好きなものが揃ってる。
私の計画とは、ずいぶん違うね。
……いや。
私のは、ただプレゼントの数が多かっただけか。
◇
そこへ、楓がやってきた。
橙色の短い髪。
いつもどおりの落ち着いた表情。
手には、小さな木箱。
「……おめでとう」
「楓! ありがとう!」
カトレアが、箱を受け取った。
中には、花の形をした木のしおり。
縁には、細かな葉の模様が彫られている。
「……綺麗!」
「……作った」
「楓が?」
「……うん」
カトレアが嬉しそうに箱を抱えた。
「お花の本にはさむね!」
楓の口元が、ほんの少し緩む。
……ああ。
こういう贈り物もいいね。
高価なものより、ずっと気持ちが伝わってくる。
◇
やがて、屋敷の転移扉から次々と仲間が集まり始めた。
藤。
杏子。
蘭。
牡丹。
撫子。
菖蒲。
朝顔。
……おお。
フラワーズが全員揃ったね。
いつものように表情は控えめ。
でも、カトレアを見つけた瞬間、歩く速度が少しだけ速くなった。
「……おめでとう」
藤が、小さな袋を差し出した。
杏子と蘭も、持ってきた包みを渡す。
「みんな、ありがとう!」
カトレアが、一人ずつにお礼を言った。
牡丹は、こくりと頷く。
「……おめでと」
エルフ国の国宝を管理している牡丹も、今日はここへ来ている。
保管室の《結界》は、あの国宝をしっかり守ってくれているからね。
◇
各邸のメイドたちも、転移扉を通って到着した。
学校の先生になったアンナたちもいる。
アンナは、いつもの真面目な表情で挨拶。
オリアナは、明るく手を振る。
カレンは花束を落としそうになって、補助教師に受け止めてもらっていた。
……うん。
カレンは、相変わらずだね。
サーシャは、勢いよく声を上げた。
「皆さん! 今日は思いっきりお祝いしましょう!」
……声、大きい!
ホリーは、隣のメイドの襟をそっと整える。
ナターシャは、のんびりした調子でお祝いの言葉を伝えた。
シェリルは、実に普通の挨拶。
ラナは、カトレアの前へしゃがんだ。
「十歳になったのねぇ。偉いわねぇ」
「えへへ!」
……うん。
普段は大人まで子ども扱いするラナだけど、今日はちょうどいいね。
◇
庭が、あっという間に賑やかになった。
各邸の一般メイドに、教師と補助教師。
巴さんやセバス、フラワーズ。
キャッツにエーデルもいる。
こうして百人を超える仲間が集まると、壮観だね。
でも、全員に順番に挨拶させたりはしないことにした。
それじゃ、カトレアが疲れちゃう。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
カトレアが、庭の中央で声を上げる。
大きな拍手が返ってきた。
……ああ。
この子、本当にみんなから愛されてるんだなぁ。
◇
庭の端では、キャッツが料理の準備を覗いていた。
「お昼は、お魚もあるんでしょうか?」
「もちろん。でも、まだ食べちゃ駄目だよ?」
私が答えると、キャッツが少し残念そうに尻尾を揺らした。
その背後から、巴さん。
「キャッツちゃん?」
「……はい!」
「つまみ食いはしないのよ?」
「し、しません!」
……おお。
まだ何もしてないのに、すごい緊張感。
……いや。
前に何度もつまみ食いしたからか。
エーデルは、その様子を見て小さく笑った。
カトレアが駆け寄ると、エーデルは優しく手を握る。
「十歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、エーデル!」
……うん。
二人とも、今日は仕事を忘れて楽しんでほしいな。
◇
庭の外れには、モフ太もいた。
「モフ太ー!」
カトレアが、短い足でとことこ歩く小さな熊へ駆け寄った。
「今日は、みんなが来てくれたよ!」
「ええ。とても賑やかでございますね、カトレア」
モフ太が、落ち着いた声で答える。
カトレアが、その頭を撫でた。
「モフ太も一緒にお祝いしようね!」
「……光栄です」
……うん。
今日はアレックスの話はしないでおこう。
せっかくの誕生日が、モフモフ対決になったら大変だからね。
◇
午前中は、庭で遊んだ。
リバーシ。
花の名前を当てる遊び。
小さな輪投げ。
どれも、カトレアが気軽に参加できるものばかり。
「お父さん、リバーシしよう!」
「いいよ!」
私は、盤の向かいに座った。
……うん。
親として、少しは手加減してあげようかな。
なんて思っていたんだけど。
数分後。
……あれ?
「お父さん、ここもひっくり返せるよ!」
「……ほんとだ」
カトレアの石が、どんどん増えていく。
「楓に教わったの!」
…………。
……あっ。
先生が楓だったのか。
それなら、この強さも納得だね。
◇
結果。
「……お父さん、負けちゃった?」
「……うん。完敗です」
カトレアが、嬉しそうに両手を上げた。
近くにいたメイドたちから、拍手が起こる。
楓が、小さく頷く。
「……上手」
「ありがとう!」
……おお。
楓からの褒め言葉だ。
これは、なかなか貴重だね。
私は、カトレアの頭を撫でた。
「次は、お父さんも練習しないとね」
「じゃあ、楓に教えてもらおうよ!」
「……うん。そうしようか」
……いや。
楓に勝てる未来が、まったく見えないんだけどね。
◇
リバーシの次は、庭の花を使った名前当てだった。
花壇を傷めないよう、巴さんがあらかじめ摘んでおいた花をテーブルに並べてある。
「じゃあ、これ!」
私が一輪指さすと、カトレアは間髪入れずに名前を答えた。
「正解!」
「えへへ!」
次はシェリルが、一枚の葉をそっと見せた。
これも、カトレアは迷わなかった。
続いてアンナ、ホリー、ラナ。
……おお。
いつの間にか、先生が三人も増えてる。
ただし、誰も難しすぎる問題は出さない。
カトレアが知らない花が出ると、少しずつ特徴を教えてくれる。
……うん。
こういう遊びなら、みんなで楽しめるね。
◇
「お父さん、次はわたしが問題を出すね!」
「受けて立とう!」
カトレアが、花を一輪持ち上げた。
淡い黄色の小さな花。
花びらの先が、少しだけ丸い。
「これ、何でしょう!」
…………。
私は、じっと見つめた。
……うーん。
似たような花なら、いくつか知ってる。
でも、この世界の名前は、何だったっけ。
「……黄色いお花?」
…………。
庭が、静かになった。
「お父さん。それは名前じゃないよ?」
「……そうだよね」
カトレアは、声を上げて笑った。
周りにいたメイドたちも、楽しそうに笑っている。
……ああ。
今日は、私が負けっぱなしだなぁ。
でも、この笑顔が見られるなら、何回負けてもいいか。
◇
その頃、ニーナちゃんがやってきた。
淡い赤色の髪を編み込んで、いつもの花の髪飾りをつけている。
今日はご両親に送ってもらったらしい。
入口で挨拶をしたあと、カトレアを見つけて小さく手を振った。
「カトレアちゃん!」
「ニーナちゃん!」
二人は、すぐに駆け寄って手を取り合った。
……うん。
今日、ニーナちゃんにも来てもらえてよかった。
学校で出会ってから、ずいぶん仲良くなったもんね。
「お誕生日、おめでとう!」
「ありがとう!」
ニーナちゃんが差し出したのは、小さな紙袋。
中には、花の種がいくつか入っていた。
「うちのお庭で咲いたお花の種なの。よかったら一緒に植えよう?」
「うん! 植えたい!」
……ああ。
これまた、カトレアらしい贈り物だ。
◇
ニーナちゃんのお父さんとお母さんにも、お礼を伝えた。
「今日は、来ていただいてありがとうございます」
「こちらこそ。ニーナがずっと楽しみにしていたんです」
お母さんが、微笑んだ。
お父さんも、にこやかに頭を下げる。
……うん。
いいご家族だね。
「アレックスはお留守番ですか?」
何気なく尋ねると、ニーナちゃんのお父さんが頷いた。
「はい。家で休ませています」
……ああ。
それがいいね。
飼育の許可を得ているFランクの魔獣でも、うちの屋敷の結界には入れないからね。
しかも、今日はモフ太もいる。
……うん。
あの二匹を誕生日会で鉢合わせさせるのはね……。
当のニーナちゃんは、その事情を知らず、カトレアと庭の花壇へ向かっていた。
◇
お昼が近づくと、庭にいい匂いが漂い始めた。
温かい料理が、次々とテーブルへ運ばれてくる。
肉料理。
焼きたてのパン。
野菜を使った色鮮やかな料理。
それから、魚料理。
……あっ。
キャッツの耳が動いた。
「……お魚!」
…………。
分かりやすい!
巴さんが、笑顔で声をかける。
「キャッツちゃん。まだお皿へ手を伸ばさないのよ」
「分かっております!」
……うん。
今日一日、そのやり取りが続きそうだね。
◇
料理の中には、カトレアの好きないちごのクレープもあった。
ただし、これは食後のお楽しみらしい。
カトレアが見つけた瞬間、目を輝かせた。
「お父さん! クレープ!」
「うん。食後に食べようね」
「うん!」
巴さんが、こちらへ近づいてきた。
「今日は、みんながお料理を手伝ってくれたのよ」
「そうなんだ」
よく見ると、各邸のメイドたちが持ち寄った料理もあるらしい。
味付けや盛りつけに、それぞれの国らしい違いがあった。
……おお。
世界各国のお料理が、こんなに集まってる!
これは、食べる方も楽しみだね。
◇
私は庭の中央に立った。
カトレアが、隣へ並ぶ。
小さな手を握って、一度だけ深く息を吸う。
たくさんの顔が、こちらを向いた。
みんな、私が作ったホムンクルスだったり、あとから仲間になってくれた人たちだったり。
出会い方も、暮らす国も違う。
でも、今は同じ場所にいる。
「皆さん、今日は集まってくれてありがとう!」
私は、少し声を張った。
「カトレアが、十歳になりました!」
拍手が起こる。
カトレアは、少し照れくさそうに笑った。
私は、続けた。
「普段はそれぞれの国で忙しくしてもらっているけど、今日はお仕事を忘れて楽しんでほしい。カトレアも、みんなと一緒に過ごしたいって言ってくれたので!」
……うん。
それが、今日の一番大事な約束だ。
◇
「じゃあ、カトレア」
私は、娘の顔を覗き込んだ。
「みんなに一言、お願いしてもいい?」
「……うん!」
カトレアが、一歩前へ出る。
百人を超える視線が集まった。
……あっ。
ちょっと緊張してるかな。
私は、そっと隣に立ったまま待った。
「えっと……」
カトレアは、一度だけ息を吸った。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
小さな声だったけれど、はっきり聞こえた。
「わたし、十歳になりました。これからも、いっぱいお花のお勉強をして、みんなと仲良くしたいです!」
庭が、温かな拍手に包まれた。
……ああ。
立派な挨拶だったね。
◇
「では、皆さん。いただきましょう!」
巴さんの声を合図に、食事が始まった。
私は、カトレアの隣へ座る。
その反対側には、ニーナちゃん。
桜花や巴さん、楓も近くにいる。
モフ太は、少し離れた庭の端で、用意された食事を食べていた。
セバスは、最初の配膳を確認してから、ようやく自分の席についた。
「セバスも、今日は座って食べてよ」
「承知いたしました、旦那様」
……うん。
まだ仕事をしたがってるみたいだね。
私は、彼の前にも料理を取り分けた。
「ありがとう。いつも助かってるよ」
「恐れ入ります」
……ああ。
今日は、そういうお礼を言う日でもあるね。
◇
食事の途中、カトレアが小さな包みを持ってきた。
「お父さん、これ、見て!」
中には、カトレアが昨日、巴さんと一緒に作った小さなクッキー。
花の形だ。
……おお。
可愛いな。
「これ、カトレアが作ったの?」
「うん! 巴さんに教えてもらったの!」
私は、ひとつ受け取って口へ運んだ。
さくっ。
ほんのり甘くて、素朴な味。
……おいしい!
「上手にできたね!」
「えへへ!」
巴さんも、嬉しそうに笑っている。
……なんだか、誕生日なのに私の方が贈り物をもらってるみたいだね。
◇
そこへ、フラワーズの子たちがやってきた。
藤は、薄紫色の小さな布袋を差し出す。
中には、乾燥させた花を詰めた香り袋。
杏子は、花の模様を縫い込んだハンカチ。
蘭は、柔らかな色合いの髪飾り。
撫子は、小さな木製の花瓶。
菖蒲は、土でも汚れにくい園芸用の手袋。
朝顔は、魔国で咲く花を描いた小さな絵。
牡丹は、エルフ国の森で拾った綺麗な葉を挟んだしおり。
……おお。
みんな、カトレアが好きなものを考えてくれたんだね。
「すごい……!」
カトレアが、ひとつずつ見つめる。
「大事にするね!」
フラワーズたちは、大きく表情を変えないまま、小さく頷いた。
……うん。
嬉しそうなのが、ちゃんと分かるよ。
◇
なかでも、菖蒲の手袋が気に入ったらしい。
カトレアは、その場ではめてみた。
指先が、少し余る。
「……あれ。まだ大きい?」
私は、笑った。
「大きくなったら、ちょうどよくなるよ」
「うん! 大切に使う!」
菖蒲が、ほんの少し目を細めた。
「……よかった」
……ああ。
フラワーズの贈り物も、それぞれ個性があるね。
全部高価なものにする必要なんて、なかったんだな。
今朝、巴さんに止めてもらってよかった。
……いや。
私の贈り物も、まだあるんだけど。
◇
日が少し傾き始めた頃。
庭の入り口から、セバスが近づいてきた。
「旦那様。お客様がいらっしゃいました」
「……おっ!」
私は、顔を上げる。
「王様たち?」
「はい。皆様、ご到着でございます」
……おお。
ちょうどいい時間だね。
私は、カトレアへ声をかけた。
「カトレア。知ってる人たちが来てくれたよ」
「誰?」
「見てのお楽しみ」
カトレアが、不思議そうに首を傾げる。
そこへ、庭へ続く道から、見覚えのある人たちが現れた。
……うん。
今日は、ずいぶん立派なお客様だね。
◇
先頭にいたのは、カバディ王。
その隣には、銀色の長い髪を揺らしたシルエット王妃。
そして、コモド君とアリーナさん。
少し後ろには、宰相のミキサーさんもいた。
……おお。
本当に、揃って来てくれたんだね。
「リアリス殿、遅くなったな」
国王が、いつもの威厳を取り戻した声で言った。
「いえいえ。今日はありがとうございます!」
私は、軽く頭を下げた。
王妃も、穏やかに微笑む。
「カトレアちゃんのお祝いに、お邪魔いたしますね」
「どうぞどうぞ。今日は、のんびりしていってください」
……うん。
昨日の王城の雰囲気とは、ずいぶん違うね。
◇
「カバディのおじさん!」
カトレアが、嬉しそうに駆け寄った。
…………。
……おじさん。
いや、本人がそう呼ばれても気にしてないなら、いいんだけどね。
「おお、カトレアちゃん!」
国王が、顔をほころばせる。
「十歳になったのだな。おめでとう!」
「ありがとう!」
「今日は、特別なお菓子を持ってきたぞ」
「ほんと!?」
「うむ!」
……ああ。
カトレアにとっては、お菓子をくれる優しいおじさんなんだね。
王の威厳は、どこかへ行ってしまったらしい。
……まあ。
こっちの方が、私は好きだけど。
◇
次に、アリーナさんがカトレアへ近づいた。
薄桃色の長い髪。
今日は、柔らかな色の服を着ている。
「カトレアちゃん、お誕生日おめでとう!」
「アリーナお姉ちゃん!」
二人が、嬉しそうに手を取り合った。
……うん。
アリーナさんは、カトレアと親しいからね。
「大きくなったわね」
「うん! 十歳になったよ!」
「これ、私からのお祝いなの」
アリーナさんが差し出したのは、淡い色のリボンが付いた小箱。
中には、小さな花の模様をあしらった髪留め。
「……かわいい!」
「気に入ってくれた?」
「うん!」
……ああ。
さすがだなぁ。
贈り物の選び方まで、ちゃんとしてる。
◇
「リアリス殿」
コモド君が、私へ声をかけた。
「今日は、大勢の方がお集まりですね」
「うん。各邸のみんなに来てもらったんだ」
「これほどの人数が揃うと、壮観ですね」
……おお。
驚いてる?
まあ、そうだよね。
普段は八つの国に分かれているんだから。
「コモド君も、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
コモド君が、優しく微笑んだ。
……うん。
今日は王子様らしい服装だけど、相変わらず話しやすいなぁ。
その隣をカトレアが通りかかった。
「コモド! 来てくれたんだ!」
「もちろん。お誕生日、おめでとう」
「ありがとう!」
……うん。
カトレアは、相変わらず王子様だと思ってないみたいだね。
◇
シルエット王妃も、カトレアの前でしゃがんだ。
「こちら、私からのお祝いです」
渡されたのは、花模様の刺繍が入った小さな布袋。
中には、庭で使える細い紐や、髪を結ぶための飾りが揃っていた。
「きれい……!」
「カトレアちゃん、お花が好きだと伺ったものですから」
「うん! 大好き!」
王妃が、優しく頷いた。
……ああ。
カトレアの好きなものを、ちゃんと聞いてくれたんだね。
こういう気遣い、嬉しいな。
◇
最後に、ミキサーさんが一歩前へ出た。
「カトレア様。お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、ミキサーさん!」
ミキサーさんは、小さな包みを差し出した。
中には、丈夫な紙を使った新しい記録帳。
表紙に、花の模様が描かれている。
「お勉強や、花の観察にお使いいただければ」
「わあ! ありがとう!」
……おお。
これは、実用的!
さすが、宰相。
……いや、宰相だからというより、ミキサーさんの性格かな。
私は、改めて頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
「いえ。私どもも、お招きいただき光栄です」
……うん。
昨日のことは、今は忘れよう。
◇
王家の皆さんが席についたところで、私は少し気になった。
「そういえば、クオシンさんは?」
国王の表情が、わずかに曇る。
「……あれは、来ぬそうだ」
「そうですか」
「わざわざ祝い事に顔を出す必要はない、と言っておった」
「……だが、これを預かっておる」
国王が懐から小さな箱を取り出した。
「……えっ?」
「クオシンから、カトレアちゃんへの贈り物だ。『俺は行かねえ。渡すなら勝手にしろ』とな」
…………。
……おお。
来ないのに、プレゼントは用意してたんだ。
「カトレアちゃん、ちょっとおいで!」
「なあに、お父さん?」
アリーナさんの隣から駆け寄ってきたカトレアへ、国王が箱を差し出した。
「クオシンからだそうだ。開けてごらん」
カトレアが蓋を開く。
中には、淡い青色のリボンで作られた小さな腕輪が入っていた。
中央には、銀細工の可愛らしい花。
花びらの先には、小さな白い石がきらりと光っている。
「……わあ! かわいい!」
カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。
「お父さん、見て!」
「うん。すごく似合いそうだね!」
カトレアは嬉しそうに、手首へ巻いてみた。
……おお。
大きさも、ちょうどいい。
◇
「……それにしても、意外ですね」
私が呟くと、国王は小さく笑った。
「実はな。あれは、カトレアちゃんの好きな花や色をわざわざ調べ、細工師に注文しておったらしい」
「……そこまで?」
「しかも、子どもの手首に合うよう、留め方まで気にしていたそうだ」
…………。
……クオシンさん。
思っていたより、ずっと真剣に選んでるじゃないですか。
「そのくせ、渡すときは『別に祝いたいわけじゃねえ』と言っておった」
……ああ。
なんて、分かりやすい。
素直におめでとうって言えばいいのにねぇ。
「カトレア。クオシンさんに、お礼を伝えておこうか」
「うん! とっても嬉しかったって言ってね!」
「もちろん!」
私は、国王へ頷いた。
「……というわけで、お礼をお願いします」
「うむ。しかと伝えよう」
……さて。
あの人、カトレアが喜んだと聞いたら、どんな顔をするんだろう。
……ちょっと見てみたいね。
◇
少し離れたところで、カトレアはアリーナさんとニーナちゃんに囲まれていた。
新しい髪留めをつけてもらって、嬉しそうに笑っている。
「似合う?」
「すごく似合うよ!」
「わあ、かわいい!」
……おお。
三人とも楽しそうだね。
私は、その様子を眺めながらお茶を飲んだ。
目の前には、国王とミキサーさん。
……あれ。
そういえば、昨日はこの二人の前で、結構とんでもない独り言を言っちゃったんだよね。
……うん。
今日は、平和に話そう。
「王様、北方の依頼は大丈夫そうですか?」
私が尋ねると、二人の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。
……おや。
◇
「……ああ。シルベスターが、手配を進めておる」
国王が、慎重に答えた。
ミキサーさんも頷く。
「砦への連絡も済ませました。経験ある冒険者が、現地へ向かっております」
「それなら、よかったです」
私は、素直に笑った。
「シルベスターさん、やっぱり頼りになりますね」
「……うむ。まことにな」
……ん?
国王の返事が、妙に力強いような。
その隣で、ミキサーさんがゆっくりお茶を飲んでいる。
……ああ。
昨日の話、まだ気にしてるのかな。
「今日は、お仕事の話はここまでにしましょうか」
「そ、そうだな!」
国王が、すぐに頷いた。
……うん。
反応、早いね。
◇
「ところで、リアリス殿」
シルエット王妃が、にこやかに声をかけた。
「カトレアちゃんは、随分と皆様に慕われているのですね」
「はい。本当にありがたいです」
「お庭も、とても素敵ですわ」
「巴さんたちが、準備してくれたんです」
王妃は、辺りへ目を向けた。
各国のメイドたちが、楽しそうに話している。
見慣れた顔。
初めて会った顔。
それぞれが、同じテーブルを囲んでいる。
「ご家族が、たくさんいらっしゃるのね」
…………。
……ああ。
そうだね。
「はい。自慢の家族です」
私は、そう答えた。
◇
そのとき、庭の向こうから声がした。
「……おい、リアリス!」
……ん?
聞き覚えのある声。
振り返ると、大きな身体の男性が歩いてきた。
シルベスターさんだ。
……おお!
「シルベスターさん!」
「仕事の合間だ。あまり長居はできんぞ」
そう言いながら、片手に包みを持っている。
「来てくれたんですね!」
「……昨日、誘ったのはお前だろう」
……そうだった。
でも、緊急の依頼の手配で忙しいと思っていたから、来てくれて嬉しいな。
「ありがとうございます!」
私は、思わず笑った。
◇
「カトレアは、どこだ?」
「あそこです」
私が指さすと、カトレアもこちらに気づいた。
「シルベスターさん!」
「おう。十歳になったんだってな」
「うん!」
「……おめでとう」
シルベスターさんは、少し照れくさそうに包みを差し出した。
中には、丈夫な革の小さな手提げ袋。
花の観察に出かけるとき、道具を入れられるくらいの大きさだ。
「わあ! ありがとう!」
「……いや。そんな大したものじゃない」
……ああ。
照れてる。
いつもは怖そうなギルドマスターなのに、こういうときは優しいんだよね。
◇
「シルベスターさん」
私は、小声で話しかけた。
「昨日の件、ありがとうございました」
「……またその話か」
「だって、おかげで今日はカトレアと一緒にいられるので」
シルベスターさんは、少しだけ視線を逸らした。
「俺は俺の仕事をしただけだ」
「そう言うと思いました」
「……ったく」
……うん。
やっぱり、いい人だ。
「お腹空いてません? 料理、たくさんありますよ」
「……なら、少しだけいただくか」
「ぜひ!」
私は、近くの席を勧めた。
……よし。
今日は、胃を痛めるような話はしないようにしよう。
……と、思ったんだけど。
◇
その席には、国王とミキサーさんがいた。
「おお、シルベスター!」
国王が、顔を上げる。
「ご苦労であった。昨日は世話になったな」
「いえ、陛下。ギルドマスターとして当然のことをしたまでです」
「……うむ」
ミキサーさんも、深く頷く。
……ああ。
また、真面目な話が始まりそうだね。
私は、慌てて割って入った。
「今日は、お仕事の話は禁止にしません?」
…………。
三人が、同時にこちらを見た。
シルベスターさんが、大きく息を吐く。
「お前が話題を振ったんだろうが」
「……あっ」
…………。
……確かに。
私は、素直に頭を下げた。
「……すみません」
国王が、少しだけ笑った。
……よかった。
今日は、胃痛の原因にはならなさそうだね。
◇
しばらくして、巴さんが大きな声で呼びかけた。
「皆さん、そろそろおやつの時間ですよ!」
……おっ!
来た!
今日、一番のお楽しみ。
カトレアと巴さんが、私に内緒で準備していたケーキだ。
庭の中央に、白い布を掛けたテーブルが運ばれてくる。
その上には、まだ大きな覆いがある。
……おお。
何だろう。
ものすごく気になる。
「お父さん、ちゃんと見ててね!」
カトレアが、私の隣で笑った。
「もちろん!」
私は、背筋を伸ばした。
……うん。
ここは、絶対に見逃せない。
◇
巴さんが、そっと覆いを外した。
…………。
「……おお!」
私は、思わず声を上げた。
そこには、白いクリームに包まれた大きなケーキ。
上には、赤い苺。
周囲には、色の違う小さな花の飾りが並んでいる。
そして、真ん中には、クリームで描かれた一輪のカトレアの花。
……ああ。
なるほど。
花が好きなカトレアのための、特別なケーキなんだね。
とても綺麗だ。
見ているだけで、嬉しくなる。
「どう? お父さん!」
「すごいよ、カトレア!」
私は、素直に拍手した。
◇
「このお花ね、わたしが作ったの!」
カトレアが、ケーキの周りの小さな飾りを指さした。
「巴さんに、やり方を教えてもらったの!」
「本当に? 上手だね!」
よく見ると、花びらの大きさが少しずつ違う。
でも、それがかえって可愛らしい。
ひとつひとつ、カトレアが頑張って作ったのだと思うと、もう、それだけで十分だった。
「……お父さん、食べてみたい?」
「ものすごく!」
「えへへ!」
巴さんが、楽しそうに笑った。
「主役が作って、みんなで食べるケーキなの。素敵でしょう?」
「はい!」
私は、力いっぱい頷いた。
……ああ。
これ、絶対おいしいやつだ。
◇
もちろん、百人を超える人数で食べるのだから、あの一台だけでは足りない。
庭の奥から、メイドたちが同じ味の小さなケーキを次々に運んできた。
……おお。
そういう仕組みか!
中央の特別なケーキは、カトレアと近くの人たちで切り分ける。
ほかのみんなには、同じ材料で作ったものを配る。
これなら、全員で一緒に食べられるね。
「巴さん、何から何までありがとう」
「ふふ。お祝いなんだから、いいのよ」
……うん。
やっぱり、巴さんがいてくれてよかった。
私は、心からそう思った。
◇
カトレアは、そっとケーキの前に立った。
庭が、少しだけ静かになる。
みんなが、今日の主役を見つめていた。
巴さんが、優しく言う。
「さあ、カトレアちゃん。十歳のお祝いよ」
私は、娘の隣へ行った。
「カトレア。改めて、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、お父さん!」
「これからも、たくさん笑って過ごしてね」
「うん!」
その返事と同時に、庭から拍手が起こった。
みんなが声を合わせて、お祝いの言葉を届けてくれる。
カトレアは、少し照れながらも、嬉しそうに笑っていた。
◇
ケーキを切り分けると、真っ先にカトレアが私へ一皿差し出した。
「お父さん、これ!」
「ありがとう!」
白いクリーム。
真っ赤な苺。
その端には、カトレアが作った小さな花。
……ああ。
もったいなくて、食べられないなぁ。
なんて思いながら、私はひと口食べた。
……おいしい!
甘すぎないクリームと、苺の酸味。
ふんわりした生地。
何より、カトレアが一生懸命作ってくれた飾り。
「……すごくおいしいよ」
「ほんと!?」
「うん。お父さん、幸せだなぁ」
カトレアが、照れくさそうに笑った。
……うん。
今日のこの味、忘れないだろうな。
◇
少し離れた席では、国王が緑茶と一緒にケーキを味わっていた。
「……うむ。うまい!」
ミキサーさんも、珍しく仕事の話をせずにコーヒーを飲んでいる。
シルエット王妃とアリーナさんは、ケーキの飾りを褒め合っていた。
コモド君は、カトレアへ感想を伝えている。
「カトレア。花の飾りがとても綺麗だね」
「えへへ! ありがとう!」
……ああ。
王様も王子様も、こうして一緒にお菓子を食べていると、普通のお客様みたいだ。
カトレアは、きっと最初からそう思ってるんだけどね。
◇
キャッツは、いつの間にか二皿目を食べていた。
……おや。
さっき、魚料理もたくさん食べてなかったっけ。
「キャッツ、お腹は大丈夫?」
「はい! まだ食べられます!」
……おお。
元気だね。
そこへ巴さん。
「キャッツちゃん。ほかの人の分まで食べちゃ駄目よ?」
「……はい」
キャッツは、素直に皿を置いた。
……うん。
今日も、巴さんには勝てないらしい。
エーデルが、隣で小さく笑う。
その手には、一切れのケーキ。
カトレアを見ながら、静かに味わっていた。
……ああ。
エーデルにも、楽しい一日になってるといいな。
◇
全員へケーキが行き渡った頃、私は席を立った。
「……カトレア」
「なあに、お父さん?」
「お父さんからも、贈り物があるんだ」
カトレアが、ぱっと顔を上げた。
「ほんと?」
「うん」
私は、《収納》から、まず一つ目の包みを取り出した。
……うん。
最初に渡すものは、ちゃんと決めてある。
ほかにも用意してあるけど、それは後でいい。
まずは、この一冊を見てほしかった。
私は、包みをカトレアの前へ置いた。
「開けてみて」
「うん!」
◇
中から出てきたのは、厚手の表紙をつけた一冊の本だった。
表紙には、小さな花の絵。
その下に、カトレアの名前。
私は、そっと説明した。
「これは、カトレアだけの花の記録帳だよ」
「……きろくちょう?」
「うん。これから育てる花や、見つけた花の名前を書いていけるようにしたんだ」
カトレアが、ページをめくる。
最初の方には、もういくつかの花の絵がある。
以前、カトレアと一緒に庭で見つけた花。
散歩の途中で調べた花。
ニーナちゃんと初めて話した日に、カトレアが教えてくれた花。
私は、覚えている範囲で、それらを描いておいた。
……うん。
絵は、そんなに上手くないけどね。
◇
「ここから先は、まだ真っ白だよ」
私は、ページをめくった。
「これからカトレアが育てたり、見つけたりした花を、一緒に書いていこう」
カトレアが、静かに本を見つめた。
……あれ。
気に入ってくれたかな。
ちょっと、地味だった?
私は、少し不安になった。
すると。
「……お父さん」
「うん?」
「これ、ずっと一緒に作れるの?」
「もちろん」
「……いっぱい?」
「何冊になってもいいよ」
カトレアは、本をぎゅっと抱えた。
「……嬉しい!」
……ああ。
よかった。
◇
「ニーナちゃんと見つけたお花も、書いていい?」
「いいよ」
「みんなが教えてくれたお花も?」
「もちろん!」
「……じゃあ、今日のお花も!」
カトレアが、嬉しそうに庭を見回す。
……おお。
最初の一日から、書くことがいっぱいだね。
「じゃあ、あとで一緒に書こうか」
「うん!」
私は、笑って頷いた。
……ああ。
あれこれ買い込んだプレゼントの中でも、この一冊を最初に渡せてよかった。
この本なら、今日だけで終わらない。
カトレアと過ごす、これからの時間を少しずつ残していける。
……うん。
それが、いいな。
◇
「……ところで、カトレア」
「なあに?」
「実は、まだ贈り物があるんだけど……」
私は、《収納》から、もう一つ包みを取り出した。
それから、もう一つ。
さらに、花柄の服が入った箱。
花壇の道具。
かわいい靴。
……あっ。
大きなぬいぐるみも、忘れてた。
気づけば、テーブルの端まで贈り物が並んでいた。
「……わあ!」
カトレアが、目を丸くする。
その背後から、聞き覚えのある声。
「……リアリスちゃん?」
…………。
……あっ。
巴さんだ。
◇
「朝、何て言ったか覚えてる?」
「……贈り物は、ほどほどに」
「そのとおりよね?」
「……はい」
私は、目の前の箱を見た。
……うん。
ほどほど、ではないね。
「でも、もう用意しちゃってたので……」
「それなら、少しずつ渡してあげればいいでしょう?」
「……あっ」
……その発想はなかった。
巴さんが、呆れたようにため息をつく。
私は、照れ隠しに笑った。
「まあ、今日は誕生日ですし!」
「まったく、もう……」
……うん。
怒られちゃった。
でも、カトレアのために選んだものだから、後悔はしてない。
……次からは、買う前に相談しようかな。
……たぶん。
◇
カトレアは、箱をひとつずつ眺めていた。
「お父さん、ありがとう!」
「うん。全部、カトレアに使ってほしくて選んだんだ」
「えへへ。でも、わたし……」
カトレアは、さっき渡した花の記録帳を、もう一度抱きしめた。
「この本が、一番嬉しい!」
…………。
……ああ。
そうだよね。
「じゃあ、一緒にたくさん書いていこうね」
「うん!」
巴さんが、隣で小さく笑った。
……うん。
やっぱり、贈り物は数じゃないんだな。
分かってるつもりでも、娘のことになると忘れちゃうんだよね。
◇
カトレアは、本を抱えたままニーナちゃんのところへ走っていった。
「見て見て! お父さんにもらったの!」
「わあ、素敵!」
「ニーナちゃんのお花も、書くね!」
「うん! 一緒に調べよう!」
二人が楽しそうにページを覗き込んでいる。
……ああ。
これから先も、あの本にたくさんの花が増えていくんだろうね。
そのとき、巴さんが隣へ来た。
「よかったじゃない、リアリスちゃん」
「……うん」
「カトレアちゃん、とても嬉しそうよ」
「私も、嬉しいです」
私は、素直に答えた。
巴さんが、肩へそっと手を置く。
「ちゃんと、あの子が喜ぶものを選べたわね」
……うん。
ありがとう、巴さん。
◇
夕方が近づくと、庭の空気は少し涼しくなった。
みんな、思い思いに過ごしている。
花壇を眺める人。
リバーシを続ける人。
お茶を飲みながら話す人。
フラワーズは、久しぶりに八人が揃ったのが嬉しいらしく、近くの席に固まっていた。
……まあ。
表情だけじゃ、あんまり分からないんだけどね。
楓が、藤へ何かを見せる。
藤が、ほんの少し目を細める。
杏子が、小さく頷く。
……おお。
あれは、フラワーズだけの会話が成立してるんだろうな。
私は、少し離れたところから微笑ましく見守った。
◇
「リアリス様」
桜花が、隣へ来た。
「はい?」
「本日は、良い一日でございましたね」
「……うん。本当に」
私は、庭の中央を見た。
カトレアは、ニーナちゃんと一緒に花壇を眺めていた。
時折、楓や蘭が近づいて、小さな会話が生まれる。
少し離れたところでは、巴さんとエーデルが話している。
セバスは、ようやく落ち着いてお茶を飲んでいた。
……ああ。
こんな風景が見られる日が来るなんて。
転生してすぐの私には、想像もできなかっただろうな。
「桜花も、ありがとうね」
「……何のことでございましょうか」
「いつも、そばにいてくれること」
桜花は、一瞬だけ目を伏せた。
「当然のことでございます」
……うん。
そう言うと思った。
◇
やがて、王家の皆さんが帰る時間になった。
「今日は、よい祝いの席であった」
国王が、満足そうに言った。
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
「カトレアちゃん。今度は我が家へ遊びに来てちょうだいね」
シルエット王妃が、手を振る。
「うん!」
アリーナさんは、もう一度カトレアを抱きしめた。
「髪留め、たくさん使ってね」
「ありがとう、アリーナお姉ちゃん!」
コモド君も、笑って頷く。
「また花のお話を聞かせてね」
「うん!」
……うん。
最後まで、みんな楽しそうだった。
ミキサーさんも、今日は一度も仕事の書類を開かなかった。
……たぶん、珍しいことなんだろうね。
◇
シルベスターさんも、席を立った。
「俺も、そろそろギルドへ戻る」
「今日は本当にありがとうございました」
「……何度も言うな」
シルベスターさんが、少しだけ眉を寄せる。
私は、笑って見送った。
「カトレア」
「はーい!」
カトレアが駆け寄る。
シルベスターさんは、少し腰をかがめて言った。
「また一年、元気に過ごせよ」
「うん! シルベスターさんもね!」
「……おう」
……おお。
何だか、いいやり取りだね。
私は、さりげなく隣を見た。
王様が、こちらを見ている。
……ん?
何か言いたそうだ。
「王様?」
「……いや、何でもない」
……うん。
今日は、本当に何でもない一日で終わってほしいね。
◇
みんなが帰り始める前に、ひとつだけお願いした。
「せっかく全員揃ったんだから、記念に残したいな」
私は、《収納》からカメラを取り出した。
取り寄せた現代の道具だ。
……うん。
便利なものは、使わないとね。
セバスが、すぐに三脚を用意してくれた。
「旦那様。皆様が収まるよう、配置を調整いたします」
「ありがとう!」
庭の奥へ、全員が少しずつ移動する。
フラワーズも、先生たちも、一般メイドたちも。
キャッツとエーデル。
巴さんとセバス。
王家の皆さんに、シルベスターさん。
ニーナちゃんとご両親。
……おお。
すごい人数だ。
こんなに大勢で写真を撮るのは、初めてかもしれない。
◇
私は、カトレアを中央へ呼んだ。
「カトレア。今日は主役だから、ここに立ってね」
「うん!」
桜花が、その隣へ。
巴さんと楓も、近くへ並ぶ。
モフ太は、庭の端から歩いてきて、カトレアの足元に座った。
……うん。
よし。
全員、ちゃんと入るかな。
私は、カメラの画面を確認した。
……おお。
ぎりぎり、入った。
「じゃあ、撮るよー!」
私がタイマーを設定して、みんなのところへ走る。
カトレアが、手を振った。
「お父さん、早く!」
「今行く!」
私は、娘の隣へ滑り込んだ。
……間に合った!
◇
カメラが、小さな音を立てた。
ぱしゃり。
……よし。
撮れた!
私は、画面を確かめた。
そこには、庭いっぱいに並んだ仲間たちの姿。
いつもどおりの無表情に近いフラワーズ。
楽しそうなメイドたち。
少し照れくさそうなシルベスターさん。
にこやかな王家の皆さん。
そして、真ん中ではカトレアが大きく笑っていた。
……ああ。
いい写真だね。
「お父さん、見せて!」
「もちろん!」
カトレアが覗き込む。
「みんな、いる!」
「うん。みんな一緒だよ」
私は、その言葉を静かに噛みしめた。
◇
お客様を見送ったあと、庭には少しだけ静けさが戻った。
とはいえ、メイドたちはまだあちこちでおしゃべりをしている。
今日は特別なお休み。
慌てて各邸へ戻る必要もない。
私は、椅子に腰かけて空を見上げた。
暖かな色の夕日。
花壇を揺らす風。
……いい日だったなぁ。
カトレアが、私の隣へやってきた。
「お父さん」
「ん?」
「今日、すっごく楽しかった!」
私は、笑って頷いた。
「それなら、よかった」
「みんな来てくれて、嬉しかった!」
「うん。みんな、カトレアのことが大好きだからね」
カトレアは、少し照れたように笑った。
◇
カトレアが、私の膝へちょこんと座った。
私は、そっと背中を支える。
「ねえ、お父さん」
「なあに?」
「来年も、みんなとお祝いできる?」
……ああ。
そんなこと。
「もちろんだよ」
私は、即答した。
「十一歳も、その次も。カトレアが望むなら、何度だって」
「……えへへ!」
カトレアが、私へ身体を預けた。
今日は、誰も慌てていない。
遠くで巴さんの笑い声が聞こえる。
桜花は、少し離れたところから私たちを見守っていた。
……うん。
これが、私の欲しかった暮らしなんだろうな。
◇
昨日。
カトレアは、王都の墓地で実の両親へ花を供えた。
『今はとても幸せです』
そう伝えた、小さな背中。
そして今日。
あの子は、百人を超える仲間に囲まれて笑っている。
……ああ。
私がカトレアを幸せにしている、なんて大げさなことは言えない。
むしろ、私の方が、たくさん幸せをもらっている。
カトレアが来てくれて。
桜花がいて。
巴さんや、みんながいて。
この家が、少しずつ賑やかになった。
……うん。
のんびり暮らしたかった私の毎日は、予定よりずっと忙しい。
でも、悪くない。
いや。
とても、いい。
◇
「お父さん!」
「うん?」
「大好き!」
カトレアが、嬉しそうに笑った。
私は、小さな身体をそっと抱きしめた。
「お父さんも、大好きだよ」
庭には、今日みんなで飾った花が揺れている。
テーブルには、食べ終わったケーキのお皿。
カトレアの手元には、みんなからもらった贈り物。
そして、これから二人で書き足していく花の記録帳。
……うん。
十歳の誕生日は、きっと忘れられない一日になった。
私は、もう一度だけカトレアの頭を撫でた。
「十歳、おめでとう。カトレア」
「ありがとう、お父さん!」
夕暮れの庭に、娘の笑い声が響いた。




