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第3話:反省してない王様と保管庫

 エルフ国邸の玄関の扉を開けた。


「ただいまー」


 私の声が、いつもの玄関ホールに響く。


 隣には、桜花。


 その腕には、布に包まれた《グリーンクリスタル》。


 無事に取り戻せたのだから、まずは森王に報告しよう。


 そう思って顔を上げた私は、足を止めた。


 …………。


 ……おや?


     ◇


 玄関ホールの奥。


 いつもは来客が座って待つための椅子に、森王がいた。


 背筋を伸ばし、足を揃え、いたって上品に。


 ……そこまでは、いい。


 問題は、その右手だ。


 小さな器。


 白いものが、こんもり盛られている。


 そして、もう片方の手には、銀色の匙。


 ……うん。


 見覚えがある。


 あれは。


 ……バニラアイスだね。


 森王は、実に幸せそうな顔で、ひと匙を口に運んだ。


「……うむ。やはり、これだな」


 …………。


 …………。


 ……お前。


     ◇


「……ただいま」


 私は、もう一度、少し小さな声で言った。


 森王が、こちらに気づく。


「おお、リアリス殿! 戻られたか!」


 ……うん。


 気づいてくれた。


 でも、その手。


 匙、持ったままだよね。


「随分と早かったな。捜索はどうであった?」


 …………。


 私は、森王の手元を指さした。


「……お前、反省してないだろ……」


 森王の動きが、ぴたりと止まる。


 …………。


 桜花が、私の隣で静かに口を開いた。


「……殺しますか?」


 …………。


 ……えっ。


 聞き間違い、かな?


 すると、少し離れた柱の陰から、もう一つ小さな声がした。


「……ころすー?」


 牡丹だ。


 淡い赤色の短い髪を揺らして、こちらを見上げている。


 …………。


「二人ともやめなさい!」


     ◇


 ……ああ。


 国宝を取り戻して帰ってきたのに、今度はうちの子たちを止める仕事が増えた。


 桜花は、落ち着いた顔のまま一礼した。


「承知いたしました」


 牡丹も、こくりと頷く。


「……はーい」


 ……うん。


 素直でよろしい。


 ……いや。


 今の発言、素直に流していいものだったかな。


「リアリス殿、誤解だ!」


 森王が、慌てて口を開いた。


「何を、どう誤解したら、バニラアイスになるんですか?」


「これは……!」


 森王は、器を見た。


 次に、匙を見た。


 ……うん。


 本人も、説明に困ってるみたいだね。


     ◇


「牡丹が、せっかく用意してくれたのだ」


 森王が、ようやく答えた。


「残すのは失礼であろう?」


 ……おお。


 そう来たか。


「……牡丹」


「……はい」


「森王に、アイスを出したの?」


「……お茶を、お持ちしました」


「……うん」


「……お菓子は、いらないって」


「……ああ」


「……アイスは、いるって」


 …………。


 なるほど。


 自分で注文したんだね。


 私は、森王へ視線を戻した。


「……反省は?」


「しておる!」


「……アイスは?」


「……うまい」


 …………。


 ……正直。


 いや、正直なのはいいんだけどね!


     ◇


 森王が、ようやく器を机に置いた。


「わしも、落ち着かぬ気持ちで待っていたのだ」


「……そうでしょうね」


「しかし、牡丹殿に『甘いものでも』と勧められ……」


 ……えっ。


 それは、初耳。


 私は牡丹を見る。


 牡丹は、少しだけ首を傾げた。


「……お好き、みたいだから」


 ……ああ。


 そうだった。


 牡丹は、お客様に親切にしただけなんだよね。


 悪いことなんて、してない。


 ただ。


 森王が、断らなかった。


 ……というか、自分からバニラを選んだ。


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、森王のせいだね。


     ◇


「とりあえず、アイスは後にしてください」


 私は、そう告げた。


「今は、国宝の話をしましょう」


 森王が、はっとして立ち上がる。


「……まさか!」


「はい」


 私は、隣の桜花を見た。


 桜花は、そっと包みを持ち上げた。


「《グリーンクリスタル》を、回収いたしました」


 …………。


 森王の目が、大きく見開かれた。


「……本当か?」


「ええ。桜花が持っています」


 私は、頷いた。


「傷も見当たりません。無事ですよ」


 森王は、しばらく言葉を失っていた。


 それから、深く息を吐く。


「……よかった」


 ……ああ。


 その表情は、本物だね。


     ◇


「リアリス殿。桜花殿。心より礼を言う」


 森王が、深く頭を下げた。


「今度ばかりは、わしも覚悟をしていた」


「……まあ、二回目ですからね」


 私は、少しだけ笑った。


「大事な国宝なんですから、見つかってよかったです」


「うむ。本当に……」


 森王は、桜花の腕の中にある包みを見た。


「では、早速、城へ持ち帰らせてもらおう」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、そう言うよね。


 私は、桜花の前へ一歩出た。


「……ちょっと待ってください」


「……む?」


「渡す前に、決めておきたいことがあります」


     ◇


 森王は、少し驚いたように眉を上げた。


「決めておきたいこと?」


「はい。国宝の管理方法です」


 ……うん。


 ここからが、今日の本題。


 前回は、奪い返して終わった。


 でも、それだけじゃ駄目だった。


 今度は、三回目を防がなきゃいけない。


「森王。国宝は、エルフ国のものですよね」


「当然だ」


「私も、そのつもりです」


 私は、はっきり伝えた。


「国宝の所有権は、エルフ国のまま。でも、保管場所を変えませんか?」


 森王が、目を瞬かせた。


「……保管場所?」


「ここです」


 私は、足元を指さす。


「エルフ国のリアリス邸で、預かりたいんです」


     ◇


「……この屋敷に?」


「はい」


 森王は、桜花の包みを見たあと、ゆっくり首を振った。


「しかし、国宝は王城の宝物殿に……」


「……前に、そこから盗まれましたよね?」


「……うむ」


「今度は、運んでいる途中で」


「……うむ」


 …………。


 森王は、口を閉じた。


 ……ああ。


 自分でも、分かってるんだね。


「宝物殿が悪いわけじゃありません。王城の皆さんも、きっと努力されてます」


 私は、続けた。


「でも、同じ管理方法を続けるなら、また同じことが起きるかもしれないでしょう?」


 森王が、静かに頷いた。


 ……うん。


 まずは、そこを共有できればいい。


     ◇


「ここなら、私の魔法で守れます」


 私は、屋敷の奥を見た。


 エルフ国邸には、ほかの屋敷と同じように、結界がある。


 だから、魔獣が勝手に敷地へ入ることはできない。


 ……うん。


 少なくとも、今度の犯人たちみたいな魔獣には、それだけでも大きな壁になる。


「ただ、建物の中に置くだけじゃありません。国宝のための、保管室も用意します」


「……保管室」


「そこにも、専用の《結界》を張ります」


 森王が、少しだけ考えた。


「確かに、そなたの魔法なら……」


「それと、出し入れする人も決めたいです」


 ……そう。


 ここが大事。


 誰でも触れるなら、いくら部屋を守っても意味がないもんね。


     ◇


「国宝を自由に持ち出せる人は、少ない方がいいと思うんです」


 私は、話を続けた。


「誰が触ったのか、いつ外へ出したのか、分かるようにする」


 森王は、腕を組んでいた。


 ……うん。


 ちゃんと聞いてくれてる。


「でも、式典で使うときは?」


「そのときは、もちろん持っていけます」


「……うむ」


「ただし、必ずメイドに運んでもらって、返すまで一緒にいてもらうんです」


 ……うん。


 これなら、途中で見失うこともないはず。


「国宝のお披露目が終わったら、そのままこの屋敷へ戻す。途中で別の人へ預けたりしない」


 森王が、目を閉じた。


「……なるほど」


 少しだけ、納得した顔だ。


     ◇


「ひとつ、確認してもよいか」


「どうぞ」


「王が、自国の国宝に自由に触れられぬということか?」


 …………。


 ……そこ、気になるよね。


「普段は、そうなります」


 私は、正直に答えた。


「必要があれば、管理するメイドに言ってください。きちんとお渡しします」


「……わしの宝では、なくなるようにも聞こえる」


「それは違いますよ」


 私は、首を振った。


「森王のものだからこそ、なくさないために預かるんです」


 ……うん。


 持ち主と、守る人。


 それは、別でもいいと思うんだ。


「国宝を使うかどうかは、エルフ国で決めてください。私は、勝手に使いません」


 森王は、少し黙っていた。


 ……ああ。


 国の宝なんだから、簡単には決められないよね。


     ◇


「……それに」


 私は、付け加えた。


「正直、三回目の捜索依頼は受けたくないんです」


 …………。


 森王の肩が、ほんの少し下がった。


「……面目ない」


「もう謝るのはいいですよ」


 私は、笑った。


「その代わり、これからなくさない方法を選びましょう」


 ……うん。


 そういう話だ。


 国宝を取り戻せた。


 だったら、今できることを考えればいい。


 前回の失敗まで、なかったことにはできない。


 でも、同じ失敗を減らすことはできる。


 ……少なくとも。


 森王にも、そう思ってもらいたいな。


     ◇


 森王は、しばらく黙っていた。


 やがて、深く息を吐く。


「……分かった」


「……おっ」


「そなたの屋敷へ、預けよう」


 ……やった!


「ありがとうございます!」


「ただし、国宝の所有権は、我がエルフ国にある。そのことは、明確に残してほしい」


「もちろんです」


 私は、すぐに頷いた。


「書面にもしておきましょう。森王の署名もいただいて」


「うむ」


 ……うん。


 大事な約束だもんね。


 口だけで終わらせず、ちゃんと残そう。


 ……それに。


 森王がまた忘れたら、困るからね。


     ◇


「それで、管理を任せるメイドは誰なのだ?」


 森王が、尋ねた。


 私は、すぐ近くに立つ小さなメイドへ目を向けた。


「牡丹。お願いできるかな?」


 牡丹は、首を傾げた。


「……わたし?」


「うん。エルフ国邸は、牡丹がよく見てくれてるでしょう?」


「……はい」


「国宝も、ここで一緒に守ってもらいたいんだ」


 牡丹は、桜花の抱えている包みを見た。


 しばらく、考えるように沈黙する。


 そして、小さく頷いた。


「……いいよ」


 ……うん。


 頼もしい返事だね。


「じゃあ、お願いするよ」


「……まかせて」


     ◇


 ちなみに、牡丹はまだ幼く見える。


 淡い赤色の短い髪。


 見た目は、十三歳くらいだ。


 でも、フラワーズの一人。


 護衛の腕前は、普通の兵士とは比べものにならない。


 ……うん。


 見た目で判断しちゃいけないんだよね。


「この子が、国宝の管理者になるのか?」


 森王が、少し驚いたように尋ねた。


「はい」


「……いや、疑っているわけではないが」


 牡丹が、森王を見上げる。


「……なくさないよ」


 …………。


 ……おお。


 なんて短くて、力強い言葉なんだ。


 森王も、思わず頷いた。


「……うむ。頼む」


 牡丹が、こくりと頭を下げる。


     ◇


 私は、桜花へ視線を向けた。


「桜花。国宝は、もう少しだけ持っててくれる?」


「はい。かしこまりました」


 ……うん。


 保管室ができるまでは、桜花にお願いしよう。


 私が《収納》へ入れる方法もあるけれど、そうすると、私がいないときに国宝を使えなくなる。


 ……まあ。


 使う機会なんて、そんなにないと思うけどね。


 でも、国の大切なものだから。


 いざというときに、ちゃんと取り出せる仕組みにしたい。


「保管室は、どこに作るのだ?」


 森王が、尋ねた。


「まず、使っていない部屋を確認してきます」


 私は、牡丹を見る。


「案内してもらえる?」


「……こっち」


 ……うん。


 早速、仕事が始まったね。


     ◇


 エルフ国邸の二階。


 牡丹に案内された先は、廊下の奥にある扉だった。


「……ここ」


「ありがとう、牡丹」


 扉を開くと、十畳ほどの部屋が現れた。


 家具は最低限。


 窓から、庭の木々が見えている。


 ……おっ。


 ちょうどいいかも。


「この部屋、使ってないんだね」


「……予備室」


 そうだった。


 各邸には、予備室が五つある。


 学校へ新しく迎えた補助教師三人には、そのうち一室を共用の寝室として使ってもらっている。


 残りは、四室。


「じゃあ、一室を国宝の保管室にしようか」


 これなら、まだ三室残る。


 ……ああ。


 予備室を多めに作っておいてよかったねぇ。


     ◇


 部屋を見回す。


 窓は一つ。


 入口も一つ。


 広さは、国宝を置くだけなら十分すぎるくらいだ。


「普通の部屋に置いたら、落ち着かないかな」


 私は、少し考えた。


 《グリーンクリスタル》は、両手に収まるほどの結晶だ。


 床へ直置きするわけにはいかない。


 でも、大きな宝物殿みたいにすると、かえって大げさすぎる。


 ……いや。


 国宝なんだから、大げさでもいいのかな。


「……台」


 牡丹が、小さく言った。


「……真ん中に」


「おっ。そうだね!」


 まずは、台を作ろう。


 それから、外から見えるように、透明なケースも。


 勝手に取り出せないようにすれば、展示するときにも使えそうだ。


     ◇


「《建築》」


 私は、以前から使っている魔法で、部屋の内装を整えた。


 窓には、外から中が見えにくい覆い。


 壁際には、持ち出し記録を置くための小さな棚。


 部屋の中央には、しっかりした台座。


 そして、その上に、透明な保護ケース。


 ……うん。


 綺麗にできた。


「どう、牡丹?」


 牡丹は、ケースをじっと見た。


「……いい」


「よかった!」


 ……おお。


 短いけど、評価は高そうだね。


 桜花も、静かに頷く。


「国宝の保管に、適した設備かと存じます」


 ……ありがとう。


 これで、見た目は整った。


 ただし、まだ一番大事なものが足りない。


     ◇


 ……防犯だ。


 ただ鍵をかけるだけなら、鍵を壊されたら終わり。


 部屋の前に兵士を置いたら、また運搬隊と同じことになるかもしれない。


 なら、今ある魔法を使おう。


「《結界》を張るよ」


 私は、牡丹へ伝えた。


「……うん」


「国宝を守るための、専用の結界。触れられるのは、私と牡丹だけ」


 牡丹は、こくりと頷いた。


 ……ああ。


 言葉にすると、簡単だね。


 でも、その条件が大切なんだ。


 誰でも触れられたら、結局、持ち出されてしまう。


「触れようとした人を傷つけるものじゃなくて、手が届かないようにするんだ」


 私は、説明した。


「無理やり壊そうとしても、国宝には届かないようにね」


 ……うん。


 これなら、安心できそうだ。


     ◇


 ここで、私は一度、桜花を見た。


「桜花。国宝を牡丹に渡してもらえる?」


「はい」


 桜花は、結晶を包んだ布を慎重に開いた。


 深い緑色の光が、部屋の中へ広がる。


 ……おお。


 何度見ても、綺麗だね。


 牡丹が、両手を差し出した。


 桜花が、そっと国宝を託す。


「……大事に」


 牡丹が、小さく呟いた。


「はい。お願いいたします」


 桜花は、一礼した。


 ……うん。


 もう、渡しただけで、ちゃんと信頼関係ができてるみたいだね。


 牡丹は、国宝を持って台座へ近づいた。


 そして、ゆっくりと透明なケースの中へ収めた。


     ◇


 ケースの扉を閉めたところで、私は《結界》を発動した。


 守る対象は、国宝そのものと、ケースの内部。


 許可するのは、私と牡丹の接触だけ。


 それ以外の手や魔法で、国宝を動かしたり取り出したりできないようにする。


 ……よし。


 魔法が、静かに定着した。


 見た目は、ほとんど変わらない。


 透明なケースの中で、緑色の結晶が輝いている。


「できたよ」


 私は、そう言った。


「牡丹、試してみて」


「……うん」


 牡丹が、ケースへ手を伸ばす。


 扉は、問題なく開いた。


 国宝にも、きちんと触れられる。


 ……よかった。


 これで、管理する本人が触れないなんてことになったら困るからね。


     ◇


「じゃあ、次は私も」


 私が、国宝へ手を伸ばす。


 こちらも、問題なし。


 ……うん。


 設定どおりだ。


 桜花が、その様子を見ていた。


「……私も確認いたしましょうか」


「うん。ただ、無理しないでね」


 桜花が、そっとケースに触れる。


 ……おっ。


 指先が、手前で止まった。


 まるで、透明な壁が一枚あるみたいだ。


「……動きませんね」


「よし。成功!」


 桜花は、何事もなかったように手を下ろした。


 ……うん。


 桜花が触れても開かない。


 それだけでも、かなり頼もしい防御だね。


     ◇


「これで、どなたでも勝手に触れる心配はありませんね」


 桜花が言った。


「うん。ちゃんと動いてる」


 私は、部屋の入口も確かめた。


 普段は施錠して、牡丹が管理する。


 掃除の必要があるときも、立ち会ってもらう。


 国宝を取り出すのは、式典や正式な依頼があるときだけ。


 ……うん。


 細かいルールは、このあと決めよう。


「牡丹。負担にならない?」


 私は、念のため聞いた。


「……だいじょうぶ」


「一人で全部やろうとしなくていいからね。連絡や書類は、ほかのメイドさんにもお願いしていいんだよ」


「……うん」


 牡丹は、少しだけ口元を緩めた。


 ……おお。


 今、笑った?


 ……気のせいかな。


     ◇


 部屋の準備を終えて一階へ戻ると、森王が落ち着かない様子で待っていた。


「どうであった?」


「できましたよ」


「……もう?」


 私は、笑って頷いた。


「ご案内します」


 ……ああ。


 《建築》って便利だね。


 普通なら、保管室を一つ作るだけでも何日もかかりそうなのに。


 牡丹が、先頭を歩く。


 桜花は、私の隣。


 森王は、少しだけ早足になっていた。


 ……うん。


 気になるんだね。


 国宝が、どんな場所に置かれるのか。


 まあ、当然だよね。


     ◇


 新しい保管室へ入ると、森王が息を呑んだ。


「……おお」


 透明なケースの中に、緑色の結晶。


 部屋は静かで、飾りも控えめ。


 中央の台座だけが、柔らかな明かりを受けている。


「こちらが、新しい保管場所です」


 私は、説明した。


「国宝は、いつでも確認できるようにしてあります」


 森王は、ケースへ近づいた。


「……確かに、見事だ」


 ……おっ。


 気に入ってもらえたみたいだね。


 私は、少し安心した。


 ……さて。


 次は、結界の説明だね。


     ◇


「ただし、ケースの中へ触れられるのは、私と牡丹だけです」


 私は、伝えた。


 森王は、少しだけ首を傾げた。


「……わしもか?」


「はい」


 ……うん。


 ここは、譲れない。


「国宝を見ることは、誰でもできます。でも、取り出すときは牡丹を呼んでください」


 森王は、しばらく結晶を見ていた。


 やがて、そっと手を伸ばす。


 そして。


 ……こつん。


 手が、透明な壁に当たった。


「……おお!?」


 …………。


 ……おっ。


 いい反応だね。


 私は、思わず笑いそうになった。


「こんなふうに、勝手には触れないようになっています」


 森王は、目を丸くしていた。


     ◇


「……なるほど」


 森王は、結界へもう一度だけ手を当ててから、静かに下ろした。


「確かに、これなら持ち出せぬ」


「もちろん、管理者が許可したときは別です」


 私は、牡丹を示した。


「でも、誰が持ち出したかは、必ず記録する。返すまで、牡丹が付き添います」


「……そうか」


 森王が、国宝を見た。


 前回と変わらぬ結晶。


 けれど、その周りには、今までなかった守りがある。


「王城の宝物殿より、守りは強そうだな」


「……あはは」


 私は、苦笑した。


 ……なんだか、比較するのも複雑だね。


 森王本人が、そう言っちゃうんだから。


     ◇


「……ただ、触れぬというのは」


 森王が、言いかけた。


「少し、寂しくもあるな」


 ……おっ。


 素直な感想だね。


 私は、少し考えた。


「普段は、ここへ見に来てもいいんですよ」


「……よいのか?」


「もちろん。森王の国宝ですから」


 私は、頷いた。


「手で持てなくても、こうして見られます」


 森王が、結晶へ視線を戻す。


 ……うん。


 大切なものを、自分の手元から離すのは寂しいのかもしれない。


 でも、守るって、抱えていることだけじゃないよね。


 私は、そう思った。


     ◇


 話がまとまったところで、私たちは一階の応接室へ戻った。


 待っていたのは、牡丹が持ってきた紙と筆記具。


 ……おお。


 もう、準備してくれてる。


「ありがとう、牡丹」


「……うん」


 私は、机へ向かった。


 国宝《グリーンクリスタル》の所有者は、エルフ国。


 保管場所は、エルフ国リアリス邸。


 管理責任者は、牡丹。


 国宝を取り出せるのは、私と牡丹だけ。


 正式な持ち出しには、森王の承認が必要。


 ……うん。


 まずは、このあたりだね。


「ほかに、必要なことはありますか?」


 私は、森王へ尋ねた。


 森王は、少し考えた。


「式典の際には、問題なく披露できるようにしたい」


「それなら、運搬方法を決めておきましょう」


     ◇


 私が考えたのは、簡単な方法だった。


 国宝を取り出すときは、牡丹が立ち会う。


 牡丹が運び、式典が終わるまで、そばを離れない。


 どうしても牡丹が対応できないときは、私が代わる。


 それ以外の人には、途中で預けない。


 そして、返却したら、ケースの中へ戻して結界を確かめる。


「持ち出しと返却の時刻も、記録に残しましょう」


 私は、書類へ書き加えた。


 ……うん。


 地味だけど、大事だね。


「これで、途中で誰かに渡して行方が分からなくなることも減らせるはずです」


 森王が、ゆっくり頷いた。


「……合理的だな」


 ……おっ。


 褒められた。


     ◇


「ところで、森王」


「……む?」


「運搬に、徒歩一か月もかける必要はありませんよね」


 …………。


 森王の動きが止まった。


「……そういえば」


 ……あっ。


 今、気づいた?


 私は、思わず笑った。


「私の《転移》を使えば、現地へ直接行けます」


「……なるほど」


 森王が、ゆっくり目を見開いた。


「だから、最初から相談してくださいってば」


「……面目ない」


 ……ああ。


 今日、何度目の『面目ない』だろう。


 でも。


 これで、森の中を一か月歩いて国宝を運ぶ必要もなくなる。


 ……うん。


 そもそも盗まれる機会を、減らせるね。


     ◇


「《転移》で運ぶときも、牡丹が国宝を持ちます」


 私は、書類を指さした。


「会場へ着いたら、展示場所を確認する。式典中も、牡丹が見守る」


「……うむ」


「終わったら、帰るまで絶対に国宝を手放さない」


 ……うん。


 これで、だいぶ安心できる。


「ただし、私がいないと転移は使えませんから、日程は事前に相談してくださいね」


「承知した」


 森王が、素直に答えた。


 ……よかった。


 ようやく、国宝をどう扱えばいいか、具体的に決まってきたね。


 私は、最後の項目を書き終えた。


「では、これでいかがでしょう」


 森王は、書面を読み直した。


     ◇


「……うむ。異存はない」


 森王は、ゆっくり頷いた。


「我が国の国宝を、そなたの屋敷で保管する。ただし、所有権はエルフ国が保持する」


「はい」


「持ち出す際は、承認を得て、牡丹殿が同行する」


「そのとおりです」


「返却まで、責任を持って見守る……」


 森王が、そこで少し笑った。


「これでは、そなたたちの方が、よほど国宝を大切にしているようだな」


 ……おや。


 自虐かな。


「いえ。森王だって、すごく大切にしてますよ」


 私は、答えた。


「大切にする気持ちだけじゃ、守り切れなかっただけで」


 …………。


 ……あっ。


 ちょっと、厳しい言い方だったかな。


 森王は、苦笑した。


「……まったくだ」


     ◇


 森王は、書面へ丁寧に署名した。


 私も、続けて署名する。


 最後に、牡丹が内容を確かめ、小さく頷いた。


「……おぼえた」


「ありがとう、牡丹」


 ……うん。


 これで、ちゃんと記録が残ったね。


 私は、書面を二通に分けた。


 一通は、エルフ国の王城へ。


 もう一通は、この屋敷に保管する。


 ……ああ。


 最初から、これくらいきちんとしておけばよかったのかもしれないね。


 ……いや。


 後からなら、何とでも言えるけど。


 今回の失敗を、ちゃんと次に生かそう。


     ◇


「……それにしても」


 私は、机の上の書面を眺めた。


 国宝を置く場所。


 触れる人。


 持ち出すときの手順。


 返すまでの責任者。


 ……うん。


 こうして並べると、結構、当たり前のことばかりだね。


 でも、当たり前のことほど、忘れると困る。


 ……例えば。


 大切なものを、いつどこに置いたのか。


 誰へ預けたのか。


 ……そんなことを、ちゃんと覚えておくとか。


 …………。


 あれ?


 私、こういうのが苦手な人を、もう一人知ってるような。


 ……うん。


 というか、人じゃないね。


 ……神様だ。


     ◇


 オリミス。


 私をこの世界へ転生させた、創造神。


 いろいろと大きな力を持っているらしいんだけど。


 ……うん。


 その。


 肝心なところで、たまに抜けてるんだよね。


 私は、思わず小さく笑った。


 国宝を二回なくした森王と。


 うっかりが多い、あの神様。


 ……並べたら、何となく似てるかもしれない。


 いっそ、あの人に新しい役職でも作ってあげようか。


 ……落とし物の神様。


 …………。


 ……あはは。


 本人に言ったら、絶対に怒るだろうなぁ。


     ◇


 ――そのころ、神界。


「……おかしい」


 オリミスが、神界の部屋を見回していた。


 机の上。


 本棚の隙間。


 椅子の下。


 そして、なぜか窓の外。


「確かに、ここに置いたはずなのだが……」


 エレサリアが、隣でお茶を飲んでいる。


「今度は、何を探しているの?」


「わしの杖だ。先ほどまで持っておった」


「あら」


 エレサリアは、少し考えてから、オリミスの背中を指さした。


「それなら、あなたの背中にあるわよ」


 …………。


 オリミスが、背中へ手を回す。


 そこには、しっかり杖があった。


「……おお」


     ◇


「また見つかったわね」


 エレサリアが、にっこり笑う。


「探していたのは、ほんの少しの間だぞ!」


「そうね。これで今日、三回目だけど」


「…………」


 オリミスは、ゆっくり杖を握り直した。


「……わしは、創造神である」


「知ってるわよ」


「万物を創りし、偉大な神である!」


「ええ。だから今度は、杖をなくさないでね」


 …………。


「……うむ」


 エレサリアは、楽しそうに笑った。


「落とし物の神様にならないようにね」


「わしは創造神じゃ!」


 神界に、威厳のありそうな声が響いた。


 ……ただし。


 その声に、さっきまでの威厳はあまり残っていなかった。


     ◇


 ――エルフ国邸。


「リアリス殿?」


 森王の声で、私は我に返った。


「……はい?」


「何やら、楽しそうだが」


「……いえ。ちょっと、知り合いを思い出しまして」


「知り合い?」


「ええ。落とし物が多い人です」


 ……あっ。


 人、じゃないんだった。


 まあ、いいか。


「その方も、困っておられるのか?」


「……本人は、あまり困ってないかもしれませんね」


 私は、苦笑した。


 森王も、少しだけ笑った。


 ……うん。


 今度は、森王の方がしっかりしてくれるといいな。


     ◇


「では、正式にお願いしますね」


 私は、話を戻した。


「式典の日程が決まったら、先に知らせてください」


「分かった」


「会場の場所と、展示する時間も」


「……うむ」


「それから、途中で予定を変えるときも」


 森王が、真面目な顔で頷く。


「必ず相談する」


 ……よし。


 ここまでなら、大丈夫そう。


 私は、書面の写しを一通、森王へ渡した。


 森王は、大切そうに受け取る。


 ……うん。


 国宝も、そのくらい丁寧に扱ってほしかったなぁ。


 ……いや。


 今度からは、そうしてくれるはず。


     ◇


 その日の夕方。


 森王は、王城へ戻ることになった。


 帰り際、もう一度だけ、国宝の保管室を見に行った。


 私は、少し離れて様子を眺める。


 森王は、透明なケースの前に立ち、静かに結晶を見つめていた。


「……これで、三度目はないのだな」


 私が答える前に、牡丹が小さく頷いた。


「……ないよ」


 …………。


 ……おお。


 頼もしい。


「……任せたぞ」


 森王が、頭を下げる。


 牡丹も、ぺこりと返した。


「……まかせて」


 ……うん。


 この子にお願いして、よかった。


     ◇


「ところで、リアリス殿」


 帰り際、森王が尋ねた。


「今後、この屋敷を訪ねる際は、どのようにすればよい?」


「普通に連絡をいただければ大丈夫ですよ」


 私は、答えた。


「ここは、国宝のためだけの場所ではありませんから」


 ……うん。


 屋敷は、みんなが暮らす場所だ。


 学校もある。


 庭もある。


 それから、お菓子もある。


 ……ああ。


 森王は、そっちを目当てに来ることもありそうだね。


「国宝を見たいときは、牡丹にお願いしてください」


「承知した」


 森王が、静かに頷いた。


「では、また来るとしよう」


 ……うん。


 ……まさか。


 明日、バニラアイスだけ食べに来たりしないよね?


     ◇


 数日後。


 エルフ国から、正式な連絡が届いた。


 延期していた式典を、開催することになったそうだ。


 場所は、南部の町セリィネ。


 ……ああ。


 あの、徒歩一か月の町だね。


 私は、セバスがまとめてくれた予定表を見た。


「……今回は、ちゃんと事前に相談してくれたんだ」


「はい、旦那様。森王より、日程と会場の資料が届いております」


「よかった!」


 セバスが、穏やかに微笑んだ。


 ……うん。


 小さなことだけど、進歩だね。


 この前までは、いきなり国宝がなくなってから相談だったんだから。


     ◇


 私は、まず会場の場所を確認した。


 セリィネの式典会場。


 広場の端に設けられた、国宝の展示台。


 見学する人の通路。


 そして、国宝を運び入れるための控えの場所。


 ……うん。


 図面だけなら、問題なさそうだ。


 ただし、初めて行く場所だ。


 大勢の人が集まってから、いきなり転移で現れたら騒ぎになる。


 ……いや。


 それより、誰かの上に出たら危ない。


「式典の前に、一度、会場を見に行こうかな」


 私は、桜花へ相談した。


「それがよろしいかと存じます」


 ……うん。


 国宝は、まだ持っていかない。


 まずは、下見だけ。


     ◇


 牡丹にも、声をかけた。


「今度の式典、牡丹にお願いしてもいい?」


「……うん」


「途中で国宝を誰かに渡さず、ずっと一緒にいてほしいんだ」


「……だいじょうぶ」


 牡丹は、小さく頷いた。


 ……うん。


 この子なら、約束を守ってくれる。


 何より、普段から言葉が少ないから、式典の途中でおしゃべりに夢中になる心配もなさそうだ。


 ……いや。


 それは、あんまり関係ないかな。


 私は、少し笑った。


「じゃあ、当日は一緒に行こう」


「……うん」


     ◇


 式典の前日。


 私は、桜花とともに会場を下見した。


 エルフ国の担当者と合流し、展示台の位置や人の流れを確認する。


 広場の周囲には、色鮮やかな布や花が飾られていた。


 ……おお。


 綺麗だね。


 大きな木の枝には、小さな飾りがいくつも結ばれている。


 祭りの準備をしている人たちが、楽しそうに行き来していた。


 ……うん。


 こんな場所に国宝が飾られたら、きっとみんな喜ぶだろうな。


 私は、警備の人たちへ挨拶した。


「明日は、国宝を持ってくるので、よろしくお願いします」


「承知しております」


 担当者たちが、深く頭を下げた。


 ……よし。


 大きな問題は、なさそうだね。


     ◇


 下見では、国宝を持ち込む順路も確かめた。


 人が少ない裏手から入って、展示台のそばまで進む。


 国宝を運ぶ牡丹は、会場に着くまで結晶を布で包んだまま。


 会場で披露する直前に、ケースへ収める。


 ただし、触れられるのは牡丹だけ。


 ……うん。


 順番が決まっていれば、迷わない。


「もし会場で何かあったら、すぐ私へ知らせてくださいね」


 私は、担当者へ伝えた。


「はい!」


 ……ああ。


 みんな、真剣だ。


 前回の件を知っている人も、いるのかな。


 ……まあ。


 余計なことは、こちらから話さなくていいね。


     ◇


 そして、式典の当日。


 朝のエルフ国邸は、少しだけ慌ただしかった。


 といっても、慌てているのは私くらいかもしれない。


 牡丹は、いつもどおり無表情。


 桜花も、落ち着いている。


 ……うん。


 この二人、頼もしいね。


「リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけた。


「ご準備は、よろしいでしょうか」


「うん。大丈夫!」


 私は、保管室へ向かった。


 その後ろを、牡丹がついてくる。


 ……さあ。


 新しい保管方法で、最初の持ち出しだ。


     ◇


 牡丹が、ケースへ近づいた。


 結界は、いつもどおり働いている。


 私が確認すると、牡丹は静かに手を伸ばした。


 ケースを開き、国宝を取り出す。


 そして、柔らかい布で丁寧に包んだ。


 ……うん。


 問題なし。


「持ち出し記録、書いておこうか」


「……うん」


 私は、時刻と目的を書き込んだ。


 場所は、セリィネ。


 理由は、式典での披露。


 運搬責任者は、牡丹。


 ……うん。


 これなら、いつ誰が持ち出したか、一目で分かる。


 地味だけど、大切な仕事だね。


     ◇


 私は、牡丹と桜花を連れて、会場へ《転移》した。


 昨日、下見で確認しておいた、人の少ない場所だ。


 ……うん。


 無事、到着。


 周囲では、会場の係の人たちが準備を進めていた。


 エルフ国の旗。


 美しい花の飾り。


 広場には、すでに人々の声が聞こえている。


 ……おお。


 結構、集まってるね。


「牡丹、国宝は大丈夫?」


「……うん」


 牡丹は、両腕で包みを大切に抱えていた。


 ……うん。


 ばっちりだ。


 桜花も、周囲を確認している。


 ……よし。


 予定どおり、展示台へ向かおう。


     ◇


 会場には、森王も来ていた。


 儀礼用の服を着て、いつもの落ち着いた顔をしている。


 ……うん。


 アイスは、持ってないね。


「リアリス殿。よく来てくれた」


「おはようございます、森王」


「国宝は?」


 私は、牡丹を示した。


「こちらに。問題なく運べました」


 森王は、ほっと息をついた。


「……感謝する」


 ……うん。


 ちゃんと、約束を守れてよかったね。


 ……いや。


 まだ式典は始まってないけど。


 最後まで気を抜かずにいこう。


     ◇


 式典が始まると、広場には静かな音楽が流れた。


 エルフの人たちが、森の恵みへの感謝を述べる。


 色とりどりの花が、風に揺れている。


 ……ああ。


 いい雰囲気だね。


 私は、桜花と並んで少し離れた場所から見守った。


 牡丹は、展示台のすぐそばに立っている。


 布を外して現れた《グリーンクリスタル》が、陽光を受けて輝いた。


 集まった人々の間から、小さな歓声が上がる。


 ……おお。


 みんな、嬉しそうだ。


 森王が、ゆっくりと壇上へ上がった。


     ◇


「本日は、森の恵みに感謝する大切な日である」


 森王の声が、広場に響く。


「我らの国宝は、長い歴史とともに受け継がれてきた」


 ……うん。


 さっきまでアイスを食べてた人とは思えないくらい、立派な王様だね。


 ……いや。


 今日は、ちゃんと王様の仕事をしてるんだ。


「この国宝が示すのは、努力を続け、その先へ進もうとする意志である」


 人々が、静かに耳を傾けている。


 私は、少しだけ頷いた。


 ……ああ。


 頑張る人に、新しい可能性を与えてくれる国宝。


 エルフの人たちには、きっと特別な意味があるんだね。


     ◇


 国宝は、式典の間ずっと牡丹のそばにあった。


 展示台には、専用の結界も働いている。


 誰かが触れようとしても、勝手には動かせない。


 ……うん。


 その仕組みがあるだけで、ずいぶん安心できる。


 見物人の中には、子どもたちもいた。


 目を輝かせて、緑の結晶を眺めている。


「きれい……!」


 近くの小さな子が、そう呟いた。


 ……うん。


 綺麗だよね。


 カトレアにも見せたら、きっと喜ぶだろうな。


 ……まあ。


 あの子は、国宝より花壇の方が気になるかもしれないけど。


     ◇


 式典は、予定どおりに進んだ。


 大きな混乱もない。


 魔獣が現れることもない。


 もちろん、国宝が消えることもない。


 ……うん。


 当たり前なんだけど。


 今日ばかりは、その当たり前が嬉しいね。


 最後の挨拶が終わると、人々から拍手が上がった。


 森王も、どこか安心した顔をしている。


 牡丹は、静かに国宝を布で包んだ。


 ……うん。


 これで、お披露目は終了。


 あとは、帰るだけだ。


     ◇


 式典の終わりに、森王が私たちのところへ来た。


「リアリス殿。無事に終えられた」


「はい。よかったですね!」


「これも、そなたたちのおかげだ」


 森王は、牡丹へ向き直った。


「牡丹殿。国宝を守ってくれて、ありがとう」


 牡丹が、ちょこんと頭を下げる。


「……おしごと」


 ……おお。


 仕事だから、当然。


 そんな感じかな。


 森王は、少しだけ微笑んだ。


「これからも、よろしく頼む」


「……うん」


 ……うん。


 こうして見ると、ちゃんと信頼してもらえたみたいだね。


     ◇


 私は、念のため展示台の周囲を確認した。


 破損したところはない。


 落とし物もない。


 もちろん、国宝は牡丹の腕の中。


 ……よし。


「じゃあ、私たちは帰りますね」


 森王が頷いた。


「うむ。どうか、気をつけて」


「森王も。帰り道で何かなくさないでくださいよ」


 …………。


 森王の表情が、少し固まった。


「……わしが、何かをなくすような男に見えるか?」


 …………。


「……国宝、二回」


 …………。


「……すまぬ」


 ……ああ。


 自分で言っておいて、ちょっと可哀想になってきた。


 でも、事実だからねぇ。


     ◇


 人目の少ない場所へ移動してから、私は《転移》を発動した。


 牡丹が国宝を抱え、桜花がその隣に立つ。


 行きと同じ三人だ。


 ……うん。


 全員、ちゃんと揃ってる。


「それじゃ、戻ろうか」


「はい、リアリス様」


「……うん」


 景色が切り替わり、エルフ国邸の庭へ戻る。


 ……おお。


 あっという間。


 以前は、ここから南部まで徒歩で一か月かけていたんだよね。


 ……それを、これからは必要なときだけ運べばいい。


 これなら、余計な危険も減るはずだ。


     ◇


 保管室へ戻ると、牡丹は国宝を元の場所へ収めた。


 透明なケースの中で、《グリーンクリスタル》が静かに輝く。


 私は、結界の状態を確かめた。


 ……うん。


 問題なし。


 国宝の位置も、ちゃんと戻っている。


 持ち出し記録へ、返却の時刻を書き足す。


 今日の目的。


 セリィネでの式典。


 運搬担当。


 そして、無事返却。


「……これで完了だね」


 私が言うと、牡丹が頷いた。


「……かんりょう」


 ……ああ。


 なんだか、すっきりするね。


     ◇


「牡丹、今日はお疲れさま」


 私は、頭を下げた。


「ありがとう。ずっと国宝を守ってくれて」


「……だいじょうぶ」


 牡丹は、少しだけ首を振った。


「……また、まもる」


 ……うん。


 そう言ってもらえると、安心できる。


「でも、休むときはちゃんと休んでね」


「……うん」


 私は、保管室の扉を閉めた。


 屋敷には、ほかにも仕事がたくさんある。


 牡丹に全部を押しつけるわけにはいかない。


 国宝を触る必要のない報告や連絡は、ほかのメイドさんにも手伝ってもらおう。


 ……うん。


 仕組みは、長く続けられなきゃ意味がないからね。


     ◇


 その日の夕方。


 私は、桜花と一緒にシルク王国邸へ戻った。


 玄関へ入ると、巴さんが迎えてくれた。


「あら、リアリスちゃん。お帰りなさい」


「ただいま、巴さん!」


「式典は、どうだった?」


「うん。ちゃんと終わったよ」


 巴さんが、柔らかく微笑む。


「それは、よかったわねぇ」


「それに、国宝も今回はなくならなかった!」


 …………。


 巴さんが、少しだけ首を傾げた。


「……今回は?」


 …………。


 ……あっ。


 そこ、気になるよね。


     ◇


 私は、かいつまんで説明した。


 二度目の紛失。


 森の地下での回収。


 エルフ国邸での保管。


 そして、無事に終わった式典。


 巴さんは、最後まで黙って聞いてくれた。


「……そう。大変だったわねぇ」


「うん。でも、今度は大丈夫だと思う」


「それなら、よかったわ」


 巴さんは、笑った。


「まずは、ご飯にしましょうね」


「……おお!」


 ……ああ。


 待ってました。


 今日も、ちゃんとお腹が空いてるんだよね。


     ◇


 食堂では、カトレアが待っていた。


「お父さん!」


「ただいま、カトレア」


「今日は、エルフの国に行ってたの?」


「うん。ちょっと、式典のお手伝いをしてきたんだ」


「お花、いっぱいあった?」


 ……あっ。


 やっぱり、そこなんだね。


「うん。とっても綺麗だったよ」


 カトレアの目が輝いた。


「いいなぁ!」


「今度、時間があるときに一緒に見に行こうね」


「うん!」


 ……ああ。


 喜んでくれて、よかった。


 国宝のことは、もちろん大事。


 でも。


 やっぱり私は、こうして家族と過ごす時間が好きだな。


     ◇


 食後。


 私は、居間の椅子に腰を下ろした。


 桜花が、隣でお茶を飲んでいる。


 廊下の向こうからは、カトレアの笑い声。


 ……うん。


 平和だねぇ。


 森王がまた国宝をなくす心配は、ずいぶん小さくなった。


 牡丹は、ちゃんと保管室を守ってくれる。


 式典も無事に終わった。


 ……これで、ようやく安心してのんびりできそうだ。


 私は、伸びをした。


「桜花。明日は、何か予定あったっけ?」


「今のところ、大きなご予定はございません」


「……おお!」


 私は、嬉しくなった。


 ……明日は、のんびりできるかもしれない。


 ……いや。


 この世界で、そんなことを口に出すと。


 たいてい、何か起きるんだよね。


     ◇


 桜花が、静かに微笑んだ。


「リアリス様。今夜は、ゆっくりお休みください」


「うん。そうするよ」


 私は、温かいお茶をひと口飲んだ。


 ……ああ。


 おいしい。


 さて。


 今回の国宝騒動は、これにて一件落着。


 森王も、これで少しは懲りただろう。


 ……うん。


 三回目が起きないことを、心から祈っておこう。


 ……もしまた何かなくしたら。


 今度こそ『落とし物の神様』に相談してもらおうかな。


 …………。


 ……いや。


 あのポンコツに預けたら、国宝がどこへ行くか分からないか。


 私は、思わず苦笑した。


 ……やっぱり。


 大切なものは、しっかり管理しないとね。

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