第1話:またですか!?
私は、のんびり暮らしたい。
転生したときから、ずっとそう思っている。
好きなときに起きて。
おいしいご飯を食べて。
気が向いたら散歩をして。
たまには冒険者として、ちょっとした依頼を受けて。
……うん。
理想的だねぇ。
ちなみに今は、シルク王国邸の美容サロンで、お客様の髪を整えているところだ。
…………。
……あれ。
のんびり?
……まあ、これはこれで、楽しい仕事だからいいんだけどね。
◇
「はい。これで終わりです」
私は、鏡の前のお客様へ声をかけた。
「あら……!」
女性が、嬉しそうに髪を触る。
もともと綺麗な髪だったけれど、ちょっとだけ若々しく整えた。
今日も使ったのは、いつもの《エステ》。
効果は一週間。
……うん。
もう、慣れたものだね。
「ありがとうございます、リアリス様!」
「どういたしまして。また気になるところがあったら、いつでもどうぞ」
女性は何度も鏡を見てから、笑顔で帰っていった。
……ああ。
こうして喜んでもらえると、嬉しいな。
私は、使用した道具を片づけ、軽く伸びをした。
……よし。
今日の予約分は、これで終了!
◇
「お疲れさまでございます、リアリス様」
後ろから声がした。
振り返ると、桜花がいつもの穏やかな顔で立っている。
……うん。
今日も、きっちりしてるね。
「ありがとう、桜花。待たせちゃった?」
「いいえ。皆様、とてもお喜びでございました」
「そう? ならよかった」
私は、椅子に腰かけて少し休んだ。
昔は会社でパソコンを相手にしていたのに。
今は、異世界で美容サロンのお仕事。
……人生、分からないものだねぇ。
「このあとは、冒険者ギルドでございますね」
「うん。そのつもり」
桜花が、静かに頷いた。
……ああ。
ちゃんと覚えててくれたんだ。
◇
学校を作ってから、少し時間が経った。
八つの国の学校では、アンナたちがメイン教師として働いている。
一校二百席。
一時間ずつ、一日六コマ。
通常授業は週五日で、残りの二日は自習と個別指導。
各校に三人ずつ増えた補助教師たちも、すっかり馴染んだようだ。
……うん。
いいことだね。
カトレアは、相変わらずニーナちゃんと仲良し。
二人で覚えてきた花の名前を、夕食のたびに教えてくれる。
……ああ。
最近、うちの食卓はお花の話ばかりだなぁ。
まあ、巴さんが嬉しそうだから、いいんだけどね。
◇
ちなみに。
モフ太は、まだアレックスを気にしているらしい。
この前も、カトレアがアレックスの話をした途端に、
「……私の毛並みも、悪くないと思うのですが」
なんて、真顔で言っていた。
……うん。
なぜそこで対抗するのか。
しかも相手は、自分がライバルにされていることを知らない。
……ああ。
平和だねぇ。
「リアリス様?」
「……あっ、何でもない!」
私は、少し笑って立ち上がった。
今日はギルドで、手頃な依頼を探すつもりだった。
……うん。
採取でも、護衛でも。
たまには冒険者らしいことも、しないとね。
◇
サロンを出ると、廊下の向こうからセバスが歩いてきた。
「旦那様。お疲れさまでございます」
「ありがとう、セバス」
「学校からの報告は、わたくしの方で整理しております」
「……おお。助かる!」
セバスの仕事は、相変わらず早い。
最初は外交交渉のために作った執事だったけれど。
今では、学校の運営まで見てくれている。
……うん。
本当に頼りになるね。
「今日も何か問題はあった?」
「大きな問題はございません。カレンが教材を運搬中につまずいたという報告はございましたが」
…………。
「……怪我は?」
「ございません。教材も補助教師が受け止めたとのことです」
……ああ。
よかった。
……いや。
それ、もう日常報告に含まれてるんだね。
◇
「じゃあ、桜花とギルドに行ってくるよ」
私は、セバスへ伝えた。
「かしこまりました。どうぞお気をつけて」
「うん。長い依頼は受けないつもりだから」
「承知いたしました」
……そう。
今日は、ちょっとだけ。
最近は屋敷と学校のことばかりだったから、冒険者ギルドの雰囲気を味わいたかったんだ。
依頼を見て、面白そうなのがあったら受ける。
なければ、帰って巴さんのお菓子を食べる。
……うん。
完璧な予定だね。
私は、サロンの扉を閉めた。
……そのときだった。
◇
「リアリスちゃーん!」
廊下の向こうから、巴さんの声がした。
……おっ。
巴さんだ。
少しだけ、急いでいるように見える。
「どうしたの、巴さん?」
「ごめんなさいね。お出かけの前に、ちょっといいかしら」
「もちろん」
私は、足を止めた。
桜花も、隣で静かに待っている。
「エルフ国のお屋敷に、森王様がいらっしゃっているの」
「……えっ?」
…………。
森王?
エルフ国のライノーラ森王が?
……おや。
わざわざ、うちに?
◇
「牡丹ちゃんから連絡があったのよ」
巴さんは続けた。
「リアリスちゃんを、お呼びしたいんですって」
「……森王が?」
「ええ。詳しいことは、直接お話ししたいそうよ」
……うん。
何だろう。
学校のことかな。
エルフ国の学校も、順調だって聞いてたんだけど。
それとも、また何かの式典?
……ああ。
あの国、結構そういう行事があるみたいだしね。
「分かった。すぐ行ってみるよ」
私は、桜花へ目を向けた。
「ギルドは、あとでもいいかな?」
「もちろんでございます」
……うん。
そうしよう。
セバスも、静かに頷いた。
「こちらの予定は調整しておきます」
「ありがとう!」
◇
私は、その場でエルフ国邸へ《転移》することにした。
もちろん、桜花も一緒。
転移先は、エルフ国邸の玄関ホール。
……うん。
「《転移》」
次の瞬間、見慣れた廊下の景色が切り替わった。
緑を基調にした調度品。
窓の向こうには、エルフ国らしい深い森の色。
……ああ。
着いたね。
シルク王国邸とは、また違う落ち着いた雰囲気だ。
「リアリス様」
すぐに、牡丹が迎えてくれた。
淡い赤色の短い髪。
小さな身体。
表情は、いつものとおり変わらない。
「こんにちは、牡丹」
「……こちらです」
……うん。
相変わらず、必要なことだけを話すね。
◇
牡丹に案内されて、客間へ向かう。
その途中、私は少しだけ気になった。
「牡丹。森王、何か困ってる感じだった?」
「……困っています」
「……おっ」
答えが、早い。
「……かなり?」
「……はい」
…………。
……そうなんだ。
なんだか、嫌な予感がしてきた。
「桜花」
「はい、リアリス様」
「……こういうときって、大抵、何かあるんだよね」
「さようでございますね」
……ああ。
否定してくれなかった!
いや、まあ。
私も分かってて聞いたんだけどね。
◇
客間の前で、牡丹が足を止めた。
そして、静かに扉を開ける。
「……どうぞ」
「ありがとう、牡丹」
私は、桜花と一緒に中へ入った。
そこには、銀色の長い髪を後ろで束ねた男性が座っていた。
エルフ国の森王。
ライノーラ・エルフィン。
……うん。
久しぶりだね。
ただ。
いつも落ち着いている森王が、今日は妙に難しい顔をしている。
しかも、目の前のお茶には手をつけていない。
……おお。
これは、本当に何かあったみたいだね。
◇
「リアリス殿」
森王は、私を見ると立ち上がった。
「急に呼び立ててしまい、申し訳ない」
「いえいえ。ちょうど仕事が終わったところでしたから」
私は、軽く頭を下げた。
「それで、どうなさったんですか?」
森王は、一度だけ深く息をついた。
「……また、そなたの力を借りたい」
…………。
また。
……また?
私は、ゆっくり瞬きをした。
桜花が、静かに私の横へ立つ。
「何か、あったんですね」
「……うむ」
森王は、頷いた。
そして。
「……国宝を、紛失した」
…………。
…………。
…………。
「……はい?」
◇
しん、と客間が静まり返った。
私は、森王の顔を見る。
冗談を言っている様子は、ない。
……うん。
すごく真面目な顔だ。
なら。
聞き間違い、かな?
「……すみません。今、何て言いました?」
「……国宝を、再び紛失した」
…………。
再び。
……再び。
……再び!?
「管理体制!!!」
思わず、声が出た。
……ああ。
いけない。
国王相手に、大声を出しちゃった。
でも。
出るでしょう、これは!
◇
「……いや、ちょっと待ってください」
私は、こめかみを押さえた。
「前にも、ありましたよね?」
「……うむ」
「私と桜花で、探しに行きましたよね?」
「……そのとおりだ」
「それで、取り戻しましたよね?」
「……うむ」
…………。
「……なのに、また!?」
森王が、深く頭を下げた。
「面目ない」
……ああ。
本気で反省してるんだね。
それは、分かる。
分かるんだけど。
……二回目だよ?
国宝だよ?
国の宝って書いて、国宝だよ?
……管理を見直してほしいなぁ。
◇
私は、ひとまず椅子に座った。
桜花が、お茶の入った杯をそっと手元へ置いてくれる。
「ありがとうございます、桜花」
「どういたしまして」
ひと口飲む。
……うん。
おいしい。
……ちょっと、落ち着いた。
森王は、まだ頭を下げている。
「森王。顔を上げてください」
「……すまぬ」
「とりあえず、何が起きたのか教えてもらえますか」
私が言うと、森王はようやく座り直した。
……うん。
まずは事情を聞こう。
怒るのは、そのあとでも遅くない。
……いや。
怒りたいわけじゃないんだけどね。
◇
「紛失したのは、《グリーンクリスタル》で間違いないんですよね?」
「……うむ」
……ああ。
やっぱり。
エルフ国の国宝。
両手に収まるくらいの緑色の結晶。
エルフにだけ、成長の限界を越える可能性を与える。
ただし、使った瞬間に強くなるわけじゃない。
そのあとも、本人の努力が必要。
……うん。
前に、聞いた話だね。
私も、あの国宝がどういうものかは覚えている。
だからこそ、大切にしてほしかった。
……本当にね。
◇
「前に盗んだのは、人型の魔獣でしたよね」
私は、思い出しながら言った。
「はい。国宝を使えば自分がすぐ強くなれると、勘違いしていたようでございましたね」
桜花が答えた。
「そうそう」
……ああ。
あのときは、結局、国宝はエルフにしか効かないって分かったんだっけ。
……考えてみると。
盗んだ側も、ずいぶん間抜けだったね。
「今回も、同じような相手でしょうか」
「まだ、分からぬ」
森王が、首を横に振った。
「犯人の姿さえ、確認できておらぬのだ」
……うん。
そこは、前回と同じだね。
……いや。
同じじゃ困るんだけど。
◇
「前回、宝物殿の警備を見直したと、お聞きしましたけど」
「見直した」
「……それでも、なくなった?」
「……うむ」
…………。
私は、首を傾げた。
「じゃあ、今回は宝物殿から盗まれたんですか?」
「……いや」
森王は、少しだけ視線を落とした。
「……今回は、運搬の途中である」
…………。
「……運搬?」
「式典で、国宝を披露することになっていた」
……あっ。
なるほど。
だから、宝物殿の警備を強くしても。
外へ出したら、別の問題が起きるんだね。
……いや。
そこも、ちゃんと守ってくださいよ!
◇
「……式典って、どこで行う予定だったんですか?」
私は、森王へ尋ねた。
「南部の町、セリィネである」
「……セリィネ?」
名前だけなら、聞いたことがある。
エルフ国の、ずっと南の方にある町だったはずだ。
「そこへ、国宝を運んでいたんですね」
「そうだ。各地の代表が集まる式典で、国宝を披露する予定であった」
「……おお」
歴史のある国なら、そういう行事もあるよね。
「国宝を使うわけでは?」
「いや。今回は披露のみだ」
……そっか。
見せるだけ。
……だったら、なおさら大事に運んでほしかったなぁ。
◇
「その、セリィネまでは、遠いんですか?」
私は、何気なく尋ねた。
「森都ベルツリーから、深い森を抜けねばならぬ」
「……うん」
「徒歩で、およそ一か月かかる道程だ」
…………。
…………。
「……一か月?」
「うむ」
……えっ。
「距離! 遠い!! 森!!!」
思わず立ち上がってしまった。
……いや。
最後の森は、ちょっと勢いで言ったけど!
片道一か月!?
国宝のお披露目のためだけに!?
「……森王、そこまでして運ぶ必要があったんですか?」
「国の歴史に関わる大切な式典なのだ。民にとっても意味がある」
……うん。
それは分かる。
……分かるんだけど。
だったら最後まで守ってくださいよ!
◇
「運搬は、兵士さんたちが?」
私は、考えを切り替えた。
「近衛の者を中心に、護衛をつけた」
「何人くらいですか?」
「運搬の担当を含め、二十名ほどだ」
……おお。
それだけいれば、普通は安心できそうだけど。
「怪我をした人は?」
「軽傷者は出たが、命を落とした者はいないと聞いておる」
「……よかった」
まず、そこは安心だね。
国宝も大切だけど、誰かが命を落としていたら、それこそ大変だ。
「それで、襲われたんですか?」
「……うむ。森の中で、何者かに」
……あっ。
今、ちょっと嫌な予感がした。
◇
「襲ってきたのは、どんな相手だったんですか?」
「詳しい姿は分かっておらぬ」
「……えっ?」
「森の影から突然現れ、護衛が応戦している間に国宝が消えたそうだ」
……うん。
混乱してたんだろうね。
「国宝を入れていた箱は?」
「残っておる」
「箱は残っていて、国宝だけ?」
「……うむ」
…………。
……いやぁ。
なんだか、手際がよすぎない?
護衛の人たちと戦って、その隙に国宝だけを持っていく。
……偶然なのかな。
それとも、最初から国宝が目的だったのかな。
私は、少しだけ考えた。
……うん。
まだ何も分からないんだ。
犯人を決めつけるのは、やめておこう。
◇
「護衛の皆さんは、無事に戻っているんですか?」
「現在、森都へ戻るよう指示している。だが、道程が長くてな」
……ああ。
そうだった。
徒歩で一か月かかるほど広い森。
……その途中から戻るのも、一苦労だよね。
「国宝がなくなったことは、もう公表しました?」
「いや。まだ、ごく限られた者しか知らぬ」
森王が、少しだけ声を落とした。
「式典へ集まる民を混乱させたくはない」
「……そうですよね」
国宝がなくなったと聞けば、騒ぎになるだろう。
しかも二回目。
……おお。
これは、国の信用にも関わりそうだね。
◇
私は、しばらく黙って考えた。
前回は、宝物殿にいた。
だから、その場所を調べられた。
聞き込みもした。
《歴史閲覧》を使って、過去の映像も見た。
……うん。
あのときは、それで犯人の姿を知ったんだ。
今回は、同じように調べられるだろうか。
「まず、襲われた場所を教えてもらえますか」
私は、森王へ尋ねた。
「地図を用意しておる」
……おっ。
さすが、準備してくれたんだね。
◇
森王が、机の上に大きな地図を広げた。
…………。
……緑。
……すごく、緑。
森。
森。
また森。
ところどころに、川と山。
……うん。
エルフ国って、本当に森が広いねぇ。
「ここが森都ベルツリーだ」
森王が、一か所を指さす。
「……はい」
「こちらが、セリィネ」
指が、地図のずっと南へ動く。
…………。
「……そんなに離れてるんですか!?」
「うむ」
……おお。
さっき一か月って聞いたばかりなのに、まだ驚いちゃった。
◇
「それで、襲われたのは?」
「この辺りだと報告があった」
森王が、地図の途中を指した。
……うん。
途中、だね。
……すごく、途中。
「もう少し、詳しい場所は?」
「大きな古木があり、その東側だそうだ」
…………。
古木。
……森の中の、古木。
……うん。
たくさんあるよね?
「その木だけが、目立つんですか?」
「周囲でもひときわ大きいと聞いておる」
「……なるほど」
私は、地図を見直した。
……でも。
地図には、その木が描かれていない。
そりゃそうか。
木を全部描いたら、地図じゃなくて森の絵になっちゃうもんね。
◇
「桜花。どう思う?」
私は、隣へ目を向けた。
「まずは、国宝が消えた場所を確かめる必要があるかと存じます」
「そうだよね」
「その場所が分かれば、《歴史閲覧》で当時の様子を調べることもできるでしょう」
……うん。
そうしよう。
私は、頷いた。
「森王、護衛の人たちから、もう少し詳しく聞くことはできますか?」
「報告は受けておるが、本人たちはまだ移動中である」
「……そっか」
…………。
……あれ。
そうすると。
現場の位置を正確に知るには、護衛の人たちに会いに行くしかないのかな。
……いや。
それも、どの道を進んでるのか分からない。
…………。
……ちょっと、面倒だねぇ。
◇
「《歴史閲覧》を使おうと思ったんですけどね」
私は、正直に伝えた。
「前みたいに、どこで盗まれたのか分かればいいんですけど」
「……それほど広い範囲は、調べにくいか」
「ええ。何が起こったかを見る前に、まず場所を探す必要がありそうです」
……うん。
便利な魔法だって、闇雲に使うだけじゃ駄目だ。
もし一か月分の道を全部確認するつもりなら、相当な手間になる。
……ああ。
こんなことなら、国宝を運ぶ前に相談してくれたらよかったのに。
……いや。
私が運ぶことになってたら、それはそれで大変か。
……たぶん。
◇
「……リアリス殿」
森王が、静かに口を開いた。
「わしの判断が、甘かった」
……おっ。
「一度ならず、二度までも、国宝を守れなかった」
森王は、深く頭を下げた。
「面目ない」
…………。
……ああ。
本当に、反省してるんだね。
そこは、分かる。
分かるけど。
「……森王」
「……うむ」
「今度は、取り戻したあとに管理方法も考えましょうね」
「約束しよう」
……うん。
約束だよ。
次に三回目が起きたら、さすがに私も、何て言えばいいか分からないからね。
◇
私は、紙と筆記具を借りた。
そこへ、できることを順番に書いていく。
現場を特定する。
《歴史閲覧》で過去の状況を見る。
犯人を突き止める。
国宝を追う。
……うん。
前回と、似たような流れだね。
でも。
国宝は、今も移動しているかもしれない。
事件の場所が分かっても、犯人が遠くへ逃げていたら、また探し直しになる。
……ああ。
できれば、最初から国宝の位置が分かればいいんだけど。
…………。
……いや。
そんな、都合のいいこと。
…………。
……あれ?
◇
「それにしても」
私は、地図をもう一度眺めた。
「一か月かかる森の途中って、なかなか厳しいですね」
「すまぬ」
「いえ、森王が森を長くしたわけじゃないですし」
「……うむ」
…………。
……おや。
今、変なことを言った?
桜花が、ほんの少しだけ目を細めた。
……笑ってる?
……まあ、いいか。
「前の国宝事件のときみたいに、青い点が見えれば、楽なんですけどねぇ」
私は、何気なく呟いた。
…………。
……青い点。
…………。
……ん?
なんか、今。
ものすごく大事なことを口にしたような。
でも、まだ思い出せない。
……ああ。
年齢のせいかな。
見た目は若くても、中身は元四十三歳だからねぇ。
◇
「リアリス様」
桜花が、静かに声をかけた。
「はい?」
「前回、国宝の位置をお調べになった魔法がございましたね」
「……うん?」
「《サーチ》でございます」
…………。
…………。
…………。
「……あっ」
……ああっ!
「それがあった!!」
私は、思わず椅子から立ち上がった。
そうだよ!
《サーチ》!
指定したものの現在地を、脳内マップへ表示する魔法!
前にも使ったじゃないか!
何で忘れてたんだろう。
「桜花! ありがとう!」
「お役に立てましたなら、幸いでございます」
……ああ。
頼りになるなぁ。
本当に、この子がいてくれてよかった。
◇
「……何か、方法があるのか?」
森王が、不思議そうに尋ねた。
「あります!」
私は、勢いよく頷いた。
「現場を探す前に、国宝そのものを探せばいいんです!」
「……そのようなことが、できるのか」
「はい。私が前に作った魔法なら、できるはずです」
……うん。
今まで、森のどこかにある現場を探そうとしていた。
でも、《サーチ》なら。
最初から、探したいものを指定できる。
……ああ。
何というか。
すごく簡単だったね。
私は、ちょっとだけ苦笑した。
「最初から、そうすればよかった」
桜花は、静かに微笑んでいる。
……うん。
今日は、桜花に助けられてばっかりだね。
◇
私は、もう一度、前回の事件を思い出した。
宝物殿の空っぽの台座。
《歴史閲覧》で見た犯人の姿。
森の中で、青く光っていた反応。
そして、結晶を持っていた人型の魔獣。
……ああ。
ちゃんと《サーチ》を使ってたね。
私は、自分の額を軽く押さえた。
「……桜花。私、どうして忘れたんだろう」
「必要なことを思い出されたのですから、問題ございません」
「……うん」
……優しい。
優しいけど。
こんなに便利な魔法、忘れちゃ駄目でしょう。
……ああ。
最近、学校のことばっかり考えてたからかな。
……まあ。
思い出せたんだから、よしとしよう。
◇
「森王、少しだけ確認してもいいですか?」
「うむ。何なりと」
「《グリーンクリスタル》の見た目は、前回と変わってませんよね?」
「もちろんだ」
「形を変えたり、別の入れ物に入れたりは?」
「結晶自体には、何も手を加えておらぬ」
……うん。
それなら、覚えている特徴で指定できそうだね。
前に見たのは、両手に収まるくらいの結晶。
透き通るような緑色。
表面には、細かな模様。
普通の宝石とは、少し違う不思議な輝き。
……うん。
結構、はっきり覚えてる。
「それなら、たぶん大丈夫です」
私は、頷いた。
◇
もっとも。
《サーチ》も、何となく『緑の石』だけで探せばいいわけじゃない。
緑色の結晶なんて、ほかにもあるだろう。
ちゃんと、あの国宝を指定しないとね。
……うん。
前に一度、実物を見た。
名前も知っている。
形も覚えている。
……十分だ。
「国宝そのものを探すんですね」
桜花が、確認するように言った。
「うん。前の犯人を探すわけじゃないからね」
「承知いたしました」
……そう。
前の事件と、今回の事件が同じ相手とは限らない。
下手に犯人を決めつけるより、国宝を見つける方が確実だ。
……よし。
◇
私は、目を閉じた。
《サーチ》を発動するとき、いつも思い浮かべる脳内の地図。
いまいるエルフ国の屋敷。
そこから広がる森。
大きな町。
それから、国境へ続く道。
……うん。
見慣れた表示だ。
現在地を示す赤い点もある。
私は、もう一度、あの結晶を頭に思い浮かべた。
美しい緑色。
特徴的な模様。
国宝。
「……よし」
そして、魔法の名前を口にした。
「《サーチ》グリーンクリスタル!」
◇
次の瞬間。
脳内マップに、小さな青い光が現れた。
……おっ!
……あった!
私は、思わず目を見開いた。
青い点。
青い点だ!
「……見つかった!」
つい、声が大きくなる。
「リアリス殿!?」
森王が、驚いたように身を乗り出した。
「本当に、見つかったのか!」
「はい! 反応があります!」
……うん。
ちゃんと見えてる。
対象がある場所を示す青い点。
……ああ。
便利だねぇ。
本当に、便利。
……なのに、なぜ忘れた、私。
◇
私は、少しずつ脳内マップを拡大した。
まずは、エルフ国全体。
……うん。
青い点が、ある。
次に、森都ベルツリーの周辺。
……うん?
…………。
私は、もう少し拡大する。
赤い点。
青い点。
……おや。
……ちょっと、待って?
「……桜花」
「はい、リアリス様」
「……これ、なんか変なんだけど」
桜花が、首を傾げた。
「と、申しますと」
「国宝って、ずっと南の町へ運んでたんだよね?」
「そのように伺いました」
「……なのに」
私は、青い点を見つめた。
…………。
……近くない?
◇
私は、脳内マップの縮尺を確かめた。
森都ベルツリー。
そこから少し離れた森。
……うん。
やっぱり。
「……森王」
「……うむ?」
「国宝を運んでいたのは、南部のセリィネですよね?」
「そうだ」
「片道、徒歩で約一か月でしたよね?」
「……うむ」
…………。
私は、ゆっくり言った。
「……今、森都のすぐ近くに、反応があるんですけど」
…………。
…………。
「……何?」
森王の顔が、固まった。
……うん。
そうなるよね。
私も、そうなったから。
◇
「ここから、およそ五キロメートルくらいです」
私は、改めて地図を確認した。
……うん。
間違いない。
森都から、だいたい五キロ。
……徒歩一か月の道程の途中で、なくなった国宝が。
……森都から、五キロ?
…………。
……何で!?
「国宝が、戻ってきたのか?」
森王が、小さく呟いた。
「……さあ」
私は、首を傾げた。
「誰かが運んだのかもしれませんし、どこかに隠されているだけかもしれません」
……うん。
分からないことは、分からない。
青い点が教えてくれるのは、国宝の現在地。
誰が持っているかまでは、分からないんだ。
「でも、あそこにあることは確かだと思います」
私は、頷いた。
◇
桜花が、静かに私の顔を見た。
「……森都の近く、でございますか」
「うん。こんなに近いとは思わなかった」
「それでしたら、早急に現地を確かめた方がよろしいかと」
「……そうだね」
私は、脳内マップの青い点を見つめた。
……ああ。
誰かが隠しているなら、移動させるかもしれない。
国宝を使おうとしているかもしれない。
もちろん、実際に使えるのはエルフだけだけど。
……前の犯人みたいに、それを知らない相手もいるかもしれない。
……うん。
ここは、急いだ方がいい。
◇
「リアリス殿!」
森王が、勢いよく立ち上がった。
「ならば、すぐに近衛の者たちを集めよう! 森を囲み、逃げ道を――」
「……ちょっと待ってください!」
私は、慌てて手を振った。
……ああ。
急に大勢が動いたら、相手に気づかれちゃうかもしれない。
「まだ、何がいるのか分かりませんから」
「……しかし」
「兵士さんたちが危険な目に遭ったら、大変です」
森王の口が、少しだけ止まった。
……うん。
そう。
私と桜花なら、様子を確かめてから動ける。
でも、大勢で森を進んで、相手が何者かも分からないまま戦うのは危ない。
……それに。
国宝を持っているのが、そもそも人なのか魔獣なのかも分からない。
……まだね。
◇
「まずは、私と桜花で見てきます」
私は、ゆっくり説明した。
「もし兵士さんの力が必要なら、そのときにお願いするので」
「……分かった」
森王は、少しだけ肩を落とした。
「二度も、すまぬ」
「いえ。今は、国宝を無事に戻す方が先です」
……うん。
ただし。
前回も、あの国宝を取り戻すのに、そこそこ大変だったんだよね。
今回は、もう少し簡単に終わってほしいなぁ。
……いや。
《サーチ》で近くに見つかったんだから、前よりずっと楽かもしれない。
……だと、いいな。
◇
「……ちなみに」
私は、森王へ尋ねた。
「今回、国宝を運ぶと決めたとき、前に盗まれたことは思い出しました?」
「……もちろんだ」
「……ですよね」
「ゆえに、護衛を増やした」
「……それだけ?」
「……いや。専用の箱も用意した」
…………。
箱。
……うん。
箱は残ってたんだよね。
「……森王」
「……うむ」
「箱を新しくするのも大事ですけど、それだけじゃ足りなかったみたいですね」
「……そのとおりだ」
…………。
……ああ。
これは、三回目が起きる前に、根本から考え直した方がよさそうだ。
◇
森王が、もう一度頭を下げようとした。
私は、慌てて止めた。
「いえいえ! 謝るのは、もう十分ですから!」
「……しかし」
「その代わり、国宝を見つけたら、一緒に管理方法を決めましょう」
……うん。
前みたいに、取り戻してそのまま渡して終わり。
それは、ちょっと心配だ。
……いや。
かなり、心配だ。
「同じことが起きないように、今度はちゃんと考えたいんです」
「……うむ。約束しよう」
森王が、真剣な顔で頷いた。
……よし。
これは、覚えておいてもらおう。
◇
私は、もう一度脳内マップを確かめた。
青い光は、まだ同じ場所で点滅している。
……うん。
大きくは動いていないみたいだ。
よかった。
「桜花。行けそう?」
「はい。いつでもお供いたします」
……うん。
いつもの返事だ。
でも、その言葉を聞くと、安心するんだよね。
私は、机の上の地図を畳もうとして、手を止めた。
……おっと。
これ、森王の地図だったね。
「お借りしてもいいですか?」
「構わぬ。必要なら、ほかにも用意させよう」
「ありがとうございます」
……うん。
地図自体は、脳内にもあるんだけど。
必要になったら、現地の人に場所を聞くこともあるかもしれないしね。
……一応、持っていこう。
◇
「……リアリス殿」
森王が、静かに呼んだ。
「本当に、そなたたちだけでよいのか?」
「まずは、ですけどね」
私は、笑って答えた。
「国宝がある場所は分かりました。でも、誰が持っているのかは分からないんです」
「……そうか」
「近くまで行ってみて、危なそうだったら、状況を確認します」
……うん。
人がいるなら、話を聞こう。
魔獣がいるなら、何をしているのか確かめよう。
いきなり攻撃する必要はない。
前回の犯人が魔獣だったからって、今回もそうとは限らないもんね。
「それで、国宝が見つかったら……」
私は、一度言葉を切った。
「今度こそ、ちゃんと保管方法を見直しましょう」
「……うむ」
森王が、真面目な顔で頷いた。
……よし。
◇
そこへ、客間の扉が小さく叩かれた。
「……失礼します」
牡丹だ。
手には、小さな盆。
そこには、お菓子がいくつか並んでいる。
……おお。
いい匂い。
「……お茶のお代わりです」
「ありがとう、牡丹」
私は、思わず笑った。
「ちょうど、出発するところだったんだ」
「……そうですか」
牡丹は、盆を見た。
それから、私の方を見る。
「……持って行きますか」
…………。
……おお。
お菓子のお持ち帰り!?
……いや。
ちょっと魅力的ではあるけど!
「ううん。戻ってきてから、いただこうかな」
「……分かりました」
牡丹は、小さく頷いた。
……うん。
帰ってくる楽しみができたね。
◇
「牡丹」
「……はい」
「森王は、しばらくこちらで待っててもらうから。よろしくね」
「……承知しました」
牡丹は、静かに一礼した。
森王が、少し申し訳なさそうに口を開く。
「世話になる」
「……はい」
…………。
……うん。
この二人なら、静かに待っていそうだね。
……ただし。
森王の好きなバニラアイスが出てきたら、どうなるかな。
……いやいや。
今は反省してくれているんだから、そんな心配はしなくてもいいよね。
……たぶん。
◇
「……リアリス殿。ひとつだけ」
森王が、立ち上がった私へ声をかけた。
「もし国宝が見つかったなら、速やかに城へ運んでほしい。今度は、わし自ら――」
…………。
……自ら?
……また、森王のところへ?
……ちょっと待って。
前も、森王のところへ返したよね?
それで、もう一度なくなったんだよね?
……ああ。
もちろん、国宝はエルフ国のものだ。
それは、分かる。
でも。
また元の場所へ戻して終わりって、同じことの繰り返しじゃない?
私は、少しだけ眉を寄せた。
「……森王」
「……うむ?」
「受け渡し方法も、見つかってから相談しましょう」
「……しかし、国宝は――」
…………。
……ああ。
分かってますってば。
国宝が、エルフ国のものだってことは!
……だからこそ、今度はなくさない方法を考えたいんだよね。
……黙れ、反省してろ。
…………。
……あっ。
ちょっと口が悪かったかな。
もちろん、心の中だけだけど。
◇
「……ここで反省しててください」
私は、なるべく穏やかに言った。
…………。
あっ。
言っちゃった。
桜花が、ほんの少しだけ目を伏せた。
……笑ってるでしょ。
牡丹は、何も言わない。
森王は、一瞬だけ固まってから。
「……うむ。そうする」
と、素直に頷いた。
…………。
……おお。
聞き分け、いいね。
……いや。
国王相手に、何を言ってるんだろう、私。
「すみません。ちょっと言い方が変でしたね」
「構わぬ。二度も失ったのは事実だ」
……うん。
そう言われると、こっちも強くは言えないなぁ。
◇
「とにかく、まずは現物を確かめます」
私は、最後にもう一度伝えた。
「反応があるからといって、その場所に安全に近づけるかは、まだ分かりませんから」
「承知した」
「何か分かったら、連絡しますね」
「頼む」
森王が、深く頭を下げた。
私は、軽く頷く。
……うん。
今回も、ちゃんと取り戻せたらいいな。
……国宝も。
それから、森王の信用も。
……いや。
二回もなくしてる時点で、かなり怪しい気がするけどね。
◇
客間を出ると、桜花が隣へ並んだ。
「リアリス様。転移先は、お決まりですか」
「うん。青い点の近くで、人がいなさそうな場所を選ぼう」
私は、脳内マップを開いた。
今いるエルフ国邸。
森都ベルツリー。
その外側へ続く緑の広がり。
そして。
……青く点滅する、小さな光。
だいたい、五キロ。
……ああ。
今まで一か月もかかる森の道をどうしようかって悩んでたのに。
《サーチ》を一回使ったら、こんなに近くにあった。
……うん。
異世界って、不思議だねぇ。
「桜花」
「はい」
「……今度も、よろしくね」
「もちろんでございます」
いつもの、落ち着いた声。
私は、少しだけ笑った。
◇
玄関ホールまで来ると、窓の向こうに深い森が見えた。
風で葉が揺れている。
遠くでは、小鳥が鳴いていた。
……うん。
景色だけなら、本当に平和な国なんだよね。
でも。
その森のどこかに、二度もなくなった国宝がある。
……いやぁ。
最初の訪問でも思ったけど。
異世界って、どうしてこう。
私がのんびりしようとすると、何かが起きるんだろう。
……まあ。
困っている人がいるなら、放ってもおけないけどね。
◇
私は、桜花と手をつないだ。
転移先は、青い反応の少し手前。
まずは周囲を確かめてから、ゆっくり近づこう。
……うん。
それがいい。
「準備はいい?」
「はい、リアリス様」
私は、深く息を吸った。
……よし。
行こうか。
今度こそ、国宝を取り戻すために。
「《転移》」
視界が、すっと切り替わる。
さて。
青い光の先には、いったい何が待っているんだろうね。




