↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/127

第5話:海から我が家へ

「……もう、帰っちゃうの?」


 朝のサフィリア。


 宿の庭で、カトレアが私の服をそっと掴んでいた。


 …………。


 ……ああ。


 その顔は、ちょっとずるいなぁ。


 昨日まであんなに楽しそうだったのに、今は少し寂しそう。


「うん。お父さんは、みんなを王都まで送ってから帰るよ」


「……わたしは、先にお家?」


「そうだね。巴さんたちと一緒にね」


 カトレアは、小さく頷いた。


 ……うん。


 ちゃんと分かってくれてるね。


「……あと何回、寝たら帰ってくる?」


「七回くらいかな。馬車でゆっくり戻ってくるからね」


「……分かった」


 それから、小さな顔が上がる。


「帰ってきたら、いっぱいお話してね」


 …………。


 ……ああ。


 お土産よりも、お土産話なんだね。


「もちろん! たくさん話そう!」


 カトレアが、少しだけ微笑んだ。


 ……よし。


 今日も頑張ろうかな!


     ◇


 楽しかったリゾート滞在三日間も、昨日でおしまい。


 色違いの水着。


 貝殻拾い。


 二階建ての砂のお城。


 そして、みんなで歩いた海の底。


 …………。


 ……ああ。


 思い出が、いっぱいだ!


 でも。


 今朝の私には、まだ仕事が残っている。


 商家の娘さん六人を、王都クーラルまで護衛して帰ること。


 ……うん。


 ここから、また七日間。


 往路七日、滞在三日、帰路七日。


 全部で十七日間の旅だ。


 ……おお。


 改めて数えると、結構長いね!


 私は、庭に集まった家族を見回した。


 カトレア。


 巴さん。


 楓、藤、杏子、蘭、牡丹、撫子、菖蒲、朝顔。


 それから、同行してくれた一般メイド三人。


 ……うん。


 みんな、すっかり普段着に戻っている。


 ただし、カトレアの手には小さな布袋。


 海で拾った貝殻が、大事そうに入っていた。


「……お父さん。これ、飾るの」


「うん。どこに飾ろうか、あとで一緒に考えようね」


「……うん!」


 ……ああ。


 もう次の楽しみができちゃった!


     ◇


「リアリスちゃん」


 巴さんが、荷物を確認しながら声をかけてくれた。


「準備はできたわよ」


「ありがとう、巴さん」


「三日間、みんな本当に楽しそうだったわね」


「うん。巴さんたちも楽しかった?」


「もちろん。港の市場も見られたし、珍しいお料理も覚えたわ」


 ……おお。


 料理の研究まで!


 後ろに並んだ一般メイド三人も、小さく頭を下げた。


「素敵なお休みをありがとうございました」


「こちらこそ、来てくれてありがとうね」


 …………。


 ……うん。


 こうして皆で休めて、よかったなぁ。


 巴さんへ小声で尋ねる。


「お屋敷の方はどう?」


「《状況把握》では、どこも問題なさそうよ。連絡も入っていないわ」


「そっか。よかった!」


 各邸には、通常どおり一般メイドたちが残ってくれている。


 《結界》も維持してある。


 ……ああ。


 留守を守ってくれた人たちにも、お礼を言わないとね。


     ◇


「みんな、また海に来ようね!」


 私は、フラワーズへ声をかけた。


 返事は、綺麗に揃っていた。


「はい、リアリス様」


 ……おお。


 この子たち、休暇が終わった途端にいつもの雰囲気へ戻っちゃうんだね。


 牡丹は、最後に海の方を見ていた。


「……また、泳ぐ」


「うん。今度は別の浜辺もいいね」


 蘭も、小さく頷いた。


 菖蒲と朝顔は、帰りの荷物が揃っているか確認している。


 撫子は、カトレアの帽子を整えてくれた。


 藤は、人数を数えている。


 杏子は、貝殻の袋の紐を直していた。


 そして、楓。


 橙色の短い髪の小さな天才は、私の袖をちょこんと掴んだ。


「……また」


「うん。また一緒に遊ぼうね」


 楓は、ほんの少しだけ微笑んだ。


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 今日からまた各邸の担当に戻るけれど、みんな同じ家族だもんね。


     ◇


 まずは、巴さんたちとカトレア、それにフラワーズ八人も一緒にシルク王国邸へ戻ろう。


 宿の係の人には、朝のうちに宿泊の精算と挨拶を済ませた。


 人目につかない庭の一角に集まり、移動先を思い浮かべる。


「《転移》」


 …………。


 ふわり。


 次の瞬間には、見慣れた屋敷の庭。


 ……うん。


 到着!


「……お家!」


 カトレアが、嬉しそうに声を上げた。


 …………。


 ……おお。


 やっぱり、ここも落ち着くねぇ。


 巴さんと一般メイド三人が、荷物を運んでいく。


 私は、カトレアを抱き上げた。


「それじゃあ、お父さんはサフィリアへ戻るね」


「……うん。お仕事、頑張って」


「ありがとう!」


 カトレアは、私の頬へ小さな手を当てた。


「……気をつけてね」


 …………。


 ……ああ。


 何だか、少しお姉さんになったような言い方だね。


 でも、甘えてくれるのはいつもどおり。


 ……うん。


 そのままでいてほしいなぁ。


「いってきます!」


「……いってらっしゃい!」


 私は、ぎゅっと抱きしめてから、そっと下ろした。


     ◇


 続いて、フラワーズ八人は、それぞれの担当する屋敷へ戻ることになった。


 最近は交代で各邸を管理しているから、戻る先はその日によって違う。


 でも、わざわざ私が一人ずつ送る必要はない。


 ……そう!


 シルク王国邸には、ほかのリアリス邸とつながる《簡易転移》の扉があるんだ。


「それじゃあ、みんな。担当のお屋敷をよろしくね!」


 八人が、小さく頷いた。


 それから、それぞれの行き先へ向かう扉を順番にくぐっていく。


 ……おお。


 やっぱり、便利だねぇ。


 向こうでは、留守を守ってくれた一般メイドたちも待っている。


 ……うん。


 これで、各邸もいつもどおり。


 私も安心して護衛の仕事へ戻れるね。


 次は、もう少しゆっくり遊ぼうね。


     ◇


 最後に私は、サフィリアの宿へ戻った。


 …………。


 ……おっ。


 もう、出発準備が進んでる!


 宿の前には、二台の馬車。


 ヘランさんは、馬の首を優しく撫でていた。


 アルマさんは、手帳と荷物を見比べている。


 シエルさんは、帰り道の地図を広げている。


「リオン!」


 護衛リーダーのラギエさんが、こちらへ手を振った。


「ご家族は無事に帰れたかい?」


「はい! みんな、家に戻りました」


「そっか。よかったね」


 ……ああ。


 いい人だねぇ。


 その隣には、ディロンスさん、クリスタインさん、エリオスさん。


 桜花も、準備を終えていた。


「リオン様、お帰りなさいませ」


「ただいま、桜花!」


 ……うん。


 今度は、私たちの仕事を終わらせよう。


     ◇


「リオンさん!」


 ティティーさんが、馬車の窓から顔を出した。


「カトレアちゃん、帰ったんですね」


「うん。先にお家へ戻ったよ」


「……そっか。ちょっと寂しいなぁ」


 …………。


 ……ああ。


 みんな、仲良くしてくれたもんね。


 シセルさんも、少し寂しそうに笑った。


「また、会えるといいですね」


「そうだね!」


 ロロアさんは、荷物を覗き込んでいた。


 ……おっ。


 何をしてるのかな。


「……海で買ったお菓子、帰り道でも食べられるかなぁ」


 …………。


 ……あはは。


 やっぱり、食べ物!


 アルマさんが、すぐに手帳を開いた。


「帰路七日分は、別に計算してあります。食べすぎなければ大丈夫ですよ」


「……食べすぎなければ、ね」


 …………。


 ……あっ。


 ロロアさんが、目を逸らした!


 ……うん。


 帰りも、賑やかになりそうだね。


     ◇


 ラギエさんが、全員へ声をかけた。


「では、出発するよ。基本は往路と同じ道を通って、七日間で王都へ戻る。途中の宿場も予定どおりだ」


「はい!」


「リオンと桜花は、帰りも後方と馬車の側をお願いするね」


「了解です!」


「かしこまりました」


 ……うん。


 この配置も、もう慣れたね。


 馬車の車輪が動き出す。


 がたん。


 ことん。


 …………。


 ……ああ。


 海の町が、少しずつ遠ざかっていく。


 私は、最後に青い海を振り返った。


 ……うん。


 また、来よう。


     ◇


 帰路一日目。


 海沿いの街道には、まだ潮の香りが残っていた。


 空は、どこまでも青い。


 ……ああ。


 気持ちいいね。


 ただし。


 …………。


 ……おっ。


 荷物、増えてる?


 行きにはなかった小さな木箱が、馬車に積まれている。


「これ、全部お土産?」


 私が尋ねると、ティティーさんが嬉しそうに頷いた。


「はい! お家の人たちにも渡したくて!」


 アルマさんが、横から補足する。


「積載量は確認済みです。馬たちの負担も増えすぎないようにしてあります」


 ……おお。


 さすが、しっかり者!


 ヘランさんも頷いた。


「馬たちは、無理せず休ませますね」


 ……うん。


 安心だ。


 シセルさんは、貝殻の入った小さな箱を、丁寧に布で包んでいた。


 ……ああ。


 家族に渡すのが、楽しみなんだね。


     ◇


 昼の休憩中。


 シセルさんが、私のところへやって来た。


「……リオンさん」


「ん?」


「これを、カトレアちゃんに渡していただけますか?」


 小さな布袋だった。


 口のところには、白い花の刺繍。


 ……おお。


 可愛い!


「海で拾った貝殻が増えても入れられるように、もう一つ作っていたんです」


「ありがとう! きっと喜ぶよ」


 シセルさんが、ほっと笑った。


「……よかった」


 …………。


 ……ああ。


 カトレア、いいお姉さんに出会えたね。


 私は、大切に袋をしまった。


 さて。


 お土産も預かったし、元気に帰ろう!



     ◇


 帰路二日目。


 海の匂いは、少しずつ遠くなっていた。


 道の左右には背の低い木々。


 前方には、緩やかな丘が見える。


 ……うん。


 往路と同じ道なのに、帰りはまた違う景色だね。


「……リオンさん」


 シエルさんが、窓から顔を出した。


「この先、行きにも通った橋がありますよね?」


「そうだね」


「帰りは、川の向こう側から景色が見えるんです。ちょっと楽しみ!」


 ……おお。


 地図好きな子らしい楽しみ方だねぇ。


 アルマさんは、宿場までの距離を計算している。


 ロロアさんは、今日のお昼に何を食べようか考えている。


 …………。


 ……うん。


 みんな、相変わらずだ。


     ◇


 昼過ぎ。


 私は、《サーチ》に二つの反応が現れたことに気づいた。


 場所は、道の左側にある林。


 しかも、少しずつこちらへ近づいている。


 ……おっ。


 何だろう。


 ……ああ。


 ファイアウルフだ。


 大きめの狼型魔獣。


 しかも、二匹。


 …………。


 ……うん。


 このあたりの森にも、いるんだね。


「ラギエさん。左の林に、ファイアウルフが二匹います」


 私が伝えると、ラギエさんはすぐに頷いた。


「分かった。みんな、警戒!」


 ……おお。


 反応が早い!


 ディロンスさんが、弓を構えた。


 クリスタインさんは、前方へ移動して周囲を見回す。


 エリオスさんは、依頼人の馬車の側へ。


「皆さん、馬車から出ないでくださいね」


「はい!」


 ……うん。


 いい連携だね。


     ◇


 やがて、林から一匹目が姿を現した。


 赤茶色の毛。


 大きな体。


 口元には、時々小さな火の光が見えている。


 ……おお。


 なかなか、迫力あるね。


 ラギエさんが盾を構えた。


「こっちへ来るよ!」


 …………。


 二匹のファイアウルフが、同時に動き出した。


 一匹はラギエさんの正面。


 もう一匹は、草の間を回り込んで馬車の方へ。


 ……あっ。


 そっちは困るね。


 私は、馬車の側へ一歩寄った。


 でも。


「……させない」


 ディロンスさんの矢が、鋭く飛んだ。


 ひゅっ。


 二匹目が、足を止める。


 そこへ、クリスタインさんが横から回り込んだ。


「そっちじゃないわよ!」


 魔獣の注意が、彼女へ移る。


 ……おお。


 上手いね!


 もう一匹は、ラギエさんの盾へぶつかった。


 がんっ。


「よし!」


 ラギエさんは、体勢を崩さずに受け止めた。


 続いて、剣を振るう。


 …………。


 ファイアウルフが、地面へ倒れた。


 そして、もう一匹もディロンスさんの二射目とクリスタインさんの連携で倒れた。


 …………。


 ……おお!


 あっという間!


     ◇


「……終わった?」


 ティティーさんが、馬車の窓から尋ねた。


「うん。もう大丈夫だよ」


 ラギエさんが、剣を収めながら答えた。


 エリオスさんが、仲間たちへ声をかける。


「皆さん、怪我はありませんか?」


「全員、無事だよ」


 ……ああ。


 よかった。


 桜花も、依頼人たちを見守ってくれている。


 私は、思わず拍手をした。


「皆さん、すごいですね!」


 クリスタインさんが、楽しそうに笑った。


「リオンに褒められると、何だか変な感じ!」


「……えっ?」


「だって、往路の魔獣は一瞬で片づけちゃったでしょう?」


 …………。


 ……あはは。


 そうだったね!


「でも、皆さんの連携は本当にすごいと思いましたよ」


 ディロンスさんが、小さく頷いた。


「……四人で、動いたから」


 ……うん。


 チームワーク、大事だね。


 ラギエさんも、嬉しそうに仲間たちを見回した。


     ◇


 討伐記録を残し、安全を確認してから馬車は再び動き出した。


 ……うん。


 大きな被害もなくて、よかった。


「リオンさん!」


 ティティーさんが、こちらへ声をかける。


「女性冒険者の皆さんって、あんなに強いんですね!」


「うん。私も驚いたよ」


 アルマさんが、隣で頷いた。


「護衛をお願いして、本当によかったです」


 ……うん。


 その言葉、ラギエさんたちにも聞かせたいね。


 私は、少し笑った。


 ……ああ。


 これなら、帰り道も安心できそうだ。


 ……いや。


 もちろん、最後まで気を抜かないけどね!


     ◇


 三日目。


 街道は、広い丘の間を続いていた。


 昼前には、小さな川が見える。


 行きにも渡った石橋だ。


 …………。


 ……おっ。


 ここ、覚えてる!


「ほら、あの橋!」


 シエルさんが、嬉しそうに指さした。


「本当に、行きと帰りで景色が違いますね!」


 ……うん。


 そうだね。


 往路は、海が見える方ばかり気にしていた。


 帰りは、山や畑を眺めながら進んでいる。


 ……ああ。


 どちらも、いい景色だね。


 ヘランさんは、橋を渡る前に馬を休ませた。


 ……うん。


 この子、馬の様子を見るのが本当に上手いね。


     ◇


 橋を渡った先の草地で、休憩することになった。


 ロロアさんは、早速海で買ったお菓子を開けている。


「……あっ」


「ん?」


 私は、そちらを見た。


「これ、もう最後だ……」


 …………。


 ……あはは。


 早い!


 アルマさんが、手帳へ目を落とした。


「予定より、二日早くなくなりましたね」


「……えへへ」


 …………。


 ……うん。


 この二人のやり取り、すっかりお馴染みだなぁ。


 私は、温かいお茶を飲んだ。


 ……ああ。


 のんびりした休憩も、悪くないね。


     ◇


 午後。


 草むらから、角ウサギが一匹飛び出した。


 …………。


 ……おっ。


 小さな体。


 額には、ちょこんと角。


 可愛いねぇ。


 角ウサギは、街道の端で一度だけ馬車を見た。


 それから、ぴょんぴょん跳ねて草むらへ戻っていく。


「……かわいい!」


 シセルさんが、思わず声を上げた。


「うん。角ウサギだね」


「魔獣なんですか?」


「そうだよ。攻撃性のない種類もいるんだ」


 ……うん。


 魔獣といっても、いろいろいるんだねぇ。


 ティティーさんが、小さく笑った。


「こんな魔獣なら、いつでも見たいな!」


 …………。


 ……ああ。


 それは、分かる!


 ただし。


 可愛いからって、無闇に近づかない方がいいかもね。


 私たちは、そのまま馬車を進めた。


     ◇


 四日目。


 朝から、少し雲が多かった。


 ……おっ。


 雨かな。


 でも、まだ降っていない。


 ラギエさんが、空を見上げた。


「今日は少し長めに進むよ。明日には、森の多い街道へ入るからね」


「了解です!」


 ……うん。


 往路でも、木々の多い道を通ったね。


 見通しの悪い場所では、少し慎重に進んだ方がよさそう。


「リオン、後方は頼んだよ」


「はい!」


 私は、いつもの位置についた。


 桜花も、馬車の側で静かに周囲を確認している。


 ……うん。


 今日も、安全第一だね。


     ◇


 昼の休憩。


 ティティーさんたちは、リゾートで見た景色の話をしていた。


「やっぱり、海の中が一番すごかったよね!」


 シエルさんが、目を輝かせている。


 ……おっ。


 まだ、海底散歩の話!


「頭の上に水があって、魚が泳いでいて……」


 アルマさんも、頷いた。


「あの光の模様は、忘れられませんね」


 ヘランさんが、少し考えながら言う。


「足元の砂地が、思ったより広かったのも驚きでした」


 ……ああ。


 そうだね。


 私は、みんなが歩くために、安全な砂地を選んだんだ。


 結界の外へ出ないように、全員でまとまって歩いて。


 魚には触らず、見て楽しんで。


 …………。


 ……うん。


 いい思い出になったみたいだね。


「また、機会があったら行きたいな!」


 ティティーさんが、笑った。


「そうだね!」


 ……ああ。


 次は、もう少し広い場所でもいいかもしれないね。


 ……いや。


 安全第一なら、あのくらいがちょうどよかったかな!


     ◇


 夕方。


 予定どおり、森の手前にある宿場へ着いた。


 ……うん。


 今日も、無事に到着。


 馬たちも、落ち着いている。


 荷物を運び終えると、宿の食堂からいい香りがしてきた。


 …………。


 ……おっ。


 今日は、何だろう。


「ご飯!」


 ロロアさんが、真っ先に声を上げた。


「ロロア! 荷物、まだ残ってるよ!」


 ティティーさんが、慌てて呼び止める。


「……あっ!」


 …………。


 ……あはは。


 この六人、本当に仲がいいなぁ。


 私は、最後の荷物を運びながら笑ってしまった。


 ……うん。


 明日は、少し難しい道かもしれない。


 今日は、早めに休もう。



     ◇


 帰路五日目。


 馬車は、木々の多い街道へ入った。


 朝の空気には、少しだけ湿り気がある。


 林の奥では、小さな鳥の声。


 ところどころに、昨夜の雨でできた水たまりが残っていた。


 …………。


 ……おお。


 ちょっと、冒険らしい景色だね。


 ……いや。


 護衛の仕事なんだから、景色に見とれてばかりもいられないんだけど!


 ラギエさんは、先頭で慎重に道を確認している。


 ディロンスさんは、木々の奥へ目を向けていた。


 クリスタインさんは、曲がり角ごとに前方を調べる。


 エリオスさんは、依頼人の馬車の近くにいる。


 桜花も、いつもどおり落ち着いた様子。


 …………。


 ……うん。


 頼もしいねぇ。


     ◇


 昼を少し過ぎた頃。


 街道は、急に狭くなった。


 右手には、木々の密集した斜面。


 左手には、背の高い草が続いている。


 馬車が二台並ぶ余裕は、ほとんどない。


 …………。


 ……おっ。


 ここ、往路でも慎重に通った場所だね。


「少し速度を落とそう」


 ラギエさんが、御者台へ声をかけた。


 ……うん。


 安全第一。


 私は、最後尾から《サーチ》で周辺を確認した。


 …………。


 ……ん?


 脳内マップの端に、大きな反応があった。


 青い点が、一つ。


 でも、何だかいつもより目立つ。


 ……おっ。


 魔獣かな。


 位置は、進行方向の林の奥。


 しかも、こっちへ向かっている。


 …………。


 ……うーん。


 これは、ちょっと嫌な予感。


     ◇


「ラギエさん!」


 私は、すぐに声をかけた。


「どうした?」


「前方に、大きな魔獣が一匹います。まだ木の陰ですけど、こちらへ向かっています」


 ラギエさんの表情が、引き締まった。


「大きい、というと?」


「……かなり大きいです」


 《サーチ》で分かるのは、基本的に反応の位置だけ。


 ……うーん。


 でも、木々の隙間から黒緑色の大きな鱗と、長くうねる胴体が見えてきた。


 …………。


 ……おお。


 どうやら、巨大な蛇型の魔獣らしい!


 でも、ちょっと待って。


 こっちへ来たら、馬車が動けなくなりそうだね。


「大きな蛇型の魔獣みたいです」


 …………。


 ラギエさんが、息を呑んだ。


「……まさか、ジャイアントスネークか……?」


「まだ断定はできません。でも、この道へ出てきそうなので、馬車を止めましょう」


 ラギエさんは、すぐに手を上げた。


「全車、停止!」


 ……おっ。


 判断、早い!


     ◇


「……ジャイアントスネークなら、AA級だ」


 ディロンスさんが、珍しく声を上げた。


 ラギエさんが、短く頷く。


「姿が見えるまでは断定できないが、あの大きさなら警戒した方がいい」


 …………。


 ……おお。


 AA級!


 なるほど。


 皆が驚くわけだね。


「普通の矢や剣では、まず傷がつかない。中級魔法にも強いし、毒もある」


 ラギエさんが、私たちへ説明した。


 …………。


 ……へえ。


 そこまで強いんだ。


 エリオスさんは、すぐに依頼人たちの馬車へ向かった。


「皆さん、外へ出ず、低い姿勢で待っていてください!」


 クリスタインさんは、馬車を動かせるだけの空間があるか確かめている。


 ディロンスさんは、林の向こうへ弓を向けた。


 …………。


 ……うん。


 これは、いつも以上に慎重な対応だね。


 私は、ラギエさんに言った。


「ここは、私が対応します」


「……頼めるかい?」


「はい。馬車は、動かさないでください」


 ……うん。


 危険な相手だからこそ、さっと終わらせよう。


     ◇


 ばさっ。


 ざざざっ。


 突然、林の木々が大きく揺れた。


 …………。


 ……おっ。


 出てきた!


 黒緑色の鱗。


 太い胴体。


 長い尾。


 そして、こちらへ向けられた巨大な頭。


「ジャイアントスネークだ!」


 ラギエさんの声が響いた。


 …………。


 ……おおお。


 本当に、でかいね!


 十メートルの蛇って、こんな迫力なんだ。


 ジャイアントスネークが、街道へ体を滑らせた。


 太い胴体が、道の端の草を押し倒す。


 ……ああ。


 これ、普通の冒険者が戦ったら相当危ないだろうな。


 その頭が、ゆっくり馬車の方を向いた。


 …………。


 ……あっ。


 これは、いけない。


「リオン!」


 ラギエさんが、叫んだ。


 ……うん。


 分かってるよ。


 私は、片手を上げた。


     ◇


 ジャイアントスネークが、大きく口を開けた。


 頭を引き、体を縮める。


 ……おっ。


 突進する気だね。


 でも、馬車との距離はまだ十分ある。


 ここで止めてしまえば、誰も巻き込まない。


 私は、短く唱えた。


「《完全拘束》」


 …………。


 ぴたり。


 巨体が、その場で動きを止めた。


 頭も。


 胴体も。


 尾も。


 まったく動かない。


 …………。


 ……うん。


 止まったね!


 巨体が暴れて倒れ込まないよう、拘束を保ったまま、私は次の魔法を使う。


「《即死》」


 …………。


 次の瞬間。


 ジャイアントスネークは、完全に絶命した。


 …………。


 ……よし。


 討伐完了!


 私は、馬車と周囲の様子を確認した。


 馬も、動いていない。


 依頼人たちも無事。


 桜花と護衛の皆さんにも、怪我はない。


 …………。


 ……ああ。


 これが、一番だね。


     ◇


「…………」


「…………」


 …………。


 ……あれ。


 みんな、静かだ。


 ラギエさんは、剣を抜きかけたまま固まっている。


 ディロンスさんも、弓を構えた姿勢のまま。


 クリスタインさんは、驚いた顔。


 エリオスさんは、依頼人の馬車の前で目を丸くしていた。


 …………。


 ……おっ。


 どうしたんだろう。


「……終わりましたよ?」


 私が言うと、ラギエさんは、ゆっくり私を見た。


「……終わった?」


「はい!」


「……本当に?」


「うん。もう動きません」


 …………。


 ラギエさんが、もう一度巨大な蛇を見る。


「……あれ、AA級なんだよ?」


「そうですね」


「……二つの魔法で?」


「動かないようにしてから、討伐しました」


 …………。


 ……あはは。


 何だか、会話がかみ合ってない?


 クリスタインさんが、ようやく声を出した。


「リオン……あなた、本当に何者なの?」


 …………。


 ……おっ。


 また、聞かれちゃった!


     ◇


 ティティーさんたちは、馬車の中でじっと待っていた。


 ……うん。


 ちゃんと約束を守ってるね。


 エリオスさんが、皆へ声をかける。


「魔獣は討伐されました。もう大丈夫ですよ」


 …………。


 馬車の窓が、少し開いた。


「……リオンさん?」


 ティティーさんが、目を丸くしている。


「はい?」


「本当に、もう終わったんですか?」


「うん。大丈夫!」


 …………。


 窓の向こうで、六人が顔を見合わせた。


「……すごい……」


 シエルさんが、小さく呟いた。


 ……うん。


 驚くよねぇ。


 でも、無事でよかった。


 私は、皆が落ち着いてから、馬車のそばへ戻った。


「少しだけ待っててね。街道を片づけるから」


 ……うん。


 まだ、大きな蛇が道を塞いでるもんね。


     ◇


「……リオン」


 ラギエさんが、声をかけた。


「この魔獣、毒を持ってる。死んでいても、むやみに触らない方がいい」


「そうですね」


 ……うん。


 毒があるなら、後から通る旅人にも危険だ。


「ギルドへ持ち帰るために、《収納》してもいいですか?」


「……あれを?」


 ラギエさんが、再び目を丸くした。


「はい」


 …………。


 ……うん。


 私の《収納》は、容量に困ったことがないからね。


「……お願いしてもいいかい?」


「もちろん!」


 私は、周囲に人がいないことを確かめた。


 それから、拘束を保っていた巨体を《収納》する。


 …………。


 すっ。


 街道から、ジャイアントスネークの姿が消えた。


 …………。


「…………」


 ……あっ。


 また、全員が静かになった!


「……もう、驚くのに疲れたわ」


 クリスタインさんが、ぽつりと言った。


 …………。


 ……あはは。


 便利な魔法なんだけどねぇ。


     ◇


 ラギエさんは、討伐地点と時間を記録していた。


 ディロンスさんは、林の奥をもう一度確認。


 クリスタインさんは、前後の道を見ている。


 エリオスさんは、商家の娘さんたちの体調を確認していた。


 ……うん。


 皆、落ち着いて行動しているね。


 私は、ラギエさんへ声をかけた。


「このあたり、ほかに大きな反応はありません」


「そうか。助かるよ」


 …………。


 ……うん。


 あとは、馬たちが落ち着くのを待とう。


 ヘランさんが、馬の首を優しく撫でた。


「……大丈夫。もういないよ」


 馬が、ふうっと鼻を鳴らす。


 ……ああ。


 びっくりしたよね。


 でも、ちゃんと無事だ。


     ◇


「……あの」


 ロロアさんが、控えめに手を挙げた。


「ん?」


「その大きな蛇って……お肉になるんですか?」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 ロロアさん!


 今、その話!?


 ラギエさんが、思わず吹き出した。


「……ははは! ロロア、すごいね!」


「だって、あんなに大きかったから……」


 …………。


 ……あはは。


 確かに、大きかった!


「食べられる種類みたいだけど、毒もあるからギルドで確認してもらおうね」


「……はい!」


 …………。


 ……おお。


 笑い声が戻ってきたね。


 さっきまで少し緊張していたティティーさんたちも、ほっとしたようだった。


 ……うん。


 これで、また旅を続けられるね。


     ◇


 その日の夕方、予定の宿場へ到着した。


 馬たちが、いつもよりゆっくり歩いている。


 ……うん。


 今日は、びっくりしたもんね。


 ヘランさんが、馬たちを休ませている。


 私は、宿の庭で少しだけ伸びをした。


 ……ああ。


 よく動いた一日だった。


 ラギエさんが、静かに近づいてきた。


「リオン。少し話せる?」


「もちろん!」


 ……おっ。


 何だろう。


 私たちは、庭の端にある椅子へ腰かけた。


     ◇


「……今日は、本当に助かった」


 ラギエさんが、真面目な顔で言った。


「いえいえ」


「ジャイアントスネークなんて、私たち四人ではどうにもならなかったと思う」


 …………。


 ……ああ。


 それくらい危険な相手なんだね。


「でも、馬車を止める判断が早かったし、皆さんが依頼人を守ってくれていたから、私も動きやすかったですよ」


 私が答えると、ラギエさんは少し笑った。


「……そう言ってくれるんだね」


 …………。


 ……おっ。


 何だか、嬉しそう。


「帰ったら、ギルドへ報告するよ。ジャイアントスネークのことも、皆の働きも」


「はい!」


 ……うん。


 シルベスターさん、きっと驚くかな。


 …………。


 ……いや。


 あの人は、私のことを結構知ってるからね。


 案外、平然としてるかもしれない。


「ギルドマスターに、話を聞かせるのが楽しみだよ」


 ラギエさんが笑った。


 ……あはは。


 そのときは、私も一緒にいようかな!


     ◇


 夕食の時間。


 食堂では、六人が少しずつ笑顔を取り戻していた。


 アルマさんは、宿代の記録をつけている。


 ティティーさんは、友人たちへ声をかける。


 シエルさんは、地図の危険な場所へ印をつけた。


 シセルさんは、貝殻の袋を丁寧にしまっている。


 ヘランさんは、馬の様子を話していた。


 そして、ロロアさん。


「……今日のご飯、何かな!」


 …………。


 ……あはは!


 もう、いつもどおり!


 私は、思わず笑った。


「今日は、みんな無事でよかったね」


 ティティーさんが、元気よく頷いた。


「はい!」


 …………。


 ……ああ。


 安全な護衛って、こういうことなんだよね。



     ◇


 帰路六日目。


 朝の空気は、少しひんやりしていた。


 空は、綺麗に晴れている。


 …………。


 ……うん。


 今日は、いい天気!


 馬車の準備をしていると、ティティーさんが声をかけてきた。


「リオンさん、おはようございます!」


「おはよう!」


 ……おっ。


 元気だねぇ。


 昨日は、大きな魔獣が出たから、少し心配してたんだけど。


 どうやら、ちゃんと眠れたみたいだね。


「昨日のこと、まだ少しびっくりしてますけど……」


 ティティーさんが、小さく笑った。


「でも、みんな無事だったから、よかったです!」


「うん。私もそう思うよ」


 ……ああ。


 やっぱり、笑顔が一番だね。


 アルマさんも、隣で頷いた。


「帰ったら、家族へ報告することが増えました」


「……おっ」


「海の話だけじゃなくて、魔獣のことも」


 …………。


 ……うん。


 それは、そうだね。


 十七日間もあれば、いろんなことが起きるものだなぁ。


     ◇


 昼頃。


 馬車は、なだらかな丘を越えていた。


 道の先には、見覚えのある山並み。


 ……ああ。


 王都が近づいてるね。


「リオンさん」


 ヘランさんが、馬の様子を見ながら言った。


「帰り道は、馬たちもだいぶ慣れたみたいです」


「そうなんだ?」


「はい。出発した頃より、休憩のあとも落ち着いて歩いてくれます」


 …………。


 ……おお。


 馬も、旅で成長するんだねぇ。


 ……いや。


 ちゃんと休ませてくれてる、ヘランさんのおかげかもしれない。


「あと少しだよ」


 私は、馬の頭をそっと撫でた。


 ふるるっ。


 馬が、小さく鼻を鳴らした。


 …………。


 ……うん。


 何となく、返事をしてくれた気がする!


     ◇


 午後の休憩では、シエルさんが地図を広げた。


「これ、今回通った道なんです」


 …………。


 ……おお。


 地図には、細かな印がびっしり。


 宿場。


 橋。


 休憩した草地。


 海辺の町。


 そして、魔獣に遭遇した場所。


 ……うん。


 まるで、旅の日記だね。


「帰ったら、これを家族に見せるんです!」


「いいね!」


「海の底のことも、描き足したいんですけど……」


 シエルさんが、少し困った顔をした。


「地図に描く場所が、ないんですよね」


 …………。


 ……あはは!


 そりゃそうだよね。


 普通の地図には、海底の散歩道なんて載ってないもん。


「別の紙に、覚えてる景色を描いてみたら?」


 私が言うと、シエルさんの目が輝いた。


「……あっ! それ、いいですね!」


 …………。


 ……うん。


 楽しそうで、何より!


     ◇


 夕方。


 馬車は、王都近くの最後の宿場へ入った。


 ……おお。


 ここまで来たね!


 明日には、クーラルへ戻れる。


 アルマさんが、宿代を確かめながら言った。


「あと一泊で終わりですね」


「そうだね」


「……何だか、少し寂しいです」


 …………。


 ……ああ。


 分かるなぁ。


 六人と、護衛の四人。


 それに、私と桜花。


 ずっと一緒に旅をしていたからね。


 シセルさんも、少しだけ微笑んだ。


「……最初は、こんなに仲良くなれると思っていませんでした」


「うん。私もだよ」


 ……ああ。


 いい人たちに出会えたね。


     ◇


 その夜。


 最後の宿の食堂は、いつもより少しだけ賑やかだった。


「今回の旅行、一番よかったことって、何?」


 ティティーさんが、突然みんなへ尋ねた。


 …………。


 ……おっ。


 いい質問だね。


「海底散歩!」


 シエルさんが、真っ先に手を挙げた。


 ……あはは。


 早い!


「私は、海で食べたお魚!」


 ロロアさんも、負けずに答えた。


 …………。


 ……うん。


 知ってた!


 アルマさんは、少し考えた。


「私は、皆が無事に戻れることが一番嬉しいです」


 ……ああ。


 いい答えだね。


 ヘランさんも頷いた。


「馬車で一緒に過ごした時間も、楽しかったです」


 シセルさんは、少しだけ頬を赤くしていた。


「……皆で笑っていられたこと、かな」


 …………。


 ……おお。


 素敵だねぇ。


 私は、思わず笑った。


     ◇


「リオンさんは?」


 ティティーさんが、こちらを見た。


「……私?」


「はい。何が一番でした?」


 …………。


 ……うーん。


 難しい質問だなぁ。


 海は綺麗だった。


 魚も美味しかった。


 海底散歩も、楽しかった。


 カトレアも、すごく喜んでくれた。


 フラワーズも、みんな笑ってた。


 桜花も、いつもとは違う休日を楽しめたみたい。


 そして、今はこうして、皆と一緒に旅をしている。


 …………。


 ……うん。


「全部、かな!」


 私が答えると、ティティーさんが目を丸くした。


「……全部?」


「うん。一つには、決められないや」


 …………。


 ……あはは。


 ちょっと、欲張りかな。


 でも。


 どれか一つでも欠けたら、きっと今とは違う旅になっていた。


 ……ああ。


 いい十七日間だったね。


     ◇


 七日目。


 いよいよ、王都へ帰る朝だ。


 街道の先には、見慣れた畑が広がっていた。


 ……うん。


 帰ってきた感じがするなぁ。


「荷物、全部あります!」


 アルマさんが、手帳を閉じた。


「馬たちも、元気です!」


 ヘランさんが、明るい声で答える。


 シエルさんは、地図の最後の道を確かめた。


 ロロアさんは、帰ったら何を食べようか考えているらしい。


 シセルさんは、皆の小さな持ち物を整えていた。


 ティティーさんは、全員を見回して笑った。


「それじゃあ、出発!」


 …………。


 ……おお。


 今日は、ティティーさんが号令!


 ラギエさんが、くすっと笑った。


「はいはい。護衛も準備できてるよ」


 …………。


 ……うん。


 旅の最後まで、賑やかだねぇ。


     ◇


 王都クーラルの外壁が見えたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 ……おお。


 帰ってきた!


 大きな門。


 行き交う馬車。


 見慣れた町の景色。


 …………。


 ……ああ。


 久しぶりだねぇ。


 ……いや。


 たった十七日なんだけど!


 でも、海でいろんなことがあったから、随分長く旅をした気がする。


「リオンさん!」


 ティティーさんが、窓から声をかけた。


「王都が見えます!」


「うん。もう少しだね!」


 …………。


 ……ああ。


 みんな、嬉しそう!


 ラギエさんが、御者台へ声をかけた。


「最後まで、気をつけて行こう!」


「はい!」


 ……うん。


 ここで気を抜くのは、もったいないもんね。


     ◇


 門を抜けると、王都の賑わいが戻ってきた。


 石畳の道。


 店の看板。


 行き交う人たちの声。


 …………。


 ……ああ。


 いつものクーラルだ!


「……ただいま!」


 ティティーさんが、思わず呟いた。


 ……おっ。


 そうだよね。


 ここが、みんなのお家のある町なんだ。


「お帰りなさい!」


 私が言うと、ティティーさんが嬉しそうに笑った。


「はい!」


 …………。


 ……うん。


 いい顔だねぇ。


 アルマさんも、少しだけ表情を緩めていた。


「早く家族に、報告したいです」


「そうだね」


 ……ああ。


 きっと、皆さんも首を長くして待ってたんだろうね。


     ◇


 まずは、商家の娘さんたちを約束の場所まで送り届けた。


 そこには、各商家のご家族が迎えに来ていた。


 ……おお。


 もう、集まってる!


「ただいまー!」


 ティティーさんが、真っ先に駆け寄った。


 その後ろを、アルマさんたちも続く。


 …………。


 ……ああ。


 いい景色だねぇ。


 アルマさんは、旅費の残りと荷物の数を家族に報告していた。


 ヘランさんは、馬たちへ最後の挨拶。


 ロロアさんは、海で買った食べ物の包みを取り出した。


 シエルさんは、早速地図を広げている。


 シセルさんは、家族の手をそっと握った。


 …………。


 ……うん。


 みんな、無事に帰れたね。


 それが、何より嬉しい。


     ◇


「リオンさん、桜花さん!」


 ティティーさんが、私たちのところへ戻ってきた。


「本当に、ありがとうございました!」


「こちらこそ!」


 アルマさんも、丁寧に頭を下げた。


「皆さんのおかげで、予定どおり帰れました」


 ヘランさんは、少し笑っていた。


「馬たちも、ちゃんと無事でした」


 ……ああ。


 そこも、大事だね。


 ロロアさんは、にっこり笑った。


「また海へ行ったら、あのお魚を食べたいです!」


 …………。


 ……あはは。


 本当に、好きなんだね!


 シエルさんが、地図を胸に抱えた。


「もっといろんな町へ行ってみたいです!」


「うん。応援してるよ」


 シセルさんは、少し遠慮がちに言った。


「……カトレアちゃんにも、よろしくお願いします」


「もちろん。ちゃんと伝えるね」


 …………。


 ……うん。


 六人とも、素敵な旅をありがとう。


     ◇


 ティティーさんたちは、それぞれの家族と一緒に帰っていった。


 ……ああ。


 これで、一つの旅が終わったんだね。


 私は、少しだけ寂しくなった。


 でも。


 六人とも、これから家の仕事を覚えていくらしい。


 きっと、これからもいろんな場所へ行くんだろうな。


 ……うん。


 また、どこかで会えたらいいね。


「リオン」


 ラギエさんが、声をかけてきた。


「それじゃあ、ギルドへ報告に行こうか」


「はい!」


 …………。


 ……そうだ。


 まだ、最後のお仕事が残ってたね!


     ◇


 王都クーラルの冒険者ギルド。


 扉を開けると、いつもの賑わいが迎えてくれた。


 依頼書を眺めている冒険者。


 受付に並ぶ人。


 奥から聞こえる、笑い声。


 …………。


 ……ああ。


 帰ってきたって感じ!


「リオンさん!」


 リリーナさんが、受付から顔を上げた。


「お帰りなさい!」


「ただいまです!」


 桜花も、丁寧に頭を下げた。


「ただいま戻りました」


 ラギエさんたちも、受付へ並ぶ。


「護衛依頼の完了報告です」


「はい。お疲れさまでした」


 ……うん。


 これで、最後の手続きだね。


     ◇


 リリーナさんが、依頼書を確かめた。


「往路七日、現地三日、帰路七日。予定どおりですね」


「はい。依頼人六名、全員無事に帰りました」


 ラギエさんが、はっきり答えた。


「護衛の皆さんも、怪我なし?」


「全員、無傷です」


「それは、何よりです!」


 …………。


 ……ああ。


 ここが一番だよね。


 リリーナさんは、記録に何かを書き込んだ。


「では、道中の魔獣遭遇についてもお願いします」


 …………。


 ……おっ。


 そうだった。


 今回は、何匹かいたね。


     ◇


「往路で猪型の魔獣を一匹。帰路では、ファイアウルフを二匹討伐しました」


 ラギエさんが、淡々と報告する。


 ……うん。


 そうだったね。


 リリーナさんも、記録を続けている。


「それから……」


 ラギエさんが、少し言葉を切った。


 …………。


 ……おっ。


 どうしたのかな。


「帰路五日目に、ジャイアントスネークを一匹」


 …………。


 ぴたり。


 リリーナさんの手が止まった。


「……え?」


「ジャイアントスネークです」


「……AA級の?」


「はい」


 …………。


 少しの沈黙。


 それから。


「……ええっ!?」


 …………。


 ……おお!


 受付に声が響いた!


 周りの冒険者たちも、こっちを見ている。


 ……あっ。


 ちょっと、注目されちゃったね!


     ◇


 リリーナさんは、ゆっくり私へ目を向けた。


「……リオンさん」


「はい?」


「今度は、何をされたんですか?」


 …………。


 ……あはは。


 その質問、前にも聞いた気がする!


「《完全拘束》で動きを止めて、《即死》で討伐しました」


 …………。


 リリーナさんが、しばらく黙っていた。


「……分かりました」


 ……おっ。


 今日は、納得が早いね。


 ……いや。


 少しだけ、遠い目になってる?


「ギルドマスターを呼んできます」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、そうなるんだ!


     ◇


 少しして、奥からシルベスターさんが出てきた。


 がっしりした体。


 鋭い目つき。


 そして、左腕のない姿。


 ……うん。


 いつものギルドマスターだね。


「リオン。戻ったか」


「はい! ただいま戻りました!」


「依頼人たちは?」


「全員、無事に家族のところへ帰りました」


 シルベスターさんが、小さく頷いた。


「そうか。まずは、よくやった」


 …………。


 ……おっ。


 嬉しいな。


「ありがとうございます!」


 ところが。


「……それで、AA級の魔獣が出たと聞いたが」


 …………。


 ……あっ。


 もう伝わってる!


 リリーナさん、仕事が早いねぇ。


     ◇


「ジャイアントスネークです」


 ラギエさんが、落ち着いた声で説明を始めた。


「街道の狭い場所に出現しました。馬車を止めて、依頼人の安全を確保したところ、リオンが討伐してくれました」


 …………。


 ……うん。


 そうだったね。


 シルベスターさんは、私を見た。


「なるほど。お前がいたなら、そうなるだろうな」


 …………。


 ……あはは。


 驚かないんだね!


「ちなみに、死体はあるか?」


「はい。《収納》してあります」


 シルベスターさんが、片方の眉を上げた。


「……十メートル級を、か」


「はい!」


 …………。


 ……うん。


 収納できました!


 シルベスターさんが、小さく笑った。


「相変わらずだな」


     ◇


 私たちは、ギルドの裏手にある荷捌き場へ移動した。


 大きな荷物を運び込むための、広い場所だ。


 ……うん。


 これなら、置けそうだね。


「この辺りでいいか?」


 シルベスターさんが、場所を指さした。


「はい!」


 私は、周りに人がいないことを確かめた。


 それから《収納》から、ジャイアントスネークの亡骸を取り出した。


 …………。


 ずしん。


 巨大な胴体が、地面へ横たわった。


 …………。


 ……おお。


 改めて見ると、大きいねぇ!


 シルベスターさんは、少し近づいて鱗を確認した。


「……間違いない。ジャイアントスネークだ」


 ……うん。


 正解!


 ギルドの職員さんたちも、少し離れて目を丸くしている。


     ◇


「これが、街道へ出てきたのか」


 シルベスターさんが、低い声で呟いた。


「はい。馬車の進路を塞ぎそうになったので」


 ラギエさんが答える。


 シルベスターさんは、ゆっくり頷いた。


「通常の冒険者なら、逃げるしかない相手だ。狭い街道で遭遇したとなれば、被害が出てもおかしくなかった」


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 私たちのあとにも、同じ街道を使う人はいる。


 あそこに残しておいたら、危険だったかもしれない。


「馬車を早めに止めてくれたので、助かりました」


 私は、ラギエさんへ目を向けた。


 彼女は、少し照れたように笑った。


 ……うん。


 いい連携だったね。


     ◇


「リオン」


 シルベスターさんが、私へ向き直った。


「はい?」


「今回、俺がお前に声をかけた理由は覚えているか」


 …………。


 ……おっ。


「人数の多い護衛で、戦力を厚くするため……でしたよね?」


「そうだ」


 シルベスターさんが、頷いた。


「護衛は、魔獣を倒した数を競う仕事じゃない。依頼人を安全に送り届ける仕事だ」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


「危険な相手に出会っても、全員を無傷で帰した。それが一番大事なことだ」


 私は、静かに頷いた。


 ……ああ。


 本当に、そのとおり。


 シルベスターさんは、少しだけ笑った。


「……やはり、お前に任せてよかった」


 …………。


 ……おお。


 …………。


 ……うん。


 嬉しいな。


「ありがとうございます!」


 私は、笑顔で答えた。


     ◇


「それから、ラギエたちもだ」


 シルベスターさんが、女性冒険者四人へ顔を向けた。


「お前たちも、よくやった」


 …………。


 ……おっ。


 みんなのことも!


「魔獣が現れたとき、真っ先に依頼人と馬の安全を守った。状況的に、正しい判断だ」


 ラギエさんは、少し目を丸くした。


 それから、深く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 ディロンスさんも、小さく頷いた。


 クリスタインさんは、ほっとしたように笑う。


 エリオスさんも、穏やかな表情だった。


 ……ああ。


 よかったね。


 こうして、みんなの働きを見てもらえるのは嬉しいなぁ。


     ◇


 ジャイアントスネークの素材は、ギルドが安全を確認してから扱うことになった。


 毒を持っているから、専門の職員さんが調べるらしい。


 ……うん。


 そこは、任せよう。


 報酬や素材代も、依頼の契約どおりに精算することになった。


 私は、ラギエさんたちと一緒に受付へ戻った。


 リリーナさんが、完了の記録を見せてくれる。


 『依頼完了』


 …………。


 ……おお。


 終わった!


 十七日間。


 なかなか長い旅だったねぇ。


 でも、無事に帰れてよかった!


     ◇


「リオン、桜花」


 ギルドを出る前に、ラギエさんが私たちへ声をかけた。


「本当に、ありがとう」


「こちらこそ!」


 私も、笑顔で答えた。


「皆さんと一緒で、楽しかったです」


 ラギエさんが、嬉しそうに笑った。


「私たちもだよ」


 ディロンスさんは、短く頷く。


「……また、組めるといい」


 クリスタインさんは、楽しそうに言った。


「次に一緒になったら、今度は何を見せてくれるの?」


 …………。


 ……あはは。


 できれば、次は平和な依頼がいいなぁ。


 エリオスさんも、静かに頭を下げた。


「またお会いできたら嬉しいです」


「うん。ぜひ!」


 …………。


 ……ああ。


 いい仲間たちだったなぁ。


     ◇


 ギルドを出ると、空は夕方の色になっていた。


 王都の道には、家へ帰る人たちの姿。


 店じまいを始める商人さんたち。


 遠くから、子どもたちの笑い声。


 …………。


 ……ああ。


 いつもの町だね。


「リオン様」


 桜花が、私の隣へ並んだ。


「お疲れさまでございました」


「桜花も、お疲れさま!」


 ……うん。


 桜花も、十七日間ずっと付き合ってくれたんだ。


「今回も、頼りになったよ」


「ありがとうございます」


 桜花が、柔らかく微笑んだ。


 ……ああ。


 こちらこそ、ありがとう。


「それじゃあ、帰ろうか」


「はい」


 ……うん。


 今度こそ、我が家へ!



     ◇


 シルク王国邸へ帰った頃には、夕陽が少し傾いていた。


 …………。


 ……ああ。


 懐かしいなぁ。


 ……いや。


 十七日間のうち、一度はカトレアたちを送るために帰ってきてるんだけどね。


 でも、今日は仕事を全部終えた。


 もう、明日の馬車のことを考えなくていい。


 ……うん。


 本当の意味で、帰ってきたって感じだ。


 私は、玄関の扉を開けた。


「ただいまー!」


 …………。


 一瞬の静けさ。


 それから。


「……お父さん!」


 …………。


 ……おっ!


 聞き慣れた小さな声!


 廊下の向こうから、カトレアが駆けてきた。


 …………。


 ……ああ!


 可愛い!


「カトレア!」


 私は、しゃがんで両手を広げる。


 カトレアが、勢いよく抱きついてきた。


「お父さん、お帰り!」


「ただいま!」


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、これが一番だねぇ。


     ◇


「……お父さん」


「ん?」


「お仕事、終わったの?」


「うん。ちゃんと終わったよ」


「……よかった!」


 …………。


 ……ああ。


 安心したんだね。


 私は、そっと頭を撫でた。


「待っててくれて、ありがとう」


 カトレアは、私の服をぎゅっと掴んだ。


「……うん」


 ……うん。


 甘えん坊なのは、いつもどおりだ。


 そこへ、もふもふした影が現れた。


 …………。


 ……おっ。


「モフ太!」


 小さくなった熊の魔獣が、のそのそと近づいてくる。


 今は、五十センチくらいの可愛らしい姿。


 ……ああ。


 久しぶり!


 モフ太が、私の足元へ鼻先を寄せた。


「ただいま、モフ太!」


 私は、頭をそっと撫でた。


 ……うん。


 帰る場所に、みんながいるっていいねぇ。


     ◇


「リアリスちゃん、お帰りなさい」


 巴さんが、居間から顔を出した。


「ただいま、巴さん!」


「ふふ。カトレアちゃん、帰る日を毎日楽しみにしていたのよ」


 …………。


 ……おお。


 そうだったんだ。


 カトレアは、少しだけ照れたように私の後ろへ隠れた。


 ……あはは。


 可愛いね。


「ちゃんと帰ってきたよ!」


「ええ。お疲れさま」


 …………。


 ……ああ。


 優しい声だ。


 桜花も、隣で丁寧に頭を下げた。


「ただいま戻りました、巴さん」


「お帰りなさい、桜花ちゃん」


 ……うん。


 家に帰ってきたんだなぁ。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「ん?」


「帰り道のお話、聞きたい」


 …………。


 ……あっ。


 ちゃんと覚えてたんだね。


「もちろん! たくさんあるよ」


 私は、居間の椅子へ座った。


 カトレアは、当然のように私の隣へ。


 ……ああ。


 それじゃあ、まずは……。


「帰り道で、大きな蛇が出たんだよ」


「……へび?」


「うん。こんなに長い!」


 私は、両手を思いっきり広げた。


 …………。


 ……いや。


 これじゃ、全然足りないね!


 カトレアが、目を丸くした。


「……こわくなかった?」


「大丈夫。すぐに倒して、みんな無事だったよ」


 カトレアは、ほっと息を吐いた。


「……よかった」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


 それが、一番大事だったよ。


     ◇


「それからね」


 私は、魔獣だけじゃなく、楽しかったことも話した。


 帰り道の景色。


 元気な馬たち。


 商家の娘さんたちの笑い声。


 ロロアさんが、お菓子を予定より早く食べきってしまったこと。


 …………。


 カトレアが、くすくす笑った。


「……ロロアお姉ちゃん、お腹いっぱいにならないの?」


 …………。


 ……あはは!


「そうかもしれないねぇ」


 ……ああ。


 帰ってからまで、ロロアさんの話で笑えるなんて。


 本当に、賑やかな旅だったね。


     ◇


「そうだ。お土産を預かってきたよ」


 私は、小さな包みを取り出した。


「シセルさんから、カトレアへ」


「……シセルお姉ちゃん?」


「うん」


 カトレアは、そっと包みを開く。


 中には、白い花の刺繍がある布袋。


 …………。


 ……おお。


 改めて見ると、可愛いねぇ。


「……お花!」


「貝殻が増えても入れられるように、作ってくれたんだって」


 カトレアが、嬉しそうに笑った。


「……大事にする!」


 ……ああ。


 きっと、シセルさんも喜ぶよ。


「今度会ったら、お礼を言おうね」


「……うん!」


 …………。


 ……うん。


 旅から持ち帰った宝物が、また一つ増えたね。


     ◇


 夕食は、巴さんが用意してくれた魚料理だった。


 香ばしく焼いた魚。


 白いご飯。


 野菜の煮物。


 それから、温かい汁物。


 …………。


 ……ああ。


 いい香り!


「海の料理、少し参考にしてみたの」


 巴さんが、微笑んだ。


「おお! 楽しみ!」


 私は、焼き魚をひと口食べた。


 …………。


 ……うん!


 美味しい!


「巴さん、すごいね!」


「ふふ。ありがとう」


 カトレアも、嬉しそうに箸を動かしている。


 ……うん。


 海で食べたご飯も美味しかった。


 でも、やっぱり家で食べるご飯もいいねぇ。


     ◇


 食後。


 カトレアが、小さな箱を持ってきた。


 …………。


 ……おっ。


 何だろう。


「お父さん、これ!」


 中には、海で拾った貝殻が綺麗に並んでいた。


 白いもの。


 薄桃色のもの。


 花びらみたいな形のもの。


 …………。


 ……ああ。


 よく集めたねぇ。


「どれが、一番好き?」


 私が尋ねると、カトレアは少し考えた。


 それから、薄桃色の貝殻を指さす。


「……これ。お父さんと見つけたから」


 …………。


 ……ああ。


 そうだったね。


 朝の砂浜で、一緒に拾ったものだ。


「私も、これが好きだな」


「……えへへ!」


 ……うん。


 可愛い笑顔。


 ……ああ。


 やっぱり、連れていってよかったね。


     ◇


 そのあと、私たちは庭へ出た。


 夜の風は、少し涼しい。


 花壇には、いつもの花が咲いていた。


 …………。


 ……ああ。


 海の景色も綺麗だったけど。


 こうして、家の花を見るのもいいねぇ。


 カトレアが、私の手を握った。


「……お父さん」


「ん?」


「また、お魚のお家に行ける?」


 …………。


 ……おっ。


 海底散歩のことだね!


「もちろん。今度も一緒に行こうね」


「……うん!」


 カトレアが、嬉しそうに笑った。


「……あのね。今度は、お花みたいなお魚を見たい」


 …………。


 ……おお。


 そんな魚、いるかな。


 でも、世界は広いもんね。


「じゃあ、今度探してみよう!」


「……やった!」


 …………。


 ……ああ。


 また一つ、約束が増えちゃったね。


     ◇


 庭の向こうでは、モフ太がのんびり寝そべっていた。


 巴さんは、屋敷の中で明日の準備をしている。


 桜花も、静かに戻っていった。


 ……うん。


 みんな、普段の暮らしへ戻ってる。


 私は、空を見上げた。


 星が、ゆっくり瞬いている。


 …………。


 ……ああ。


 十七日間の旅。


 青い海。


 楽しい仲間たち。


 思いがけない魔獣。


 そして、無事な帰宅。


 …………。


 ……うん。


 なかなか、いい旅だったね。


 でも、やっぱり。


 私が一番好きなのは、こうして大切な人たちと、のんびり過ごす時間なんだよね。


「お父さん」


 カトレアが、また袖を引いた。


「ん?」


「明日、リバーシしよう?」


 …………。


 ……おっ。


 来た!


 ……いや。


 また負けちゃうかもしれないけど。


「いいよ! 明日は、ゆっくり遊ぼうね」


 カトレアが、にっこり笑った。


「……うん!」


 …………。


 ……ああ。


 無事に帰ってこられて、よかった。


 ――こうして、私たちの海への旅は、たくさんの思い出とともに幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。