第4話:リゾート満喫
「……ない」
翌朝。
砂浜の端に立ったカトレアが、小さく呟いた。
「ん?」
私は、その視線の先を見た。
…………。
……あっ。
昨日、みんなで作った砂のお城。
見事な壁。
高い塔。
楓が妙にこだわっていた門。
その全部が。
…………。
見事なほど、なくなっていた!
……うん。
波が来れば、そうなるよねぇ。
砂浜には、昨日の城があった場所を示す、小さな起伏が残っているだけだ。
「……お父さん」
「ん?」
「……おしろ、どこ?」
「……波が、持っていっちゃったみたいだね」
カトレアは、しばらく砂を見つめていた。
……ああ。
ちょっと、残念そう。
すると、隣に立っていた楓が、すっとしゃがんだ。
橙色の短い髪。
今日も、昨日と同じ色違いの水着だ。
楓は、砂を一握り取った。
それを、昨日の城があった場所に、ぽんと置く。
「……また」
…………。
……おっ。
「そうだね。今日、また作ろうか!」
カトレアが、ゆっくり楓を見た。
「……にかい?」
楓は、小さく頷いた。
…………。
……あっ。
二階建ての約束、覚えてたんだ!
私は、思わず笑った。
「じゃあ、お城づくりは午後にしようね。まずは昨日言ってた貝殻を探そうか」
「……うん!」
……うん。
気持ちの切り替え、早いねぇ。
その方が、海では楽しく遊べそうだ。
◇
サフィリアに到着してから、二日目。
朝の海は、昨日と少し違って見えた。
水面に細かな光が散っている。
遠くでは、漁師さんたちの船がゆっくり港へ戻っていく。
波の音は穏やかで、砂浜にはまだ人が少ない。
…………。
……ああ。
いい朝だねぇ。
……いや。
私が、この時間から浜辺にいるのも珍しいな。
カトレアが早く起きて、貝殻を見たいって言ったんだ。
それで、朝食前に少しだけ散歩することにした。
同行しているのは、桜花と楓と藤。
ほかの子たちは、まだ宿で支度をしている。
「……お父さん!」
カトレアが、砂の上にしゃがんだ。
「ん?」
「……これ!」
小さな白い貝殻。
縁が、花びらみたいに波打っている。
…………。
……おお。
いいのを見つけたね!
「綺麗だね」
「……おはな!」
……ああ。
昨日の約束どおりだ。
藤が、そっと小さな袋を差し出した。
「……こちらへ」
「……ありがとう!」
…………。
……うん。
シセルさんが昨日作ってくれた袋とは別に、藤が予備を用意してくれたみたい。
仕事が早いねぇ。
桜花は、海の方を静かに見ている。
私は、その横顔を眺めた。
「桜花、何か見える?」
「はい。沖の方で、小さな魚の群れが跳ねております」
「……おっ。本当?」
……おお。
確かに、時々水がきらっと光る。
……うん。
この世界の海は、眺めているだけでも飽きないね。
◇
しばらく歩いていると、カトレアが、少し大きな貝殻を見つけた。
「……お父さん!」
「おっ。今度は何かな?」
「……おおきい!」
手のひらほどの、薄桃色の貝殻だった。
…………。
……おお!
綺麗!
でも、少し重そうだね。
「割れてないかな?」
私が尋ねると、カトレアがそっと裏返した。
…………。
……あっ。
綺麗に残ってる!
「大当たりだね!」
「……えへへ!」
カトレアが、嬉しそうに両手で抱えた。
……ああ。
この笑顔。
連れてきて、本当によかったなぁ。
「部屋に飾る?」
「……うん!」
……うん。
帰ったら、どの屋敷の部屋に飾るか考えようね。
各邸にカトレアの部屋があるから、飾る場所には困らなさそうだけど。
…………。
……いや。
この調子だと、貝殻だらけになるかもしれない!
◇
宿へ戻る途中、私は海を見つめた。
透明な波の向こうに、小さな魚が見える。
……おっ。
砂浜からでも、こんなに見えるんだね。
でも。
もっと沖へ行ったら、どうなっているんだろう。
海の中。
魚の群れ。
海底の岩。
…………。
……ああ。
そういえば、前に海へ潜ったことがあったなぁ。
オリミスの盾を探しに行ったときだ。
あのときは《結界》で海水と水圧を防いで、《フライ》で沖まで進んだ。
……うん。
水の中で息もできた。
桜花は海岸で待っていたから、あの景色を一緒には見ていない。
…………。
……あれ。
もしかして。
あれ、みんなにも見せてあげられるんじゃない?
私は、波打ち際で足を止めた。
…………。
……おお。
いいこと、思いついた!
◇
「リアリス様?」
桜花が、こちらを見た。
「ん? ああ、ちょっとね」
私は、笑って答えた。
「今日のお昼過ぎ、みんなに面白いものを見せてあげようかと思って」
「……面白いもの、でございますか?」
「うん。まだ内緒!」
桜花は、ほんの少し首を傾げた。
…………。
……ああ。
楽しみだねぇ。
もちろん、いきなり全員を海へ放り込むつもりはない。
まずは安全な場所を探して。
《結界》の範囲を確かめて。
みんなへ説明してから。
……うん。
それなら、問題ないはずだ。
楓が、私の服の裾をちょこんと掴んだ。
「……いく?」
「うん。楓も一緒だよ」
楓が、小さく頷いた。
…………。
……おっ。
もう、何か察してるのかな?
……いや。
天才設定だし……じゃなかった。
この子、本当に勘が鋭いんだよね!
◇
朝食は、宿の食堂でいただいた。
昨日は大勢で賑やかだったけど、今朝はそれぞれ好きな時間に食べている。
私はカトレアと桜花、楓、藤と同じ卓についた。
焼いた野菜と卵料理。
果物。
それから、海辺の町らしい、魚と香草の温かいスープ。
…………。
……おお。
パンを選ぶ人もいるけど、私は今日はスープを中心にいただこうかな。
カトレアは果物を見て、嬉しそうにしている。
「……お父さん」
「ん?」
「……あまい!」
「そうだね!」
……うん。
いい朝だ。
その向こうの卓では、ロロアさんが宿の人に何か尋ねていた。
「このお魚、何ていう名前なんですか?」
…………。
……おっ。
また、食べ物の研究!
アルマさんが、隣で小さく笑っている。
……ああ。
今日も、みんな元気そうだね。
◇
食事のあと。
私は、ラギエさんへ相談することにした。
海辺の護衛は、昨日と同じように交代で行う。
でも、今日の午後はちょっと特別なことをしたい。
「ラギエさん。皆さんの予定を、少し相談してもいいですか?」
「もちろん。どうしたんだい?」
私は、砂浜の方を指さした。
「午後に、みんなを海の中へ案内しようかと」
…………。
「……海の中?」
ラギエさんが、目を瞬かせた。
「はい!」
「……泳ぐってこと?」
「いえ。歩きます」
…………。
「…………」
…………。
……あれ。
ラギエさん、固まった。
「……リオン」
「はい?」
「一応、聞いておくよ。どういう意味?」
……あはは。
そうだよね!
私の説明が足りなかった。
「実は、以前使ったことのある《結界》で、海水の入らない空間を作れるんです」
私は、なるべく分かりやすく説明した。
「その中なら、海の底でも普通に歩けるし、呼吸もできます」
…………。
ラギエさんは、しばらく私の顔を見つめていた。
「……なるほど」
…………。
……おっ。
分かってくれた?
「つまり、また驚くような魔法なんだね」
「……あはは。そうなりますね」
…………。
……うん。
説明が早くて助かるなぁ。
◇
「ただし、試しもせず皆を連れていくわけにはいかないよ」
ラギエさんは、真面目な顔になった。
「そこは、もちろん」
……うん。
命を預かる護衛さんだもん。
心配になるのは当然だ。
「私は前に一度、海中で使っています。これから改めて、浅い場所で確かめるつもりです」
「……そうか」
「そのあと、ティティーさんたちにも説明します。嫌な人は、無理に参加しなくて大丈夫です」
ラギエさんは、ゆっくり頷いた。
「なら、私も確認に付き合うよ」
「ありがとうございます!」
……うん。
心強い。
ディロンスさんとクリスタインさん、エリオスさんにも話を通しておこう。
今日は、護衛の皆さんも一緒に楽しんでもらいたいし。
…………。
……おお。
考えただけで、わくわくしてきた!
◇
午前中。
私とラギエさん、桜花は、人の少ない浜辺の端へ向かった。
ほかの護衛さんたちには、依頼人のみんなを見てもらっている。
海は穏やか。
沖の方には、岩の少ない砂地が続いているらしい。
……うん。
まずは《サーチ》で確かめよう。
海岸の形。
海底の起伏。
近くの魔獣の反応。
水の流れ。
…………。
……よし。
あまり深くない場所から、緩やかに下っていく砂地がある。
岩や海藻の多い場所は、避けて進めそうだね。
私は、波打ち際から少し離れたところに立った。
「じゃあ、まず私だけで試します」
ラギエさんが、頷いた。
「頼んだよ」
桜花も、静かに見守っている。
私は、海へ向けて足を踏み出した。
そして。
「《結界》」
…………。
空気が、ふっと変わった。
◇
私を中心に、透明な空間が広がった。
半径、およそ十メートル。
海水を通さず、水圧も防ぐ。
内側には、息のできる空気を保つ。
……うん。
以前、リピトの海で使った方法だ。
ただし、今回は大人数。
だから、結界の中にいる全員が安全に過ごせるよう、広さを一定にしておこう。
私が動けば、結界も一緒に移動する。
……うん。
これでよし。
足元の波が、透明な壁に押されるように左右へ分かれた。
…………。
……おお。
やっぱり、不思議な景色!
私は、ゆっくり砂浜から海へ進んだ。
水は、入ってこない。
足も、濡れない。
私が歩いた分だけ、透明な空間も前へ進んでいく。
……うん。
大丈夫だね。
私は一度、岸へ戻った。
◇
「……本当に、水が入ってこない」
ラギエさんが、目を丸くした。
「はい!」
「しかも、歩いた場所まで乾いている……」
「外側の水を押しのけるようにしています」
……うん。
海水は、ちゃんと外へ逃げる。
中へは入ってこない。
……あっ。
海の生き物が巻き込まれないかも、気をつけないとね。
私は、再び《サーチ》で付近の魚の動きを確かめた。
……よし。
魚の多いところは、少し離れて通ろう。
「このまま、海底の砂地まで進めるんですか?」
ラギエさんが聞いた。
「はい。ただ、急な段差は避けます。全員が無理なく歩けるところだけです」
……うん。
それに、誰かが怖がったら、すぐ戻れるようにしよう。
ラギエさんは、しばらく考えたあと、口元を緩めた。
「……それなら、依頼人たちにも相談してみようか」
「はい!」
…………。
……よし!
これで、準備は整いそうだ。
◇
昼食を終えたあと。
私は、商家の娘さんたちと、護衛の冒険者さんたちを浜辺の休憩所へ集めた。
その隣には、桜花。
カトレア。
そして、フラワーズ八人。
…………。
……おお。
改めて見ると、結構な人数だね!
ティティーさん。
アルマさん。
ヘランさん。
ロロアさん。
シエルさん。
シセルさん。
ラギエさん。
ディロンスさん。
クリスタインさん。
エリオスさん。
桜花。
カトレア。
楓、藤、杏子、蘭、牡丹、撫子、菖蒲、朝顔。
そして、私。
……うん。
二十一人!
…………。
……あれ。
海底散歩って、こんな大人数でやるものなのかな。
……いや。
普通は、そもそも海底を歩かないね!
◇
「皆さん、ちょっと聞いてください!」
私が声をかけると、みんながこちらを向いた。
…………。
……おっ。
何だか、ちょっと緊張する。
私は、思いきって言った。
「これから私の魔法、《結界》を使って、海の中にご案内します!」
…………。
「……え?」
ティティーさんが、瞬きをした。
続いて、シエルさんが首を傾げる。
「海の中、ですか?」
「はい!」
「……泳ぐんですか?」
「いえ。歩いていきます!」
…………。
……うん。
やっぱり、そこが気になるよね。
私は、笑って説明を続けた。
「《結界》で、海水の入らない大きな空間を作ります。その中なら、服を着たままでも歩けるし、息も普通にできます」
…………。
六人が、顔を見合わせた。
最初に反応したのは、ティティーさん。
「……ほんとに!?」
「本当です!」
すると。
「行きたい!」
…………。
……おお!
即答!
「私も!」
「そんなこと、できるんですか!?」
……あはは。
みんな、目が輝いてる。
◇
「海の底って、どんな景色なんでしょう!」
シエルさんが、身を乗り出した。
「地図には海岸線しかないのに、その先を歩けるなんて……!」
……おっ。
地図好きのシエルさんには、たまらない話みたいだね。
ロロアさんも、元気よく手を挙げた。
「お魚、いっぱい見られる!?」
「うん。見られると思うよ」
「……食べられる?」
…………。
……いや。
そこ!?
私は、思わず笑った。
「今日は、見るだけね。捕まえたり、触ったりはしないよ」
「……そっか!」
…………。
……あっ。
納得、早い!
ヘランさんは、少し考えてから言った。
「馬も、こういう景色を見たら驚きそうですね」
……うん。
それは、確かに。
……でも。
今日は馬車じゃないし、馬はお留守番!
◇
アルマさんが、眼鏡を直した。
「……少し確認してもいいですか」
「もちろん!」
「中で息はできるんですよね? それから、水圧は?」
…………。
……おっ。
さすが、しっかりしてる。
「両方、大丈夫です。結界が海水と水圧を遮って、内側の空気も保ちます。私自身、前に海の中で使ったことがある魔法です」
「……なるほど」
「それから、何かあれば、すぐ岸へ戻ります。無理に進むことはありません」
アルマさんが、ほっとしたように頷いた。
「それなら、安心です」
……うん。
ちゃんと説明できて、よかった。
シセルさんは、少し遠慮がちに手を挙げた。
「……私、泳ぐのが得意ではないのですが……」
「大丈夫。泳がなくても歩けるよ」
「……本当ですか」
「うん。怖かったら、桜花や私と一緒に歩こう」
シセルさんの口元が、ほんの少し緩んだ。
「……行ってみたいです」
……ああ。
よかったね。
◇
次は、冒険者さんたち。
ラギエさんは、試した様子を皆へ説明してくれた。
「午前中に私も確認したよ。少なくとも、岸の浅いところではちゃんと水を防いでいた」
ディロンスさんが、静かに尋ねた。
「……結界の範囲は?」
「半径約十メートルです」
「……二十一人、入る?」
「入るよ。でも、余裕を持って歩きたいから、実際には私から六、七メートル以内にいてほしいかな」
……うん。
ぎゅうぎゅう詰めにはしたくないもんね。
クリスタインさんが、面白そうに笑った。
「つまり、みんなで遠足みたいに歩くのね?」
「そういうことです!」
エリオスさんも、頷いた。
「何かあったときのために、私は後ろ側を見ておきますね」
「ありがとうございます」
……うん。
頼もしい!
桜花も、静かに頷いている。
◇
「一番大事なことを言うね」
私は、全員の顔を見回した。
「結界は私を中心に動きます。だから、絶対に一人で離れないこと。全員で一緒に動いてください」
…………。
みんなが、真剣に聞いている。
「結界の外は普通の海です。息はできないし、水圧もある。だから、透明な壁の外には出ないようにね」
ティティーさんたちが、頷いた。
「はい!」
「それと、魚や海藻、貝なんかは、壁の向こうに見えると思う。でも、今日は見るだけ。手を伸ばして触ろうとしないでね」
「はーい!」
…………。
……うん。
いい返事!
カトレアも、真面目な顔で頷いた。
「……お父さんから、はなれない」
「そう。上手!」
…………。
……ああ。
カトレア、偉いねぇ。
楓と藤が、カトレアの両側へ静かに並んだ。
……うん。
この二人も、一緒に見ていてくれるみたい。
◇
「巴さんたちは、どうする?」
私は、少し離れた休憩所の方へ声をかけた。
巴さんと、同行している一般メイド三人。
今日は、全員夏の普段着だ。
水着ではない。
…………。
……うん。
普段より、ずっと休日らしい姿だね。
巴さんが、にこやかに笑った。
「私たちは、今日はお休みにさせてもらうわ」
「おっ。いいね!」
「せっかくだから、町のお店を見てこようと思っているの」
……おお。
お買い物!
「お魚の料理も、いろいろ調べたいしね」
……ああ。
巴さんらしい!
一般メイドの一人が、少し嬉しそうに言った。
「私たちも、港の方を歩いてみたいと思っております」
「いいね。みんなで楽しんできて!」
……うん。
飲み物の準備も、荷物の世話も、今日はしなくていい。
海底散歩のあいだ、巴さんたちは自由行動。
各邸の《状況把握》は必要なときにだけ確認してもらえれば十分だ。
「巴さん、何かあったら《映像通話》(簡易版)で連絡してね」
「ええ。リアリスちゃんも、楽しんでいらっしゃい」
…………。
……うん。
これで、みんなそれぞれの休日だね。
◇
準備が整うと、私たちは人の少ない浜辺へ向かった。
商家の娘さん六人は、昨日選んだ色とりどりの水着。
冒険者の四人は、動きやすい水着。
桜花は白いビキニ。
カトレアは、黄色い花飾りのある子ども用の水着。
フラワーズ八人は、同じ形の色違い。
…………。
……おお。
今日も、なかなか賑やかだね!
私は、人数を数え直した。
一、二、三……。
…………。
……うん。
二十一人、全員いる!
「これから歩く海底は、《サーチ》で確認してあります。急な段差や岩場は避けるね」
私は、もう一度説明した。
「それじゃあ、ゆっくり行こう!」
「はーい!」
…………。
……ああ。
いい返事!
私は、そっと片手を上げた。
「《結界》」
◇
私を中心に、透明な空間が広がる。
……うん。
半径、約十メートル。
その外側では、海水が静かに押しのけられていく。
内側には、普通に呼吸できる空気。
足元は砂浜。
…………。
……よし。
全員、入ってるね。
「……わあ」
シセルさんが、小さく呟いた。
ティティーさんは、透明な壁を見つめている。
「……本当に、何かある!」
…………。
……おっ。
見えるんだね。
水との境目が、光の揺らぎで分かるんだ。
「じゃあ、私についてきてね」
私は、ゆっくり海の方へ歩き出した。
結界も、一緒に動く。
ざざっ。
波が、透明な壁に沿って左右へ分かれていく。
「……きゃあ!」
ティティーさんが、楽しそうに声を上げた。
……うん。
この時点で、もう面白いよねぇ。
◇
最初は、まだ浅いところ。
足元は、いつもの砂浜と変わらない。
でも、結界の外は水で満たされている。
魚が、少し離れたところを泳いでいた。
…………。
……おお。
「……お父さん!」
カトレアが、私の手を握った。
「ん?」
「……みず、こない!」
「そうだね!」
外側では波が動いているのに、内側は乾いている。
……うん。
これ、何度見ても不思議だなぁ。
「すごい……!」
シエルさんが、目を輝かせた。
「地図に描いてない場所を歩いてる……!」
…………。
……あはは。
その感想、シエルさんらしい!
アルマさんは、足元を確かめていた。
「……本当に、濡れないんですね」
「うん!」
……うん。
安心してもらえたみたいだね。
◇
少しずつ、海底の砂地が下っていく。
頭上には、青い水。
陽の光が細い筋になって降り注いでいた。
……ああ。
綺麗だねぇ。
海の中って、こんなに明るかったんだ。
私は前にも潜ったことがあるけれど、あのときは盾を探すのに夢中だった。
こんなふうに、ゆっくり景色を見ていなかったな。
「……リオン」
ラギエさんが、隣で呟いた。
「はい?」
「本当に、夢みたいだね」
…………。
……おお。
そう言ってもらえると、嬉しいな。
私も、そう思います!
後ろでは、クリスタインさんが、楽しそうに両手を広げていた。
「ねえ、みんな! 私たち、海の中を歩いてるよ!」
「分かってるわよ!」
アルマさんが笑った。
…………。
……ああ。
楽しそうだねぇ。
◇
やがて、海底はもう少し平らになった。
《サーチ》で確かめた、広い砂地だ。
この辺りなら、二十一人が余裕を持って歩ける。
……うん。
少し、ゆっくり進もう。
「みんな、いったん立ち止まって!」
私が声をかけると、全員が足を止めた。
…………。
……おお。
ちゃんと揃ってる!
「右の方、見てみて!」
私は、透明な壁の向こうを指さした。
そこには。
…………。
……おおお!
小さな魚の群れが泳いでいた。
銀色の体。
細長い尾びれ。
群れ全体が、同じ方向へ向きを変える。
……うん。
すごい!
何十匹もいるのに、まるで一匹の魚みたいに動いてる。
「きれい……!」
ティティーさんが、目を丸くした。
シエルさんも、声を上げる。
「本当に、こんなふうに泳ぐんですね!」
……うん。
海の中ならではの景色だね。
◇
カトレアは、私の手を握ったまま、じっと魚を見つめていた。
…………。
……おっ。
どうしたのかな。
「……お父さん」
「ん?」
「……おさかな、いっぱい」
「そうだね」
「……いっしょ」
…………。
……ああ。
魚の群れのことかな。
「うん。みんなで一緒に泳いでるんだね」
カトレアは、小さく頷いた。
……うん。
何だか、今の私たちみたいだねぇ。
楓は、魚の動きを静かに追っていた。
藤も、隣でじっと見ている。
牡丹が、小さな声で言った。
「……同時に、曲がった」
「うん。すごいよね」
……ああ。
みんな、見入ってるね。
◇
突然、魚の群れが、さっと向きを変えた。
その向こうを、大きめの魚が一匹通り過ぎていく。
…………。
……おっ。
さっきの群れとは、色が違う。
青っぽい背中。
白い腹。
長い尾びれ。
……うん。
綺麗な魚だ。
「……あれ、何でしょう?」
エリオスさんが、興味深そうに尋ねた。
「うーん。種類までは分からないなぁ」
ロロアさんが、ぽつりと呟いた。
「……大きいなぁ」
…………。
……おっ。
また、食べ物の話?
と思ったら。
「……泳ぐの、速いね!」
…………。
……ああ!
今日は、ちゃんと見て楽しんでる!
私は、何だか嬉しくなった。
◇
「……すごい」
ディロンスさんが、珍しく声を漏らした。
静かな弓使いさん。
普段は、遠くの気配にいち早く気づく人だ。
「ディロンスさんも、こんな景色は初めて?」
「……うん。海に潜ったことは、ない」
……そっか。
冒険者さんでも、海の中までは行かないもんね。
クリスタインさんが、隣で笑った。
「今日のこと、ギルドの皆に話したら信じてもらえないわよ!」
…………。
……あはは。
確かに!
「……でも、私は信じますよ」
エリオスさんが、穏やかに言った。
「目の前で見ていますから」
……うん。
そうだね。
……いや。
それにしても、みんなの驚き方が面白いなぁ。
◇
少し先には、海藻が揺れている場所があった。
青緑色の長い葉。
細い赤い葉。
岩の間に、ふわりと広がっている。
…………。
……おお。
海の中にも、花畑みたいな場所があるんだね。
「……お父さん」
カトレアが、指を伸ばした。
「……おはな?」
「海藻だよ。海の中に生えてる植物みたいなものかな」
……うん。
簡単に言うと、そうなるよね。
「……きれい」
「そうだね」
カトレアが、静かに微笑んだ。
……ああ。
この子、海の中でも花を探してるんだね。
牡丹と蘭も、海藻の方をじっと見つめていた。
朝顔は、小さく頷いた。
「……ゆれてる」
「うん。水が動くたびに揺れるんだね」
…………。
……ああ。
地上の花とは違う綺麗さだなぁ。
◇
そのとき。
シセルさんが、少しだけ前へ進んだ。
「……あの貝……」
透明な壁の向こうに、小さな貝が見えた。
綺麗な渦巻き模様。
…………。
……おっ。
珍しい形だね。
シセルさんは、手を伸ばしかけて。
……あっ。
自分で、そっと止めた。
「……触っちゃ駄目でしたね」
「うん。でも、近くで見るのは大丈夫だよ」
私は、みんなの位置を確かめながら、少しだけ近づいた。
ただし、結界の外へは出さない。
……うん。
これなら、模様がよく見えるね。
「……本当に、綺麗です」
シセルさんが、ほっと笑った。
……ああ。
よかった。
見て楽しむだけでも、十分面白いよね。
◇
少し歩くと、足元の砂に、細い線が続いていた。
…………。
……おっ。
何だろう。
私は、しゃがんで見た。
砂の上を、何か小さなものが通った跡みたいだ。
……うん。
海の中にも、こういう跡が残るんだね。
ヘランさんが、興味深そうに覗き込んだ。
「……馬の足跡とは、全然違いますね」
…………。
……あはは。
それは、そうだね!
「小さな貝か、何かが移動した跡かもしれないね」
「へえ……」
ヘランさんは、しばらく真剣に見ていた。
…………。
……うん。
この子、生き物の様子を観察するのが好きなんだなぁ。
◇
さらに進むと、陽の光が揺れる場所へ出た。
海面から差し込む光が、砂地に細かな模様を描いている。
…………。
……おお。
これ、すごく綺麗!
光の筋が、ゆっくり動いてる。
地上では、こんな景色は見られないね。
「……わあ!」
ティティーさんが、嬉しそうに声を上げた。
アルマさんも、手帳を閉じたまま見入っている。
…………。
……おっ。
今日は、計算も忘れちゃった?
「……この景色は、お金じゃ買えませんね」
アルマさんが、ぽつりと言った。
…………。
……ああ。
いいこと言うね!
「そうだね」
私は、笑って頷いた。
……うん。
こんな景色を、みんなで見られるなんて。
ちょっと、贅沢すぎるかもしれない。
◇
「ねえ、リオンさん!」
シエルさんが、目を輝かせている。
「私たち、今、海の底を歩いてるんですよね!」
「うん!」
「……本当に、すごい!」
…………。
……ああ。
何度も同じことを言いたくなる気持ち、分かるよ。
私は、ふと頭上を見た。
青い水。
揺れる光。
遠くの魚。
…………。
……うん。
不思議だ。
足元は乾いた砂地なのに、頭上には海が広がっている。
……おお。
何だか、世界が逆さまになったみたい。
「……お父さん」
カトレアが、私を見上げた。
「ん?」
「……おさかなの、おうち?」
…………。
……あっ。
なるほど!
「そうだね。今は、お魚たちのお家へお邪魔してるんだね」
カトレアが、小さく頷いた。
「……こんにちは」
…………。
……ああ。
魚に、挨拶してる!
……可愛いなぁ。
◇
そのとき、海藻の向こうから、小さな魚が一匹出てきた。
薄い黄色の体。
尾びれの先が、少し白い。
魚は、結界の外側をゆっくり泳いでいる。
……おっ。
カトレアの前だね。
「……お父さん!」
「うん。見えるよ」
「……ちいさい!」
……ああ。
そうだね。
魚は、しばらくこちらの周りを泳いでいた。
まるで、大きな透明な壁を不思議そうに見ているみたいだ。
…………。
……いや。
魚が、何を考えてるかは分からないけど!
カトレアが、そっと手を振った。
「……ばいばい」
魚は、すいっと海藻の陰へ戻っていった。
…………。
……うん。
見送ってくれたみたいだね。
◇
ずいぶん歩いたように感じたけど、実際にはゆっくり進んでいただけだった。
……うん。
全員、ちゃんと私の近くにいる。
《サーチ》でも、周囲に危険な反応はない。
結界の中の空気も問題なし。
……よし。
順調だね。
「そろそろ、折り返そうか」
私が声をかけると、ティティーさんが振り返った。
「……もう?」
「うん。今日は、無理せず楽しもうね」
「……はーい!」
…………。
……おっ。
ちょっと名残惜しそうだけど、素直に返事をしてくれた。
ラギエさんが、頷く。
「そうだね。帰りも、全員まとまっていこう」
「はい!」
…………。
……うん。
帰りも、遠足だねぇ。
◇
同じ道を戻る途中。
今度は、景色が少し違って見えた。
さっき見た魚の群れが、少し遠くへ移動している。
光の向きも変わっていた。
…………。
……ああ。
同じ場所なのに、海はずっと動いてるんだね。
桜花が、静かに言った。
「……リオン様」
……おっ。
何か話したそうだね。
「ん?」
「以前、リピトの海でお待ちしていたとき、どのような景色をご覧になったのか気になっておりました」
…………。
……ああ。
そうだったんだね。
「こんな感じだったよ。あのときは、もっと深い場所まで行ったけど」
「……とても、美しい景色でございますね」
「うん。今日は一緒に見られて、よかった」
桜花が、ほんの少し微笑んだ。
「はい」
…………。
……ああ。
私も、嬉しいよ。
◇
岸が近づくと、頭上の青が少しずつ明るくなってきた。
砂地が、緩やかに上がっていく。
……うん。
もうすぐ、地上だね。
「みんな、あと少しだよ!」
「はーい!」
…………。
……ああ。
元気だなぁ。
カトレアは、私の手を握ったまま、上の方を見ている。
「……お父さん」
「ん?」
「……また、くる?」
…………。
……おっ。
「うん。いつかまた来ようね」
「……うん!」
……ああ。
すっかり気に入ったみたい。
よかったね。
◇
最後の波を抜けると、足元に乾いた砂浜が戻ってきた。
私は、全員がちゃんと陸へ出たことを確認した。
一、二、三……。
……うん。
二十一人、全員いる!
……よし。
そこで、《結界》を解除した。
ふわっ。
海風が戻ってくる。
波の音が、さっきより近く感じた。
…………。
「……おおお!」
ティティーさんが、大きく息を吐いた。
「すごかったー!」
「本当に、海の中を歩けた!」
「魚が、あんなに近くに!」
…………。
……あはは。
みんな、すごく嬉しそう!
ラギエさんも、満足そうに笑っていた。
「リオン。これは、なかなか忘れられない体験だったよ」
「そう言ってもらえて、よかったです」
……うん。
やってよかったねぇ。
◇
シセルさんが、そっと近づいてきた。
「……リオンさん」
「ん?」
「泳げない私でも、海の中を歩けました」
…………。
……ああ。
そうだね。
「楽しかった?」
「……はい。とても」
シセルさんが、静かに微笑んだ。
……うん。
それが、一番嬉しいな。
アルマさんも、頷いた。
「これなら、海が苦手な人でも景色を楽しめるんですね」
「うん。でも、誰でも勝手に入れるわけじゃないからね」
…………。
……うん。
安全な範囲で、私が結界を維持してるからできることだ。
シエルさんは、海の方へ何度も振り返っていた。
「……地図だけじゃ、分からないことばかりでした!」
……ああ。
そうだね。
実際に行ってみるのが、一番だもんね!
◇
夕方。
巴さんたちも、港から戻ってきた。
「お帰り、巴さん!」
「ただいま、リアリスちゃん」
巴さんの腕には、小さな買い物袋。
……おっ。
何か買ったんだね。
「何を見てきたの?」
「港の市場と、海辺のお店よ。珍しい香草もあったの」
「……おお!」
楽しそう!
一般メイドの三人も、嬉しそうに話してくれた。
貝殻の細工。
海の絵が描かれた小さな皿。
港で食べた、果物の甘いお菓子。
…………。
……ああ。
みんな、それぞれいい休日だったんだね。
「そっちは、どうだった?」
巴さんが尋ねた。
「うん! 海底散歩、大成功!」
…………。
……おっ。
巴さん、少し驚いてる?
「……海の底を、歩いたの?」
「そうそう!」
私は、みんなの楽しそうな様子を話した。
巴さんは、柔らかく笑った。
「ふふ。リアリスちゃんらしいわねぇ」
…………。
……あはは。
そうかな?
……うん。
そうかもしれないね。
◇
夕食の席は、いつにも増して賑やかだった。
ティティーさんたちは、海底で見た魚の話。
シエルさんは、砂地の起伏を覚えておこうとしている。
アルマさんは、あの景色を誰に説明すれば信じてもらえるか考えていた。
ヘランさんは、砂に残っていた小さな跡の話をしている。
ロロアさんは、やっぱり魚料理に夢中。
シセルさんは、カトレアと一緒に貝殻の袋を眺めていた。
…………。
……ああ。
賑やかだねぇ。
私は、桜花と顔を見合わせた。
「楽しかったね」
「はい。皆様にお喜びいただけて、何よりでございます」
……うん。
私も、そう思うよ。
◇
そして、リゾート滞在三日目。
……うん。
とうとう、最後の一日だね。
私は、朝の風に当たりながら、宿の庭を歩いていた。
遠くから、波の音が聞こえる。
…………。
……ああ。
いい天気。
今日も、思いっきり楽しめそうだ。
「……お父さん!」
聞き慣れた小さな声。
振り向くと、カトレアが駆け寄ってきた。
その後ろには、楓と杏子。
…………。
……おっ。
朝から元気だね。
「カトレア。今日は、何をしたい?」
カトレアは、少し考えてから答えた。
「……おしろ!」
…………。
……あっ。
そうだった!
昨日は海底散歩がメインになって、お城の二階建てまでできなかったんだよね。
「よし。今日は、お城を作ろうか!」
「……うん!」
楓が、小さく頷いた。
……ああ。
この子も、やる気だね。
……いや。
表情は、いつもと同じなんだけどね!
◇
朝の砂浜には、昨日より少しだけ人がいた。
でも、広い場所は十分に空いている。
私たちは、波が届きにくい少し高い場所を選んだ。
……うん。
これなら、途中で崩れにくいかな。
「それじゃあ、始めよう!」
カトレアが、嬉しそうに砂を集め始めた。
楓は、しゃがんで砂の湿り具合を確かめている。
藤が、水を運ぶための小さな桶を持ってきた。
…………。
……おお。
準備、万端!
杏子は、砂に小さな線を引いた。
「……ここ、壁」
……うん。
もう、配置まで決めてるんだね。
「じゃあ、私は土台を作ろうかな」
私は、手で砂を集め始めた。
……よし。
今度こそ、二階建て!
◇
しばらくすると、ほかのフラワーズも集まってきた。
蘭は、綺麗な貝殻を拾ってきた。
牡丹は、砂の山を丁寧に形づくっている。
撫子は、カトレアが使いやすいよう、道具を並べてくれた。
菖蒲は、波の届く位置を確認している。
朝顔は、小さな飾りを砂の上へ並べていた。
…………。
……ああ。
八人、また全員集合!
私は、何だか嬉しくなった。
「みんな、今日も手伝ってくれるの?」
小さな頷きが、いくつも返ってきた。
…………。
……うん。
ありがとう!
カトレアも、嬉しそうに笑っている。
「……みんなで!」
「そうだね。みんなで作ろう!」
◇
楓は、土台を見つめていた。
それから、小さな指で砂に線を引く。
「……ここ」
「ん?」
私は、近づいた。
……おっ。
なるほど。
二階の下を支える場所だね。
「ここを、もっと厚くした方がいい?」
楓は、小さく頷いた。
…………。
……ああ。
さすが。
私だったら、適当に盛って、崩して終わりそうだなぁ。
……うん。
今日は楓先生の言うとおりにしよう!
私は、楓の指した場所へ砂を足した。
藤が、少しだけ水を混ぜる。
…………。
……うん。
しっかりした土台になったね。
その上へ、ゆっくり二階部分を作っていく。
……おお。
本当にできそう!
◇
「……お父さん!」
カトレアが、両手を広げた。
「……できてる!」
「うん。まだ途中だけどね」
カトレアは、嬉しそうに笑った。
……ああ。
頑張ってるね。
すると、少し離れたところから声がした。
「わあ! また作ってる!」
ティティーさんだ。
商家の娘さんたち六人が、こちらへ歩いてきた。
「昨日もすごかったのに、今日はもっと大きい!」
シエルさんが、目を丸くした。
「二階建てなんですか!?」
「うん。挑戦中!」
…………。
……うん。
よかったら、みんなも手伝ってね。
私が声をかけると、ティティーさんが元気よく頷いた。
「もちろん!」
……おお。
今度は、さらに大所帯!
◇
ヘランさんは、砂の水分を調整するのが上手だった。
「少し湿らせた方が、崩れにくそうですね」
「そうなんだ。助かる!」
アルマさんは、使った桶や道具を、きちんと片づけてくれる。
……うん。
今日も、しっかりしてるね。
シセルさんは、小さな貝殻を使って、扉の模様を作った。
「……これで、どうでしょう」
「おお! 綺麗!」
ロロアさんは、塔のてっぺんに貝殻を置こうとしていた。
「ここに、これを……」
…………。
……おっ。
ちょっと、重そうだね。
私は、軽い貝殻を一つ渡した。
「こっちの方が、崩れにくいかもね」
「……なるほど!」
…………。
……うん。
みんな、真剣だ。
まさか、海へ来て砂のお城づくりにこんなに熱中するとはねぇ。
◇
護衛の冒険者さんたちも、交代で様子を見に来てくれた。
「……何これ」
クリスタインさんが、足を止めた。
「……城?」
「そうです!」
私が答えると、ラギエさんが笑った。
「昨日の海底散歩も驚いたけど、今日は砂で建築を始めたのかい」
…………。
……あはは。
そう言われると、何だか大仕事みたい!
ディロンスさんは、少し離れて城の形を眺めていた。
「……頑丈そう」
「そうでしょう?」
……うん。
楓が、ずいぶん考えてくれたからね。
エリオスさんも、穏やかに頷いた。
「カトレアちゃん、上手ですね」
カトレアが、嬉しそうに笑った。
「……うん!」
……ああ。
こうして褒めてもらえると、もっと頑張りたくなるよね。
◇
お昼前。
ようやく、砂のお城が完成した。
…………。
……おおお!
二階建て!
ちゃんと、一階部分があって。
その上に、小さな塔が並んでいる。
門もある。
階段らしきものまである。
…………。
……いや。
これ、もう砂の作品展に出せるんじゃない!?
私は、思わず笑った。
「すごいね、みんな!」
カトレアが、両手を上げた。
「……できたー!」
…………。
……ああ。
よかったね。
楓は、最後に小さな貝殻を置いた。
……うん。
これで、完成だね!
◇
「みんな、ちょっと離れて見てみようか」
私は、少し後ろへ下がった。
カトレアとフラワーズ。
商家の娘さんたち。
護衛さんたち。
……おお。
みんなで作ったお城が、砂浜の真ん中に立っている。
…………。
……うん。
いい景色だねぇ。
桜花が、静かに隣へ来た。
「……リオン様」
「ん?」
「見事でございますね」
「うん。私もそう思うよ」
…………。
……ああ。
こういうことを、みんなで楽しめるのが嬉しいな。
カトレアは、お城をじっと見ていた。
それから、ぽつりと言った。
「……おうち、いっぱい」
…………。
……あっ。
そうだね。
リアリス邸も、今では八つあるもんね。
「そうだね。どのお家にも、帰れるんだよ」
「……うん!」
……ああ。
よかった。
この子にとって、楽しい思い出になったらいいね。
◇
昼食は、宿の庭でいただいた。
今日は、海で獲れた魚の串焼き。
香草を混ぜた野菜料理。
それから、冷たい果物。
…………。
……おお。
外で食べると、また美味しいね!
巴さんたちは、今日は港の別のお店へ行くことにしたらしい。
……うん。
自由行動、楽しんでるみたいだね。
一般メイドたちも、今日は宿の庭でのんびりしたり、お店を覗いたりする予定だそうだ。
……ああ。
よかった。
いつもお仕事ばかりじゃ、疲れちゃうからね。
私は、魚の串焼きを一口食べた。
…………。
……うん!
美味しい!
ロロアさんも、向こうの卓で目を輝かせていた。
……あはは。
今日も、絶好調だね。
◇
午後は、波打ち際で遊ぶことにした。
ただし、今日は砂のお城づくりで結構体力を使った。
だから、深いところへは行かず、足元を少し濡らすくらい。
……うん。
これも、十分楽しいよね。
カトレアは、手にした小さな貝殻を、波にかざしていた。
「……お父さん」
「ん?」
「……これ、きらきら」
「そうだね」
……ああ。
陽の光に反射して、綺麗だ。
その隣では、牡丹と杏子が、波が来るたびに小さく足を動かしていた。
藤は、カトレアが転ばないよう、少し後ろに立っている。
楓は、海の方をじっと見ていた。
…………。
……うん。
今日も、穏やかだなぁ。
◇
少し離れたところでは、商家の娘さんたちが、楽しそうに話していた。
ティティーさんが、両手を広げる。
「本当に、来てよかったね!」
「うん!」
アルマさんが、嬉しそうに頷いた。
ヘランさんも、海を見つめている。
「馬車で七日もかかったけど、その価値がありましたね」
……うん。
確かに。
シエルさんが、地図を閉じた。
「また、別の海の町にも行ってみたいです!」
…………。
……おっ。
もう、次の旅の話!
シセルさんは、静かに笑っていた。
ロロアさんは、魚料理の話をしている。
…………。
……あはは。
みんな、変わらないねぇ。
でも、その変わらなさがいい。
◇
「リオンさん!」
ティティーさんが、私を呼んだ。
「ん?」
「昨日の海底散歩、本当にありがとうございました!」
「いえいえ。喜んでもらえて、よかったです」
「私、あの景色、一生忘れません!」
…………。
……おお。
それは、嬉しいな。
アルマさんも、頷いた。
「普段なら、絶対に見られない景色でしたから」
シエルさんは、まだ興奮した様子で続けた。
「海の底にも、あんなに光が届くなんて……!」
…………。
……ああ。
そうだね。
私も、驚いたもん。
私は、少し笑った。
「また、機会があればね」
「はい!」
…………。
……うん。
今日は、いい日だなぁ。
◇
夕方。
空が、柔らかな橙色へ変わり始めた。
私は、カトレアと浜辺を歩いていた。
桜花が、少し後ろからついてきている。
……ああ。
三日間なんて、あっという間だね。
「……お父さん」
「ん?」
「……あした、かえる?」
…………。
……あっ。
覚えてたんだね。
「うん。明日の朝になったら、みんなでお家へ戻ろうか」
「……うん」
……おっ。
ちょっと、寂しそう。
「でも、また遊びに来られるよ」
「……ほんと?」
「もちろん。お父さんと一緒なら、いつでも来られるからね」
カトレアが、少しだけ笑った。
「……やくそく」
「うん。約束!」
私は、小さな手を握った。
……ああ。
また、一緒に来ようね。
◇
夕食のあとは、宿の庭で皆と一緒に過ごした。
夜風が、少し涼しい。
遠くには、港の灯り。
波の音が、静かに響いている。
…………。
……うん。
賑やかだった三日間が、少しずつ終わっていく。
私は、空を見上げた。
星が、たくさん見える。
…………。
……おお。
綺麗だねぇ。
「……お父さん」
カトレアが、私の隣へ来た。
「ん?」
「……おほしさま、いっぱい」
「そうだね」
……ああ。
海だけじゃなく、空まで綺麗だなぁ。
フラワーズも、近くに集まってきた。
いつもは、それぞれの屋敷にいる八人。
今日は、全員揃っている。
……うん。
こういう時間、もっと増やしてあげたいね。
◇
巴さんも、庭へやって来た。
「リアリスちゃん」
「おっ。巴さん」
「三日間、とても楽しかったわ」
「うん。私も!」
巴さんは、少し微笑んだ。
「メイドさんたちも、いい休日になったって言っていたわよ」
…………。
……おお。
それは、よかった。
私は、静かに頷いた。
「また、みんなで来ようね」
「ええ」
…………。
……ああ。
次は、もっとゆっくり泊まってもいいかもしれない。
……いや。
すでに十分、ゆっくりしたかな?
……あはは。
こういう時間って、楽しいからすぐ終わっちゃうんだよね。
◇
ふと、桜花が私の隣へ来た。
「リオン様」
「ん?」
「皆様、とてもお喜びでございましたね」
「うん。そうだね」
……ああ。
初めての海。
色違いの水着。
貝殻拾い。
砂のお城。
そして、海底散歩。
…………。
……おお。
並べると、結構いろんなことをしたなぁ。
「桜花も、楽しめた?」
私が尋ねると、桜花は静かに頷いた。
「はい。皆様とご一緒できて、とても楽しかったです」
…………。
……ああ。
それが聞けて、よかった。
「また、一緒に来ようね」
「はい」
…………。
……うん。
次の旅も、楽しみだね。
◇
その夜。
私は、宿の窓から暗い海を眺めていた。
波の音。
遠くの灯り。
そして、静かな夜風。
…………。
……ああ。
いい三日間だった。
でも。
明日からは、また護衛の仕事だ。
商家の娘さん六人を、王都まで無事に送り届ける。
帰りも、馬車で七日間。
……うん。
もちろん、最後まできちんと守らないとね。
私は、少し笑った。
…………。
……ああ。
海底散歩は、楽しかったなぁ。
結界の外を泳ぐ魚。
光の差す海底。
カトレアの、あの嬉しそうな顔。
…………。
……うん。
忘れられない思い出になったね。
……さて。
明日も、頑張ろうかな!
……ただし。
今日よりは、もう少し静かな一日だといいなぁ。
…………。
……いや。
護衛の仕事に戻るんだから、そう簡単にはいかないかもしれないけどね!




