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第3話:リゾートだよ!全員集合

「……着いたーっ!」


 シルク王国南東部。


 海沿いの町、サフィリア。


 私は、目の前に広がる青い景色へ、思わず両腕を広げていた。


 ……おおお!


 海!


 海だ!


 いや。


 海そのものは、以前にも見たことがあるんだよね。


 目の前には白い砂浜。


 綺麗な宿。


 海を眺めるための大きな椅子。


 そして、三日間の滞在予定。


 …………。


 ……これは。


 ついに。


 ちゃんとした海のリゾートだー!


「……リオン」


 背後から、呆れたような声がした。


 …………。


「……はい?」


 振り返ると、護衛リーダーのラギエさんが腕を組んでいた。


「荷物の確認が、まだ終わってないよ」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


 私は、慌てて馬車へ戻った。


「すみません! 手伝います!」


「……本当に、海が好きなんだねぇ」


 ラギエさんが、くすくす笑った。


 ……うん。


 大好きです!


     ◇


 王都クーラルを出発して、七日目。


 私たちは、予定どおりサフィリアへ到着した。


 依頼人は、王都の商家の娘さん六人。


 ティティーさん。


 アルマさん。


 ヘランさん。


 ロロアさん。


 シエルさん。


 シセルさん。


 みんな十六歳で、小さい頃からの仲良しだ。


 護衛は、女性冒険者四人組。


 ラギエさん。


 ディロンスさん。


 クリスタインさん。


 エリオスさん。


 そして、私と桜花。


 …………。


 ……うん。


 女性十一人に、男性が私一人。


 最初は少し居心地が悪かったけど、七日間も一緒に旅をすれば慣れるものだね。


 みんな、気さくでいい人ばかり。


 ……ああ。


 道中は楽しかったなぁ。


 それにしても。


 魔獣の襲撃も、あっさり終わった。


 猪みたいな魔獣が馬車へ突っ込んでこようとしたときは、ちょっと驚いたけど。


 《即死》で片づいたし。


 …………。


 ……うん。


 護衛依頼は、やっぱり安全第一だね。


     ◇


「大きな鞄が六つ、小さな鞄が十二……」


 アルマさんが、手帳を開いて荷物を確かめている。


 黒髪に小さな眼鏡。


 旅のあいだ、誰よりもお金と荷物を気にしてくれていた子だ。


「よし。全部あります!」


「ありがとう、アルマ!」


 ティティーさんが、嬉しそうに両手を合わせた。


 この六人のまとめ役だ。


「リオンさんたちも、ありがとうございました!」


「いえいえ。無事に着いてよかったよ」


 私は、笑って返した。


 ヘランさんは、馬の首を優しく撫でている。


「七日間、お疲れさま。今日はゆっくり休んでね」


 ……うん。


 馬も、ほっとした顔に見える。


 ……いや。


 私に、馬の顔の細かい違いが分かるのかって?


 …………。


 ……うーん。


 たぶん、ヘランさんがそう言うなら、間違いない!


「ねえ、ねえ!」


 ロロアさんが、宿の玄関に掲げられた木札を指さした。


「夕食には、海の魚が出るんだって!」


 …………。


 ……おっ。


 早い!


 もう、食事の話!


 シエルさんは、宿の横に立てられた案内板と地図を見比べている。


「ここから浜辺へは、裏庭を抜けると近いみたいですね!」


 ……うん。


 こちらも、いつもどおり。


 シセルさんは、みんなの持ち物を静かに整えていた。


 …………。


 ……ああ。


 七日間で、すっかり見慣れた光景だね。


     ◇


 宿は、海を目の前にした大きな建物だった。


 外壁は白っぽく、窓には薄い青の飾り。


 中庭には、日差しを避けられる屋根つきの休憩所がある。


 海側には、小さな建物が何棟か並んでいた。


 ……おお。


 泊まる部屋だけじゃなく、離れまであるんだ。


「いらっしゃいませ」


 受付の女性が、丁寧に頭を下げた。


「ご予約のティティー様御一行ですね」


「はい! よろしくお願いします!」


 ティティーさんが、元気よく答えた。


 アルマさんは、すかさず予約の書類を取り出している。


 …………。


 ……おお。


 仕事が早い。


 ラギエさんも、宿の人と護衛の配置を確認していた。


 娘さんたちの部屋。


 護衛の部屋。


 荷物を置く場所。


 夜間の見回り。


 ……うん。


 こういう段取りは、やっぱり大切だ。


 私は、少し離れたところで話を聞いていた。


     ◇


「それでは、皆さん」


 ラギエさんが、私たちへ向き直った。


「まずは荷物を運んで、部屋を確認。そのあと休憩にしよう」


「はい!」


 ティティーさんたちが、声を揃えて答える。


 ……ああ。


 到着したって感じがするね。


「ただし、護衛の依頼はまだ続いてるからね。海で遊ぶあいだも、必ず誰かに声をかけてから移動して」


 ……うん。


 大事なことだ。


 自由時間になっても、依頼人の安全は守らないといけない。


 ディロンスさんが、静かに頷いた。


「海側の見張りは、私が確認する」


 クリスタインさんも、軽く手を挙げる。


「裏の小道は、私が見てくるわ」


 エリオスさんは、用意された救急道具を確かめていた。


「水辺ですから、怪我にも気をつけましょう」


 …………。


 ……うん。


 頼もしい人たちだねぇ。


「リオン、桜花も引き続き頼むよ」


「もちろん!」


「かしこまりました」


 ……よし。


 遊ぶ時間と、守る仕事。


 両方、ちゃんと楽しもう。


     ◇


 荷物を運び終えた頃には、夕方が近づいていた。


 海へ沈んでいく陽の光が、波を橙色に染めている。


 ……ああ。


 これは綺麗だなぁ。


 私は、宿の庭から海を眺めた。


 砂浜には、少しだけ人の姿。


 波打ち際を歩く家族。


 貝殻を拾う子ども。


 遠くで、船を片づけている漁師さん。


 …………。


 ……うん。


 平和だね。


「リオン様」


 桜花が、隣に並んだ。


「お部屋の確認は、すべて終わりました」


「ありがとう、桜花」


「はい。皆様のお荷物にも問題はございません」


 ……うん。


 よかった。


 私は、改めて海を見た。


「桜花。明日から、みんなが海で遊ぶんだよね」


「はい。そう伺っております」


「……私たちも、少し休みたいね」


 桜花が、小さく頷いた。


「よろしいかと存じます。ただし、護衛の任務は継続しておりますので」


「うん。そこは忘れてないよ」


 ……ああ。


 でも。


 せっかく、こんなに綺麗な場所に来たんだ。


 カトレアにも、見せてあげたいよね。


     ◇


「桜花。出発前に巴さんと話していた、カトレアを呼ぶ件なんだけど」


「はい。ご到着後、宿の方へ確認なさるご予定でしたね」


「うん。今日聞いてみたら、離れも空いてるんだって。だから、明日なら迎えに行けそうだよ」


「それは何よりでございます」


 ……うん。


 カトレア、ずっと楽しみにしていたもんね。


「それでさ。せっかくだから、フラワーズのみんなも一緒に呼べないかなって」


 桜花は、少し考えた。


「皆様、お喜びになると思います」


「……だよね!」


 ……ああ。


 いつも各邸を守ってくれている八人にも、少し休んでもらいたい。


 ただし。


 …………。


 ……あっ。


 全員が留守になる間の警備は、どうしよう。


「桜花。八つの屋敷の管理、ちゃんと考えておきたいね」


「一般メイドたちは各邸におりますし、既存の《結界》もございます。ですが、急な出来事に備える手段が必要かと」


 …………。


 ……うん。


 みんなを安心して呼ぶためにも、連絡方法は決めておきたい。


「じゃあ、到着の報告も兼ねて、巴さんと具体的に相談しようか。」


     ◇


 私は《映像通話》で、シルク王国邸の巴さんを呼び出した。


 光の画面が開く。


『はい、リアリスちゃん』


 …………。


 ……ああ。


 聞き慣れた声。


「巴さん、こんばんは!」


『こんばんは。無事に着いたのね』


「うん! 七日間、何とか予定どおり」


『よかったわ。桜花ちゃんも元気?』


「はい、巴さん。問題ございません」


 桜花が、隣から丁寧に答えた。


 ……うん。


 無事に着いたことも伝えられた。


 次は、出発前に話していた海へのお迎えについて、詳しく決めておこう。


「巴さん。この前相談したカトレアの件なんだけど、明日から三日間、宿の離れを使わせてもらえることになったよ」


『あら、よかったわ。カトレアちゃん、ずっと楽しみにしているのよ』


「……あはは。そうなんだ!」


 ……ああ。


 あの子の嬉しそうな顔が目に浮かぶね。


「それと、フラワーズのみんなも連れてきたいと思ってるんだ」


『ふふ。みんな喜ぶわね』


「うん。ただ、全員を呼んだら、それぞれの屋敷を守る子がいなくなるからさ」


『そうね。メイドさんたちへの引き継ぎと、緊急時の連絡方法を確認しておきましょう』


 ……うん。


 そこを、しっかり決めておこう。


     ◇


「各邸のメイドさんたちは、いつもどおり残ってもらおうと思うんだ」


『ええ。それなら、お仕事は回せると思うわ』


「《結界》もあるし、私が《転移》ですぐ戻ることもできる」


 巴さんは、静かに頷いた。


『でも、何かあったら、すぐ知りたいわね』


「……そう!」


 ……うん。


 そこを、何とかしたい。


 私は、少し考えた。


 そういえば、《想像魔法》には、離れた場所の様子を確かめる《状況把握》がある。


 それを巴さんにも使えるようにすれば……。


 …………。


 ……おお。


 いいじゃないか!


「巴さん。ちょっと便利な機能を付けてもいい?」


『……機能?』


「うん。いつでも各邸の危険を確認できるようにしたいんだ」


『あら。それができるなら、助かるわね』


 ……うん。


 まずは、実際に会って説明しよう。


「少しだけ、そっちへ戻るね」


『ええ。お茶でも用意しておくわ』


 …………。


 ……あはは。


 仕事の相談なのに、お茶まで出してくれるんだね。


     ◇


 宿の係の人とラギエさんへ、少しだけ外出すると伝えた。


 私が離れる間は、桜花が護衛側に残る。


 ……うん。


 これなら、依頼人のみんなも安心だね。


「気をつけてね」


 ラギエさんが言った。


「はい。すぐ戻ります!」


 …………。


 ……いや。


 本当に、一瞬なんだけどね。


 私は、宿の人から見えない場所へ移動した。


 それから。


「《転移》」


 …………。


 景色が変わる。


 目の前には、見慣れたシルク王国邸の庭。


 ……ああ。


 やっぱり、家って落ち着くねぇ。


 そして。


「……お父さん!」


 小さな声がした。


 …………。


 ……おっ!


「カトレア!」


 私は、両腕を広げた。


 カトレアが、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


 ……ああ。


 七日ぶり!


 私は、ぎゅっと抱きしめた。


「ただいま!」


「……おかえり!」


 …………。


 ……うん。


 これだけでも、帰ってきた甲斐があったね。


     ◇


 カトレアは、私の服をそっと掴んだ。


「……うみ?」


「うん。ちゃんと着いたよ!」


「……あおい?」


「とーっても青いよ!」


 カトレアが、目を輝かせた。


「……みたい!」


 …………。


 ……うん。


 もちろん!


「明日、遊びに行こうか」


「……ほんと!?」


「本当!」


 カトレアが、小さく飛び跳ねた。


「……やった!」


 ……ああ。


 よかった。


 この笑顔が見たかったんだよね。


 そこへ、巴さんがやって来た。


「リアリスちゃん、お帰りなさい」


「ただいま、巴さん!」


「ふふ。さあ、少しお茶にしましょうか」


 …………。


 ……うん。


 本当に、お茶を用意してくれてる!


     ◇


 居間で一息ついたあと、私は巴さんに相談の続きをした。


「各邸の様子を、現地に行かなくても分かるようにしたいんだ」


「そうね。危ないことが分かると安心できるわ」


「うん。だから、《状況把握》を巴さんにも使えるようにしようと思って」


 巴さんは、少し驚いた顔をした。


「……私にも?」


「もちろん」


 …………。


 ……うん。


 巴さんは魔力がゼロだから、普通の授与魔法とは相性が悪い。


 でも、ホムンクルスに永続的な機能を付ける方法なら問題ない。


 それに、今回は私が決めた範囲の機能だけを使えるようにする。


 ……よし。


 《状況把握》。


 八つの屋敷の危険や、緊急の出来事を確認できる機能。


 魔力の消費はなし。


 ずっと使えるように。


 私は、巴さんの手を取った。


「少しだけ、じっとしててね」


「ええ」


 《想像魔法》で、既存の《状況把握》の機能を巴さんに付与する。


 …………。


 ……うん。


 できた!


     ◇


「……あら」


 巴さんが、目を瞬かせた。


「どう?」


「……何となく、各邸の様子が分かるわ」


 …………。


 ……おお!


「本当?」


「ええ。誰かが困っていたり、危ないことが起きていたら、気づけそうね」


 ……うん。


 よかった。


 巴さんが、少し笑った。


「でも、普段の細かいことまでは分からないみたい」


「そうだね。見張りのためというより、緊急時に気づくためのものだから」


 …………。


 ……うん。


 キャッツが昼寝していたり、つまみ食いしていたり。


 そういうのまで見えたら、本人も落ち着かないだろうし。


 …………。


 ……いや。


 見えなくても、巴さんなら気づきそうだけどね!


「これで、どこかのお屋敷に何かあれば教えてね」


「ええ。任せてちょうだい」


 ……うん。


 頼りになるなぁ。


     ◇


「それから、もう一つ」


 私は、巴さんへ言った。


「巴さんから私へ、いつでも連絡できるようにしておこうか」


「……《映像通話》?」


「うん。簡易版だよ」


 …………。


 もともとの《映像通話》は、私が相手を指定して呼び出す魔法。


 今回は、巴さん側から私だけを呼べるようにしたい。


 これなら、緊急時に連絡しやすい。


 使う魔力は私が負担する設定にしておけば、巴さんの魔力がゼロでも大丈夫。


 ……うん。


 ちょうどいいね。


「《映像通話》(簡易版)を、巴さんに付与するよ」


「ありがとう、リアリスちゃん」


 私は、機能をそっと付与した。


 …………。


 ……よし。


 これで、準備できた!


「試してみようか」


「ええ」


 私は、庭へ出た。


 巴さんは居間に残る。


 しばらくして。


 ふわり。


 目の前に、小さな光の画面が現れた。


『リアリスちゃん、聞こえる?』


「聞こえるよ!」


 画面には、巴さんの顔。


 ……おお。


 ちゃんと通じた!


『ふふ。便利ねぇ』


「うん。何かあったら、これで連絡してね」


『分かったわ』


 …………。


 ……よし。


 これなら、海でも安心だ。


     ◇


 その夜、私は各邸のメイドたちへ、三日間の予定を伝えた。


 屋敷の管理は、いつもどおり。


 《結界》は維持。


 必要な連絡は、巴さんへ。


 危険があれば、私が《転移》で駆けつける。


 …………。


 ……うん。


 フラワーズ八人が同時に休んでも、家が無人になるわけじゃない。


 一般メイドたちが、ちゃんと仕事をしてくれる。


 ただし、少しでも不安があれば、交代で戻ってもらうつもりだ。


 ……よし。


 これで、みんなを招けそうだね。


 私は、カトレアを見た。


「明日、朝ご飯を食べたら、一緒に海へ行こうか」


「……うん!」


 小さな声が、弾んでいる。


 ……ああ。


 よかった。


 私も、明日が楽しみだ。


     ◇


 翌朝。


 私は、いつもより早く目が覚めた。


 ……うん。


 何だか、遠足の前の日みたいな気分だね!


 ただし。


 カトレアの方が、もっと早かった。


「……お父さん!」


 部屋の扉が、控えめに叩かれる。


「ん?」


「……あさ!」


 …………。


 ……あはは。


 分かってるよ!


 私は、急いで着替えた。


 食堂へ行くと、巴さんが朝食を用意してくれていた。


 今日は、鮭のおにぎりと具だくさんの豚汁。


 それから、きゅうりの浅漬けに季節の果物。


 ……おお。


 朝から、いい香り!


「たくさん遊ぶなら、しっかり食べていかないとね」


 巴さんが、微笑んだ。


「ありがとう、巴さん!」


 ……うん。


 でも。


 カトレア、気持ちはもう海に行ってるね。


「……お父さん」


「ん?」


「……はやく!」


「まずはご飯を食べようね」


「……うん!」


 …………。


 ……あはは。


 早い!


     ◇


 朝食のあと。


 私たちは、シルク王国邸の広い居間に集まった。


 カトレア。


 巴さん。


 そして、各邸から集まってきたフラワーズ八人。


 楓。


 藤。


 杏子。


 蘭。


 牡丹。


 撫子。


 菖蒲。


 朝顔。


 …………。


 ……おお。


 全員集合!


 こうして揃うと、やっぱり賑やか……。


 …………。


 ……いや。


 全員、静かだね!


 八人が、きちんと並んでこちらを見ている。


 ……うん。


 いつものことだけど。


 見た目は十三歳くらいの子たちが、無表情でずらっと並んでいると、なかなか不思議な光景だ。


「みんな、おはよう!」


「おはようございます、リアリス様」


 返事は、綺麗に揃った。


 ……おお。


 息ぴったり!


     ◇


「今日は、海で遊ぼうと思います!」


 私が言うと、牡丹が少し首を傾げた。


「……海?」


「うん。大きな水がずっと広がってるところだよ」


「……泳ぐ?」


「そうそう!」


 …………。


 ……おっ。


 興味あるみたいだね。


 菖蒲が、静かに手を挙げた。


「……リアリス様。屋敷の方は?」


「巴さんが状況を確認してくれるし、メイドさんたちも残ってるよ」


 ……うん。


 そこは、昨日ちゃんと決めたからね。


「何かあれば、すぐ戻れるようにしてある」


「……承知しました」


 菖蒲が、小さく頷いた。


 朝顔も、静かに頷いている。


「……それなら、安心」


 ……うん。


 みんな、真面目だねぇ。


 ちゃんと休むことも、仕事の一つにしていいんだよ。


     ◇


「ところで」


 私は、全員を見回した。


「水着は、持ってる?」


 …………。


 …………。


 ……うん。


 誰も答えない。


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 そもそも、みんな海へ遊びに行ったことがないんだもん。


「……では、こちらで用意するね!」


 私は《取り寄せ》で、子ども用の水着を何種類か取り出した。


 ふんわりした形のもの。


 小さなフリルがついたもの。


 飾りのリボンがあるもの。


 ……うん。


 カトレアにも、フラワーズにも似合いそうだね。


「まずは、みんなで選ぼうか」


 …………。


 楓が、静かに前へ出た。


「……これ」


 指さしたのは、橙色の水着。


「おっ。楓は、それがいい?」


 小さく頷く。


 ……うん。


 似合いそう!


     ◇


 そのあと、皆で色を選ぶことになった。


 フラワーズ八人の水着は、同じ形。


 肩に小さなフリルがついた、子ども用の可愛らしいワンピース型だ。


 違うのは、色だけ。


 楓は、オレンジ色。


 藤は、ラベンダー色。


 杏子は、サーモンピンク。


 蘭は、薄桜色。


 牡丹は、赤色。


 撫子は、ワインレッド。


 菖蒲は、すみれ色。


 朝顔は、ローズピンク。


 …………。


 ……おお。


 八色!


 まるで、花が並んでいるみたいだね。


「……かわいい」


 カトレアが、小さく呟いた。


「そうだね。みんな、可愛いね」


 ……ああ。


 これは、記念に残したくなるなぁ。


     ◇


「カトレアは、どうしようか」


 私が尋ねると、カトレアは少し考えてから、淡い黄色の水着を指さした。


 小さな白い花がついた、ふんわりした子ども用のワンピース型。


 ……ああ。


 この子らしい!


「それにする?」


「……うん!」


 ……うん。


 いいねぇ。


 花の飾りも、可愛い。


「それから、浜辺を歩くときの帽子も欲しいね」


 巴さんが、横から言った。


「そうだね!」


 私は、小さなつばの広い帽子も用意した。


 ……よし。


 これで、日差しの強いところでも安心だ。


 水着に着替えるのは、現地についてから。


 宿には、ちゃんと着替える部屋もあるからね。


 ……うん。


 いよいよ、楽しみになってきた!


     ◇


「巴さんは、水着、どうする?」


 私が尋ねると、巴さんはふふっと笑った。


「私は、いつもの服を少し涼しくしていくわ」


「……おっ」


 ……なるほど。


 そうだよね。


 巴さんは、みんなのお世話をしてくれるんだもんね。


 ただし。


 今日は、メイド服じゃない。


 白い薄手のブラウス。


 淡い青色の長いスカート。


 涼しそうなカーディガン。


 つばの広い麦わら帽子。


 …………。


 ……おお。


 すごく似合ってる!


「巴さん、お母さんみたいだね」


「ふふ。そうかしら?」


 …………。


 ……いや。


 いつも、お母さんみたいなんだけど。


 今日は、さらにお母さんって感じがする!


 私は、思わず笑った。


「すごく似合ってるよ」


「ありがとう、リアリスちゃん」


 ……うん。


 いいねぇ。


     ◇


 一般メイドも、三人だけ同行することになった。


 荷物や飲み物の準備。


 必要な着替え。


 日差しに弱い子たちへの気配り。


 ……うん。


 大人数で遊ぶなら、助けてもらえるとありがたい。


 ただし、目立つ必要はない。


 薄いベージュのシャツに、落ち着いた色の膝下スカート。


 日よけの帽子。


 涼しそうな、夏の普段着だ。


 ……おっ。


 メイド服じゃないと、ちょっと新鮮だね。


「リアリス様。お荷物は、こちらでまとめておきます」


「ありがとう!」


 …………。


 ……うん。


 今日は、みんなにも休める時間を用意しないとね。


 お世話ばかりさせていたら、申し訳ないし。


 巴さんも、三人へ優しく声をかけていた。


「交代で休憩しましょうね。無理はしないで」


「はい、巴様」


 ……うん。


 さすが、巴さん。


     ◇


 出発前に、私はフラワーズへ確認した。


「みんな、今日は遊ぶ準備できた?」


 杏子が、小さく頷いた。


「……はい」


 撫子も、静かに頷く。


「……楽しみです」


 …………。


 ……おっ。


 少しだけ、嬉しそう。


 蘭は、手に持った水着の包みを大事そうに抱えていた。


 藤は、ほとんど表情を変えずに、小さく親指を立てた。


 …………。


 ……おお。


 藤なりの『準備万端』だね!


 楓は、私の袖をちょこんと掴んだ。


「……いっしょ」


 ……ああ。


 うん。


「もちろん。一緒に行こうね」


 楓が、ほんの少しだけ目を細めた。


 …………。


 ……可愛い!


 ……いや。


 いつも思うけど、みんな可愛いんだよね。


     ◇


「それじゃあ、《転移》するよ」


 私が言うと、みんなが自然に近くへ集まった。


 行き先は、サフィリアの宿。


 人目につかない、裏庭の広い場所。


 昨日いた場所だから、位置ははっきり分かる。


 ……よし。


 私は、全員と荷物を包むように意識を集中した。


「《転移》」


 …………。


 ふわり。


 景色が変わる。


 庭の石畳。


 海風。


 波の音。


 …………。


 ……おお。


 到着!


「……わあ!」


 カトレアの小さな声が響いた。


 …………。


 ……あっ。


 海が、見えたんだね!


 私は、そっと手を握った。


「カトレア。あれが海だよ」


「……おおきい……!」


 ……うん。


 そうだよね。


 初めて見ると、本当にびっくりするくらい大きい。


 カトレアは、しばらく言葉もなく海を見つめていた。


 ……ああ。


 この景色を、一緒に見られてよかった。


     ◇


「……お父さん」


「ん?」


「……あおい!」


「うん。綺麗な青だね」


 カトレアが、ぎゅっと手を握った。


「……ずっと、みず?」


「そう。遠くの方まで、ずーっと水だよ」


 …………。


 ……うん。


 説明になってるのかな、これ。


 でも。


 今は、難しいことを言う必要はないよね。


 波の音を聞いて。


 風の匂いを感じて。


 ただ、綺麗だなって思ってくれたら。


 ……ああ。


 それだけで、十分だ。


 隣では、牡丹が海の方を見ていた。


「……広い」


「うん。広いね」


 菖蒲も、小さく頷く。


 朝顔は、静かに風へ顔を向けた。


 …………。


 ……うん。


 八人にとっても、新鮮な景色なんだね。


     ◇


 まずは、宿の受付へ向かった。


 昨日のうちに、追加の宿泊について話をしてある。


 幸い、離れの建物がいくつか空いていた。


 ……うん。


 本当によかった!


「おはようございます。昨日お願いした者です」


 受付の女性が、笑顔で頷いた。


「おはようございます。ご家族の皆様ですね」


「はい!」


 ……うん。


 人数が、かなり多いけどね。


 カトレアとフラワーズ八人。


 巴さんと一般メイド三人。


 …………。


 ……おお。


 十三人も増えた!


 私と桜花を入れると、家族だけで十五人。


 ……いや。


 あらためて数えると、大家族すぎない!?


 受付の人も、少し驚いていた。


 ……あはは。


 そうだよねぇ。


     ◇


「本日から三日間、こちらの離れをご利用いただけます」


 受付の女性が、案内してくれた。


 木でできた廊下。


 海へ向いた窓。


 涼しい風が通る広い居間。


 ……おお。


 いい部屋だね!


 人数分の寝具も、ちゃんとある。


 カトレアが、窓の外を覗き込んだ。


「……お父さん、みて!」


「ん?」


「……うみ!」


 …………。


 ……うん。


 さっきも見たけど。


 ここから見るのも、綺麗だね!


「夜はここで寝ようか」


「……うん!」


 ……ああ。


 楽しそうだなぁ。


 桜花も、荷物を静かに確認していた。


「リアリス様。お部屋は、すべて整っております」


「ありがとう。じゃあ、いよいよ海だね!」


 …………。


 ……いや。


 その前に、着替え!


     ◇


 ところで。


 私は、ふと大事なことを思い出した。


 この旅行では、冒険者として『リオン』と名乗っているんだった。


 ……うん。


 家族が増えたら、みんな普通に『リアリス様』って呼ぶよね。


 …………。


 ……あっ。


 これ、説明しておいた方がいいかも。


「みんな、ちょっとだけお願い」


 フラワーズが、こちらを見た。


「宿の人たちや護衛の皆さんの前では、私はリオンって呼ばれてるからね」


 楓が、小さく頷いた。


「……リオン」


「そうそう」


 藤も、静かに頷いた。


「……リオン様」


「うん。それでお願い」


 …………。


 ……ああ。


 やっぱり、説明してよかった。


 巴さんは、笑いながら言った。


「私は、ついリアリスちゃんって呼んじゃいそうね」


「……あはは。巴さんは、無理に変えなくてもいいよ」


 ……うん。


 知り合いの前で本名を呼ばれることは、たまにある。


 ただ、わざわざ大声で宣伝する必要もないからね。


 ……それに。


 カトレアの『お父さん』だけは、いつもどおりがいいな。


     ◇


 着替えの前に、私はラギエさんたちへ挨拶に向かった。


「おはようございます!」


 ラギエさんが、こちらを見る。


「おっ、リオン。今日は早いね」


「はい。家族を連れてきたんです」


 …………。


 ……うん。


 ちょっと人数、多いけど。


「……家族?」


 ラギエさんが、首を傾げた。


 私は、離れの方を指さした。


「娘と、家の仲間たちです。皆で少しだけ海を楽しもうと思いまして」


「……おお。そうだったのか!」


 …………。


 ……あっ。


 意外と、普通に受け入れてくれた。


「部屋は、ちゃんと別に取ってあります。もちろん、護衛の仕事は続けますよ」


「それなら、大丈夫。むしろ、人手が増えて賑やかでいいね」


 …………。


 ……うん。


 よかった!


 クリスタインさんが、興味深そうに笑った。


「ねえねえ、娘さんって、どんな子?」


「とっても可愛い子です!」


 …………。


 ……あっ。


 また即答しちゃった!


     ◇


 その頃、商家の娘さんたちも、海へ出る準備を始めていた。


 ティティーさんは、赤と白の縞模様が入った可愛らしいワンピース型の水着。


 アルマさんは、紺色の上着と短い水着用のパンツを合わせた、落ち着いた装い。


 ヘランさんは、深緑色の動きやすいスポーツ型。


 ロロアさんは、明るい黄色の水着に、薄い布を腰に巻いている。


 シエルさんは、空色に白い波の模様が入ったワンピース型。


 シセルさんは、淡い藤色の長袖の水着用上着と短いパンツ。


 …………。


 ……おお。


 みんな、選ぶものが違うんだね!


「リオンさん!」


 ティティーさんが、元気よく手を振った。


「今日は、たくさん遊びましょうね!」


「うん! ただし、遠くへ行くときは護衛の皆さんに声をかけてね」


「はーい!」


 …………。


 ……うん。


 今日も元気いっぱい!


 ロロアさんは、早くも海の近くの食堂を気にしていた。


 ……あはは。


 水着になっても、変わらないねぇ。


     ◇


 女性冒険者の四人も、準備を整えていた。


 ラギエさんは、深い赤色のスポーティーな水着に、水辺でも動きやすい短いパンツ。


 ディロンスさんは、濃い青色のシンプルなワンピース型。


 クリスタインさんは、琥珀色の水着用上着と短いパンツの組み合わせ。


 エリオスさんは、淡い水色の長袖の水着用上着と、膝までの水着用パンツ。


 ……うん。


 みんな、動きやすそうだ。


 護衛だから、いざというときに走れることも大事だもんね。


「どう? リオン」


 ラギエさんが、笑った。


「海辺用の装備も、ちゃんと考えてあるんだよ」


「さすがですね!」


「もちろん、見張りは交代制。みんなで一度に泳ぐわけにはいかないからね」


 ……ああ。


 なるほど。


 水着にはなっても、しっかり仕事はしてるんだね。


「私も、そちらを手伝います」


 私が言うと、ラギエさんは頷いた。


「頼むよ。お互い、空いた時間に休もう」


 ……うん。


 それがいいね。


     ◇


 私は、離れへ戻って水着に着替えた。


 濃い紺色の水着用パンツ。


 日差しを避けられる薄手の上着。


 それから、履きやすいサンダル。


 …………。


 ……うん。


 ごく普通!


 これなら、海で遊んでも、護衛の仕事をしても大丈夫そう。


 私は、鏡を見た。


 ……ああ。


 異世界へ来てから、まだ八か月くらい。


 こんな格好で、普通に海へ遊びに行けるなんてねぇ。


 ……いや。


 普通と言うには、同行人数がちょっと多いけど!


「……お父さん!」


 扉の向こうから、カトレアの声がした。


「ん?」


「……できた!」


 …………。


 ……おっ。


 着替え、終わったんだね!


 私は、廊下へ出た。


     ◇


 そこにいたのは、淡い黄色の水着を着たカトレアだった。


 胸元には、小さな白い花。


 肩には、ひらりとした飾り。


 頭には、お揃いの麦わら帽子。


 …………。


 ……ああ。


 可愛い!


「お父さん!」


「すごく似合ってるよ!」


「……えへへ!」


 カトレアが、小さく一回転した。


 ……うん。


 これなら、今日もたくさん遊べそうだね。


「歩きやすい?」


「……うん!」


「きついところはない?」


「……ない!」


 ……よし。


 水に入っても動きやすそうだ。


 私は、そっと手を取った。


「じゃあ、みんなを呼んでこようか」


「……うん!」


 …………。


 ……ああ。


 これ、絶対楽しい一日になるね!


     ◇


 そのとき。


 廊下の奥から、小さな足音がいくつも聞こえてきた。


 …………。


 ……おっ。


 来たかな。


 振り向くと、フラワーズ八人が並んでいた。


 …………。


 …………。


 ……おおお!


 さっき選んだ、色違いの水着!


 同じ形の可愛らしいワンピース型。


 でも、色はみんな違う。


 楓のオレンジ。


 藤のラベンダー。


 杏子のサーモンピンク。


 蘭の薄桜色。


 牡丹の赤。


 撫子のワインレッド。


 菖蒲のすみれ色。


 朝顔のローズピンク。


 …………。


 ……ああ。


 何だか、花壇がそのまま歩いてきたみたいだね!


 私は、思わず笑った。


「みんな、すごく似合ってるよ!」


 …………。


 八人が、こちらを見る。


 表情は、いつもどおり控えめ。


 でも。


 少しだけ、口元が緩んだ子もいた。


 ……ああ。


 嬉しそうだね。


     ◇


 牡丹が、最初に口を開いた。


「……リアリス様。泳ぐ?」


「うん。あとでね!」


「……了解」


 蘭は、両手を小さく広げて、水着の袖を確かめていた。


「……動きやすい」


「そうだね。水遊び用だからね」


 ……うん。


 よかった。


 菖蒲は、窓から海の方を見ている。


 朝顔も、静かに隣へ並んだ。


「……波」


「……綺麗」


 …………。


 ……ああ。


 この二人、海を眺めるのが好きそうだね。


 撫子は、カトレアの帽子をそっと整えていた。


 杏子は、花の飾りを指さす。


「……可愛いですね」


「……うん!」


 カトレアが、嬉しそうに頷いた。


 ……ああ。


 みんな、仲良しでいいねぇ。


     ◇


 楓は、私のそばへ来た。


 オレンジ色の水着。


 橙色の短い髪。


 ……うん。


 すごく似合ってる。


「……どう?」


「とっても可愛いよ」


 楓は、小さく頷いた。


 それから、私の手をそっと握る。


 …………。


 ……うん。


 今日は、たくさん一緒に遊ぼうね。


 藤も、静かに近づいてきた。


「……準備、完了」


「ありがとう、藤!」


 ……おお。


 頼もしいねぇ。


 私は、八人を見回した。


 この子たち、普段はそれぞれの屋敷を守ってくれている。


 こうして全員でお休みするのは、なかなかないことだ。


 ……うん。


 たまには、こんな日があってもいいよね。


     ◇


「リアリスちゃん」


 巴さんの声がした。


 振り向くと、昨日選んだ夏服で立っている。


 白いブラウス。


 淡い青色の長いスカート。


 麦わら帽子。


 …………。


 ……ああ。


 やっぱり、お母さんみたい!


「みんな、そろそろ浜辺へ行けそうよ」


「うん!」


「お飲み物と、日差しを避ける布も用意してもらったわ」


 …………。


 ……おお。


 さすが!


 後ろには、夏の普段着姿の一般メイド三人がいた。


 淡い色の服と帽子。


 それぞれ、荷物を手に持っている。


 ……うん。


 メイド服じゃないと、普通の旅行客みたいだね。


「ありがとう。お世話ばっかりじゃなく、休憩もしてね」


「ありがとうございます、リアリス様」


 …………。


 ……ああ。


 みんなも、楽しんでくれるといいな。


     ◇


 そして。


「リアリス様」


 最後に、桜花がやってきた。


 …………。


 …………。


 ……おっ。


 …………。


 ……おお。


 白いビキニ。


 銀色の短いおかっぱ。


 普段のメイド服や戦闘用の装いとは、まるで違う。


 ……ああ。


 桜花も、今日は海で遊ぶ準備ができたんだね。


「……どうでしょうか」


 桜花が、静かに尋ねた。


 …………。


 ……うん。


「すごく似合ってるよ、桜花」


 桜花は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「ありがとうございます」


 …………。


 ……ああ。


 この子とも、いろんなところへ行ったなぁ。


 森。


 王都。


 魔王国。


 オリミスの落とし物を探しに行った、あの海岸。


 ……うん。


 でも今日は、仕事ばかりじゃない。


「桜花も、一緒に遊ぼうね」


「はい。喜んで」


 …………。


 ……ああ。


 その返事が、何だか嬉しかった。


     ◇


 海へ向かう前に、私は全員へ声をかけた。


「みんな、少しだけ聞いてね」


 …………。


 フラワーズが、こちらを向く。


 カトレアも、私の隣で立ち止まった。


「海は楽しいけど、波もあるし、急に深くなる場所もあるからね」


「……うん」


 カトレアが、真剣に頷いた。


「深いところには行かない。泳ぐときは、必ず大人と一緒に」


 ……うん。


 何より、安全第一だ。


「フラワーズのみんなも、泳げるからって遠くまで行っちゃ駄目だよ」


 牡丹が、小さく手を挙げた。


「……どこまで?」


「今日は、あの岩の手前までにしよう」


 私は、砂浜の端に見える大きな岩を指さした。


 …………。


 ……よし。


 分かりやすい目印だね。


 全員が、小さく頷いた。


 ……うん。


 これで、楽しく遊べそう。


     ◇


 浜辺へ出ると、潮風が肌を撫でた。


 ざざっ。


 ざざっ。


 白い波が、砂浜へ寄せては返す。


 …………。


 ……ああ。


 いい音だねぇ。


 カトレアが、私の手を引いた。


「……お父さん!」


「ん?」


「……すな!」


 …………。


 ……おっ。


 そうだね。


 海だけじゃなくて、砂浜も初めてだよね。


「歩いてみようか」


「……うん!」


 サンダルを脱いで、砂に足を置く。


 さらさら。


 少しだけ、温かい。


 ……うん。


 気持ちいいなぁ。


 カトレアも、そっと一歩踏み出した。


「……やわらかい!」


「そうだね」


 …………。


 ……ああ。


 この反応を見るだけで、来てよかったと思うね。


     ◇


 その少し先では、ティティーさんたち六人が砂浜へ駆け出していた。


「海だー!」


 ティティーさんの声。


「ちょっと、走りすぎないで!」


 アルマさんが、すぐに追いかける。


 ヘランさんは、砂の歩きにくさを確かめながら、友人たちに声をかけていた。


 ロロアさんは、海沿いの屋台を見つけたらしい。


 …………。


 ……あっ。


 もう、何か食べたいんだね!


 シエルさんは、波打ち際の位置と地図を見比べている。


 シセルさんは、拾った小さな貝殻を手のひらに乗せていた。


 …………。


 ……うん。


 みんな、楽しそうだ。


「リオンさん!」


 ティティーさんが、こちらへ手を振った。


「こっちも、すごく綺麗ですよ!」


「うん! あとで行くね!」


 …………。


 ……ああ。


 どこを見ても、海なんだねぇ。


     ◇


 ラギエさんたちは、海辺での護衛位置を確認していた。


 ディロンスさんは、日陰から浜辺全体を見渡せる場所へ。


 クリスタインさんは、波打ち際へ続く道を見張る。


 エリオスさんは、飲み水と救急道具が置かれた休憩所の近く。


 ラギエさんは、皆の間を行き来していた。


 ……うん。


 水着になっても、しっかり仕事してるね。


 私は、少しだけ海の方へ目を向けた。


 《サーチ》で、近くに危険な魔獣がいないかを確認する。


 ……よし。


 このあたりは、問題なさそう。


 ただし、遠くまで行けば分からない。


 だから今日は、みんなで決めた範囲の中だけ。


「桜花。近くの海は、大丈夫そうだよ」


「はい。引き続き、周囲を確認いたします」


 ……うん。


 これなら、安心だね。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、私の袖を引いた。


「ん?」


「……はいって、いい?」


 小さな指が、波打ち際を指している。


 …………。


 ……おっ。


 もう、水に入りたいんだね!


「うん。でも、まずは足だけね」


「……うん!」


 私は、カトレアの手を握った。


 ゆっくり、波の近くへ歩いていく。


 ざざっ。


 波が、足先へ届く。


「……ひゃっ!」


 カトレアが、少し驚いた。


 …………。


 ……あっ。


 冷たかった?


「……つめたい!」


「そうだね。ちょっと冷たいね」


 カトレアが、くすくす笑った。


 ……ああ。


 よかった。


 怖がってないみたいだ。


「もう一回、来るよ」


「……うん!」


 ざざっ。


 今度は、カトレアが自分から足を出した。


「……きた!」


 …………。


 ……あはは。


 楽しそう!


     ◇


 その様子を見ていた牡丹が、そっと近づいてきた。


「……私も」


「もちろん!」


 牡丹も、水の中へ小さく足を入れる。


「……冷たい」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


 楓と藤も、少し遅れてやってきた。


 杏子は、砂の上に小さなしるしを描いている。


 蘭と撫子は、並んで波の様子を見ていた。


 菖蒲と朝顔は、少し離れたところで、ゆっくり足を濡らしている。


 …………。


 ……ああ。


 同じ海でも、みんな反応が違う。


 面白いねぇ。


 私は、少しだけ笑った。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、波の向こうを指さした。


「……あれ、なに?」


「ん?」


 見ると、小さな白いものが、波に揺れていた。


 …………。


 ……あっ。


 貝殻かな。


 私は、足元の浅いところから小さな貝殻を拾った。


 水で軽く洗う。


 ……うん。


 綺麗な形だね。


「ほら、貝殻だよ」


「……かいがら?」


「うん。海にいる貝の殻なんだ」


 カトレアが、そっと受け取った。


「……おはな、みたい」


 …………。


 ……ああ。


 言われてみれば、模様が花みたいだね。


「帰ったら、飾ってみようか」


「……うん!」


 ……うん。


 今日も、お土産が一つ増えたね。


     ◇


 しばらくすると、ティティーさんたちがこちらへやってきた。


「あっ! その子が、リオンさんの娘さんですか?」


「うん。カトレアだよ」


 私は、しゃがんでカトレアへ顔を向けた。


「カトレア。こちらは、海まで一緒に旅をしてきたお姉さんたちだよ」


 カトレアが、少し緊張した顔で前を向く。


「……こんにちは」


「こんにちは!」


 ティティーさんが、明るく笑った。


「私はティティー。よろしくね!」


「……うん」


 …………。


 ……おお。


 ちゃんと挨拶できた。


 ロロアさんも、目を輝かせていた。


「かわいい! あのね、この町、お魚がすっごく美味しいんだって!」


 …………。


 ……あはは。


 ロロアさん。


 初対面でも、まず食べ物なんだね!


 カトレアが、小さく笑った。


「……おさかな、すき」


「本当!? じゃあ、あとで食べようね!」


 …………。


 ……うん。


 早くも仲良くなれそう!


     ◇


 シセルさんは、カトレアの手にある貝殻を見つめた。


「……綺麗ですね」


「……うん」


「よかったら、あとで貝殻を入れる袋を作りましょうか」


 …………。


 ……おっ。


 さすが、裁縫が得意な子!


 カトレアが、ぱっと顔を上げた。


「……いいの?」


「はい」


「……ありがとう!」


 シセルさんが、柔らかく微笑んだ。


 ……ああ。


 この二人、雰囲気が似ているね。


 アルマさんは、その横で小さく頷いていた。


「貝殻を持ち帰るなら、割れないようにしたいですからね」


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、しっかりしてる!


 ヘランさんは、みんなの帽子が風で飛ばないように気にしてくれていた。


 シエルさんは、海岸の地図をカトレアへ見せている。


 ……うん。


 六人とも、優しいお姉さんたちだ。


     ◇


「……ところで」


 ティティーさんが、フラワーズの方を見た。


「そちらの子たちも、ご家族ですか?」


「うん。家で一緒に暮らしてる子たちだよ」


 …………。


 ……いや。


 正確には、それぞれ屋敷の仕事もしてるんだけどね。


「みんな、同じ形の水着!」


 シエルさんが、嬉しそうに声を上げた。


「色だけ違うんですね!」


「そうそう」


「かわいい!」


 …………。


 ……うん。


 私も、そう思います!


 牡丹が、少しだけ首を傾げた。


「……ありがとう」


 ティティーさんが、にっこり笑った。


「どういたしまして!」


 ……ああ。


 フラワーズは、初対面の人にはあまり愛想を振りまかないけど。


 こうして普通に話しかけてもらえるのは、嬉しいんじゃないかな。


 少なくとも、牡丹はほんの少しだけ口元が緩んでいた。


     ◇


 そこへ、巴さんが飲み物を持ってきてくれた。


「皆さん、少し休憩にしましょうか」


 …………。


 ……おっ。


 助かる!


 日差しの強い場所に、ずっといるのは疲れるからね。


「ありがとう、巴さん!」


 私が声をかけると、巴さんは微笑んだ。


「ふふ。水遊びも、休み休みよ」


 ……うん。


 まるで、本当にお母さんだ。


 ティティーさんたちも、丁寧にお礼を言っていた。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。喉が渇く前に飲んでくださいね」


 …………。


 ……ああ。


 こういう場面、巴さんらしいなぁ。


 一般メイドたちも、日陰の椅子を整えてくれている。


 ただし、三人とも交代で休んでもらう約束だ。


 ……うん。


 今日は、みんなの休暇でもあるからね。


     ◇


 休憩所へ戻ると、そこには小さな机があった。


 冷たい飲み物。


 果物。


 食べやすい大きさのお菓子。


 ……おお。


 すごい!


「巴さん、これ、全部用意したの?」


「ええ。みんなで食べられるようにね」


 …………。


 ……ああ。


 ありがたいなぁ。


 カトレアは、果物を一口食べて嬉しそうにしている。


 フラワーズは、静かに飲み物を受け取っていた。


 杏子が、小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして、杏子ちゃん」


 ……うん。


 この雰囲気、何だか好きだな。


 海の音を聞きながら、みんなでおやつを食べる。


 …………。


 ……最高!


     ◇


 そのとき、巴さんがふと顔を上げた。


「……あら?」


 …………。


 ……おっ。


「どうしたの?」


「《状況把握》に、少し反応があったわ」


 …………。


 ……えっ。


 何かあった!?


 私は、すぐに姿勢を正した。


「どこのお屋敷?」


「シルク王国邸の裏庭よ。……でも、危険ではないみたい」


 …………。


 ……うん?


 巴さんは、少し考えてから微笑んだ。


「メイドさんが、荷物を運ぶときに花壇の鉢を倒しそうになったみたい。ちゃんと支えたから大丈夫よ」


 …………。


 ……おお。


 そんなことまで分かるんだ。


「じゃあ、問題ないね」


「ええ。念のため、あとで確認しておくわ」


 …………。


 ……うん。


 ちゃんと使えてるね。


 これなら、みんなも安心して休めそう。


 私は、もう一度海を見た。


 …………。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


     ◇


 少し休んだあと、今度は砂浜で遊ぶことになった。


 カトレアが、砂を手のひらに乗せている。


「……お父さん」


「ん?」


「……おしろ!」


 …………。


 ……おっ!


 砂のお城!


「いいね。作ってみようか」


「……うん!」


 私は、しゃがんで砂を集め始めた。


 まずは、大きな山。


 それから、周りに溝。


 ……うん。


 子どもの頃、こんなことをした気がするなぁ。


 カトレアも、一生懸命砂を集めている。


 そこへ、藤が静かに近づいてきた。


「……手伝う」


「ありがとう、藤」


 …………。


 ……うん。


 心強い助っ人だね。


     ◇


 続いて、楓がやってきた。


「……ここ」


 楓が、砂山の横を指さした。


「ん?」


 私は、そこを見た。


 ……おっ。


 崩れそうなところだね。


「どうしたらいいかな?」


 楓は、小さな手で砂を押さえ、水を少し足した。


 それから、別の砂を重ねる。


 …………。


 ……おお。


 崩れない!


「すごいね、楓!」


 楓は、静かに頷いた。


 …………。


 ……うん。


 この子、やっぱり頭がいいなぁ。


 砂のお城なのに、構造まで考えてるみたい。


 ……いや。


 考えすぎじゃない?


 ……あはは。


 まあ、いっか。


     ◇


 牡丹と杏子も、砂のお城づくりに加わった。


 蘭は、小さな貝殻を集めている。


 撫子は、カトレアが座る場所へ日よけを動かしてくれた。


 菖蒲は、波がどこまで来るかを確かめている。


 朝顔は、できあがった壁の形を静かに見ていた。


 …………。


 ……おお。


 いつの間にか、全員参加!


 私は、思わず笑ってしまった。


「みんな、ありがとう!」


 …………。


 八人が、こちらを見る。


 表情は控えめ。


 でも、何だか楽しそうだ。


 ……うん。


 こういう時間も、大事だね。


     ◇


 しばらくすると。


 砂浜に、大きなお城ができあがった。


 …………。


 ……おおお!


 すごい!


 塔があって。


 壁があって。


 小さな門まである。


 ……いや。


 もはや、私が想像していた砂のお城より、ずっと立派!


 楓が、最後に小さな貝殻を置いた。


 …………。


 ……うん。


 完成!


「……お父さん!」


 カトレアが、嬉しそうに私を見た。


「……できた!」


「うん。すごいね!」


 カトレアが、にっこり笑った。


 ……ああ。


 これは、写真を残したくなるなぁ。


 …………。


 ……そうだ。


 今度、記録用の道具を雑貨屋で探してみようかな。


 ……いや。


 今は、ちゃんとこの景色を目に焼き付けよう。


     ◇


 そのお城を見つけたシエルさんが、目を丸くした。


「……えっ! すごい!」


 ティティーさんも、近づいてくる。


「こんなに大きいの、どうやって作ったんですか!?」


 …………。


 ……あはは。


 ちょっと頑張りすぎたかな。


「みんなで、少しずつ作ったんだよ」


「へえ!」


 アルマさんが、崩れない壁をじっと見た。


「……すごくしっかりしていますね」


 …………。


 ……うん。


 たぶん、楓のおかげだね。


 私は、そっと楓を見た。


 楓は、何も言わずに小さく頷いた。


 …………。


 ……ああ。


 さすが!


 ロロアさんは、近くの貝殻を見ていた。


「……この貝、食べられるのかな」


 …………。


 ……いや!


 そこは、お城を見てあげて!


 みんなが、思わず笑った。


     ◇


 午後になると、海風が少し強くなった。


 でも、空は相変わらず綺麗な青。


 波も、穏やかだ。


 ……うん。


 いい天気だね。


 私は、砂浜に敷かれた大きな布の上へ座った。


 隣には、カトレア。


 少し離れたところでは、桜花がフラワーズを見守っている。


 白い水着が、青い海によく映えていた。


 …………。


 ……ああ。


 いい景色だねぇ。


「お父さん」


「ん?」


「……たのしい!」


「うん。楽しいね!」


 …………。


 ……うん。


 これが、一番嬉しい。


 カトレアが、こうして笑ってくれる。


 みんなも、楽しそうにしている。


 ……ああ。


 来てよかったなぁ。


     ◇


「リオン様」


 桜花が、私の隣へ来た。


「お休みにならなくて、よろしいのですか」


「……ん?」


「先ほどから、皆様のお世話をなさっておりましたので」


 …………。


 ……おっ。


 確かに。


 カトレアと遊んで。


 フラワーズの様子を見て。


 商家の娘さんたちへ挨拶して。


 護衛の皆さんとも、連絡を取り合って。


 ……うん。


 結構、忙しいね!


「でも、楽しいから大丈夫だよ」


 私が言うと、桜花は静かに頷いた。


「それなら、何よりでございます」


 …………。


 ……ああ。


 桜花も、少しだけ休んでほしいな。


「ねえ、桜花」


「はい」


「少し、海辺を歩こうか」


 ……うん。


 せっかく、一緒に来たんだもんね。


「はい。喜んで」


 …………。


 ……よし。


 行こう!


     ◇


 カトレアは、巴さんとフラワーズにお願いした。


 私は、桜花と波打ち際をゆっくり歩いていく。


 ざざっ。


 ざざっ。


 波の音。


 風の匂い。


 砂の感触。


 …………。


 ……ああ。


 落ち着くねぇ。


「桜花」


「はい」


「前に海へ来たときは、神様の落とし物探しだったよね」


「はい。リピトの海でございました」


「……うん。大きなマグロだったなぁ」


 桜花が、少し微笑んだ。


「大変な一日でございましたね」


「本当にね!」


 …………。


 ……あはは。


 あのときは、空を飛ぶ魔法まで作ったんだっけ。


 ……いや。


 神様の盾を拾いに行って、何でそんなことになったんだろうねぇ。


「でも、今日は違うね」


「はい」


 桜花が、海を見た。


「とても、穏やかでございます」


 …………。


 ……うん。


 そうだね。


     ◇


 少し歩いた先に、小さな岩場があった。


 私は、そこで足を止めた。


「この辺りで戻ろうか」


「かしこまりました」


 ……うん。


 護衛のこともあるし、あまり遠くへは行けないからね。


 私は、振り返った。


 遠くに、小さな黄色い水着のカトレア。


 その周りに、色違いの水着のフラワーズ。


 涼しそうな夏服の巴さん。


 一般メイドたち。


 そして、浜辺で遊ぶ商家の娘さんたち。


 ……ああ。


 すごく賑やかだねぇ。


「……桜花」


「はい」


「こういう時間、ずっと続くといいね」


 桜花が、私を見た。


 それから、静かに微笑んだ。


「はい。私も、そう願っております」


 …………。


 ……うん。


 よかった。


 私は、そっと頷いた。


     ◇


 夕方。


 空が、少しずつ橙色になってきた。


 私は、皆へ声をかけた。


「そろそろ、今日は終わりにしようか」


「……ええっ!」


 最初に声を上げたのは、ロロアさんだった。


 …………。


 ……おっ。


 まだ遊びたい?


「……もう、夕食の時間?」


 …………。


 ……あっ。


 そっち!


 ティティーさんが、大きく笑った。


「ロロア、結局ずっと食べ物のこと考えてる!」


「だって、海のお魚が楽しみだったんだもん!」


 …………。


 ……あはは。


 そうだよね。


 旅の間、ずっと話してたもんね。


 アルマさんが、手帳を閉じた。


「そろそろ、宿の夕食の時間ですね」


 ……うん。


 いい頃合いだ。


     ◇


 カトレアは、砂のお城を名残惜しそうに見ていた。


「……お父さん」


「ん?」


「……あしたも、ある?」


 …………。


 ……あっ。


 お城のことかな。


「波が来たら、少し崩れちゃうかもしれないね」


「……そっか」


 小さな声が、少しだけ寂しそうになる。


 ……ああ。


 そうだよね。


 頑張って作ったんだもんね。


 私は、そっと頭を撫でた。


「でも、明日もまた作れるよ」


「……うん?」


「今度は、もっと大きいのを作ってみようか」


 カトレアが、ぱっと顔を上げた。


「……おおきい!」


「うん!」


 ……ああ。


 よかった。


 笑ってくれた。


 その横で、楓が静かに砂のお城を見つめていた。


「……次は、二階」


 …………。


 ……えっ。


 二階建て!?


 ……いや。


 砂で?


 …………。


 ……うん。


 楓なら、できそうなのが怖い!


     ◇


 宿へ戻ると、皆で温かいお湯を使って砂と潮を落とした。


 それぞれ部屋へ戻り、着替える。


 …………。


 ……ああ。


 さっぱり!


 私は、ゆっくり伸びをした。


 海で遊ぶのって、思っていたより体力を使うんだね。


 ……うん。


 でも、気持ちのよい疲れだ。


 夕食の準備ができたというので、皆で食堂へ向かった。


 今夜は、海で獲れた魚を焼いた料理。


 野菜の煮込み。


 それから、貝の入ったスープ。


 …………。


 ……おお!


 美味しそう!


 ロロアさんが、目を輝かせている。


 ……うん。


 今日、一番の笑顔かもしれない!


     ◇


 食堂には、賑やかな声が広がっていた。


 ティティーさんたち六人。


 ラギエさんたち四人。


 私と桜花。


 それから、カトレアたち。


 …………。


 ……おお。


 ものすごい人数だねぇ。


 でも、皆それぞれ楽しそう。


 シエルさんが、明日の海岸の地図を広げていた。


 ヘランさんは、馬たちの様子も確認してくれている。


 シセルさんは、拾った貝殻の袋をカトレアへ渡してくれた。


「……ありがとう!」


 カトレアが、小さく頭を下げる。


 ……ああ。


 よかったね。


 私は、焼き魚を一口食べた。


 …………。


 ……うん!


 美味しい!


「巴さん。帰ったら、こういう魚料理も作れそうだね」


「ふふ。お魚なら、いろいろ取り寄せられるものね」


 ……うん。


 雑貨屋の《取り寄せ》って、本当に便利だなぁ。


     ◇


 食事のあと、カトレアが私の隣へ来た。


「……お父さん」


「ん?」


「……あしたも、うみ?」


「うん。明日も、明後日も遊べるよ」


「……やった!」


 …………。


 ……うん。


 三日間の休暇。


 今日が、最初の一日。


 まだ、あと二日あるんだ。


 ……おお。


 贅沢!


 私は、思わず笑った。


「明日は、何をしたい?」


 カトレアは、しばらく考えてから答えた。


「……かいがら!」


「貝殻拾い?」


「……うん! お花みたいなの!」


 …………。


 ……ああ。


 さっきの貝殻だね。


「よし。いっぱい探そう!」


 カトレアが、嬉しそうに頷いた。


 ……ああ。


 明日も、楽しみが増えたね。


     ◇


 夜。


 私は、宿の庭で涼しい風に当たっていた。


 波の音が、遠くから聞こえる。


 今日は、ずいぶん遊んだなぁ。


 ……ああ。


 リバーシで負けた日も。


 盗賊に襲われた日も。


 ドワーフ二国の結婚式も。


 どれも、いい思い出になった。


 でも。


 こうして、大切な人たちと海で過ごす時間も、なかなかいいね。


「リアリスちゃん」


 巴さんが、そっと隣へ来た。


「おっ。巴さん」


「みんな、今日はとても楽しそうだったわ」


「うん。よかったね」


 巴さんが、海を眺めた。


「お屋敷の方も、今のところ大丈夫そうよ」


 ……おお。


 《状況把握》、ちゃんと役立ってるね。


「ありがとう。何かあったら、すぐ教えてね」


「ええ。もちろん」


 …………。


 ……うん。


 これなら、あと二日も安心できそうだ。


     ◇


「……それにしても」


 私は、海の方を見た。


 暗くなった水面。


 月の光。


 小さな波の音。


 …………。


 ……ああ。


 綺麗だねぇ。


「巴さん」


「なあに?」


「来てくれて、ありがとう」


 巴さんが、少し目を丸くした。


 それから、柔らかく笑った。


「ふふ。こちらこそ、誘ってくれてありがとう、リアリスちゃん」


 …………。


 ……うん。


 嬉しいなぁ。


 私は、ゆっくり息を吐いた。


 ……ああ。


 今日は、最高の一日だった。


 そして。


 明日も。


 きっと、賑やかな一日になる。


 …………。


 ……うん。


 水着回。


 まだまだ、続きます!


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