第2話:水着回が来ました!
「……男性が、お一人?」
王都クーラルの冒険者ギルド。
依頼人の少女が、私を見て目を丸くした。
…………。
……うん。
その反応、もっともだと思います!
何しろ、卓を囲んでいるのは女性ばかり。
依頼人の少女が六人。
すでに雇われている女性冒険者が四人。
その向かいには、桜花。
そして、私。
…………。
……あれ。
こうして数えてみると、女性十一人に男性一人だ。
……おお。
ものすごく場違いな気がしてきた!
「申し訳ありません。依頼書では、女性の方を中心にお願いしていたので」
少女が、丁寧に頭を下げた。
「あっ、いえいえ。気にしないでください!」
私は、慌てて手を振った。
「私も、事情を聞くためにお邪魔しただけですから」
……うん。
無理に護衛に加えてもらうつもりはない。
それに、見知らぬ男性が旅についてくるとなれば、気になる人もいるだろう。
……まあ。
外見は十八歳くらいに見えるらしいんだけど。
中身は、元四十三歳のおっさんだからね!
…………。
……いや。
そこは説明しない方がよさそうだ。
◇
話は、少し前に遡る。
ミゲイルさんとイリーナさんの結婚式から、数日後。
私と桜花は、シギラ国の屋敷からシルク王国邸へ戻り、冒険者の仕事を再開していた。
その日の午前中は、美容院の予約も無事に終わった。
……うん。
久しぶりに、何も起きない平和な午前だったね。
そこで、昼過ぎから冒険者ギルドへ行ってみたんだ。
何か面白そうな依頼はないかなって。
すると。
「リオン!」
受付近くで、シルベスターさんに呼び止められた。
……おっ。
ギルドマスター!
「こんにちは、シルベスターさん」
「ちょうどよかった。少し相談がある」
…………。
……あれ。
妙に真剣な顔だね。
「……また、何かありました?」
「お前が何か起こしたわけじゃないから、安心しろ」
…………。
……それは、よかった。
でも、『また』って言われそうな顔をしてるのは、ちょっと気になるなぁ。
シルベスターさんは、一枚の依頼書を差し出した。
『シルク王国南東部・海沿いの町サフィリアまでの旅客護衛』
…………。
……おっ。
海!
海だって!?
◇
「……サフィリア、ですか?」
「ああ。海辺の町だ。ここから馬車で七日ほどかかる」
……おお。
片道一週間。
なかなか遠いね。
「依頼人は、王都の商家の娘が六人。仲のよい友人同士で、海へ遊びに行くそうだ」
「……へえ」
「護衛はすでに女性冒険者の四人組が受けている。ただ、今回は長い旅になるうえ、客の人数も多い」
……うん。
六人を四人で守りながら一週間。
道中に魔獣が出る可能性もある。
確かに、追加の護衛がいてもいいね。
「そこで、リオンと桜花にも声をかけようと思ったんだが」
…………。
……なるほど。
そういうことか。
「お誘いは嬉しいですけど、私でいいんですか?」
「お前たちなら、戦力の心配はない」
「……あはは」
……うん。
そこは、信用してくれてるんだね。
「ただし、依頼人は女性だけの護衛を希望している。俺から無理に押しつけるわけにもいかん」
「もちろんです」
「一度会って、話をしてくれないか。断られたら、別の依頼を探せばいい」
……うん。
それなら、気が楽だね。
「分かりました」
私は、依頼書を受け取った。
……海かぁ。
結婚式の夜にも、桜花とそんな話をしたんだよね。
まさか、本当に海へ行く依頼があるとは。
…………。
……おお。
ちょっと、運命を感じる!
◇
そして、現在。
私は、六人の少女たちを前に座っていた。
桜花は、いつもの落ち着いた顔。
シルベスターさんは、一歩離れたところで様子を見ている。
「ええと、まず自己紹介をしましょうか」
私は、笑顔を向けた。
「冒険者のリオンです。こちらは桜花。よろしくお願いします」
「桜花と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
すると、最初に声をかけてきた少女が、ぱっと笑った。
「あっ、私たちも自己紹介してませんでしたね!」
栗色の髪を高い位置でまとめた、明るい顔立ちの少女だ。
「私はティティーです。十六歳です!」
……おお。
元気がいいね!
「今日は皆の代表として、お話をさせてもらっています」
「そうなんだ。よろしく、ティティーさん」
「はい!」
彼女は、友人たちへ目を向けた。
「ほら、みんなも!」
◇
次に口を開いたのは、黒髪を肩の辺りで揃えた少女だった。
小さな眼鏡をかけていて、膝の上には手帳。
「アルマです。同じく十六歳。旅費と荷物の管理を担当しています」
……おっ。
しっかりしてる!
「今回の旅は、家族から預かった費用もありますので。無駄遣いはできません」
言いながら、手帳を開いて何かを確認している。
…………。
……うん。
この子がいれば、お金の計算は安心そうだね。
その隣には、少し背の高い少女。
焦げ茶色の髪を一本の三つ編みにしていた。
「ヘランと申します。馬の世話や、道中の荷物を運ぶのは好きです。よろしくお願いします」
「馬の世話もできるんですか?」
「はい。実家で商用の馬を飼っていますから」
……おお。
頼もしい!
私は、思わず頷いた。
◇
「私はロロア!」
今度は、亜麻色のふわふわした短髪の少女が、元気よく手を挙げた。
「旅先の美味しいものを調べるのが得意なの!」
…………。
……おっ。
食べ物担当!
「今回の海の町にも、名物の料理があるんだって!」
「へえ。どんな料理?」
「それは、着いてからのお楽しみ!」
……あはは。
なかなか、もったいぶるねぇ。
その隣から、空色のリボンをつけた少女が身を乗り出した。
「シエルです! 地図を見るのが大好きで、海までの道順も調べてきました!」
……おお。
地図好きなんだ。
「途中の橋や宿場も、ちゃんと印をつけてあるんですよ」
「それは助かります」
シエルさんは、嬉しそうに地図を広げた。
……うん。
話したくて仕方がない、って感じだね。
◇
最後の少女は、淡い金色の髪を低い位置で結んでいた。
友人たちの後ろで、少し遠慮がちに座っている。
「……シセルです」
声も、控えめだった。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくね」
私が返事をすると、シセルさんは小さく微笑んだ。
彼女の手元には、可愛らしい布の袋がある。
そこには、細かな花の刺繍。
「それ、自分で作ったの?」
「……はい。みんなの分も、お揃いで作りました」
…………。
……おお。
すごい!
ティティーさんが、嬉しそうに袋を持ち上げた。
「そうなの! シセル、裁縫が上手なんですよ!」
「……そんなことないよ」
シセルさんが、少し頬を赤くした。
…………。
……ああ。
聞けば、六人とも同い年の十六歳。
それぞれ違うところがあって面白いね。
でも、仲はとてもよさそうだ。
◇
「私たち、子どもの頃からの友人なんです」
ティティーさんが説明してくれた。
六人とも王都の商家の娘。
それぞれの家は別の品物を扱っているけれど、親同士にも長い付き合いがあるそうだ。
「今年から少しずつ家の仕事を覚えることになっていて、その前に、一度みんなで遠出しようって」
……ああ。
なるほど。
思い出づくりの旅なんだね。
「海へ行くのは初めて?」
「私は初めてです!」
「私も!」
「子どもの頃、遠くから見たことはあるんですけど……」
…………。
おお。
反応は、みんな違うね。
ロロアさんは海の料理の話を始め、シエルさんは潮の満ち引きについて質問し始めた。
アルマさんは、旅程の確認を忘れない。
ヘランさんは、馬車の数が気になるらしい。
シセルさんは、友人たちの話を静かに聞いていた。
……うん。
この六人となら、旅も賑やかになりそう。
◇
「それで、護衛の件なのですが……」
ティティーさんが、少し姿勢を正した。
「私たちは、女性の冒険者さんたちにお願いしようと話していたんです」
「はい。それは聞いてます」
「でも、ギルドマスターさんから、リオンさんたちのことを伺いまして」
…………。
……おっ。
私たちのこと?
何て説明したんだろう。
私は、ちらっとシルベスターさんを見た。
シルベスターさんは、目を逸らした。
…………。
……あれ。
嫌な予感。
「『変わった魔法を使うが、人柄は信用できる』と」
…………。
……うん。
否定できない!
「『ただし、驚くようなことがあっても慌てないように』とも」
…………。
……あっ。
そこまで!?
シルベスターさんが、咳払いをした。
「……必要な情報だろう」
……まあ。
そうかもしれないけど!
私は、少し笑ってしまった。
◇
「お二人がご一緒なら、護衛も心強いと思います」
ティティーさんが言った。
「ただ、宿泊や身支度のときは、女性だけで過ごせるようにしたいんです」
「もちろんです」
私は、すぐに頷いた。
「宿では別の部屋を取りますし、馬車の中にも、必要がない限り入りません。護衛として外側を担当します」
…………。
……うん。
そこは、ちゃんと守るべきだね。
アルマさんが、手帳に何かを書き込んだ。
「護衛の追加費用については、こちらで負担できます」
「無理に増やす必要はありませんよ?」
「いえ。家族にも相談してあります。安全を優先するなら、追加の護衛は歓迎だと」
……おお。
しっかり話し合ってるんだね。
ティティーさんが、友人たちを見回した。
「みんな、どう?」
「私は賛成」
「安全なら、いいと思う」
「道中のお話も聞けそうですし!」
…………。
……うん。
どうやら、問題なさそう。
最後にシセルさんが、小さく頷いた。
「……よろしくお願いします」
「はい。お任せください」
……よし。
これで、護衛が決まったね。
◇
そこへ、女性冒険者の四人が近づいてきた。
先頭は、短い赤茶色の髪をした女性。
年齢は二十代半ばくらいかな。
軽い鎧に、剣と小さな盾。
「私たちも、自己紹介しておこうか」
女性は、にこっと笑った。
「私はラギエ、二十五歳。今回の護衛のリーダーを任されている。剣と盾を使うよ」
「リオンです。よろしくお願いします」
「桜花と申します」
ラギエさんは、しっかりと頷いた。
「うん。こちらこそ。道中の配置は、あとで相談しよう」
……おお。
頼もしいリーダーだね。
その隣には、茶色の短髪に弓を背負った女性。
「ディロンス、二十三歳。弓使い。遠くを見るのが仕事」
……おっ。
簡潔!
その後ろから、身軽そうな女性が顔を出した。
「クリスタインよ。二十一歳。斥候と、近くの見張りを担当するわ。困ったことがあったら呼んでね」
……うん。
話しかけやすそうな人だ。
最後は、淡い青色のローブを着た女性だった。
「エリオスです。二十五歳で、水魔法と治療が得意です。よろしくお願いします」
……おお。
回復役もいるんだ。
これは、なかなかバランスのよいパーティだね。
◇
「では、改めて人数を確認するよ」
ラギエさんが、卓に小さな駒を並べた。
依頼人が六人。
護衛が四人。
追加で私と桜花。
「全部で十二人。馬車は二台使う」
…………。
……うん。
結構な人数だ。
「依頼人の六人は、荷物と一緒に屋根つきの馬車へ。もう一台には護衛の荷物や、道中必要な物を積む」
ラギエさんが、駒を動かしていく。
「御者も護衛の担当者が交代で務める。人手が足りないときは、宿場で補助を頼めるよう手配してある」
……おお。
細かいところまで考えてあるんだね。
「リオンには、二台の後ろ側を頼みたい。桜花は、依頼人の馬車の側でお願いできる?」
「はい」
「分かりました」
……うん。
それなら、私も邪魔にならずに護衛できそうだ。
◇
「目的地は、南東の海沿いにあるサフィリア。ここから七日かかる予定よ」
シエルさんが、地図を広げた。
馬車が通れる街道。
途中の村。
宿場。
水を補給できる場所。
……おお。
よく調べてある!
「初日は、この宿場まで。三日目には、川を越える橋があって……」
シエルさんは、指先で道をたどった。
アルマさんが、横から補足する。
「宿泊代は、予定どおりなら予算内です。食事代も、少し余裕を持たせています」
……うん。
息ぴったりだね。
ヘランさんは、馬車を止める場所や馬の休憩時間を確認していた。
ロロアさんは、宿場ごとの食堂を気にしている。
…………。
……ああ。
旅が始まる前から、賑やかだなぁ。
私は、思わず笑った。
「……楽しそうですね」
桜花が、隣で小さく言った。
「うん。すごくね!」
…………。
……それにしても。
海かぁ。
…………。
……水着回、かな?
…………。
……いやいや。
まだ、そうと決まったわけじゃない。
とりあえず、護衛の仕事をしっかりやろう。
海の話は、そのあとだ!
◇
出発は、二日後の朝になった。
私はギルドを出ると、桜花とシルク王国邸へ戻った。
今日は、早めに帰宅できた。
庭では、カトレアが花壇を覗き込んでいる。
その隣には、杏子。
白から桃色へと変わる短い髪が、夕日に照らされていた。
……おっ。
今日は杏子がいるんだね。
フラワーズは、それぞれの屋敷を交代で見てくれている。
誰がどこにいるか、毎日ちょっとした楽しみになってきた。
「ただいま!」
「……お父さん!」
カトレアが、笑顔で振り返った。
杏子も、こちらへ駆け寄ってくる。
「リアリス様、お帰りなさい!」
「ただいま、杏子!」
…………。
……うん。
やっぱり、家はいいねぇ。
「……お父さん、きょう、なにした?」
カトレアが、私の手を握った。
「海へ行くお仕事が決まったんだ」
「……うみ?」
「そう。大きくて、青い水がずっと続いているところ」
カトレアの目が、丸くなる。
「……おおきい?」
「とーっても大きいよ!」
私は、両手を広げてみせた。
……いや。
こんなものじゃ足りないんだけどね。
カトレアが、楽しそうに笑った。
「……みたい!」
…………。
……ああ。
そうだよねぇ。
この子、まだ海を見たことがないんだ。
◇
夕食前。
私は、巴さんに今回の仕事を説明した。
海の町サフィリアまで、馬車で片道一週間。
商家の娘さん六人の護衛。
同行する女性冒険者が四人。
桜花と私を合わせて、十二人の旅だ。
巴さんは、静かに頷いて聞いていた。
「それは、長い旅になるわね」
「うん。海辺で三日ほど休んで、帰りも一週間の予定だから」
「……十七日ね」
…………。
……おっ。
計算、早い!
巴さんが、少し笑った。
「カトレアちゃん、寂しがるかもしれないわね」
「……そうなんだよね」
私は、廊下の方を見た。
カトレアは、杏子と一緒に花の絵を描いている。
…………。
……うーん。
でも、海は見せてあげたい。
あっ。
そうだ!
「向こうに着いたら、カトレアを迎えに来てもいいかな」
巴さんが、目を瞬かせた。
「……《転移》で?」
「うん。護衛の仕事をきちんと終えて、休みになってからね」
……それなら。
一週間は離れるけど、海で会える。
カトレアも、波の音を聞ける。
……おお!
いいじゃないか!
「現地で依頼人の皆さんや宿の人に確認してから、予定を決めるよ」
「ふふ。それなら、カトレアちゃんも喜ぶわね」
……うん。
さっそく、話してこよう。
◇
「カトレア!」
「……ん?」
小さな顔が上がった。
「お父さん、しばらく海のお仕事へ行くんだけどね」
「……うん」
「向こうに着いたら、カトレアにも海を見せてあげられるかもしれない」
…………。
カトレアは、しばらく私の顔を見つめていた。
それから。
「……いっしょ?」
「うん。少しだけだけど、一緒に遊べるようにしたいな」
カトレアの顔が、ぱっと明るくなった。
「……やった!」
…………。
……ああ。
可愛い!
「ただし、まだ約束じゃないよ。お仕事と向こうの準備がうまくいったらね」
「……うん!」
……ああ。
今から、楽しみにしてくれてるね。
私も、ちゃんと準備しよう。
◇
出発前日の夜。
私は、桜花と荷物を確認していた。
着替え。
洗面道具。
旅の道具。
それから、非常時に使う薬。
……うん。
基本的な物は揃ってる。
《取り寄せ》を使えば、必要になった物を用意することもできる。
でも。
普通の護衛依頼として、できる限り皆のやり方に合わせたい。
……いや。
前に馬車ごと《転移》したとき、トラストのみんなが固まってたからねぇ。
今回は七日間、ちゃんと馬車で行く。
その方が、旅を楽しめそうだし。
「桜花、準備はどう?」
「はい。いつでも出発できます」
銀色の短い髪。
いつもの涼しげな顔。
頼りになる相棒だ。
…………。
……うん。
何だか、一緒に冒険するのも久しぶりな気がする。
「今回は、ちょっと賑やかな旅になりそうだね」
「はい。皆様、お元気でしたから」
「……あはは。そうだね」
桜花が、微笑んだ。
「リアリス様も、ずいぶん楽しそうでございます」
…………。
……おっ。
ばれてる?
「だって、海だよ?」
「はい」
「七日も馬車に乗って、その先に海があるんだよ?」
「はい」
「……何だか、わくわくするよね!」
桜花が、柔らかく笑った。
「リアリス様がお喜びでしたら、私も嬉しゅうございます」
…………。
……ああ。
この子は、本当に優しいなぁ。
◇
出発の日。
王都の南東門には、二台の馬車が並んでいた。
朝の空気は、まだ少し涼しい。
でも、これから向かう先は海。
きっと、暖かいんだろうな。
「リオンさん!」
ティティーさんが、大きく手を振った。
「おはようございます!」
私も、笑顔で返す。
……うん。
今日も元気だね!
アルマさんは、出発前から荷物の数を数えていた。
「大きい箱が六つ。手荷物が十二。食料と水は、こちらの馬車……」
…………。
……おお。
すごい。
全部、把握してるんだ。
ヘランさんは馬の頭を撫でている。
「今日はよろしくね。無理せず、ゆっくり行こう」
馬が、嬉しそうに鼻を鳴らした。
…………。
……うん。
ちゃんと懐いてるねぇ。
◇
ロロアさんは、早速何か食べていた。
……おっ。
「……朝ご飯?」
「うん! 途中でお腹が空いたら大変だから!」
…………。
……いや。
もう食べてるなら、途中で空くのでは?
……あはは。
元気だなぁ。
シエルさんは、地図を見ながら今日の道を確認している。
「この先、二つの川を越えるんです。最初の橋は、まだ広いんですけど……」
「へえ。詳しいね」
「いっぱい調べましたから!」
……うん。
目が輝いてる。
シセルさんは、友人たちに小さな布袋を配っていた。
「……これ。道中で使ってね」
「ありがとう、シセル!」
……ああ。
旅の前から、いい雰囲気だね。
◇
「よし、みんな揃ったね」
ラギエさんが、手を叩いた。
ディロンスさんは弓の弦を確認し、クリスタインさんは街道の方へ視線を向けている。
エリオスさんは、馬車の中へ積んだ薬を確かめていた。
……うん。
護衛の皆さんも、準備万端だ。
「リオン、桜花。後方と右側を頼むよ」
「はい!」
「かしこまりました」
馬車の車輪が、ゆっくり動き出す。
がたん。
ことん。
…………。
……おお。
出発!
私は、空を見上げた。
雲は少なく、気持ちのよい青空。
…………。
……海かぁ。
この世界へ来てから、いろんな場所へ行った。
森。
山。
湖。
魔王国。
ドワーフの国。
……そういえば。
以前、オリミスの落とし物を探しに、桜花と獣人国のリピトの海へ行ったことがあったね。
あのときは沖で盾を回収するのに夢中で、観光どころじゃなかった。
今度こそ、のんびり海を楽しめそうだ!
…………。
……ああ。
これは、楽しみだね!
◇
旅の初日は、穏やかだった。
王都の周りには、畑と小さな村が広がっている。
麦が風に揺れ、遠くで農作業をする人の姿が見えた。
……うん。
こういう景色、好きだなぁ。
馬車の後ろを歩きながら、私は周囲へ目を向けた。
道の先。
左右の林。
旅人の姿。
……よし。
危険な気配はない。
桜花も、普段どおりの落ち着いた様子だ。
「リオン様」
「ん?」
「街道は、しばらく開けているようでございます」
「そうだね。気持ちいい道だ」
……うん。
これなら、みんなも安心して旅ができそう。
◇
昼過ぎ。
馬車を止めて休憩していると、ティティーさんが私のところへやってきた。
「リオンさん!」
「はい?」
「少し、お聞きしてもいいですか?」
「もちろん」
ティティーさんは、少し考えてから尋ねた。
「冒険者って、どんなお仕事が一番楽しいんですか?」
…………。
……おっ。
面白い質問だね。
「そうだなぁ。私は、知らない場所へ行けることかな」
「知らない場所?」
「うん。行ったことのない町や森に行くと、何があるか楽しみでしょう?」
ティティーさんは、嬉しそうに頷いた。
「分かります! 私たちも、海へ行くのが本当に楽しみなんです!」
……うん。
そりゃそうだ。
十六歳の友達六人で、大きな旅行。
思い出に残らないわけがない。
「でも、危ないこともあるんですよね?」
「もちろん。だから、ちゃんと護衛がいるんだよ」
私が答えると、彼女は少し安心したようだった。
「……よろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
…………。
……うん。
守る相手が楽しそうにしてくれると、こちらも嬉しいね。
◇
夕方には、最初の宿場へ到着した。
ラギエさんが宿の主人と話し、部屋を割り振っていく。
依頼人の六人は、女性用の大きな客室。
女性冒険者の四人は、隣の部屋。
桜花も、すぐ近くの部屋へ。
私は、廊下の反対側にある一人部屋を使うことになった。
……うん。
これなら、皆も安心だね。
馬の世話を終えると、宿の食堂に集まった。
今日の夕飯は、野菜の煮込みと、焼いた肉。
……おお。
いい香り!
「……おいしい!」
ロロアさんが、真っ先に声を上げた。
…………。
……うん。
この子、やっぱり食べるのが好きなんだねぇ。
アルマさんが、手帳を開く。
「今夜の宿代は予定どおり。食事代も、予算内ですね」
「アルマ。食べてるときまで計算してるの?」
ティティーさんが、くすくす笑った。
「……こういうときに確認しておくと、あとが楽なんです」
……おお。
確かに、そうだね。
私は、肉を一口食べた。
…………。
……うん。
美味しい!
旅の一日目は、無事に終わった。
◇
二日目。
街道は、なだらかな丘を越えていった。
空には、白い雲。
道の脇では、小さな黄色い花が揺れている。
…………。
……あっ。
この花、カトレアが喜びそうだな。
私は、思わず足を止めそうになった。
……いや。
今は護衛中。
花を摘むのは、休憩時間でいいね。
「リオンさん!」
馬車の窓から、シエルさんが顔を出した。
「この先の丘を越えると、南の山並みが見えるそうですよ!」
「へえ。楽しみだね」
「地図だと、ここなんです!」
差し出された紙には、細かな印がたくさん書き込まれていた。
……うん。
この子、本当に地図が好きなんだね。
「シエルさんは、将来、旅をするお仕事をするの?」
私が聞くと、彼女は少し考えた。
「……できれば、いろんな町を見て回る商人になりたいです」
「いいね!」
「でも、家族は心配するかもしれません。だから、まずはこの旅行でいろいろ覚えたいなって」
…………。
……ああ。
なるほど。
これは、ただの遊びだけじゃないんだ。
自分の将来を考える旅でもあるんだね。
「応援してるよ」
「ありがとうございます!」
……うん。
いい笑顔だ。
◇
昼頃。
街道の先に、小さな川が見えてきた。
橋は、石で作られている。
道幅も十分ありそうだ。
……うん。
このくらいなら、馬車も問題なく渡れそう。
ヘランさんが、御者台へ近づいた。
「馬たち、少し疲れているみたいですね」
…………。
……おっ。
そうなんだ。
「この先で休ませてあげましょうか」
ラギエさんが頷く。
「そうしよう。無理に急ぐ旅じゃないからね」
……うん。
いい判断だ。
私は、馬の様子を確かめた。
確かに、少し息が荒い。
……おお。
ヘランさん、よく見てるなぁ。
「よく分かったね」
「実家で、馬の世話をすることが多かったので」
ヘランさんは、少し照れたように笑った。
「馬も、ちゃんと疲れた顔をするんですよ」
…………。
……へえ。
知らなかった!
私は、馬の頭をそっと撫でた。
「もう少しで休憩だからね」
馬が、鼻を鳴らした。
……うん。
伝わった……かな?
◇
午後の休憩では、シセルさんが何かを縫っていた。
馬車の荷台に掛ける布。
端の方が、少し破れていたらしい。
「……すぐ直せますから」
細い指が、器用に動く。
糸が布を通り、あっという間に破れたところが塞がっていく。
…………。
……おお!
すごい!
「シセルさん、上手だね」
「……ありがとうございます」
シセルさんが、少しだけ頬を赤くした。
私は、修理された布を見つめた。
魔法で新しい布を用意することもできるけど。
こうして、今あるものを直すのもいいね。
「みんなの袋も、シセルさんが作ったんだよね」
「……はい。旅行のお守りにしたくて」
……おっ。
そうだったんだ。
「六人お揃いなんです」
彼女は、小さく笑った。
…………。
……ああ。
いいなぁ。
旅が終わっても、きっと大事な思い出になるね。
◇
三日目の朝。
馬車は、少し木々の多い道へ入った。
昨日までの開けた丘とは違って、左右に小さな森が広がっている。
……うん。
少し、見通しが悪いね。
ラギエさんが、全員へ注意を呼びかけた。
「この先は、魔獣が出ることもある。馬車から離れないでね」
「はーい!」
六人が、声を揃えて答えた。
……おお。
息ぴったり!
私は、桜花へ目を向けた。
「……何か、いる?」
「現時点では、近くに危険な反応はございません」
「そっか」
……うん。
これなら、しばらくは安心かな。
と思っていた、そのとき。
……あれ。
森の奥で、何かが動いた。
小さな気配。
いや。
少し大きいかも。
「ラギエさん」
「ん?」
「右の森に、魔獣が一匹います」
ラギエさんの表情が、すっと引き締まった。
「種類は?」
「……大きな猪みたいな魔獣ですね」
……うん。
なかなか立派な牙だ。
……いや。
普通の猪じゃなくて、魔獣だからね。
◇
ディロンスさんが、すぐに弓へ手を伸ばした。
クリスタインさんも、森の方を見た。
「……確かに、何かいるわね」
ラギエさんが指示を出す。
「依頼人は馬車の中。エリオス、そばを離れないで」
「はい!」
……うん。
手際がいい。
私は、森の奥へ目を向けた。
魔獣は、こちらを狙っているというより、何かに驚いて走り出したようだった。
ただ。
その進行方向が、馬車へ向いている。
……うーん。
このままだと、危ないね。
「桜花。少しだけ離れるね」
「かしこまりました」
私は、街道の脇へ一歩出た。
魔獣が、木々の間から姿を現す。
大きな体。
鋭い牙。
……おお。
なかなかの迫力!
「……リオン、下がって!」
ラギエさんが叫んだ。
……うん。
でも、大丈夫。
私は、魔獣へ向けて片手をかざした。
「《即死》」
…………。
魔獣は一瞬で絶命し、そのまま地面へ倒れた。
…………。
……うん。
終わり!
◇
「…………」
「…………」
…………。
……あれ。
みんな、静かだ。
私は、後ろを振り向いた。
ラギエさんは、剣を抜きかけたまま固まっている。
ディロンスさんも、弓へ矢をつがえた姿勢のまま。
……おっ。
どうしたんだろう。
「……もう、大丈夫ですよ」
私が言うと、クリスタインさんが最初に口を開いた。
「……えっ。終わったの?」
「はい!」
「……魔獣は?」
「あそこに」
私は、森の端を指さした。
魔獣は、もう動かない。
……うん。
危険はないね。
ラギエさんが、ゆっくり剣を鞘へ戻した。
「……なるほど。ギルドマスターが言ってたのは、こういうことか」
…………。
……あっ。
あの説明、役に立ったんだね!
エリオスさんが、ほっと胸を撫で下ろした。
「皆さん、無事でよかったです」
「本当にね」
……うん。
誰も怪我してない。
馬も、落ち着いてる。
……よし。
これで、安心して進めるね。
◇
ところが。
馬車の中から、六人がそろそろと顔を出した。
「……リオンさん?」
ティティーさんが、目を丸くしている。
「はい?」
「……今の、リオンさんがやったんですか?」
「うん。危なそうだったので」
…………。
少しの沈黙。
それから。
「すごーい!」
…………。
……おお!
ものすごく素直な反応!
「今の、魔法ですか!?」
シエルさんが、身を乗り出した。
「そうだよ」
「どんな魔法なんですか? 遠くからでも使えるんですか? 地図にある魔法使いの町でも……」
…………。
……ちょっと待って!
質問が、一気に来た!
アルマさんまで、手帳を取り出しかけている。
…………。
……あれ。
何だか、商品について質問されてる気分だなぁ。
「……ええと。安全に魔獣を止めるための魔法、かな」
私が答えると、シエルさんは目を輝かせた。
「なるほど!」
……うん。
納得してくれた……のかな?
隣で、桜花が静かに微笑んでいた。
◇
「それで、あの魔獣はどうするの?」
ロロアさんが、森の方を見た。
「えっ?」
「お肉、食べられるのかなって」
…………。
…………。
……おっ。
そっち!?
ラギエさんが、思わず吹き出した。
「ロロア、さすがに今の話題は食べ物じゃないでしょう!」
「だって、もったいないかなって……」
…………。
……あはは。
確かに、使える素材はあるかもしれない。
でも、今は護衛の途中だ。
「あとで、ギルドに報告できるようにしておくよ」
私は、魔獣を周囲の安全に配慮して《収納》に収めた。
…………。
……うん。
これなら、街道を塞がないし、ほかの魔獣を引き寄せる心配もない。
「……今度は、消えた」
ディロンスさんが、ぽつりと言った。
…………。
……あっ。
そっちも珍しい?
「収納しただけですよ」
私は、笑って答えた。
クリスタインさんが、大きく溜め息を吐く。
「……普通の『だけ』じゃないわよね、それ」
…………。
……あはは。
そうかもしれない!
◇
その日の夕方。
宿へ着くと、シセルさんが私のところへやってきた。
「……リオンさん」
「ん?」
「……ありがとうございました」
…………。
……おっ。
どうしたのかな。
「さっきの魔獣、怖かったので……」
「そっか」
私は、少し屈んで目線を合わせた。
「でも、もう大丈夫。怪我した人もいないしね」
「……はい」
シセルさんが、ほっと笑った。
その後ろから、ヘランさんも顔を出した。
「馬たちも無事でした。ありがとうございます」
「それは、よかった!」
……ああ。
こういう言葉をもらえると、嬉しいな。
私は、二人へ笑顔を返した。
「明日も、楽しく旅を続けようね」
「……はい!」
「ええ!」
…………。
……うん。
護衛の仕事も、悪くないね。
◇
四日目。
道は、森を抜けて広い草原へ出た。
昨日の出来事があったせいか、朝は少しだけ皆の表情が硬かった。
でも。
太陽が高くなる頃には、いつもの賑やかさが戻ってきた。
「見て! あっちに花がいっぱい!」
ティティーさんが、馬車の窓から指さす。
…………。
……おっ。
本当だ。
小さな白い花が、一面に咲いている。
……ああ。
カトレアにも見せてあげたいな。
「リオンさん、花が好きなんですか?」
シセルさんが、私に尋ねてきた。
「うん。娘が大好きだから、私もよく見るようになったんだ」
「……娘さん?」
「カトレアっていう、九歳の子だよ」
…………。
……あっ。
みんな、まだ知らなかったんだっけ。
ティティーさんが、目を丸くした。
「リオンさん、お父さんなんですか!?」
「うん」
「……えっ!?」
…………。
……おお。
ものすごく驚かれた!
◇
「……そんなに驚く?」
私が笑うと、アルマさんが眼鏡を直した。
「失礼ですが、もっとお若いと思っていました」
……あはは。
そうだよね。
外見だけなら、十八歳くらいなんだもん。
「……まあ、いろいろあって」
私は、曖昧に笑った。
…………。
……うん。
四十三歳で死んで、異世界へ来て、今は二十五歳。
外見は十八歳くらい。
……いや。
普通に説明しても、信じてもらえないよね!
ヘランさんが、優しく笑った。
「きっと、可愛い娘さんなんでしょうね」
「うん。とっても可愛いよ!」
…………。
……あっ。
即答しちゃった。
ロロアさんが、楽しそうに笑い始めた。
「リオンさん、娘さんの話になると顔が違う!」
…………。
……うっ。
ばれてる!
◇
休憩中。
私は、カトレアが好きな花の話を少しだけした。
花壇で水やりをすること。
小さな青い花を大事に育てていること。
楓と並んで、黙々と庭の手入れをすること。
…………。
……うん。
話し始めると、止まらないね。
「……すごく仲がいいんですね」
シセルさんが、柔らかく微笑んだ。
「うん」
私は、頷いた。
「帰ったら、お土産話をたくさんしてあげたいな」
「……きっと喜びますね」
……ああ。
そうだといいな。
そのとき、シエルさんが地図を広げた。
「サフィリアの近くには、海辺に咲く花もあるそうですよ!」
…………。
……おっ。
本当に!?
「それ、詳しく教えて!」
……あはは。
思わず、身を乗り出しちゃった。
シエルさんは、嬉しそうに説明を始めた。
……うん。
海の楽しみが、また一つ増えたね。
◇
昼食の時間。
私は、荷物から小さな包みを取り出した。
中には、《取り寄せ》で用意したおにぎり。
それから、唐揚げ。
……うん。
今日は、日本の遠足みたいなご飯だ!
「……それ、何ですか?」
ロロアさんが、興味津々で覗き込んできた。
「おにぎりっていう、ご飯を握ったものだよ」
「……ごはん?」
「うん。中に具を入れてあるんだ」
…………。
……おっ。
説明するの、何だか楽しいね。
私は、人数分の小さなおにぎりを追加で取り寄せた。
……うん。
みんなにも味見してもらおう。
「よかったら、食べてみる?」
「いいんですか!?」
「もちろん」
ロロアさんが、一口かじる。
…………。
……どうかな。
少しの沈黙。
それから。
「……おいしい!」
…………。
……おお!
よかった!
◇
ティティーさんも、興味深そうにおにぎりを手に取った。
「これ、手で食べられるんですね!」
「うん。旅の途中にも便利だよ」
「なるほど!」
アルマさんが、包みを確かめた。
「……持ち運びやすそうですし、少し工夫すれば商売にもなりそうですね」
…………。
……おっ。
さすが、商家の娘さん。
すぐに商品として考えるんだね。
ヘランさんは、唐揚げを一つ食べて頷いた。
「これなら、馬車の移動中でも食べやすそうです」
シエルさんは、おにぎりの具を当てようとしている。
シセルさんは、小さな声で礼を言ってくれた。
……ああ。
みんな、喜んでくれた。
巴さんにも、帰ったら伝えよう。
…………。
……いや。
巴さんなら、もっといろいろ用意してくれそうだねぇ。
◇
夕方。
次の宿場へ着く前に、少し大きな村を通った。
道の両側には、農家の家々。
子どもたちが、畑のそばで遊んでいる。
……うん。
静かな村だね。
ところが。
村の入口で、一人の女性が困った顔をしていた。
荷車の車輪が、道の端へ落ちてしまったらしい。
……おっ。
これは、ちょっと大変そう。
「ラギエさん。少し止まってもいいですか?」
私が尋ねると、ラギエさんも状況を見て頷いた。
「いいよ。周りは私たちが見るから」
「ありがとうございます」
私は、荷車のそばへ向かった。
「大丈夫ですか?」
女性が、ほっとした顔をした。
「すみません。車輪が外れてしまって……」
……うん。
確かに、軸がずれている。
でも、これは直せそうだね。
ヘランさんも、近づいてきた。
「少し持ち上げて、車輪を戻せば大丈夫そうです」
「じゃあ、やってみようか」
…………。
……うん。
今回は、魔法を使わなくても済みそう。
私は、荷車をそっと持ち上げた。
……いや。
ちょっと重いけど。
これくらいなら、問題ないね。
ヘランさんが車輪を戻し、金具を締め直す。
……おお。
手際がいい!
「これで、どうでしょう?」
荷車は、元どおり動くようになった。
「ありがとうございます!」
村の女性が、何度も頭を下げた。
…………。
……ああ。
よかったね。
私は、笑って手を振った。
「お気をつけて!」
……うん。
こういう寄り道も、旅の思い出になるよね。
◇
五日目。
朝から、少し風が強かった。
馬車の屋根を、乾いた風が叩いている。
……うん。
雨じゃないだけ、ありがたい。
今日は、少し起伏のある道を進む予定だ。
シエルさんが地図を確認し、ラギエさんが先頭の道を見ている。
私は、二台の馬車の後ろ側を歩きながら、周囲を見回していた。
……おっ。
遠くに、小さな鳥の群れ。
それから。
…………。
……あれ。
何だか、空が少し白っぽい。
雲かな。
いや。
あれは、もしかして……。
「……リオン様」
桜花が、私の隣へ来た。
「ん?」
「風に、少し塩の匂いが混じっております」
…………。
…………。
……おお!
海の匂い!?
私は、思わず風上へ顔を向けた。
…………。
……うん。
確かに。
ほんの少しだけ、違う。
……ああ。
近づいてるんだね!
◇
「海の匂いがする!」
私が声を上げると、馬車の中からティティーさんたちが顔を出した。
「えっ!? 本当ですか!?」
「まだ見えないけどね」
シエルさんが、慌てて地図を広げる。
「……このあたりから、風向きによっては海の空気が届くそうです!」
……おお。
やっぱり!
ロロアさんが、大きく息を吸った。
「……お魚の匂いは、しないかな」
…………。
……あはは。
まだ早いと思う!
アルマさんが、笑いながら手帳を閉じた。
「海まで、あと二日ですね」
……うん。
あと二日。
長かったような、あっという間だったような。
……ああ。
楽しみだねぇ。
◇
その日の午後。
道中で、少し雲が厚くなった。
……おっ。
雨かな。
ラギエさんが、空を見上げる。
「このまま降るようなら、次の宿場まで急いだ方がいいね」
……うん。
馬車も、荷物も濡らしたくない。
私は、少し考えた。
……そうだ。
私には《想像魔法》があるんだよね。
でも、いきなり空を晴らしたら、さすがに目立つかな。
…………。
……うーん。
まあ、雨が降るかどうかは、もう少し様子を見よう。
私は、桜花へ小さく話しかけた。
「雨が強くなったら、馬車の周りだけ守ろうか」
「はい。必要でしたら、お手伝いいたします」
……うん。
頼もしい。
ところが。
少しすると、雲の間から陽が差してきた。
……おお。
晴れた!
…………。
……うん。
魔法の出番、なし!
私は、思わず笑ってしまった。
◇
六日目。
とうとう、海沿いの土地らしい景色が増えてきた。
遠くの山が低くなり、道の先に空が大きく広がっている。
街道沿いには、魚を干した店や、貝殻を飾った小さな屋台もあった。
…………。
……おお。
海の町が近い!
ロロアさんは、屋台の匂いに誘われて、早速足を止めようとしていた。
「……ロロア」
アルマさんが、手帳を開く。
「おやつは、今日の分をもう買ってます」
「……えっ」
「それに、到着したら新鮮な魚が食べられるんでしょう?」
…………。
……おっ。
説得上手だね。
ロロアさんは、少し考えたあと。
「……じゃあ、今日は我慢する!」
……あはは。
素直!
みんなで笑いながら、馬車は先へ進んだ。
◇
午後の休憩で、ティティーさんが言った。
「ここまで、本当にありがとうございました」
「……おっ。まだ着いてないよ?」
「そうですけど、もう六日目でしょう?」
……うん。
確かに。
「最初は、長い旅だから少し不安だったんです。でも、今は毎日が楽しくて」
ティティーさんは、友人たちを見回した。
「こんなにいっぱい話せるとは思ってませんでした!」
……ああ。
そうなんだね。
シエルさんは、地図を見せながら道を教えてくれた。
アルマさんは、宿場での買い物を上手にまとめてくれた。
ヘランさんは、馬の様子を毎日確かめていた。
ロロアさんは、美味しいものを見つけるのが得意。
シセルさんは、布の補修や小さな道具の手入れをしてくれた。
……うん。
それぞれ違うのに、一緒にいると本当に楽しそう。
「こちらこそ、楽しく旅をさせてもらってるよ」
私が答えると、ティティーさんは嬉しそうに笑った。
「……よかった!」
…………。
……ああ。
海までは、あと一日。
もう少しで、目的地だね。
◇
その夜。
宿の食堂では、少し早い到着祝いのような雰囲気になっていた。
今日の料理は、魚の煮込み。
それから、香草を使った焼き野菜。
……おお。
海が近いと、料理も変わってくるんだね。
「……おいしい!」
ロロアさんが、今日も真っ先に声を上げた。
…………。
……うん。
もう、いつもの光景だ。
ラギエさんが、皆を見回した。
「明日は最後の行程だ。ここまで無事でも、気を抜かないようにね」
「はい!」
皆が、元気よく返事をした。
……うん。
明日は、いよいよサフィリア。
私も、楽しみだ。
◇
食後。
私は、桜花と宿の外へ出ていた。
夜の風は、少しだけ冷たい。
でも、遠くに海の匂いがする。
……ああ。
やっぱり、近いんだね。
「桜花」
「はい」
「前にリピトの海へ行ったときのこと、覚えてる?」
桜花は、穏やかに頷いた。
「はい。オリミス様の盾を探しに参りましたね」
「そうそう。私が沖へ行ってる間、桜花には浜辺で待ってもらったんだよね」
「はい。波の音が、とても心地ようございました」
……うん。
あのときは落とし物の回収が優先で、海辺でのんびりする時間はなかった。
今度は観光もできるし、桜花と一緒に景色を楽しみたいな。
「向こうに着いたら、一緒に見に行こうか」
「はい。ぜひ」
桜花が、柔らかく微笑んだ。
…………。
……ああ。
こういう時間も、いいね。
◇
七日目。
朝から、みんな落ち着かない様子だった。
シエルさんは、何度も地図を確認している。
ロロアさんは、海の料理の話を止めない。
ティティーさんは、到着したら何をするか、友人たちと楽しそうに話していた。
……うん。
今日は、いよいよ海。
私も、かなり楽しみだ。
馬車が、なだらかな坂道を登っていく。
左右には、背の低い木々。
空は、どこまでも青い。
…………。
……おっ。
風が、変わった。
潮の匂いが、はっきり分かる。
……ああ。
これは、もう。
「……リオン様」
桜花が、少し前を指さした。
「ん?」
私は、顔を上げた。
坂の向こう。
空の下。
そこに。
…………。
…………。
……おおお。
青いものが。
ずっと。
ずーっと、続いている!
◇
「……海だ!」
思わず、声が出た。
…………。
……ああ。
本当に、海だ!
水平線。
きらきら光る水面。
白い波。
遠くを進む、小さな船。
…………。
……おおおお!
すごい!
私は、しばらく言葉を失った。
後ろから、少女たちの歓声が聞こえてきた。
「きゃあ! 海!」
「本当に青い!」
「すっごく広い!」
……あはは。
みんな、嬉しそうだね!
シエルさんは、地図と実際の海を何度も見比べている。
アルマさんは、手帳を閉じて景色を眺めていた。
ヘランさんは、馬たちの歩みを少し緩めた。
ロロアさんは、海辺の店を探している。
シセルさんは、ただ静かに微笑んでいた。
…………。
……うん。
それぞれの楽しみ方があるんだね。
◇
坂を下ると、海沿いの町サフィリアが見えてきた。
白っぽい壁の家々。
海へ続く道。
港の近くには、魚を売る店が並んでいる。
……おお。
これは、いい町だね!
「ここから、海辺の宿泊施設まではもう少しだよ」
ラギエさんが、前方を指さした。
「到着したら、まず依頼人の皆さんの部屋と荷物を確認する。それから、自由時間にしよう」
「はい!」
…………。
……うん。
そうだね。
まだ、護衛の仕事は終わっていない。
でも。
もう、目の前に海があるんだ。
……ああ。
早く、浜辺へ行ってみたい!
◇
やがて、二台の馬車が海沿いの宿へ入っていった。
広い庭。
風に揺れる木々。
その向こうには、砂浜が見える。
…………。
……おお。
綺麗!
「到着です!」
ラギエさんが、声を上げた。
六人の少女たちが、嬉しそうに馬車から降りてくる。
「着いたー!」
「やった!」
「やっと海だね!」
…………。
……ああ。
無事に着けて、本当によかった。
私は、桜花と顔を見合わせた。
「お疲れさま、桜花」
「リア……いえ、リオン様も、お疲れさまでございました」
……うん。
今、ちょっと危なかったね!
私は、笑って頷いた。
七日間。
馬車で進んだ道。
休憩した村。
夜ごとの宿場。
出会った魔獣。
何度も聞いた、六人の笑い声。
……うん。
全部、楽しかった。
そして。
これから、海での三日間が始まる。
…………。
……おっ。
三日間。
海。
リゾート。
…………。
……あれ。
もしかして。
もしかしなくても。
…………。
……来た。
ついに、来た!
異世界に転生してから、ずっとどこかで期待していた、あの展開!
…………。
……水着回!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
…………。
……いや!
まだ、誰も水着には着替えてないけど!
でも。
青い海が、目の前に広がっている。
…………。
……ああ。
次のお休みが、今から楽しみだね!




