第1話:一つのドワーフ国
「そっちを、もう少し右じゃ!」
「右へ動かしたら、今度は柱に当たるぞ!」
「ならば左じゃ!」
「だから、さっき左にあったじゃろう!」
…………。
……うん。
今日も、ドワーフの人たちは元気だねぇ。
私は、二階の窓から、屋敷の隣に広がる祝賀広場を眺めていた。
ここは、ギーラ国とシーラ国の中間に建てた、両国共通の私たちの屋敷。
どちらの都からも離れた場所で、周囲に町はない。
それなのに、今日は朝から職人さんたちの声がよく聞こえる。
……というのも。
結婚式の会場が、すぐ目の前だからだ。
どちらか一方の都で式を挙げると、もう一方の国の人たちは遠慮してしまうかもしれない。
そこで、二国のちょうど中間にある私の屋敷のそばに、両国の職人さんたちが新しい広場を整備したんだ。
今は赤い布と青い布を持った人たちが、大きな祝いの飾りを組み立てている。
あっちが右だ、こっちが左だと、朝から随分と賑やかだ。
……ああ。
でも、喧嘩をしているわけじゃない。
顔は真剣なのに、どちらも楽しそうなんだよね。
「……リアリス様」
隣から、小さな声がした。
薄紫色の短い髪。
藤だ。
「ん? どうしたの?」
「……会場への送迎馬車、到着しました」
「おっ。もう?」
藤は、小さく頷いた。
「……はい。予定どおり」
「ありがとう。それじゃあ、桜花たちにも声をかけようか」
「……うん」
藤が、静かに部屋を出ていく。
…………。
……ああ。
何だか、久しぶりにこの子とゆっくり話した気がする。
フラワーズは、最近、それぞれの判断で屋敷の担当を入れ替えている。
今日は藤がこちらにいて、普段この屋敷を見ている撫子はフォーサイド魔法国の屋敷へ行っているらしい。
もちろん、どの屋敷も管理や警備に穴が開かないよう、ちゃんと調整している。
……うん。
みんな、仕事ができるねぇ。
私は、もう一度窓の外を見た。
大きな飾りの向きが、ようやく決まったようだ。
「よし! これでどうじゃ!」
「……うむ。よいではないか!」
…………。
……おお。
無事、完成!
……いや。
これ、ただのお祭りの準備じゃないんだよね。
今日は、特別な日だ。
◇
ドワーフ二国の和平交渉から、およそ半年。
私がこの世界へ転生してからは、八か月ほどが過ぎていた。
ギーラ国。
シーラ国。
かつては同じ土地から生まれ、長い間、互いに意地を張り合っていた二つの国。
……うん。
最初に会った頃は、まさかこんな日が来るなんて思わなかった。
でも。
半年の間に、二つの国では少しずつ変化があったらしい。
途絶えがちだった商人の行き来が戻った。
職人さん同士が、技術の話をするようになった。
両国の長王様たちも、何度も話し合いの席を設けていた。
…………。
……ああ。
よかったねぇ。
しかも、今日は。
ギーラ国のミゲイル王子と、シーラ国のイリーナ王女の結婚式。
そして。
二つの国が、一つになる日だ。
…………。
……おお。
改めて考えると、とんでもなく大きな行事だね!
私は、ちょっと緊張してきた。
……いや。
結婚するのは、私じゃないんだけど。
それに、今日は各国の王族や代表者も招かれている。
新しい国の誕生を祝う、大陸規模の式典でもあるんだ。
……おお。
考えるほど、すごい結婚式だね!
◇
「……お父さん!」
廊下から、元気な声がした。
「ん?」
振り向くと、カトレアがこちらへ駆けてきた。
今日は、いつもより少し華やかな服を着ている。
胸元には、小さな花の飾り。
……ああ。
可愛い!
「……みて!」
カトレアが、その場でくるっと回った。
裾が、ふわりと広がる。
「おお! すごく似合ってるよ!」
「……えへへ!」
…………。
……ああ。
写真に残したいなぁ。
……いや。
《想像魔法》で、何か記録できるものを作ればいいのか。
……うん。
それは、あとで考えよう。
「……お父さんも、きれい!」
カトレアが、私の上着を指さした。
今日は、少し改まった装いだ。
桜花が選んでくれた服を着ている。
「ありがとう。カトレアに褒めてもらえると嬉しいな」
「……うん!」
その後ろから、桜花がやってきた。
今日は、普段のメイド服ではなく、落ち着いた色の礼装だ。
……おお。
いつも綺麗だけど、今日はまた雰囲気が違うね。
「リアリス様。お支度はよろしいでしょうか」
「うん。ばっちり!」
「それは何よりでございます」
桜花が、柔らかく微笑んだ。
…………。
……うん。
今日は、みんなでお祝いしよう。
◇
一階へ下りると、食堂からいい香りがしてきた。
……おっ。
これは。
「リアリスちゃん。ちょうどよかったわ」
巴さんが、湯気の立つお椀を並べていた。
「……おお。味噌汁!」
「ふふ。今日は出発まで少し時間があるから、落ち着いて食べていきましょうね」
卓には、白いご飯。
焼き魚。
卵焼き。
それに、野菜のおひたし。
…………。
……ああ。
日本の食卓だ!
これを見るたびに、ちょっと嬉しくなるね。
巴さんは、私が転生前に食べていたような料理も、今ではいろいろ作ってくれる。
食材は、雑貨屋の《取り寄せ》の魔道具で用意できるし。
……うん。
便利な時代になったものだ。
……いや。
この世界で言うのも、何だか変だけど!
「……お父さん。たまご!」
カトレアが、卵焼きを指さす。
「うん。今日は甘い方だね」
「……すき!」
……ああ。
私も好き。
巴さんが、お茶碗を私の前へ置いてくれた。
「結婚式は長くなるかもしれないでしょう? きちんと食べておかないとね」
「ありがとう、巴さん」
「それから、お祝いの席でお酒を勧められても、飲みすぎちゃ駄目よ」
「……あはは。分かってるよ」
…………。
……うん。
何しろ、今日はドワーフの結婚式だ。
お酒、すごそうだねぇ。
火酒とワインの話題だけは、慎重に扱った方がよさそう。
……いや。
もう仲直りしたんだから、そんなに気にしなくていいのかな。
◇
食事を終えると、私は桜花と一緒に来賓の送迎へ向かった。
今日の婚礼には、ドワーフ二国から各国の王族や代表者へ正式な招待が届いている。
でも、ドワーフ大陸まで普通に移動するには、かなり時間がかかる。
そこで、皆さんには事前に連絡しておいて、私が《転移》でお迎えすることにしたんだ。
……うん。
せっかくのお祝いだもん。遠いから来られない、なんて寂しいよね。
◇
まずはシルク王国。カバディ王とシルエット王妃、それにコモド君とアリーナさん。
ローズ帝国からは、ヴァリロッサ皇帝とシルファ皇后。
フォーサイド魔法国のキリア法師長とモースさん、オリミス聖国のパーシー教皇も来てくださった。
エルフ国からはライノーラ森王とライラさん。
ジーラット国からはライオネス獣王。
そして、ドルステン魔国からはドルステン魔王だ。
それぞれの王城や宮殿へ《転移》で出向き、必要な護衛の方々も含めて、一行ずつ屋敷の近くまでご案内した。
近くには両国が設けた来賓用の控え所もあり、会場の係の人たちが順番に案内してくれる。
…………。
……うん。
王様に皇帝、森王に獣王、さらには魔王まで。
この顔ぶれが一度に揃うのって、なかなかないよね!
「リアリス殿! 今日はめでたい日だな!」
ライオネス王が、豪快に笑った。
「はい! 思いっきりお祝いしましょう!」
……うん。
ただし、今日の主役はあくまでミゲイル王子とイリーナ王女。
皆さんも、二人と新しい国を祝うために来てくれたんだ。
……ああ。
いい式になりそうだね。
◇
来賓の皆さんを係の人たちへお願いして屋敷へ戻ると、藤が迎えてくれた。
「……送迎馬車、準備できました」
「ありがとう、藤」
「……いってらっしゃい」
「藤は来ないの?」
尋ねると、藤は小さく首を横へ振った。
「……お屋敷。お客さん、来るから」
…………。
……あっ。
そうだった。
今日は式に出席する人も多いけど、この屋敷に立ち寄るお客様もいるらしい。
屋敷の方には、いつものメイドたちもいる。
藤は、そちらのお世話をしてくれるんだね。
「そっか。じゃあ、帰ったらお土産話をするね」
「……うん」
藤の口元が、ほんの少し緩んだ。
……ああ。
可愛いなぁ。
私は、そっと頭を撫でた。
藤は、気持ちよさそうに目を細めた。
「それじゃあ、行ってきます!」
カトレアも、小さな手を振った。
「……いってきます!」
「……いってらっしゃい」
…………。
……うん。
こうして送り出してもらえる家が、あちこちにある。
何だか、ありがたいことだね。
◇
屋敷の前には、会場へ向かうための馬車が停まっていた。
会場は、屋敷のすぐ近く。
歩いても行ける距離だけど、ミゲイル王子が、お祝いの飾りを眺めながら進めるようにと馬車を用意してくれたんだ。
……おっ。
あの人、そういうところまで気が利くんだね。
せっかくだし、今日は《転移》を使わず、みんなでゆっくり向かおう。
私たちは馬車へ乗り込んだ。
桜花。
カトレア。
巴さん。
そして、私。
馬車がゆっくり動き出す。
窓の外には、両国の職人さんたちが作った飾りが、道沿いに並んでいた。
赤い旗。
青い旗。
その間には、二つの色を合わせた新しい布。
…………。
……おお。
綺麗だねぇ。
「……お父さん!」
「ん?」
「……はた、いっぱい!」
「うん。今日はお祝いだからね」
「……おまつり?」
「そうだね。とても大きなお祭りみたいなものかな」
カトレアが、嬉しそうに窓へ顔を近づけた。
……ああ。
この子にとっては、国が一つになることより、賑やかな飾りの方が分かりやすいよね。
……うん。
それでいい。
今日は、楽しい一日になればいいな。
◇
馬車が祝賀広場へ近づくと、沿道の飾りがいっそう華やかになった。
ギーラ国側から運ばれてきた、力強い意匠の金属細工。
シーラ国側から届いた、繊細な仕掛けの灯り。
それぞれの職人さんたちが、腕を振るったらしい。
……おお。
なんだろう。
同じドワーフの国でも、得意なことが違うんだね。
「リアリス様」
桜花が、窓の外を見つめていた。
「こちらの装飾、左右で作りが異なりますね」
「うん。でも、つなぎ目はちゃんと合ってる」
……ああ。
面白い。
別々に作っていたものが、一つの飾りになってるんだ。
「……お父さん」
カトレアが、真剣な顔で尋ねてきた。
「……これ、ふたつの、おみせ?」
「……ん?」
「……あかと、あお」
……あっ。
そう見えたんだね。
「ううん。前は二つの国だったんだけど、今日から一つの国になるんだよ」
「……ひとつ?」
「うん」
カトレアは、しばらく考えていた。
それから、小さく頷く。
「……なかよし?」
…………。
……ああ。
そういうこと。
「うん。仲良く、一緒にやっていこうって決めたんだ」
「……よかった!」
…………。
……うん。
本当に、よかったね。
◇
到着したのは、今朝、屋敷の窓から眺めていた祝賀広場。
ギーラ国とシーラ国のどちらの都にも偏らない、中間の土地だ。
半年かけて両国の人たちが協力して整備した会場は、今日ばかりは小さな町みたいに賑わっていた。
……おお。
いつもは静かな屋敷の近くが、こんなに華やかになるなんて!
到着すると、たくさんの人が行き交っていた。
鍛冶職人。
商人。
兵士。
子ども連れの家族。
服の色も、装飾も、人によって違う。
……うん。
でも、みんな楽しそう。
「リアリス殿!」
聞き覚えのある声が響いた。
振り向くと、赤い短髪のドワーフが歩いてくる。
……おっ。
「ミゲイル王子!」
ギーラ国の王子、ミゲイル・ギーラ九世。
少し改まった上着を着ていて、胸には金属製の飾りが輝いていた。
……おお。
今日は、いつもより凛々しいね!
「遠いところを、ありがとうございます」
「いえいえ。ぜひお祝いしたかったので!」
ミゲイル王子は、嬉しそうに笑った。
「お元気そうで何よりです。皆様も、ようこそ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
桜花が丁寧に頭を下げる。
巴さんも、にこやかに会釈した。
カトレアは、私の後ろからそっと顔を覗かせる。
「……こんにちは」
「こんにちは、カトレアちゃん」
ミゲイル王子が、小さな目線へ合わせるように屈んだ。
「今日は、楽しんでいってくださいね」
「……うん!」
…………。
……ああ。
いい人だなぁ。
こんな人が、これから国を支えていくんだね。
◇
ところが。
ミゲイル王子は、少し困ったように笑った。
「……実は、まだ緊張しておりまして」
「……おっ。結婚式だから?」
「はい。皆の前で誓いの言葉を述べるだけなのですが……」
…………。
……あはは。
『だけ』って。
それが、きっと一番緊張するんじゃない?
「大丈夫ですよ。イリーナ王女が、隣にいるんでしょう?」
私が言うと、ミゲイル王子は少し目を丸くした。
「……ええ。そうですね」
それから、穏やかに笑った。
「確かに、二人なら大丈夫です」
…………。
……うん。
いい笑顔だ。
私は、思わず頷いた。
「それに、今日は誰も王子を倒そうとしてませんから」
「……ははは!」
ミゲイル王子が、声を上げて笑った。
「それは、ありがたいです!」
…………。
……ああ。
ちょっと、緊張がほぐれたかな。
よかった。
そのとき。
「……ミゲイル!」
広場の向こうから、別の声が聞こえてきた。
……おっ。
誰だろう。
◇
橙色の長い髪。
背丈はミゲイル王子より少し低い。
きりっとした目元の、小柄な女性が近づいてきた。
……おお。
「イリーナ王女!」
「リアリス様!」
シーラ国の第一王女、イリーナさんだ。
今日は、落ち着いた色の礼装に、繊細な金属細工の髪飾りを着けている。
……ああ。
よく似合ってるねぇ。
「本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただいて嬉しいです。ご結婚、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます」
イリーナ王女が、照れたように微笑んだ。
ミゲイル王子は、隣へ並ぶ彼女を見て、少し安心したようだった。
…………。
……おっ。
ほんのさっきまで緊張してたのに!
……うん。
なるほどねぇ。
「……お父さん」
カトレアが、私の手を引いた。
「ん?」
「……おひめさま、きれい」
「うん。本当にね」
聞こえたらしく、イリーナ王女が嬉しそうにしゃがんだ。
「ありがとうございます」
「……えへへ」
カトレアは、少し照れた顔をした。
……ああ。
こういう場面、可愛いなぁ。
◇
「ところで、リアリス様」
イリーナ王女が、少し身を乗り出した。
「半年ほど前、両国の話し合いにお力添えいただいたこと、改めてお礼を申し上げます」
「……ああ。いえいえ」
私は、手を振った。
「話し合って決めたのは、皆さんですから」
……うん。
あのときは、確かに手伝った。
昔の出来事を《歴史閲覧》で調べて、長い争いの始まりを確かめた。
でも。
そのあと半年間、何度も顔を合わせて、折り合いをつけてきたのは、この国の人たちなんだよね。
「それに、結婚はお二人が決めたことでしょう?」
「……はい」
イリーナ王女が、ミゲイル王子を見た。
「私たちは、昔から互いの国を知っていました。けれど、自由に会えるようになったのは最近のことです」
……おっ。
そうだったんだ。
ミゲイル王子も、小さく頷いた。
「互いにやりたいことを話しているうちに、同じ方向を向いていると気づきまして」
「……ああ」
いいねぇ。
私は、二人を見比べた。
片方は、武器を作る国の王子。
もう片方は、兵器や魔工技術を研究する国の王女。
得意分野は違うけれど、ものづくりが好きなのは同じ。
……うん。
似合ってるよ、二人とも。
◇
「ただ……」
ミゲイル王子が、少しだけ声を落とした。
「私たちが結婚するだけなら、もっと簡単だったかもしれません」
…………。
……おっ。
そうなの?
「国を一つにするとなると、長い間の仕組みを変えなくてはなりません。まだ、戸惑う人もいます」
イリーナ王女も頷いた。
「私たちだけが喜んでいては、駄目なのです」
…………。
……うん。
そうだよね。
国が一つになれば、今まで使っていた決まりや役所の仕事も変わる。
商人さんの行き来だって増える。
嬉しいだけの話ではないのかもしれない。
「でも、今日ここへ来て、皆さんの顔を見たら……」
イリーナ王女は、広場を見渡した。
「少し、安心しました」
…………。
……ああ。
職人さんたち、みんな楽しそうに準備してるもんね。
「これから、ゆっくり作っていけばいいんじゃないですか」
私は、笑って答えた。
「だって、新しい国なんですから」
…………。
……うん。
国づくりのことは、私にはよく分からない。
でも、今日から全部完璧じゃなくてもいいと思うんだ。
ミゲイル王子とイリーナ王女は、顔を見合わせた。
それから、同時に笑った。
「……そうですね」
「はい。ありがとうございます」
……おっ。
何だか、二人とも表情が明るくなったね。
よかった。
◇
会場の係の人に案内されて、私たちは来賓の待合室へ向かった。
そこでは、各国の来賓やドワーフ二国の関係者が談笑していた。
先ほど私がお連れした皆さんも、無事に到着している。
「リアリス、今日は面白いことになりそうだな!」
ヴァリロッサ皇帝が、上機嫌で声をかけてきた。
「はい! 今日はお祝いですからね!」
……うん。
手合わせの話にならなくて、よかった!
でも、ここでは各国の顔ぶれより、花婿と花嫁の方がずっと目立っている。
……ああ。
それがいいよね。
「リアリス殿!」
奥の方から、低く力強い声。
……あっ。
「スミノ長王!」
ギーラ国の長王、スミノさん。
赤茶色のドレッドヘア。
今日は、普段よりも立派な上着を身に着けている。
「よう来た! 待っておったぞ!」
「お久しぶりです!」
「……ふむ。半年も経つと、顔を見る機会も減るものじゃな!」
…………。
……あはは。
そうだね。
《映像通話》で時々話してはいたけど、実際に会うのは久しぶりだ。
スミノ長王は、私の肩を大きな手で叩いた。
「今日は、楽しんでいけ!」
「はい!」
……うん。
この人、相変わらず豪快だなぁ。
そこへ。
「……スミノ。客人を困らせるな」
別の声がした。
……おっ。
◇
「ケリィ長王!」
シーラ国の長王、ケリィさんだった。
青みを帯びた茶色のドレッドヘア。
慎重そうな目つき。
……うん。
こちらも、以前と変わらないね。
「リアリス殿。よく来てくださった」
「お招きいただき、ありがとうございます」
「今日は、国にとって大きな日になる」
ケリィ長王が、穏やかな顔で言った。
「……そうですね」
……うん。
この人から、こんなに柔らかい言葉を聞くなんて。
あの和平交渉の日には、想像もしていなかったなぁ。
「何をしんみりしておる!」
スミノ長王が、がははと笑った。
「今日は祝いの日じゃ! 笑わんか!」
「お主は、いつも笑いすぎじゃ」
「何じゃと!」
…………。
……あっ。
始まった。
また、言い合い!
……いや。
二人とも、顔は笑ってる。
「……ふふ」
ケリィ長王も、ついに笑った。
スミノ長王が、嬉しそうに頷く。
…………。
……ああ。
半年前のあの席とは、全然違うね。
◇
「リアリス殿」
ケリィ長王が、少し改まった顔になった。
「今回の婚礼は、二人のためのものだ。そして、その後に新しい国について宣言する」
「はい」
「わしらだけで決めたことではない。職人たちも、商人たちも、互いに話し合ってくれた」
……うん。
そうなんだ。
スミノ長王も、珍しく静かに頷いた。
「ミゲイルとイリーナが、何度も両方の町を行き来してな」
「お二人が?」
「うむ。二人とも、なかなか頑固じゃぞ」
…………。
……おっ。
そうなの?
「誰に似たのかのう」
ケリィ長王が、横目でスミノ長王を見る。
「……お主に決まっておる」
「何を言う! そちらも相当じゃろう!」
…………。
……あはは。
やっぱり、この二人の子どもだねぇ。
……いや。
そんなこと、本人たちの前では言えないけど!
◇
来賓室の扉が開き、係の人が入ってきた。
「式の準備が整いました」
…………。
……おっ。
いよいよだね。
スミノ長王が、胸を張った。
「よし! 行くぞ!」
「……お主が新郎ではないぞ」
ケリィ長王が、すぐに突っ込んだ。
…………。
……あっ。
確かに!
巴さんが、小さく笑っている。
カトレアも、二人を見て楽しそうにしていた。
「……お父さん」
「ん?」
「……おじいちゃん、げんき!」
「……あはは。そうだねぇ」
……うん。
元気すぎるくらいだね!
私は、カトレアの手を握った。
「じゃあ、一緒に見に行こうか」
「……うん!」
桜花が、そっと反対側に並ぶ。
……ああ。
私たちも、いい席でお祝いさせてもらおう。
◇
広場に出ると、空気が変わった。
さっきまで賑やかだった人たちが、少しずつ席へ着いていく。
中央には、石で作られた小さな壇。
その後ろには、二つの国の職人さんたちが協力して作った、大きな金属の飾りがあった。
…………。
……おお。
見事だねぇ。
片方には、力強い鍛造の模様。
もう片方には、細かく組み合わされた歯車のような意匠。
その二つが中央でつながり、一つの輪になっている。
……うん。
いいなぁ。
どちらが上でも、下でもない。
ちゃんと、一緒に並んでる。
「……お父さん」
カトレアが、小声で呼んだ。
「ん?」
「……きらきら!」
「そうだね」
陽の光が金属に反射して、広場へ細かな光を落としていた。
……ああ。
今日は、本当にいい天気だね。
◇
私たちは、案内された席へ着いた。
桜花は私の隣。
その隣にカトレア。
巴さんは、カトレアの服の裾をそっと整えている。
……うん。
こうして座っていると、何だか家族の行事みたい。
ただし、式の規模は全然違うけど!
少し離れた来賓席には、各国の王族と代表者たちも並んでいる。
カバディ王はコモド君たちと穏やかに話し、アリーナさんはカトレアへ小さく手を振ってくれた。
ライノーラ森王とライラさん、ライオネス獣王、ドルステン魔王の姿も見える。
キリア法師長やパーシー教皇も、式の始まりを待っていた。
……うん。
いろいろな国の人が集まっているけれど、今日はみんな、二人を祝うお客様なんだね。
周りには、ギーラ国とシーラ国の人たちが入り交じって座っていた。
どちらの国の人か、服装だけでは分からない人もいる。
……おっ。
今までは、席まで分けていたのかもしれないね。
今日は、そんな感じがしない。
私は、ふと近くの声を聞いた。
「その髪飾り、うちの工房で作ったんだよ」
「へえ。綺麗だねえ。うちの爺さんが作った金具と同じ技法だ」
「そうなのか?」
「今度、見に来るかい?」
…………。
……ああ。
いいねぇ。
ものづくりの話から、自然に友達になってる。
この国の人たちらしいなぁ。
◇
やがて、広場に鐘の音が響いた。
高く、澄んだ音。
それが、ゆっくりと何度か続く。
……うん。
式の始まりだね。
人々が、静かに前を向いた。
まず、ミゲイル王子が壇の前へ進んだ。
赤い髪。
堂々とした姿勢。
……おお。
さっきの緊張は、どこへ行ったんだろう。
……いや。
よく見ると、ちょっと肩に力が入ってるね。
私は、思わず微笑んだ。
続いて。
橙色の長い髪を揺らしながら、イリーナ王女が現れた。
…………。
……おお。
綺麗だ。
白を基調にした衣装の袖や裾には、繊細な刺繍が入っている。
金属細工の髪飾りも、さっきより一段と輝いて見えた。
「……お父さん」
カトレアが、目を輝かせている。
「……おひめさま!」
「うん。綺麗だね」
……ああ。
カトレア、すっかり夢中だ。
◇
二人が、壇の中央で向かい合った。
そこへ、スミノ長王とケリィ長王が進み出る。
……うん。
いつも大きな声で話す二人だけど、今日は静かだね。
まず、スミノ長王が口を開いた。
「ミゲイル。お主は、ここに立つイリーナを、生涯の伴侶とするか」
……おっ。
誓いの言葉だ。
ミゲイル王子は、迷いなく答えた。
「はい。私は、イリーナと共に歩むことを誓います」
……うん。
いい声だね。
続いて、ケリィ長王が娘へ尋ねる。
「イリーナ。お主は、ここに立つミゲイルを、生涯の伴侶とするか」
「はい。どんなときも互いに支え合い、共に歩むことを誓います」
…………。
……ああ。
素敵だなぁ。
二人とも、まっすぐ相手を見ている。
私が感心していると、カトレアが小声で尋ねた。
「……お父さん」
「ん?」
「……ふたり、ずっといっしょ?」
「うん。そういう約束をしてるんだよ」
「……すてき」
…………。
……ああ。
そうだね。
私も、そう思うよ。
◇
誓いを終えた二人へ、小さな箱が運ばれてきた。
箱の中には、二つの指輪。
……おお。
ドワーフの職人さんが作ったんだろうね。
表面には、細かな模様が刻まれている。
ミゲイル王子が、イリーナ王女の指へ指輪を通した。
イリーナ王女も、ミゲイル王子へ同じように指輪を贈る。
……うん。
こういう習慣は、日本とも少し似ているんだね。
ただし。
指輪の出来は、さすがドワーフという感じだ。
小さな金属の輪なのに、見ているだけで職人さんの腕のよさが伝わってくる。
「……これで、二人は夫婦じゃ!」
スミノ長王が、力強く宣言した。
…………。
一瞬の静寂。
それから。
わああああっ!
広場いっぱいに、歓声が広がった。
大きな拍手。
祝福の声。
何度も響く鐘の音。
各国の来賓席からも拍手が上がった。
どの国の人も、新郎新婦へ温かな祝福を送っている。
……ああ。
国が違っても、こういう日は一緒に喜べるんだね。
……おお!
すごい!
私も、思わず立ち上がって拍手した。
「おめでとうございます!」
カトレアも、小さな両手を一生懸命動かしている。
「……おめでとー!」
…………。
……ああ。
いいねぇ。
私は、思わず笑ってしまった。
◇
拍手が少し落ち着くと、今度はケリィ長王が壇の中央へ進んだ。
その隣には、スミノ長王。
そうだ。
今日の大きな行事は、もう一つあるんだった。
ケリィ長王は、広場を見渡した。
それから、ゆっくり口を開く。
「ギーラ国とシーラ国は、長い間、別々の道を歩んできた」
…………。
広場が、静かになった。
「互いの違いを理由に、顔を背けたこともあった。昔の争いを引きずり、必要のない壁を作っていたこともあった」
……うん。
そうだったね。
スミノ長王が、隣で頷いた。
「じゃが! わしらは、どちらも同じ大地で鍛冶を営む者じゃ!」
大きな声が、広場へ響く。
「武器を作る者も! 新しい道具を生み出す者も! 皆、ものづくりを愛する仲間じゃ!」
……おお。
力強いねぇ。
「その力を、これからは一緒に使おうではないか!」
…………。
……ああ。
いい言葉だ。
ケリィ長王が、静かに続けた。
「両国の代表者は話し合いを重ね、互いの制度を改め、国を統合することで合意した」
……うん。
ここまでの半年間、みんなで決めてきたことなんだ。
私は、じっと耳を傾けた。
◇
「本日をもって」
ケリィ長王が、声を張った。
「ギーラ国とシーラ国は、一つの国となる!」
…………。
……おお。
ついに!
スミノ長王が、大きく腕を上げた。
「新たな国の名は――」
…………。
広場の人たちが、息を呑んだ。
「――シギラ国じゃ!」
…………。
わあああああっ!
再び、歓声が広がった。
今度は、さっきより大きいかもしれない。
……おおお!
シギラ国!
……ああ。
いい名前だねぇ。
シーラとギーラ。
二つの名前が、一つになったんだ。
カバディ王たちも立ち上がり、新しい国の誕生へ拍手を送っている。
……うん。
ドワーフの皆さんにとっても、各国から祝ってもらえるのは嬉しいだろうね。
……うん。
覚えやすい!
私は、思わず笑った。
カトレアが、私の袖を引く。
「……お父さん!」
「ん?」
「……しぎら!」
「うん。新しい国の名前だよ」
「……しぎら!」
…………。
……ああ。
気に入ったみたいだね。
◇
新しい国の名が告げられると、壇の後ろで大きな布が外された。
その下から現れたのは、二つの国の意匠を合わせた新しい紋章。
…………。
……おお!
朝、屋敷の庭で見た飾りと似た色合いだ。
ただし、こちらはもっと立派。
金属を組み合わせた大きな盾のような形をしている。
その中央には、二つの模様をつなぐ輪。
……うん。
きっと、両国の職人さんたちが作ったんだろうね。
私は、隣の桜花へ小声で話しかけた。
「すごいね。あれ、全部手作りなんだよね」
「はい。非常に精巧でございます」
「……うん。魔法じゃなくて、こうやって作れるんだからすごいなぁ」
桜花が、小さく頷いた。
……ああ。
職人の技術って、やっぱりいいね。
◇
ケリィ長王は、さらに続けた。
「新しい国には、ガルドバとバルドバ、二つの首都がある」
……うん。
ギーラ国の首都だったガルドバ。
シーラ国の首都だったバルドバ。
どちらも、長い歴史のある土地だ。
「ガルドバを第一首都、バルドバを第二首都と定める。政務の中心はガルドバに置くが、バルドバを忘れるわけではない」
…………。
……おっ。
「バルドバでは、これまで培った魔工技術をさらに伸ばしていく。旧行政府の建物も、新しい研究の場として活用する」
……おお。
なるほど!
役所が変わっても、建物も技術も活かせるんだね。
スミノ長王が、力強く頷いた。
「武器も! 魔工の道具も! どちらもシギラの誇りじゃ!」
…………。
……ああ。
いいなぁ。
私は、少し胸が温かくなった。
どちらか一つを消してしまうのではなく、両方を大事にする。
……うん。
そういう国なら、きっと面白いものがたくさん生まれそうだね。
◇
最後に、ミゲイル王子とイリーナ王女が壇の前へ進んだ。
先ほどまで新郎新婦だった二人。
今は、新しい国を担う人たちとして、皆の前に立っている。
……うん。
表情が、少し引き締まったね。
ミゲイル王子が、はっきりした声で話し始めた。
「今日から私たちは、シギラ国の民です」
…………。
広場に、静かな声が響く。
「ギーラとシーラで培われたものを、どちらも失わずに残していきたい。私たちは、それぞれのよいところを学び合う国を目指します」
続いて、イリーナ王女。
「違う考えを持つ人がいても、すぐに敵だと決めつけず、話し合える国でありたいと思います」
…………。
……ああ。
いい言葉だ。
昔のことを知っている二人だから、言えるんだろうね。
「そして」
イリーナ王女が、ミゲイル王子を見た。
「これからは、私たち二人も互いに支え合い、皆さんと一緒に歩んでいきます」
ミゲイル王子が、穏やかに頷いた。
…………。
大きな拍手が、広場を包んだ。
……うん。
新しい国の始まりだね。
◇
壇を下りてきた二人のもとへ、たくさんの人が集まった。
祝福の言葉。
花束。
贈り物。
……おお。
ものすごい人気だ。
私たちは、少し離れた場所で順番を待つことにした。
「……お父さん」
カトレアが、両手に持った小さな花束を見つめていた。
「ん?」
「……わたせる?」
「うん。もう少し待とうね」
…………。
そう。
今日のために、カトレアが選んだ花なんだ。
屋敷の花壇で育てた花を、巴さんがきれいにまとめてくれた。
大きな花束ではない。
でも、カトレアが一生懸命選んだものだ。
……うん。
きっと、喜んでくれるよ。
桜花が、そっとカトレアの背中へ手を添えた。
「カトレア様。お二人とも、お喜びになると思います」
「……うん!」
…………。
……ああ。
楽しみだね。
◇
しばらくして。
私たちの番が来た。
「ミゲイルさん、イリーナさん。改めて、おめでとうございます!」
私が声をかけると、二人が揃って笑った。
「ありがとうございます、リアリス殿」
「今日は、本当に嬉しいです」
……うん。
こちらまで嬉しくなるね。
私は、カトレアへ目を向けた。
「ほら。カトレアからも」
カトレアは、少し緊張した顔で前へ出た。
「……あの」
小さな花束を、両手で差し出す。
「……おめでとう!」
…………。
……ああ。
言えた!
イリーナ王女が、目を大きく開いた。
それから、すぐにしゃがんで花束を受け取った。
「……まあ。ありがとうございます」
ミゲイル王子も、嬉しそうに頷く。
「とても綺麗な花ですね」
「……わたし、えらんだ!」
「そうなのですか。大切にしますね」
…………。
……ああ。
カトレア、嬉しそう!
私は、思わず微笑んだ。
高価な贈り物は、いろんな国から届くだろう。
でも。
こういう小さな花束も、いいよね。
◇
式のあとには、広場を使った大きなお祝いの宴が開かれた。
……おお。
すごい!
並んでいる料理の数が、ちょっとおかしい。
焼いた肉。
野菜を煮込んだ料理。
大きな鍋いっぱいのスープ。
山盛りの果物。
そして。
…………。
……あっ。
あれは。
ものすごく大きな酒樽!
「リアリスちゃん」
巴さんが、私の隣で笑っている。
「お酒を飲むのは、ほどほどにね」
「……はい!」
……うん。
やっぱり、見逃してもらえなかった!
私は、まずカトレアの食事を用意することにした。
肉は、小さく切って。
熱いものは、少し冷まして。
……うん。
こういうところでは、いつもと同じお父さんだね。
「……お父さん」
「ん?」
「……おにく、おいしい!」
「よかった!」
……ああ。
カトレアの笑顔を見ると、それだけで来た甲斐があるなぁ。
◇
少しすると、スミノ長王が大きな杯を持って現れた。
「リアリス殿!」
「……おっ」
……ああ。
来た。
お酒の時間だ!
「今日は飲んでいけ! 祝いの日じゃ!」
「ありがとうございます!」
私は、差し出された杯を受け取ろうとした。
……が。
その向こうから、ケリィ長王が現れた。
「待て、スミノ」
「何じゃ!」
「お主、勝手に火酒を勧めるでない」
…………。
……あっ。
…………。
……えっ。
まさか。
また、あの話!?
私が固まっていると、ケリィ長王が別の杯を差し出した。
「ワインもある。客人には選んでもらうべきじゃ」
…………。
…………。
……おお。
そういうことか!
スミノ長王が、にやりと笑った。
「何じゃ、ケリィ。相変わらずワインが好きじゃのう」
「お主こそ、火酒ばかりではないか」
…………。
……うん。
昔なら、ここから大変なことになったのかもしれない。
でも。
「がはは! ならば、両方用意すればよい!」
「……ふむ。それがよい」
…………。
……おお!
簡単にまとまった!
……いや。
最初から、そうしていればよかったんじゃない?
…………。
……あはは。
今さらだね。
◇
私は、少し考えてからワインを少量だけ受け取った。
「ありがとうございます。今日は、これくらいで」
「む? 遠慮するな」
スミノ長王が、杯を見た。
「いえ。あとでカトレアとも遊びたいので」
そう言うと、長王は、ぱっと笑った。
「がはは! 娘にはかなわぬか!」
「……あはは。そうなんです」
…………。
……うん。
正確には、リバーシでもかなわないんだけどね!
ケリィ長王が、静かに微笑んだ。
「よいことじゃ。家族を大事になされよ」
「はい!」
…………。
……ああ。
いいなぁ。
こういう時間。
私は、杯をそっと持ち上げた。
「新しい国と、お二人の結婚に」
スミノ長王が、大きく頷く。
「乾杯じゃ!」
「乾杯」
…………。
杯が、軽く触れ合った。
……うん。
今日は、本当にめでたい日だね。
◇
宴の途中で、私は少し広場を歩いてみた。
あちらでは、ギーラの職人さんが金属細工を見せている。
こちらでは、シーラの職人さんが小さな魔工道具を動かしていた。
…………。
……おっ。
面白そう。
「これは、何ですか?」
私は、机の上に置かれた小さな装置を指さした。
若いドワーフの男性が、誇らしげに説明してくれた。
「明かりを灯すための試作品です。燃料を使わず、魔力をためて光らせる仕組みを研究しているんです」
「……おお!」
すごいね。
《想像魔法》なら、光を出す道具を作るのは簡単だ。
でも、この人たちは、自分たちの技術で同じことをしようとしている。
……うん。
何だか、いいね。
「今度、ギーラの鍛冶職人とも一緒に外装を作るんですよ」
「へえ。楽しみですね!」
…………。
……ああ。
国が一つになると、こういう協力も増えるんだ。
どんなものが生まれるのか、私も見てみたいな。
◇
さらに奥へ進むと、別の職人さんが小さな金属製の箱を開けていた。
中には、白と黒の丸い石。
……あっ。
「……リバーシ!」
思わず、声が出た。
「おっ。知ってるのかい?」
職人さんが、こちらを見る。
「……はい。ちょっと」
…………。
……いや。
『ちょっと』どころじゃないんだけど。
説明が面倒なので、ここは黙っておこう。
「最近、旅の商人から買ったんだ。これが面白くてな!」
……おお。
ここにも、広がってたんだね。
「今日も、空いた時間にみんなで遊ぼうと思ってるんだよ」
「いいですね!」
すると、職人さんが私の顔をじっと見た。
「……あんた、もしかして」
…………。
……あっ。
ばれた?
「……いや。どこかで見たと思ったが」
…………。
……うん。
何だろう。
「……祝いの席で、さっき長王たちと話していた方か?」
「……はい」
「おお! そうか! なら、ぜひ一局やっていきな!」
…………。
……えっ。
対戦のお誘い!?
私は、少し笑ってしまった。
「ありがとうございます。でも、今日は家族と来てるので、また今度!」
「そりゃ残念!」
職人さんが、大きく笑った。
……うん。
こういう出会いも、楽しいね。
◇
その頃。
カトレアは、巴さんと一緒に花の飾りを見ていた。
私は、二人のところへ戻った。
「カトレア、楽しい?」
「……うん!」
小さな手が、私の袖を掴む。
「……あのおはな、きれい!」
「本当だね」
広場の端には、小さな花壇が作られていた。
色とりどりの花が並び、真ん中には小さな石の札が立っている。
……おっ。
何だろう。
近づいてみると、札には、新しい国の名前が刻まれていた。
『シギラ国』
…………。
……ああ。
いいねぇ。
金属だけじゃなく、花でもお祝いしてるんだ。
「……お父さん」
「ん?」
「……ここ、ずっと、おはな?」
「……そうだね。きっと、これからも育てていくんじゃないかな」
カトレアが、嬉しそうに微笑んだ。
「……わたしも、そだてたい」
「うん。お家の花壇にも、いろいろ植えようね」
…………。
……ああ。
この子は、やっぱり花が好きだね。
◇
そこへ、ミゲイルさんとイリーナさんが歩いてきた。
「リアリス殿」
「……おっ」
私は、振り返った。
「お疲れさまです。今日は、ずっと忙しそうですね」
「……はは。ようやく、少し落ち着きました」
ミゲイルさんが、穏やかに笑う。
イリーナさんも、花壇を見て微笑んでいた。
「カトレアちゃん。さきほどのお花、本当にありがとうございました」
「……うん!」
「お部屋に飾らせていただきますね」
……おお。
ちゃんと覚えてくれてる。
カトレアが、嬉しそうに私の後ろへ隠れた。
……ああ。
照れてるねぇ。
◇
「新しい国、どうですか?」
私が尋ねると、ミゲイルさんは少し考えた。
「……正直に言えば、まだ実感がありません」
「……おっ」
「朝までは、私はギーラ国の王子でした。ですが、今はシギラ国の一員ですから」
…………。
……ああ。
そっか。
朝と夕方で、国の名前が変わったんだもんね。
イリーナさんも頷いた。
「明日になっても、急に街の景色が変わるわけではありません。昔からの習慣も残るでしょう」
……うん。
そうだね。
国の名前が変わったからといって、今日から別人になるわけじゃない。
「でも」
イリーナさんは、ミゲイルさんの手を取った。
「これから、少しずつ変えていければと思います」
ミゲイルさんが、優しく握り返す。
「ええ。二人で」
…………。
……ああ。
いい夫婦だなぁ。
私は、思わず笑ってしまった。
「応援してますよ!」
「ありがとうございます」
…………。
……うん。
きっと、大丈夫。
この二人なら、うまくやっていけそうだね。
◇
そのとき。
広場の向こうから、大きな声が聞こえた。
「ミゲイルー!」
…………。
……おっ。
スミノ長王だ。
「イリーナー! どこじゃ!」
…………。
……あっ。
ケリィ長王まで!
ミゲイルさんが、少し困った顔をした。
「……どうやら、探されているようです」
……あはは。
結婚したばかりなのに、大忙しだね。
イリーナさんは、苦笑していた。
「父たちは、今度はどちらが先に祝杯をあげるかで張り合っているのでしょうか」
…………。
……えっ。
また、お酒!?
ミゲイルさんが、小さく笑った。
「たぶん、両方一緒でいいと言えば収まりますよ」
…………。
……あっ。
この人。
もう、扱い方を分かってる!
「……それがよさそうですね」
イリーナさんも、楽しそうに頷いた。
…………。
……うん。
未来のシギラ国、案外安泰かもしれないねぇ。
◇
夕方。
宴がひと段落すると、広場には柔らかな灯りがともり始めた。
赤い光。
青い光。
それが混ざり合うように、道沿いを照らしている。
…………。
……ああ。
綺麗だね。
昼間とは、また違う雰囲気だ。
カトレアは、私の隣で少し眠そうにしていた。
……うん。
朝からずっと遊んでたもんね。
「カトレア。そろそろ帰ろうか」
「……うん」
小さな手が、私の手を握る。
私は、桜花と巴さんへ目を向けた。
「今日は、楽しかったね」
「はい。とてもよい式でございました」
桜花が、静かに頷く。
巴さんも、にこやかに笑った。
「ええ。皆さん、幸せそうだったわね」
……うん。
そうだね。
国が一つになったことも嬉しいけれど。
何より、あの二人が幸せそうだった。
それが、一番よかったなぁ。
◇
帰りの馬車に乗ると、カトレアはすぐに私の肩へ寄りかかった。
……おっ。
眠くなっちゃったね。
「……お父さん」
「ん?」
「……おひめさま、しあわせ?」
…………。
……ああ。
さっきの結婚式のことかな。
「うん。とっても幸せそうだったね」
カトレアは、小さく頷いた。
「……よかった」
……うん。
本当にね。
私は、カトレアの頭を優しく撫でた。
馬車の窓の向こうでは、新しい国を祝う灯りが、少しずつ遠ざかっていく。
…………。
……ああ。
今日は、忘れられない日になりそうだ。
◇
屋敷へ戻ると、藤が玄関で待っていてくれた。
「……おかえり」
「ただいま、藤!」
藤の視線が、眠そうなカトレアへ向く。
「……おつかれさま」
「……うん」
カトレアが、かすかに笑った。
……ああ。
もう、寝ちゃいそうだね。
「藤。今日のお屋敷はどうだった?」
「……問題なし」
「そっか。ありがとう」
藤は、小さく頷いた。
……うん。
相変わらず、簡潔だ。
でも、ちゃんと伝わるね。
私は、そっと頭を撫でた。
「明日は、みんなでゆっくりしようか」
「……うん」
藤が、ほんの少し微笑んだ。
……ああ。
この子も、嬉しそう。
◇
カトレアを部屋へ連れていき、寝台へそっと寝かせる。
まだ九歳。
今日見たものも、きっと全部は覚えていないかもしれない。
でも。
花の飾り。
綺麗な花嫁さん。
大きな拍手。
あの笑顔。
……うん。
何か一つでも、楽しい思い出になってくれたらいいな。
「……お父さん」
小さな声がした。
「ん?」
「……あしたも、おはな、みる?」
「うん。もちろん」
「……やった」
…………。
……ああ。
もう眠りそうなのに。
最後まで花の話なんだねぇ。
私は、カトレアの額をそっと撫でた。
「おやすみ」
「……おやすみ……」
…………。
やがて、小さな寝息が聞こえ始めた。
……うん。
今日も、いい一日だったね。
◇
その夜。
私は、ドワーフ大陸の屋敷の書斎で、各国から届いた連絡を確認していた。
……うん。
今日は、結婚式だった。
でも、明日からは、ちゃんと新しい国の仕事が始まるんだよね。
ガルドバ。
バルドバ。
どちらも、これからはシギラ国の首都だ。
私の屋敷は、今までどおり一軒。
ギーラ国とシーラ国の間に置いた場所は、国が一つになっても変わらない。
……ああ。
もともと、二つの国が仲良く使えるようにと思って建てた家だった。
まさか、国そのものが一つになるとはねぇ。
……うん。
何だか、不思議な気分だ。
机の上には、新しい国の名前が記された書状があった。
『シギラ国』
……おお。
文字で見ると、実感が湧くね。
私は、思わず笑った。
◇
「リアリス様」
桜花が、静かに入ってきた。
「各邸へ、新しい国名を共有いたしました」
「ありがとう、桜花」
「ドワーフ大陸の雑貨屋でも、明日から案内表記を改める予定です」
「……おっ。そうだね!」
……うん。
国が一つになったんだから、看板や案内も変わるよね。
「でも、昔の国名まで全部消さなくてもいいよね」
「はい。地名や歴史として、引き続き必要になるかと」
「そうだよね」
……ああ。
ギーラ国とシーラ国があったことは、なくならない。
でも、これから生まれるものには、シギラ国の名前がつく。
……うん。
そういう変化も、いいねぇ。
「ところで、リアリス様」
「ん?」
「明日以降のご予定はいかがなさいますか」
…………。
……おっ。
予定かぁ。
私は、少し考えた。
今日は、たくさんの人に会った。
素敵な式を見た。
美味しい料理も食べた。
国の誕生まで見届けた。
……うん。
かなり充実してたね。
「しばらくは、のんびりしたいなぁ」
私が答えると、桜花が微笑んだ。
「かしこまりました」
……ああ。
やっぱり、分かってくれる。
「そうだ。せっかくだし、次は家族で少し遠出するのもいいかもね」
「……遠出、でございますか?」
「うん。海とか」
…………。
……あっ。
いいね。
青い海。
白い砂浜。
波の音。
……おお。
想像したら、ちょっと行きたくなってきた!
ただし。
今日は、もう遅い。
まずは、ゆっくり寝よう。
「桜花。おやすみ」
「おやすみなさいませ、リアリス様」
……うん。
こうして、二つのドワーフ国は一つになった。
新しい国、シギラ国。
これから、いろんなものが生まれていくんだろうな。
私は、少しだけ楽しみになった。
……ああ。
それにしても。
今日は、めでたいことばかりだったね。
……うん。
明日も、穏やかな一日だといいなぁ。
――そんな私が、数日後、本当に海へ向かうことになるなんて。
このときは、まだ思ってもいなかった。




