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第6話:盗賊襲撃!襲撃?

 冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、懐かしい匂いがした。


 革の装備。


 磨かれた金具。


 それから、朝から元気な冒険者たちの声。


 ……うん。


 やっぱり、ここへ来ると少しわくわくするね。


 ここしばらくは、いろんな国へ行ったり、王様と話したり、リバーシが大陸中に広まったり。


 …………。


 ……いや。


 改めて並べると、普通の冒険者の日常からだいぶ遠いなぁ。


「リアリス様」


 隣を歩く桜花が、小さく声をかけてきた。


「……あっ」


 私は、思わず周囲を見回した。


 ……うん。


 幸い、誰もこちらを気にしていない。


「桜花。ここでは?」


「……リオン様、でございますね」


「そうそう」


 桜花が、ほんの少しだけ目を伏せた。


「失礼いたしました」


「いや、いいよ。家ではリアリス様だし、間違えそうになるよね」


 …………。


 ……うん。


 私も、そろそろ自分の偽名に慣れないと。


 冒険者リオン。


 Fランク。


 ただし、依頼の受注制限なし。


 …………。


 ……あれ。


 隠れる気があるのかないのか、よく分からない身分だね。


     ◇


 掲示板の前へ行くと、今日は依頼書がたくさん貼ってあった。


 薬草採取。


 街道の見回り。


 荷物の配送。


 魔獣の討伐。


 ……うん。


 こういうの、いいねぇ。


 何か一つ、平和に終わりそうなものを……。


「……おっ?」


 私は、一枚の紙の前で足を止めた。


 『馬車護衛。王都クーラルよりマリノアまで』


 …………。


 馬車護衛!


 いいじゃないか。


 旅をしながら、依頼人を守る。


 いかにも冒険者って感じだよね。


 しかも、目的地はマリノア。


 王国の北東にある、森林と湖に囲まれた町だ。


 ……うん。


 昔、似た方面へ行ったことがあるなぁ。


 というか。


 あのときは森で、モフ太に出会ったんだっけ。


 今頃、カトレアと遊んでるかな。


「リオン様」


「ん?」


「お顔が緩んでおります」


「……あはは。ちょっと思い出してた」


 桜花は、依頼書を見上げた。


「こちらをお受けになりますか?」


「うん。話だけでも聞いてみようかな」


 そのときだった。


「……あれ? リオン?」


 背後から声がした。


 振り向くと、金髪を短く整えた青年が立っていた。


 腰にはロングソード。


 腕には丸盾。


 見覚えのある顔。


 …………。


 ……おお!


「グリッドさん!」


「やっぱりそうか! 久しぶりだな!」


 青年が、嬉しそうに笑った。


 Dランク冒険者パーティ『トラスト』のリーダー。


 グリッドさんだ。


 ……ああ。


 元気そうでよかった!


     ◇


「本当に久しぶりだな。最近、ギルドで見かけなかったぞ」


「……あはは。ちょっと、いろいろありまして」


「『いろいろ』ねえ」


 グリッドさんは、何とも言えない顔をした。


 …………。


 ……あっ。


 そうだった。


 この人には、私の正体が知られているんだよね。


 前の依頼で、ついうっかり。


 ……いや。


 私がうっかりしたというより、シルベスターさんが本名を呼んだんだった。


「……何も聞かないでください」


「分かった。聞かない」


 即答だった。


 ……うん。


 ありがたい!


「それより、ちょうどよかった」


「……ちょうど?」


「ああ。今から人を探すところだったんだ」


 …………。


 ……おっ。


 何だろう。


 まさか。


 私が見ていた依頼書を、グリッドさんも指さした。


「マリノアまでの護衛だ。俺たちと一緒に受けないか?」


 …………。


 ……おお!


 また、この展開!


「ぜひ!」


「返事、早いな!」


 グリッドさんが笑った。


 ……うん。


 だって。


 久しぶりに、ちゃんとした冒険者の依頼だよ?


 こういう機会、逃したくないもんね。


     ◇


 グリッドさんに案内され、ギルドの一角にある卓へ向かった。


 そこには、見覚えのある三人がいた。


 赤紫色の髪を後ろで結んだビスクさん。


 弓を背負ったルックランさん。


 深いフードの下から、長い緑髪を覗かせるフレミーさん。


「……あっ! リオン!」


 最初に立ち上がったのは、ビスクさんだった。


「桜花さんも! 久しぶり!」


「お久しぶりです」


「ご無沙汰しております」


 私と桜花が挨拶すると、フレミーさんも柔らかく微笑んだ。


「お元気そうで、何よりです」


「はい。皆さんもお変わりなさそうですね」


 ルックランさんは、椅子に座ったまま軽く片手を上げた。


「元気そうで何よりだ」


 ……うん。


 あのときと同じ。


 みんな、いい人たちだね。


 ただし。


「……ところで、リオン」


 ビスクさんが、少し顔を近づけてきた。


「……はい?」


「例の熊、どうしてるの?」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、そこが気になるよね!


「元気ですよ。今は娘とよく遊んでます」


「……娘?」


 ビスクさんが、目を丸くした。


 ……あっ。


 そうか。


 前に会ったときは、まだ正式に養女になっていなかったんだ。


「はい。カトレアっていう、九歳の子です」


「……そうなんだ!」


 ビスクさんの顔が、ぱっと明るくなった。


「おめでとう! 今度会わせてよ!」


「もちろんです」


 フレミーさんも、嬉しそうに頷いてくれた。


「素敵ですね」


 ……ああ。


 こういう話を喜んでもらえるの、嬉しいな。


 私は、思わず笑ってしまった。


     ◇


「さて、依頼の話をしよう」


 グリッドさんが、卓へ依頼書を広げた。


「今回の依頼主は、薬師のレイストンさんだ」


 …………。


 ……えっ。


「レイストンさん?」


「ああ。覚えてるだろ?」


「もちろん!」


 ……おお。


 懐かしい!


 前に一緒に森へ行った、あの薬師さんだ。


「今回は薬草採取じゃなくて、薬を届ける仕事なのね」


 ビスクさんが説明してくれた。


「マリノアの薬屋に、頼まれていた品を運ぶらしいの」


「なるほど」


 …………。


 ……うん。


 薬なら、大事な荷物だ。


 盗まれたり、壊されたりしたら困るもんね。


「街道沿いは基本的に安全なんだが、森に入ると見通しが悪くなる。荷物も多いから、念のため護衛を頼みたいそうだ」


 グリッドさんが続ける。


「俺たち四人で行く予定だったが、追加で二人いた方が安心できる」


「前と同じですね」


「そういうことだ」


 ……ああ。


 いいなぁ。


 こうして、また一緒に仕事ができるなんて。


「桜花、どう?」


「リオン様のお決めになったことに従います」


「じゃあ、お願いしようかな」


「決まりだな!」


 グリッドさんが、手を差し出した。


 私は、しっかり握り返した。


 …………。


 ……うん。


 護衛依頼、受注!


 ……ああ。


 何だか、本当に冒険者らしくなってきた!


     ◇


 手続きのために受付へ向かうと、リリーナさんが顔を上げた。


「あら、リオンさん。お久しぶりです」


「こんにちは、リリーナさん!」


「桜花さんも、お元気でしたか?」


「はい。おかげさまで」


 受付嬢さんが、依頼書と私たちの顔を順番に見た。


 それから。


「……また、トラストの皆さんと一緒なんですね」


「はい!」


 私が元気よく答えると、リリーナさんは少しだけ目を細めた。


「……そうですか」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、ものすごく含みのある返事。


「何か問題あります?」


「いいえ。ただ……」


 リリーナさんは、そっと声を落とした。


「前回は、大きな熊が小さくなって帰ってきたでしょう?」


 …………。


 …………。


 ……ああ。


 あれか!


「今回は、普通に帰ってきますよ」


「……本当ですね?」


「たぶん!」


「……そこは言い切ってください」


 ……うん。


 信用、減ってる!


 私は、慌てて姿勢を正した。


「安全第一で行ってきます!」


「お願いいたします。本当に」


 桜花が、隣で丁寧に一礼する。


「ご安心ください。必ずお守りいたします」


 …………。


 ……うん。


 誰を守るつもりなのかな。


 依頼人?


 みんな?


 ……いや。


 たぶん、私だよね。


     ◇


 依頼の受注が終わると、グリッドさんが出発日時を教えてくれた。


 明日の朝。


 王都の北東門前に集合。


 マリノアまで馬車で向かい、荷物を届けたら帰路につく。


 ……うん。


 ちょっとした小旅行だね。


「道中は、俺が指示を出す」


「はい。よろしくお願いします」


「頼むぞ。……妙な魔法を使うときは、せめて先に教えてくれ」


 …………。


 ……あっ。


 それは。


「……善処します」


「善処じゃなくて、約束してくれ!」


 ビスクさんが、横で吹き出した。


「もう、グリッド。そんなに心配しなくても」


「お前は、前回を忘れたのか!?」


「忘れてないわよ。あんなの、忘れようがないじゃない!」


 …………。


 ……うん。


 だよねぇ。


 私は、遠い目になった。


 ……モフ太。


 君のおかげで、私の信用がいろいろな方向にすごいことになっているよ。


     ◇


 その日の夕方。


 家へ戻ると、カトレアが廊下を小走りでやって来た。


「……お父さん!」


「ただいま!」


 私は、しゃがんで両腕を広げた。


 カトレアが、そのまま抱きついてくる。


 ……ああ。


 よしよし。


 可愛いなぁ。


「……きょう、りばーし?」


「うん。ご飯のあとに遊ぼうね」


「……やった!」


 …………。


 ……うん。


 それと。


 明日のことも伝えないと。


「カトレア。お父さん、明日から少しお仕事で出かけてくるね」


 小さな顔が、ぱっとこちらを向いた。


「……どこ?」


「マリノアっていう、湖の近くの町だよ」


「……とおい?」


「ちょっとだけね。馬車で行くから、帰るのは少し遅くなると思う」


 …………。


 カトレアが、私の服をぎゅっと握った。


 ……あっ。


 寂しくさせちゃったかな。


「でも、ちゃんと帰ってくるよ」


「……ほんと?」


「もちろん!」


 私は、優しく頭を撫でた。


「お父さん、カトレアとの約束は守るからね」


 …………。


 カトレアは、しばらく私を見つめていた。


 それから。


「……おみやげ」


「……おっ?」


「……お花!」


 …………。


 ……ああ。


 なるほど!


「分かった。珍しいお花があったら、ちゃんと見てくるね」


「……うん!」


 ……うん。


 これで、一つ約束が増えた。


 忘れないようにしよう。



     ◇


 夕食のとき。


 巴さんへ護衛依頼のことを伝えると、すぐに食事の予定を確認してくれた。


「馬車の旅なら、途中で食べられるものが必要ね」


「……うん。お願いしてもいい?」


「もちろんよ」


 巴さんは、嬉しそうに頷いた。


「それじゃあ、明日はみんなの分も用意しておくわね」


「……みんなの分?」


「一緒に行く方もいらっしゃるのでしょう?」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった。


 トラストの四人と、レイストンさん。


 私と桜花を合わせて、七人。


 …………。


 ……うん。


 巴さんにお願いすると、何だか豪華なお弁当になりそうだなぁ。


「作りすぎなくていいからね?」


「ふふ。お腹を空かせて帰ってきたら、困るでしょう?」


 ……うん。


 この会話、もう何度目だろう。


 でも。


 ありがたいな。


 私は、素直に頭を下げた。


「ありがとう、巴さん」


「どういたしまして。気をつけてね」


 桜花も、隣で丁寧に頷いていた。


「留守中は、皆様にお任せいたします」


「ええ。カトレアちゃんも楓ちゃんも、ちゃんと見ているから安心してね」


 ……うん。


 それを聞けると、本当に安心できる。


 モフ太だっているし。


 家の《結界》もある。


 ……ああ。


 旅に出る準備、万全だね。


     ◇


 その夜。


 約束どおり、私はカトレアとリバーシをしていた。


 卓の上には、いつもの緑色の盤。


 黒と白の石。


 ……うん。


 これを見ていると、何だか落ち着くね。


「……お父さん、ここ?」


「うん。そこなら置けるよ」


 ことん。


 くるり。


 ……おお。


 いい手!


 カトレアが、嬉しそうに笑った。


「……かてる?」


「どうかなぁ」


 …………。


 ……いや。


 ここまで来たら、たぶん勝つね。


 私がどう頑張っても、カトレアに角を渡しそうなんだもん。


 ……うん。


 誰が見ても、ちょっと怪しいくらいの弱さだ。


 でも。


 笑ってくれるなら、それでいいや。


「……お父さん」


「ん?」


「……あした、がんばって」


 …………。


 ……あっ。


 私は、盤から顔を上げた。


 カトレアは、黒い石を握ったままこちらを見つめていた。


「……うん。ありがとう」


 私は、そっと微笑んだ。


「安全に行って、安全に帰ってくるね」


 カトレアが、小さく頷いた。


「……やくそく」


「約束」


 …………。


 ……うん。


 これは、何より大事な約束だ。


     ◇


 翌朝。


 王都クーラルの北東門へ行くと、すでに馬車が用意されていた。


 荷台には木箱がいくつも積まれ、上から布が掛けられている。


 その脇で、眼鏡をかけた細身の男性が手を振った。


「やあ、リオン君!」


 …………。


 ……おお!


「レイストンさん! お久しぶりです!」


「こちらこそ。元気そうだね」


 薬師のレイストンさん。


 以前、一緒に森へ行ったときと変わらない、穏やかな笑顔だ。


「今回は荷物を運ぶんですって?」


「ああ。マリノアの薬屋から、まとめて注文を受けてね。急ぎではないけれど、丁寧に運びたい品ばかりなんだ」


 レイストンさんは、木箱の一つを軽く叩いた。


「割れやすい瓶もある。転倒したり、強く揺れたりすると困るから、よろしく頼むよ」


「もちろんです!」


 ……うん。


 ただの荷物じゃない。


 人の役に立つ薬なんだもん。


 ちゃんと守らないとね。


「桜花さんも、よろしく」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 桜花が、丁寧に一礼した。


「そういえば、あの小さな熊は元気かい?」


 …………。


 ……あっ。


 レイストンさんまで!


「元気ですよ。今は家で遊んでます」


「ははは。そうか。それはよかった」


 ……うん。


 世界で一番平和な、Sランク魔獣の近況報告かもしれないね。


     ◇


 トラストの四人も、すでに集まっていた。


 グリッドさんは馬車の車輪を確認している。


 ビスクさんは街道側を見張りながら、短剣の位置を確かめていた。


 ルックランさんは馬の鼻先を優しく撫でている。


 フレミーさんは、荷台の固定具を調べていた。


 …………。


 ……おお。


 みんな、手際がいい。


「おはようございます!」


 私が声をかけると、グリッドさんが笑顔で振り向いた。


「おう、リオン! 準備はできてるか?」


「はい!」


「よし。じゃあ、今日の役割を確認しよう」


 グリッドさんが、地面へ簡単な図を描いた。


 馬車の前方。


 左右。


 後方。


 それから、御者台。


「ルックランは御者台。フレミーが隣で周囲を見てくれ」


「分かった」


「はい」


「俺とビスクは、馬車の前方と左側。リオンと桜花には右側と後方を頼みたい」


「了解です」


「かしこまりました」


 ……うん。


 ちゃんとした護衛の布陣だね。


「気になることがあれば、すぐに知らせてくれ。戦う必要があるなら、俺が判断する」


「はい!」


 ……うん。


 やっぱり、グリッドさんは頼りになる。


 こういうときは、しっかり指示に従うのが一番だ。


 ……私が勝手に魔法を使って、また変な騒ぎになったら困るし。


 …………。


 ……うん。


 気をつけよう。


     ◇


 馬車が、ゆっくり動き始めた。


 がたん。


 ことん。


 石畳の道を抜け、王都の城壁が少しずつ小さくなっていく。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 こういう旅、久しぶりだ。


 草原を渡る風が気持ちいい。


 遠くには、緩やかな丘。


 街道の脇では、小さな白い花が揺れていた。


 ……おっ。


 花だ。


 そういえば、カトレアと約束したんだった。


 珍しい花を見つけたら、お土産に。


 ……うん。


 帰り道で探してみようかな。


「リオンさん」


 隣から、フレミーさんが声をかけてきた。


「……はい?」


「随分、楽しそうですね」


「……あはは。馬車で旅をするのが好きなんです」


「そうなんですね」


 フレミーさんが、小さく笑った。


「私は、どちらかというと、無事に終わるかどうかの方が気になります」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 これ、遊びじゃなくて護衛依頼だもん。


「すみません。ちゃんと周りも見てますよ」


「……はい。信じています」


 …………。


 ……うん。


 ちょっとだけ、疑われた気がする!


     ◇


 昼前。


 街道の左右に、少しずつ木々が増え始めた。


 遠くに山が見え、その手前を森が広がっている。


 マリノアへ向かう道は、ここから先で少し細くなるらしい。


「このあたり、前にも来ましたよね」


 私は、グリッドさんへ声をかけた。


「ああ。あのときの薬草採取の森は、もっと先だ」


 ……うん。


 やっぱり、同じ方面か。


「懐かしいなぁ」


「……お前、あの熊の件を懐かしいで済ませるのか?」


 …………。


 ……あっ。


「……ちょっと、楽しかったので」


「俺たちは寿命が縮まる思いだったぞ!」


 ビスクさんが、横で笑いをこらえていた。


「でもさ、グリッド。最後には可愛い熊になってたじゃない」


「だから、それが問題なんだ!」


 …………。


 ……うん。


 今日も、元気なトラストだ。


 桜花が、私の隣で静かに微笑んでいた。


     ◇


 昼食は、森の手前にある小さな休憩所で取ることになった。


 馬へ水をやり、荷台を確かめ、みんなで腰を下ろす。


「……さて」


 私は、巴さんに持たせてもらった包みを取り出した。


 …………。


 ……おお。


 結構、大きい。


 開けると、中には食べやすい大きさのパンや、野菜を挟んだ料理がきれいに並んでいた。


 それから、甘いお菓子も。


 ……うん。


 巴さん、今日もありがとう!


「よかったら、皆さんもどうぞ」


 私が勧めると、ビスクさんの目が輝いた。


「……えっ、いいの!?」


「はい。多めに用意してもらったので」


「やった!」


 …………。


 ……うん。


 ものすごくいい反応。


 グリッドさんも、懐かしそうに笑った。


「前も、ごちそうになったな」


「また奥さんが作ってくれたのか?」


 ルックランさんが尋ねる。


「家の巴さんです。料理が得意なんですよ」


「へえ」


 ……うん。


 巴さんが聞いたら、喜ぶだろうな。


 ただし、野菜を残したら怒られそうだけどね。


 レイストンさんも一口食べて、感心したように頷いた。


「相変わらず、美味しいね」


「ありがとうございます。帰ったら伝えます!」


     ◇


 午後になると、空気が少しひんやりしてきた。


 森が近づいたからかな。


 ルックランさんが、前方の枝の揺れ方を注意深く見ている。


 ……うん。


 見張りの目って、こういうところに向くんだね。


 私は、ふと桜花へ目を向けた。


「何か気になることある?」


「現時点では、特にございません」


「そっか」


 ……うん。


 私にも、危険な気配は感じられない。


 それに。


 《サーチ》を使えば、周りの様子くらいすぐ分かるんだけど。


 今日は、まずみんなのやり方に合わせよう。


 護衛の仕事も、ちゃんと覚えておきたいからね。


 ……いや。


 新しい魔法を何でも使ってしまったら、経験にならない気がするんだ。


 ただし、本当に危険なら話は別。


 そのときは、迷わず守る。


 ……うん。


 それだけは決めておこう。


     ◇


 夕方。


 街道沿いの宿場へ到着し、その日は馬車を休ませることになった。


 マリノアまでは、あともう少し。


 グリッドさんによると、明日の昼過ぎには着ける見込みらしい。


 ……うん。


 順調だね。


 宿の食堂で夕飯を食べたあと、私は部屋の窓から外を眺めた。


 小さな灯り。


 馬の鳴き声。


 旅人たちの話し声。


 …………。


 ……ああ。


 こういう夜も、いいなぁ。


「リオン様」


 桜花が、戸口から声をかけた。


「ん?」


「出発前、カトレア様が『お父さん、はやくかえってきてね』とおっしゃっていましたね」


 ……うん。


 巴さんたちがついてくれているから、家のことは心配ない。


 でも、やっぱり気になるなぁ。


「……寂しがってたかな?」


「少しだけ。ですが、お帰りになったら一緒に遊ぶのを楽しみにしていらっしゃいました」


「……うっ」


 ……ああ。


 それは、早く帰らないとね。


「明日は、なるべく早めに戻ろう」


「かしこまりました」


 桜花が、優しく微笑んだ。


 ……うん。


 旅は楽しい。


 でも、家に帰るのも楽しみ。


 何だか、贅沢な悩みだね。



     ◇


 翌朝。


 馬車は、森の街道を進んでいた。


 朝露が残る葉。


 ところどころ、土の見える道。


 木々の向こうからは、小鳥の声がする。


 ……うん。


 いい天気だね。


 マリノアの湖も、そろそろ見える頃かな。


「この先、道が曲がる」


 御者台のルックランさんが、静かに言った。


「少し見通しが悪い。気をつけろ」


「了解」


 グリッドさんが盾を構え直す。


 ビスクさんも、短剣の柄へ軽く指をかけた。


 …………。


 ……うん。


 ちゃんと警戒している。


 私も、周囲へ目を向けた。


 ……あれ。


 今、枝が動いた?


 風かな。


 いや。


 何だか、動き方が違う。


「……グリッドさん」


 声をかけようとした、そのとき。


 ルックランさんが鋭く言った。


「止まれ!」


 馬車が、がたんと揺れた。


 馬が、落ち着かない様子で鼻を鳴らす。


 …………。


 ……おっ。


 どうした?


 前方の道を、大きな丸太が塞いでいた。


 さっきまで、そんなものはなかったはず。


 …………。


 ……あれ。


 これって。


「……罠か?」


 グリッドさんが、小さく呟いた。


 森の中で。


 街道を塞ぐ丸太。


 そして、隠れるように動く人影。


 …………。


 …………。


 ……まさか。


 まさか、これは!


     ◇


「動くな!」


 木々の間から、怒鳴り声が響いた。


 現れたのは、粗末な革鎧を着た男。


 その後ろからも、次々と人が出てくる。


 剣。


 棍棒。


 弓。


 ……おお。


 武装してる!


「荷物と金を置いていけ!」


 先頭の男が、こちらへ剣を向けた。


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 荷物と金。


 街道の待ち伏せ。


 複数の武装した男。


 …………。


 ……あああ!


 これは!


 ついに!


 異世界のお約束!


 ……盗賊だ!!!


 …………。


 ……おおおお!


 来た!


 本当に来た!


 転生してから、約三か月。


 ドラゴンも倒した。


 ヒュドラも倒した。


 王様たちとも話した。


 魔王とも仲良くなった。


 ……なのに!


 街道で盗賊に襲われるという、こんな定番の展開には出会えていなかった!


 …………。


 ……来たよ!


 ついに来たよ!


 ……ああ。


 何だか、ものすごく嬉しい!


「……リオン?」


 ビスクさんが、私を見た。


 …………。


「……はい?」


「……何で、笑ってるの?」


 …………。


 ……あっ。


 顔に出てた!?


     ◇


「リオン! 気を抜くな!」


 グリッドさんの声で、私は慌てて姿勢を正した。


「はい!」


 ……うん。


 そうだった。


 嬉しいのは、私だけだ。


 みんなは、本当に襲われている。


 相手は、人間。


 しかも、剣を持っている。


 レイストンさんの薬も、馬も、みんなの命も守らなくちゃ。


 ……うん。


 喜ぶのは、あとにしよう。


「人数は?」


 グリッドさんが、ルックランさんへ尋ねた。


「見えているのは六人。左右の茂みに、もう二人いる」


 …………。


 ……おっ。


 八人か。


 私も、気配を確かめた。


 左に三人。


 右に三人。


 道の正面に二人。


 ……うん。


 確かに、全部で八人。


「弓を持っているのが二人だ。馬車を狙われると厄介だな」


 ルックランさんが、低い声で言った。


「フレミー、レイストンさんを守ってくれ。ビスクは左を頼む。俺は前を押さえる」


「了解!」


「はい!」


 ……うん。


 動きが早い。


 私は、桜花へ目を向けた。


「桜花は、馬車の右をお願い」


「かしこまりました」


 ……うん。


 私たちも、ちゃんと役割を果たさないとね。


     ◇


「おい! 聞いてんのか!」


 盗賊の一人が、声を張り上げた。


 ……あっ。


 そうだった。


 こっちが相談してる間も、向こうは待ってるわけじゃないよね。


「聞いてますよー!」


 私は、思わず返事をした。


 …………。


 ……あれ。


 何だか、普通に答えちゃった。


 男が、一瞬ぽかんとした。


「……お前、舐めてんのか!」


「いえいえ! そんなことは!」


 …………。


 ……うん。


 舐めてない。


 本当に。


 ただ、ちょっとだけ……。


 いや。


 かなり、わくわくしてるだけ!


「リオン、余計なこと言うな!」


 グリッドさんから、鋭い声が飛んだ。


「……はい!」


 ……うん。


 怒られた。


 反省しよう。


     ◇


 先頭の男が、剣を振り上げた。


「護衛がいるなら、そいつらから片づけろ!」


 …………。


 ……あっ。


 まずい。


 右側の茂みから、弓を持った男が姿を現した。


 矢の先は。


 馬車の御者台。


 …………。


 ……いや。


 それは、駄目だよ。


 私は、すぐに指先を動かした。


「《完全拘束》」


 声は、誰にも届かないくらい小さく。


 弓を構えていた男の動きが、ぴたりと止まった。


 …………。


 ……うん。


 まずは一人。


 ついでに、左側の弓使いも。


「《完全拘束》」


 もう一人も、腕を上げたまま動かなくなった。


 ……よし。


 これで、馬車を遠くから狙う人はいない。


 残り、六人。


 …………。


 ……ん?


 そういえば。


 私は、動けなくなった男が握る弓を見た。


 それから、先頭の男の剣。


 ……うーん。


 拘束だけで十分なんだけど。


 武器そのものをなくしてしまえたら、もっと安全かな。


 …………。


 ……おっ。


 それ、いいかもしれない!


     ◇


「リオン様」


 桜花が、私のすぐ横へ来た。


「右側の敵は、私が制圧いたしましょうか」


「……ううん。今回は大丈夫」


 私は、そっと首を振った。


「殺さずに終わらせたいんだ」


「承知いたしました」


 桜花は、刀へ手をかけたまま、静かに頷いた。


 ……うん。


 この子なら、相手を傷つけずに止めることもできる。


 でも、今回は。


 ちょっと新しい方法を試してみたい。


 もちろん、危なくないやり方で。


 …………。


 ……そうだ。


 せっかく《想像魔法》があるんだもん。


 物だけを壊す魔法って、作れないかな。


 剣。


 弓。


 棍棒。


 人の体には触れず、物だけを壊す。


 …………。


 ……うん。


 それなら、相手を傷つけずに武装解除できる。


 ただし。


 刃物を砕いて破片を飛ばしたら、危ないよね。


 …………。


 ……じゃあ。


 粉々にするより、もっと細かく。


 目に見えないほど。


 分子の単位まで、ばらばらにする。


 対象にした物だけを、跡形もなく壊す。


 人体や魔獣そのものには使えないようにしておけば、うっかり誰かを傷つける心配も減る。


 …………。


 ……うん。


 よし。


 そういう魔法にしよう。


 私は、頭の中で効果を組み立てた。


 対象の指定。


 材質の判別。


 周囲への飛散防止。


 生き物は対象外。


 ……それから。


 破壊する対象以外には、影響を与えない。


 …………。


 ……ああ。


 何だか、久しぶりに新しい魔法を考えてるね。


 名前は……。


「……《ブレイク》」


 その瞬間。


 頭の奥に、澄んだ女性の声が響いた。


『《想像魔法》にて《ブレイク》が完成しました。』


 …………。


 ……おお!


 完成!


 ……うん。


 よし。


 まずは、安全な武器から。


     ◇


 私は、正面の盗賊が持つ剣を指さした。


「《ブレイク》」


 …………。


 ふっ。


 男の手にあった剣が、音もなく消えた。


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 消えた!?


 いや。


 狙いどおり、壊れたんだよね。


 あまりにも跡形がないから、消えたように見えるだけで。


「……は?」


 男が、空っぽになった手を見つめた。


 …………。


 ……あっ。


 分かる。


 その反応、分かるよ。


 私も、ちょっとびっくりした!


「お、おい! 俺の剣が!」


 …………。


 ……うん。


 なくなったね。


 さて。


 ほかの武器も。


「《ブレイク》」


 弓が消える。


「《ブレイク》」


 棍棒が消える。


 ナイフ。


 剣。


 矢。


 …………。


 ……おお。


 全部、なくなった!


 八人の盗賊が、次々と自分の手や腰を確かめている。


「……何だ!?」


「俺の弓は!?」


「どうなってる!」


 …………。


 ……ああ。


 すごい慌てよう。


 そりゃそうだよね。


 武器を構えたつもりが、いきなり素手なんだもん。


 ……いや。


 でも、これは安全でいい。


 誰も怪我してない。


 馬車も無事。


 薬も無事。


 ……うん。


 まずは、大成功!


     ◇


「……リオン」


 グリッドさんが、私を見た。


 …………。


「……はい?」


「……今、何をした?」


「武器を壊しました」


「……壊した?」


「はい」


 グリッドさんが、何もない道を見つめる。


「……破片は?」


「ありません」


「……どこへ行った?」


「分子の単位まで壊したので、形がなくなりました」


 …………。


 …………。


 ……あれ。


 説明、難しかったかな。


「……ぶんし?」


 ビスクさんが、首を傾げた。


「……ええと。とても細かくした、ということです」


「……細かく?」


「はい」


 …………。


 ……うん。


 これで伝わる?


 フレミーさんが、額に手を当てた。


「……聞いたこともありません」


 …………。


 ……ああ。


 また、言われた!


 前にモフ太を小さくしたときも、同じことを言われたんだよね。


「……新しく作った魔法なので」


「……また作ったんですか!?」


 …………。


 ……えっ。


 だって、必要だったから!


     ◇


 ただし。


 まだ、終わってはいない。


 武器を失った盗賊たちは、逃げる気配もなくこちらを睨んでいた。


 ……うん。


 困ったね。


 武器がなくても、殴りかかってくるかもしれないし。


「おい! 何をしたんだ、てめえ!」


 先頭の男が、私へ向かって走り出した。


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり来た。


「《完全拘束》」


 男の足が、ぴたりと止まる。


 前につんのめりかけた体も、そのまま動かなくなった。


「……ぐっ!?」


 ……うん。


 ごめんね。


 ちょっと怖いだろうけど。


 このまま誰かを殴らせるわけにはいかないから。


 残りの盗賊も、慌てて逃げようとする。


 私は、そちらへ手を向けた。


「《完全拘束》」


 …………。


 ……よし。


 八人。


 全員、動けなくなったね。


 ……ああ。


 誰も怪我してない。


 本当によかった。


     ◇


 ……ところで。


 私は、盗賊たちを見回した。


 革鎧。


 粗末な上着。


 腰袋。


 靴。


 …………。


 ……うーん。


 武器を壊して、動きも止めた。


 これでもう十分だ。


 でも。


 この人たち、隠し武器を持っていたらどうしよう。


 魔法の拘束は解除するまで続くけれど、兵士さんに引き渡すときに、刃物が残っていたら危ない。


 ……うん。


 もう少しだけ、確認しておこう。


「リオン様。どうなさいますか?」


 桜花が、静かに尋ねた。


「危ない物を、全部なくしておこうと思って」


「……危ない物、でございますか?」


「うん。武器を隠せるところも含めてね」


 …………。


 ……あっ。


 それなら。


 鎧や上着、腰袋もまとめて。


 ……いや。


 待って。


 裸になったら、さすがに気の毒だよね。


 …………。


 ……うん。


 下着だけは残そう。


 それなら、最低限の格好は保てるし。


 ……ああ。


 ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、命には代えられない!


「《ブレイク》」


 …………。


 ふっ。


 盗賊たちの革鎧が、消えた。


 上着も。


 ズボンも。


 腰袋も。


 靴も。


 ……ただし、下着だけはそのまま。


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 これは。


 思ってたより、ずっと目立つ!!!


     ◇


「ぎゃあああ!?」


 盗賊の一人が、叫んだ。


 いや。


 叫びたくなるよね。


 さっきまで革鎧を着ていたのに、今は下着一枚なんだもん。


 しかも、全員。


 …………。


 ……ああ。


 八人並ぶと、なかなかすごい光景だ。


「……リオンッ!」


 ビスクさんの声が響いた。


「……はいっ!?」


「何してるのよ!?」


「……武器を隠してないか確認するために……」


「だからって、服までなくさなくてもいいでしょう!?」


 …………。


 ……うっ。


 ごもっともです。


 私は、思わず頭を下げた。


「……すみません」


 グリッドさんは、しばらく盗賊たちを見つめていた。


 それから、ゆっくり私へ顔を向けた。


「……リオン」


「……はい」


「……お前、本当に安全に終わらせたいんだよな?」


「もちろんです!」


「……そうか」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、深い溜め息が聞こえた。


 …………。


 ……うん。


 また、やっちゃったかな?


     ◇


 ルックランさんが、落ち着いた声で言った。


「全員を拘束できているなら、町の衛兵へ引き渡そう」


「そうですね」


 ……うん。


 正しい判断だ。


 私は、盗賊たちの拘束を確かめた。


 逃げることはできない。


 体を動かすこともできない。


 ただし、呼吸や会話は問題ない。


 ……よし。


 安全に捕まえられてる。


「……それと、リオン」


 フレミーさんが、私の袖を引いた。


「……はい?」


「その……少し、何か着せてあげられませんか」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


 このまま町へ連れて行ったら、いろいろな意味で目立つ!


 ……いや。


 もう十分、目立ってるけど!


「……そうですよね。ごめんなさい」


 私は《取り寄せ》で、飾りのない大きな布を八枚用意した。


「これで、少し隠しましょう」


 ビスクさんとグリッドさんが、手際よく布を肩から掛けていく。


 ……うん。


 これなら、最低限、人前にも出せるね。


「……おい」


 先頭の盗賊が、恨めしそうに私を見た。


「……何なんだ、お前は」


 …………。


 ……あっ。


 何なんだろうね。


 私も、たまにそう思うよ。


「……ただのFランク冒険者です」


「嘘つけ!」


 …………。


 ……うん。


 ですよね!


     ◇


 ここまで、ほんの短い時間だった。


 だけど。


 レイストンさんは、馬車の荷台から顔を出して、しばらく言葉を失っていた。


「……リオン君」


「……はい?」


「……君たち、本当に大丈夫かい?」


「はい。誰も怪我してませんよ!」


「……そうだね。それは本当によかった」


 レイストンさんは、胸を撫で下ろした。


 ……うん。


 よかった。


 薬も馬も、ちゃんと無事だ。


 私がほっとしていると、レイストンさんは、さらに小さな声で続けた。


「……ただ、盗賊たちの服が消えた理由は、聞かない方がいいのかな」


 …………。


 ……あっ。


「……できれば、そうしていただけると」


「……分かったよ」


 …………。


 ……うん。


 優しい人だなぁ。


 でも。


 この状況を説明したら、きっとシルベスターさんの胃が痛くなる。


 …………。


 ……ああ。


 今から、ちょっと心配!



     ◇


 盗賊を捕らえたあと、私たちは手分けして街道の丸太をどかした。


 ……うん。


 こういう作業は、普通にやろう。


 もう、魔法で何でも消すのはやめておこう。


「リオン」


 グリッドさんが、丸太の端を持ちながら声をかけた。


「……はい?」


「さっきの魔法、本当に生き物には効かないんだな?」


「はい。物だけを対象にするように作りました」


「……それなら、まだ安心だ」


 …………。


 ……あれ。


 『まだ』?


 グリッドさんは、真顔のまま続けた。


「そのうち、町の建物まで消してしまいそうだからな」


「しませんよ!?」


「……どうだか」


 …………。


 ……うっ。


 信用が!


 信用が足りない!


 私は、そっと桜花へ助けを求めた。


「桜花。私はそんなに危ないことしないよね?」


「はい。リアリス……いえ、リオン様は、必要なことだけをなさいます」


 …………。


 ……おお。


 そうだよね!


 よかった!


「ただし、必要と判断される範囲が、時折たいへん広いかと」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 桜花まで!?


 ビスクさんが、大きな声で笑った。


「確かに!」


 ……ああ。


 味方がいない!


     ◇


 町の衛兵へ連絡を届けるため、ルックランさんが道の先へ向かった。


 森を抜ければ、マリノアはもう近いらしい。


 私たちは、衛兵が来るまで馬車と盗賊たちを見守ることにした。


 ……うん。


 これで、ひとまず安心だね。


 ただし。


 盗賊たちは、相変わらず私を見ている。


 下着の上から布を掛けられた姿で、ずらっと八人。


 …………。


 ……うーん。


 ものすごく、居心地が悪い。


「……なあ」


 私は、グリッドさんへ小声で尋ねた。


「……何だ?」


「……これ、普通の盗賊退治なんでしょうか」


 グリッドさんが、私を見た。


 …………。


「……お前、自分で何をしたか分かってるか?」


「……はい」


「……なら、答えは分かるだろ」


 …………。


 ……ですよね。


 私は、遠い目になった。


 ……うん。


 やっぱり、異世界のお約束って、現実に起きると何だか違うね!


     ◇


 しばらくして、マリノアから衛兵が数人やって来た。


 先頭の男性が、グリッドさんへ頭を下げる。


「盗賊を捕らえたと聞いた。状況を教えてほしい」


「ああ。街道を丸太で塞ぎ、武器を持った八人が荷馬車を襲おうとした」


 グリッドさんが、手際よく説明する。


 ルックランさんも、弓使いが二人いたことや、逃げ道の位置を補足した。


 ……うん。


 こういう報告、ちゃんと大事だね。


 私は、黙って聞いていた。


 衛兵たちが、布を掛けられた盗賊を見回す。


「……その。なぜ、全員こんな格好を?」


 …………。


 ……あっ。


 来た。


 その質問!


 グリッドさんが、ちらっと私を見た。


 ビスクさんが、口元を押さえる。


 フレミーさんは、そっと視線を逸らした。


 …………。


 ……うう。


 これは、私が説明しないと。


「……武器を安全に取り上げるため、ちょっと魔法を使いまして」


「……魔法?」


「はい。服の中に刃物が隠れていないか確かめようとしたら、こうなりました」


 衛兵さんが、何度か瞬きをした。


「……そうか」


 …………。


 ……うん。


 納得してない顔だね。


 でも。


 無理に納得してもらう必要はない。


 大事なのは、この人たちが二度と街道で人を襲わないことだ。


「まだ動けない状態なので、安全な場所へ移してから拘束を引き継いでください。私の魔法は、そのあと解除します」


「……分かった。助かる」


 ……うん。


 それなら、よかった。


     ◇


 衛兵たちは、盗賊八人を一人ずつ確認した。


 盗まれた物がないか。


 怪我をした人がいないか。


 逃走の恐れがないか。


 ……うん。


 ちゃんと、順番に確かめてる。


 私は、衛兵さんの指示に合わせて、盗賊たちを慎重に運んでもらった。


 動けない人を運ぶのは、大変そうだ。


 ……いや。


 拘束をかけたの、私なんだけどね。


「……リオン様」


 桜花が、そっと声をかけてくる。


「ん?」


「《完全拘束》は、このままでよろしいのでしょうか」


「うん。衛兵さんが、ちゃんと引き受けられるまではね」


「承知いたしました」


 ……うん。


 魔法で安全に止めるのは簡単だけど。


 そのあとのことまで考えないと、護衛の仕事は終わらない。


 ……ああ。


 これも、勉強だね。


     ◇


 町の入口にある詰所へ着くと、衛兵たちが盗賊を頑丈な拘束具で固定した。


 私は、全員の状態をもう一度確かめる。


 怪我はない。


 呼吸も問題ない。


 ……よし。


「それでは、解除しますね」


 私は、一人ずつ《完全拘束》を解いた。


 盗賊たちは、急に自由になった手足を動かして、驚いたように身じろぎした。


 もちろん、もう逃げられない。


 衛兵さんたちが、しっかり見張っているからね。


「協力に感謝する」


 詰所の責任者が、グリッドさんへ礼を言った。


「こちらこそ。依頼人と荷物を守れてよかった」


 グリッドさんが答える。


 …………。


 ……うん。


 そう。


 護衛依頼は、盗賊を捕まえるための仕事じゃない。


 レイストンさんの薬を、無事に届けるための仕事なんだ。


 ……ああ。


 危うく、お約束に喜びすぎて忘れるところだった。


 ……いや。


 ちょっとは忘れてたかもしれない!


     ◇


 マリノアの町へ入ると、空気が少し変わった。


 街道の先に、青い湖が見える。


 水面が、陽の光を受けてきらきらしていた。


 遠くには、緑の森。


 通りの端には、柔らかな布を売る店もある。


 ……ああ。


 いい町だね。


 私は、思わず足を止めそうになった。


「リオン!」


 グリッドさんが、少し先から声をかけてくる。


「……あっ。はい!」


「観光は、荷物を届けてからな」


「……あはは。分かりました!」


 ……うん。


 ばれてる。


 私、そんなに分かりやすいかな。


「リオン様」


 桜花が、隣で微笑んだ。


「とても分かりやすいかと存じます」


 …………。


 ……えっ。


 心の中、読まれた!?


     ◇


 町の薬屋へ着くと、レイストンさんがほっと息を吐いた。


「ようやく着いたね。本当に助かったよ」


「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました」


 木箱を下ろす。


 瓶が割れていないか。


 包みが開いていないか。


 中の薬が傷んでいないか。


 レイストンさんと店の人が、一つずつ確かめていく。


 ……うん。


 大丈夫そう。


 最後の箱を開け終えると、薬屋の主人が笑顔になった。


「全部、無事ですね」


「よかった!」


 ……ああ。


 私は、思わず笑ってしまった。


 ……うん。


 無事に届けることができた。


 ちゃんと、お仕事完了!


 レイストンさんも、依頼完了の書類に署名してくれた。


 ……よし。


 あとは王都へ帰るだけだね。


     ◇


 ……ただし。


 せっかくマリノアまで来たんだ。


 少しだけ、町を見てもいいかな。


「グリッドさん」


「……何だ?」


「帰る前に、ちょっとだけ寄り道してもいいですか?」


「……お前、まだ元気だな」


「……あはは」


 グリッドさんは、少し考えた。


「馬車の荷を降ろしたし、休憩を取るにはいい頃合いだ。少しなら構わない」


「やった!」


 …………。


 ……うん。


 思わず、素で喜んじゃった。


 ビスクさんが、楽しそうに笑った。


「リオン、本当に旅が好きなのね」


「はい!」


 ……ああ。


 でも、今回の寄り道には理由があるんだ。


 カトレアとの約束。


 お土産の花。


 ……うん。


 探してみよう。


     ◇


 町の市場では、湖の魚や、森で採れた木の実が並んでいた。


 私は、露店をひとつずつ覗いて歩く。


 ……おお。


 面白いものが多いね。


 見慣れない色の果実。


 木で作った小さな玩具。


 旅人向けの乾燥した食べ物。


 ……うん。


 これなら、お土産を選ぶだけでも楽しめそう。


 ただ。


 カトレアが欲しいのは、花なんだよね。


 しばらく歩くと、小さな鉢植えを並べた店を見つけた。


「……おっ!」


 花!


 私は、早速そちらへ向かった。


 店先には、白や黄色の花が並んでいる。


 その奥に、小さな青い花が咲いていた。


 …………。


 ……ああ。


 綺麗だね。


「すみません。この青い花は、何ですか?」


 店主が、にっこり笑った。


「湖の近くに咲く花ですよ。名前は、ブルーベルといいます」


 ……おお。


 ブルーベル!


 聞いたことがあるような、ないような。


 ……うん。


 この世界、地球と同じ名前のものが結構あるんだよね。


「育てるの、難しいですか?」


「日差しが強すぎない場所なら、育てやすいですよ。土が乾いたら水をやってください」


 …………。


 ……よし。


 カトレアと一緒に育てられそうだ。


「じゃあ、これを一鉢ください」


「ありがとうございます!」


 私は、小さな鉢を丁寧に受け取った。


 ……うん。


 約束、達成!


 カトレア、喜んでくれるかな。


     ◇


 馬車へ戻ると、みんなが一息ついていた。


 グリッドさんは、飲み物を片手に腰を下ろしている。


 ビスクさんは、露店で買った焼き菓子を頬張っていた。


 ルックランさんは、馬の様子を見ている。


 フレミーさんは、湖の方を眺めていた。


 レイストンさんも、荷物の受け渡しが済んでほっとした顔だ。


「お待たせしました!」


 私が戻ると、ビスクさんが鉢植えを指さした。


「……あれ? リオン、花なんて買ったの?」


「はい。娘へのお土産です」


「……ああ! カトレアちゃんに?」


「そうです」


 ビスクさんが、嬉しそうに笑った。


「いいお父さんね」


 …………。


 ……えっ。


「……あはは。そんなことないですよ」


「いや、いいお父さんだと思うぞ」


 グリッドさんまで頷いている。


 …………。


 ……うう。


 褒められると、ちょっと照れるなぁ。


「……ちゃんと、帰らないと」


 私は、鉢を大事に抱え直した。


 ……うん。


 さて。


 帰り道、どうしようかな。


     ◇


「……ところで、グリッドさん」


「ん?」


「帰りは、馬車で戻る予定ですよね?」


「そりゃそうだ。荷物は降ろしたが、馬と馬車は王都へ戻さないとな」


「……うん」


 ……そうだよね。


 でも。


 今から馬車で戻ったら、もう一晩かかる。


 カトレアは、今日も帰りを待ってるんだろうな。


 …………。


 ……うーん。


 そうだ。


「……よかったら、すぐ王都へ帰りませんか?」


 …………。


 みんなが、私を見た。


「……すぐ?」


 ビスクさんが、首を傾げた。


「はい」


「馬車で?」


「馬車ごと」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 みんな、固まった。


「……リオン」


 グリッドさんが、ゆっくり言った。


「……まさか」


「……《転移》です」


 …………。


 ……うん。


 そう。


 私だけ先に帰るなら簡単だけど。


 せっかく一緒に来たんだし、みんなで帰りたい。


 それに、馬と馬車をここへ置いていったら困るよね。


「もちろん、レイストンさんの許可があればですけど」


 私は、依頼人へ目を向けた。


 レイストンさんは、しばらく私を見つめていた。


「……馬車ごと、移動できるのかい?」


「はい。馬にも負担がかからないようにします」


 …………。


 ……うん。


 そこは、ちゃんと気をつけないと。


 急に違う場所へ来たら、馬が驚くかもしれない。


「……本当に?」


「はい。皆さんにも怪我はさせません」


 レイストンさんは、少し考えた。


 それから。


「……君たちが一緒なら、お願いしようかな」


 …………。


 ……おお!


「ありがとうございます!」


 ……うん。


 これで、今日中に帰れるね!


     ◇


 ただし、グリッドさんは腕を組んだままだった。


「……リオン」


「……はい?」


「お前、今度は馬車を消したりしないよな?」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


「しませんよ!?」


「……本当か?」


「本当です!」


 ビスクさんが、くすくす笑い始めた。


「グリッド。そんなに疑わなくても」


「お前は、今日のことを忘れたのか!?」


「忘れられるわけないでしょ!」


 …………。


 ……うん。


 今日は、ちょっと派手だったかもしれない。


 だけど。


 転移は、何度も使ってる魔法だ。


 大丈夫。


 絶対に。


「桜花。大丈夫だよね?」


「はい。リオン様なら、問題ございません」


 ……おお。


 ようやく、味方が!


 ただし。


「お馬さんが驚かれないよう、静かな場所へ移動されるのがよろしいかと」


「……あっ」


 ……うん。


 そうだね。


 家の庭に馬車ごと現れたら、みんな驚くもんね。


 王都の門から少し離れた、街道沿いの安全な場所にしよう。


     ◇


 私は、みんなに馬車のそばへ集まってもらった。


 馬の様子を確かめる。


 荷台の固定具。


 車輪。


 手綱。


 …………。


 ……うん。


 問題なし。


 移動先は、王都クーラルの北東側。


 人や他の馬車がいないことを確かめる。


 ……よし。


 安全な場所だ。


「それでは、行きますね」


 私は、ゆっくり息を吸った。


「《転移》」


 …………。


 次の瞬間。


 景色が、変わった。


 森と湖。


 マリノアの町並み。


 それが。


 王都クーラルの見慣れた城壁へと変わる。


 馬車も。


 馬も。


 みんなも。


 …………。


 ……うん。


 無事に移動できたね!


     ◇


「…………」


「…………」


「…………」


 …………。


 ……あれ。


 みんな、静かだ。


 私は、首を傾げた。


「……大丈夫ですか?」


 最初に口を開いたのは、フレミーさんだった。


「……リオンさん」


「はい?」


「……これ、何が起きたんですか」


「《転移》ですよ」


「……それは、聞こえましたけど」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 初めて見たら、意味が分からないよね。


 ビスクさんが、馬車の外を覗いた。


「……本当に王都だ……」


 ルックランさんが、思わず額へ手を当てた。


「……帰りの街道を、一度も走ってないぞ」


「……はい」


「……馬車まで一緒にか?」


「はい」


 …………。


 ……うん。


 そういう魔法なので。


 グリッドさんは、長い間黙り込んでいた。


 そして。


「……もう驚かないと決めてたんだがな」


 ……ああ。


 ごめんなさい。


 でも。


 無事に帰ってこられたから、許してください!


     ◇


 レイストンさんが、馬の首をそっと撫でた。


「……落ち着いているね」


「はい。移動の負担が出ないようにしました」


「ありがとう。これなら、薬を運んだあとも安心して帰れる」


 …………。


 ……ああ。


 そう言ってもらえると、嬉しいな。


「……リオン君」


「はい?」


「今回は、本当に助かったよ。盗賊もいたし、薬も無事だったし……」


 レイストンさんは、少し笑った。


「最後に、こんな不思議な帰り道まで経験するとは思わなかった」


「……あはは。私も、こんな一日になるとは思いませんでした」


 ……うん。


 本当に。


 まさか、盗賊と出会うなんてね。


 しかも、《ブレイク》まで作っちゃった。


 ……ああ。


 何だか、今日は盛りだくさんだったなぁ。


     ◇


 王都のギルドへ戻ると、リリーナさんが受付に立っていた。


「……あら?」


 私たちの顔を見るなり、少し驚いた様子だった。


「お帰りなさいませ。……ずいぶん、お早いですね」


「ただいま戻りました!」


 私は、元気よく答えた。


 …………。


 ……うん。


 早めに帰れて、よかった!


 ところが。


「……リオンさん」


「はい?」


「……何も、ありませんでしたか?」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 ……うーん。


 何もなかった、とは言えない。


 でも。


 誰も怪我してないし。


 荷物も無事に届けたし。


 依頼も完了した。


 ……うん。


「……盗賊に襲われました!」


 私は、明るく答えた。


 …………。


 …………。


 リリーナさんの笑顔が、ぴたりと止まった。


「……はい?」


「八人です!」


 …………。


「……八人?」


「はい!」


 …………。


 ……あれ。


 何だか、声が小さくなったね。


 グリッドさんが、そっと私の肩へ手を置いた。


「……リオン」


「……はい?」


「……まず、報告する順番を考えようか」


 …………。


 ……あっ。


 そうだった!


     ◇


 結局、報告はグリッドさんがまとめてくれた。


 レイストンさんの薬をマリノアへ届けたこと。


 帰りも含めて、馬車と馬が無事なこと。


 道中、武装した盗賊八人が襲ってきたこと。


 全員を無傷で捕らえ、マリノアの衛兵へ引き渡したこと。


 ……うん。


 すごく分かりやすい。


 さすが、リーダーだね。


 私は、隣で頷いていた。


「……そして」


 グリッドさんが、少しだけ言葉を選んだ。


「……リオンが、新しい魔法を使った」


 …………。


 ……あっ。


 来た。


 その話!


「……新しい魔法?」


 リリーナさんが、ゆっくり私を見る。


「……はい」


「……どんな魔法ですか?」


「……物を壊す魔法です」


 …………。


 ……うん。


 嘘は言ってない。


 リリーナさんの視線が、さらに鋭くなった。


「……どの程度まで?」


「……分子の単位まで」


 …………。


 …………。


 ……ああ。


 また、説明しちゃった。


「……ぶんし?」


 リリーナさんが、首を傾げた。


「とても細かく、です」


「……そう、ですか」


 …………。


 ……うん。


 これだけなら、大丈夫かな。


 と思った、そのとき。


 ビスクさんが、笑いをこらえながら口を開いた。


「……その魔法で、盗賊の服まで全部消しちゃったのよ」


 …………。


 …………。


 ……ビスクさん!?


「……服、まで?」


 リリーナさんが、私を見た。


「……あっ。下着は残しました!」


「……そこは、そういう問題ではないと思います」


 …………。


 ……うん。


 そうだよね。


 私は、深く頭を下げた。


     ◇


 リリーナさんは、しばらく目を閉じていた。


 それから、静かに言った。


「……皆さん、ご無事で何よりです」


 …………。


 ……あっ。


 怒られると思ったのに。


 優しい。


「ありがとうございます」


「ですが……」


 …………。


 ……あっ。


 続きがあった!


「……あとで、ギルドマスターにも説明していただきますね」


 …………。


 …………。


 ……うっ。


 シルベスターさん。


 ……ああ。


 また、胃が痛くなるんじゃないかな。


「……はい」


 私は、小さく返事をした。


 グリッドさんが、隣で深く溜め息を吐いた。


 ……うん。


 今日も、本当にお疲れさまでした。


     ◇


 依頼の報酬を受け取り、ギルドを出た頃には、空が少し赤くなり始めていた。


 ビスクさんが、大きく伸びをした。


「……あーあ! 今日は疲れた!」


「本当に、いろいろありましたね」


 フレミーさんが、苦笑する。


 ルックランさんは、静かに頷いていた。


「だが、全員無事だ。悪い仕事じゃなかった」


 ……うん。


 そうだね。


 グリッドさんが、私へ手を差し出した。


「リオン。今日は助かった。また、何かあれば頼む」


「もちろんです!」


 私は、しっかり握り返した。


「……ただし」


「……はい?」


「次は、もう少し普通に終わる依頼だといいな」


 …………。


 ……あはは。


 そうだよね!


「……善処します」


「だから、そこは約束しろ!」


 ビスクさんが、大笑いした。


 フレミーさんも、つられて笑っている。


 桜花は、隣で静かに微笑んでいた。


 ……ああ。


 いい仲間だなぁ。


 今日は、また一緒に仕事ができてよかった。


     ◇


 帰り道。


 私は、桜花と王都の通りを歩いていた。


 鞄の中には、小さな青い花の鉢植え。


 ……うん。


 忘れずに持って帰れて、よかった。


「桜花。今日はどうだった?」


「無事に依頼を終えることができ、何よりでございます」


「……うん」


「また、新たな魔法も完成されましたね」


「……あはは。そうだね」


 …………。


 《ブレイク》。


 物だけを壊す魔法。


 武器を奪いたいときには、かなり便利そうだ。


 ただし。


 何でもかんでも消すのは、やめた方がいいね。


「……服は、ちょっとやりすぎたかな」


「そうかもしれません」


 桜花が、静かに頷いた。


 …………。


 ……あっ。


 そこは否定してくれないんだ。


「……次から気をつけます」


「はい」


 ……うん。


 今日、一番大切な反省点かもしれない!


     ◇


 シルク王国邸へ帰ると、玄関から小さな足音が聞こえた。


「……お父さん!」


 ……あっ。


 カトレア!


 水色のおかっぱが、廊下の向こうから揺れている。


「ただいま!」


 私は、しゃがんで両腕を広げた。


 カトレアが、そのまま胸へ飛び込んできた。


 ……ああ。


 やっぱり。


 帰ってきたって感じがするね。


「……おかえり!」


「うん。ただいま」


 私は、小さな背中を優しく撫でた。


「……けが、ない?」


「ないよ。元気いっぱい!」


 カトレアが、ほっと息を吐く。


 …………。


 ……ああ。


 心配してくれてたんだ。


「約束どおり、帰ってきたよ」


「……うん!」


 …………。


 ……うん。


 やっぱり、一番嬉しいのはこれだね。


     ◇


「……あっ」


 私は、《収納》から鉢植えを取り出した。


「カトレア。お土産だよ」


 小さな青い花。


 柔らかな葉。


 土の入った鉢。


 ……うん。


 無事に持って帰れた。


 カトレアは、目を丸くした。


「……お花!」


「うん。マリノアで見つけたんだ」


「……あお!」


「そうだね。綺麗な青だね」


 カトレアが、そっと花へ顔を近づける。


「……かわいい」


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 気に入ってくれたみたいだ。


「日当たりが強すぎないところに置くといいんだって。一緒に育てようか」


「……うん!」


 そこへ、楓が静かにやって来た。


 橙色の短い髪。


 いつもの落ち着いた表情。


「……おかえり」


「ただいま、楓」


 楓は、鉢植えを見た。


「……きれい」


 …………。


 ……うん。


 その一言だけで、十分伝わるね。


「明日、花壇のどこに置くか相談しようね」


 二人が、小さく頷いた。


 ……ああ。


 平和だなぁ。


     ◇


「リアリスちゃん、お帰りなさい」


 巴さんが、廊下の奥から顔を出した。


「ただいま、巴さん!」


「お疲れさま。お腹、空いてない?」


 …………。


 ……あっ。


 やっぱり、最初の質問はそれなんだね!


「……うん。実は、結構空いてるかも」


「ふふ。それなら、ちょうどよかった。夕食の準備、できてるわよ」


 ……おお。


 最高!


 私は、思わず笑った。


「ありがとうございます!」


 桜花が、隣で丁寧に頭を下げた。


「ただいま戻りました」


「桜花ちゃんも、お帰りなさい。二人とも、まずは手を洗っていらっしゃい」


「はい!」


「かしこまりました」


 …………。


 ……うん。


 今日も、いつもの我が家だ。


 世界中に広まったリバーシも。


 王様たちとの和平も。


 今日の盗賊騒ぎも。


 全部、私にとっては大切な出来事だけど。


 ……やっぱり。


 この食卓へ帰ってこられることが、何より嬉しい。


     ◇


 夕食の席。


 巴さんの料理を食べながら、私は今日の出来事を少しだけ話した。


 馬車で森を通ったこと。


 マリノアの湖が綺麗だったこと。


 薬を無事に届けたこと。


 それから。


「……お父さん」


「ん?」


「……おしごと、たのしかった?」


 カトレアが、私を見上げた。


 …………。


 ……うん。


 楽しかったよ。


 でも。


 ちょっと危ないこともあったし。


 あんまり心配はさせたくないな。


「うん。みんなと協力できて、楽しかったよ」


「……よかった」


 …………。


 ……ああ。


 笑ってくれた。


 その顔を見て、私はふと思った。


 盗賊に出会ったとき、私は確かに大喜びしていた。


 異世界のお約束だって。


 面白い出来事だって。


 ……でも。


 もし、あのときレイストンさんや仲間が怪我をしていたら。


 そんなふうには、笑っていられなかっただろう。


 …………。


 ……うん。


 お約束は、少しくらいでいい。


 みんなが無事に帰ってこられるなら。


 それが、一番だね。


     ◇


 食後。


 カトレアが、いつもの緑色の盤を持ってきた。


「……お父さん!」


「……おっ」


「……りばーし!」


 …………。


 ……あはは。


 今日も、やるんだね!


「よし。じゃあ、一局だけね」


「……うん!」


 カトレアが、黒い石を並べ始める。


 ことん。


 くるり。


 ……ああ。


 聞き慣れた音。


 私は、白い石を手に取った。


 …………。


 そういえば。


 今日、新しく作った《ブレイク》。


 物を分子の単位まで壊す魔法だ。


 …………。


 ……うん。


 今後、何か役に立つこともあるかもしれない。


 でも、今は。


 この小さな石一つだって、壊したくない。


 ……ああ。


 大事な家族との遊びだもんね。


「……お父さん?」


「……あっ。ごめんごめん」


 私は、そっと白い石を置いた。


 カトレアが、にっこり笑った。


「……そこ、かど!」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 また!?


 ……あああ。


 今日も、負ける!


 ……うん。


 まあ、いっか。


 異世界のお約束を一つ経験して。


 新しい魔法を一つ作って。


 薬を無事に届けて。


 最後は、娘にリバーシで負ける。


 …………。


 ……ああ。


 何だか、とてもいい一日だったね。


 私は、笑いながら、次の白い石を手に取った。


 ――こうして、ドワーフ二国の和平から始まった慌ただしい日々は、小さな盤上遊戯の大流行と、思いがけない盗賊騒ぎを経て、ひとまず穏やかな日常へ戻った。


 ……ただし。


 私が想像していた『のんびり』と、この世界の『のんびり』は、どうやら少し違うらしい。


 ……うん。


 それも、今さらかな!


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