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第5話:小さな遊びが大陸を変える

 数日後。


 私は、シルク王国邸の食堂で、焼きたてのパンを片手に首を傾げていた。


「……リアリスちゃん。どうしたの?」


 巴さんが、目の前へ温かいスープを置いてくれる。


「いやぁ、ちょっと不思議だなって」


「何が?」


「リバーシのことだよ」


 …………。


 ……うん。


 ついこの間まで、カトレアと遊ぶために取り寄せた盤だった。


 それが今では、王様や王女様が楽しんでくれている。


 魔王まで夢中になっているし、グリンヒルダさんに至っては、毎晩研究しているらしい。


 …………。


 ……あれ。


 改めて考えると、なかなかすごいことになってない?


「……お父さん」


 隣から、カトレアが私の袖を引いた。


「ん?」


「……きょう、リバーシ?」


「うん。夜になったら遊ぼうか」


「……やった」


 水色のおかっぱが、嬉しそうに揺れる。


 ……ああ。


 やっぱり、この顔が一番だね。


「……リアリス様」


 桜花が、静かに声をかけてきた。


「今朝、雑貨屋へ商人の方が何名かお越しになる予定です」


「商人さん?」


「はい。昨日、販売していない商品について問い合わせがございました」


 …………。


 ……おっ。


 未陳列の商品なら、案内を見て注文してもらえるんだけど。


「何を探してるの?」


「白と黒の石を用いた盤上遊戯だそうです」


 …………。


 …………。


 ……あっ。


 もしかして。


「……リバーシ?」


「はい」


 …………。


 ……来た!


 いや、何が来たんだろう。


 とりあえず、何だか嫌な予感がする!


「リアリスちゃん。パンを持ったまま考え込まないの」


 巴さんの声に、私は慌ててパンを皿へ戻した。


「……あはは。ごめん」


「それから、野菜も食べてね」


「……はい」


 ……うん。


 世界をまたぐような大きな話より、今はこのサラダの方が重要らしい。


 巴さんには逆らえないね。


     ◇


 朝食を終えた私は、桜花と一緒に雑貨屋へ向かった。


 庭の花壇では、楓とカトレアが並んで水をやっている。


 橙色の短い髪と、水色のおかっぱ。


 二人の背中を見ていると、それだけで穏やかな気持ちになる。


「……楓」


 声をかけると、楓が振り返った。


「……はい」


「カトレアのこと、お願いね」


「……うん」


 それだけ答えると、楓はまた花壇へ向き直った。


 ……うん。


 今日も、いつもの楓だ。


 言葉は少ないけれど、ちゃんと伝わってる。


「桜花。お店の方、何か問題あった?」


「特にはございません。ただ、例の盤上遊戯のお問い合わせが増えております」


「……そっか」


 建物の前には、すでにお客様が数人並んでいた。


 雑貨屋の営業は九時から。


 まだ少し早いはずなんだけど。


 …………。


 ……あれ。


 みんな、何か細長い箱みたいなものを持ってる?


「おはようございます!」


 私が声をかけると、先頭にいた男性が勢いよく振り返った。


「リアリス様!」


「……おっ。おはようございます」


 立派な外套を着た、恰幅のいい商人さん。


 その後ろには、荷物を抱えた若い男性が二人。


 どうやら、移動商人の一団らしい。


「本日は、どうしてもお願いしたいことがありまして!」


「……はい?」


「リバーシという遊戯を、お取り扱いになっていただけませんでしょうか!」


 …………。


 ……おお。


 やっぱり、それか!


「まあ、置くことはできますけど……」


「本当ですか!」


「……あっ。はい」


 目の前で、商人さんの顔がぱっと明るくなった。


 ……うん。


 何だか、カトレアと似た反応。


 ただし、こちらは荷馬車を連れてるおっさんなんだけどね。


「詳しいお話、聞かせてもらってもいいですか?」


「もちろんでございます!」


 ……ああ。


 朝から元気だねぇ。


     ◇


 開店後。


 私は、店の奥に用意された小さな相談用の卓へ商人さんたちを案内した。


 桜花が、静かにお茶を運んでくれる。


 ……うん。


 助かる。


「実は、ローズ帝国でこの遊戯の噂を聞きまして」


 商人さんが、鞄から手書きの紙を取り出した。


 黒と白の丸。


 八列八段の升目。


 ……おお。


 ちゃんとリバーシだ。


「皇帝城に出入りする商人の方から、教えてもらったのです。試しに遊んでみたところ、これが何とも面白くて!」


「……あはは。気に入ってもらえたんですね」


「はい。ただ、盤が手に入りません」


「……あっ」


 そうだよね。


 取り寄せたものを、知り合いに少し渡しただけだもん。


 普通のお店には売っていない。


「盤があれば、旅の途中にも遊べます。遠方の町や村でも、きっと喜ばれるでしょう」


 …………。


 ……うん。


 確かに、馬車での移動は長い。


 待ち時間もある。


 子どもだけじゃなく、大人だって遊べる。


「それで、何個くらいご希望なんです?」


「まずは三十組ほど」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 三十!?


「三十……ですか?」


「はい。売れ行きがよければ、さらに追加で仕入れたいと考えております」


 …………。


 ……おお。


 最初から結構な数だね!


 いや、待って。


 この世界では、誰もがリバーシを知っているわけじゃないんだ。


 いきなり三十組も買って、本当に大丈夫?


「……失礼ですけど、ちゃんと売れます?」


 私が尋ねると、商人さんは楽しそうに笑った。


「そこを商うのが、私どもの仕事でございます」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 プロの商人さんに、余計な心配をしちゃった。


「でも、使い方を知らないと遊べないでしょう?」


「ええ。ですから、遊び方をまとめた紙も付けたいのです」


「……おお!」


 それ、いいね!


 ただ箱を置くだけじゃ、何をするものか分からない。


 私は、その場で紙を一枚取り寄せた。


 八列八段の盤。


 最初の石の並べ方。


 相手の石を挟んで返すこと。


 置けなければ一回休み。


 最後に数が多い方が勝ち。


 ……うん。


 これくらいなら、初めての人にも伝わるかな。


「こういう説明書を、一緒に入れましょうか」


「おお! ありがたい!」


 商人さんが、紙を食い入るように見つめた。


「絵があれば、字の苦手な方にも教えやすいですな」


「そうですね。説明する側も楽になりますし」


 ……ああ。


 よかった。


 これなら、少し安心して渡せるね。


     ◇


 ただし、ひとつ問題があった。


 値段だ。


「……うーん」


 私は、いつもの商品棚を見渡した。


 お菓子。


 ぬいぐるみ。


 調味料。


 それから、貴族の方が好みそうな、少し高価な品々。


 うちの雑貨屋には、いろいろな商品がある。


 でも。


 リバーシは、どう売るのがいいんだろう。


「高いものにすると、子どもたちが遊べませんよね」


「ええ。庶民向けにするなら、価格は重要です」


 ……うん。


 商人さんも、そこは分かってるみたい。


「それなら、種類を分けましょうか」


「……種類、ですか?」


「はい。普段使うものと、贈り物にできるもの」


 私は、卓の上に二つの箱を取り寄せた。


 一つは、丈夫で扱いやすい普通の盤。


 石も、手に取りやすい大きさにしてある。


 もう一つは、盤の縁や箱の仕上げを少し丁寧にしたもの。


 見た目は上品だけど、遊び方は同じだ。


「こちらを普及型。もう一つを贈答向けにしてみましょう」


 商人さんは、二つを見比べて頷いた。


「なるほど。用途によって選べるわけですな」


「うん。どっちも同じように遊べることが大事です」


 …………。


 ……そう。


 値段が高い方だけ強くなる、なんてことはない。


 そんなの、リバーシじゃないからね。


 高級な盤を買ったら角が増える、とか。


 ……いや。


 それはもう、別のゲームだ!


「普及型なら、何人かでお金を出し合って買うこともできますね」


 商人さんの言葉に、私は頷いた。


「ぜひ。みんなで遊んでほしいです」


「承知いたしました。まずは両方、仕入れさせてください」


 ……うん。


 大きな商談になっちゃったけど。


 こういうものなら、悪くないよね。


     ◇


 商人さんが商品を受け取ったところで、桜花が小さく首を傾げた。


「リアリス様。各国の雑貨屋でも、お取り扱いなさいますか?」


「……あっ」


 そうだった。


 私の店、ここだけじゃないんだよね。


 ローズ帝国にも、フォーサイド魔法国にも、オリミス聖国にも。


 エルフ国や獣人国、魔王国にもある。


 …………。


 ……おお。


 自分で言っておいて、改めて結構な数だね!


「うん。お願いできる?」


「かしこまりました」


「それと、置いていない商品は、今までどおり案内を見て注文できるようにしてね」


「はい。既存の《取り寄せ》の魔道具を利用いたします」


 ……うん。


 あれは本当に便利だ。


 各店のホムンクルスたちが、魔力を消費せずに商品を補充できる。


 私が全店舗を走り回る必要もない。


 ……いや。


 最初からそんな生活になってたら、のんびり暮らす夢が遠ざかりすぎるから!


「巴さんにも相談しておこうか」


「はい。店舗の運営については、巴が把握しておりますので」


 ……うん。


 そうなんだよね。


 私より、ずっと詳しい。


 家のことも、お店のことも。


 巴さんには、いつも助けられてるなぁ。


     ◇


 昼前。


 シルク王国邸へ戻ると、巴さんが帳面を開いて待っていた。


「リアリスちゃん。桜花から聞いたわよ」


「……あはは。早いね」


「新しい商品を置くのね?」


「うん。リバーシをね」


 私は、普及型と贈答向けの盤を卓へ並べた。


 巴さんは、ふたを開けて石を数える。


「遊び道具なら、石がなくなった場合のことも考えないとね」


 …………。


 ……あっ。


 確かに!


 小さな石だから、なくす子もいるよね。


「交換用の石も、注文できるようにしよう!」


「そうね。箱ごと買い直す必要はないもの」


 ……うん。


 こういうところ、さすが巴さんだ。


「それから、商品を増やすのはいいけれど……」


「……けれど?」


「無理に高いものを勧めちゃ駄目よ。家で必要なお金まで使ってもらうものじゃないでしょう?」


 ……うん。


 もちろん、そのつもり。


「大丈夫。普及型は、なるべく手に取りやすくしたいんだ」


「ふふ。それならいいわね」


 巴さんが、優しく笑った。


「リアリスちゃんらしいわ」


 …………。


 ……あっ。


 褒められた。


 ちょっと嬉しい。


 ただし。


「お昼は、野菜も残さず食べるのよ」


「……はい」


 ……うん。


 話題が変わっても、そこは絶対なんだね。


     ◇


 その日の午後。


 店頭には、新しい案内が加わった。


 白と黒の石。


 八列八段の盤。


 その横に、遊び方の簡単な絵。


 『二人で遊ぶ盤上遊戯 リバーシ』


 …………。


 ……おお。


 こうして並ぶと、ちゃんと商品だね。


 しかも、商人さんが用意した説明用の紙も役に立っている。


 最初に足を止めたのは、親子連れだった。


「……これ、何?」


 小さな男の子が、盤を指さす。


「石をひっくり返して遊ぶものですよ」


 店番のホムンクルスが、丁寧に答えた。


「……ひっくり返す?」


「はい。少し試してみますか?」


 ……うん。


 いいね。


 遊び方を知らない人に、言葉だけで説明するより早い。


 私は、少し離れた場所から見守った。


 ことん。


 くるり。


 男の子の目が、丸くなる。


「……変わった!」


 …………。


 ……ああ。


 この反応!


 カトレアと同じだ!


 隣のお母さんまで、楽しそうに笑っている。


「これは面白そうね」


「……ほしい!」


 男の子が、母親の袖を引いた。


 でも、お母さんは値札を見て、少し考えた。


「すぐには買えないわね。今度、お父さんと相談しましょう」


「……うん」


 少し残念そうな声。


 …………。


 ……ああ。


 そうだよね。


 普及型でも、家によっては気軽な買い物じゃない。


 私は声をかけようとして、ふと立ち止まった。


 ……いや。


 無理に買ってもらう必要はないんだ。


 それに。


「遊びに来たときは、また試してね」


 店番の子が言うと、男の子は嬉しそうに頷いた。


「……うん!」


 ……ああ。


 それでいいんだよね。


 買うことより、楽しめることの方が大事だ。



     ◇


 数日が過ぎた。


 ……うん。


 驚いたことに、リバーシは少しずつ売れていた。


 最初の商人さんが買っていった三十組も、追加注文が届いたらしい。


 しかも、注文先は一か所だけじゃない。


 ローズ帝国の店。


 フォーサイド魔法国の店。


 オリミス聖国の店。


 どこからも、似たような報告が来ていた。


 …………。


 ……えっ。


 そんなに?


「リアリス様。こちらが各店からの報告です」


 桜花が、束ねた紙を差し出してくれる。


「ありがとう。……うわっ、結構あるね」


「はい。お問い合わせも増加しております」


 私は、一枚ずつ目を通した。


 旅の商人が買った。


 宿屋が、待合の卓に置くために買った。


 町の集会所が、皆で使うために買った。


 …………。


 ……おお。


 なるほど。


 そういう売れ方をするんだ!


 宿屋なら、知らない旅人同士でも遊べる。


 集会所なら、誰か一人が持っていなくてもいい。


 ……うん。


 確かに、家族の遊びだけじゃないんだね。


 そのうちの一枚に、私は目を留めた。


「……『六軒で一組を購入』?」


「はい。王都の住宅街のお客様だそうです」


 …………。


 ……おっ。


 六軒!


 すごく上手な買い方だね。


     ◇


 気になった私は、午後の空いた時間に、桜花と王都へ足を運んでみた。


 ……いや。


 お客様の家へ突然押しかけるわけじゃないよ。


 ちょっと街の様子を見てみたいだけ。


 市場を歩くと、焼きたてのパンの香りがした。


 子どもたちが石畳を駆け抜け、店先では果物が山積みになっている。


 ……ああ。


 いつもどおりの王都だね。


 ところが。


 少し先の広場で、人だかりができていた。


「……おっ?」


 覗いてみると、木の卓を囲んで、大人が二人座っている。


 卓の上には、緑色の盤。


 黒と白の石。


 …………。


 ……えっ。


 リバーシ!?


「そこだ、そこ!」


「いや、角を渡しちまうぞ!」


「待て待て、今は口を出すな!」


 …………。


 ……おお。


 盛り上がってる!


 私は、思わず桜花の方を見た。


「……これ、うちの商品?」


「そのようでございます」


「……あはは」


 何だろう。


 嬉しいような、少し照れくさいような。


 盤を囲む人たちの中には、年配の方もいる。


 買い物かごを持った女性もいる。


 子どもたちは、卓の端で順番を待っていた。


 ……うん。


 本当に、みんなで遊んでるんだね。


 しばらくすると、対局していた男性が立ち上がった。


「よし、次は子どもたちの番だ!」


「やった!」


 小さな歓声。


 …………。


 ……ああ。


 いいなぁ、こういうの。


「リアリス様」


 桜花が、小さな声で言った。


「皆様、とても楽しそうですね」


「うん。そうだね」


 …………。


 ……本当に。


 私、ただ家でカトレアと遊びたかっただけなんだけど。


 気がついたら、知らない人たちまで笑ってる。


 不思議だねぇ。


     ◇


 帰り道。


 市場の端で、雑貨屋の買い物袋を持った女性に声をかけられた。


「もしかして、リアリス様ですか?」


「……あっ。はい」


「先日、リバーシを買わせていただきました」


「ありがとうございます!」


 女性は、嬉しそうに会釈した。


「近所の皆で少しずつお金を出したんです。昼間は子どもたち、夜は大人たちが使っております」


 …………。


 ……おお。


 まさに、さっきの報告だ。


「皆さん、楽しんでます?」


「ええ。最初は石を裏返すだけで面白がっていたのですが、最近は誰が一番上手かで大騒ぎです」


 ……あはは。


 そうなるよね!


「喧嘩になったりは、してません?」


「たまには。でも、次の勝負で決着をつけようって、すぐ仲直りするんです」


 …………。


 ……うん。


 遊びで仲直り。


 いいね。


「それに、子どもたちが年上の方へルールを教えるようになりまして」


「……おっ」


「普段あまりお話ししない人同士が、同じ卓に座るんですよ」


 …………。


 ……ああ。


 何だか、それは嬉しいな。


 私は、女性へ頭を下げた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


「こちらこそ。素敵な遊びをありがとうございました」


 …………。


 ……うん。


 こういうお礼は、少し照れるね。


 でも。


 よかった。


 心から、そう思った。


     ◇


 ただ。


 話が広がれば、当然いろいろな声も届く。


 それを教えてくれたのは、ジーラット獣人国からの連絡だった。


『リアリス殿!』


 画面に映ったのは、ライオネス獣王。


 大きな獅子の顔が、画面いっぱいに現れた。


 …………。


 ……おお。


 近い!


「こんにちは、ライオネス王!」


『がっはっは! この間は面白い遊びを教えてもらったぞ!』


「……あはは。気に入ってもらえたんですね」


『うむ! だが、少し困ったことがある!』


 …………。


 ……おっ。


 困ったこと?


 もしかして。


「……また、猫じゃらしですか?」


『違うわ!』


 …………。


 ……あっ。


 即答された。


 いや。


 あの巨大な猫じゃらしの件、まだ印象が強すぎるんだよね。


『リバーシの石が、小さすぎるのだ!』


「……ああ!」


 …………。


 そうだった。


 ライラさんからも、ライオネス王が石をつまみにくそうにしていたって聞いたんだ。


 あの大きな手じゃ、普通の石は扱いにくいよね。


「すみません。そこまで考えてませんでした」


『いや、謝ることではない! 面白い遊びなのは間違いないからな!』


 ……うん。


 優しいね。


『ただ、同じ国でも体格の違う者が多い。大柄な者に合わせると、今度は小柄な者が困るだろう』


 …………。


 ……おっ。


 そうだよね。


 獅子種と兎種。


 熊種と猫種。


 みんな、同じ大きさじゃない。


 ただ盤を大きくすれば解決、という話でもないんだ。


「それなら、何種類か用意しましょうか」


『……何種類も?』


「はい。実際に使ってもらって、遊びやすいものを選べるようにしたいんです」


 …………。


 ……うん。


 子ども向けの小さな盤も、大きな手で扱える盤も。


 同じように遊べればいいんだよね。


『がっはっは! それは助かる!』


 ライオネス王が、大きく笑った。


『ラビリンスにも相談しておこう!』


「お願いします!」


 …………。


 ……よし。


 これは、ちょっと作ってみよう。


     ◇


 翌朝。


 私は、シルク王国邸の客間へ幾つかの盤を並べていた。


 桜花。


 巴さん。


 そして、カトレア。


 ……うん。


 今日の試作品確認係だね。


「……お父さん。いっぱい!」


 カトレアが目を丸くした。


「うん。ちょっと大きさを変えてみたんだ」


 卓の上には、四つの盤。


 旅先でも広げやすい小さめのもの。


 普段の家庭向けの標準サイズ。


 少し大きくして、石もつまみやすくしたもの。


 そして。


 ……うん。


 最後のは、かなり大きい。


「リアリスちゃん。これ、食卓からはみ出しそうね」


 巴さんが、呆れたように笑った。


「……あはは。ライオネス王なら、これくらいの方がいいかなって」


「何事も、使う人に合った大きさが大事よ」


 ……うん。


 そのとおり。


 私は、一番大きい盤を床に置いてみた。


 大きな石は、丸い皿みたいだ。


 …………。


 ……おお。


 こうして見ると、何だか庭遊びみたい!


「……お父さん」


 カトレアが、そっと手を挙げた。


「ん?」


「……これ、わたし、もてる?」


「……あっ」


 大きい石だ。


 カトレアが両手で持ち上げようとする。


 …………。


 ……うーん。


 持てないわけじゃないけど。


 遊びにくそう!


「そうだね。カトレアには、こっちの方がいいかな」


 私は、標準サイズの石を手渡した。


 ことん。


 くるり。


 カトレアが、満足そうに頷く。


「……これ、すき」


 ……うん。


 やっぱりね。


 相手に合わせるって、こういうことだ。


     ◇


「リアリス様」


 桜花が、試作品を一つ持ち上げた。


「盤だけでなく、石の厚みも変えていらっしゃるのですね」


「うん。大きな手だと、薄い石はつまみにくいだろうと思って」


「なるほど。滑りにくい形にもなっております」


「……おっ。そこ、気づいた?」


 私は、ちょっと嬉しくなった。


 盤を大きくするだけじゃ足りない。


 手が大きければ、石をつまむ指先の感覚も変わる。


 小柄な人なら、重すぎない方がいい。


 だから、石の重さや厚みも合わせてみたんだ。


「ただし、ルールは全部同じね」


 巴さんが、盤を見比べて言った。


「はい。八列八段は変えません」


「それなら、慣れている人も遊びやすいわね」


 ……うん。


 そうなんだ。


 大きくしたから八列十段、とか。


 小さくしたから六列六段、とか。


 ……いや。


 それは、もう別の遊びだね!


「……お父さん」


 カトレアが、今度は一番小さな盤を指した。


「……これ、ちいさい」


「うん。旅行に持っていきやすいようにしてみたんだ」


「……かわいい」


 …………。


 ……ああ。


 確かに。


 箱も小さいし、可愛いね。


 でも、石をなくしやすそうかな。


 私は、蓋がしっかり閉まる箱と、石を入れる小袋も用意することにした。


 ……うん。


 これなら安心。


「リアリスちゃん、いろいろ考えるのね」


 巴さんが微笑む。


「……あはは。遊び道具のことだと、ついね」


 …………。


 そう。


 強い魔法を作るときより、こういうものを考えている方が楽しいかもしれない。


 ……いや。


 どっちも《想像魔法》を使ってるんだけどね!


     ◇


 試作品を持って、私は桜花とジーラット国の屋敷へ向かった。


 扉を使った《簡易転移》で移動すれば、長旅の必要もない。


 ……うん。


 便利だなぁ。


 到着すると、菖蒲が静かに迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、リアリス様」


「ただいま、菖蒲!」


 店の様子を聞いてみると、こちらでもリバーシへの問い合わせが増えているらしい。


「お客様によって、好まれる大きさが違うようです」


「そうなんだよね。ちょうど試作品を持ってきたんだ」


 私が箱を開けると、菖蒲は順番に盤を確かめた。


「……こちらは、ライオネス王にもお使いいただけそうですね」


「うん。実際に確かめてもらおうと思って」


 …………。


 そう。


 作った本人が便利だと思っても、使う人が困ったら意味がない。


 今日は、ちゃんと試してもらおう。


     ◇


 獣都ヴォルグリムの王城。


 ライオネス王は、広げられた大きな盤を見て、豪快に笑った。


「がっはっは! 今度は、随分と大きいな!」


「どうでしょう? 石も持ちやすくしてみたんです」


 獅子の大きな指が、黒い石を一枚つまんだ。


 ことん。


 くるり。


 …………。


 ……おお。


 さっきまでの小さな石より、ずっと自然に動かしてる!


「うむ! これはよい!」


「よかった!」


 ……うん。


 まずは成功だね。


 そこへ、ラビリンス宰相がやって来た。


 小柄な兎種の宰相さん。


 ……あっ。


 この人を見ると、どうしても昔の失言を思い出す。


 …………。


 ……非常食。


「リアリス殿。お話は伺っております」


「こんにちは、ラビリンスさん!」


 ラビリンスさんは、標準サイズと小さめの盤を見比べた。


「なるほど。わたくしたちには、こちらの方が扱いやすそうです」


「そうですよね。実際に石を置いてみてください」


 兎種の宰相さんが、小さな石を手に取る。


 ことん。


 くるり。


「……ええ。これなら無理がありません」


 …………。


 ……うん。


 よかった!


 ライオネス王には大きめ。


 ラビリンスさんには、小さめ。


 それぞれ、違うものを選んでもらえた。


「お二人とも、同じ遊びができますからね」


「がっはっは! 今度は勝負を申し込んでやろう!」


 ライオネス王が、胸を張った。


 ラビリンスさんが、困ったように笑う。


「獣王陛下。まずは政務を終えてからでございます」


 …………。


 ……あっ。


 言われた!


 ……うん。


 やっぱり、宰相さんは大変だね。


     ◇


 その帰り、ジーラット国の雑貨屋へ立ち寄ると、少し面白い光景に出会った。


 猫種の親子が、盤の見本を眺めていたんだ。


「……これ、おっきい」


 子どもが、大きな盤を指さす。


「そうだね。でも、うちで遊ぶなら、こっちの方がよさそうだよ」


 親御さんが、標準サイズを指した。


 ……うん。


 そうそう。


 大きければいいわけじゃないんだ。


 その隣では、熊種の男性が大きな石を持ち上げていた。


「おお! こっちの方がつまみやすい!」


 …………。


 ……ああ。


 よかった。


 ちゃんと選んでもらえてる!


 私は菖蒲へ伝えた。


「この国では、大小いろいろ置こう。お客様が自分で選べるように」


「かしこまりました」


 ……うん。


 猫種だから小さめ、熊種だから大きめ、と決めつける必要もない。


 それぞれ、実際に触ってもらえばいいんだよね。


 同じ一組の石を何人かで使えるし、好みもあるだろうし。


 ……うん。


 遊び方は、自由でいい。



     ◇


 ところが。


 獣人国の問題を解決したと思ったら、今度は魔王国から連絡が来た。


 ……うん。


 この流れ、何だか見覚えがあるね。


『リアリス殿!』


 画面いっぱいの大きな角。


「こんにちは、魔王!」


『……聞いたぞ! 獣人国には大きなリバーシを作ったそうではないか!』


 …………。


 ……早い!


 もう聞いたんだ!


「はい。体格に合わせたものを何種類か作ってみたんです」


『……ふむ。ならば、吾輩にも大きな盤を頼めぬか?』


「もちろんです!」


 ……うん。


 魔王も体が大きいもんね。


 それに、魔族は見た目も体格もさまざまだ。


 角のある人もいれば、翼のある人もいる。


 ……いや。


 角や翼は、石を置く手とはあまり関係ないか。


 とにかく、同じ大きさに揃える必要はないよね。


『……それと、もう一つ』


「はい?」


 魔王が、少し言いにくそうに視線をそらした。


『……大きくなれば、吾輩もグリンヒルダに勝てるだろうか?』


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 そこ!?


「……魔王」


『……うむ』


「盤の大きさと、強さは関係ないですよ」


『……そうか』


 …………。


 ……ああ。


 しょんぼりしちゃった!


 ……いや。


 期待させるわけにもいかないし。


「でも、石が扱いやすくなれば、考えることに集中できると思います!」


 私が言うと、魔王はぱっと顔を上げた。


『……そうか! なるほど!』


 …………。


 ……うん。


 頑張って。


 私は応援してるよ。


 ただし。


 グリンヒルダさんに勝つのは、かなり大変そうだけどね!


     ◇


 私は魔王国邸へ向かい、朝顔に試作品を見せた。


「リアリス様。魔王様からお話を伺っております」


「……あはは。ここにも伝わってるんだ」


「はい。皆様、楽しみにしていらっしゃるようです」


 ……うん。


 よかった。


 こちらの雑貨屋にも、普通のサイズのリバーシは置いてある。


 でも、大柄な魔族のお客様には、少し扱いにくいものもあったらしい。


 私は、大きめの盤を二種類並べた。


 標準より一回り大きいもの。


 そして、ライオネス王にも試してもらった、かなり大きなもの。


 ……うん。


 まずは、ここからだね。


「朝顔。お客様に試してもらって、使いやすい方を選べるようにしてね」


「かしこまりました」


「小柄な方には、標準サイズや小さめのものも案内してあげて」


「はい」


 …………。


 ……よし。


 これで、国によって一種類しか選べないなんてこともない。


 あとは、実際に使ってもらうだけだね。


     ◇


 せっかく来たので、私は魔王城へも足を運んだ。


 魔王ドルステンは、大きな盤を目の前にして、上機嫌だった。


「……うむ! よいではないか!」


「ありがとうございます」


 魔王が、黒い石を一枚持った。


「おお。これなら手に収まる」


 …………。


 ……ああ。


 ちゃんと持ちやすそう。


 よかったね。


 グリンヒルダさんは、隣で穏やかに頷いていた。


「大変よい工夫でございます」


「ありがとうございます、グリンヒルダさん」


「これなら、各々の体格に応じて盤を選べますね」


「そうなんです」


 ……うん。


 話が早い。


 さすが宰相さん。


 すると、魔王が勢いよく腕を上げた。


「……よし! グリンヒルダ! 勝負だ!」


 …………。


 ……あっ。


 もう始めるの!?


「魔王様。午後の会議がございます」


「……一局だけだ!」


 グリンヒルダさんが、静かに時計へ目を向ける。


 魔王が、少しだけ肩を落とした。


「……むう」


 …………。


 ……ああ。


 ラビリンスさんのときと同じだ。


 どこの国でも、王様より宰相さんの方が時間管理に厳しいのかな。


「それでは、会議の後にお付き合いいたします」


「……うむ! 約束だぞ!」


 …………。


 ……あはは。


 よかったね、魔王。


 大きな盤は、会議が終わるまで大事にしまわれることになった。


 ……うん。


 その方が、平和だね。


     ◇


 その後。


 獣人国と魔王国では、体格に合わせたリバーシが雑貨屋に並ぶようになった。


 小さめの盤。


 標準サイズ。


 大きめの盤。


 さらに、大柄な人向けの特大サイズ。


 ただし、特大サイズを置くには場所がいる。


 だから、店頭には見本を一つ置いて、必要な人には商品案内から注文してもらうようにした。


 ……うん。


 今までの仕組みが、そのまま使えるね。


 人間の国でも、エルフ国でも、希望があれば同じように注文できる。


 サイズを変えるのは、獣人国と魔王国だけの特別扱いじゃないんだ。


 ただ。


 今まで困っていた人が、この二つの国には多かった。


 そういうことだね。


 桜花から届いた報告には、ちょっと面白い一文もあった。


『大きめの盤を購入された熊種のお客様が、ご家族全員で遊べると喜んでいらっしゃいました』


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


 私は、その報告を何度も読み返した。


     ◇


 その頃には、最初の商人さん以外にも、リバーシを仕入れたいという人が増えていた。


 ローズ帝国からフォーサイド魔法国へ向かう商人。


 オリミス聖国へ巡礼する人々のために、宿を営む方。


 ジーラット国から各地へ品物を運ぶ商隊。


 ……おお。


 みんな、いろいろ考えるね。


 ひとつの国で買った人が、別の国へ持っていく。


 宿屋の主人が、お客様に教える。


 遊んだ人が、また別の人に話す。


 ……うん。


 そんなふうに、少しずつ広がっているらしい。


 ただし。


 私は、同じ質問を何度も受けるようになった。


「……リアリス様。特定の商会だけに卸していただくことはできますか?」


 …………。


 ……えっ。


 ある日の雑貨屋で、商人さんにそう尋ねられたんだ。


「特定の商会だけ?」


「はい。独占して扱えれば、遠方でも価値が高まりますので」


 ……うーん。


 なるほど。


 商売としては、そういう考え方もあるんだね。


 でも。


「……ごめんなさい。それは、やめておきます」


「……左様ですか」


「いろんな人に遊んでほしいですから」


 …………。


 ……うん。


 この遊びは、偉い人だけのものじゃない。


 商人さんだけのものでもない。


 カトレアだって、王都の子どもたちだって、同じルールで遊べる。


 それが、好きなんだ。


「どなたでもお買い求めいただけますし、仕入れたい方にも同じようにご案内しますよ」


 私が言うと、商人さんはしばらく考えた。


 それから、ゆっくり頷く。


「……なるほど。では、私どもは遊び方を広めることで勝負させていただきます」


「……おお!」


 それ、いいね。


 私は、思わず笑った。


「ぜひ、お願いします!」


 ……うん。


 そういう競争なら、大歓迎だよ。


     ◇


 さらに何日か経った頃。


 コモド君が、シルク王国邸へ遊びに来てくれた。


「こんにちは、リアリス殿」


「こんにちは、コモド君!」


 客間へ案内すると、桜花がお茶を運んでくれる。


 コモド君は、いつもの穏やかな顔で席に着いた。


「最近、王都でリバーシがよく遊ばれているそうですね」


「そうなんだよ。私もびっくりしてる」


「王城でも、休憩時間に盤を囲む者が増えました」


 …………。


 ……おっ。


 王城まで!


「……仕事は、ちゃんと終わってからだよね?」


「ええ。そこは私からも伝えております」


 ……うん。


 さすがコモド君。


 しっかりしてる!


「先日、地方から来た役人が、城で遊び方を覚えて帰ったんです」


「……へえ」


「その後、地元の集会所でも遊ぶ人が増えたと報告がありました」


 …………。


 ……おお。


 なるほど。


 旅の商人さんだけじゃなく、仕事で行き来する人もいるもんね。


「それから、ローズ帝国でも評判だそうです。先方からの書状にも、少し書かれていました」


「……えっ」


 書状に?


 リバーシが!?


 いや、待って。


 王国と帝国の間に届く書状だよね?


「……そんな大事な書類に、遊びの話まで書いてあるの?」


 コモド君が、少し楽しそうに笑った。


「正式な用件の後に、近況として添えられていたんです」


「……あはは。そういうことか」


 ……うん。


 びっくりした。


 外交文書の一行目に『昨日リバーシで負けました』とか書いてあったら、どうしようかと思ったよ!


     ◇


 それからコモド君は、少し声を落とした。


「実は、もう一つ面白い話がありまして」


「……おっ。何?」


「ギーラ国とシーラ国の方々が、会談の合間にリバーシを楽しまれたそうです」


 …………。


 ……えっ。


 ドワーフの二国が?


「はい。森王ライノーラ陛下から伝わった盤が、両国の話題になったようです」


 ……ああ。


 そういえば、ライラさんが持っていったんだったね。


「スミノ長王とケリィ長王も、盤を囲んだそうですよ」


 …………。


 ……おお。


 あの二人が!


 私は、火酒とワインの話を思い出した。


 …………。


 ……あはは。


 今度は、どっちのお酒が似合うかで揉めたりしないよね?


「勝負は、どうなったの?」


「一局目は、ほとんど互角だったそうです」


「……おっ」


「ただ、最後の一手をめぐって、しばらく二人で盤を覗き込んでいたとか」


 …………。


 ……ああ。


 何だか、目に浮かぶ。


 どちらも職人気質の長王様だもんね。


「でも、言い争いにはならなかったの?」


「ええ。むしろ、もう一局やろうという話になったそうです」


 …………。


 ……うん。


 それは、よかった。


 かつてはお酒の好みで争った二つの国。


 その王様たちが、今は同じ盤を挟んで遊んでる。


 …………。


 ……ああ。


 私は、ちょっと嬉しくなった。


「それで、ミゲイル王子とイリーナ王女も?」


「お二人も興味を示されたそうです」


 ……おお。


 そっか。


 あの二人なら、きっと一緒に遊べるね。


 ……うん。


 ただし。


 ドワーフの二国は、まだ話し合いを進めている途中だ。


 リバーシ一つで、何もかも解決するわけじゃない。


 それでも。


 同じ卓に座る理由が、一つ増えたなら。


 ……悪くないよね。


     ◇


 その日の夕方。


 私は雑貨屋の売上報告を、巴さんと一緒に確認していた。


 ……いや。


 偉そうにしてるわけじゃないよ。


 ただ、どれくらい広まっているのか気になっただけ。


「リアリスちゃん、こっちを見て」


「……うん?」


 巴さんが、紙の束を並べる。


 各国の雑貨屋から届いた、リバーシの販売報告だった。


 ローズ帝国。


 フォーサイド魔法国。


 オリミス聖国。


 エルフ国。


 ジーラット獣人国。


 ドルステン魔王国。


 そして、シルク王国。


 …………。


 ……おお。


 ずらっと並んだね。


 報告には、普及型と贈答向けの数が分けて書かれている。


 大きめの盤を選ぶ人が多い国。


 持ち運び用の小さな盤がよく出る国。


 家族で遊ぶための標準サイズが人気の国。


 ……うん。


 みんな、好みが違って面白いね。


「ところで、リアリスちゃん」


 巴さんが、微笑んだ。


「最初は何個くらい売れると思ってたの?」


「……えっ」


 私は、少し考えた。


 …………。


 ……うーん。


「……一日、一組とか?」


「ふふ」


 …………。


 ……あっ。


 笑われた!


「今は、どの国からも追加の注文が来てるわよ」


「……そんなに!?」


「ええ。それに、雑貨屋へ直接来られない町にも、商人さんたちが運んでくださってるみたい」


 …………。


 ……おお。


 すごいね。


 私が一軒ずつ回って売っているわけじゃない。


 この遊びが好きになった人たちが、自分たちの行く先へ持っていってくれてるんだ。


 ……ああ。


 ありがたいなぁ。


「でも、リアリスちゃん」


「うん?」


「お店が忙しくなっても、いつもどおりでいいのよ。皆で分担できているんだから」


 …………。


 ……あっ。


 そうだよね。


 何か売れ始めるたびに、私が全部抱え込んだら意味がない。


「……ありがとう、巴さん」


「ふふ。どういたしまして」


 ……うん。


 この人がいてくれて、本当によかった。



     ◇


 それから、また少しして。


 私が雑貨屋を覗くと、見慣れない光景が広がっていた。


 ……いや。


 店の棚も、商品も、いつもどおりなんだけど。


 リバーシの案内の前に、何人ものお客様が集まっていた。


「この小さいのなら、馬車にも積めるな」


「宿に置くなら、普通の大きさで十分だろう」


「大きい石の方が、おじいちゃんにも持ちやすそうね」


 …………。


 ……おお。


 みんな、ちゃんと用途を考えてる!


 店番のホムンクルスが、一つずつ説明している。


 それを見ていた私は、ふと一人の少年に気づいた。


 まだ十歳くらいかな。


 買い物袋を抱えて、棚の端で迷っている。


「……こんにちは」


 声をかけると、少年はびくっと肩を揺らした。


「……あっ。こんにちは」


「何か探してるの?」


「……リバーシを」


 ……おっ。


 またリバーシ!


「どの大きさがいいかな?」


「……あの、買うんじゃなくて」


「ん?」


 少年が、袋から小さな包みを取り出した。


 中には、少しずつ集めた硬貨が入っている。


「町の友達と、お金を出し合ってるんです。もう少しで買えるんですけど……」


 …………。


 ……ああ。


 そうなんだ。


「だから、売り切れたりしないか気になって」


 ……うん。


 それなら、大丈夫。


「心配しなくても、急になくなったりしないよ。ちゃんと用意できるから」


「……本当ですか?」


「うん。それに、店には見本もあるしね。買う前でも遊んでいいんだよ」


 少年の顔が、ぱっと明るくなった。


「……ありがとうございます!」


 ……ああ。


 よかった。


 私は、少年を見送った。


 …………。


 ……うん。


 あの子たちは、どんな対局をするんだろう。


 負けたら悔しいだろうし、勝ったら嬉しいだろうし。


 きっと、賑やかなんだろうね。


 ……ああ。


 何だか、見てみたいなぁ。


     ◇


 夜。


 シルク王国邸の食堂。


 今日も、私の目の前には緑色の盤があった。


 ……うん。


 結局、最後はここへ戻ってくる。


「……お父さん!」


「ん?」


「……きょう、楓も!」


 カトレアが、楓の手を握っている。


 楓は、静かに頷いた。


「……うん」


 ……おお。


 今日は、三人で遊ぶの?


 私は、少し考えた。


「二人用だから、順番にやろうか」


「……うん!」


 カトレアが、嬉しそうに椅子へ座る。


 楓は、その隣にちょこんと腰を下ろした。


 ……うん。


 いいね。


 まずは私とカトレア。


 それから、カトレアと楓。


 ……いや。


 最後に楓と私がやったら、また大差で負ける気がするなぁ。


 …………。


 ……うっ。


 楓、初めて遊んだときから強かったもんね。


「……お父さん」


「……はい?」


「……まけないよ?」


 カトレアが、小さく笑った。


 …………。


 ……おお。


 自信満々だ!


「よし。じゃあ、今日はお父さんも頑張ろうかな」


「……うん!」


 黒い石が、盤へ置かれた。


 ことん。


 くるり。


 ……うん。


 この音、やっぱり好きだな。


     ◇


 何手か進んだところで、カトレアが首を傾げた。


「……お父さん」


「ん?」


「……なんで、みんな、リバーシすき?」


 …………。


 ……おっ。


 それは、難しい質問だね。


 私は、盤を見つめた。


 黒と白。


 たった二つの色。


 石を挟んで、ひっくり返す。


 それだけの遊びだ。


 ……うん。


 何がそんなに面白いんだろう。


「……そうだねぇ」


 私は、少し考えてから答えた。


「たぶん、誰かと一緒に遊べるからじゃないかな」


「……いっしょ?」


「うん。お父さんとカトレアみたいにね」


 カトレアは、しばらく盤を見つめていた。


 それから、隣にいる楓を見た。


「……楓も?」


 楓が、小さく頷く。


「……いっしょ」


 …………。


 ……ああ。


 いいねぇ。


「そう。楓とも、桜花とも、巴さんとも。初めて会う人とだって遊べるんだよ」


「……みんな?」


「うん。みんな」


 カトレアが、ぱっと笑った。


「……じゃあ、みんな、なかよし?」


 …………。


 ……あっ。


 うーん。


 リバーシをしたから、誰とでも仲良くなれる。


 そこまでは、言えないよね。


 でも。


「仲良くなるきっかけには、なるかもしれないね」


 私が答えると、カトレアは満足そうに頷いた。


「……うん!」


 ……ああ。


 そうだね。


 勝ち負けも面白いけど。


 同じ卓を囲んで、笑ったり、悔しがったり。


 そういう時間が、嬉しいんだよね。


     ◇


 カトレアとの対局が終わる頃。


 桜花が、お茶を運んできてくれた。


「リアリス様。各国から、本日分の報告が届いております」


「……おっ。ありがとう」


 私は、湯気の立つお茶を受け取った。


 紙を開くと、各地の雑貨屋だけでなく、移動商人さんたちからの便りも添えられていた。


 宿屋の卓で、旅人同士が遊んでいる。


 街の集会所で、大人が子どもに負けて悔しがっている。


 獣人国では、大柄な人も小柄な人も、好みの盤を選んでいる。


 魔王国では、大きな盤を囲んで、夜になると勝負が始まるらしい。


 エルフ国では、ゆっくり考える対局が人気だとか。


 ドワーフ二国でも、商人を通じて盤が届き始めたという。


 …………。


 ……おお。


 これって。


 もう、本当に大陸中へ広がり始めてるんじゃない?


「……リアリス様」


 桜花が、微笑んだ。


「皆様、お楽しみのようですね」


「……うん」


 私は、紙の束をそっと閉じた。


 ……ああ。


 何だか、不思議な気分だ。


 邪竜を倒したときも、王様たちと話したときも。


 こんなふうになるなんて、想像していなかった。


 ……いや。


 想像する魔法を持ってるのに、想像できないことばっかりだね!


 私は、思わず笑った。


     ◇


「……お父さん」


 カトレアが、私の腕へそっと寄り添った。


「ん?」


「……あしたも、リバーシ?」


「うん。もちろん!」


 カトレアが、嬉しそうに笑う。


 楓は、隣で盤の石を丁寧に箱へ戻していた。


 桜花がお茶を片づけ、少し離れたところから巴さんの声が聞こえる。


「リアリスちゃん。カトレアちゃん、もうそろそろ寝る時間よ」


「……はーい!」


 ……うん。


 今日も、いつもの夜だね。


 私は、カトレアの頭をそっと撫でた。


 たった一組のリバーシ。


 娘と遊びたくて、何気なく取り寄せたもの。


 それが、商人さんの荷馬車に積まれて。


 王城の卓へ置かれて。


 知らない町の子どもたちの手に渡って。


 大柄な獣人や魔族まで、一緒に楽しんでくれている。


 …………。


 ……ああ。


 本当に、すごいことになったね。


 でも。


 私は、国を変えようなんて思っていない。


 ただ、みんなが楽しめたらいいなって。


 それだけなんだ。


「……お父さん?」


「うん?」


「……お父さん、よわいね」


 …………。


 …………。


 ……えっ。


 今日も!?


「……あはは。そうだねぇ」


 カトレアが、くすくす笑った。


 楓が、ほんの少しだけ口元を緩めた気がした。


 ……うん。


 見間違いじゃないと、いいな。


 それにしても。


 大陸中へ遊びが広がっても。


 うちのお父さんの勝率は、全然上がらないらしい。


 …………。


 ……まあ。


 それも、悪くないか!


     ◇


 翌朝。


 私は、いつものように朝食を終え、桜花と冒険者ギルドへ向かう準備をしていた。


 ……うん。


 リバーシは、みんなに任せられる。


 雑貨屋も、巴さんやみんなが管理してくれている。


 そろそろ、いつもの冒険者生活に戻ってもいいよね。


「桜花。今日、何か面白い依頼あるかな?」


「確認してみませんと分かりませんが、何事もなく終わる依頼がよろしいかと」


「……あはは。そうだね」


 …………。


 ……でも。


 たまには、ちょっとした冒険もしたい。


 異世界へ来たんだもん。


 お約束の一つや二つ、あってもいいじゃない?


「……リアリス様」


「ん?」


「……何だか、楽しそうなお顔をなさっています」


 …………。


 ……あっ。


 ばれた?


「……まあ、少しくらいはね!」


 私は、いつもの鞄を肩へかけた。


 庭では、カトレアと楓が花へ水をやっている。


 朝の光が、緑の葉をきらきらと照らしていた。


 ……ああ。


 今日も、いい天気。


 ……うん。


 平和な一日になりそうだね。


 ……そう。


 このときの私は、まだ知らなかった。


 次に受ける依頼が、思いがけない「異世界のお約束」へつながることを。


 それもまた、もうすぐの話だった。


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